episode3 sect27 ”克己”
『さあ、五味選手に対するは、今や全学年で話題になっているあのモンスターマシン!・・・と、それを駆る小泉知子選手!どっちがメインかはあなた次第!でも確かなのは、ルールギリギリを突き詰めたその強さ!本日2度目の出撃、期待に目を輝かせている方も多いことでしょう。それでは、入場!』
機械オタクのみならず、ロボットファンや魔法工作が趣味という人も、あの魔改造半人型機動兵器には興奮せざるを得ない。不要な装甲やデザインの全てをかなぐり捨てて、この大会のためだけに急ピッチで建造された戦闘マシーン。粗野ながらも精巧、その剥き出しのフレームを黒く輝かせる、『エグゾー』がやってくる。
だがしかし、『エグゾー』の入場で会場は騒然とした。
それは事前に『エグゾー』の試合をしっかり確認していた涼でさえ、口をポカンと開けて固まるほどの大きな変化だった。
ギュオオオオオオオオオ!!
・・・と、聞くに凄まじいエンジン音を轟かせながら、『エグゾー』が地上を高速で滑走して入場した。
「え、なに・・・これ・・・?」
前の試合からまるで別物のような機動性を獲得している『エグゾー』に、涼は恐怖を見た気がして目を見開いた。
全高自体はあまり変わらない。上半身についても、頭部の機関砲はそのままで、腕部の装備がシールド付きの銃砲らしきものに変わっているくらいなので、前回登場したときとはそう変わらない。
だが、下半身ユニットが全くの別物だ。ずんぐりと大きい円錐型のパーツには均等な間隔を空けて、ちょうど正方形の頂点を示す風に4つのジェットエンジンのようなものが付いている。そこから強烈な気流が発生して機体を床面から浮かせていた。
さらに、その背部には、下半身ユニットと上半身ユニットの境目に付け足された知子が搭乗するためのデッキスペースがある。これで高速移動するようになった『エグゾー』を彼女は生身の足で追いかける必要はなくなったことになるし、ある程度のガードも付いていて操縦者を狙うという選択肢も弱められている。
しかも、エジソンこと佐々木栄二孫が迅雷との試合で使用していたもののおよそ半分程度のサイズのミサイルコンテナを搭乗部の左右両端に搭載している。
『た、たったの4時間で一体なにがぁ!?浮いています!あの重鈍だった「エグゾー」が宙に浮いています!!』
「ふふふ・・・!これぞ『エグゾー』の本来の姿!名付けて、『EXAW-mkⅡC/H』です!完成が今日まで遅れてしまいましたが、これはこれでむしろちょうど良いタイミングです。さぁ、五味さん。どこからでもかかってきてください!」
『おっと、付属品・・・ゴホン、小泉選手が自慢げになにか言っています!でも確かにこれはすごそうですね!』
「ふ、付属品・・・!?い、いえ、もうこの際付属品でもなんでも良いわ。とにかく『エグゾー』の性能を知らしめるのよ!」
なんと付属品扱いされたにも関わらず、それすら許容してしまった知子。しかしながら、実際、『エグゾー』の開発に知子が関わったのなど全体の10パーセントあるかないかで、他の全てをエジソンが行ったことを思えば、彼女が自身の立ち位置を下げるのも自然だったのかもしれない。
『さぁ、勝つのは果たして人かロボか―――試合、開始ィ!』
○
一瞬『エグゾー』の周りの空気が揺らいだかと思うと、エンジン音が再度爆発し、強力な推進力を得た『エグゾー』が飛び出す。
機体そのもののサイズは変わらないはずなのに、速度が上がっただけでもこれほどまでに威圧感が変わるものなのか。驚異的な圧を持って突撃してくるキラーマシンに、涼は思わず1歩後ずさった。
だが、その1歩の感触が涼の足の裏を、ひいては背を押すように床から反発を受けた。
「・・・っ!だよね、逃げてたら始まらない!よね!」
反発から力をもらって、涼は力強く前に駆け出した。敵の速度が常に自動車並みにまで上がったのは間違いなく厳しい変化だが、だからどうした。キャタピラのままだったなら難しかったかもしれないが、エンジンを破壊してやれば、今の『エグゾー』は移動不可能になるはずだ。
突進してくる『エグゾー』は頭頂部の機関砲から特殊ペイント弾を高速連射してくる。その弾速は通常の2倍。
だが、涼はそれをひらりと身を翻しながら躱して走り続ける。
「躱せる・・・!あのマシンガンは弾道が単純だから!」
