表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode3『高総戦・前編 邂逅』
83/526

閑話 番外編 イジメっ子の日常

 長ったるい前置きがありました。なんか偉そうだったから消しましたがσ(^◇^;)


 ―――「イジメ」。それは恨み、憎しみ、そして嫉み。複雑怪奇な人間の負の感情がどうにも自分の中だけでは処理しきれず、ふとした衝動のうちにその感情の矛先である人物に行動として表出してしまうものだ。

 これは一種の自己防衛であり、しかして一方では倫理的に良くないものとして弾圧され、禁止されている。


 だが、「イジメ」はなくならない。少なくとも、「イジメ」という概念が存在する限り。




          ●




 5月30日は雨だ。前日の29日まではずっと快晴が続いていた反動なのだろうか、土砂降りだ。


 雨の日は嫌いだ。いつもの通学路を歩いていると、学校に近付くにつれて傘が密集するので、歩きにくいと言ったらこの上ないのだから。いっそ傘を畳んで早足に肉と布とビニールの迷路をくぐり抜けてしまった方が楽かもしれない。


 ・・・などと考えていても、結局は惰性で傘を差したまま昇降口まで着いてしまった。


 自分のものだと分かるように印をつけたビニール傘を少し振るって着いた雨滴を払い落とし、満員電車の傘立ての適当な隙間に挿し込んだ。

 いつもより5分ほど遅く家を出たらこれだ。今日は県大会の表彰もあって全校集会が朝に行われるから、なおさら他の生徒も早めの登校に気を遣って来たということだろう。

 疲れたような溜息を1つして、なんの気なしに―――という表現は普通なのか変なのか迷うが、とりあえずいつも通り、なにも考えずに下足ロッカーのフタを開けて・・・しかし、妙な光沢が目に入った。



 気になり、上履きの中を見ると、ビッシリと安っぽい金色に光る画鋲が針を上にして敷き詰められていた。


 一瞬動きを止めていると、不意にロッカーの影からクスクスと小さい笑い声が聞こえてきた。

 

 

 それにしても随分とたくさんの画鋲を用意したものである。学校に返すべきか、それとも・・・。



 「そういや・・・そうだ、帰りにコルクボードでも買って帰ろ」



 『えっ』


 なにか驚くような声がして雪姫はそちらを振り返ったのだが、ロッカーの影には誰もいなかった。普通に通り過ぎる生徒が会話していた内容の一部が聞こえただけだったらしい。

 ならば特に気にすることでもないので、雪姫はバッグから適当な袋を出して画鋲をその中に流し込み、サッパリした上履きを履いて教室に向かった。



          ●



 さて、表彰式が終わって教室に戻ってきたのだが、沢野友香と朝峯向日葵が目の前でワーキャーと騒ぎ始めて面倒臭くなったところで、トロフィー珍しさに惹かれてさらに人が寄ってきた。

 嫌気が差して、雪姫はなんとなくトイレに行くことにした。籠もりたがりではないし、彼女ほどの孤独主義者ともなれば周りに人がいても独りになれるのだが、これはさすがに訳が違う。トイレならば基本1人になれて静かだ。


 しかし、フタも開けない便器に座ってスマホでさっき撮ったトロフィーの写真を見たり、ギルドの発信している最近のモンスター出現の情報を見たりする。特にこのモンスター情報は大事だった。ここから傾向を見出して出やすそうな地点に目星をつけるのだ。

 そうして雪姫が考え事をしていると、3人くらいが話をしながらトイレに入ってきたのが分かった。

 またくだらない話をしているようなので、うるさいなぁ、と心で呟いて雪姫はここでも溜息を吐く。


 『ほら、ホースホース!早くして』


 『えーっと、ちょっと待って・・・。あ、コレ』


 『よーし、じゃあちゃちゃっと終わらせよっか』


 なにやらホースだの蛇口だのと言っているのが聞こえ、こんな時間から掃除でもするつもりだろうか、などと雪姫は考えた。ただ、そういえば校内環境委員会はたまに朝、こうしてトイレ掃除をするらしいが、それにしても今日もやるとは勤勉なことだ。

