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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode4『高総戦・後編 全損』
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episode4 sect3 ”幼女依存症”


 「ばばびば(ただいま)・・・」


 「お帰りお兄ちゃ・・・って、きゃー!?お兄ちゃんの顔がとんでもないことになっちゃってる!?」


 帰宅早々最愛の妹に顔を見るなり悲鳴を上げられて、迅雷は今の自分の顔(及び外見全体)がなおさら鏡で見たくなくて仕方なくなった。

 多分今日は風呂が地獄なことだろう。練習とは違うところで疲れた体を引きずって2階に上がり、自室に入ってベッドに倒れ込む。


 「うあぁ・・・やべぇ、このまま寝れる」


 しばらくベッドで休んだ迅雷はなんとなく家の中がもの寂しくて、落ち着かない気分のまま部屋着に着替えて下に降りた。


 「あーあ、千影のやつ、今なにしてんだろうなぁ・・・」



          ●



 瞬影は過ぎると共に血を撒き散らし、そして爆炎と旋風が踊って静寂が残る。


 一応モニターで戦闘の様子は確認していたが、あまりにも速過ぎて研究員風情の動体視力では千影の姿をまともに見ることすら出来なかった。


 「さすがは《神速》と言われるだけのことはある。あの歳で既に勲章を3つ取っているんだろう?―――きっといつか手に負えなくなる」


 苦々しい顔をして、白髪雑じりの男性研究員が毒を吐いた。

 世の中にはああいったものを進んで研究しようとしている機関さえあったというのだからおぞましい話だ。いくら神の所業にさえ見えた見地を目指すのが科学者という人種だと言われても、その科学者とてこの世界に生きる人間なのだ。頭の良さげなその3文字だって所詮は仕事の肩書きでしかないし、それが倫理を無視するための免許でもない。

 まぁそれも、かつての話だ。まだまだ似たような研究は目につくが、少なくとも5年前にあの研究自体は取り潰されている。


 「さて、どうやらもう戦闘は終了したようだけども、データは取れたかね?」


 「はい・・・、大丈夫ですね。ノイズも少ないですし、データの送受信についても問題はなさそうですね」


 「そうか。・・・それなら、良いんだ」

 

 男は鬱々とした表情で頷いた。よく考えてみれば、彼だってなにか違和感を感じていた。


 「どうかされましたか?いつもなら上手くいったときには跳んで喜ぶ人なのに」


 助手がそんな身も蓋もないことをのたまうが、故に男も言い返すつもりはなかった。いつもの研究は楽しいものだが、これはなにかが―――いや、一から十まで、心のどこかで受け付けていない。

 革新的な実験に繋がる。つまり革新的な技術の開発の礎となる。今や危うい世界間の力関係に新たな抑止力を設け、人類の安全を立て直す研究。分かっている。けれど、もしかするとこれは、男の忌み嫌う例の実験の派生分野を噛んでいるかもしれない。

 重要性は分かっている。忌避するくせにそれを受け入れてしまっている。だからこう呟いた。


 「なにかが歪んでいるんだろうなぁ」


 「・・・?よく分かりませんけど、なんか格好良いですね。本にでもしてみたらどうですか?この魔力感応技術研究所のチーフをしている森口豊人(もりぐちとよひと)が書いたともなればバカ売れですよ」


 「自分でもよく分からんことを本に出来るか、バカもん」


 そんなことより、と豊人は話を切り替えた。仕事中にくだらない話などしていられない。


 まずは実験戦闘を終了した千影の回収と、そのシミュレーションで使用した区画の掃除だ。特に利用したモンスターの市街の処理が大変だ。無駄に金がかかって仕方がない。


 30分ほどで千影を連れ戻したとの報告が入って、豊人はホッと息を吐く。不要な心配なのだろうけれど、それでも彼女らにはいつ反抗されるのかと、会う度に怯えているのだ。

 やがてモニタールームの自動ドアが開き、もう血や土などの汚れは落としたらしい千影がやってきた。てくてくとあどけない様子で歩くのを見れば、やはりただの幼女にしか見えない。これがさっきまで10m級の『特定危険種』モンスター数体を単独で屠っていたとは、戦うその姿を肉眼で捉えられなかったこともあって、豊人には想像出来なかった。


 部屋に入ってきた少女は一旦その佇まいを直す。

 

