episode3 sect29 ” From the First Time ”
『えー、時刻は午後の5時になりまして、準々決勝も最終戦となりました!それではさっそく出場選手の紹介にいきましょう!』
AブロックやBブロックも大物選手が大物らしさを遺憾なく発揮して割れんばかりの大盛況だが、Cブロックも負けていない。
そろそろチラチラと一般客の姿も見えるようになってきていた。それは4日目以前と比べても同じことだが、少し違うのは小学生くらいの子供たちが多くなっていることだろう。今日が金曜日なので、もし仮にマンティオ学園の学内戦を最後まで見て夜更かしをすることになっても、待っているのが土日だからこうして来るのだ。もちろん母親あたりがついてきているのが大体だが。
それともう1つ小学生が来たがる理由があるとすれば、きっとそれはこれから登場する『エグゾー』への興味だろう。現に第3アリーナには『エグゾー』の登場を今か今かと待ちわび、目を輝かせる男の子がたくさんいるくらいだ。噂が広がるのも早いものである。
『優勝候補にすら上ってきたスーパーロボ!その名も「EXAW-MkⅡC/H」、出撃!操縦者は小泉知子選手だぁ!』
轟音と共に『エグゾー』とそれに乗った知子がゲートから勢いよく飛び出す。
すると、待っていましたと言わんばかりにカメラのフラッシュがそこかしこで閃いた。
これは手を振った方が良いのかな、などと考えた知子は『エグゾー』のカメラから手元のタブレット端末に送られてくるくる拡大映像を見てやめることにした。人々にとって今登場したのは「小泉知子選手」ではなく『エグゾー』なのだ。
「それもそうよね、どうせ私は付属品だし・・・ふ、ふふふ・・・」
よくよく見てみると、拡大映像に写るのは仕事をしているかどうかも怪しそうなオッサンや、いかにもオタクっぽい眼鏡のお兄さんたちばかりだ。そういった方々が観客席のいろんなところに何人かずつ集まって陣取っている。純粋な小学生も多いので細かいことは中和されているということにしておこう。いずれにせよ『エグゾー』の人気っぷりは相当なものらしい。
それはそれで知子にとっても嬉しいことだ。別に自分が目立つ必要はない。魔法科学の力を見せつけることこそが彼女たちの目的であり、そして順調にここまで勝ち上ってきた。知子だってエジソンだって、この『エグゾー』がこれからも活躍できるようにずっと裏方でプログラムを組んだりオイルで手を汚していれば、それが一番幸せなのだ。
『さあ、そして!聖護院矢生選手を師と仰ぎ、県への切符も掴み取った新鋭ライセンサー、紫宮愛貴選手!その矢は「エグゾー」に届くのでしょうか!?入場!』
効果音をつけるとしたら「てってってっ」とか、そんな感じだろう。ここまで来てなお、未だに強者の雰囲気をほとんど見せない愛貴が入場した。
背負っていた弓を手に持ち、気合いのほどを見せるように背筋を正して、愛貴は『エグゾー』に向き合った。
「壊れたマシンガンは魔力銃に変えたんですね。燃費は知りませんがむしろ威力が上がっているので厄介かもしれませんね。でも、あとは五味さんのときと同じ。と、なると・・・私の実力が試されるってことですね!」
同じランク1である涼が敗北したときとほとんど同じ武装の『エグゾー』が相手となれば、あとは愛貴自身の頑張りだけが勝利への道しるべだ。緊張感と共に愛貴は挑戦的に笑みを浮かべた。きっと矢生でもそうしただろう。
『紫宮選手も気合いバッチリのようですね。では、両者アーユーレディー?―――――試合開始!!』
○
まず初めに知子は、涼と戦ったときと同じように、『エグゾー』を愛貴に向かって走らせる。
ただし、愛貴の矢は非常に高い命中率を示しているので、両腕のシールドで前面に隙間なくガードを展開させる。シールドや装甲の材料はアリーナの床や壁に採用されているタイルと同様のものを使用しているので、シールドで愛貴の矢を受ける限りは恐らくダメージを受けることはないのだ。
そして攻撃。
「ミサイル、発射!」