『エグゾー』の顔が向いている場所にさえ立たなければ、頭の機関砲は恐くない。
とはいえ、既にある程度『エグゾー』の戦い方を研究した涼には分かる。
「でも、これはあくまで牽制!」
わずか5秒程度で直進しあう涼と『エグゾー』は擦れ違い、そして涼と知子の視線が交差したその瞬間、『エグゾー』の左アームが急稼働した。
「っ!」
「魔力ビーム砲、照射!」
知子の声と同時、『エグゾー』のアーム先端部に搭載された純魔力式魔銃から、収束魔力の塊、俗に言われるビームが発射された。色は白、属性は無いようだ。
涼はそれを前に大きく跳んで躱しきり、跳び前転の要領で起き上がると同時に捻りを加えて背後に向き直り、知子と『エグゾー』の背後を取った。
ここで、相手は高速で移動している。的にするにはやや苦しい。特にその中の一部であるエンジンを狙おうとする今は、なおさらだ。
「でも、当てるよ!『ボルト』っ!」
慣れている魔法の中では頭一つ抜けて速い弾速を誇る雷魔法を、最大限に威力を高めて発射した。
宙を裂いて激しく駆け抜ける電撃は悠々と『エグゾー』の背に追いつく。
しかし、涼は1つ読み違えていた。
直撃の1秒前、『エグゾー』が急回転して涼に向き直ると同時に、スピードはそのまま移動方向を直角に変更した。
当然、的に逃げられた涼の魔法はそのまま壁まで飛んで、空しく散った。
「うわっ、なんつー・・・。動きがこんなに良くなってるなんて!」
あんな回転速度に知子が耐えられるのかは不明だが、未だ問題なく爆走する『エグゾー』を見ればなんとかなっていることが分かる。対G機構的なものでも取り入れているのかもしれない。
再度突撃してくる『エグゾー』に向け、涼は3発の『ファイア』で牽制しつつ、もう一度横に回り込めるように走り出す。
だが、3発の火球は全て魔力ビームで撃ち落とされてしまい、目くらまし程度にも役に立たない。補正プログラムが優秀なのか、照準がかなり正確なようである。さらに『エグゾー』は上半身の回転角を調整することで常に涼と正面で向き合う状態にしたまま移動してくるため、回り込むことも出来ない。
「悪いですが、この子の最大の弱点はエネルギー効率の劣悪さにあります。稼働時間もあと3分半程度しかないので、このまま終わりにさせてもらいますよ!」
「なにを・・・!」
相変わらずエンジン音が轟いているが、なぜか拡声器が取り付けられているらしく、会場全体に声高らかに知子の勝利宣言が響いた。
ミサイルコンテナの全発射口が開放され、さらに両腕、頭部の魔銃も涼を向いた。
その合計砲門数、31門。
「一斉砲火!!」
28発もの特殊追尾ミサイルと、2門の大火力魔力砲、そして1門の機銃から放たれるペイント弾の雨。この過剰砲火を捌ききることなど、出来てたまるものか。
「普通は―――そうだよね、できっこないと思う。・・・だけど」
涼だってまだまだ普通の範疇だ。涼はこの絶望的なオーバーキルを一人だけの力で防ぎきることは出来ない。
だが、涼はこの程度で膝を折るわけにはいかない。普通で無理なら普通を超えるしかない。この道を歩むならいつかは超える普通、なら、超えるのは今だって良い。先を目指せ。ただの「魔法が上手な女子高校生」を超えろ。言い聞かせるのは簡単だ。
元より苦戦することは分かっていた。程度が変わっただけ、覚悟は出来ている。ここが涼の、そう、2回目の勝負所だ。
鼻血が出そうなほど集中する。全方向から迫る火線の全てをたった2つの眼球とたった1つの脳だけで処理する。
「あ、ぐぅ・・・!終わらせない、なめるなぁぁぁッ!」
取り得る対抗策は、『詠唱破棄』と『複合詠唱』の同時使用、それも一度に大量に、しかも連続で―――――のみ。
魔力が糸と針のように鋭敏に操作されていく。
本当のところを言ったら、涼は今まで『詠唱破棄』なんてほとんどしたことがないし、『複合詠唱』だってごくごく最近になってやっと感覚を掴み始めてきたばかり。複数と言っても精々2、3個の魔法を同時に扱うのが限界だ。
体が火照る。脳が締め上げられているみたいだ。今にも血管が切れそうで、早く休ませろと訴えてくる。熱せられる脳細胞が溶けて、額から脂汗になって出てくる。不快な感触には無視できない重さがある。自分の体なのに自分に対して随分と反抗的・・・なのは本当はどちらなのか。
常識的に考えて、今の涼がやろうとしていることは、無謀にもほどがあった。
(だけどっ!でも・・・!)
