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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode3『高総戦・前編 邂逅』
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episode3 sect30 ”望蜀”

 剣を抜く前からぶつかり合う鋭利な剣気は、今までの試合にはなかった静かで重苦しい緊張感を醸し出し、暗黙のうちに、いつしかなにも知らない観客までも呑み込んで、徹底した静寂を生んでいた。


 「なあ、迅雷。どこまで(・・・・)オーケーにする?」


 真牙が腰に差した自身の刀、『八重水仙』の柄を軽く叩きながら、気軽な声で迅雷に一つ尋ねた。それを受けて、迅雷も一瞬空を仰いでから、望むべき答えを言い放った。


 それを聞くその他大勢の人間は、その異常な発言に彼らの正気を疑う。だけれど、そうしない限り、そうでもしない限り、この勝負は永遠に意味を見出すことなど出来ないのだから。


 「そうだな・・・。貫通と切断はナシ・・・だけかな。落とさなかったら良いぜ。骨までぶった斬るつもりでやってくれて構わないし、背中から飛び出なけりゃあ、腹ぶっ刺してくれても構わねぇよ。俺もそのつもりでやっからさ」


 「よし、いいじゃんか。乗った!」


 『ちょちょちょ、ダメでしょ!?君たちルール忘れたの!?致命傷を与えかねない攻撃は寸止めまでにしなさい!!』


 迅雷と真牙が勝手にルールを変更しようとし始め、平気な顔で言い放たれたその物騒な内容を聞いて顔を青くした真波がマイクに向かって叫んだ。

 いくら激しい試合が見たくても、自分の生徒があと一歩でただの殺し合いにもなりかねないような発言をしていて、無視することなんて出来ない。


 それはもちろん迅雷と真牙が良きライバル同士であるらしいことは普段から2人のやりとりを見ていれば分かることだったが、好敵手は敵ではなく友だ。それを見失って一線を越えた熱意、もとい狂熱は、たかだか学生同士の試合を見に来ただけの人たちの腰を座席から浮かせるだけの力があった。


 止めようとする頭上、実況席の担任を、迅雷と真牙は見上げた。


 彼らとて自分たちの言うことが明らかに常識に反するものだと知っている。知っていて言っているのだと、分かってもらえなくても知っていてもらいたい。


 「先生、悪いですけど今だけここは俺らの貸し切りでお願いします。真牙(コイツ)とは本当の本当に今持てる力の全部全部、ありったけをぶつけて・・・それで勝ちたいんです」


 「オレも同じく。大丈夫ッスよ、死にゃあしないですから。邪魔はしない感じでお願いしますって」


 『―――――ッ!!あなたたちは・・・!いい加減にしないと2人とも退場させるわよ!?馬鹿なことは―――――』


 『オーケイ!準決ではありますが、ここが彼ら2人の決勝、いや決戦!!世紀の大舞台ということですね!』


 不穏が支配し始めた空気にとある仕事に対しては真摯な少年の暑苦しい言葉が紛れ込んできた。


 『彼らが初めて出会ったのは中学1年生のとき。互いの第一印象は、初めは反りが合わないくせに実力だけは認めざるを得なかった気に食わないアイツ―――――』


 『ちょっと、小野君!やめなさッ―――――』


 マイクの破壊音がした。きっと大地が真波のマイクも自分のマイクもまとめて壊したのだろう。

 がらりと実況席の窓が開けられて、大地が乗り出すように体を出してきた。


 「そして!いずれ剣を合わせ続けるうちに、彼らは思い始めたのです!お堅いルールのある剣道なんかじゃなく、自分の剣で!自分という戦力全てで!どちらが上かってことを見せつけてやりたい・・・と。そして、それが叶う。今日、ここで!!迅雷ィ!真牙ァ!お前ら準備はいいかよ!?」


