表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode3『高総戦・前編 邂逅』
76/526

episode3 sect32 ”終わる学内戦”

 フィールドはまさに灼熱地獄。しかし、時にそこは華々しく生命が躍る森でもあった。


 「『ガーベラ・ラジエート』!!」


 煌熾は、とある冷たい後輩少女の技を参考にした大型の魔法を解き放った。

数多の火球が円状に行儀良く並び重なり、それは見る者に巨大な菊の花を想起させる。


 「あら、私とお花で勝負しようだなんて殊勝な心がけじゃない!」

 

 放射状に拡散する火炎は一分の隙もなくフィールドを焼き、これまで萌生が攻防の間に少しずつ余分に生やしておいた樹木の壁をも一つ残らず燃やし尽くしてしまう。


 この火力、この規模、恐らく煌熾の切り札魔法の1つに違いない。

 既に試合時間も残り5分。拮抗した戦局を焼き崩すべく放ったのだろう。


 爆音と歓声が違いを喰い争う第1アリーナでは、Aブロックの優勝者である焔煌熾と同じくBブロックの優勝者である豊園萌生による、学内戦最終試合が行われていた。ここで、マンティオ学園の最強が決まる。この一戦を見ずして学内戦を終えられないとばかりに、各ブロック決勝を優に超える観衆が訪れている。

 煌熾の圧倒的大火力と萌生の植物による変幻自在な技のせめぎ合いは、これこそが『高総戦』と言うべきものであった。


 「君がそう来るなら、私も菊でいくとしますか。さぁ、いくわよ。これでキメてあげるわ!」


 土と種を同時に振り蒔き、萌生は精緻な術式を高速で完成させた。

煌熾がその気ならば、萌生もまた、それに応えてより強大な魔法で上から捻じ伏せるのみである。


 「千刃を以て華と為せ、花弁は敵を射る矢にして、鏃は牙より鋭い刃。高貴なる煌めきを宿して、森羅万象を刻まん。血で其の刃染めるとき、真実は愛へと転じよ―――――」


 迫り来る炎の猛威を前に萌生は軽やかな足取りで躍り、先んじて押し寄せた火の粉の波を避け、そして魔法の発動には意味を持たない(うた)を謳う。


 静かに透き通った萌生の歌声は、まるで抜け穴を通るかの如く轟音をすり抜けて人々の耳に吸い込まれていく。


 少しばかりの間、気の赴くままに戯れを楽しんだ萌生は、詠んだ心と共に手を差し伸べた。


 「『斬菊(ザンギク)』」


 萌生が魔法を詠唱すると同時に菊の種は一瞬で発芽し、迫り来る炎の菊をさらに上から呑み込むほど巨大な花を咲かせ、そして果てにはその白亜色の花弁が転じて千の白刃を生んだ。

 明らかに異常な進化を遂げた花びらの一枚一枚が鋭く空気を斬り裂いて、フィールドの床のタイルに刃先が当たると激しい火花と共にそれを捲り上げていく。


 「さぁ、いって。そして勝利を掴みましょう?」


 萌生が命じると、剣花は刃をあらゆる方向に向け、煌熾を木っ端微塵にすべく走り始めた。


 「な、なんだこの魔法は!?規模で俺の『ガーベラ・ラジエート』を完全に食ってるだと!?」


 現在自分が使える魔法の中でも最大の範囲攻撃である『ガーベラ・ラジエート』をさらに上回る萌生の大型魔法に、煌熾は驚愕を隠しきれなかった。少なくとも単純な攻撃規模ではまだ萌生に勝っているつもりだったのに、彼女の奥の手はそれすら覆してきた。

 煌熾が萌生に対して持っていたアドバンテージである大規模火力は、克服されていた。やはり早急にディスアドバンテージは調整してくるということなのか、萌生の対応力の高さには特筆すべきところがあった。これで遂に火力・精密性・速度のどれを取っても萌生は名実共に学内トップクラスのオールラウンダーというわけだ。

