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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode3『高総戦・前編 邂逅』
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episode3 sect33 ”羽休め”


カーテンの隙間から差し込んできた光が顔に当たり、迅雷は目を覚ました。


 「ん・・・、んん・・・。ふあぁ」


 枕元の時計を取って時間を見ようかと思って右腕に力を入れようとしたところで、その右腕に千影が抱きついていることに気付いて溜息をひとつ。スースーと健やかな寝息が急に意識に入り込んでくるから敵わない。

 迅雷は仕方ないから左手で枕元の時計を取ったら、まだわざわざ起きるような時間でもなかった。時計を置き直してから寝返りを打って同じ枕に頭を乗っけた千影の方を見る。千影のほっぺたでしばらく遊んでから、迅雷は今日はどうやって彼女を起こそうかと考える。


 「んー・・・あ、そうだ。アホ毛でも引っ張ってみるか・・・・・・って、あれ?ない―――――ないぞ?」


 ない。そう、ないのだ。なにがないのかって、話の流れで決まっている。いつも千影の感情に合わせていつもピョコピョコとうるさいアホ毛がないことに迅雷は愕然とした。もしかして千影が体調を崩して養分が足りなくなったアホ毛もしおれたのか、とも考えたが、寝息を聞く限り体調不良とは思えない。


 突如千影の脳天を襲ったアイデンティティの喪失という一大事(?)に迅雷は思わず、千影の頬をベチベチはたいて叩き起こした。


 「おい千影、千影ってば!ヤバいぞ生命の危機だ!」


 「イダイイダイ!?な、ななななんだい!?火事?地震?雷親父!?」


 「頭!頭のてっぺん!」


 意味不明な迅雷の発言に、千影は寝ぼけ眼で自分の頭をぺたぺたと触り、首を傾げた。


 「んん?いや、なんにもないけど、ボクの頭がどうかしたの?」


 「どうもこうも、そう、なんにもないのが問題なんだってば!」


 なにを馬鹿なことを、と千影はジト目をする。なにもないならそれが一番ではないか。多分。口の周りについた涎の跡をパジャマの袖で雑に拭ってから、千影はまた横になってしまった。


 「からかってるだけならボクはもう一度気持ちよーく二度寝させてもらうからね。今ちょうどとっしーとイイ感じになる夢見てたんだから、リトライしないとムニャ」


 「いや待て待て。お前、アホ毛がないんだってば!このままじゃ千影の個性が1つ減っちゃうじゃん!?」


 「・・・アホ毛?あぁ、アホ毛ね。なぁんだ、とっしーはボクにアホ毛がないと落ち着かないの?まったく、甘えん坊さんだなぁ」


 「いや、それでなんで甘えん坊になるのかは分かんねぇけども・・・。とにかくアホ毛が本体みたいな時もあるくらいだし、アホ毛キャラからアホ毛を取ったら見たときに『あれ?』ってなるだろ。これは大問題なんだよ!」


 「はいはい、ちょっと待っててね」


 そう言ってから千影は大きく息を吸い込んで、急にきばり始めた。


 「んー・・・!」


 「な、なにしてんだお前・・・?」


 まさか寝ぼけた勢いでクソでもする気じゃねぇだろうなと迅雷が訝しげにしていると、それは起こったのだった。


 ピョコンと、千影の頭頂部から一房、いつも見ているのと同じ、小さいながらも存在感のあるアホ毛が生えた。


 「え」


 「アホ毛、一丁上がりー。じゃあおやすみ・・・」


 「いやいやいや」


 さらなる非常事態に目を丸くした迅雷は、千影が被った布団を引っ剥がした。

 

 「なにこの人工アホ毛?知らなかったんですけど!じゃあなに?今までのアホ毛ってずっと自分で作ってたの?ノット天然モノってことですか!?」


 「なに言ってるの、当たり前じゃん。このサラサラヘアーで小細工なしのアホ毛なんてムリだよ」


 なにをどう小細工したのかは知らないが、なんだか夢を壊されたような気分だった。ちょうど高級料亭で出てきた魚の切り身を楽しんだ後に、「実はアレ養殖の安い魚でした」とカミングアウトされた感じか。


 「嗚呼・・・・・・こうして人は、大人になっていくんだなぁ」


 「アホ毛ひとつで悟りを開こうとしないでよ。世の中ってのはしょっぱいものなんだよ・・・」


 「ええい、やかましい!もういいよ、とりあえず起きなさい!俺が隣にいるのに夢の中の方の俺で遊ぶんじゃねえ!」


 無理矢理千影を抱き起こして、もう一度時計を見る。時刻は10時。さっきはもうちょっと寝ようかとも思ったが、やっぱり起きることにした。

 それと、迅雷の台詞を誤解したのか千影がリアルの方の迅雷で遊ぼうとし始めたので手で顔を遠ざける。


 千影を動かすのがまだ少し辛かったものの、疲労の程度自体はだいぶマシにはなっている。


 「今日の打ち上げはいけそうだな」


 ベッドから起き出して、引きずるように千影も連れて部屋を出る。1階からはテレビの音がする。朝食は軽めにして、そこそこに腹にものを入れた迅雷はソファーに身を投げて、SNSで学校のクラスのグループチャットを覗くことにした。