 いずれにせよせっかくの静かな空間もなくなってしまったので、そろそろ教室も落ち着いた頃だろうから、雪姫は腰を上げた。



 ―――と、そのときだった。

 


 キャハハ、と3人の楽しそうな笑い声と共に雪姫の頭上から水が降ってきた。



  さすがに遊びすぎな顔も見えないおバカな環境委員3人に腹が立って、雪姫はとりあえず水を被る前に空中で凍らせてやった。

 それから、ついでに。


 『キャハハハハハギャアア!?ちょ、指凍ったんですけど!?ちょ、ギャー!?』


 『と、とりあえず保健室行こうよ、ね!?』


 ドタバタと3人分の足音がトイレから走り去ってしまった。



          ●



  「ヒッグ、うぇぇ・・・。マジで恐かったよ。死ぬかと思った・・・」


  「おーよしよし。しかし本当に天田さんって調子乗ってるわよね。入学したときから昨日の県大会のときも、いっつもいっつも強いからって偉そーにさ。先輩すら足蹴にしてんのよ?賞状もらっても表情ひとつ変えないし」


 「これはやっぱり思い知らせてやらないとね」


 3人でヒソヒソと雪姫の陰口を叩いている女子たち―――ここはとりあえず話した順番に彼女らの苗字で呼ぶことにしよう。1人目が営田(エーた)、2人目が美猪(ビーの)、3人目が市井谷(シーたに)だ。

 美猪が言っていた「先輩を足蹴に―――」というところにはピクリと反応していた営田も、結局は指を氷漬けにされて軽くトラウマになっているので、弱気になってこんなことを言う。


 「でも画鋲も水かけも通用しなかったよ・・・」


 ちなみに今回の嫌がらせを言い出したのは美猪だが、それに乗ってわざわざ画鋲を買ってきたのは営田なので、現段階で一番の被害者はダントツで彼女だったりするかもしれない。

 

 「ふむ、まぁそうね。でも大丈夫。次は実技魔法学の時間よ。その前にジャージを水浸しにしてやろう!」


 「なるほど、さすが美猪ね。考えることがベタだけど確実なやり口・・・!さっそく天田さんのジャージを水道に持ってくわよ!」


 濡らすだけならザアザア降りの外に投げ捨ててやった方が泥だらけにも出来て一石二鳥なのに、それにも気付かない良心的(?)ないじめっ子3人娘はさっそく仕事に取りかかった。


 首尾良く雪姫のジャージをこっそりびしょ濡れにしてやって元の場所に戻し、あとは持ち主が嫌な顔をするのを陰から楽しみに待つだけ。


 「あ、来た来た。天田さん戻ってきたわよ」


 ヒソヒソと市井谷が楽しげにそう言い、3人はさりげなく雪姫の方を見て目を点にした。


 なんと、ジャージに染み込んだ水分が氷になって、するすると布地から引きずり出されていくではないか。

 やがてジャージはカラッと乾いた数分前の姿に戻る。その作業時間、およそ10秒。3人が働いた時間より圧倒的に早い。

 三度目の正直にも失敗した3バカであるが、まだまだ諦めない。小悪党の良いところは諦めが悪いところなのだ。


 「名付けて『上履きショックver(バージョン)2』よ」


 「・・・お頭、その心はいかに?」


 またまた新しい作戦が立案された。朝一発目の『上履きショック』作戦では大損害を被った営田が恐る恐る美猪に尋ねた。なにせもう買った分の画鋲は全て使い切ってしまったのだ。