 

 さて、押し返して迫り来る魔法をどう対処するか。何度も言うように規模だけでなく火力も相当だが、問題はそこではない。鉄のように変質した花を煌熾の火炎魔法は焼くことが敵わなかった。ならばどう防御するか考えねばならない。


 「さすがは会長だ・・・。戦う度に弱点が減っていく!!」


 しかし、素直に負けられる状況でもない。今でさえこんなにも立派に花を咲かせている萌生に煌熾がこれ以上花を持たせてやる必要はない。煌熾は剣花の中央を見据えた。ただ一点、全ての刃の根が集まるそこを破壊すれば花は砕け散ってしまうはずなのだ。それが出来れば、まだ勝機はある。


 煌熾は大きく息を吸って、それから自身を奮い立たせるように叫んだ。

 

 「はああああああッ!!」


 とにかく全ての熱量を一点に凝縮し、拳大の小さな炎にまとめ上げる。数百度の火炎ですら平気な煌熾の浅黒い肌でさえ、その灼熱にはジリジリと火傷を負うほどに炙られている。


 その間にも剣花は轟々と煌熾に迫り、遂には煌熾に行動させまいとするかのように、剣花は花から蕾へと遡行し、その千刃で煌熾を包み込む。


 「決まったかしら―――――!?」


 だが、剣蕾に刻まれるより煌熾の方がわずかに早かった。

 

 「おぉぉ!『スコーチング・ブレイズ』!!」


 蕾は内側から赤熱し、盛大に爆ぜ飛んだ。

  

 圧倒的で壮絶で破滅的なまでの熱を湛えた黄金の燈が一筋の光となって萌生の真横を走り抜けた。


 「―――――ッ!?」


 あまりの伝導速度には反応も出来ずに、萌生は横を抜けて服を焦がしたその熱線を見もせずに固まった。それが圧縮されて指向性を与えられた炎だと気付ける人間はいただろうか。強烈な閃光は機械で圧縮した魔力銃の弾よりもはるかにレーザー光線のようだった。

 灼熱の空白に一瞬遅れ、全てを融かし蒸発させるほどの高熱波が駆け抜けた跡の空気はそれ自体が爆弾となって吹き荒ぶ。


 すぐ横でそれを受けた萌生はもちろん、彼女よりさらに至近でその熱を放った煌熾もまた、その爆風で吹き飛ばされた。


 全身を強打して煌熾は床を転がりながら呻いた。


 「ぐ、ああぁッ!く、くそ、これは威力云々の前に俺も身が保たないぞ・・・」


 一応は自分でやったことの結果であるから覚悟は決めていた煌熾は、床に打ち付けて重く痛む体のいろいろなところをさすりつつ、ゆっくりと起き上がった。

 

 対雪姫戦用に、と超高火力だけを求めて取り急ぎ発案した新技だったのだが、使った後にこうなるようでは切り札には選びにくくなってしまう。

 爆風に耐えられるだけの筋力をつけるか、もしくは出力の調整をするか、はたまたこれとも違う新しい魔法を考えるか。オリジナルの術式を考えて、脳内イメージで実際に使用可能なフォーマットに落とし込むのはかなり大変なので、出来れば前の2つのどちらかを実践したいところだ。


 「・・・と、今はそんなことを考えている場合じゃなかったな。少なくとも爆風に巻き込まれたとは思うが、会長はどうなった?」


 フィールドのあちこちには飛び散った剣花の破片が未だに赤く輝きながら落ちているほか、燃えるどころか完全に炭になった巨大な植物の残骸があったりと、かなり凄惨な状態である。どうやら熱線本体が直撃していたらしい透明な壁には、魔力拡散コーティングが施されていたにも関わらずそこだけ綺麗に拳大の穴が空いていた。

