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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode4『高総戦・後編 全損』
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episode4 sect5 ”有限の「また明日」”


 信号が変わるのを待っていると、ネビアが迅雷に急に変なことを尋ねた。


 「―――ねぇ、迅雷、カシラ。あのさ、君は千影のことをどう思ってる?カシラ」


 「千影?なんでまた」


 「なんとなく、聞いておきたいの、カシラ」


 本当になんとなくなのか、ネビアの表情からは読み取れない。迅雷は少し頬を掻いて、なんと答えようかと悩む。


 「どうって言われても・・・。まあ、うるさいしややこしいヤツだとは思うけど、でもそうだな、大事な家族・・・みたいな?」


 「そりゃガキンチョは手間もかかるわよ、カシラ。でも、家族、か・・・、カシラ。なんか良いわね、カシラ。一緒にいて楽しいんだ、カシラ」


 ちょっと羨ましそうな顔を作ってネビアがからかい口調をする。変なところで人からそう言われると妙に照れ臭いものがあって、迅雷ははっきりしない唸りを漏らすだけだった。

 それに、迅雷は今こうしてネビアといても、同じように楽しくいられている。もし、彼女が顔の通りに千影のことを羨むのなら、それはきっと思い違いだ。ネビアだって、大切な友人なのだから。

 それを迅雷が言う前に、ネビアが言葉を付け足した。


 「でも迅雷は、あの子のことはどのくらい聞いてる?カシラ」


 急に意味深なトーンの声になるネビアに、迅雷は眉をひそめた。ただ、質問の響きとは逆にどこか期待するような瞳で見上げられて、そうかと思えばくだらなそうに小さく笑って目を逸らされたり。


 「どこまでと言われても、なんか特別な理由があって、そんであの歳でランク4の魔法士をやってるんだー・・・的なことは聞いてて知ってるけどさ。あとはなんかこう、知ってるというわけではないけど、時々なんか寂しそうな顔してたり」


 「ふーん・・・それで、他には?カシラ」


 「え、もっと・・・?」


 果たしてネビアはなにを考えているのだろうか、と迅雷は少し疑る。けれど、悪意がないのは見て取れる。彼女はずっと、なにか細々とした希望をその鈍色の目の中に溶かしていた。


 「俺は、千影がなんか重たいもん背負って、それでも頑張ってるような感じはしてる・・・と思ったけど。今だってなんかの実験の手伝いとかで呼ばれて行ってるし」


 だから、少しでも千影の支えになって―――千影を『守れ』たらな、と思っているのが今の迅雷なのだ。もちろん、戦闘とかで彼女の実力には遠く及ばないことは迅雷もよく分かっている。地上の迅雷が天に位置する千影を『守る』というのは無茶苦茶な話ではある。だからそれはまだ願望の端っこで、今は千影がいつものように笑える心と環境くらいは『守ろ』うとするのが彼の精一杯である。

 確かに、迅雷にとって千影はその他大勢と比べると少し特別な位置にいるかもしれない。当然、『約束』があるから、昔から迅雷はみんなを『守り』たい、『守れ』るようになりたい、と思い続けている。その中で千影が特殊なポジションにいるとすれば、それは彼女が迅雷が剣を握った理由を、やっとはっきりさせた「きっかけ」だからだろう。


 そんな迅雷の答えを聞いて、ネビアは感情がなにとも定まらない半端な顔をした。期待が外れてかえって嬉しそうな、でもやっぱり息苦しそうな顔。それでいて、なぜか迅雷やこの場にいない幼い少女を憂うような。


 「そう、それならまぁ・・・変わんないか、カシラ。私が言えたことでもないけど、千影の全力、見たことないよね、カシラ」


 「お前さ、さっきからなんか変だぞ?」


 「変なのは元からですー、カシラ。とにかく健全でなにより、カシラ。別にだからってなんにも知らないんだ、とかは言わないし、カシラ。―――でも実はあの子、業界ではすっごい有名人なのよ?知ってた?カシラ」


 信号が青に変わり、2人は何気なく歩き出す。行き交う誰も、彼らの会話には興味を示さないし反応もしない。

 

 きっとあの調子の良い金髪幼女もこんな人混みの中でこっそりと怯えていたのだろうな、と。いつ知られたくなかった秘密が露呈するか、せざるを得なくなるか、そして、したらどうなるか。健全な日常はいつまで続くか。

