クリスマス番外編 Happy Xmas
やぁみなさん、メリークリスマス!絶賛クリボッチな作者がせめてものクリスマス気分を味わうために急遽番外編を書き下ろしました!ちょっといつもの投稿より話が長いですが、読んでいってください。あと、普通に日曜日の投稿もしますので、お暇な方はそちらの方もよろしくお願いします。
今日は12月25日、いわゆるクリスマスという日である。
部屋の中の爽やかな肌寒さに揺り起こされて、迅雷は目を覚ました。眠たげな唸り声を漏らして、頭から布団を被りたい気分を押して、おもむろにベッドから這い出る。
枕元を見ると、なにやら可愛らしい小包みが置いてあるのに気が付いて、苦笑する。もう子供でもないのに・・・とも思ったが、これはこれで趣があって悪くは思わない。開けてみると、以前に家電店で見つけた少し高いがデザインの格好いいスポーツ用の腕時計が出てきた。
時計を机の上に置いてから、伸びを1つする。冷たい空気も手伝って背筋がスッと正されていく感じがした。
部屋のカーテンを開くと、外は静かな銀世界だった。
安らかな溜息を一つ。
部屋を出て、階段を降りる。一段一段が冷たくて、足を地に着けていられずそそくさと降りきった。
顔を洗おうと思って蛇口を捻る。お湯を出そうと思って赤いラインの入った方の蛇口を捻るが、10秒くらい待っていないとなかなかお湯にならないわけで、その間は為す術もなく寒さに打ち震える。
10秒後、人類の英知の温かさに感動しつつ顔を洗って歯磨きをして、リビングに入るとここでも文明の利器が部屋を暖めてくれていた。
「あら、迅雷、おはよーございます」
「お兄ちゃん、メリークリスマース!」
「おう、メリークリスマス」
先に起き出してきていた真名と直華とも声を交わし、クリスマスで気分の盛り上がっている直華の頭をくしゃっと撫でてやる。それからとっくに食卓に並べられていた朝食を見て、椅子に座る。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん、サンタさんのプレゼントあった?」
まだ小学6年生の直華はサンタクロースを信じている。今時の小学生の基準は分からないが、これくらいが一番可愛らしい気がした。それに、異世界がいくらでもあるこの世の中でなら、サンタクロースもいるような気がするのはおかしなことでもない。迅雷だって、枕元にプレゼントを持ってきてくれるサンタとは別に某飲料会社の定着させたイメージにも囚われないセント・ニコラスもどこかにいるのだろうと信じてはいる。
真名の方を見ると、ニコニコしている。
「あったぞ?ちょっと高級な腕時計が」
「腕時計だったんだ!かっこいいなー。ねぇねぇ、お兄ちゃん今日それ着ける?」
「そうだな、着けてこうか」
「ホント?じゃあさ、あとで見せてね!」
キャッキャと楽しそうにしている直華を微笑ましく思いながら食パンをかじる。
「ナオはなにかあったのか?」
「ふっふっふー。じゃーん!」
直華にもクリスマスプレゼントがなんだったのか聞き返してやると、彼女は迅雷のその台詞を待っていたかのようになにかの箱を取り出した。
「おー、『アニリン』じゃん」
「そう!前から欲しかったんだよねー!えっへへ」
携帯ゲーム機のゲームソフトのパッケージを嬉しそうに眺めている直華。『アニリン』と言うと化合物みたいな名前に聞こえるが、これは『飛び込め!アニマルの林』というゲームの略称である。
真名に食卓に上げたらダメだと言われて、嬉しそうなまましょんぼりした声を出して、直華はゲームソフトのパッケージを机から下ろした。
朝食を食べ終え、迅雷は再び自室に戻って着替えを済ませた。