 「「ああ、もうずっとずっと前から万全だよ!!」」


 『試合、開始ィィィ!!』


          ●


 きっと怒られる。今すぐ隣の真波に酷く怒られる。しばらく学校に顔出すなとか言われてもおかしくないかもしれないな。


 我ながら随分と思い切ったことをしたものだ。一時のテンションに身を任せるとこうなるらしい。なんてこった。


 でも、後悔はない。というより、スッキリした。こういうことを言ってみたかった。


 それに、あの馬鹿共のことは3年前から見てきた。愛せる馬鹿なやつらだから、思い切ったことを言い出したって「じゃあやってみろよ」で良いんだと思う。


 ホントはもっとこれからもいっぱいチャンスはあるっていうのに、あの馬鹿共には今日しかない。


 それで良いさ。それで良いんだから、それで良いことに他の理由は要らないんだ。


 絶対に先生たちはこの試合を止めようとするだろうから、止めるのは俺の仕事だろうな。だって一度言い出したならこっちもそれなりにはやってやらないと、ただのかっこつけた馬鹿だし。


 「やってみろよ、お前ら」


          ●


 「らあああああああァァァッ!!」


 もはや、2人の間に出し惜しみなどあってはならない。あったら、今この場に―――――そう、この大舞台に上がってきた意味がない。


 やっと斬れる。そうだ。迅雷にとって真牙は、真牙にとって迅雷は、まさに「気に食わないアイツ」だ。初めはぶつかってばかりいたし、今だってそうだ。

 仲良くなった。まるで、もっとずっと小さかった頃からつるんでいたように思えるくらい、仲良くもなった。だけれど、それでも・・・いや、違う。仲良くなったから、こそ・・・。これも違う。

 そんな小難しいことなんて、もうどうだって良いのだから。


 ここはもう日常ではない。今まで幾度となく重ねてきた剣劇(おあそび)なんかじゃない。

 

 やっとこの日が来たんだ、と。渇望した。血が出そうなほど嬉しい。ずっとずっと、まさかこれが出会ってからのたった3年数ヶ月だとは思えないほどの時を、ただ求めて過ごした、たった一つの剣戟。


 ―――ただ、勝ちたい。なにもかもかなぐり捨てて、ただ純粋に自分の剣のほんの先端だけでも先に届けたい。


 爆発的な加速で、迅雷は真牙に斬りかかった。斬る直剣と受ける刀が響くと、自然と楽しくなってくる。


 真牙の刀を軸にして、迅雷は『雷神』の刃を擦らせつつ真牙の頭上を跳び越えて背後へ回る。 


 対する真牙は迅雷の着地を狙うように振り返りざま、鋒を床面で走らせる。


 「『ウインド』」


 「な―――――ッ!くそ、がっ」


 上下逆さまの迅雷が左手から床へ風を発して、真牙の刀は虚空を斬るだけで終わった。


 風魔法が使える迅雷など、真牙が見慣れていた迅雷ではない。反応が一瞬遅れた。


 自身の生んだ空気の渦に敢えて巻き込まれることで、迅雷は宙に浮いた状態から回し蹴りを繰り出した。しなるように放たれた迅雷の蹴りは真牙の上腕部を捉え、彼の体を大きく弾き飛ばす。


 しかし、真牙もすぐに受け身を取って起き上がり、不敵に笑って刀を構え直す。


 迅雷は、無茶苦茶な空中殺法後の姿勢をさらに強引な力で捻り戻し、床を蹴って跳んだ。


 再びの剣閃が火花を散らし、脳を鉄の悦びで狂わせる。


 迅雷の剣が攻めの剣ならば、真牙のそれは守りの剣。


 一切の容赦もなくあらゆる方向から降り注ぐ重撃を、真牙はたった一本の刀で悉く捌き、恐らく他の誰も気付けない連撃の隙を見極めて正確無比な刃を振り抜く。


 条件反射的に真牙の反撃を身を捻って回避した迅雷の頬に一筋の赤い線が描かれる。


 そして、迅雷の回避は次に放つ攻撃のための予備動作でもある。捻られた彼の体はエネルギーを蓄え、元に戻ると同時にその物理エネルギーをも乗せた刃も舞い戻る。

 