愛貴は試合前に『エグゾー』の武装が先の試合で破壊された頭部の機関砲以外は変わっていないと言っていたし、実際そうとも言えるが、正確には違う。
「紫宮さんには長期戦に持ち込まれるとかなり厄介ですからね。電撃作戦でいかせてもらいますよ!」
涼との試合で使用したミサイルは、単純に魔力で爆発力が大きく向上するタイプの比較的一般に出回っている炸薬を使用したものだったが、今回の弾頭はそれとは違う。
今『エグゾー』が一気に発射した28発のミサイルは、エジソンが迅雷との試合で用いたそれと同じものである。
『エグゾー』は有視界式戦闘用のカメラの他に魔力感知センサーも複数搭載しているので、霧の中でも関係なく正確に射撃が可能。元々稼働時間に厳しい制限のある『エグゾー』が長期戦の得意な愛貴をまとも相手してやるのはおかしな話だ。勝負は一気につけなければならない。
そして、愛貴もこのミサイルが例の水を発生させるタイプのものかどうかは判別しかねたが、その可能性があるだけでも無闇にミサイルを矢で撃ち落とすことが出来なくなってしまう。
「くっ、ここは一旦全て躱すしか・・・!」
敵に背を向けることの危険性については重々承知しつつも、ひとまずはいずれの可能性にしろ確実に致命的な攻撃力があるミサイルから逃げるべく、後方へ走り出す姿勢を取った。
だがしかし、彼女は1つ考えを抜け落としていた。駆け出した直後にはそのことにも気が付いたが、もう遅い。いや、遅かれ早かれ、結果は変わらなかったのだろう。
『エグゾー』のアームが動き、両腕と頭部の計3門の純魔力砲が、それぞれ愛貴を追尾するミサイルに照準を合わせた。
「しまっ―――――!?」
直後、立て続けに白い大爆発が巻き起こった。
爆風に煽られて床を転がった愛貴は、それでもなんとか床にしがみついて、壁に叩きつけらる前に止まることが出来た。普通に生きてきてミサイルの爆風に転がされるような経験などするはずがない。冗談抜きに身の危険を感じたせいで乱れた呼吸を素早く整えるために、愛貴は努めて細く長く息を吐く。
数カ所擦り剥いた他、頭は腕で守ったので無事だったが、ミサイルの破片が足や腕を掠めて軽い裂傷や打撲を受けたらしい。立ち上がろうとして重い痛み感じた愛貴は顔を歪めた。
しかし、この程度の怪我で済んだのは、幸いだったというよりは知子側の配慮によるところだったはずだ。軍事用のミサイルだったなら、その破片を受けた時点で死んでいたかもしれない。いや、かもしれないというよりまず間違いなく致命傷である。きっと材質を出来るだけ危険度が下がるようにしてくれていたに違いない。
「神代さんの試合では同時に全て爆発したのが想定外だったということなのかな・・・?気絶するほどの威力ではなかった、ということは―――」
微かにモーター音が聞こえ、愛貴は反射的にその場に屈んだ。
直後、彼女の頭上を霧よりも白い魔力ビームが通過した。
その瞬間に、愛貴の仮説は成立する。
「これは煙幕代わり・・・!」
これは厄介なことになった。今の射撃がまぐれで愛貴の位置を正確に捉えていたとは思えない。相手はあの『エグゾー』、ロボットだ。センサーのようなものを搭載していてもなんら不思議はないのだ。
とにかく1ヶ所で立ち止まっていては良い的である。ロックオンから逃れるために愛貴は霧の中を走り始めた。
姿勢を低く保って走る愛貴の上や後ろを真っ白なエネルギーの塊が飛び去っていく。やがて遠くで着弾したそれは絶対に食らってはいけないと分かるだけの音を立てている。
「―――――ッ!!」
肌に感じる緊張がわずかに形を変え、愛貴は急停止した。
そして、鼻先をビームが掠めていった。強烈な白光に目を焼かれて思わず目を腕で覆いそうになり、しかしそれだけの動きでも腕を掻っ攫われかねないほど至近に魔力ビームが走っている状況を思い出して留まった。
「照準に補正を加えてきた・・・!?く、『トリニティ・ストライク』!」
幸い・・・と言って良いのかは分からないが、元々深い霧の中にいて視界が無い今は目が光でやられても状況に変化はあまりない。
