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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode3『高総戦・前編 邂逅』
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episode3 sect34 ”胎動”

 月曜日になり、つい3日前までの賑わいが嘘のように平凡な登校日がやってきた。

 もっとも、『高総戦』の県予選大会が今週の木曜日から控えていて、それに向けていろいろと調整期間に入ろうという頃なのだが、何度も言うようにマンティオ学園は県大会など眼中にない。土日を挟んでなお取り切れない倦怠感に、みんなうだうだ登校するだけだ。


 この日の朝は全校集会だった。先週の金曜は最終試合の時間が遅かった(というより遅すぎた)ので、ここで改めて学内戦の成績発表と表彰という形になる。

 いつものことながら学園長の清田宗二郎は出張でいないので、代わって教頭の三田園松吉がステージに上がった。


 『えー、はい。先週の学内戦、選手のみなさんも応援のみなさんもお疲れ様でした。今年は1年生の方も上級生に負けないくらいに盛り上がっていたようですねぇ。つまり今年は全体的に非常に期待度が高いということです。6月の全国大会に向けてよりいっそう実力に磨きをかけてくれることを楽しみにしております』


 一拍置いてから、松吉は「さて」と言って挨拶を終え、ステージから降りた。結果発表は実行委員会の仕事である。本番中には影が薄すぎて完全に忘れ去られていた委員会の、最初で最後の晴れ舞台だ。壇上に上がってくる数人の生徒は妙に気合いが入っていた。

 スクリーンが下ろされて、体育館の照明も落ちる。どうやらパワーポイントで結果発表のスライドをまとめてきたらしい。パソコンを操作している女子生徒は、学内戦中にCブロックで選手誘導をしていた1年生の女子生徒だ。


 『えー、それではさっそく結果発表に参りましょうか!』


 マイクを握った実行委員長の男子生徒がスライドを次に移すように手で指示を出した。

 最初に映し出されたのはCブロック全体の最終的な試合結果が分かるよう白黒で塗り分けられたトーナメント表だった。続いてA、Bブロックのものも映される。

 その後は各ブロックの上位4名の紹介があり、合計12人がステージに登った。なぜ上位3人にしないかと言うと、3位決定戦をやる時間が・・・もとい大人の事情である。


 嬉しそうにしたり照れ臭そうにしたり、はたまた全力で面倒臭そうな顔をしたりしているトップスターたちの紹介を終えると、今度はクラス別総合成績発表となった。


 『えーへへへ・・・っと。薄々勘付いている人が大多数だとは思いますけれども、今年の最優秀クラス賞はなんと1年生なんですよねぇ。それでは第3位から発表に参りましょうかー』


 盛大にネタバレしながらも、ご丁寧にドラムの効果音付きで順位発表がスタート。

 第3位が焔煌熾もいる2年5組で、A、B総合上位8名中2名がこのクラスの生徒だった。

 次いで2位は、豊園萌生が所属する3年1組だ。同じく上位内に2名が含まれ、それ以下の試合の成績から2年5組に大きく勝る結果となる。

 そして問題の(?)第1位はお察しの通り。1年3組は雪姫とネビアという超戦力を擁する時点でかなり有利だったところに迅雷と真牙まで加わっていたため、Cブロックにおいてあからさまな過剰戦力だった。発表と同時に体育館の脇で喜ぶ真波が飛び跳ねたり、ちょっとしたブーイングが飛んできたりした。


 例年のお約束になっているMVP選手のコーナーでは、大会中に募集して実行委員たちが土日を返上、汗水垂らして開票した結果がスクリーンに映された。

 普通こういうのは萌生や煌熾のように上級生の部で最終決戦に出た選手か、そうでなくとも心に残る感動を生んだ選手が選ばれるところなのだが、今年に限っては、案の定1年生が選ばれていた。すなわち、天田雪姫だ。

