episode3 sect28 ”迅雷vsネビア・・・?”
試合の時間も近いので、ネビアと少し話をしてから迅雷はアリーナに向かった。アリーナ内はまだ清掃中となっていたが、実際はどうやら選手控え室の方は入れるらしい。気を利かせて先に掃除を済ませたのだろう。
通路に入ると、ゴミを山積みにしたカートを押す用務員とすれ違う。カートの横幅が通路の幅の9割くらいを占めていたので、迅雷は用務員を先に通してやるために背で壁に張り付くような格好をした。軽く会釈して歩み去る用務員は印象も良い。
押されていったカートの中身を見た迅雷は、それを苦い顔をして見送った。
「今のってミサイルの残骸だよな・・・。学校の中の試合だってのに世の中物騒になったもんだぜ、泣ける話だわ」
さすが、ミサイル爆撃の第1被害者が言うと違う。この場に彼の独り言を聞く者がいたら、きっとその声色だけで同情せずにはいられなくなっていただろう。
控え室に入って壁に掛けられた時計を見ると、試合開始まではあと10分と少し。数分経てば観客もアリーナに入れるようになって騒がしくなることだろう。
「それにしても、ネビアと、か。俺勝てんのかな、あいつに?思い返すほどバケモノじみてるし・・・」
これまでのネビアの活躍を思い出して迅雷は顔を青くする。しかし、今日この日この場所で真牙と白黒つけたい彼としては、どうしてもここで負けるわけにはいかないのだ。ここを逃せば次の機会はいつになるか、分からないのだから。
ただ真牙と勝負するだけなら別に今回でなくとも、どこかの土日にギルドに行って適当に小闘技場でも借りれば良いではないか、と思うかもしれない。でも、それだとちょっと美味しくない。やはり決着を着けるのなら、もっともっと大きな舞台が良いのだ。
「そのためだけにとっておきも用意してきたんだし、やっぱ負けらんないよな」
●
『さてさて、時刻は午後3時半になりましたよ。みなさん、準々決勝です!』
どっと沸く声も、一際大きい。試合のほとんどが終わって、脱落した選手本人たちや、必要な仕事が減ったりクラスの選手の手伝いをしていた生徒たちも観戦に来られるようになってきたからだろう。
Cブロックでは今戦の参加選手はどちらも1年3組からの出場だったのだが、観戦客は非常に多い。恐らく注目選手であるネビアの出番だからだろう。
『さぁ、それでは選手の入場です!中二病だのなんだのと散々からかってきましたが、それ相応の強さ!神代迅雷選手!そして今期最大のダークホースにして超絶耐久力も披露したネビア・アネガメント選手!』
ゲートから出てくる2人には声が注がれる。
「大地のやつ、いい加減に中二病患者扱いするのやめてくんねぇかな」
「まあいいんじゃないの?カシラ。カッコイイ戦い方すれば様にもなるわよ、カシラ」
「それはからかってると取って良いんだよな?」
中央の標線に立って向き合うなり、迅雷とネビアはくだらない会話をする。
今更だが、迅雷としては時々、その場の勢いでやったことが後々になってすごく恥ずかしくなって悶えることがままあるから、中二病にはあまりツッコんで欲しくないのだった。
「それはそれとして・・・どうやらネビアの方が圧倒的多数みたいですなぁ」
なにが圧倒的多数なのかというと、例の千影が提案した迅雷とネビアの応援合戦である。
迅雷側の応援席に見えるのは慈音に千影に、それと今日に限っては普段は先陣を切って迅雷を貶めようとする真牙もいる。あと他には後ろの席の室井とか、男女数名程度。
対するネビア側といえば差が酷いもので、男子のほぼ全員と女子の8割くらい。なんの目の敵にされているのだか、およそ4倍の応援の差には迅雷もこっそりと悲しくなった。
その戦力差を見たネビアも面白そうに笑う。
「ははーん、また随分とイジメられてんのね、迅雷は、カシラ。さっきも気絶させられてたし、かわいそーに、カシラ」