  

 「ええっと・・・って、通知100件超えかよ・・・。あいつらしゃべりすぎだろ」


 かれこれ土曜日で数百件、日曜の午前中でさらに100件以上というクラスチャットの盛況ぶりに迅雷は顔をしかめた。スマホをいじる頻度がほどほどの人にとって、こうして少し見ない間に話がやたらと進んでしまっているのは、後から全て読み返すのが大変なので嬉しくないものだ。


 「こういうパターンってとりあえず通知だけ多くて、実際は話が脱線してたりするからなぁ・・・。でも必要なことしゃべってても困るからドントミスイットなわけで・・・」


 後ろから直華が迅雷の手元を覗き込む。


 「うわあ、すごいね、これ。っていうかちゃんと打ち上げの話してるの?」


 「いやぁ、どうだろな。―――――お、なんか話してるな。なになに?昼過ぎくらいから街の方で遊ぶ、か」


 元々繁華街にある食べ放題の焼肉店を予約しているので、その予約していた時間になるまで店の近くにあるゲームセンターにでも行こうかという話が出ていた。


 「・・・行きたいけど、なんか疲れそうだなぁ」


 などと思いながら画面を下にスクロールしていくと、真牙の発言を発見した。


 『はいはーい!行きまーす(≧∀≦)』


 「行くんかい!」


 迅雷が急にスマホの画面に向かってツッコミをしたので、今までテレビを見ていた千影がギョッとして振り向いた。

 真牙といえば雪姫との試合の末にフルボッコにされて、最終的には迅雷の倍はズタボロにされていたはずなのだが、大丈夫なのだろうか。しかし、その真牙が行くと言っているのに迅雷が「疲れるかも」などと引っ込み思案なことも言っていられない。現に真牙を含めてクラスの8割くらいが参加すると言っているので、後から合流したらテンションの差に余計な苦労をするやもしれない。

 

 「しゃーなし、行くか。『俺も行きまーす』・・・っと。そんで時間と集合場所は・・・」


 コメントを送信しつつさらにチャットを読み下していく迅雷。どうやら昼の2時くらいにJR一央市駅に集合で、徒歩での移動とのことらしい。


 「とっしー、もうどっか行くの?」


 「ん?ああ、なんか食べ放題の前にゲーセン行こうってなっててさ」


 「ほう、それはボクも行くしかないみたいだね!」


 迅雷のコメントに返信が来て通知音が鳴った。読んでいる人がいるのが分かったので、迅雷はついでに千影がついて来たがっているという話をすると、快諾が返ってきた。


 「みんな良いってさ。あーあ、お守りしないとじゃん。めんどくせー」


 「またまたー。ボクと一緒にいれて嬉しいからってそんなこと言って」


 お手製のアホ毛をいつも通り揺らして小突いてくる千影を迅雷は無感情な目で見返してやった。


 「む、なんだいその目は!照れ隠しかい?」


 「はいはい、うれちー。ま、どうせ遊びに行くだけだし、千影付きでも変わんねえよな。精一杯遊んでやるか!」


 久々に心置きなく羽を伸ばせる良い機会だ。迅雷は用が済んだスマホを置いてうんと大きく伸びをした。


          ●



 「づ、づがれだ・・・。頭クラクラするぞ・・・」


 ダーツや某配管工たちのレーシングゲームなどで始まったのはまだ良かったのだが、ボーリングとかダンスゲームに手を出し始めた結果、完全に死んだ。いや、最初からそんな予感はしていた。していたけれども、だって、だからといってやらないとか言えない。いや、言いたくない。だってやらなかったら淋しいもの。


 迅雷と真牙は顔面蒼白になってゲームセンターから這いずり出てきた。後ろからは楽しそうにゲラゲラと笑っているクラスメートたちと千影がやってくる。


 「オレたちがアホだったのか・・・?」


 「俺はお前が行くっつってるから、行かないって言いづらくなってたんだぞ」


 「人のせいにするのか、こんにゃろう」


 「それはゴメン。ホントは普通に来たかった。大人げなかったわ」


 元気がないといつもの言い合いも起こらないわけで、平和に解決してしまった。


 時刻は夕方の5時半で、移動にかけた時間は抜きにして、およそ3時間は遊び倒した。夕暮れに照らされた高層ビルの林を見ていると、俄に良い子の心を思い出して家の温い布団が恋しくなってくる。昔は外でいっぱい遊んで、疲れて帰ったらついつい昼寝していたっけな。しみじみと想起される橙色であった。

 

 「としくん、真牙くん、大丈夫?なんかすっごい哀愁がただよってるけど・・・。やっぱり疲れちゃったんじゃないの?」


 後ろから慈音に図星を突かれて、迅雷も真牙も大きく肩を跳ねさせた。哀愁などと変に文語っぽい言葉を慈音が使ったことがシュールな場面だったのに、2人ともそれを笑うだけのテンションがない。

 恐る恐る慈音の方を振り返って迅雷は気を遣わせまいと取り繕うように笑ってみせたが、どうやら逆に疲れの色を振りまいてしまったらしく、案の定慈音だけでなくクラスのみんなから気遣うような視線が集まった。それこそ誘ったことを反省するような、非常に居心地の悪いオーラが漏れ始めている。