攻撃が来た方向を向いて愛貴は矢を放つ。
放たれた1本の矢が3つに分かれ、弧を描いて再び交わり、渦巻く1本の白光の矢となって飛んだ。
矢の行く末を見届けず走り出した愛貴の背後では、魔力同士がぶつかる破壊音がした。
「―――。霧が発生する音のせいで耳もあまり当てにならない」
1発目は音で反応できたが、あれは位置がたまたま良かっただけで、現在のフィールド上には28ヶ所で今も霧が噴出し続けている。
視覚に続いて聴覚まで妨害されたとなると、頼れるのは触覚のみ。
しかし、そんなシックスセンスじみた芸当で安定して魔力砲の弾を躱し続けるような自信などあるはずがない。歴戦の猛者でもなければ不可能だ。第一に、肌の感覚のみをそこまで自信を持って信じることなど出来ない。
「・・・と、なると、これはなかなか骨が折れそうですねぇ」
疲れたように苦笑して、愛貴は矢を生成し、弓につがえた。
知子は愛貴との長期戦を恐れていたらしいが、今回に限っては愛貴も長期戦は狙いたくない。こうなった以上は、早急に『エグゾー』の位置を割り出し、そして想像を以て装甲に覆われた相手の脆い部分に矢を突き立てるしかない。
優先して破壊すべきはやはりセンサーだ。素人目に考えれば、センサーは頭部に付いていると思われる。
もうかれこれ2、30発は砲撃を回避してきたが、濃霧の中で走り続けていたせいでそれらがどの方角からやって来たのかが分からない。
けれど、端から負けてやるつもりなんてない。
掠るのも覚悟で、愛貴はその場に立ち止まった。ここで3、4発も躱していれば、『エグゾー』の位置も割り出せるはずだと踏んだからだ。
「―――きた」
全神経を研ぎ澄まして自らに迫る危険を探していると、右後方からうっすらと違う空気の流れを感じた。
もはや賭けと言われたとして反論するつもりもない。さっき否定したばかりの第六感戦法だ。
知覚と反射が融合したような奇妙な感覚に体を預け、愛貴は体を捻るようにして砲撃を回避した。その場からの移動を最小限に抑えることで、より正確に霧の向こうの『エグゾー』の姿を描いていく。
さらに2発目の魔力砲。やはり発射点は同じ一地点のようだ。
「エンジン音で場所が割れるから移動はしない・・・。ただの勘だったけど、当たったね」
しかし、まだまだ『エグゾー』の姿は霞がかかったイメージの向こう側だ。もう少し、解像度を上げなければならない。
若干感覚を掴み始めた頃だ。3発目、4発目―――――。魔力ビームを敢えてスレスレで躱し続け、愛貴の頭の中では遂に『エグゾー』の姿がありありと浮かぶようになっていた。
「視えた!あとは・・・、攻めるのみ!」
想像を白い世界に投影し、そして1本の矢を生み出す。
弓を握ると、その弓が愛貴の手から魔力を吸い上げ、いずれ弓と身が一体となる。
ヴヴ・・・という気にもならない微弱な音と共に、弓は愛貴の魔力で生成した弦が張られるのだ。そしてそこには、同じく愛貴の魔力で生成された白い光の矢をつがえる。
やがて白光は緑光へ。それは疾風の矢となるのだ。
「『エンド・スロット』」
もはやこれは矢ではなく、針。極細の針矢は、甲高い音と共に飛び出した。
○
「まずい・・・!どうして当てられないの?ロックオン機能が裏目に出たというの?でもマニュアルじゃ私も紫宮さんには当てられないし・・・」
センサーが感知した愛貴の位置情報は『エグゾー』を原点に据えた二次元の相対座標として知子の手元のタブレット端末のレーダーマップ上に表示されているが、実際のところマップの大きさと愛貴を示す赤い点の大きさの比のせいで、この情報はあまり手動操作には反映させられない。
事実、愛貴が『エグゾー』の砲撃を最小限の動きで回避していた間、レーダーマップ上に表示された赤い光点は全く動いていなかったのだ。
この弱点については予め分かっていたが、しかし見えない敵からの攻撃にここまで対応される可能性はないと予想していたため、対策をほとんど練っていなかった。その結果、こうして知子は歯噛みをしているのだ。