「さて、と。初期設定もしとかないとだよな・・・」
勉強机の上の腕時計を取り上げて、4つも付いているボタンを箱の中に一緒に入っていた説明書を見ながら操作していく。まずは年月日を合わせて、次に時刻を合わせる。
黒をベースとしたちょっとゴツゴツしているデザインで、街中でもよく見るやつだ。なんとなくブランドのロゴが入ったボタンを押すと、デジタル時計の盤面が薄暗い緑色に光った。
荷物を持って階段を降り、リビングで真名から水筒を受け取る。
「あ、お兄ちゃんお兄ちゃん!時計見せて!」
「ほれ、こんな感じ」
「わぁ、似合ってるよ!かっこいいね!」
妹とはいえ女の子にこうして褒められると、迅雷も嬉しいような照れ臭いような気分になる。
水筒を鞄に詰めて、迅雷は玄関に向かう。
「そんじゃ、行ってきまーす」
「「いってらっしゃーい」」
玄関の戸を閉めて、真名と直華の声が奥に消える。
家の外に出て、深々と降る雪に飾られて曇っている割には綺麗に見える空を見上げ、迅雷は溜息をついた。
「―――――メリー、クソスマス」
そう、クソスマス。断じてクリスマスなどではない。というかもういっそメリーでもないような気がする。
「なにが悲しくてクリスマスに学校に行かなきゃならないんだよぉ!」
「あ、としくん、メリークリスマース」
「クソスマース!」
「え、くそすます・・・?」
向かいの家から出てきた慈音が迅雷の謎発言に目を点にした。クソスマスってなんだ。
「と、とりあえずなにか思うことがあるならしのが聞いてあげるから、とりあえず行こっか?」
「あい・・・」
渋々中学校に向けて歩き出した迅雷と慈音。町中の浮かれた雰囲気とは一転して、迅雷だけがドンヨリした空気を垂れ流していた。
「なぁ、しーちゃん」
「なにかな、としくん?」
「今日ってクリスマスだよな」
「うん。メリークリスマース!」
「家族恋人先輩後輩その他諸々、みんなで楽しい1日を過ごせる日なんだよな?」
「しのは楽しいよ?」
「うん、見りゃ分かる。でも、でもだな?」
迅雷はもう一度、この世の理不尽を嘆く。
「なんで、クリスマスに学校なんでしょうか」
「・・・・・・平日だしね?」
「1年も2年も冬休み入ってるけどな」
「あ、あれだよ!クリボッチ回避できたよ!」
「どうせクリスマスパーティーする予定じゃん」
「・・・・・・だって、しのたち受験生だもんね」
「・・・・・・ですよねー」
そう、迅雷も慈音も中学3年生。そして12月。2人ともあの日本で2つしかない国立魔法科専門高等学校であるマンティオ学園を目指している受験生である。受験勉強もラストスパートな彼らにクリスマスなどないのだ。
そんなわけで、3年生は後輩たちが家族でクリスマスの買い物に出たり恋人同士で映画館に行ったりしている中寂しく学校で午前授業なのだった。仕方ないと言われたら言い返す言葉もないが、せめて年に1回しかない大イベントくらいは勉強からも解放されたいものである。
急激にテンションの降下し始めた迅雷を励まそうと慈音があたふたし始める。
「で、でもさ!しのはとしくんとこうして学校に行けるだけでも幸せだって!うん!」
とか言ってみてから急に恥ずかしくなって慈音までモジモジし始める。せめて「楽しい」と言っておけば良かったところを、ちょっと本音が漏れてしまった。
ただ、迅雷の方も照れたのかガッカリ感の方は薄れている感じがした。
●
「よーし!学校終わったぜ!迅雷、慈音ちゃん!遊びに行こっ、ぎゃあああ!?」
終業のチャイムとほぼ同時に教室に飛び込んできたうるさいヤツが1人。隣のクラスの真牙である。
迅雷が返事をする前に、真牙は先生に捕まって引きずられていった。
「なにしに来たんだあいつ」
「なんだろうねー」