 「ひぇっ!?ご、ごめん!いや、俺も真牙も楽しみまくって普通に疲れただけだから!無理してないって!それにあれだよ、今から食べ放題だぜ。疲れといてナンボだろ、な?」


 迅雷の言い訳にみな快く乗っかってくれたようで、次第に重苦しい空気は解け始めた。

 しかし、一難去ってまた一難。そこかしこからここぞとばかりにアラート音が聞こえてきた。もちろん迅雷や真牙、千影のポケットからも、だ。


 続いてアーケード通りの建物の外部スピーカーからも放送が流れてきて、人々が慌てて避難し始め、一部の人だけが警戒した表情でその場に留まり、辺りの様子を観察し始める。


 「・・・・・・なんでまたこんなときに出るんだよ」

 

 普段から聞き慣れたモンスター警報もこういう調子の悪いときに限って来られると困る。妙に耳障りなアラート音にゲッソリとした迅雷と真牙は放送に耳を傾ける。狙ったように目の前の空間が霞がかったように歪み始めるから、なおさらタチが悪い。

 なぜ千影のスマホからもモンスター警報のアラートが鳴ったのか首を傾げる連中もいたが、今は避難が先決だ。とはいえライセンス持ちの男子2名は既にでくのぼうなので、千影が中心になってライセンスを持たない一般人をすぐ後ろのゲームセンターの中に押し戻してから自動ドアに非常用ロックをかけてしまった。

 

 わらわらと小型のモンスターが出てくる中、1体だけ高さにして8mはある巨大なモンスターまで現れた。その威容には、そこらのライセンサーがビビって呻く声が聞こえてきた。

 それにしても、またしても出現するモンスターの数が多い。一央市ギルドの記録している市内での一度の位相の歪みにおける平均魔力移動量はここ半年で従来の4、50パーセントは増えているというデータを出していた。一央市には優秀な魔法士が多いのでまだまだ被害の拡大は微々たるものだが、いかんせん何者かの意図を感じるような急激な変化だ。


 「とっしーと真ちゃんもランク1なんだから今日くらい下がってて良かったのに」


 「千影だけ外に残して逃げたら人間性疑われるだろ。それにその・・・一応『守る』とか言った手前・・・な」


 照れ臭い台詞ではあるが、全てはあの約束の下にみんなを守るため。完全にデジャブな赤黒くてブヨブヨした触手持ち巨大モンスターと、取り巻きの雑魚モンスターを流し見て、迅雷は『雷神』を呼び出した。

 確かに以前の経験からしてもこの程度の敵は千影1人で十分に一掃出来るのだろうけれど、足手纏いになると分かっていたって一緒に戦う、などと言い張った彼の信念は固い。

 

 隣を見れば真牙も刀を抜いている。


 「ねぇ、やっぱオレザコだけでいい?あのデカいの絶対ムリだわ」


 「真牙はすっこんでて良いよ。それにほら、今日は意外とライセンサーの人多いし、ランク1が出しゃばるなって」


 迅雷にたしなめられた真牙が口の端を引きつらせて刀を構えた。2人とも今欠乏しているのはスタミナだけで、魔力自体は十分にある。

 ジーンズとかシャツとか、比較的動きにくい私服で戦闘状況になるのも久々ではあるが、それを含めても『マジックブースト』を使えば強引に体を動かすことも可能だ。


 「上等じゃねえか。今日の食べ放題、店を赤字にするまで食いまくってやるかんな」


 真牙が臨戦態勢に入る。続いて迅雷も剣を構えて、近寄ってくる『カマセイヌ』や『羽毛トカゲ』といった比較的危険度の低いモンスターに集中した。

 それを横目に見ながら千影が呆れたように溜息を吐いた。


 「うーん、じゃあ2人とも無茶はしないでよ?ボクあのデカブツやってくるから」


 ―――――と、千影が跳躍のためにグンと姿勢を低くした瞬間だった。


 まるで大型バスでも突っ込んできたかのような凄まじい激突音が響き、次の瞬間にはモンスターの群れがまとめて消し飛んでいた。

 それがただの水による攻撃だったと気付いたのは、飛び散った飛沫で全身を濡らされた後であった。


 「な・・・なんだ、今の魔法の威力は?」


 あれだけの大型モンスターすら、もうどこまで飛んだか分からない超高速の水塊には吹き飛ぶどころか当たった部位だけ肉体を綺麗に削り取られてしまっていた。

 常識外れな威力の魔法を目の当たりにして、迅雷だけでなくその場にいたほとんどの人々が唖然としていた。

 唯一怯えていない千影でさえ、ポカンとして体積が8割ほど削れた大型モンスターの残骸を見上げていた。


 「―――――今の威力は、特大型の魔法・・・だよね・・・?こんな人の集まるところでブッパするお馬鹿さんがいるなんて!信じらんな―――――って、あー、あー・・・。なるほど、お馬鹿さんがやったんだ」


