episode4 sect2 ”通過儀礼”
熱中症で倒れた知子を介抱しながら迅雷は、彼女の具合からしても真牙が水を持ってきたら次に保健室に行って由良を呼んできた方が良いな、などと考える。もっとも、先に一緒に呼んでくるように頼めば良かったのだが、いかんせん知子の調子が保健室まで連れて行くのも辛そうなくらいに見えたりするから想定外なのだ。
迅雷が溜息を吐いていると、さらに2人の先輩が彼のところに寄ってきた。
「おうおう、どうしたんだ1年ども?」
「どうもこうもないでしょ、もう。大丈夫、小泉さん?あちゃー、これは保健室に行かないとだね。その間だけはちょっと頑張ってね?」
「あ、柊先輩に豊園先輩。って、あーいえいえ、俺とあと真牙がなんとかしますから豊園先輩は大丈夫ですって。先輩に押しつけたら悪いですし」
以前には萌生を「萌生先輩」って呼んでみたいなぁ、などと考えていた迅雷は結局年上の女性に対してまだチキンなので苗字のまま。・・・と、それは今は関係なかったか。ともかく上級生、それも3年生である萌生と明日葉の邪魔はしたくないので、迅雷は2人に練習に戻るように促す。
しかし、そんな迅雷に明日葉がなぜかしつこく噛みついてきた。
「はぁん?なに1年生がでしゃばってんだ!正論ぶんなよ?こういうときこそ先輩の出番なんだよ。アタシと萌生はもう十分強いんだから、未熟でヘタレな1年に練習抜けさせるよりかは良いんだっつってんだ」
「・・・っ!た、確かにそうですよね・・・」
ただの不良少女かとも思っていた明日葉に熱弁を振るわれて、確かに彼女の言う通りかもしれない、と 迅雷は納得せざるを得なかった。
迅雷が勝手な思い込みで逆に失礼なことを言ったかと反省し始めたところ。
「ダマされたらだめよ、神代君。あーちゃんは自分が小泉さんを保健室に連れて行ってランニングをサボりたいだけなんだから」
「ギクッ・・・!?そ、そんなことはねーぞ!?な、ないからね!?ないって言ってんでしょーが!オイ神代!その失望したような目やめろ!ぶっ飛ばすぞ!!」
やっぱりただの不良少女だった明日葉が暴れ出したので萌生が「まぁまぁ」と宥め、迅雷も飛ぶように後ずさり、縮み上がってペコペコと謝罪。
と、そこで真牙が水を持って戻ってきた。
「あれ、萌生先輩に明日葉先輩じゃないッスか。もしかしてサボりですか?」
「あァん!?なんだテメエは!」
「ひィィィッ!?よく分かんないけどスンマセンっしたぁ!!」
肌色のビームと見紛うほどのスピードの鉄拳を辛うじて避けた真牙は既に涙目で土下座モードであった。しかしすぐに「あれ?これも良いかも・・・」とか言い始めるあたり、ブレない奴だ。
「ごめんね阿本君。今あーちゃん気が立ってるからね。・・・神代君のせいで」
「あれ!?今さりげなく俺のせいにしましたよね!?」
いや、確かに、失望したような目をしたのは、確かだけれども、これはほとんど明日葉が逆ギレしているだけで迅雷はそんなに悪くない。しかし、萌生は少しからかっただけのつもりらしく、激しく焦る迅雷を見て小さく舌を出して可笑しそうに笑っていた。
結局知子は迅雷が保健室に連れて行くことになって、萌生と明日葉はランニングに戻っていった。
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さて、ランニングの後の魔力制御の基礎練習も終わり、技術確認のための軽くない普通に本気の模擬試合の時間になった。どうやら全国に向けての強化練習というのは「実戦あるのみ」というスタンスの下で行われるらしく、メインメニューがコレだ。魔法の技術や武器の扱いなんかも、結局は戦いの中で体に覚えさせろ、とのことである。高い集中状態の中で感覚的に最も効果のある立ち回りを見つける状況を継続的に体験させる、という謳い文句だ。
それなら聞こえは良いのだが、とてもとても。魔法科専門高等学校という肩書きはどこへやら、スマートな響きと裏腹にやることが泥臭い。
まぁ、それでこれだけの成果が出ているのだから全くもって問題ない練習方法なのだろうけれど。事実座学や基礎練習で学べて習熟できるのは、当然「基礎」だけなのであって、発展的な動きは個人個人で自分にあったスタイルを自分の戦いの中で見つけなければならないのだ。
「っつーことで神代ォ、ちょっと面貸せや」