 「簡単よ。私ってばなんでこれを思いつかなかったのかしら。上履きをどっかに隠しちゃえば良かったのよ!画鋲は除ければそれでオッケーだけど、これならいける!」


 「おー、さすが美猪!小学生並みの発想力だけども、とにかくさすが!」


 「フフフ、あまり褒めないでちょうだい。私の研究では小学生のイジメというのがなんだかんだで一番イラッとくるものなのよ!」


 「美猪は普段なに勉強してるの・・・?」


 市井谷がなにか言っているが知ったことではない。今頃は授業も終わってそろそろアリーナから雪姫が戻ってくるはずだ。その前にはなんとかして上履きを隠さねばならない。結局男子トイレにでも放り込んでやろうということになって、3人は急ぎ足に雪姫の上履きを持ち去った。


 

 しばらくしてちょっと長引いた授業も終わり、校舎に戻ってきた雪姫は、すぐにロッカーの中に自分の上履きがないことに気が付いた。

 仕方がないので、土日に持ち帰って洗った後に万一家に忘れてきた場合用でしかけておいた『召喚(サモン)』で上履きを強引に引っ張り出した。



 ―――のを見て、3バカはまた『えっ』と声を揃えてしまった。



          ●



 「なによアレ!どんだけイジめられ慣れてんのよ天田さん!万策尽きたわよ!」


 「というか、もはや私たちが嫌がらせしてるってことにすら気が付いていない、もしくは気にもしていない可能性が・・・」


 さすがに最初の画鋲の時点でイジメは発覚しているはずだ。気付いてないというのはさすがにありえないだろう。


 「あ、また天田さん発見!」


 廊下を歩いていると、なにかの授業で移動教室なのか、道具を持ってスタスタと歩く雪姫の後ろ姿を発見した。

 それを見て、イライラしていた美猪は名案を思いついて、そのまま隣にいた営田のスマホを取り上げた。


 「えっ!?ちょ、なにすんのよ!」


 「シッ。良い?私がコレ持って逃げるから、営田は追いかけるフリして天田さんにタックルしてやりなさい・・・!朝の恨み、今こそ晴らそうぞ!」


 「な、なるほど・・・分かったよ、行って!」


 営田がゴーサインを出し、美猪は走り出した。それからワンテンポ遅らせて営田も出発。


 「やーい、悔しかったら取り返してみなー!」


 「ま、待って!ひ、ひぃっ、はやっ!わ、私のケータイ返してー!!」


 意外と走るのが速い美猪を追いかける営田は結構全力疾走中だ。おかげで息が上がって台詞に白々しさが全くなかった。


 しかし、やるべきことは忘れない。


 「(天田さんまで距離、あと3m、2m、1m・・・!今だ!)えいっ!!」


 と、不自然に横に跳んだ営田は思い切り壁に激突して床に倒れ込んだ。メチャクチャ痛かった。

 廊下を歩いていた他の生徒が「なんだなんだ」と営田を見下ろすが、ターゲットはそんな彼女のことなどまるで知らないようにそのままの歩調で行ってしまった。

 市井谷が寄ってきて、呆れた顔をした。


 「いやいや、営田。さすがにアレは外さないでしょ。もしかして運動音痴?」


 「いや、中学では体育3だもん。今さ、ふっつーに躱された気がしたんですけども・・・」


 さすが、柊明日葉の猛攻を素手でいなしただけのことはあるらしい、と営田は涙目。あれはなんの冗談でもなければ夢でもなかったのだろう。

 美猪も戻ってきて、まずはスマホを営田に返して謝るフリをし、場を収めてやった。


 「もしかしなくても失敗よね・・・。くっそー」


 「ねぇ、もう私疲れたんだけど・・・」


 営田がゲンナリしているが、しかし市井谷がポンと手を打った。どうやら今度は彼女がまた名案を思いついたらしい。市井谷の笑顔が眩しい分、営田のやつれが酷くなる。 


 「私さ、思ったんだけどさ、天田さんって弁当いつも持ってきてるらしいじゃん!」


 「・・・!なるほど、つまりこういうことね!弁当の中に綿埃を突っ込んでやろうと!」


 「え?いやぁ、てか、うわぁ、陰湿・・・。私今ちょっと引いたわ」


 市井谷は普通に捨てるとか食べるとかしようとしただけなのに、美猪が予想を遙かに上回る新技を繰り出してしまった。しかし、女子高生ともなれば確かに、イジメのレベルも市井谷の思いつけるレベルでは足りないのかもしれない。伊達に美猪もイジめ方を研究しているわけではないのか。