誰もが納得する結果だった。ある意味心に残る感動だ。一度たりとも苦戦を強いられることなく、大会開始時点で手負いの状態ながら終始圧倒的な強さでノーダメージ優勝を果たした彼女が注目を浴びるのは当然だ。


 まるでアイドル総選挙のような賑わいだ。しかし、ステージに登壇させられてコメントを要求された雪姫は不愉快そうに口の端を下げた。


 『あんまり担ぎ上げないで欲しいですね』


 ステージの下でざわめく有象無象を冷たく見下ろしながら雪姫は吐き捨てるようにそれだけ言って、マイクを返した。言外に、自分がすごいのではなく周囲のレベルが低すぎるのだと言っているかのようだ。空気が凍ってしまったが、雪姫はもちろん気にしない。

 沸騰寸前の空気を一瞬で氷点下にされて、実行委員長が遠い目をしながら結果発表のコーナーを終えた。

  

 照明が点け直されて松吉が壇上に戻り、改めて12名の上位選手を表彰した。そして、ここからはまた別の、重大発表の時間だ。


 『えぇ、それではですねぇ。これより「高総戦」の団体戦部門に出場してもらう生徒の発表をします』


 『おー!!』


 再び生徒がざわめくのは、やはり今のところ県大会に出場しない選手でも選ばれる可能性があるからだろう。学内戦の序盤で敗退した実力者なんかの救済措置的な意味合いも兼ねている。

 もちろん、団体戦も優勝を目指すマンティオ学園は無用な情けをかけることをしないが。


 『えー、それではまず、Aチームの4名を発表いたします。Aチーム。リーダーに3年1組、豊園萌生。続いては3年3組、三嶋(せい)。2年5組、焔煌熾。1年3組、天田雪姫』


 各学年のトップと敗者復活の三嶋政の、今年度最強のカルテットが結成された。いずれの生徒も広域制圧能力に長けており、広大なバトルフィールドを使用する団体戦においては最も効率の良いパーティーである。

 先日もAチームの編成を職員会議で教員全員が話し合いながら、ボコボコにされて涙目になるオラーニア学園の選手を思い浮かべ、ほくそ笑んでいたものだ。


 『続いてBチームの発表です。Bチームのリーダーは2年1組、清水蓮太朗。そして3年1組、柊明日葉(ひいらぎあすは)3年5組、石瀬智継(いわせともつぐ)。1年2組、聖護院矢生』


 こちらは生徒会副会長の蓮太朗と風紀委員長の明日葉が中心となる「技」の暴力型チームだ。矢生の復活にはネビア戦で見せた実力への期待が見えている。


 『そして、補欠生徒4名の発表です。まずは2年5組、関一真(せきかずま)。2年4組、相模至(さがみいたる)。1年4組、四川武仁(・・・・)。1年5組、紫宮愛貴。以上4名』

          ○



 「さすが師匠ですねっ!やっぱり師匠の実力は高く認められてるってことですよ!」


 「え、ええ、そうですわね。当然ですわ。でも紫宮さん、お顔が少し近いような気がしますの。落ち着いてくださいまし・・・」


 巨乳ツインテールと貧乳ツインテールがキスでもしそうな距離になっているのを好奇の目で見る男子は多数。興奮して詰め寄る愛貴を押し戻して矢生はふぅ、と息を吐く。


 「ともかく、これで体裁は保つことが出来ましたわ。あとは先輩方に恥じぬだけの、いえ、先輩方の活躍を凌ぐほどの大活躍をしてみせなくてはなりませんわね!ほほほ!(見てなさい天田さん、今度こそあなたの活躍を追い抜いてやりますわ!おーっほっほっほっほ!」


 「よっ、聖護院矢生師匠!きっと天田さんも目じゃないですよ!」


 「ほーっほっほ・・・あれ?なぜそのことを?」


 まるで尻尾を振る子犬のような愛貴に褒め讃えられて気を良くする矢生だったが、その愛貴が雪姫の話を出したことを不思議に思って上品な高笑いをやめた。ふと周りを見ると、誰もが矢生のことを意外そうな目で見ていた。