「いやホントそれ。アレはマジで酷いと思うんですけど」
「にゃっははははは。まあでも、みんなには悪いなあ、カシラ」
申し訳なさそうにポリポリと頭を掻くネビアは軽く笑っている。迅雷は彼女がクラスメートたちになにを悪いと思っていったのか分からず首を傾げたが、聞こうとするとネビアが気にするなと言ったので、ひとまず置いておくことにした。
○
『それでは両者、準備も良さそうですね。いざ、試合開始!』
戦いの火蓋は切って落とされた。
瞬間で2人の間には今までの弛緩した空気が消えて、代わりに切れる直前まで張り詰めた糸のような緊張が走り抜ける。
「目からビーム!カシラ!」
「どぁ!?」
前回やらなかったからと今回もやらないなどと、根拠もない思い込みをしていた。それもそうだ。そもそもネビアとはこういうヤツだった。
迅雷は咄嗟に『雷神』をネビアの視線の高さで水平に構え、剣の腹で高圧水流を受けつつ射線上から飛び出した。
受け止めた瞬間の衝撃で手が痺れたが、剣を握るには支障もない程度で済んでいる。
しかし、迅雷が逃げた方向をネビアが向くと、高圧水流のビームが自然と迅雷を追いかけることになる。明らかに危ない音が執拗につきまとってくる恐怖。
「く、そ!なめんなよこの!」
剣は握ったまま側転、バク宙の連続技でネビアの追撃を回避し、バク宙の着地時の慣性を強引に潰して、迅雷はネビアに向かって突進を仕掛ける。
迅雷のアクロバティックな回避を見て会場は「おー」などとざわめき立つが、まさに彼の戦闘スタイルの醍醐味こそが一見して大袈裟で余分にさえ見える複雑な挙動にある。
飛んでくる水の弾を体を捻って回避しつつ、剣を視線と平行に構える。
「いくぜ、『一閃』!」
刀身から紫電が漏れ出し、弾ける光の尾を引く。
身体は刃、射貫く視線は剣の描く冷光の道筋。書いて字の如く、迅雷は一筋の閃きとなるべく、全力で飛び出した。
「おおっ、速い速い!カシラ!」
今までの試合では見せなかったであろう高速の突進攻撃にネビアは目を丸くしたが、直撃の寸前で半身になり、敢えてスレスレで回避した。虚空を盛大に貫いた刃がネビアの鳩尾からほんの数センチ前を通過し、続いて迅雷が飛んでくる。
「横っ腹空いてる、カシラ」
膝蹴りのモーションに入るネビア。矢生を一撃で気絶させた必殺の一撃だ。
しかし迅雷も負けていない。
「分かって、らァ!」
直後、ネビアの右膝と迅雷の左肘が激突して、骨同士が打ち合う音が響いた。
空中に浮いた状態で打ち合った迅雷はその反動で結局吹き飛んだが、なんとか受け身を取って体勢を即座に立て直す。
それにしても、『マジックブースト』をしっかりかけていなかったら今のぶつかり合いで肘が砕けていたところだった。
対するネビアはと言えば迅雷と同じだけの衝撃は受けたはずなのに、膝をさすってはいるが、あまり立ち位置もズレていない。
「なんつー足腰してんだネビアは」
「迅雷こそ、良い反応速度じゃない、カシラ。さっすが私のダーリン、千影にでも稽古つけてもらったかな?カシラ」
いつも通りにハンドボール大の水塊を3つほど生成して、ジャグリングっぽいことをしながらネビアがニヤニヤとする。
「ダーリン言うな。勘違いされるだろ」
「あら、私はそれでも良いのに、カシラ」
顔だけ使ってちょっと怒った迅雷と挑発的で艶めかしい声を出すネビアが軽口を交わし、睨み合う。
3秒。再び迅雷が飛び出した。
ネビアは3つの水球のうち2つを飛ばし、迅雷を左右から挟むように叩きつける。
迅雷はそれを一回転の水平斬りでまとめて斬り裂き、綺麗に上下半分真っ二つになった水球が弾けて床に飛び散った。
すると飛び散ったはずの水が不自然に動いたのを捉え、迅雷はぐんと大きく加速して危険域から飛び出す。直後、水溜まりが急激に膨張、どこにそれだけの水量があったのか莫大な水が噴き上げて天井を叩き、轟音を上げた。
「やるねぇ、カシラ。次はこうだ!カシラ!」
