episode3 Last section36 ”the Next Stages Begin”
『高総戦』M県予選会の最終結果が公表された。毎年のことながら全国大会出場選手のほぼ全員の名前の脇には「マンティオ学園」の文字列が。ちなみに、正確に数えると個人戦において1年生は6人で、2・3年生は7人が県を通過している。団体戦についても既に記した通り、A・Bチーム共に全国大会出場だ。県1位はAチーム、2位がBチームである。
県大会明けの月曜日、マンティオ学園では県大会で入賞した生徒たちの表彰が改めて学校の体育館で行われるが、学内戦のときと違ってあまり活気があるわけでもなかった。
全校集会を終えて生徒はゾロゾロと教室に戻る。始業までにはあと10分ほどあった。
教室に着くなりガチャゴトとやたらたくさんのものを机上に置いて目立つ音を立てたのは雪姫だった。『個人戦1年生の部』の優勝トロフィーと賞状、『団体戦総合』の賞状と『団体戦MVP』のメダル。さすがに『団体戦総合』の優勝トロフィーはAチームのリーダーである萌生が受け取ってくれた。
まぁいずれにせよ、この優勝トロフィーは今日の放課後にも学校に寄贈して、ガラス張りの綺麗なショーケースの中のコレクションに加わるので、持って帰る手間は省けるのだが。
妹の夏姫がトロフィーを見てみたいとか言っていたので、面倒だがスマホで適当にそれの写真を撮る。
「いやー、やっぱ天田さんはスゴいね!個人戦も団体戦も当然のように優勝して、しかも萌生先輩とか煌熾先輩も差し置いてMVP!」
馴れ馴れしく話しかけてきたクラスメートの女子生徒を雪姫は椅子に座ったまま見上げた。
視線の先で目を輝かせているのは沢野友香だ。それから、その隣にはいつも通り向日葵もいる。どうにもこの2人は面倒臭い相手だ。他のクラスメートのほとんどが、さすがにそろそろ雪姫に積極的に関わろうとはしなくなってきた中で、この2人と、あとは慈音と迅雷、真牙の3バカだけは彼女を気にかけることをやめないのだ。男子2人の方はあくまで話しかけるとかでなく「気にかけているだけ」な分まだある程度マシなのだが、友香、向日葵、慈音が3人揃うと騒々しくて仕方がない。なにせこうしていちいち話しかけてくるからからだ。
一瞬目が合って友香の目がさらに嬉しそうに輝いた。鬱陶しいので雪姫はすぐに窓の外に視線を投げる。
「ねぇねぇ、トロフィー触ってもいい?」
今度は向日葵が話しかけてくるので、雪姫が怠そうに溜息を吐いた。こんな、中に水を注いで飲むわけでもない、なんの実用性もない金属器に、なぜそんなに興味津々なのだか―――。
「・・・勝手にすれば?」
向日葵の方は見ずに、雪姫は投げやりに返答してやった。
すると、窓に映っていた向日葵の顔までお日様みたいにぱぁっと明るくなったのが見えた。まるで子供みたいに優勝トロフィーをいろんな角度から見てはしゃいでいる。
しかし、向日葵に優勝トロフィーを触らせてやった途端に教室中の人間が雪姫の席に集まってきて「俺も」「私も」と騒ぎ立て始めた。
いよいよ自分の席にも居辛くなってきた雪姫は舌打ちを1つして席を立った。一瞬しんとなった群衆だったが、後ろの席にいた真牙が勝手に取り繕ってくれた。
去り際、チラリと自分の机の上に置き去りにされ、見世物になっているトロフィーを顧みる。
別にあんなトロフィーなど誰かにでもくれてやって構わないのだが、雪姫もさすがにそこまでは言わなかった。
それにしても、変な話だ。もっと小さかった頃は、今日受け取ったあれよりずっとずっとショボいトロフィーに喜んでいた自分がいたことを思い出して、雪姫は少しばかり虚しくなった。
●
同日、昼休み。風紀委員長の柊明日葉は腕章を着けたまま廊下を全力疾走していた。途中で生徒指導部長の西郷先生に捕まったが、ちょっと相撲を取って辛くも逃げることが出来た。