 「あの、すみません。天田さんがなんとかって・・・その、心の声が?」


 「はいっ!ダダ漏れでした!」


 「い、いやっ!!いやぁぁぁっ!ち、違うんです!まだ私は天田さんに負けているなんて思っていませんですからね!うひぁぁぁぁ!?」


 全力で赤面して机に伏せった矢生を愛貴が「よしよし」と宥める。

 矢生もちゃんと自分の実力を客観的に見ることが出来ていたのだなぁ、と見直した様子の空気を吸っては、矢生は悶え死にそうになる。


 「なんだかんだでお似合いの師弟コンビだね、矢生ちゃんと紫宮さんって」


 悶絶する矢生となんだか幸せそうに矢生の頭を撫でる愛貴を隣で見ていた涼が苦笑する。


 「当然です。なんたって師匠は素晴らしい方ですからね!あと私のことは普通に名前で呼んでくれて良いですよ、涼さん」


 「え?あぁうん、じゃあ・・・愛貴ちゃん?っていうか、それって理由になってるのかな?」


 涼と愛貴が師弟談義をしていると、矢生が跳ね起きた。やはりどうあっても愛貴の師匠になるつもりはないらしい。


 「だから私は師匠なんて器ではありませんのよ!まったく・・・。それより紫宮さん」


 「師匠も愛貴って呼んでください!」


 「・・・・・・。それで、愛貴さん、あなたも補欠とはいえ団体戦に選抜されているのですから、一緒に頑張りましょうね」


 「・・・!し、師匠ー!たかが補欠ごときになんて優しいんでしょうか!是非頑張ります頑張らせていただきますですよ!」


 正規とか補欠とかでワイワイやっているが、涼はその補欠「ごとき」にすらなれていないので、苦虫を噛み潰したような顔をした。というよりなんだか、その噛み潰されるムシケラ以下のような扱いを受けた気分である。


 「およ、どうしたんですか、涼さん?すごく苦々しい顔をしてますよ?」


 「いや別に・・・・・・。そのー、うん。頑張ってね・・・?」


          ●


 一方その頃、1年3組では。


 「しっかし分からないな」


 「なにが?カシラ」


 結局なんの心配をしていたのだか、今日も今日とて元気に(遅れて)登校してきたネビアが迅雷の文句を聞いていた。迅雷と一緒に真牙も頷いている。


 「なにがってネビアちゃん。考えてみなよ」


 「だからなにをよ、カシラ。私アホだから言ってくれないと分かんないんですけど、カシラ」


 「補欠だよ補欠。団体戦の」


 そう言われてネビアはまだ首を傾げた。確か、ほとんど見せ場がなかった生徒がなぜか補欠に選抜されて疑惑の声が上がったとかなんとか、だったか。集会の後にそんな話が出たのは小耳に挟んでいたが、ネビアに細かい理由は分からない。

 補欠の選び方は3年生を除外して学内戦において優秀な成績を出したり可能性を感じられた生徒が抽出されるとのことだが、疑問視されたのが四川武仁だった。学校の意見としては彼の『二個持ち(デュアルスタイル)』としての能力に期待して―――とのことだったが、彼自身の結論的な実力は果たしてその期待に応え得るのか、という話だ。単純に紫宮愛貴のようなランク1の1年生を選抜した方がもっと有効だったはずなのだ。

 迅雷は呆れたように説明を加えた。

 