ネビアが水の球を掴んだかと思うと、なんとそれを一息に握り潰した。
「ドーン、カシラ」
直後、ネビアの手元を中心に激しい水飛沫で大爆発が起きた。
この威力はもしかすると、エジソンの使ってきたミサイルが魔力に反応して爆発したときのそれと同じくらいの爆発力があったのではないだろうか。
「な、なんだよその魔法!?」
ネビアの手から真っ白な破壊が迫ってくる。消える視界と平衡感覚。
また大きく吹き飛ばされるが、いい加減爆破されるのにも慣れてきた迅雷は意外と綺麗に着地することが出来た。
自分でやっておいて、その完璧な着地に迅雷は感動した声を漏らしていた。しかし、そのすぐ後に嫌な予感がしたので咄嗟に横に跳んだ。
すると、予感が当たってか、薄い霧を突き破ってネビアが跳び蹴りのポーズで横一直線に突き抜けた。
「ライダぁぁぁ、キーック!!カシラ!って、ありゃ、躱された?カシラァァァ―――――」
「我ながら神回避だな」
真横を飛んでいったネビアを見送り、迅雷は『雷神』を左手に持ち替えた。
「多分ネビアは壁蹴って戻るか三角跳びで天井に行くか・・・。壁を狙う!『サンダーアロー』!!」
雷が迸り、霧を吹き散らしてネビアの姿を露わにする。どうやら、彼女は迅雷に向けて跳ぶつもりだったらしい。壁に着地したネビアと迅雷の視線が合った。
ネビアの着壁を狙った『サンダーアロー』は水を纏った手で打ち払われた。
そして、砲弾のような速度でネビアが飛び出し、今度は迅雷が迎え撃つ番だ。
跳びながら宙返りしたネビアの踵落としを迅雷は右腕で受け止める。
「ぐっ・・・らぁっ!!」
骨が軋んだが、歯を食い縛って耐え、迅雷は勢いの死んだネビアに左手の剣を叩きつけるようにして薙いだ。
だが、ネビアはまるで曲芸かなにかの如く、迅雷の頭に手をついて背中で前回りをするように転がって彼の背後に立った。
「隙アリ―――――って、マジか!?カシラ!?」
曲芸には曲芸。
空振りした剣をそのまま右脇の下までくぐらせ、背後のネビアに鋒を突き付ける。さらにそのまま『雷神』を握る手を放し、直後に右手の逆手持ちで握り直してより深く背後へ剣を突き出す。
「あっぶねー、カシラ・・・。変なことしないでよ、カシラ」
「へっ。悪いけど、これも俺の専売特許なもんでね」
バックステップでスレスレのところを回避されたが、攻撃を未然に防ぐことに成功し、迅雷は剣を正持ちに直してネビアに向き直った。ネビアに背後を取られつつもなんとか対処出来たが、正直なところかなりギリギリだった。咄嗟の判断が功を奏したものの、迅雷の心臓の鼓動はかなり速くなっており、手汗も相当だった。剣を滑らせないように手を拭きたくても剣を手放すだけの一瞬でさえ余裕はないと言って良い。
しかし同時に、ネビアと互角に渡り合う迅雷を見て、初めはネビア派ばかりだった会場のムードも少しずつ変わり始めていた。
「ふふん?いいじゃんいいじゃん、カシラ」
―――もう、終わりで良いか、カシラ。
そろそろ頃合いだ。口の中でネビアは呟いて、床に顎がつきそうなほど身を低く構えた。バネのように力を蓄えた彼女は、再度迅雷めがけて飛び出した。
猛烈な勢い・・・いや、よもや常人には反応不可能な領域のスピード。気付いたときには眼前に迫ったネビアの顔。
「なっ―――――ごッ、がはぁ!?」
矢生もこうだったのだろうか、と迅雷は思った。腹部に突き込まれたネビアの右膝。弛んだ胃が元に戻ろうとして胃液が迫り上がってくるが、迅雷は吐き出すギリギリで飲み込んだ。喉が一気に焼け付いていく。
自分が飛ばされているのに、むしろ周囲の方が飛び去っていくかのようだった。ブレる視界と体の感覚が一致しない。
しかし、握ったままの『雷神』の先端が床を掠め、迅雷は現実に回帰した。
「・・・・・・ッ!!」