わざわざ先生たちもこうして受験生たちのために冬休みも家族との時間も返上して学校に来て冬期講習をしているわけである。それが、当の受験生が堂々遊びに行こうとしていたら、まぁ、こうなるだろう。
「そうだ、しーちゃん。昼飯どっか行こうか」
「いいねー。なんかオシャレなところに行ってみようよ!」
「お金の都合も考えような」
オシャレなところに行くのは良いが、迅雷たちもまだまだ中学生。財布の紐は固く縛っていたって元から入っている金額が寂しいものだ。せめて繁華街の方に出て、それっぽいレストランでも探してみようかな、と考える。
とりあえずは先生に引きずられて行った真牙が帰ってくるのを待ってからである。
慈音と出かけようとする迅雷にリアルが充実していない男子たちが恨みの視線を送ってくるが、知ったことではないと割り切って、迅雷はスマホでちょうど良い店がないか探し始めた。大体、迅雷と慈音も恋人ではなくただの幼馴染みである。
●
「やっほートモ!メリクリー!」
「あ、ヒマ!いらっしゃーい。上がって上がって?」
「はーい」
クリスマスの午後6時、向日葵は友香の家に来ていた。もうかれこれ7、8年目の朝峯家と沢野家の合同クリスマスパーティーだ。
リビングの方からはチキンやポテトやチーズといったご馳走の食欲をそそる匂いが漂ってくる。
「わぁ、いい匂い!いけね、よだれ出てきちゃった」
「もう、向日葵ったら、もう15歳なんだから少しは女の子らしくしなさいよ?」
「えへへ。さ、ママも上がろう?」
家族ぐるみの付き合いも長く、向日葵の両親もこうして友香の家に遊びに来ている。食卓に並べる料理の3分の1くらいは向日葵たちが調達してくるのが例年のお決まりであった。料理が冷めてしまう前に、向日葵は母親を家に上がらせる。
家の奥からは友香の母親の声が聞こえてきた。
「紗栄子!もう朝峯さん来てるから降りてきなさい!」
「あー!うっさいうっさい!私もう寝る!クリスマスなんてしらない!」
なんだか酷く荒れている様子で、友香の姉の怒鳴り声が2階から落ちてきた。せっかくのクリスマスだというのに、やさぐれているとはもったいない限りである。
「ね、ねぇ、トモのお姉ちゃんって今日なんかあったの?今日は朝騒いだりしてないと思うんだけど・・・」
「それがね・・・。なんか学校から帰ってきたらもうこんな感じだったんだけど」
「うんうん」
困ったような真剣なような、半端な表情で話出した友香に、向日葵は軽い気分で相槌を打つ。向日葵も今日は友香の姉の安眠妨害をした記憶はないので、少なくともこの後で彼女に追いかけられることはないだろうと安心していた。
「ほら、前にお姉ちゃんがバイト先の先輩と付き合ってるって話したじゃない?」
「あー、あったね。あっ、もしかしてフラれちゃったとか!?」
クリスマスにフラれたとしたら、確かにそれは普通にフラれた以上に落ち込むかもしれない。途端に同情心が芽生え初めた向日葵は、心配そうな顔で天井を見上げた。あの天井の上では今頃友香の姉が布団にくるまって泣いているのかもしれない。
いや、どっちかというと彼女の場合はクッションを相手に見立てて木っ端微塵になるくらい殴ったりし始めそうだが、まぁ、いずれにせよショックを受けているに違いない。
しかし、友香の答えは向日葵の予想をさらに上回るものだった。
「いや、それならまだマシだったかもしれないんだけど・・・。実は、その先輩と今日デートに行ってたら、二股が発覚したらしく・・・・・・」
「・・・・・・そのー、うん。もうこの話はやめようか」
「そうだね」
そして、楽しい楽しいクリスマスパーティーが始まったのだった。
●
時刻は少し遡ってこちらはクリスマスのお昼前くらい。