 「神代(みしろ)千影上等四級魔法士、ただいま模擬戦闘より戻りました」


 一応仕事なので、千影は全く様になっていない敬礼をした。まるで軍人の仕草だが、IAMOの実動部なんて一種の軍隊と言われれば否定することも出来ない。国連軍となにが違うのだ、と問われれば、在籍するメンバーの国籍の比率くらいだろう。そんなものだ。

 礼儀は終えたので、千影はすぐに肩の力を抜く。


 「あぁ、ご苦労だった。・・・というより、神代か。そういえばそうだったな」


 「だってそうしなかったらボク『()さんちの(かげ)ちゃん』になっちゃうし」


 目上の人への言葉遣いなど薄っぺら。千影は普通にいつもの口調に戻って話した。疾風(はやせ)に預かられてからは、一応日本国籍である千影の姓は彼のものを借りる形になっていた。

 

 「ま、まあとにかく協力には感謝するよ。とりあえずあと3日間だから、頼むよ」


 「了解でーす。―――それにしてもさ、この研究ってなんの研究なの?昨日はなにをするのかも言わないで首の後ろにチップは埋め込むし今日も今日であんなのの相手させられるし・・・。子供にする仕打ちじゃないよ、これ」


 「そ、それはすまなかった。これはその、そうだな。簡単に言えば戦闘時の魔力の流れをより正確に観測するための研究だよ」


 果たして本当に子供にでも分かる言い方に直しただけなのだろうか。なにか胡散臭いものを感じた千影はムスッと顔をしかめた。

 別になにをされようが千影が甚大な被害を被るようなことはそうないが、だからといって知らず知らずのうちによからぬ企みに利用されていても面白くない。


 「はぁ・・・。まぁじゃあそういうことにしておくよ。えっと、ボクはもうこれで良いのかな?」


 「あぁ、大丈夫だ。また明日も条件を変えて同じような実験を行うから、今日はゆっくりと休んでくれ」


 豊人はそう言って、千影を部屋から帰した。


 そして笑顔で見送ってから、ドアが閉まって、一気に忌々しげな顔をする。研究への協力を要請したのは確かに豊人の側だが、それでも立場的には対等か、むしろ彼らの方が上のはずだ。だというのに、この醜態はなんなのだろう。


 「あんなガキ1人になぜ私たち大人が揃ってビクビクとご機嫌取りをしなければいけないんだ・・・!たかがしゃべって戦えるだけのモルモットの分際で、なにが『そういうことにしとくよ』だ!ふざけるのも大概にするんだな!」


 勢いで手を振り上げたが、大事な計測器をぶち壊したら洒落にならないので、豊人はワナワナと拳を振るわせたまま、結局感情のはけ口も見つけられず手を下ろした。


 少し上等な車でも買えそうなだけの実験協力費と、さらに宿泊費や大まかな交通費まで出してやっているというのに。

 あんな10歳だか11歳だかの子供にすら圧力をかけられない自分が情けなかったことだろう。


 しかし、そんな豊人に追い打ちをかけるように自動ドアが再び開いた。


 「偉そうで悪かったね!ボクだってそんなことくらい分かってるもん!!」


 「うおっ!?き、聞いていたのか!?」


 「バッチリね。まったく、これだから大人ってのは汚いんだよ。綺麗なのもいるけどね」


 「・・・・・・そうだな」


 「モルモットだって逃げようと思えば逃げられるんだよ?」


 呆れるように首を振る千影と、焦って今更取り繕うように苦笑する豊人とその研究スタッフたち。


 千影だってものの道理くらい分かるし、極力合わせているが、好きでモルモット役をしているわけではないのだ。金も名誉も欲しくないし、今持っている分だけあれば十分すぎる。