床を刺し貫かんばかりに『雷神』を突き立てて、迅雷は吹き飛ぶ自らの体に急ブレーキをかける。勢いと『雷神』の切れ味が相まって頑丈なはずの床のタイルすら粗く斬れていくが、やがてその威力を失い始めた鋒がタイルとタイルの隙間に挟まって急激に速度を失う。
そして、天窓からの陽光を遮る影が1つ浮かび上がり、そして2つになった。
急停止の慣性で床を転がった迅雷は、尻餅をついたままその影を見上げて苦しそうに歯を食いしばった。
「今のを耐えるなんてさすが、男の子はタフだねぇ!カシラ!」
25mプール1杯分はありそうな巨大な水の塊を掲げたネビアが、元気に笑って迅雷を見下ろしていたのだ。
「待て、それはヤバイ―――――」
「いっけぇ!!カシラ!!」
迫る25mプール1杯分、すなわち3トン以上の殺人的な不定形の打撃。
回避は困難、至難。見える全てが水に覆われ、まるで既に自分が水の底に沈んでいるかのような錯覚すら引き起こす。
「くそったれが・・・!」
こうなった以上一か八かである。およそ成功するビジョンが浮かばなかったが、この状況を打破できる可能性があるとすればこの技しか思いつかない。迅雷は剣を握る力を強め、空いた手で刀身を押さえながら大量の魔力を乗せていく。
そして一気に―――――振り抜こうとした直前だった。
なんと、斬り裂く前に水が文字通り霧散した。
「・・・は?」
―――なぜ・・・なぜ、攻撃を中断した?防御される可能性などまず極めて低く、ほぼ皆無だっただろうに、なぜ?
突如真っ白になる視界に思考を投影して迅雷は動きを停止していた。なにが起きたのかが想像出来ない。終わるはずの試合がまだ続いているということだけが確かだ。
「読み違え?・・・くそ、考えるな、集中しろ!」
なにはともあれ、まだ迅雷のピンチは変わらないのだ。視界も奪われ、ネビアの位置も分からない。霧の中でのネビアの恐ろしさも迅雷は分かっている。
「はは、結局か。この際もうやるしかねぇな・・・!」
獰猛に笑い、左手を霧にかざす。
「奥の手、1つ目だ!この野郎!!」
左手に緑色魔力を集中する。
「やっぱ『制限』付きだと全然だな・・・。でも、十分だ!『ブロウ』!!」
そして、迅雷の掌から、風が生まれた。
吹き散らした霧の奥の人物。ネビアを見つけた。飛ばした小さな空気の塊がネビアに届き、その姿を晒させる。
互いの姿はすぐそこに。
「お、おォォォォァァ!!」
黄金の輝きを放つ刃が、ネビアの首筋を、捉えていた。
●
『し、し、試合―――――終了ォォォ!!』
白霞の大爆発に続いて迅雷が微弱ながら風魔法を使用したり。
ネビアが敗北したり。
絶句だけが全てを現在の全てを支配していた。誰もが予想していなかった展開が、一度にいろいろと起こり過ぎた。
空白からの轟音。迅雷への称賛もあれば、ネビアの敗北を嘆く絶叫も劣らず響く。悲喜交々の音の波はアリーナの外まで漏れ出していた。
しかし、勝ったはずの迅雷は苦い顔をしていた。感じた違和感がリアルを帯び始めて、ネビアに突き付ける剣を下ろせないでいるのだ。
「おい、ネビア・・・これ、どういうことだよ」
「ん?なにが?カシラ」
迅雷が首筋にちらつかせ続ける剣を離さないでいるのにも関わらず視線も逸らさず、ネビアは真っ直ぐ彼の目を見て妖艶に微笑んでいる。
「とぼけんなよ。お前、わざと負けただろ・・・?」
余裕を崩さないネビアに歯をきつく軋らせて迅雷は低い声を出した。
こんなのは、一方的に嬲られるよりもさらに馬鹿にしている。これは迅雷への冒涜でしかない。
「なんのことだかサッパリよ、カシラ」
爪を噛みながら目を丸くして、言われたそばからネビアはとぼけた声を出す。
しかし、ネビアは迅雷の苛ついた目としばらく見つめ合ってから観念したように溜息を吐いた。
「迅雷は普通に強かったわよ、カシラ。『二個持ち』だなんて聞いてないもん、カシラ」
「それは今初めて見せたからな。・・・でも俺には、ネビアはそんなことで負けるような奴には見えないんだよ」