 まるで焼夷弾でも撒かれた後の戦場のようで、自分が生み出した光景にも関わらず煌熾は苦い顔をした。幸い壁を貫通する際に熱線の威力自体はかなり減衰したらしく、観客席にまで爆風の被害がマックスで伝わることはなかったらしい・・・が、いずれにせよあと少しで阿鼻叫喚の地獄絵図となるところだった。

 

 「こういうのを見ると魔法ってのは実は人の手に余るものだったんじゃないかと思えてきて仕方がないな」


 とりあえず後で観衆には謝らねばなるまい。


 木の燃え残りや巨大な刃の花弁が障害物となって萌生の姿はなかなか見つけられない。奇襲も警戒しつつ、煌熾はいよいよあと3分を切った試合時間も念頭に置いて足早に戦場跡を歩く。


と、煌熾が数ある剣花の破片のうちの1つの蔭を覗き込む、まさにその瞬間だった。じっと彼がそこを見て立ち止まる瞬間を待っていた萌生は種に念じた。


「『樹礎(ジュソ)』、『木茂玲火(コモレビ)』!」


 「なっ!?どこから―――――!?」


 その場所ではないどこかから萌生の声が聞こえ、そしてその場所に仕掛けられていた植物魔法が起動する。

 横向きに、飛ぶような速さで木が伸びて、撞木(しゅもく)のように煌熾の体を打った。


 「ぐぐっ、この・・・!うぬ・・・おォォォあ!!」


 しかし、なんと煌熾は力だけでその重い一撃を受け止めにかかった。頭の血管が浮き出すほど体中に血からを込め、果てには肉体だけで魔法を制する。

 だが、萌生が使用した魔法は1つではなかったはずだ。直後、そんな彼にさらなる強力な魔法が叩き込まれる。


 それは過剰成長で伸びきった木の枝がさらに異様に長く成長して、葉を生やし始めるところから始まった。

 冗談のような勢いで生え始めた木の葉が、生え育ったそばから弾かれるように枝を離れ、そして新しい葉が生まれていく。

 その絶え間なく、そしてあまりに急激な生命の躍動によって溢れ出した緑は、まるで燃え広がる炎の如く煌熾の体を食らい、押し流した。


 「く、そお、げほっ!フ、『ファイ―――――ッぶ、ぐふっ、ア』!」


 煌熾がなんとか脱出しようと魔法を叫ぶと、遠くにあった剣花の破片の蔭からひょっこりと萌生が顔を出した。ジャージが焦げて穴も空いていて全体的に痛々しい姿ではあったが、今の萌生は苦しい表情はしておらず、むしろ勝ち誇るような顔をしていた。


 もう間に合わない煌熾に向けて萌生は悪戯っぽく笑う。


 「あら、燃やしちゃって良いの?炎に自分から呑まれることになるだけよ?あーあ、私、焔君が煙の吸い過ぎで救急搬送なんていやよ」


 「・・・あ!?ちょ、確かに―――――!?」


 時既に遅し。煌熾は判断を誤った。煌熾が掌から生んだ炎はあっという間に木の葉の間を燃え広がり、しかし今なお無限に沸き続ける葉を焼き尽くすことも出来ずに主である彼に反乱し始めた。恐らくは煙を発生しやすいような異常成長を混ぜ込んだ魔法を使われたのだろう。

 いくら高熱に強くとも、煌熾だって体の中身は普通の人間だ。燃焼で酸素が減れば苦しむし、煙を吸えば肺をやられてむせかえる。

 壁際で木の葉に埋もれ、燃え盛る炎に包まれた煌熾を見て、萌生は勝利を確信した。

 事実、既に煌熾の姿は見えないが、あがいている様子も見えない。恐らく気を失うか、そうでなくとも木の葉の津波に抗うだけの力はもう残っていないということだろう。


 ひとしきり煌熾を虐めて、萌生は自身の魔力を通した木の幹に手を触れた。


 「さ、もう大丈夫よ。お疲れ様」


 萌生がそう言うと、木は葉を増やすことをやめて、そして小さく縮み始めた。

 増殖の止まった木の葉は余った分だけがすぐに煌熾の放った火で燃え尽きてしまう。それはそれは大層な火力を出したということだったのだろう。驚くことに灰の海と化した木の葉の中から煌熾が無事に這い出てきたが、口から「ぼふぁ」と煙を吐くなりすぐに力なく床に倒れ伏してしまった。