 「あのな、お前もうちょっと自分の実力評価して欲しいとか思わんのかい」


 「あぁ、そういうことだったのね、カシラ。いやいや、良いわよ別に団体戦にまで出たいわけでもないし、カシラ」


 面倒臭そうに肩をすくめてネビアは鼻で笑った。

 彼女の能力であれば上級生すら凌ぐほどの可能性すらあったのだから、迅雷たちがこう思うのも自然と言えばそうなのだ。いっそ本メンバーに選抜されて然るべきですらある。

 しかし、ネビアはそうなると本当に厄介なので、ちゃんと外してくれたことに関してはむしろホッとしていた。


 「『二個持ち』に期待するのは当然でしょ、カシラ。迅雷だって『二個持ち』なんだから人のこと気にする前に自分が恥ずかしい目を見ないように頑張っときな、カシラ」


 「うっ・・・。いやでも俺の場合、緑色魔力の割合がほとんどないし?」


 ネビアにたしなめられて迅雷は言葉に詰まった。彼女の言うとおりではある。そもそも『二個持ち』とかそういう話の前に頑張らなくてはならないのだから、なおさら言い返す余地もなし。



          ●



 学校が終わり、雪姫は一度家に帰ってからすぐにギルドへ向かった。3日後には県大会だが知ったことではないし、そもそも相手は学内戦のときよりさらに弱いのだから、なおのことどうでも良い。


 「さて、と。なんかいいクエストは―――」


 クエスト管理用の機械を操作し、雪姫は受注可能なクエストのリストを眺めた。学内戦期間中はギルドに来ていなかったので、この大きなタッチパネルを触るのもひさしぶりに感じる。

 しかし、雪姫はなんだか以前より表示されるクエストの数がやけに少なくなった気がして眉をひそめた。具体的に言うとモンスター討伐系の依頼がめっきりと数を減らしてしまっていた。


 「・・・来ない間にイジられたのか・・・」


 この機械はクエスト受注用の書類を自動発行するためのものなのだが、そもそもこの機能を使うにはIAMOが交付するライセンスカードを使ってギルドの管理サーバにログインしなければならない。つまり、ユーザーIDごとに情報の管理がネットワーク上で為されているということであり、サービスの提供者はIAMOひいてはこの一央市ギルドだ。

 雪姫はライセンスを取得したときに軽く脅しをかけて受けられるクエストのランク上限を3まで引き上げてもらっていたが、どうやら上限が見ない間にランク2相当までに下げられてしまったらしい。


 雪姫は外に晒しても傷・見た目共に問題なくなった右手を見てから、忌々しそうに舌打ちをした。


 なんにせよ、今更ランク2相当のクエストなどをやっても雪姫にはなんの手応えもない。


 「もう一度上限を上げるように頼む・・・?いや、あの人でももう折れてくれないか」


 ここのギルドでは雪姫に対して一番甘い日野甘菜も、さすがに一度大怪我をした雪姫に再度の上限開放はしてくれないだろう。


 次のライセンスの昇級審査は3ヶ月後だ。そこで2階級特進したとして、やっと正規にランク3を受注可能になる。だけれど、それでも精々ランク3。


 「はぁ・・・・・・」


 深々と溜息を吐き、雪姫は結局クエストを受注せずにカードを抜いた。

 いろいろとやる気が削がれてしまった。ダンジョンに潜ろうかとも思ったが、きっとそちらの規制もクエスト同様だろう。受付の方を見やれば視線の合った受付係の全員が引きつった笑顔を返したのがその証拠だ。



          ●



 「はい、迅雷。通帳とカード」


 「うん。うわ、なんか変な気分だな」


 今日は5月25日。いや、月はこの際関係ないか。とにかく今日は25日だ。

 なんでそんなに25日を強調するのかというと―――。


 「それじゃあとっしー、行こっか」


 「お、おう。・・・・・・なぁ千影。本当に貰えるんだよな、俺でも?」


 「そりゃまあ、君だって一応ライセンス持ってるわけだしね?」


 「うおお・・・、齢16歳にして初給料・・・。感無量だなぁ千影さん!」


 いつになく大人しい苦笑をする千影だが、迅雷もまたいつになく上機嫌だった。そう、毎月25日はIAMOが世界中のライセンサーにその活動の支援と治安維持の謝礼として給付金を渡す日である。