 他の誰も状況を理解出来ていない中、なにを感じたのか急に千影は1人で納得してしまった。

 モンスターの残骸がひとりでに黒い粒子となって消滅し、そしてその「お馬鹿さん」がやって来た。


 「やっほー、みんな。お怪我はありませんかぁ?カシラ。にゃっははははー」


 ケラケラと笑って手を振りながらこちらへ歩いてくるのは、「お馬鹿さん」ことネビアだった。

 反省の色が見えないネビアに千影が食いかかる。


 「危うく君の魔法で死人が出るところだったよ!てかボクごと殺る気だったんじゃないのかい!?」


 「まっさかー。こないだもパンピーには手を出すなって言われたばっかなのよ?カシラ。ってか千影ちゃんこんなの食らうほどノロマじゃないでしょ、カシラ。私だってそんなに馬鹿じゃないわよ、カシラ」


 すっとぼけた顔をするネビアに千影がギャーギャーと噛みつくが、今この場でうるさく出来るのは彼女たちだけである。


 「お、おいおい。今の魔法ってネビアちゃんがやったの?」


 青い顔をした真牙がぎこちなくネビアを見ると、彼女はニコニコして、軽い挨拶のつもりなのか手をヒラヒラと振り返した。


 「そうよ、すごいでしょ?カシラ。なんかデカいのが見えたから、えいって、カシラ。でも大したことなかったからちょっとやりすぎだったかも、カシラ」

 

 実際はネビアだって「えいっ」なんてほど軽いノリであれだけの魔法が撃てるわけでもないのだが、彼女はあんまり大事になって余計な注目を集めるのも面倒なので、適当な返事だけで済ませた。幸い今のが特大型魔法だと気付いている魔法士はあまりいないようなので、今のうちに話を切り上げてしまうのが吉である。

 それだけでなく、もう少しモンスターについて勉強しておかないと、また別の機会にでも敵の力を読み違えて無駄に被害を出してしまうかも知れない。一太にまたどやされるのも嫌だったので、ネビアは心の中で深い溜息を吐いた。


 けしかけてくる千影の顔面を大人げなく押さえてあしらい、呆然として突っ立つ名も知らぬ他人たちも放置し、ネビアは通りの向こうを指で差して楽しそうに笑った。


 「ほれ、早くお店に行かないと予約してた時間になっちゃうゾ?カシラ」


          ●


 「うーん・・・!ぷはー。外の空気がこれまた美味ですなー、カシラ」


 2時間もある食べ放題を思う存分満喫した1年3組一同は、支払いを幹事を買って出てくれた学級委員の室井に任せてゾロゾロと店から出てきた。

 4名ほど異常な食欲を発揮して、オーダーを聞きに来る店員の顔が赤字に青くなっていく下りは、しばらくは話のネタに出来るだろう。特に1人、子供料金で大人3人分ほど食う小学生(?)がいたことには、身内ですら店の方に同情するほどだった。


 「げふ。あー食べたねー。力がみなぎってくるのを感じるよ」


 「そうだねぇ、カシラ。あー、どうせならお酒も欲しかったなー、カシラ」


 冗談っぽくそんなことを言うネビアだが、実際に食べ放題中にうっかり酒を注文しそうになって、みなのギョッとした目に気付いて慌てて誤魔化したりしている。このときばかりはネビアも普段のヘラヘラと冗談ばかり言う自分の性格に感謝したものだ。

 淑やかさの欠片もなく腹を膨らせている割に体が軽そうな千影と並んで、ネビアは街の光に覆われて随分と淋しくなっている夜空を見上げる。


 「未成年の飲酒はダメでしょ」


 千影がジト目でネビアを見上げると、ネビアもネビアで千影のことをジト目で見下ろす。


 「今更私に法律の話されたってねぇ、カシラ。超絶ナンセンスよ、カシラ」


 「それもそうだけどさぁ、こう、TPOをだね?どうせたまにホテルのときにいたあのオッチャンにお酒持ってこさせてるんだろうけど」


 「心外ねぇ、カシラ。私は別に呑兵衛じゃないのよ?カシラ。こっち来てからはまだ1回も飲んでないし、カシラ」


 うっかり口を滑らせたネビアに、チラッと都合の良いところだけ聞きつけた興味顔の友人が群がってくる。口々に「お酒って美味しいの?」とか、「どんなの飲んだの?」とか言われても、答えに困る。というのも、イラッとした日についつい飲んでしまうような感じなので、実際ネビアも酒の味とか種類はよく分からない。所謂ヤケ酒とかいうやつだ。


 「い、いやー、アレよ?カシラ。お父さんが酔っ払って無理に勧めて出してきたのを1口2口、クイッと・・・ってくらいで、カシラ!」


 やらかしたなぁ、とネビアは爪を噛んだ。噂になって変にマークされても困る。

 飲んだくれに無理強いされて、というのは事実だが、1口とか2口というより、瓶1本か2本は空けた気がする。


 いよいよ収集がつかなくなってきたところで、空気を読んだ友香が手を叩いて注目を集めた。


 「はーい、そこまでー。お酒は二十歳になってからでしょう?ちょうどモブ君・・・じゃなくて茂武夫君も戻ってきたし」


 「沢野さん今モブで切りかけたよね?」


 「い、いやー、そんなことはないんじゃないかなー・・・いや、ない・・・よ?」


 室井(モブ)に完全に疑っている目で見られて、友香は視線を泳がせた。


 「とっ、とにかく、まぁこれで解散っていうのも寂しいので、今回頑張ってくれた8人・・・じゃなくて、天田さんいないから7人だね。選手のみなさんから一言ずついただきましょう!」