ちょうど、今この瞬間も滲み出す余裕が、迅雷がそう感じる最大の根拠だ。ネビアが、想定外の1個や2個で逆転を許すはずがない。敗者の理論だが、事実として迅雷はネビアが巨大な水塊を作り出したあのとき既に詰んでいた。ネビアがその水塊を霧に変えず迅雷に叩きつけていれば、十中八九、結果は今と逆だったはずなのだ。これだけでもネビアの故意には怪しむだけのリアリティーがあった。
しかし、迅雷がどれだけ疑っても、ネビアは爪を噛みながら困り笑いを浮かべるに留まった。
「買い被りすぎよ、カシラ。私だって、普通の女の子ですから、カシラ。・・・それに、真牙と試合したかったんでしょう?カシラ。これで準決いけるじゃないの、カシラ」
腑に落ちない発言ばかりだが、あくまで普通に戦って負けたのだと語る彼女は引き下がる様子もない。迅雷は押し負けて、奥歯にヒビでも入りそうなほど堪えてから、『雷神』を下ろして背中の鞘に納めた。
「・・・けっ。分かった分かりましたよ」
煮え切らずに頭を掻く迅雷を見てネビアはニッコリ笑い、それからスッと一歩踏み出して、迅雷と鼻同士がくっつきそうなところまで近寄った。
「ご理解どーも、カシラ」
「なっ!?ちょ、近いわアホ!」
また真っ赤になった迅雷に押し離されて、ネビアはそのままとっくに開いていたゲートの奥まで歩いて行ってしまった。
迅雷の中でネビアがわざと負けたことだけは確かな事実になったが、それは厚意?好意?―――どう思っていれば良いのか分からず迅雷は頭に添えっぱなしだった手でもう一度髪の毛を掻き毟りたくなったが、やるせなくなってその手を下ろし、退場することにした。
○
ネビアが選手用通路に入ると、いつもの選手誘導の女子生徒がネビアに歩み寄ってきた。
すると、彼女はいつも通り「お疲れ様でした」と言うのではなく、代わりにこんなことを言ってきた。
「ネビアさん、わざと負けました?」
「あなたまでそんなこと言うの?カシラ。心外だなー、悲しいなー、カシラ」
全く悲しくなさそうにニョキニョキと体を揺らすネビア。意外とよく見られているものだな、という風にだけは感じていた。
「・・・私、ネビアさんには決勝までいって欲しかったのになぁ」
「あれ、そうだったの?カシラ」
「そうですよ。私だけでもなかったんじゃないんですかね、こう思ってたの。天田さんとネビアさんの決勝戦をみんなが想像して楽しみにしてたと思いますけど」
どうやら敬語のまま文句を言われているらしい。ネビアは難しい顔をして誘導係の少女の話を聞いていた。雪姫との決勝戦ともなれば、いよいよどうして良いのか分からなくなるだろう。あちらもこちらもいろいろ難しいお年頃なのだ。
「それはゴメンね、カシラ。でも、私とりあえず県大会まで行ければ学内戦はそこまでで良いと思ってたから、カシラ。私なんかが変に出しゃばっても良くないと思って、カシラ。でもそっか、それは悪いことをしちゃったわね、カシラ」
仕事脳と言えばそうかもしれない。あまり悪目立ちしてしまうと後で面倒臭いので、県に行ければ、全国に行ければ・・・のところでどちらも終わらせるつもりだったネビアは、鋭い意見を投げられてなんだか本当に申し訳ない気持ちにさせられたのだった。
じゃあ県大会は・・・と考え、ほだされた自分が微笑ましくなる。
「こりゃダメね、私、カシラ」
●
「さ、て、と。迅雷のヤツもなんだかんだで準決勝決めたしな。ここは本気で勝たせていただくとしましょうか」
迅雷とネビアの試合が終わったその次の対戦。
肩を回す真牙の正面に立つのは、至って普通の外見の少年だ。ちょっとだけ見た目を工夫したような少しクセのある直毛の黒髪は長くもなく短くもなく、顔も自信があるようなないような。体格も中肉中背。名前も石瀬功介。苗字は珍しい方だが、比較的普通。
ただ1つ、普通と違うのは魔法の使い方。
大地の確認を受け、試合が開始された。
抜刀はせず、真牙は一気に功介に向かって駆け出した。ただし、視線は功介には向けない。