「で、なんでアンタらはクリスマスの朝っぱらからここでたむろしてんのよ」
「なんでって、決まってんだろう。姐さんのご馳走でクリスマスパーティーしにきたんスよ」
「学校は?」
「ははは、行くわけないでしょうって。俺らは清く正しい不良少年だぜ?なんでクリスマスなんかに学校行かなきゃいけねえんだ。それに姐さんだって学校行ってないし」
「チッ」
お昼前に来たのは清く正しい不良少年たちによるせめてもの一般の方々への気遣いだったのだろう。ちょうどお昼時になんか集まられたときには、この物々しさでドアを開けた客がみな逃げてしまう。
一応ちゃんと金を払って料理を注文してくれる不良たちは、その時点でれっきとしたお客様なので無碍に追い払うことも出来ず、雪姫はカウンターに寄りかかりながら溜息をついた。
雪姫と話していたのは一番雪姫の近くの席に座っていた不良たちのリーダー格である強面の少年(?)だったのだが、彼の発言に他の連中も首を縦に振って口々に「そうっすよ」とか言っている。
学校には行かないのかという質問は夏姫から1回、店長から1回、そして不良共から1回、つまり今日でもう3回目になる。だが考えてみろ、と雪姫は言いたい。少なくとも雪姫はもう特に勉強しなくてもマンティオ学園の入学試験など余裕で通れるだけの成績はあるし、あの学校の入試における最大の関門とされる魔法の実技試験など、雪姫にとってはないも同然のレベルである。
なので、雪姫はそもそも学校に行く必要性すら感じていなかったというわけだ。
「まぁいいや。で、注文は決まってんの?」
厨房の奥からは店長の「一応お客さんなんだからもっと丁寧に話してって言ってるじゃん!」という声が聞こえてくるが、雪姫は素直に人の言うことを聞くと思ってそんなことを言っているのだろうか、と言い返したくなる。不良の相手など適当にやってナンボなのだ。
もちろん雪姫からのそんな扱いも慣れっこな、というより元々礼儀なんてものは最低限にしか気にしていない柄の悪そうな少年たちは、声を揃えた。
『ハンバーグで!』
●
広大な森は鬱蒼としており、苔むした匂いと獣の雄叫びが溶け合って大自然の壮大さが肌から染み入るようだ。悠久の刻を経て完成された翠の深淵は暗く、そこに漂うのは遠望した美景だけとは限らない。
ほんの数刻前までは、この森に骨肉を破砕するような弱肉強食の擬音と断末魔が響いていた。
そして今残るのは、森林の青い匂いとは違う、鉄錆の赤黒い匂いだ。叫びの残響は湿った土壌に溶け込んで消えた。
そしてそれの最たる原因である狩人たちは、仕事を終えて各々の武器を納める。
「・・・やっぱさ、クリスマスにトナカイ狩りっていうのはどうかと思うんだけど、お前らどう思うよ?」
「いや、でも仕事ですし・・・」
「だからこそだよ!なんかもう、これ嫌がらせじゃないのか?別に明日でも良かっただろうに」
すごくシリアスな前置きを完全に無視した疾風に泣き言を浴びせられているのはエミリアだ。肩を掴んで激しく揺すられて脳が震えそうになる。こんな冗談みたいなところでも実力差を考えさせられるからいつまでもエミリアが部隊長になれる日がやってこないのである。いっそセクハラで訴えてやっつけてやろうか、などと考えたが、その程度で疾風を退けられるとは思えない。
クリスマスではあるが、相変わらず疾風と彼が率いる特務小隊はIAMOに言われるがまま、とあるダンジョンに来てトナカイ狩りをしていた。トナカイ狩りというとなんだか温厚な動物を虐殺しに来たみたいに聞こえるかもしれないが、断じてそんなことはない。