 でも彼女にはこの少年がいてくれるだろう。きっと、だが。


 羨ましさと嘲りと妬みと憎しみと喜びと悲しさでネビアは笑った。


 「いい話が聞けたわ、カシラ。で、実験だっけ?カシラ。じゃあ家にいないんでしょ?実はスゴく寂しかったりして、カシラ」


 「そ、そんなことはな・・・・・・くもないかもしれない・・・。正直いないと調子狂うよな」


 なぜかネビアには急に正直な意見を言ってしまい、迅雷は足を速めた。

 精肉店に到着して、迅雷はメンチカツを自分の分と合わせて2つ注文した。


 「はいはい、メンチ2つね?まいど。それにしても今日はマンティオさんが良く来るわね。日曜なのにジャージってことは、全国出るんでしょ?練習、大変じゃない?」


 「んー・・・まあ結構大変ですね」


 おしゃべりな肉屋のおばちゃんが機嫌も良いようで、迅雷に包んだメンチカツを渡しながらベラベラとしゃべり出す。


 「それにしても、やっぱりさすがは神代さんとこの坊ちゃんねぇ。ちゃっかり全国大会だもの。ところで後ろの青い髪の子は?遂に彼女さん?いつものパッツンちゃんじゃないのねぇ」


 パッツンちゃんというのは言うまでもなく慈音のことだが、月に1、2回程度来るだけの客の顔を覚えているなんてさすがだな、と迅雷は素直に感心した。迅雷の方はまぁ、さすがに地域では疾風も知れた人物なので、それに連なり・・・である。

 慈音の話も出されていろいろ思い出しながら、ホクホクした笑顔のおばちゃんに迅雷は苦笑を返す。結局のところ遂にもなにも、ネビアも彼女ではないのだが。


 「おや、私この人のコレに見える?カシラ」


 可笑しそうにネビアも小指を立てた。


 「あちゃー、違ったかー。これは失礼。それにしても迅雷くんもあれだねぇ、いっつも女の子と一緒で羨ましい子だもんねぇ」


 「えっ、そんなことはない、と、思うんです、けど・・・」


 「またまた。妹ちゃんに妹ちゃん2号にパッツンちゃんに青髪ちゃんに・・・それとそれと、その他諸々?」


 「その他諸々なんていないでしょ!?」


 妹ちゃん2号とは多分千影のことだろう。以前連れてきたときに妹みたいなものだと説明した気がする。


 「迅雷は気が多いから素でやってんのよ、きっと、カシラ」


 「人を勝手にそんなクズキャラにすんな!」


 本気になって抗議し始めた迅雷のことをネビアとおばちゃんが一緒になって笑い飛ばす。店先であんまり元気に騒ぐものだから、通りすがる主婦や学生の生温かい視線ばかりを受けて耐えきれず、いよいよ迅雷もイラッとしてきた。

 お怒りモードの迅雷は牙を剥くようにギラリと口の端を上げ、パリッと若干の漏電現象が起こる。


 「あーのーでーすーねぇぇぇ・・・!」


 「わお、ビックリしちゃった。ちょっとからかいすぎちゃったわねぇ。ごめんね?」


 全くビビらないおばちゃんに迅雷は参ってしまった。ネビアもそうだ。むしろ電気を触って遊んでいるくらいである。電圧上げたろか、とも思ったが、それはそれで可哀想なのでやめておく。


 「でもほら、君って感じ良いしね。別にいつも連れてる女の子だってそういうわけじゃなくて普通に仲良しなだけなんでしょ?」


 「分かるんだったらイジらないでくださいよ!」


 「だってなんだかからかいやすそうなんだもん。ねー?」


 「ねー、カシラ。にゃっははははは!」


 出会って数分で意気投合したネビアと肉屋のおばちゃんを交互に見て、迅雷は改めて女性の底知れなさを痛感して泣いた。いや、本当に涙を流したりとかはしていないが、心が泣いた感じで。