「こうなったら、接近戦を仕掛けるしか・・・。でも、近付こうものなら狙い撃ちされるかもしれないし・・・。あぁ、もうっ!」
『エグゾー』の移動時に掴まっておくための手すりを、知子は力一杯に叩きつけた。
すると、凄まじい破壊音が響いた。
「ふえっ!?な、なに、今の音は・・・?」
思わず叩いた手すりを見たが、まさか知子に金属製の手すりを一撃でへし折るようなパワーがあるはずがない。
つまり、今の破壊音は違うところから。
すなわち、敵からの攻撃だ。
続くアラーム音。慌ててタブレットの画面を見る。機体状況を確認すると、頭部ユニットが赤く点滅している。
「・・・!?まさか、狙撃されたの!?」
ウィンドウを切り替えると、モニターが死んでいる。メインセンサーも損傷が激しいらしく、位置情報の取得状況が不安定になっている。
「これは、首元を突かれたということか・・・」
まさかここまでとは。愛貴の尋常ではない狙撃能力には、もはや舌を巻くほかない。いっそ称賛してやりたいところだ。
あとは両肩部と下腹部の3点に設置されたサブセンサーと直接肉眼で見る映像しか頼れる情報源がない。
「一撃受けた時点でもはや隠れることに意味はない!こうなったら直接叩かせてもらうわ!さあ、行くわよ、『エグゾー』!!」
知子だって負けられない。舌は巻いても尻尾は巻くものか。
レーダーマップの光点は小刻みに震えて定まらないが、恐らく愛貴は移動していない。『エグゾー』の内臓魔力タンク残量はまだ40パーセントはある。
これならホバーも含めたフル稼働をさせても3分程度は大丈夫なはずだ。最悪知子が多少無理をして魔力を供給すれば良いだけだ。
勝つのだ。勝って魔法科学の力を示すのだ。ここはまだ『エグゾー』の前哨戦に過ぎないのだ。
4基のホバーエンジンが爆音を伴って途方もない量の空気を吐き出し、『エグゾー』が滑走を始めた。
シールドを正面に構え、愛貴に向かってただひたすら一直線に疾走する。
ミサイルコンテナの全砲門を開放、ミサイルの第2波を仕掛けるべく、目標の座標情報を入力。
直後、『エグゾー』の左半身が吹き飛んだ。
「きゃあああぁぁ!?」
視界は明滅からの暗転、ぐるりと回る。
唐突な爆発のあまりの破壊力に『エグゾー』の巨体までもが横転し、床を滑った。知子は必死に手すりにしがみついて叫ぶ。叫んでいないとショックで意識を手放して、諦めてしまいそうになるほどの衝撃だ。飛び散る火花が肌を炙るようである。
「こ・・・んどは・・・?どこをやられた!?」
尋常ではない事態に知子は混乱しそうになりながら、タブレット端末を取り上げる。
タブレット端末の画面は今の衝撃で割れたが、まだ機能は生きている。機体状況を確認すると、左アームが損壊、左側のホバーエンジン2基が共に機能停止、いや、破壊されていると言える。そしてその他数箇所の回路がショートしており、魔力循環機構にも不具合が出ている。
「ショート・・・?っ、コンテナ内のミサイルに矢が当たって爆発したっていうの!?」
狙われていたか否かはもはや問題ではなかった。結果は凄惨なものだ。エンジンを一気に2基も失ってしまえば機動性は大幅に低下するし、武装もこれで右アームの魔力砲と、同じく機体右側のミサイル14発のみとなってしまったのだ。勝利の2文字は一気に遠のく。
知子は急いで機体下部の緊急用バーニアに動力を接続させて、『エグゾー』を起き上がらせた。
まだだ、まだ勝てる。確率が0でないうちに負けることはないのだから。機動性は低下しても動ける。火力は落ちても撃てる。武装は減ってもまだ2種類もある。魔法科学の用語に不可能という言葉は断じて存在しない。
「なんとか一撃叩き込めれば!!」
センサーからの情報に従って銃口を愛貴に向ける。
針矢が銃口に飛び込んだ。
砲身が内側から弾け飛んだ。
霧に影が浮かぶ。
「まだまだ!ミサイル発射―――――!!」
「これでトドメです、『クライシス・レイ』!」