 最終的には苗木程度の大きさまで若返った元大樹を拾い上げ、煌熾を見やってから萌生は小さく微笑んでその小さな木のてっぺんを指で撫でる。


 「良い子ね。さ、もうゆっくりお休み」


 『試合、終了ォォォ!!試合時間ギリギリの大激戦の末、我らが生徒会長、豊園萌生選手、優勝でぇぇぇす!!』


          ●


 大々的なアナウンスと、各ブロックの優勝者の表彰、そしてA、Bブロック総合の優勝生徒である萌生の表彰が行われ、そして今はヒーローインタビューの時間だ。

 もう夜の10時を過ぎているというのに、会場の活気は昼間にも劣らない。それでも過ぎ去った後の余熱だというのだから、この5日間のマンティオ学園の盛り上がりも相当だったことが改めて窺い知れる。

 Aブロックの実況を担当していた3年生の大谷由依がマイクを持って、メダルを首に下げた表彰台の3人に歩み寄る。

 

 『では、まずは1年生の天田雪姫選手!Cブロックでの優勝、おめでとうございました!終始圧倒的な強さで観客を沸かせてくださいましたが、そんな今、優勝したお気持ちはいかがですかっ!』


 にこやかにマイクを差し出してくる由依を表彰台の上から面倒そうに見下ろす雪姫は、そうはいってもマイクを受け取らないことには終わりそうもなかったので、渋々ながら早く帰るために手を差し出した。


 『とんだ茶番でした』


 それだけ言って、雪姫はマイクを由依に返してやった。ポカンとした顔でマイクを受け取った由依だったが、なら他にどんな言葉を雪姫に期待していたのだろうか。残念ながらドライでサディストな《雪姫》様の脳内にはお世辞という概念などないのだった。

 数秒の空白の後、由依は「だ、だよねー」と控えめに言いつつ、次のインタビューにいくことにした。時には悲しくたって進まなければいけないときがあるのだ。


 『えー、次は焔煌熾選手!Aブロックの優勝おめでとうございました。最終戦は惜しかったですねぇ』


 そう言って由依がマイクを向けると、煌熾は苦笑しただけで済ましてしまった。


 『でも、決勝戦、清水選手との試合でもかなりの魅せるプレイをしてくださいました!今のお気持ちをどうぞ!』


 『はい。やはり終盤になってくると珍しい魔法や技が目立ってきて苦戦を強い、ゴホッゴホッ!・・・えー、すみません、まだちょっとゲホッ、けっ、煙吸っちゃって・・・』


 確かに顔色が少し悪いように見える。元々黒いので分かりにくいが。

 煌熾はしばらく喉の奥のつかえを取るように咳払いを続けてから、マイクを持ち直した。


 『えー・・・苦戦を強いられて、ブロック優勝までなんとか辿り着けた今は本当にホッとしてますね。それと同時にすごく嬉しいです。今回の結果はみなさんの応援のおかげです、ありがとうございました!』


 先に話した雪姫とは対照的に非常に模範的なヒーローインタビューをしてくれた煌熾に拍手喝采。由依もぱぁっと明るい笑顔を送った。こうも差が激しいと、必要以上に素晴らしいことを言っていたようにさえ感じられるというもので、由依が嬉しそうなことといったら、もうない。

 なんだかよく分からないが、満面中の満面な可愛らしい笑顔をしている先輩に煌熾は照れ4割ほどの苦笑を返した。


 『はは・・・。ここからも精一杯やらせていただくのでよろしくお願いします』


 『はい!ぜひ焔選手のさらなる活躍に期待し、応援をしていきましょう!それではラスト、総合優勝を果たし、その手にはメダルのみならずトロフィーも抱える、豊園萌生選手!』