この練習会では1年生が上級生に試合を申し込むのも普通である。学ぶにはより格上の実力者を、より近くで体験するのが一番だ―――というのはともかく、だから、上級生が下級生にケンカを売るのだって自由だ。
「げっ、柊先輩まだ怒ってるんですか!?」
「はぁ?『げっ』ってなんだコラ。ムカついたやつはぶっ飛ばすのが路地裏ルールなの!」
「ここ路地裏どころか校庭のド真ん中・・・」
いつも通りツッコもうとしたらすごい形相で睨み返されたので、迅雷は泣く泣く押し黙った。
沈黙は了解を示すということで明日葉はさっそく審判をしてくれる先生を呼びに行ってしまった。
『逃げるなら今だぞ』と頭の中の円卓会議でとある迅雷が叫んだが、またある迅雷が『とてもではないけど後が恐すぎるからダメだ』と言って満場一致。
「・・・いっそ頑張って勝つとか・・・ムリだな」
『団体戦』用のオブジェクトをワンパンチで破壊する明日葉の姿を思い浮かべて迅雷は身震いした。あれでまだランク3だというのが信じられない。
「えーっと、神代君・・・?大丈夫なのかしら?」
明日葉が連れてきたのは真波だったので、彼女はさすがに迅雷と明日葉の実力差を危惧してか、青い顔をしていた。確かに迅雷が明日葉相手にどれくらい戦えるかも気になるが、自分のクラスの教え子がサンドバッグにされるのをみすみす許すのも真波としては厳しい。
「ほいほい、そんな心配は良いから真波センセ、さっさと始めちゃおうぜ」
明日葉に背を押されて真波は渋々2人を所定の位置に立たせた。一応、迅雷も剣は抜いて構えを取っているから、良いのだろう。
「うぅ、先生は先に反対しましたからね!それじゃあ試合開始!」
「よっしゃあブッ潰ゥす!」
「やっぱり待ちなさい!?」
完全に不純な理由が聞こえたから真波が手を伸ばすが、一度暴れ出した明日葉は止まらない。
とんでもない瞬発力で飛んできた明日葉のパンチを迅雷は全力で横に跳んで回避した。迅雷の動体視力なら反応も間に合う領域ではある。初撃の速度に反応出来ただけでも周りがホッとした顔をしたのが分かった。
しかし、通り過ぎた明日葉の纏う砂嵐が肌にやすりがけしてきて痛む。躱せても、その余波だけで元の壮絶な威力が想像出来るから恐い。
「オイ!躱してんじゃねーよ!」
「無茶言わんでください!死にますから!」
「じゃあ死ねオラァ!!」
―――もうやだこの先輩マジでやだ恐い。
「死にたくない!!くそ、『駆雷』!!」
「うお、な、なんだこりゃ―――ッ!?」
迅雷が魔力をいっぱいに通した魔剣を盛大に空振りさせたかと思えば、その刀身から魔力だけが飛び出して明日葉に襲いかかる。
明日葉は全く知らない攻撃法に驚いて反射的に両腕を顔の前で交差して防御する姿勢になるのだが。
「・・・って、痛くも痒くもねぇじゃねーか!」
「だって未完成ですから!でもこれは・・・!」
本当は少しくらい痛いはずの威力で撃ったはずなのだが、目眩ましには成功した迅雷は思い切って攻めに出ることにした。『雷神』の刃に『スパーク』の術式を圧縮、『雷切』を発動させて刀身から激しく火花を散らす。
そのまま得意の回転斬りで迅雷は明日葉に挑むが、なんと明日葉は腕で受けきる姿勢を取った。
「んなッ!?危な―――」
サクリ、と刃先が明日葉の薄い肉に滑り込む感触がして、迅雷は圧倒的な焦燥感に駆られて剣を引き戻すように力を加えるが、回転の威力を殺しきれない。恐らく明日葉は『雷神』の斬れ味を見誤った。このままでは彼女の腕を落としてしまう。
「―――とか思ってビビってんなよ青二才!」
直後に、『雷神』は腕力だけで押し返された。これは骨だ。斬撃の勢いが落ちたところを狙って魔力で強化した骨で刃を受け止められたのだ。無茶苦茶すぎる。
「まさか初めからこれを―――ブッ!?」
迅雷が言い切る前に、返す刀で明日葉の回し蹴りが迅雷の横顔を正確に捉えた。
触られたかと思ったら、いつの間にか校庭の端の植樹の幹に激突していた。激痛と吐き気で完全に意識が錯乱した。口の中は血の味でいっぱいだし、目はどこを向いているのか自分でも分からないし、背骨も1個抜けたのではないかと思うほど痛い。
「おー、スッキリした。いやはや、やるやる。まさかアタシに正面から飛びかかってくるなんてさ。それにしてもクソ痛ったいなぁ。危うく骨まで逝くとこだったわ」