 真牙もそれを見切り、刀を縦に構える。


 「分かってんだよ!」


 「これもか?」


 迅雷の剛撃を両手で押さえ込んだ真牙が食い縛るように笑い、そして迅雷も挑発的に笑い返す。


 受け止めた『雷神』の剣先には小型の魔法陣。


 「なる・・・ほどなぁ!」


 真牙が構えを解いて横に跳び、直後に紫電の矢が閃く。


 「左に逃げたか、くそったれ」


 普通なら受け止めていた剣の下をくぐって横に跳ぼうなどとは思わないだろうに、器用にそれをやってのけた真牙に迅雷は歯噛みをする。

 真牙が逃げたのは迅雷から見た右側だ。左手に構えていた『ブロウ』が無駄となってしまった。恐らく気付かれていたのだろう。


 脇がガラ空きとなった迅雷に、真牙は水平斬りを繰り出す。


 「なんつってェェ!」


 なんとなく真牙が姑息な回避をしてくることくらい迅雷も分かっていた。だから体が勝手に動いてくれるのだ。

 迅雷は剣を真牙の刀に押し当てて勢いを抑え込み、その一瞬の間に至近した真牙の顔面に左手をかざし、せっかく用意しておいたのだから、惜しげもなくプレゼントを渡す。


 風圧に跳ね上げられた真牙に迅雷が叩き落とすような袈裟斬りを放つと、真牙は触れれば感電するかもしれない『雷神』の腹を素手で叩いて軌道を逸らした。皮膚を浅く捲られて手の甲から肘あたりまでが赤く滲む。


 着地。


 一合。二合。


 白刃が瞬けば金色の光の尾が弧を描き、直後には乱れ模様を映し出し、それを追って火花が咲き乱れる。そしてやがて虚空へと消え行く綾を更なる白光が殺すように鮮やかに覆い尽くす。千秋を遡るように幾千の花々は刹那の間に狂い咲きと散華を繰り返すのだ。


 もう誰にもその剣戟の行く末は見えていなかっただろう。そこに残っていたのは、鉄血の臭いを上塗りする光の芸術だけだったのだから。


 迅雷が踊り、真牙が舞う。


 迸る雷光が裂音を鳴らし、鋼が打ち合う残響を彩る。



          ●



 楽しい。愉しい。とにかく、この上ない感覚だ。至福、とは違う。いいや、なにか思いつけるような言葉で表してしまってはあまりに貧相でもったいない。

 考えているうちに終わってしまうかもしれないこの一撃に、思い浮かべるうちに了してしまうかもしれない一瞬の駆け引きに、言葉はやはり要らない。

 

 いっそ永遠に続けば良い。このけたたましい金属音の中だけで生きていけるとしたら、それはどんなに爽快なことだろうか・・・。麻薬なんかよりもずっとずっと麻薬だ。刃が肌を掠めるだけでドーパミンが溢れ出すかのようである。


 なら、もっと深く斬り込んでみたら・・・?もはや剣士の本能が汚らしく涎を垂らしてそれを求めているかのようだ。どうにも仕方がない。


 斬りたい。斬って斬って、真っ二つにしてやりたい。斬られるのも、なかなかどうしてか悪くない。狂おしいのは、きっとお互い様。求めるまま、求められるがまま、両断してやれば良い。



                   