 由依の方を見て少しだけ拗ねた顔をする萌生だったが、マイクを持てばすぐににこやかな顔になった。公私混同しないというか、生徒会長として営業スマイルが染みついているというか。


 『はい!今回もこうして学内トップの座を守ることが出来たわけですが、これもたくさんの方々の応援のおかげ、そして真剣に勝負してくださった選手のみなさんのおかげです!今年度の試合のレベルは昨年度よりも高く感じられ、私個人としても瀬戸際の賭け引きを何度となくくぐる、非常にスリリングで学びもある試合ばかりだったように思います』

 

 萌生の言葉もあながちお世辞ではない。ランク4にもなった萌生は、それでも去年よりも明らかに全力で望む試合が多かったのだ。

 良きライバル、良き仲間に恵まれたことを萌生は感謝して、ここからは次のステージを見据える。


 『ここから先、全国ではさらなる強敵たちが待ち受けていますから、この勝利には喜びつつも慢心はせず、更なる高みへと至れるように明日からにも研鑽を重ねていく所存です。今日までお越しいただいた方々のたくさんのご声援には大きな感謝を、そして私たちマンティオ学園の「高総戦」全国大会での更なる活躍のため、これからも応援、よろしくお願いします!』



          ●



 興奮冷めやらぬも、やっと静かになった夜。とっくに分針は6のところを通り過ぎ、深夜の11時も間近になっていた。さすがにもう学校から帰らなければならないのだが、迅雷と真牙は仲良く保健室のベッドで渋い顔をしていた。


 「なぁ、迅雷。困ったな、これは」


 「あぁ、困ったな、真牙」


 最終的に真牙の方が重傷だったのだが、決勝戦終了時には潰れたトマトみたいだった彼も由良の奮闘の甲斐あってか病院送りは免れたので、今は顔面だけミイラ男になって寝かされていた。まさか一日に二度も本気を出させる生徒が出てくるとは由良も想像していなかったことだろう。やたらと重傷患者を連れてこられていろいろ思考回路が狂い始めていた彼女は、むしろ鼻と肋骨以外の骨が折れていなかったことに安堵していたくらいである。

 

 ついでに言っておくと普通にしゃべっているようだが、2人とも今日は盛大にはっちゃけた結果全身ボロボロで、歩けるかも怪しいほど疲労困憊しているのだ。

 

 つまり、帰れ、と言われても困る。


 「どうしよう。こりゃホントに千影におんぶしてもらうか・・・?」


 「なにその選択肢。お前高校生にもなってロリっこにおんぶされたいのか?千影たんに母性感じてんのか?うらやましいなコラ」


 「いや、それはないな。あいつには母性どころか女の子らしさすら感じてないし」


 精々が小賢しくて賑やかな、どこか憎めない妹くらいに思っている(つもりの)千影の姿を思い浮かべる。それから、その小さな背中に乗っかって帰る自分の姿を思い浮かべる。深夜で目撃する人が少ないにしても、やはりイヤだ。恥ずかしい。新しい都市伝説にはなりたくない。


 彼らがペチャクチャとしゃべっていると、また保健室にノックもなく人が入ってきた。


 「ちょっと、とっしー!それは聞き捨てならないんですけど!」


 「わひゃあっ!?」


 全力でマナーを守らない千影の大声に、デスクで仮眠中だった由良が跳ね起きた。由良も由良で、この5日間は本業に加えて人気の結果Bブロックの解説までしており、相当に疲れているのだ。

 それを知っていたから迅雷も真牙も声を小さくしていたというのに、可哀想なことだ。


 「なんだ千影か。てか、保健室に入るときはキチンとノックして静かにだぞ?」


 「うわ!全力でスルーだよ!ちょっとはボクに失礼だと思わないのかい!?」


 アホ毛をいからせて猛抗議する千影を迅雷は「まあまあ」と宥めてやった。彼女に続いて慈音と直華に向日葵と友香までが戻って来て、こんな時間にもなって保健室の人口密度がグッと上がる。表彰式を最後まで見てから戻ってきたのだろうけれど、それにしても高校の行事にしては馬鹿みたいに終了時間が遅い。