「ふっ、よっと、ほっ」
ただ走るだけではなく、変わったステップを刻んでいる真牙の姿はまるで千鳥足で走るかのよう。
しかし、そんな彼の奇行を見て指を差して笑う人はいなかった。それよりもむしろ、感心するようなどよめきが起こるくらいである。
それもそのはずだ。なぜなら。
「くそ、見えてるのか!?」
「言ったろ?今回ばっかりはオレもちょっとガチなのよ」
真牙がよろけて踏まなかったタイルの表面から次々に噴き上がる空気の槍。それらは元々、真牙がそのタイルを踏んだ瞬間に作動させて、一種の地雷のような攻撃を仕掛けようとして功介が試合開始直後に一斉にばらまいた魔法だった。
滑らかなタイルの床の表面に無数とは言わずともそれなりな数は設置された不可視の地雷を、なぜかまるで見えているかのように避けて走る真牙。功介は信じられない光景に目を見開いた。兄譲りのトラップ戦術は間違いない戦果を上げていたのだから、驚くのは当然だなのだ。
「こいつ、なんなんだよ・・・!普段はあんなおふざけキャラのくせになんで!」
石瀬功介がここまで勝ち残れた要因はおよそ8割以上がこの風の地雷―――――『エアロマイン』であった。当然だ。なにか仕掛けがあるとも知らずに、もしくは知っていても気付けずに踏んだタイルから急に空気の槍が飛び出すのだから対応のしようがない。
威力もそこそこある不意打ちによって、あらゆる試合であらゆる相手が最低でも5発以内で捻挫をして移動不可能になっていた。そうなれば後は普通の魔法で狙い撃ちである。
それなのに、真牙はせっかく無作為に仕掛けた数多のトラップを1つたりとも踏んでくれない。
功介が驚愕に数秒固まった隙で、真牙は一気に彼の懐まで潜り込んだ。
ここは真牙の間合いだ。勝利は確定的。
刀の柄に手をかけ、眼光で太刀筋を照らし出す。
「抜、弐乃型、『伏』」
久方ぶりに引っ張り出してきた阿本流剣術の『型』。使い慣れているけれど、あまり好きではない『型』にはまって、真牙は超高速で刀を鞘から引き出す。
そして、そのまま柄頭に魔力を乗せ、功介の鳩尾に叩き込んだ。
「おぶッ、ぐ!?」
功介の腹を潰す反作用で刀を鞘に戻し、そして今度は鞘の中の刀身に魔力を乗せる。
「抜、壱乃型、『伐』」
抜刀。後ろ向きに倒れ込もうとする功介の腹を水平に一閃、剣圧すら遅れる華麗な居合い斬りが抜き放たれた。
とはいえ、本当に斬りつけてはいない。あくまでいつも通り鋒を皮膚の表面に滑らせただけである。そうでなければ、今頃は血の雨である。
抜刀の勢いで体を捻り、左足を軸にして真牙は功介が倒れ込むその僅かな間隙を歩く。
「歩、参乃型、『弧』」
「ぁ・・・!?」
一発殴られて床に倒れ込むよりさらに早い。瞬く間に真牙は功介の背後に回り込んでいた。尋常でないほど無駄のない真牙の連続技に、功介はもはや為す術はなかった。
「悪いな、こいつでフィニッシュだぜ!」
手の中で刀を回し、峰を思い切り功介の脇腹に叩きつける。ミシミシと肋骨を歪ませるような手応えを感じながら、真牙はそのまま刀を振り払った。
骨が軋む鈍痛の中に紛れて、峰打ちだったはずなのに肉まで浅く斬られたような鋭い痛みまで感じ、抵抗する間もなく功介は意識ごと弾き飛ばされた。
床に転がって身動き一つしない功介を見下ろし、納刀する。
「やっぱ『型』は駄目だな。性に合わねぇ」
『試合終了!阿本選手、遂に阿本流の「型」を披露してくれました!免許皆伝、必殺の連続攻撃、あれが瞬殺!圧倒的な攻めの真髄です!!準々決勝でこの圧倒的な勝利でした!!』
整理体操のように肩を回し、真牙は今し方ぶっ飛ばしたばかりの功介に歩み寄った。
「よう、大丈夫か?」
「・・・・・・」
「・・・?なんだ、気絶してんのかー?」
床に俯せになっている功介を転がして仰向けにしてやり、それから目を覚まさせようと思ってペチペチと頬を叩いてみる真牙。最後の手応えは確かにかなり強烈だったので、実際功介は気絶しているようだった。