 

 

 5分後。とある1年生の教室ではいつも誰かの陰口を言い合ってはゲラゲラ笑っている3人組の女子生徒たちが綺麗に集めた綿埃をゴミ箱に捨てているのを見て、見直して感心する声が上がっていた。


 「ねぇ、美猪・・・これで良かったのよね―――」


 「ええ。これで良いの」


 あれはそう、一言で言うなれば感動だった。怒りも憎しみも嫉みも全てを超越した感動がそこにはあった。自分たちという存在がいかに矮小なのか思い知らされた。


 「あんなに美味しそうなお弁当に手を着けようとした私たちが間違っていたのよ・・・」



          ●



 さて、遂になんの成果も挙げられずに昼休みになってしまった。

 『高総戦』の選手はこの後も強化練習会があるが、3バカは当然帰宅の時間である。


 「ねぇ、もういっそ謝らない?もうこれは私たちの完敗だよ・・・」


 営田がそう言うと、美猪と市井谷も少しの間考え込んでから、頷いた。


 「じゃあ、3組の教室行こっか・・・」


 「「うん・・・」」


 と、3人が重い足取りで廊下に出ると、爆音紛いの強烈な破壊音が響き渡った。


 『天田雪姫はいるかぁぁぁぁッ!』


 「この声、3年の柊先輩だよね・・・?え、なに、天田さんなにしたの?ヤバくない?」


 市井谷が怪訝な顔をしていると、明日葉のファンらしい営田が目を輝かせていた。違う意味でヤバイ状態らしい。


 ちょっとして明日葉の後ろから雪姫がやってきて、しっちゃかめっちゃかになって、かくかくしかじか。ただ1つ明らかなのは、雪姫の視界に柊明日葉の光学的な映像が映っていても、柊明日葉という人間は映っていなかったということだけか。


 「うひゃあ、さすがだねぇ、相変わらず」


 「ゆ、許せん・・・!あの柊明日葉さんのお相手をさせていただけているというのに!!」


 「ちょ、営田さーん・・・?」


 さっきまで謝ろうとか言っていた営田は今になってまたそんなことを言い出して、なにを思ったのか1年3組の教室とは逆の方向へ走り去ってしまった。

 仕方がないので美猪と市井谷も彼女を追いかけ、着いたのはまた昇降口だった。


 「急にどうしたのよ、営田?なに?また『上履きショック』を起こすつもり?やめときなさい、もうムダよ!それはあんたが一番分かってたでしょ!?」


 市井谷の制止を受けて営田は肩を怒らせ震わせ、しかし歯を食いしばった。


 「―――ダメよ、ダメなの!やっぱり天田さんのあの不敬な態度を許してはいけいないわ!あの人に、あの人だけには、あの態度は許せないの!2人には分かってもらえなくたって良い・・・・・・でも、これだけは譲れない!」


 そう吠えて、営田は傘立てから1本のビニール傘を取り出した。それを見た美猪が早まろうとする営田に手を伸ばす。


 けれど、その指先は猛る少女には届かない。


 「待ちなさい、営田!それは、その傘は・・・!なにをするつもり!?やめなさい、今すぐ!」


 「・・・美猪」


 「・・・っ!」


 重く静かで、それでいて芯の通った営田の声が逆に美猪を止める。彼女は声を失った。

 

 営田は今、本物だ。


 「美猪、今日は、これに誘ってくれてありがとうね。いろいろ損な役回りばっかりだったけど、でも・・・楽しかった」


 「な、なにを言ってるの・・・!?ダメよ、やだ、やだよ。やめて、お願いだから!」


 「そうだよ、やめなって!今ならまだ引き返せる、やり直せるんだって!だから・・・だから!」


 「市井谷も、ありがとね。でもね、これは本当にダメ。中学のとき、荒んで街を放浪していた私に手を差し伸べてくれたあの人を侮辱されるのだけは、許しちゃいけないの・・・!!」