走り抜け、階段は駆け下りる時間すらまどろっこしいので一息に飛び降りてしまう。そして再び廊下を駆け抜けて、やっとある生徒が在籍するクラスの教室が見えてきた。
ドアの取っ手に指を引っかけ、力任せに開け放ち、そして全力で叫ぶ。
バッキョォッ!!―――と、完全にヤバイ音がしたが、今の明日葉は気にしない。
「天田雪姫はいるかぁぁぁぁッ!」
ドアが(遂に)壊れた音と明日葉の大声で教室中のみながビクリと肩を震わせた。
肩書きの効果は一切なし。染めたような茶髪と右耳のピアスに八重歯というより完璧に牙な犬歯、それとなんだかアホっぽい下睫毛、極めつけにこの荒々しい大声。完全にDQNにしか見えない明日葉に怯えて、誰も「ドア壊れたんですけど」とツッコめない。
フンスと鼻息を荒くして明日葉は1年3組の教室を隅々まで見渡すのだが、しかし水色髪の小生意気な後輩の姿は見えない。
「あっれ、おっかしいなー・・・?教室間違えたのか?なぁお前、ここって1の3だよな?」
頭の上にハテナをたくさん浮かべた明日葉は、とりあえず手近な席にいた男子生徒に尋ねた。あくまでも尋ねただけだ。目が恐いとか声が脅しにしか聞こえないとか、そんなことを気にしてはいけない。本人は、あくまでも、ちょっと聞いてみただけだ。
ということで男子生徒は半べそで彼女の質問に答える。
「え、は、はは、はいっ。そうですこここそが1年3組の教室で間違いないです・・・」
「あ?なにビビってんだ。ホントにタマついてんのか日本男児ィ!」
「ひぃぃッ!?すみませんすみません!」
まるで股間のブツを掴むかのように手をワキワキさせて怒鳴る明日葉にこんどこそ男子生徒は泣きそうになっていた。
声が小さかったからちょっとからかったつもりだったのだが、さすがに可哀想になってきたので、明日葉はボリボリと頭を人差し指で頬を掻いた。
「お、おおう、なんかその・・・悪かったな。しっかし、じゃあなんで天田のヤツいねぇんだ」
「呼びましたか?」
「うわォう!?」
不意に背後から話しかけられて明日葉は思わず跳び上がってしまい、今度はドア枠に脳天をぶつけた。
「かーっ、いってぇ・・・。ドア枠歪んじゃったじゃんか。まぁいいや。つか天田、お前な、以前のアタシだったら条件反射で殴り返してただろうから今度からは気を付けろよ」
なにかおかしいような気がするが、まぁとりあえず明日葉は高校に入ってからは随分と丸くなったものだった。
なのでここは自分で自分に「偉いぞアタシ」と言って頭をなでなでしてみる。恥ずかしいのでちょうど良いところにあったドア(残骸)を殴る。もうやめて、とっくにドアのライフはゼロよ。
「うちの教室のドア壊しに来ただけならさっさと帰ってください。うるさいんで」
こうまで全く物怖じしないでしゃべられるといっそ清々しい。冷めた目をした雪姫は弁当箱を包んでいるらしい袋を持って明日葉の横を素通りしてしまった。
「おぉい、ちょっと待てい!お前先輩に対する敬意ってものはないのかよ!?」
肩を掴もうとして明日葉は雪姫に手を伸ばしたが、ヒラリと躱されて空を切った。しかし、雪姫は振り向いてくれたので結果的にはよしとする。
無言で「じゃあなんですか」と訴えてくる雪姫に明日葉も苦笑する。敬意なんてとうの昔に焼いて食ってしまったのかもしれない。
「いや、昨日のケンカ楽しかったぞって言いに来たんだって。もうありゃあアタシの完敗だ!認めるよ、天田!いや、雪姫!これでアンタも晴れてマンティオ学園四天王が一人、《雪姫》様だ!」
「・・・・・・・・・・・・は?」
「うーんと、四天王ってのはだな・・・・・・あのさ、目だけでしゃべんのやめて欲しいんだけど」