 ――――――でも、最後にお前を見下ろすのは(オレ)だ。



          ○



 苦しげな短い叫び声が上がった。


 鮮血が舞った。迅雷の腕が浅く裂けたのだ。

 鋭い痛みに呻き声を出すが、すぐに迅雷は『雷神』で高速の突き出しを放ち、『八重水仙』で受けた真牙を弾き飛ばす。

 もう距離は取らない。一度は突き放した真牙に迅雷は追い縋り、さらにもう一突き。


 鋒は刀の腹へ。構わず、力任せに走り続ける。


 「おぉぉぉぉぉァ!!」


 壁に叩きつけられる直前、真牙は壁を蹴って迅雷の背後へ。


 「「お返しだこの野郎ォォ!!」」


 開幕のときのお返し。真牙は刀から着地して、刀身を軸にまるでコマのように回し蹴りを放ち、迅雷は剣で床を撫で払う。


 横顔面を思い切り蹴り飛ばされた迅雷は壁に頭から叩きつけられ、足場代わりの刀を弾かれた真牙は床に顔から崩れ落ちた。

 だが、ダメージが軽いのは真牙だ。即座に起き上がって迅雷に斬りかかる。


 「おらァッ!」


 「ちくしょう!」


 迅雷は剣を水平に構えて真牙の刀を受けたが、体勢も悪かった上に一撃もさすがの重さだ。打ち払うことも敵わない。

 際どくも真牙の攻撃を受けきり、そのまま鍔迫り合いへ。だが、やはり迅雷が押されていることに変わりはない。


 しかし、迅雷はむしろこの状況に勝機を見出して歯を剥いた。


 「奥の手、その2・・・!!」


 「あ?」


 刀身に高圧縮した大量の魔力を溜め込む。『雷神』の刀身が急激に輝度を増していく。


 そして、一気に斬り払うイメージを思い描き、形なき刃に形を与える。


 まだまだ未完成だけれども、これだけの至近距離であれば十分なはずだ。



 「『駆雷(ハシリカヅチ)』!!」



 薙ぎ払うように放たれたのは斬撃。しかしそれはまた、雷でもあった。

 それは、迅雷の変則剣技の中でも最も新しく、もっとも特殊な攻撃。


 「なん・・・だよ!こりゃあ!?」


 「喚いてる暇あったら脇閉めろ!次いくぞ!!」


 迅雷の放った「飛ぶ斬撃」を押さえ込もうとして10mは滑った真牙に迅雷は飛びかかる。

 振り下ろした剣が真牙に止められ、火花が火炎のように華々しく飛び散る。

 やや感電した真牙の動きが鈍り、迅雷が一気に剣を押し込んでいく。


 形勢は迅雷に傾いた。真牙は汗を滲ませて『八重水仙』を握り締め、ギリギリと歯を食いしばる。


 「迅雷、お前新ネタ多すぎんだろうが・・・!」


 「だろ?まだあるぜ。奥の手その3!」


 迅雷は『雷神』の中に圧縮・蓄積された力と自らの神経を接続させる。


 『雷神』という魔剣を使いこなす上で、一番重要となってくるのは剣の腕などではない。そんなものはそもそもの前提条件であり、なかったならこの剣を手に取ることも出来ない。

 重要なのは、この機能を扱いこなすことにこそあるのだ。


 「潰すぜ、『雷神』!いくぞ!!」


 この感覚は本当に剣と体が一つになる感覚だったのだろう。


 瞬間、それは爆発にも見えたかもしれない。実際にそれは黄色魔力が一度に過剰量放出されたことによる一種の暴発現象のようなものだった。


 閃光の中から真牙が吹き飛んで、床を転がりながら何度も跳ねて、それでも勢いが減衰することもなく、遂に反対側の壁にまで激突した。


 「止まるかよ!『一閃』!」


 霧散していく雷電の霞の中から、剣を突き出して突進する迅雷が飛び出した。


 「ク、ソがァ・・・!!」


 額が切れたのか、瞼の上や鼻筋を少なくない血が伝ってくるのが分かる。生温かさが痛い。絶叫にも近い雄叫びを上げる真牙の口元からは、なぜか笑みが消えない。


 面白い。新しい技、武器の能力の応用、どれを取っても面白い。堪らない。


 今のは迅雷の魔法が暴発したわけではない。むしろ彼の意図によって引き起こされた爆発だ。あれは、『雷神』に搭載されている「魔力貯蓄器(コンデンサー)」の魔力も全て放出した迅雷の「斬撃」だった。

 『エレメンタル・エンファサイズ』の出力レベルで言えば、第2段階、あと少しで殺人的な火力に到達するほどの一撃である。まだ迅雷が『雷神』を使い始めて日が浅かったから良かったものの、もう少し魔力の収束率が高ければ、今の一撃で勝負が着いていたかもしれない。

 市販の魔剣だったなら、今の一合で斬られた側も斬った側も使い物にならなくなっていたことだろう。


 飛び込んでくる迅雷の剣を打ち払い、返す刀で迅雷の腹を逆袈裟斬りにする。

 だが、またも迅雷は風魔法でブレーキをかけて致命傷から逃げる。


 「はっ、はっ・・・っぶねぇな・・・」


 破けて前が開いたジャージは血で赤く染まり、床にも血の雫が(こぼ)れる。痛みが身を焼くが、同時に迅雷の感覚をさらに鋭敏にしてくれる。結論から言って、痛みが楽しい。


 「あの一撃食らって立つの早ぇなぁ、おい?」


 「馬鹿言えよ、フラフラだ」


 迅雷も真牙も、もう全身のあちこちが切れて血まみれだ。それなのに、彼らの顔から喜びは消えない。

 どこかがおかしくなったのではないかと言われたら、そうだ、と、自信満々に答えてやりたい。

 