常識に流されそうになる自分を怒鳴りつけ、逆接詞と共にひたすらに頭の中で魔法を思い描く。
赤が、青が、緑が、黄が、紫が、尾を引いて好きに勝手気ままに走り回り、なにかの紋様を残していく。そして涼はそれを掴み取らなければならない。
少なくない鼻血が出てきたらしく息も苦しい。
だけれども、口で荒い息を吐いたら、その微かな音で集中が途切れてしまうかもしれない。
(もうやめたいよ、休みたいよ。でも、私だってやれば出来る・・・そうでしょ?真牙くん―――!!)
頑張れることを証明してみせたい少年の顔を思い出した瞬間、涼の周囲に30、いや40もの小型魔法陣が浮かんだ。
「あ、あァァァァァァァァァ!!」
五色の輝きが、炸裂する。
○
まだ、立っている。頭はガンガンと痛むし、体中の汗が急に重い鎧を着せられたかのようだけれど、涼は無事にこうして立っている。
やってのけたのだ。限界を1つ超えることが出来た。
「―――ッはぁ、はぁ・・・。雪姫さんって、これをあんなに平然とやってのけてたんだね・・・」
最初にふと思い浮かんだ感想は自分でも意外だった。
煙が晴れて、視界を取り戻す。
『こ、これは・・・!五味選手、なんと「エグゾー」のあの一斉射撃を全て迎撃してしまいました!!信じられない!彼女の底力、まだまだ未知数です!』
驚嘆と歓喜の声が溢れているが、疲弊しきった今の涼の耳に届く頃には、みな等しく曇った雑音になっていた。
滅多矢鱈に解き放った40もの魔法は、ミサイルの全てを撃ち落として弾を消し飛ばし、そして『エグゾー』の頭部機関砲の破壊にまで至っていた。
「さすがに・・・腕はだめだったかぁ・・・」
小さいモーター音と共に、『エグゾー』の両腕が動いた。両腕部に装備された大きなシールドで機体本体や主武装である純魔力砲を守ったということだろう。表面から煙を立ち上らせるシールドも、しかしそののっぺりした板に傷はほとんどない。
「これは謝らないといけませんね。少し五味さんの実力を見くびっていたようです。すみませんでした」
口調は冷静だが、知子の顔には明らかに驚きと焦りが見えていた。いくらライセンサーとはいえ、今の攻撃を全て迎撃、あまつさえこちらに被弾までさせてくるなどとは、彼女も予測していなかった。
あれが火事場の馬鹿力というものだったのだろう。疲れ切っている涼を見れば分かることだ。
甘く見ていたのは確かだったが、二度目はない。
「でも、こちらの損耗は軽微です。さぁ、『エグゾー』!行くよ!」
「・・・くっ」
ホバーで駆け出す『エグゾー』。魔力残量の都合でやや速度を落としたが、依然としてその移動速度は時速4、50kmは出ており、相対的にも今の涼にとっては恐ろしい速さだ。
「それでも、まだ―――――」
立って走ろうとした涼の膝が、意図せず屈した。
「―――はぇ?」
世界が縦にブレる。反射的に手をつく。蒼い床のタイルが見える。激しいエンジン音が聞こえる。汗が滲み出る。視界が揺れる。次第に腕の力すら抜けて、肘と膝で床に這いつくばる。
「あ・・・れ?ま、魔力、切れ・・・?」
こればかりは、もうどうしようもなかった。
超えた限界の先は新しい限界でしかなかったのだ。
もはや立ち上がる力すらない涼に、『エグゾー』は容赦なく銃口を突き付けた。
●
アリーナの外壁の大きなモニターにも余るほど大々的に表示された、準々決勝のトーナメント表。ここに名前を表示された1年生は既に県大会が決定しているが、上級生に関してはあと1勝が必要なので、A・BブロックとCブロックとでは、微妙にではあるが、温度に差がある。
『はーい、こちらAブロック実況の大谷です!こちらの準々決勝ですが、やはり予想されていた選手たちのオンパレードですね!教頭先生はどう思いますかぁ?』
『はい、解説の三田園です。そうだねぇ、確かに勝つべくして勝つ生徒が多かったかもしれないねぇ。でもそれはつまり、彼らの実力が1つ飛び抜けているということだね。特に焔君や清水君の戦闘センスは相変わらずの高さだからねぇ。ここからも期待してます』
『はい、中島です。続いてはBブロックの経過発表だよ!こちらもAブロック同様、豊園生徒会長や柊風紀委員長を筆頭とした強豪生徒たちが暴れ回っております!こっから先も目が離せませんね!ねっ、由良ちゃん先生!』
『ぅぅ、先生はみなさんがケガばっかりするので気が滅入りそうですよ・・・。特に柊さんにはもうちょっと自重して欲しいというかなんというか・・・』
『由良ちゃん先生も仕事が増えてやりがいがあるじゃないですか!』
『やりがいとかこの際どうでもいいですよ!あとちゃん付けはいらないですからね!』