 疑惑をうやむやにして友香は話を進めてしまった。手を引っ張られた迅雷や慈音が人の輪から1歩はみ出して、友香に向いていた注目を引き継ぐことに。


          ○


 選手組のスピーチも終わって、二次会に行くグループともう帰宅するグループに分かれ、当然ながら疲れ切っている迅雷と真牙も帰る組に混ざって二次会組に手を振る。


 しかし、そんな迅雷の服の裾が不意にクイクイと引っ張られ、迅雷はそちらを見下ろす。


 「とっしー、ちょっと悪いんだけどさ、ボクちょっとあっちで遊んでくるから先に帰っといて良いよ」


 千影が適当な方向を指差して、二次会に参加したいと言い始めるので、迅雷はちょっとだけ考えて別に問題もないだろうと結論づけた。


 「ん?あぁ、別に構わないけど・・・。でも千影、帰り1人で大丈夫なのか?なんか心配なんだけど」


 「と、とっしー・・・!そんなにボクのことを大切に想ってくれていたなんて―――ボク、今すごく嬉しいよ!」


 「え?いや、うーん・・・。そういうわけじゃないけど、まぁいいや」


 先日千影を街に連れてきたときも、一瞬目を離した隙にあらぬ方向へと行ってしまっていたのを思い出した迅雷は、単に千影が1人でちゃんと道に迷わず家まで帰ってこれるかが心配だったのだが、もう訂正するのも面倒臭いのでやめた。どうせ千影だって子供の分際でスマートフォンという文明の利器も持っていることだし、万一迷子になっても地図を開くなり電話するなり、なんなりとしてくるだろう。


 「そんじゃ、大丈夫なんだよな?」


 「うん、心配しないでね、とっしー!あっ、でも寂しくなったらいつでも電話してね♡」

 

 「はいはい。しないと思うけど」


 もう行ってしまった二次会組を追いかける千影が、なぜか彼女を待っていたらしいネビアと2人で歩いて行ったのを見届ける。


 「じゃあ、帰ろっか、としくん」


 慈音に袖を引かれて、迅雷も歩き出す。


 ・・・と、いつもの癖でポケットに手を突っ込んで歩きながら迅雷は凄く大事なことを忘れていたことに気が付いた。


 「―――あ!!」


 「わひっ!?ど、どうしたのとしくん?」


 迅雷は地面を見つめて影の差した絶望色の笑顔のまま、ギョロリと慈音に目だけを向けた。


 「・・・か、鍵を家に置いてきたでござる・・・」


 「ござる・・・?と、とにかく大丈夫だよ。きっとおばさんかなおちゃんが鍵開けてくれるって!」


 「そうだよな、そうだよな!そうだよ失念していたよ、俺には鍵を開けてくれる家族がいる・・・!ひとまず母さんに電話しとこう―――」


 家にかければ良いところを、普段真名に電話をかけるのが仕事に出かけているところにかけるので、ついその感覚で迅雷は電話帳の画面をスクロールし、「母」を探す。

 と、慣れたタイミングでスマホの画面を触ると、覚えていた場所には「母」ではなく「ネビア」が割り込んでいたのだが、焦っている迅雷はそれに気付かない。

 すぐに回線は繋がって、迅雷は一気にしゃべり始めてしまった。


 「も、もしもし母さん!?あのさ、俺―――」


 『・・・?はいはーい、お母さんでーす、カシラ。どうかしたのかな?迅雷、カシラ』


 「鍵を家に忘、れて・・・って、あれ?ネビア?なぜにネビアが電話に出てくるんだ?」


 意味が分からずポカンとする迅雷だったが、直後に、ついさっきなんだかんだでネビアの番号をもらって「ネビア」で登録したばかりだったことを思い出した。つまり、そういうことか。


 急激に耳が熱くなっていくのが分かった。


 『なんでって・・・プ、プフフ・・・っ。で、鍵がどうかしたのかにゃー?カシラ。お困りなら狭いけど私のウチに泊めてあげてもいいのよ?カシ―――へぶっ。―――ちょ!とっしー!これはどういうことなのかな!ネビアがお母さんってなんのプレイ!?ママさんという人がありながら!君はシスコンロリコンに加えてマザコン属性まであったのかなぁ!?』


 「・・・・・・つ、通話終了っと」


 いろいろ厄介なことになったが、とりあえずありもしないことを(シスコンはあるけれども)べらべらと吠える千影がうるさいので迅雷は通話を切ってやった。

 隣で慈音と真牙が含み笑いをしていたので、迅雷はがっくりと項垂れた。今すぐこの床の舗装で敷き詰められたタイルとタイルの間の溝に挟まっている土に還りたい。

 

 「笑わば笑え!ちくしょう、今度はもう間違えないんだからねっ!」

 