 女の子ばかりが迎えに来てくれたことは素直に大満足な迅雷と真牙なのだが、未だ正体不明な痴漢が昼夜を問わず跋扈するような今日この頃なので彼女たちの帰路が心配である。いや、千影だけは多分大丈夫だろうが、それはそれだ。というか痴漢がこんなちんちくりんを狙うかどうかも分からないし。


 「思ったんだけどさ、お兄ちゃんって結局帰りどうするの?真牙さんもだけど」


 「だよなぁ・・・。まあこの際、最悪無断で学校に泊まるという最終必殺奥義があるし。それよりナオだよ。千影はともかくナオなんかは万が一変なオッサンに絡まれてもイヤだし」


 「さっきからボクの扱い!」


 「へいへい、可愛い可愛い」


 ベッド脇でプンスカする千影の頭を適当に撫でながら、迅雷はここからどうしたものかと考え込んだ。1つの案として真名に車を出してもらおうかとも思いついたのだが、家で1人にしていたら大抵寝ている母親の習性を思い出して期待薄。成功する確率としては5パーセントくらいだろうか。


 「まぁいいや、1回かけてみるか・・・。ちょっと母さんに車出せないか聞いてみるよ」


 うまくいけばここにいる人数はちゃんと帰れる。

 が、枕元に置いていたスマホを取って電話帳を開いた迅雷に、由良が声をかけてきた。


 「ちょっと待ってください。先生ももう帰らないといけないので、ついでですから先生の車に乗ると良いです」


 「いやいや、由良ちゃん先生まだ免許取れる歳じゃないでしょ」


 「ふぁっ!?ケガしてても失礼な子ですね!これでも私はお酒だって飲めるんですからね。さらには休日にもなればよくドライブにだって行くんです!」


 『えー・・・?』


 ほぼ初対面な千影や直華にまで疑いの視線を向けられて由良は子供っぽく唇を尖らせた。


 「というか、じゃあもしも、まあ仮に由良ちゃん先生が車持ってるとしてさ、軽じゃないんですか?こんなに乗れないよね?」


 向日葵が自分と由良を抜いて今いる6人の顔を見渡してそう言った。つまり合計8人である。軽自動車ならぎゅうぎゅうに詰め込んでも5、6人が限界だ。


 「朝峯さんまでナメたこと言ってくれますねぇ!?もしかしなくても免許あるって言ってるのに!あとスペースなら心配しないでください。先生の車は普通に大きめですから」


 元はと言えば由良の両親が愛する一人娘のためにと奮発して買ってしまったものだったが、こうして役に立つ日が来るとは、世の中分からないものである。

 どうしても車を持っていると言い張る由良を見てから、送られる側7人は互いに顔を見合わせて、数秒首を捻って、頷いた。


 『それじゃあ、お言葉に甘えて』


 「まだ疑ってましたよね!?」


          ○


 フラフラで頼り甲斐のなさそうな迅雷と真牙はそれぞれ友香と向日葵に肩を貸してもらって、由良率いる帰宅勢は妙に長い時間をかけて学校の駐車場に辿り着いた。

 途中、数段ではあったが、昇降口なんかでは階段もあったので、自分より体重の重い男子を運んだ友香と向日葵はやや疲れた様子であった。運ばれた方もいろいろとありがたかったので深々とお辞儀しようとして、曲げた上半身を支えられずに顔面からずっこけた。

 ギリギリのところで結局また2人に助けられた迅雷と真牙は地面を見つめたまま苦い顔をした。


 「お辞儀すら出来ないとか、俺らもう日本人として末期だぞこれ」


 そうこうとしゃべっているうちに、由良が車を回してきた。

 色は可愛らしいピンクだが、なるほど、確かに8人くらいは十分に乗れそうな車だ。そこかの道路を見ていたら10台中4台は見かけそうなサイズの車なのに、由良が運転しているという付加価値のおかげでやけに凄く見えてくるのが可笑しい。