 渡すと言っても当然ながら大抵は口座への振り込みだし、もちろん明細書も届く。


 とはいえ明細書なんかを見るより早く実物を見てみたいとソワソワする迅雷は初めての給付金でさっそくなにかしてみたいらしく、こうして明細書も放っておいて銀行に行こうとしているわけだ。


 「せっかくだしボクも少し下ろしとこうかなぁ。おいしいもの食べたいし」


 10歳ながらに収入があることになんの感動もない千影は、すっかり薄くなった財布の中身を見て呟いた。

 商店街の方まで歩いておよそ20分。迅雷は入り慣れない銀行の自動ドアの前で立ち尽くすのだが、千影は今度もスタスタと入って行ってしまった。いつかギルドに入りあぐねていたときのデジャブで迅雷は口をモゴモゴと動かした。無性に悔しい。


 「・・・よし!待ってろよ俺の初収入!」


          ○


 「・・・・・・・・・・・・」


 意気込んで自動ドアをくぐった少年は、再びその自動ドアをくぐって外に出てきたときにはまるでしなびたエノキダケのようだった。


 「とっしー。一応聞くけど、どうだった?初のお給料」


 「730円」


 「・・・うん」


 「・・・ねぇ、730円」


 「でしょ」


「おかしいくない?初任給?にしても酷いくない?」


 迅雷の脳裏に刻み込まれて消えない3桁の給金。そりゃ確かに『ゲゲイ・ゼラ』とかをやっつけたのはライセンス取得前だけれども。でも、もうちょっと、本当にもうちょっとでも良いから、どうにかならなかったのだろうか。期待が大きすぎただけに涙も出てこない。


 「汗水垂らしてモンスターと戦って、そんでもって1ヶ月の給料が時給の最低賃金以下って!なんなんですかこれぇ!?」


 「ドンマイ、とっしー☆」

 

 せめてもの慰めに、と千影は必殺・悩殺とびきり可愛い(あざとい)笑顔を迅雷に向けてやったが、彼のテンションはドン底に水平線を描き続けている。これはちょっとやそっとではどうにもならないヤツだ。大して憐れむ様子のない千影を見て、迅雷はふと疑問を抱く。


 「もしかして家出る前に千影の反応がショボかったのって、このことが分かってたからか?」


 「う、うん。いやね?この金額にとっしーがどう反応するか分かんなかったから一応なんにも言わずに様子見てたんだけど・・・。まあそりゃ、こうなるよね」


 「あー!こいつっ、先に言っといてくれればあんなぬか喜びなんてしねぇのに!」


 迅雷は千影の体を揺さぶって訴えたのだが、こればかりはどっちが悪いわけでもない。

 ハードな放課後の強化練習も今日のこのイベントだけを楽しみにして出席し、疲れて一旦帰宅してから、やっとの初収入とのご対面な今である。とっくに日も暮れようとしているのと合わせて迅雷は余計にやつれたような気分になった。


 銀行前でギャーギャーと騒ぐ彼らには、意外に奇異の視線が向けられることはない。学生ライセンサーが初任給で泣いているのは、マンティオ学園のある一央市ならではの隠れ風物詩だったりする。


 「あれ、神代じゃないか。奇遇だな。というかまた随分疲れて・・・あぁ、なるほど。例のヤツでガッカリしてるんだな?ははは」


 ふと名前を呼ばれて迅雷が顔を上げると、そこには可笑しそうに笑っている大柄な男、もとい焔煌熾がいた。


 「あぁ、焔先輩・・・。もしかして先輩も給付金ですか?」


 「んー、まあ一応そんなところか。といっても、普通に必要な分だけ下ろしに来たんだがな。ほら、俺は寮生だから」


 それもそうか、と迅雷は思った。まさかランク3にもなる煌熾が未だに給付金で浮かれることもないだろう。

 千影を見つけた煌熾は彼女にも軽めに挨拶したのだが、返す千影の「ムラコシ」なる名前に首を傾げる。もしかしなくても自分のあだ名だったらしいことに気付き白い目をしながら、大人な彼は穏やかにやり過ごすことにした。そうそう、相変わらず生意気なところはあるが、千影くらいの子供ならそれくらいが可愛げがあって良いのだ―――と煌熾は笑って受け入れる。格好良い。