 あの日も、確かこんな雨だった。


 雪姫は強化練習会には出ないで帰ると言った。なら、この豪雨に打たれて思い知れば良い。


 「明日葉さん・・・私は―――!」


 「「営田、やめ―――ッ」」


 2人の制止も空しく、営田は両手に持った雪姫のビニール傘の真ん中に、膝を叩き込んでしまった。


 

 「・・・・・・い、いったぁい!!」


 

 「「えぇっ・・・・・・」」


 まさかの失敗。流れがおかしい。右膝を抱えてピョンピョン跳ねる営田に美猪と市井谷は白けた目を向けた。そこまでシリアスっぽい台詞を垂れ流しておいてこの始末は悲しすぎる。


 「くぅぅ・・・き、気を取り直して―――」


 「あ、まだやるのね」


 今度はマンティオ学園の生徒らしく『マジックブースト』を全開にして、営田は先ほどと同じように傘に膝蹴りをした。

 当然威力は数倍に跳ね上がっているから、雪姫の使っていたビニール傘はまるで木の枝のようにぽっきりと折れてしまった。

 

 そして。


 「ごぶっ!?」


 「あ、自分の顎まで蹴った」


 ・・・勢いは余ったが、まぁ、目的は果たした。


 それから間もなくして、帰り支度を済ませた雪姫が昇降口に姿を見せた。

 3バカはとりあえずまたロッカーの陰に隠れ、様子を窺うことに。

 自傷行為でフラフラの営田も、意地でも結果を見届けるべく目を血走らせて堪えていた。


 靴を履き替えた雪姫は、傘立ての前に立って、それから不自然に立ち止まってしまった。見ればビニール部分でなんとか繋がっている、骨の折れたビニール傘を持って見つめている。


 「やった・・・、遂にやってやったわ・・・」

 

 などと営田が呟いていると、雪姫は急に壊れた傘を氷結させ始めてしまった。これはいったい何事かと思ううちには真っ白に凍りきってしまった傘は、次に瞬間には粉々に砕け散ってしまった。

 パラパラ・・・とやけに凍てつく音を聞いた3バカは息をするのも忘れて固まっていた。自分たちまで凍らされた気分だったのだろう。


 信じられない対応の仕方を目の当たりにした3人が唖然としているうちに雪姫は外に出てしまった。よく見ると彼女に当たろうとしている雨粒は全て凍って砕け散り、消えていた。


 「・・・・・・・・・・・・やっぱりムリだよ」


 市井谷が遠い目をしてそう言った。あれはどうにも格が違いすぎてどうにもならない。

 しかし、営田はギリリと歯を鳴らした。


 「いいや、納得が出来ない!」


 「あっ、ちょっと!営田、待ってよ!」


 「まさか追っかけるつもりじゃないでしょうね!?バカじゃないの!?」


 よほど明日葉にナメた態度を見せる雪姫に腹を立てていたらしい。かなりいきり立った様子で、営田は傘も持たずに速足に歩き去ってしまった。


 美猪と市井谷は、またもや先走る彼女を追いかけ、適当にではあるが、ちゃんと営田の分の傘も持って昇降口を後にした。


 

 歩き出して数分。強い口調を使ってみたものの所詮はコソコソと嫌がらせをするのが精一杯の営田たち3人はなかなか前を歩く雪姫にちょっかいをかけられずにいた。


 「思ったんだけど、今の天田さんに近付いたら私らも凍るんじゃない?」


 「それは思ってた」


 トラウマが蘇って営田が指先を震わす。


 と、そのとき、唐突だった。どこからともなく危機意識を引っ掻くアラート音が聞こえてきた。

 