 窓を開けて由良が顔を出す。


 「ささ、とりあえず神代君と阿本君を積んじゃってください。あ、席は一番後ろから詰めてってくださいね。えーと、千影ちゃん?でしたっけ。スペース的に君が2人と一緒に一番後ろが良いでしょう」


 相変わらずヘロヘロの男子2人の搬入を手伝おうとして腕力不足に愕然としている(あと身長差のせいでうまくいかない)由良を差し置いて、指示通りにある程度は身長のある千影以外の女子4人が仕事を済ませてしまった。

 最終的に直華が助手席に収まる感じで全員が由良の車に乗り込んで、やっと発進した。


 車中では、とりあえずそれぞれの家がある場所をカーナビに入れて、一応由良と帰る方向が近い友香と向日葵が最後に降りるようにルートを組み終え、今はただのおしゃべりの時間になっていた。


 「そいやさー、土日のどっちかで学内戦の打ち上げしようって話あったじゃん?でもさ、あたしらは良いけど迅雷クンとかって来れる感じ?」


 まさか誰もクラスからこんなボロ雑巾になるような大馬鹿野郎が2人も出てくるとは思っていなかったので、店の手配の話も着々と進んでいたのだが、それについて向日葵が心配そうな顔をした。1年3組がこうしてクラス全員でどこかへ遊びに行こうというのは初めてなので、みんな楽しみにしているのだ。

 その話を知った上で盛大にやらかした迅雷と真牙は強烈なバッシングを受けるかとも思っていたのだが、「あの熱い勝負に免じて」とみなが優しくしてくれてしまったものだから、2人もかえって申し訳ない気持ちが増す。


 「あー・・・でもまあ、明日一日ゆっくり休めば日曜には行けると思う」


 本当は土日2日ともゆっくりしたい気持ちもあったが、せっかくのクラス会なのだから、熱の冷めないうちにみなで盛大に楽しみたい気持ちだって本当だ。迅雷は、なんとかなるだろうと大雑把に考えてそう答えた。真牙も頷いていることだし、きっとその方が誰にとっても良いはずだ。


 「クラス会かー。いいですね、楽しそうです。先生も学生の頃は・・・というかまぁそれもつい最近まで学生だったわけですけど、よくお友達と一緒に遊びに行ったりしましたね」


 高校や大学での楽しかった記憶を思い出しながら由良がそう言うと、無理に大人アピールしなくていいですよ、との返事。悔しくなって飲みに行った話をしても、何人かでドライブに行った話をしてもそれだ。


 「なんで今運転してる人にそれでもそんな風に言っちゃえるんですかねぇ!?」


 由良は悔し涙で前方の景色が霞み始めてきたので顔を青くして涙を拭った。生徒にイジられて泣いてたら事故を起こしましたなんていうバッドエンドだけは御免である。


 「でもとっしー、本当に日曜には治るの?」


 珍しく一般人の視点に立った千影に怪しいところをつっつかれて、迅雷は苦しそうな唸り声を漏らした。


 「万全・・・はムリかもしれない」


 「む、ならしかたないね!ボクがついていっていろいろお手伝いしてあげるよ!」


 「なるほど、初めからそれを狙っていたんだな?」


 「おや、なんのことやら。人聞きの悪いこと言わないでよー。ボクは誠心誠意君のことを思って言ってるのに」


 言っていることと表情が全く噛み合っていないので、まず間違いなく今の千影は下心で動いている。第一に千影が誠心誠意な時点で信憑性は皆無なのであった。しかしながら、そんな千影の言葉を鵜呑みにしてしまう単純な人だっている。