紫電が『エグゾー』の腹部、装甲がなく内部フレームが露出した部分を貫き、後ろに乗った知子の真横を一閃した。
当然接続の断たれた下半身ユニットに装備されたミサイルコンテナに知子の命令は届かない。
「なんで・・・なんで撃たないの・・・!?動いて・・・動け、動きなさい、『エグゾー』!!」
昭和のテレビではないのだ。いくら機体を叩いたってもう、『エグゾー』は動かない。
このとき知子はさっさと『エグゾー』を捨てて、その手に銃を持っておくべきだった。
回り込む足音が聞こえ、恐る恐るそちらを見やる。知子の涙が滲む瞳から零れる光と愛貴の鋭く研ぎ澄まされたレーザーのような眼光が交錯する。
「さぁ、チェックメイトですよ、小泉さん」
激しく電気を弾けさせる矢を構えた愛貴が最後通牒を言い渡した。フィールド外にいる審判からは今の彼女たちが見えていないだろうけれど、この時点で勝敗は決していた。
もしも仮にここで試合終了を言い渡されない状況を使って知子が愛貴に反撃をしようとも、人間同士の戦いになって勝利するのは愛貴だ。だから、もう抵抗は無駄だ。
●
ブロック別の準々決勝が終了した。熾烈を極めた大激戦の数々の末、遂に全学年で県大会に出場できる生徒が確定し、そして準決勝までには1時間の休憩時間が挟まっている。
実質的には、出場選手たちはみな自分の準々決勝の試合からは2時間程度の調整時間が与えられているようなものなので、それが十分かどうかは人にもよるかもしれないが、一応は理に適った休憩時間である。
この休憩時間は5時半から6時半なのだが、意外に6時前から食堂も混雑し始めたようだった。準決勝と決勝の間にも1時間の空白があることだし、食べるには早いようにも思えるけれど、そこは今よりさらに混むと予想してのことだろう。
そして時刻も時刻なので、食堂に限らず校内への人の出入りも、特に「入り」の方がいやが上にも増し続けていくのだ。
そんな中には、やはり家族の活躍を見に来たという人たちも多いわけで。
「あ、お兄ちゃん、いた!おーい!」
「お、ナオー!来てくれてお兄ちゃん嬉しいぞー!あっはははははー!」
直華の顔を見るなりシスコンモードをフル稼働させた迅雷を見るなりドン引きしたクラスメートたちを見るなり俯いて咳払いをする迅雷。
「んっんん・・・。よ、よう、ナオ。来てくれたんだなー」
「いや、もういろいろ手遅れ感がすごいと思うんだけど・・・」
というより直華が一番の被害者というかとばっちりというか。迅雷の変なテンションを真正面から浴びた直華も恥ずかしくて顔を真っ赤にしている。
公然でシスコンという本性を全開にしそうになった迅雷は、結構自分で思っている以上に疲れているのかもしれないなぁ、と心を萎えさせた。
「まあでも、ナオが応援に来てくれたとなっちゃうとアレだな。もう俺も絶対負けらんないなぁ?」
ニンマリと笑って、迅雷は真牙の方を見た。最愛の妹の前でこんなヤツに負けて醜態を晒すなど、考えられない・・・が、真牙も負けてはいない。
「はぁぁあ?迅雷がオレに勝とうなんて100年早えよ。直華ちゃんのハートはオレが勝利と共にかっさらってやるよ」
「ああん?うちのナオがどこの誰に?ファッキン!心配ないぞナオ、勝ってナオのハートを勝ち取るのは俺だからな!」
とにかく人を馬鹿にするためだけに作られた表情の真牙が迅雷に突っかかると迅雷も般若もビビる脅し面になって言い返す。そしてそのまま2人は額を突き合わせて睨み合いを始めた。
引っ張りだこの罪な女、直華が呆れた顔で話題を切り替えた。
「え、えーっと、なんで私が引き合いに出されてるのか分かんないですけど・・・。というか、準決勝ってお兄ちゃんと真牙さんなの?」
迅雷とおでこをぶつけ合っている真牙が首だけぐりっと回して随分と力んだ笑顔で直華を向き直る。
「そうだよ。待っててね直華ちゃん!すぐにお兄ちゃんの情けなーい姿を見せてあげるからね!」
「あはは・・・それはあんまり見たくないような・・・?」
とはいえ、一刀流でやりあったら真牙が迅雷よりも強いことくらい直華も分かっている。