 今度こそ冷静に「母」のところを見つけてから操作して、携帯電話を耳元に当てた。すると、またもや以外に早く電話が繋がった。間違いなく真名にかけたはずなのに、さっきのトラウマで迅雷はなぜか緊張して手汗を滲ませていた。

 死ぬほど恥ずかしい思いをした迅雷は膾を吹くように、相手が先に話し出すのを待つ。


 『もしもし、迅雷?どーかしたの?』


 ―――良かった。この口調は母親の証拠だ。


 ホッと息を吐いて、迅雷は鍵を家に忘れて出かけてしまったことを真名に伝えた。

 すると。


 『あらー、それは困ったわねー』


 「え、なんで?・・・いや待て、そういや今どこにいんの?なんか後ろが妙に賑やかな気がすんだけど・・・」

 

 『いやね?迅雷ばっかりお肉ってゆーのも悔しーから、母さんと直華もいまちょっと良い感じの焼き肉屋さんに来てるのよー。それでね、今ちょうど食べ始めたとこだからまだ帰れないのよねー・・・あ、直華タレ取って。まー、ごめんだけど玄関前で待っててねー』


 「え、ちょっ!母さん、母さんんん!?」


 平坦な電子音が耳に沁みる。通話を切られてしまった。息子の扱いが酷い。


          ●


 結局夜の10時頃まで慈音の家に厄介になって風呂まで貸してもらってしまった迅雷は、やっと軽薄な母が帰ってきたのを窓から見て、慈音とその家族に深い感謝とお詫びを残して東雲家を出た。今更そんなに改まらなくても良いのに、と気の良いことを言ってもらえたが、さすがにこの時間にお邪魔するのは付き合いの長さとかそういう問題ではなしに面目なかった。

 ともかくこれでやっと帰宅である。


 「ただ今帰ることが出来ましたー」


 「あら迅雷、どこ行ってたの?」

 

 やつれた声と共に家に入ってきた迅雷を、真名が何食わぬ顔で出迎えた。


 「しーちゃんちにお邪魔してましたよ!なにその顔!素直に玄関前で膝抱えて待ってるわけないだろうが!」


 「あー、なるほど。今度お礼しておかないとだね」


 元はと言えば鍵を忘れた迅雷が完全に悪いのだが、ひとまず不満は言い終えた迅雷は疲れた体を引きずって階段を登り、自室に荷物を置いて、ベッドに飛び込んだ。

 なんとなくベッドで自由に手足を放り出していると、その広さに違和感を感じ始める。快適に寝転がっていたはずなのに、いつの間にか迅雷はベッドの半分ほどを空けて少し縮こまったような姿勢に落ち着いていた。


 「・・・・・・千影、まだ帰ってねぇな」


 もう慣れてしまって、むしろなにもないと変な気分になる半分の空間を見つめてぽつりと呟く。迅雷はそこはかとなく落ち着かない気分を埋めようとしてベッドの上を転がり、枕元の時計に目をやった。


 「もう10時、か。あいつなにしてんだか。小学生はとっくに寝る時間だろうが」


 実際10歳児をこんな時間まで遊びに連れ回すというのはいただけない。そろそろ千影に帰ってくるよう言うために電話でもかけてみようか、と思って電話帳から千影の電話番号を選ぼうとしたところで、迅雷はふと手を止めた。

 

 「・・・・・・なんか癪に障るな」


 別れ際に『寂しくなったらいつでも電話してね』と言われたことを思い出して負けたような気持ちになったのだ。

 確か向日葵に引きずられて友香も二次会に参加していたはずだった。なので、迅雷は彼女に連絡を取ってみることにした。基本的にしっかり者な彼女にそれとなく帰るように伝えてもらえれば、千影も素直に話を聞いてくれるだろう。


 『もしもし、どうしたの、迅雷君?』

 

 「あ、ごめんごめん。ちょっと頼みたいことが出来ちゃってさ」


 『頼みたいこと?』


 スピーカーの奥からは、カラオケだろうか、そういえば行くと言っていたか。騒がしい音楽が流れてくる。すぐに部屋を出たようでその雑音もすぐになくなったのだが。

 お楽しみの最中に電話をかけてしまったのは水を差すようで悪い気もしたが、もうかけてしまったので迅雷は手短に話を済ませてしまうことにした。


 「そう。さっきさ、そっちに千影とネビアが遅れて合流したと思うんだけどさ―――」


 『え?千影ちゃんとネビアちゃんが?』


 「千影にそろそろ・・・・・・は?」


 友香の何気ない一言に、迅雷は口を開けたまま固まった。なんの冗談のつもりだろうか。


 「いや、え?2人とも後から来たでしょ・・・?」


 『う、ううん?私は知らないけど・・・』


 「いや、そんなはずは・・・!?だって帰り際、あいつ二次会組に合流するって!いないはずないよな!?」


 『うーん・・・。でもやっぱり焼肉屋を出て別れたっきり、千影ちゃんもネビアちゃんも見てないなぁ。てっきり迅雷君たちと一緒に帰ったんだと思ってたんだけど。―――あ、でももしかしたら私たちがカラオケに入った後に合流してるかもだし、ちょっと見てこようか?今2部屋使ってて、もう片方にいるかも』