 「もう、この勢いでいつか雪姫ちゃんも連れてきて欲しいわねぇ」



 ―――と、突然おばちゃんの口から意外な名前が出てきて迅雷は目を丸くした。ネビアも同様にすっとぼけた顔をしている。


 「え、あの子のこと知ってるんですか?」


 「えーえ、そりゃ知ってるわよ。さっきも寄っていってくれたところよ?」


 意外や意外。迅雷は開いた口が塞がらない。


 「なにポカンとしてるのよ、もう。そうねぇ、雪姫ちゃんもちょうど君と同じくらいのペースで来てくれてるのよ?」


 「マジすか」


 「マジマジ。それでさ、やっぱりあの子、友達とか作ってないでしょう?」


 このおばちゃんがあの少女とどれくらいの付き合いなのかは知らないが、迅雷はこうして教室の外にも雪姫のことを知って気にかけてくれる人がいると、嬉しかった。

 驚きもあるが、ちょっと嬉しい。変な繋がり方だとは思うかもしれない。だけれど、なんとなく他人事には感じない故の嬉しさだ。


 「まぁ、もう完全に孤独を望んでいる感じしかしませんね。今も全国大会の練習に来てくれませんし」


 「やっぱりねぇ。今日も学校じゃなくってギルドの方から来てたし」


 「そう、だよね。・・・・・・ごめんね、カシラ」


 この会話でネビアが発した台詞はこの1つだけだった。なにを急に謝ったのか、意味も分からず取り残される2人は首を傾げずにはいられない。

 ただ、あまりにも彼女が弱く見えて、迅雷も、口数ばかり達者なおばちゃんですらも、なにも言えずに10秒が過ぎた。


 そういえば前もそうだった。ネビアはいつも雪姫を見るとき、どうしても都合の悪そうな顔をするのだ。蹴飛ばされたときの話をしたときも、そう。

 いつもいつも、ネビアは話に雪姫が絡む度に嘘臭く笑って乾くのだ。


 ほら、今日も。


 「あはは、なに変な顔してんのよ2人とも、カシラ。今のはこのネビアちゃんがもうちょい雪姫ちゃんを構ってやれなくてゴメンネーって意味なんですよん、カシラ。やー、私のコミュ力を持ってしてもあの子は難敵でねぇ、カシラ」


 それから、爪を噛んで、はにかみ笑い。


 おばちゃんも笑った。彼女も人が良い。だからこうして迅雷は―――そして多分雪姫も、ここの惣菜が、人恋しくなるのだろう。


 「ふふ、そうよそうよ。2人とも、あの子のこと、これからも気にかけてあげなよ?」


 「そうですね、分かりました」


 迅雷も微笑んで、ネビアと一緒に精肉店を後にした。




 さて、さすがに日も落ちようとしている。そろそろネビアとの散歩、もといデートの時間も終わりだった。

 この商店街からの帰り道も、当然2人別である。別れ際、ネビアは思いついたように迅雷に振り返った。


 「えらくゲッソリね、迅雷、カシラ」


 ネビアが二カッと目を細めると、迅雷は適当に肩をすくめる。


 「おかげさまでな」


 「今日は2人でいろいろ見れて、楽しかったよ、カシラ。やっぱ誘って良かった、カシラ」


 「そうだな。誘われて良かった」


 信号が変わり、横断歩道をまた前を向いて歩くネビアは迅雷にヒラヒラと手の甲を見せた。

 

 瞬間、なんだか急に寂しい別れ方をしたような気がして、迅雷は手を伸ばしそうになって、信号が赤になって、車が2人を遮って。


 「―――ネビア」


 でも、車が過ぎると、たくさんの白黒の向こうにネビアはいた。

 惜しげに振り向く彼女は、俄に辛気臭い迅雷に届くように、こう言って走り去った。



 「また、明日ね、カシラ」



          ●


 

 あと1週間もすればまた24時間影の中だって・・・決まっているスケジュールだ。


 今までになく充実した偽りの時間。


 ううん、もうきっとほとんどが偽りなんかじゃなくて、真実は散りばめたんだ。


 楽しかった。このままじゃダメなのに、楽しみ過ぎた。


 食べて、寝て、しゃべって、遊んで、たまに暴れて、ちょっとだけ怪我もしてみたり、精一杯「ありえない」を過ごした。


 こればっかりは、あのうるさい中年親父にも感謝して良いかも。


 ずっと私のことを、どうせ道具程度にしか思っていなかっただろうに、どこで彼も間違えたのか、残酷な男だ。彼も彼で私からしてみても可哀想なヤツだ。だから、大嫌い。もしも、ああいうヤツが本当の父親だったらなにか違っただろうか。


 他の連中は、まぁ例外はないだろう。あれらは好きだ。隙があれば消してやりたいのは今も一緒、これからも変わらない。でもいなくならなくて良い。どうせいなくなっても新しく、なにも変わらないから。


 そうそう、感謝すると言えばあの生意気なガキンチョもか。まぁ気に食わないだけに当然だけど。

 それと、他のみんな。おかげでモチベーションも揺らいだ。大々、大っ嫌い。


 今日は良い思い出になった。敢えて言っておかないと収集がつかないから、言っておく。いろいろやたらに受け入れてくれちゃうあの少年が、大大々、大っ嫌い。なんてことをしてくれるのだ。残酷なヤツめ。


 肉屋もメンチカツも良かったけど、最後、コッソリまたあのシュークリームを買ってみた。

 

 甘いものは大好きで大嫌い。


 甘いものばかり食べていたら、すぐに虫歯になっちゃうんだもの。

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