このトナカイは正確には『Deer・Volus』とかいうあからさまに悪魔っぽい名前の非常に獰猛な肉食動物である。具体的にどれくらい危険かというと、レートは1頭の平均がAA程度という化物で、名前に『Deer』とある通り、外見は一回り大きな鹿のような生き物だ。しかし、その角は彼らの体躯と同じくらい大きく、体重とのバランスを疑うほどの密度のために硬さも並みではなく、さらに激昂すると鋼すら融かすほどの高熱を纏う天然の兵器であり、ついでに言えば口からは炎を吐くという、なぜ森に生息しているのかすら分からない意味不明な生態をしている。さらに、一部の最近の資料では『黒閃』を使用したというデータもあったので、さらに警戒度が高められている次第であった。
この『ディア・ボロス』が大量発生したので、IAMOの正規メンバーでもない疾風が「お前ちょっと行ってこい」となったわけだった。敵の強さ、戦場の環境など、危険度も踏まえて編成メンバーは全員ランク6以上―――――いや、1人だけ例外がいるが、とにかくそういう大袈裟な小隊を組んでいた。
そんな経緯もあったが、無事にミッションもクリアしたところが今の場面というところか。
「さあ、疾風さん。さっさとジョンたちを見つけて帰りましょうよ。私、クリスマスに異世界で野宿なんてまっぴらですからね。きっと日が暮れる前に家に帰って美味しいチキンを食べるんです」
「フラグっぽいこと言うなよな・・・。これでなんかヤバイのが出てきたら俺はエミリアを恨むぞ」
「好きにしてくださいよ。どうせヤバイのが出てきてもあなたの敵じゃないんですから。さ、はやく行きましょう。アメリカ人にとってはショーガツよりクリスマスなんですからね!」
部下に押し負けて休憩する暇も得られず、半ば引きずられるように疾風は森の中を彷徨い始めた。1人回収し、2人回収し、3人回収し・・・。とりあえず大人計6人が揃った。
「あとはあいつだけか。どこにいるんだか・・・」
「あ!いたいた、はやチン!もう、探したんですけど!」
「おう、やっと戻ってきたな―――――ってうおぉっ!?」
幼げな少女の声を聞いてその方を向いた疾風は、あまりにグロテスクなその少女を見て目を剥いた。
そこでは、全身を尋常ではないくらい真っ赤に染めた、10歳くらいの女の子がてくてく歩いていた。
「もうみんな揃ってたんだね。さ、帰ろっか」
「千影ちゃん、その前にちょっと・・・」
この班では唯一の女性(千影はもはや女性として扱われていない)であるエミリアが折りたたみ式の手鏡を取り出して、千影に今の姿を確認させた。
「うわっ!なんじゃこりゃ、真っ赤じゃん。そんな激しくやったつもりなかったんだけどなぁ・・・」
ジョンが歩み寄ってきて、千影をまじまじと見つめる。
「なぁ、一応聞いておくけど、大丈夫なんだよな?怪我とかはしなかったか?」
「だいじょぶだいじょぶ。かすり傷はちょっとあったけど、それくらいだよ。あとは全部トナカイの血だから」
千影の無事の確認が終わったところでエミリアが彼女を茂みの裏に連れて行った。それから、エミリアは千影に服を全部脱がせて体中にべっとりと着いた『ディア・ボロス』の血を洗い流し、服の方も簡単に洗濯する。
大体3分ほどして、エミリアと綺麗になった千影が戻ってきたところで、疾風たちはやっと自分たちの世界に帰ることが出来た。
門から出て空気を吸い直すと、やはり自分の生まれ育った世界が一番だなぁ、と思わされる。
「それにしても疾風さん、今日の討伐スコア見ました?」
IAMOの本部の休憩室で、シャワーも浴びてコーヒー片手に一息つく疾風とジュース片手にくつろぐ千影のところにジョンがやってきた。
「いや、見てないけど」
「はぁ、これだから日本人ってのは個人の成績に疎いんだ。いや・・・これは疾風さんだからかもしれないけど。まぁそんなことは良いです!今日のスコア、千影が疾風さんに次いで2番目なんですよ!なんなんですかこれは!」