四天王の意味は説明しなくても良いらしい。さて、問題は現在の四天王から誰を降ろすかだが、それは県大会で明日葉にナメた口を利いたくれたあげく、団体戦の決勝ではなんの役にも立たなかった連太朗でいいや、と片付けた。
「まぁとりあえず、アレだ。チームは別だけどさ、これから全国まで一緒に頑張ろうや!なっ!」
「・・・・・・・・・・・・」
肩をポンと叩こうとしただけなのに、また躱された。雪姫はすごく嫌そうな顔をしている。
明日葉はちょっとムキになって肩たたき百烈拳を繰り出したが、全て見切られた。
「ハァ、ハァ・・・。ホントにお前って何者だよ・・・?」
勝手に絡んできて勝手にゼーハー言っている先輩を雪姫はつまらなそうに見下ろしていた。
「これからって、強化練習会のことですか?あたし、もう帰りますけど」
●
さて、少々時は過ぎ、6月になった。『高総戦』の全国大会もいよいよ間近に迫って、先生たちは頭がおかしいのではないかと思うような放課後の強化練習で毎日へとへとの迅雷は今朝もぐっすりと眠っていた。
生徒のバイタルを気にかけているのか怪しいマンティオ学園流秘密特訓であるのだが、しかしその一方で確かに選手に選ばれていた生徒はメキメキと力をつけていた。目に見えて動きが良くなっているのである。しかも驚くことに、それは5月30日と31日の、たった2日の出来事である。
これはなるほど、ライセンサー合宿のときに真波らがこのシステムに関して申し訳なさそうな顔をしていたのも納得である。
とにかく、そんなこんなでゆっくりと体を休めている迅雷の隣で目覚ましが叫んだ。
「・・・みぎゃー!?な、ななな、なんだってぇ!?」
「うおあぁぁっ!?なんだ、か、火事か!地震か!雷親父・・・はないな、父さんは優しいし・・・とにかくなんだ!?」
「と、とっしー!大変だよ!」
「火事なのか、マジなのか!に、逃げるぞ千影!」
「うん君とならどこまでも♡・・・ってそうじゃないよ!別に火事とかじゃないからね!?」
本気で焦って部屋を飛び出した迅雷に千影は飛びついた。床をしばらく引きずられながらも、やっと千影は迅雷を止めることに成功した。
危うく直華まで偽の小火騒ぎに巻き込んでしまうところだった。
「え、火事じゃない・・・?じゃあなんだ?千影さんはなぜにあんな大声をお上げになった?」
叩き起こされた怒りが沸々と込み上げてきて、迅雷は変な言葉遣いになる。
それはこの前千影もアホ毛がどうのと言ってやられたことなのでおあいこなのでは、とも思ったが、ひとまず本題を先にする。
「いや、それがね?」
千影は自分のスマホを持ってきて、おもむろにメールの画面を表示して迅雷に見せてきた。迅雷は千影の身長に合わせるように身を少し屈めて画面を覗き込む。
「なになに・・・?『新しい研究のデータ採取に使用する装置のテストを6月3日より海上学術都市「ノア」の感応魔法科学研究所で実施することとなりました。つきましては千影様にもこのテストへの参加をしていただきたく、本メッセージを送信させていただきました』・・・?」
「・・・とのことでした」
完全に理解を突き放されて迅雷は目を点にしていた。
「海上学術都市『ノア』って、あの『ノア』のこと・・・だよな?」
「まぁ、そうだね」
「あの太平洋のド真ん中に浮かんだ世界最々先端の研究ばっかやってる上に、IAMOの本部と同じくらいの権限と規模のある『ノア』支部もある、あの『ノア』?」
「そう、あの世界で最も技術が進んだ人工島にして研究費だけで国家予算並みのお金が動いていると噂される、かの『ノア』だよ」
千影も仰々しく語り、しばらくの空白。
「・・・え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
こうして6月1日、千影の短い海外旅行が決定したのだった。