 「千影ちゃんは優しいねー。でも大丈夫だよ。ほら、としくんとしのはお向かいさんだし、しのがお手伝いしたげれば良いんだよ」


 反論の余地のない完璧な正論を100パーセントの善意で叩きつけられ、千影は唇を噛んだ。やはり最大の難関はここらしい。慈音がニッコリと笑うほどに千影の邪な心が照らし出されていくようである。


 「そういえばさぁ、クラス会のこと天田さんにも一応誘いかけたかったから話したんだけどさ、来てくれるかなー?」


 ふと思い出した向日葵がそんなことを言うのだが、誘ってみたと言ってももちろん返事はなくスルーされたので、望み薄である。それを聞いていた友香がポンと手を叩いた。友香自身、正直この案が良いかどうかは少々良心に触れるところもあったが、この頃は千影のキャラにも親しみが沸いてきたので来たいと言うならある程度は融通してあげたくなったのだろう。


 「天田さんには来て欲しいけど、でも多分その感じだと来てもらえないと思うの。だからさ、千影ちゃん。もし天田さんが来なかったときに空いたその1枠に入るってしたら混ざれるんじゃないかな?」


 「それだ!さすがトモだね、話が分かる!」


 千影が喜んで立ち上がると、ちょうど由良が律儀に一時停止するためブレーキを踏んだタイミングと重なって、反動で千影は席に戻された。


 「それも良いと思いますけど、天田さんを優先して誘ってあげるんですよ?大事なクラスメートにして1年生最強の座を勝ち取ったスーパースターなんですから」


 左右の安全確認をしながら由良が友香に釘を刺してきた。まぁそれは言われるまでもないことなのだが、確かに「どうせあの子は来ない」と勝手に決めつけるのも良くないだろう。3組の活躍を祝うなら、本来は雪姫なしに祝いきれないのだから。

 少しして、道場が隣接しているなんだか中途半端にそれっぽく純和風な木造建築の家に到着した。中までそうかどうかは分からないが、外観でなら雰囲気がある。


 「そういえば真牙君のおうちって阿本流の剣道の道場だったんだっけ・・・」


 「普段の素行からは全然想像出来ないからすっかり忘れてたよね。なんかすごい厳格そうな雰囲気出てるよ、この家」


 「あっはは、まぁ一応な。つってもオレはそんな剣道ガチ勢じゃないんだってば。礼儀とか、そんなもん知らねえって」


 きっと今の台詞を父親の前で言っていたら大乱闘になっていただろうなぁ、などと思いながら真牙は車を降りた。まだフラフラしているが、玄関までの辛抱なので手助けは遠慮した。

 車を降りるときと玄関を開けるときにしっかりとお礼をしてから家の中に入っていった真牙を見届けて、由良は車を出した。


 「普通に礼儀正しかったですけどねぇ」


 普段から真牙に受けているイジリを忘れたのか、由良は呟いた。


 「あいつ、ああ言ってるし、剣道も本当はそんなに好きじゃないってのは確かですけど、でもなんだかんだメッチャ真剣でしたからね。実はいつもチャラぶってるだけなんですよ」


 迅雷は真牙の悪い・・・かどうかは分からないが、もったいない癖を言ってみた。

 今日の迅雷の敗北だって、真牙は根が真面目でずっと強さを求め続けてきた人物だったから競り負けたのだし。


 阿本家から数分車を走らせて閑静な住宅地に入り、神代家と向かいの東雲家を経由して、最後に友香と向日葵を送り届け、由良の長い1日も終わった。

 


元話 episode3 sect83 “渇き”(2017/2/18)

   episode3 sect84 “学内戦閉幕”(2017/2/19)

   episode3 sect85 “帰宅困難”(2017/2/21)

   episode3 sect86 “アホ毛”(2017/2/23)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第1話はこちら!
PROLOGUE 『あの日、あの時、あの場所で』

❄ スピンオフ展開中 ❄
『魔法少女☆スノー・プリンセス』

汗で手が滑った方はクリックしちゃうそうです
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