なにか秘策があるのだと信じて直華は迅雷を見やるのだが、当の迅雷は残念なことに完全にムキになっているだけにしか見えない。これではさすがに信頼しきれない。いやしかし、だがしかし、妹が信じなくて誰が迅雷を信じてあげるのだろう・・・などと直華は健気に思い直すのだった。
直華が額を押さえていると、彼女に遅れて2人の少女がやって来た。
「もー、直華ったら先走りすぎ、っていうか走んの速すぎ!」
「置いてかないでよー。迷子になっちゃったらメッチャ恥ずかしいじゃん!」
ここで説明しておくと、直華は中学校から直接マンティオ学園に来ていて、そんな彼女について来たのが小野咲乎と石川安歌音である。マンティオ学園に着くなりお兄ちゃんを探しに飛んで行ってしまった直華を追いかけて校内を走り回り、2人はこうして遅れてやって来たという感じである。
2人に気付いた迅雷が真牙を押し退けて恥ずかしいポーズをやめた。直華やクラスメートは今更だが、さすがに咲乎や安歌音にまでこんなことをしているのを見せるのは格好がつかない。
「あれ、咲乎ちゃんと安歌音ちゃんも来てたんだ。そういや、なんかひさしぶりだね。あ、そうだ。この前はお土産持ってきてくれたよね。2人のやつどっちも家族みんなでおいしくいただきました。ありがとな」
「いえ、そんな。大したことじゃないですって!それより、これから試合なんですよね。直華と一緒に応援しますね!頑張ってください!」
相変わらず礼儀正しくて好感の持てる安歌音がお礼を言われて照れ笑いしている。早くも応援合戦で真牙よりも優位に立ち始めた迅雷は、フフンと生意気に鼻を鳴らして真牙の方を振り返ってやった。
とはいえ、千影に始まってなにかにつけては年下の女の子ばかり引き連れてくる迅雷に掛けられる疑惑がいよいよ現実味を帯び始め、変なヒソヒソ声が聞こえてきたが・・・まぁ知ったことではない。少なくとも迅雷はシスコンだが、(まだ)ロリコンではないのだ。
「ふっ、好きなように言っていれば良いさ!それでも俺は同年代派だからな!」
・・・知ったことではないが、気にしなくはなかったりする。
直華と咲乎がそんな迅雷を見て苦笑していた。それから咲乎がふと思ったように切り出す。
「さて、私も兄貴の頑張ってるとこ見てやんないとなぁ」
「あれ?さくやんのお兄ちゃんも試合出てたの?」
「いや、違う違う。兄貴はあれだよ、こっちの方」
そう言って咲乎はマイクを握るジェスチャーをする。
そう、なにを隠そう小野大地と小野咲乎。実は兄妹だったのだ!・・・というどうと言うこともない新事実。
●
午後6時半。遂に学内戦準決勝の時間となった。
地響きのような人々のざわめきは、フィールドと観客席スタンドを区切る透明な壁を曇らせる勢いである。
まさに、決戦の舞台としてこれ以上はない。
騒々しいまでのざわめきも極限まで集中を高める彼らの耳には届いていない。
「やっとここまで来たな・・・。やっとだ。大きな舞台でどっちが上か証明できる機会なんてそうはなかったからなぁ。ホントに、待ちわびたぜ」
「ああ、オレもずっと楽しみにしてたぜ。ネビアちゃんには情けをかけられちまったけど、ならなおさらやってやらねぇとなよな?覚悟決めてきたかよ?」
4月8日以来初めて剣を持って向かい合う迅雷と真牙。いや、あの日は2人にとってノーカウントだ。もっと言ってしまえば、それ以前に2人のしてきた試合だって、全部全部、ノーカウント。
剣道の試合なんかではなくって、お遊びのスパーリングなんかでもなくて、魔法も魔剣も全部アリの、正真正銘の斬り合いだ。
そう、これは、今日は、4月8日以来などではなく、2人が出会って以来初めての、本気の勝負になるのだ。
元話 episode3 sect75 “準々決勝ラストバトル開戦”(2017/2/4)
episode3 sect76 “示さなければならない価値”(2017/2/5)
episode3 sect77 “From the First Time”(2017/2/7)