ペチペチでは目を覚まさないので、今度はベチベチ!!と往復ビンタを食らわせてみると、呻き声と共にやっと功介が目を覚ました。
「う・・・ぅ」
「よっす。生きてますかー?」
「・・・・・・くそ」
頬がジンジンと痛むので、功介は嫌そうな目で真牙を見た。どうやら死体殴りをされていたらしい。ただでさえ頭にくる真牙のとぼけた顔は、これだけ徹底的にやられた後だとさらに癪に障る。
思考がはっきりとしてきて、功介は1つだけ聞いておきたかったことを思い出した。
「なあ、阿本。さっきのアレ、俺の『エアロマイン』見えてたのか?」
功介の戦術の根幹にあたる部分の有用性を問うような質問に、真牙はなんの迷いもなく頷いた。
「見えてたぜ。知ってるか?この床の魔力拡散タイルって、魔力弾くときにちょーっとだけ虹色に光るんだぜ?」
●
真牙の勢いもついてきた中、準々決勝第3試合となり、選手が入場する。
『それにしても志田先生。さっきといいさらにその前もですし、これは快挙ですよ、やっぱり。いっそ胡散臭いですね』
『胡散臭いっていうのは聞き捨てならないわね!実力よこれは、心外なことを言う子ね。でもこれは本当に快挙よ!同一クラスからの県大会出場選手が4人!担任として誇らしいわ。ビバ3組!』
『はいはい。だからって贔屓目で見るのはよろしくないですからね』
フィールドに立っているのは、件の胡散臭いクラスこと1年3組から出場する正真正銘の最強である雪姫と、県が確定していてもう腑抜けた面構えの男子生徒、陸奥潔。
どうやらもう勝負は着いているようだ。名前の通りに潔く負けを認めているような対戦相手を見て、雪姫はここ数日でもう何度目になるかも分からない落胆の溜息を吐いた。どいつもこいつも向上心や挑戦心というものがなさ過ぎる。
もう誰も、雪姫に真っ向から挑んでくるような精神力のある1年生などいなくなってしまったらしい。どうせ県大会が決まったならむしろ潔く負けて終わるより、いつもより少しだけ無理をして上を目指すなりしてみてナンボなようにも思える。
だが、実際の人の心というのは、そう簡単に自分を奮い立たせられるようには出来ていないのだろう。まあ、この試合に潔が諦めて臨もうが全身全霊で臨もうが、どちらにせよ雪姫が一歩も動くことなく無傷で勝利する未来は確約されているのだから、もはやどうでも良いことなのだが。
雪姫もいい加減に腑抜けをあしらうだけの単純作業にも慣れてきたところだ。相変わらず、時間の無駄感だけは拭い去れずにいるが。
『それでは、試合開始!』
いつも通りに、雪姫は『アイス』の術式を組み上げて、出来上がった氷に速力を与えて撃ち出した。
放たれた氷の弾はそのまま吸い込まれるように潔の顔面に激突した。
目を瞑りたくなるような痛々しい音と共に、潔はまるで立てた棒きれのように無抵抗なまま床に転がる。
鼻の骨も折れたかもしれない。飛び散った彼の鼻血がダメージの大きさを物語っていた。とはいえ潔も幸せな方だろう。無駄な抵抗をしなかったおかげで楽に気絶できたのだから。
「ちょっとは躱そうとしろよ。馬鹿なんじゃないの?」
いくら勝負を捨てているからといって、途端に危機管理能力まで放棄してしまうなど、馬鹿としか言いようがない。
これはきっとあれだろうか、絶対に敵いっこないモンスターが出てきたらさっさと抵抗することも諦めて「じゃあ食べてください」と頭を差し出す人種なのだろうか。手に負えないにもほどがある。
カカシ殴りで溜息も吐き尽くした雪姫は、ウンザリした様子で早足に退場した。
元話 episode3 sect73 ”匙加減上々”(2017/1/31)
episode3 sect74 “能ある鷹は爪を隠す”(2017/2/2)
episode3 sect75 “準々決勝ラストバトル開戦”(2017/2/4)