 千影にジト目を向けられ、豊人は呻いて後ずさった。というのも、千影はただそんな呆れ顔をしているわけではなく、明らかに目の色を変えていたからだった。


 「はぁ・・・。そんなに怖がらないでよね、悲しくなるから。明日も今日と同じ時間だよね?じゃあ改めて、さよーなら」



          ●



 6月5日、日曜日。ただし休日にはあらず。

 残念なことに今日も『高総戦』に向けてマンティオ学園では強化練習会が行われるのだ。スケジュールによればあの内容で朝の9時から夕方の5時まで。鬼畜の所業である。

 やかましい目覚まし時計の頭を叩き、迅雷は上半身を起こした。

 眠たい目をしつこく擦りながら部屋を出て、階段を降りようとしたら足を踏み外した。


 「のォォォォォォう!?―――がっ!」


 階段を降りるときくらいはちゃんと目を開けておくべきだと思い知らされる。


 迅雷の悲鳴を聞いて飛び起きた直華が階段の上まで駆けつけ、眼下であまりにも無様な姿を晒している兄を発見した。


 「うわ、大丈夫、お兄ちゃん?」


 「痛い。超痛い泣くほど痛い・・・。ナオが慰めてくれるとお兄ちゃん嬉しい・・・」


 「なんかすごいヘタレてる!?」


 なんだかんだ言いながら直華は仕方なく階段を降りた。今は階段から床にかけてだらりと伏せっているダッサイ兄だが、これでも直華にとっては世界にただ1人の大事な兄である。仕方がないから、まぁ、助けてあげちゃうのである。


 「ほら、起きて?手、貸そっか?」


 「ごめんなんか自分で言ってアレだけどすげえ恥ずかしくなったわ。1人で大丈夫ッス・・・」


 這うようにして一旦完全に床に落ちきってから迅雷はのそりと立ち上がった。思い切り階段で顔面スライディングをしたものだから、結構な回数、鼻を階段の角にぶつけている。むしろ痛みも感じないので鼻が取れたのではないかと心配になり、迅雷は鼻が付いているはずの場所をさすった。


 「って、お兄ちゃん、血、血!鼻血!」


 「え?・・・鼻血、うおッ!?マジだヤバイ!」


 「わわわっ!とりあえずティッシュとバンソーコー持ってくるから顔洗っててね!」


 朝から大量出血した迅雷は直華に言われるままに洗面所に向かった。鏡に映った血まみれの自分の顔を見て、その格好悪さに思わず苦笑する。

 顔を冷水で洗うと鼻の頭にしみる。どうやら打ち過ぎて切れたらしい。


 「なにやってんだかなぁ、俺」


 ひどくマヌケな自分の姿を見ていて迅雷はほろりと泣きたい気持ちにさえなった。

 すぐに直華がティッシュを箱ごと、それと消毒液なり絆創膏なりをいっぺんに持ってきてくれた。


 「ほらお兄ちゃん、とりあえず鼻にティッシュ詰めて!あとじっとしててね、バンソーコーはっちゃうから」


 「お、おう。ありがとう・・・ぁ()ッ」


 鼻に消毒液を噴きかけられて迅雷は呻いた。とはいえ可愛い妹に傷の手当てをしてもらうというなんとも素晴らしいシチュエーションなので、どちらかというと幸せな迅雷の顔はニマニマと弛緩していた。


 「これはこれで良きかな・・・」


 「良くないよ、もう。なんかお兄ちゃんさ、千影ちゃんが出かけちゃってから調子おかしくない?クマもすごいし、ちゃんと寝てるのかなぁ?」


 「そ、そんなことは・・・いや、ある・・・かも?」


 「ほらぁ。寂しいのは分かるけど、別に千影ちゃんもちょっとしたら帰ってくるんだから、しっかりしてね」


 直華に言われて思い返すと、今月の1日に呼び出しを食らった千影が大急ぎで『ノア』に行ってしまったのだが、確かにそれ以来迅雷は寝付きが悪いような気がした。それに眠りも浅いように思えてきた。迅雷は顎に手を当ててさも頭が良さそうなポーズで原因を推理する。


 「ふむ・・・・・・なんか悔しいな。枕が変わると寝られないって言うけど、つまり寝る環境が変わると眠れないってことなのかな?」


 やけに真面目な顔をしてブツブツと呟いているが、要はもう、迅雷は10歳の女の子と一緒でないとよく眠れないということを言っているだけだ。


 「はい、終わったよ。・・・それにしてもなんか羨ましいなぁ」


 「サンキュー。で、なにが羨ましいんだ?」


 「あぁっ、声に出てた!?ううん、なんでもないよ!?」


 迅雷が不思議そうな顔をしても、直華は誤魔化すように笑うだけだった。まさか千影が羨ましいなんて、直華も恥ずかしくて言えない。


 

  

としくん今日は2回も顔面やられてますね可哀想に

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