 「あぁ、頼む。ごめんな」


 気にしないで、と言って友香は通話を切った。

 迅雷は再び静かな自室に戻ってきたのに、妙にざわついた感じがした。


 じっとなにも映っていないスマートフォンの画面を見つめて、友香からの着信を待つ。2分ほどして電話がかかってきたのだが、迅雷は30分も待ったような気分であった。


 「もしもし、どうだった?」


 『それが・・・その、みんなも見てないって・・・。お店の人にも聞いてみたんだけど、千影ちゃんもネビアちゃんも来てないって言ってたわ』


 「そんな・・・!あいつらじゃあ一体・・・!?」


 『―――私たちが捜してみようか?』


 友香の気遣わしげな声が聞こえて、迅雷は少しだけ冷静さを取り戻した。

 あれだけ外見も特徴的な2人だ。店員が見ていないと言ったのなら間違いない。とはいえ、千影たちがどこでなにをしているのか心配だが、こっちの問題に友香たちを巻き込んでしまっても多大な迷惑をかけてしまうだけだ。


 「ああ、いや!うん、ありがとう。でも大丈夫だよ。今から直接電話してみるからさ!遊んでっとこにかけちゃってごめんな。じゃあまた!」


 『え、あぁ、うん。また明日―――』


 通話を切る。2人ともみんなとは一緒でなかった。見てすらいないと言う。どう考えてもおかしかった。嫌な予感がするけれど、あの2人に限ってもしもの事態なんて考えられない。

 だが、考え直せ。あの2人の仲は決して良好でもない。そこがよく分からない不安の最たる原因かもしれない。


 「考えても仕方がないよな。まずは電話しないと・・・」


 頭を振って雑念を払い、迅雷は千影の携帯電話に電話をかけた。

 待つ音が苛立ちを募らせるものの、不安が勝ってどうともつかない。

 ただただ、一刻も早く千影の声を聞けることだけを祈って、迅雷は携帯電話を握る手の力を強めた。電話のコール音が繰り返され、10秒が経ち、20秒を待ち、しかしなぜか千影は電話に出ない。携帯電話を持っていないはずはない。無視されるとも思わない。


 「なんでだ・・・。なんで出てくれないんだよ」


 30秒を過ぎて、迅雷は耳に当てたスマートフォンをベッドの上に下ろした。やはり、なにかがおかしい。

 まさか、本当になにか大変なことに巻き込まれているのではなかろうかとさえ思え始め、迅雷は脂汗が滲み出るのが分かった。


 「捜しに行かないとだよな・・・。でも、どこに?あいつらはどこになにしに行ったんだ?」


 分からないことだらけだ。そもそも、千影が『あっちで遊んでくる』と言っていたのだから、それ以上の情報を迅雷は知らない。

 と、そこまで考えて迅雷は変な考えを浮かばせた。いや、これは実に下らない発想かもしれない。極端に動揺している今だから、そんな小学生の屁理屈が思いついてしまったのかもしれない。だけれど、それを口に出した途端、実にまさしくその通りだったと気付く。


 「『あっち』って、どっちだ・・・?」


 千影がああ言いながら指を差したのは、いったいどの方角だったのか。まるで気にしていなかったことを思い出したくても、そんな記憶なんてとっくに残っていない。

 せっかく思いついたのに、途方もなく何気なくて、手詰まりだ。焦りで迅雷は髪を掻き毟った。ただ1つ、なんとなく覚えているのは、彼女は明らかに先にカラオケに向かったみなが行った方向とは別の場所を指差していたことだけ。あのときは適当に行ってくるという意志を示すためだけにやった行動だと思っていたが、その方角に別の意味があったのだとしたら。


 「まさか、最初から別の場所に行くつもりだったのか?あんな分かりにくい説明で?」


 分かりにくい説明なんて子供なら仕方ないかもしれないが、あれで千影も大人社会を見てきただけあってそこらに関してはむしろ迅雷よりしっかりしているところがある。その千影がそんなことをするなんて、まるで迅雷を騙すようではないか。


 「くそ、なんでそんな回りくどいことを!」


 当初からそうするつもりなら、やはりきっと事件説の可能性はないのだろう。だが、今度は無性に腹立たしくなってきた。嘘をつかずにだまくらかすなど、やってくれたものだ。


 「それにしても、千影とネビアの2人、か・・・。変な組み合わせだなぁ。―――いや、まさか?」


 落ち着かない気分が災いして、なにか1つ話が進む度に悪い展開ばかり浮かんできた。

 初めてネビアとあった日の、千影のあの尋常ではない殺気。いくらか日を経て丸くなったようだったが、本当はうっすらと今日も感じていた―――ような気がする。

 

 「まさか・・・な。まさか、まさか、いやでも・・・ううん、まさか。あぁ、くそっ!そんなわけないよな!」


 いくらなんでもありえない。唐突過ぎる。脈絡がなさ過ぎる。そう思いながら、自然に迅雷は縋るようにして千影に電話をかけ直していた。喉を重いなにかが通り、気持ちの悪い感触だけが残る。