「えへへ、そーれほどでもー」
自分のスコアが疾風に並んでいたということで、褒められた話だと思った千影が鼻が高そうに照れた仕草をしているが、ジョンがここに来たのは千影を褒めるためではない。
「これじゃあ僕らが立つ瀬がないですよ」
別にジョンも千影のことが嫌いでそんなことを言っているわけではないのだが、というよりむしろ好意的な関係にはあるのだが、紳士な彼は、少々特殊な境遇で育った子だとはいえ10歳の女の子である千影に戦績が劣っているのはさすがに耐えかねたらしい。
「いや、実力の問題だろ。あとは相性とか」
「そんなことで割り切れるようなら僕はこんなところまで来れてません!普通に考えて守られる側の千影がなんで化物相手に無双してんですか!こんな実力社会、理不尽だ!」
「ま、まぁ落ち着けって、コーヒーでも飲むか?」
隣にジョンを座らせて、疾風は適当なことを言って彼を宥めてやった。基本的に千影とジョンとでは生物としてのスペックが違うので、もしジョンが巻き返したいのならこれからは彼の修行量は従来の倍にはなるだろうけれど、その辺についてもオブラートに包みつつ励ましてやった。疾風としてもジョンがこれからさらに強くなってくれたなら非常に心強いので、これは良い機会でもある。
機嫌を直して笑顔で去って行ったジョンを見送って、疾風と千影も席を立った。
「そういえば、はやチン」
「ん?」
「今日はクリスマスだよ」
「だから?」
スッと手を出す千影。
「プレゼント、ぷりーず」
「さっきジュース奢ったろう?」
「ぷりーず」
「・・・」
「大事だから3回言うよ。プレゼント、ぷり」
「はいはい!分かった。そうだなぁ・・・・・・うん、そうしよう」
少しの間いろいろ考えて、疾風は良いことを考えついた。これからの息子の活躍と、彼女の動向にも期待してのことだ。
「ちょっと良い剣をプレゼントしてやる」
「おー!なになに?エクスカリバー?」
「そんな宝剣は持ってない」
●
パーティーも終えて、時刻はいつの間にやら午後10時。家が隣な慈音は余裕綽々で帰って行ったが、真牙は「やべぇ閉め出される!」とか言って走って家を飛び出して行ってしまった。9時くらいには直華が呼んでいた子たちも帰っていたので、神代家には数時間ぶりに静けさが戻った。
ご馳走とどんちゃん騒ぎで腹も心も満たされた迅雷は、ソファーに埋もれて一息ついていた。
「へああぁ、疲れたー」
遊んで疲れたなど、受験生としては贅沢極まりない話だ。この後は風呂に入って勉強か、それとももう寝るか。夜更かしなんてあまりしたことのない迅雷は、寝るという方が選ぶべき選択肢だった。それにしても、やはり寝るのはもったいないようにも思えてくるから敵わない。
と、もう少しクリスマスの余韻に浸っていたい迅雷の耳に電話のベル音が届いた。
「な、なんだ?こんな時間に・・・」
真名はパーティーで使った大量の食器を洗っているし、直華は風呂に入っているので、今電話に出られるのは迅雷だけだ。夜遅くとかに電話が来ると、しばしばそれが悪い知らせなのではないかと思ってしまうものなので、彼は恐る恐るかかってきた電話番号を確かめた。
「あれ、父さん?うお!父さんじゃん!」
テンションが一転して、迅雷は無駄に激しく受話器を持ち上げた。
「もしもし!父さん?」
●
お年寄りも若者も。腕っ節の強い人も弱い人も。お金持ちも貧乏も。忙しい人も気楽な人も。
今日は誰もが平等に楽しむ、クリスマス。
来年も、またこんなクリスマスが来ることを祈って、彼らは夢に浸る。
ハッピークリスマス。
あー、メリクソ。