 こんなに痛いのに、こんなに愉快なんだから、おかしくなったに決まっている。


 よろめく足を自分で誤魔化し、真牙は迅雷に斬りかかる。


 「斬、玖乃型、『穿(セン)』―――――!」


 超速の三連刺突攻撃。真牙が、己の勝利を穿ち取るために選んだ、阿本流の「攻」の剣。

 しかし、迅雷の冴え渡る神経は彼の体を支配して、全てを弾き、反撃の構えへと流れるように移り変わる。


 「もらうぜ!『雷斬』―――――」


 「斬、肆乃型、『(ゲツ)』ッ!」


 輪を描く太刀筋が迅雷の剣を舐めるように弾く。


 迅雷の鋒は真牙を掠めたが、払われた剣に振り回される迅雷は遠心力に耐えきれず仰け反る。流れるような「型」の移行。迅雷は追撃を予想して、仰け反る勢いを取り込んだバク転で真牙の顎に蹴りを入れつつ距離を取る。


 好かないと言ってないがしろにしていながら、なんと鮮やかな太刀筋なのだろうか。危うく殺されるところだった。阿本流の神童が繰り出す妙技の数々は、戦いの中でその美しさを増し、斬られる側をも魅了するかのよう。

 殺しの美しさ(はかなさ)は、命の美しさ(とうとさ)ということか。


 「這えよ、『エグゼス・グラヴィ』!!」


 叫んだのは真牙だ。


 遂に真牙が、魔法を使った。


 無闇に跳んだりする迅雷を戒めるの不可視の力が彼の一声で動き出す。

 急激に舞い昇る世界。否。迅雷が沈んだのだ。前の1秒と後の1秒で、彼の体重は体感3倍に増えた。

 これが重力魔法。これこそが重力魔法。何人たりとも抗えない世界の法則を操る、最凶の破壊力と最強の制限力、不自由と引き替えに手に入れる絶対の力。


 「おらよ!」


 崩れ落ちる迅雷の腹に、真牙の後ろ回し蹴りが刺さった。裂けた腹に異物を突き込むかのように重鈍な蹴りだ。


 「あ、が・・・ぁ!?」


 凄絶な激痛に一瞬眼球が不自然に上を向きそうになったが、唇を噛み切って迅雷は帰還する。

 口から血が溢れる。これは噛み切った唇から出た血だけではない。とうに口の中は鉄の味ばかりだ。


 眼前に迫る白刃。『雷神』で受けるが、重力に抗いながらの防御は脆く、迅雷は刀を受けてはまるでボールかなにかのように真牙に蹴り弾かれて、床に血を撒き散らしながら転がった。


 「やっぱし剣一本じゃあ迅雷はオレには勝てねぇみたいだなぁ!!」


 トドメの構えに入った真牙を血走った目で見据え、しかし直後に迅雷は瞑目した。

 

 「確かに、そうだな・・・。こりゃ無茶だ」


 笑う。もう一度目を開く。睨む。まだ終わらない。そうだ。まだ終わらない。分かってるだろう、まだこんな簡単には終われないって。


 ―――――奥の手、これがラスト。


 「『召喚(サモン)ンンッ!!』」


          ●


 終わりの一撃を止めたのは、交差された二本の直剣だった。


 「まだ・・・終わらせねぇよ。あぁ、終わらねぇさ。もっと楽しもうぜ、親友・・・!」


 歪んだ口の端から血を溢して笑う親友を見て、真牙も獰猛に笑った。もうこれ以上はないというほどに昂ぶっているのに、まだまだ上がる。笑うだけで歯が欠けそうだ。


 「いいじゃねえかよ。あぁ、楽しもうや、親友。とことんだ。そう来なくちゃな!!」


 倍加した力で押し返された真牙は、「型」を捨てて己の剣を呼び戻した。


 重力魔法は半永続。真牙の魔力を少しずつ吸って、凶悪な力を域内の全生命体に降らせ続ける。頭上に煌々と輝く巨大な魔法陣がその証だ。


 それでも、迅雷は魔力を全身に込めて立ち上がり、駆け出した。膝が軋むが、魔力と胆力で無理矢理動かす。体が多少壊れたって魔法がある。治してもらえるなら、壊すつもりで使ってしまえば良い。