 「え・・・な、なに!?まさかモンスター!?」


 「や、ヤバイって、逃げる!?逃げようよ!?」


 美猪と市井谷が営田の袖を引っ張ったが、しかし営田はそれを受け入れなかった。どうせモンスターが出るなら、今から逃げても間に合うか分からない。豪雨で外に人は少なく、いたとしてその全員がモンスターと戦う義務なんてない一般人か、ランク1のライセンサーだった。


 「ザコなら私たちだけでも叩けるよ。ほら見な、他の人、みんな逃げちゃったもの。モンスターを野放しにしたら困るでしょ?」


 「そ、そうだけど・・・!だけどさ!でも、もしいっぱい出てきたら!?私らは営田と違って大して強くもないんだよ!?」


 3人の中で学内戦のクラス代表に選ばれたのは営田だけだった。だから美猪に叫ばれる。

 

 「・・・じゃあ2人は逃げてて良いよ」


 これでも、営田はマンティオ学園のいち生徒であり、柊明日葉に憧れている少女だ。ライセンスの有無とか、強い弱いとか、そんなことを言っていても前には進めない。

 まあそうは言えども、営田もたかだか惨めないじめっ子であり、これは出しゃばりかもしれないとは思った。

 だから困ったように笑って営田はそう言ったのだが、もう遅かった。空間の連続性を無視して小型・中型のモンスターが既に沸きだしていた。

 しかもまた、結構な数だ。


 「中型・・・!で、でも」


 営田はなぜかこんなときになって必要性のない勇気を見せ、モンスターの群れに拳一つで飛び込んでしまった。


 「バ、バカッ!営田ァ!」


 「さすがに無茶だよ死んじゃうよ!戻って!」


 取り残された2人が叫んだ直後、背筋が凍り付き、そして、次の瞬間に雨は血の雨へと変わっていた。


 「ぁ・・・ぁ・・・」


 ざっと人間10人分ほどの血が飛び散って、静かな町は赤く染まっていた。


 しかし、ほんの瞬きのうちに全ての赤は綺麗サッパリ、消滅していた。


 今までモンスターがいたはずの場所で、営田は1人へたり込んでいた。


 「―――今、なにが起きたの?モンスターは?」


 呆然として遠くを見ると、雪姫がこちらを見ていたのが分かった。

 彼女だ。彼女が助けてくれたのだと、分かった。


 すぐに雪姫は前を向いて、なにもなかったように歩き始めてしまう。


 「待って!!」


 気が付いたら営田は叫んでいて、走っていて、雪姫に追いついていた。


 営田を追いかけて美猪と市井谷も立つが、イジメの標的に助けられたことは2人の足を鈍らせ、追いつくことを出来なくしていた。


 妙に真剣な「待って」を受け、雪姫はもう一度だけ振り返った。そこにはあまり見覚えのない顔の少女が息を切らしながらも、雪姫の目を真っ直ぐに見て立っていた。


 「天田さん、私は天田さんが気に食わない!―――羨ましいから。・・・ねぇ、天田さんは柊明日葉さんのことを、本当はどう思ってるの?」


 なんで急にこんな訳の分からないことを言い出したのか分からなかったけれど、営田は気の赴くままに言うべきと思ったことを全て言っていた。

 当然雪姫も「こいつなに言ってんだ?」という顔をしている。


 でも、それは一瞬だけだった。


 「―――さぁ。他人に興味なんて、ないし」


 それだけ言って雪姫はまた歩き始めた。

 随分と冷え切ったいつも通りの目と口調。絵に描くなら目にハイライトなんてないし、口だってほとんど開いていない。

 それなのに、その深い目と透き通った声を受けた営田はこう言いたくなって、付け足した。


 「天田さん、全国でも頑張ってね」


 完全に無視されてイラッとする。

 

 


 


 


 

   


  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第1話はこちら!
PROLOGUE 『あの日、あの時、あの場所で』

❄ スピンオフ展開中 ❄
『魔法少女☆スノー・プリンセス』

汗で手が滑った方はクリックしちゃうそうです
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