遙か向こうでビクンビクン跳ねている迅雷を介抱してやるべく明日葉が晴れやかに笑いながら歩み寄ると、意外に早く意識が復帰した迅雷は悲鳴を上げて後ずさった。
「ギャーッ!すみませんすみません!!ケガさせちゃってホントすみません許してください!!」
「ん?いやアタシもう怒ってないぞ?」
明日葉が小首を傾げると、ゴキゴキ、と暴力的な音が鳴った。
「ふむぅ、震えちゃって可愛いヤツだな。仕方がないなぁ、おねーさんが抱き締めてよしよしって頭撫でてやろうか?」
「あわわわわわ、キュウ・・・・・・」
明日葉の良心は迅雷の脳内で『抱き締め上げてバッキバキにして、頭もグリュンともぎ取ってあげようか?』に変換された。そのままあまりの恐怖で卒倒する。
「柊さん、神代君普通にトラウマになってるからそっとしといてあげて?ね?このままだとPTSD発症しちゃうわ」
「そんなにヤバいの?ほんとゴメンって。アタシもそんなにイジめるつもりはなかったんだけど・・・」
真波に押されて明日葉は迅雷の前からどかされてしまった。仕方がないので明日葉は想像以上に深く斬られてしまった腕の手当のために保健室へ向かう。
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「おやまぁ、随分とまた面白い顔になってるわね、カシラ」
「先輩とはなんたるか思い知らされたところだよ・・・。そういうネビアはなんだ?休憩かなにか?」
「まぁそんなとこよ、カシラ」
軽度の脳震盪を食らった迅雷は1人ポツンと朝礼台の上に体育座りをして見学をしていた。かなり寂しかったところなのでネビアが来て話し相手になってくれるのは嬉しいのだが、正直まだ頭がうまく働いていないので話が思い浮かばない。
向こうでは矢生と真牙が試合をしているが、やはりなんだかんだで矢生の方が一枚上手のようである。
また違うところでは萌生が愛貴の相手をしてやっていたり、連太朗が四川武仁を軽くあしらいながらも意外に丁寧に指南してやっていたり、上級生が1年生をしごいている様子も強い。
それを見ていてなんだか置いてけぼりを食っている気分になって迅雷は溜息を吐いた。家に帰ればどっと疲れが出て、明日はもう参加したくないと思うような練習会なのに、変なものだ。
「なんだ神代、またしょげた顔してるな」
「焔先輩まで・・・。はぁ」
少し話したところで、ネビアと入れ替わりに休憩を取るらしい煌熾がやって来て、迅雷の顔を見るなりおちょくってきた。
「はは、悪いな。でもまぁ、柊先輩と親しく関わる分には誰しも1回は通る道だからな。そんなにしょげるなよ」
「親しいってなんでしたっけ・・・?」
「う、うむ・・・」
かく言う煌熾もかつては明日葉に勝負をふっかけられた身なので、迅雷の気持ちは分からないでもなかった。しかも煌熾について言えば、その勝負がただの腕相撲だったにも関わらず、結果が右手の粉砕骨折だったのだから当時は笑い話ではなかった。もちろん時間が経ったからといって素直に面白可笑しく笑えた話でもないが。使った机の上板すら粉々になったのは今思い出しても戦慄する。
その話を聞いた迅雷はまた顔を青くした。
「焔先輩ってそんなにムキムキなのに・・・柊先輩ってマジで何者なんですか」
「あの人の握力は素で100キロくらいはあるらしいし、脚力もちょっと魔力通せば木をなんでもなくへし折るから、まぁヤバイ人なのは確かだな」
そもそもちゃんと女性然としたあの肢体のどこにそんな筋肉があるのかが不思議でならない。もしかして服の下に筋肉を押さえ付けるギプス的なものでも巻いているのではないかという噂さえ流れたことがあったが、水泳の授業でそれはないと判明したとかしなかったとか。
そんな噂はともかくとして、彼女が常人離れした膂力を誇るのは紛れもない事実であるが、「でも」と煌熾は話を続けた。
「でも、そんな恐がらなくたって良いんだぞ?本当は柊先輩も面倒見が良いお姉さんっぽい人だからな。・・・少なくともウチの姉よりかは断然まともだ」
「先輩ってお姉さんいたんですか。まぁでも、どうせお姉さんなら俺は豊園先輩がいいです。優しくて大人だし」
「それは同感だな」
「おやぁ、アタシになんか文句でもあんのかねぇ?チミたち」
「「ハッ・・・・・・!?」」
迅雷の視界の端で包帯の巻かれた左腕がしなだれかかってきて、煌熾の視界の端では綺麗な細腕がしなだれかかり、そして重なる2人の短い悲鳴。