 右、右、左―――――と見せかけて下、上二段、回転、左右挟撃、突き、振り回し、二段斬り下ろし、二段斬り上げ。


 二振りの輝きが轟々と乱舞する。


 「バランス悪ぃ・・・けど、イイッ!!」


 今すぐにでも体中の血管がはち切れそうなほど体が重いのに、心が躍ると体まで踊り出す。


 思うがままに暴れて、暴れまくって、腹から溢れる血液も気にならないほど滅茶苦茶に斬撃を繰り出す快感。描く軌道全てが真牙を追い詰めていく爽快感。


 「鈍いぜ、重いのかよ!」


 真牙の『八重水仙』が透けるように容易く迅雷の左手の魔剣を砕いたが、迅雷は右手の『雷神』で斬り返すと同時に新しい剣を引きずり出した。


 「悪いけど、20本は用意させてもらったぜ!」


 「馬鹿だけど賢明だな、そりゃ!」


 早くも2本目が砕け散る。破片が2人の体を傷つける。3本目が真牙の横腹を裂く。そして砕け、4本目を取り出す。


 強く弾かれて一歩後ずさった迅雷は、躊躇うことなく『雷神』を真牙に投擲した。さらに続いて左手の剣も投擲。


 迅雷は分かっている。真牙の重力魔法は、デフォルトでは生物、より正確には自分以外の動物にのみ作用するようになっている。

 つまり、投擲による攻撃は彼の重力には妨げられないのだ。


 先に投げた『雷神』は叩き落とされたが、二本目が真牙の左肩を斬り裂いた。


 けれど、血を溢れさせる真牙はそれを知らないかのようだ。

 

 剣を二本とも投げつけて手ぶらになった迅雷に真牙は容赦なく斬りかかる。今更迅雷が新しく剣を二本取り出したとして、待っているのは剣ごと真っ二つにされる未来だけだ。


 「安物2本じゃ『八重水仙』は止めらんねぇぞ」


 「知ってら」


 なんのための召喚魔法だと思っている。


 両手でそれぞれ『召喚(サモン)』を展開。迅雷は今投げたばかりの二本の剣を引きずり戻して、斬鉄の一撃を受ける。

 衝撃で体中から血が噴いたが、受けきった。


 「な・・・!?」


 「知ってたかよ、真牙。『召喚(サモン)』ってのはこういう使い方もあるんだぜ・・・?」


 弾数無限の投擲。動かない左腕から悪寒を感じた真牙は迅雷を一気に斬り伏せようとするが、それより早く「魔力貯蓄器」の再充填が完了した『雷神』が魔力を噴いた。


 吹き飛び床を転がりながらも、剥がれるほど爪を立てて止まる真牙に剣を投げつけようとする迅雷は、勝利を確信した。


 分かる。痛みで冴え渡る全神経が未来を見ている。真牙は迅雷が剣を投げても受けきることが出来ない。少なくとも、二本目が確実に刺さる。


 『雷神』を投げる。体を捻る。『雷神』が当たるかどうかなど見ている暇はない。すぐにでも二本目を――――――。











「・・・ぁ?」




 迅雷は膝を折った。


 


 突然だった。本当にこの一瞬で、迅雷は自分の体を一切動かすことが出来なくなっていた。

 ドシャリ、と、手をつくこともなく迅雷は床に倒れ込んだ。


 見えていた未来が突如、掻き消えた。なにも見えない。本当に、もうなにも見えない。


 「ふざ・・・ふざけんな、ふざけんなよ!!動けよ、俺!だって、だってまだ、まだ俺はだって!?」


 いつの間にか限界が来ていた。魔力も体力も尽きていた。意志という燃料を注ぐ器が壊れすぎたのだ。焦って、喚いて、血と涎を吐き出しても、指先一つ動かない。芋虫より醜く這いずることすら出来ない。


 ―――あと一撃、あと一撃だけやらせてくれれば。



 「うあ、あ、ああああああああああああ!?!?!?!?!?!?!?!?」



 迅雷の悲痛な叫びだけが木霊していた。


 迅雷の耳には、虚ろに誰かが時間終了を告げる声が聞こえていた。

 


元話 episode3 sect78 “望蜀”(2017/2/11)

   episode3 sect79 “全てを賭けて”(2017/2/11)


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