『えー、続いてはCブロック実況の小野が報告を・・・。みなさん、もうなんにも言わなくたってお分かりですよね、この大波乱を!!なんとこの準々決勝ですが、当初8人いたライセンサーのうち、ここまで勝ち進んだのは半分の4人!?まさに誰にも予測出来なかった波乱が巻き起こっています!!』
『そうね。例年なら8人もいれば6、7人は通るって話を聞いてたけど、今回は本当に面白いことになっちゃってるわね。ネビアさんや『エグゾー』を駆る小泉さんが特にとんでもないダークホースだったわ』
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出場選手の休憩時間の確保のために空けられている30分間は、風紀委員会や学内戦実行委員会による観客席の軽い掃除や、バトルフィールドの点検などのためにアリーナの中には入れない。
だから、慈音と千影、それから向日葵と友香ら4人はとりあえず1年3組の教室に戻っていた。
「いやー、さっきのアレはヤバかったねぇ」
向日葵が不意に半分呆れているような声を出した。白旗でも揚げるように手をヒラヒラと振っている。
最後のアレ、というのは、例の『エグゾー』のことに他ならない。
「ホントだよー。なんかもうさぁ、しのと試合したときと全然違うものになってたもん」
機械持ち前のタフさだけでも痛みで鈍る人間より相当有利なのに、それに加えて対戦相手に合わせて変幻自在に武装を切り替えて登場してくるあのチートっぷりにはもはや文句すら出てこないほどだ。慈音も頬を膨らませたものの、すぐに力なく項垂れた。もしかしたらこのまま『エグゾー』が決勝戦までいってしまうのではないかと思うと、負けたことに納得するような、でもなんかズルいと思えて仕方ないような、微妙な気持ちになる。
「ボクもまさかロボが参加オッケーだとは思わなかったし、出たところで精々2回戦くらいで終わるって予想してたんだけど・・・。なんか妙に完成度高いし、なんか理不尽に思えてきたよね」
アメリカやお隣の中国とか北朝鮮、それとドイツあたりが、あれと似たようなものの研究をしているらしい。それを思えば『エグゾー』は学生だけで造ったとは思えない良品だが、しかし思い直して欲しい。国が開発しているのはどう考えても軍事用の人型兵器だ。それと似ているロボットと素人を1対1の試合で差し向けるのは、さすがにやりすぎというものだ。
「うーん、まぁ、もう出てきちゃった以上はどうしようもないよ。それより、次は迅雷君とネビアちゃんの試合だけど、応援ってどうしたら良いんだろうね?」
遂に同じクラスの生徒同士が当たるわけなので、友香が困った顔をした。まさか一方だけを応援し、もう一方は放置なんてことは絶対にしないが、かといって両方応援するのは当然として、勝ち負けが面倒臭い。
しかし、まじめくさった顔で悩んでいる友香を小馬鹿にしたように向日葵が鼻で笑い、ケロッとした顔で返す。
「え?そんなの別にいいじゃん。どっちが勝ったっておんなじだし。楽しく気楽に見とけばいんじゃない?」
「ボクもそう思うんだけど。・・・あ、そうだ!面白いこと考えちゃった!どうせどっちが勝ってもいいんならさ、どっちが勝つか賭けて応援も分けるっていうのは?」
「おー、なにそれおもしろそう!」
千影と向日葵がさっそく勝手に盛り上がり始めるが、変に生真面目な友香は渋い顔をした。千影の提案もそれはそれでバトルマニア(視聴者)の血が騒ぐ展開ではあるが、せっかく友人2人が出るのに片方しか応援しないのは後ろめたいのだ。
だが、意外に悩んでいるのは友香だけだったみたいで、慈音もどちらかというと乗り気なようだ。
「うーん、悩むけど、慈音はとしくん派かなぁ」
「ボクももちろんとっしーで」
「チミたちは分かってないねぇ。あたしはキッチリと戦力分析してネビアちゃん派一択だと思うけど、ねっ、トモ!」
「え、あ、うん・・・?」
いつの間にか向日葵の勢いに飲まれて友香は頷いてしまった。それを見た向日葵が満面の笑みで頷いている。恐らく試合観戦をよくする友香の同意を得られたことが自信にもなっているのだろう。実際は同意してもないし、していなくもないのだが。
向日葵がSNSのクラスグループに今の話を流すと、すぐにみなが食いつく。向日葵の発言のすぐ上の履歴がネビア騒動の話だったこともあって、盛り上がりが強かったのだろう。
勝手にどんどん進んでいく賭けを画面の上に見ながら、友香は長い溜息を吐いた。
元話 episode3 sect71 “克己”(2017/1/28)
episode3 sect72 “Try and Error”(2017/1/29)