 しかし、それでも千影は電話に出なかった。


 「・・・・・・。~~!」


 文句を言うにも口から音は出ず、心配する声を漏らそうにも焦りしか浮かばず、迅雷は急ぎ立って外出の準備を始めていた。理由なんて後にして、今すぐ捜しに行かなければならないような、そんな気がしたからだ。

と、使い終わった携帯電話を念のためにとポケットに突っ込もうとしたところで、唐突に着信音が鳴った。驚き急いで画面を見てみれば、『千影』の2文字。迅雷は慌てて通話のボタンを押した。


 「おい、お前どこに行ってたんだよ!?」


 『―――わひッ!?と、とっしー、いきなり叫ばないでよ!耳がキーンってなったよ。どんだけ寂しかったのさ?2回も立て続けにかけてきたみたいだったけど』


 「この・・・っ!友香に時間も時間だからお前にそろそろ帰るように言ってもらおうと思ったら、カラオケには来てないって言われて・・・!心配したんだぞ!」


 怒鳴り散らすが、まず一番に千影の声が聞こえた安心感で迅雷はベッドに崩れ落ちるように腰掛けた。


 『あっ、へぇ・・・。そ、そうなんだ。それはそのー、ゴメンなさい?一応今から帰るつもりです・・・』


 悪さをしたのがバレた子供のようなしおらしい声で千影が話す。繋げて聞こえた苦笑いは、目があるわけでもない電話に向かって誤魔化すように自分にゲンコツをする姿を想起させる。

 それにしても、静かだ。千影の背景にはまるでなにも聞こえない。車も通っていないし、人だっていないようだ。まるで埃臭くて狭い路地裏のような不気味な静寂が、迅雷は怖くなった。


 「なあ、千影。―――ネビアは、どうしたんだ?今は一緒じゃないのか?」


 なぜだか、たったこれだけのことを尋ねるのがやけに苦しく感じられた。状況が状況だっただけに、そんな悪いことばかり考えるんだ、と自分に言い聞かせて、大丈夫だと宥める。そもそも、もし仮に万が一そうだったとしたら、本当は優しい少女である千影がこんなに平然としていられる人間ではないことくらい、迅雷は知っている。


 『あー・・・ネビア、だね?えっと、ボクより先に帰っちゃったんだよね・・・』


 「なんでそんな自信なげに答えるんだ?逆に怪しいんだけども。―――喧嘩とか、してないよな?大丈夫だよな?」


 『喧嘩?あー、うん。大丈夫だよ』


 完全な無音の中、千影の控えめな声だけが届く。ともかく、なんともなかったならそれで良いのだ。思えば千影を疑うようなことを考えていた自分が嫌になって、迅雷は布団に顔を埋めた。なまじ彼女が見た目に似合わないだけの力を持っている上にネビアに対してあれだけ警戒を見せたばかりに。落ち着きはないけれど、千影はあれだけ真っ当な人間性をしているではないか。


 「まあ、いいや。てかさ、今お前1人なのか?どこにいるんだ?ちゃんと帰れるのか?」


 『世話焼きだなぁ。気持ちは嬉しいけど帰れるってば。で、今ボクがいるのは、えーっと・・・あれ?ここどこ?』


 ―――やっぱりダメじゃないすかぁ。完全無欠に迷子になっちゃっているじゃないっすかぁ。


 それにしても、まるで迅雷ではない誰かに尋ねるような口調だった。1人だと思ったのだが、違うのかもしれない。

 

 「おいおい、こりゃ迎えに行くヤツか?」


 『あーいやいや!大丈夫だって、ね?』


 「・・・?てっきり『それもいいね』とか言うかと思ったのに。つーか、そっちに他に人いるんか?」


 『え?いや、ボク1人だけど?あ、もしかして寝取られたかと思った?ははーん?大丈夫だよとっしー、いつだって君のベッドの半分はボクのものだからね!とりあえずとっしーだって今日は疲れてるんでしょ?お休んでいなさい!』


 これは完全にいつもの千影だ。千影よりむしろ迅雷が怪しまれるような言われ方だが。


 「そっか、分かった。早く帰ってこいよ?」


 『うん、分かった』


 千影が電話を切る瞬間、なにかの呻くような声がしたが、迅雷はそれに気付かなかった。



          ●



 「ちょっとー。そんな呻くような声出さないでよ。聞こえちゃってたらまた怪しまれるでしょ?」


 「へいへい、スマンスマン。つかお前自分のいる場所くらい分かっとけよ」


 「タクシーの運転手がいるから大丈夫だよ」


 「平然と運転手扱いするんじゃねーよ。本当に金取るぞ」


 「えー、ボクみたいないたいけな女の子の財布を脅かそうなんてー」


 「なにがいたいけだっての。まぁいいや。駅まで送るからあとは1人で帰れるだろ?」


 「うん、ありがとね。まぁ話も大体分かったよ」



元話 episode3 sect86 “アホ毛”(2017/2/23)

   episode3 sect87 “クラス会(飲酒は二十歳になってから)”(2017/2/25)

   episode3 sect88 “思い違い”(2017/2/26)

   episode3 sect89 “胎動”(2017/2/28)


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