 「それで神代、どうだ?初任給」


 「分かってて聞くのって酷くないッスかね?・・・コンビニで昼間1時間働くより安いってどういうことなんですか。労働基準法?なにそれおいしいの?って感じですよ」


 「はははっ。まあそう思うよな、あぁ、あぁ。ははっ。でもこれも正式には給料じゃなくて独自の支援金制度だから最低賃金とかは関係ないんだぞ?あまり期待するなってことだな」


 煌熾が今度こそ声を大にして笑うのだが、当の迅雷としてはやはり納得がいかず、笑われて傷を抉られた不服も乗せてむくれてみた。

 それを見た煌熾は「すまんすまん」と頭を掻いたが、まだ肩が震えている。


 「でもな、考えてみろ神代。この世界にランク1のライセンサーなんてごまんといるんだぞ?ランク2だって大概だ。これにいちいち普通の給料みたいに金を出してたら国も財政破綻しちまうだろう?それに、ライセンス取っただけで食っていけるだけの収入が入るようになったら誰も仕事しなくなって経済も破綻してしまうし、だからこんなもんさ」


 「うっ・・・確かにそうかもですけど。でも730円って、くぅぅ・・・」


 反論したくても、正論には抗えない。煌熾に優しくトドメを刺されて迅雷は力なく項垂れた。


 「・・・そういえば、煌熾先輩のときは最初いくらもらえたんですか?」


 ランク1のライセンサーの場合、この給付金は基本金の500円が確保されているが、後はモンスターをどれだけ退治したか、などの活躍のほどによる。迅雷はやはり煌熾のことなので初めからそこそこの金額があったのかと思ったが、実際はそうでもなかった。


 「俺か?俺のときは―――確か700円だったか?だから神代の方が多いんだぞ?」


 「え、マジすか!?てっきり800とか900くらいは稼いでいたんだと思ったのに」


 「お前らはホラ、合宿のときに『タマネギ』とか出たからな。ダンジョンでモンスター倒しても普通はポイントにならないけど、あれは生態系外のだったから、その分だろうさ」


 なるほど、と言いかけてから、迅雷はやっぱりなにかがおかしいことに気付いた。


 「って、あんな危険なモンスターやっつけてこの金額はやっぱりキツいですって!」


 「あっははは・・・まぁ、そうだな・・・。俺も先月は『ゲゲイ・ゼラ』に殺されかけながら頑張った割に金額思ったより変わんなかったしな・・・」


 これはいかん。煌熾が珍しく暗い顔をしている。これは相当ショックだったに違いない。いや、迅雷も痛いほど分かる。あれは『タマネギ』ショックなんて足下にも及ばない事件だった。

 ただ、あまりにも煌熾がやつれて見えるのでこの話は追求しないことに。


 「ま、まぁ学生だからってのもあるんだろうさ。それじゃあまたな。明日からは県大会だからゆっくり休めよー」


 煌熾は楽しげに迅雷の肩をポンと叩いて銀行の中に入って行ってしまった。


 「なぁ、千影さんや」

 

 「うん?どうしたんだい、とっしーさん?」


 「ちなみになんだけどお前、今月の収入いくら?」


 「まぁほら、ボク正規だしね。手取りでざっと30万ちょいかな」


 「解せぬ・・・!」


 ☆目指せ、年収1000万のエリート魔法士・・・!!


元話 episode3 sect89 “胎動”(2017/2/28)

   episode3 sect90 “初任給”(2017/3/2)

   episode3 sect91 “風紀委員長、柊明日葉登場!”(2017/3/4)


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