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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode3『高総戦・前編 邂逅』
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episode3 sect26 ”体育館裏の異世界”

 無事に勝利を収めた迅雷は、置いていたペットボトルやタオルなんかを回収するために控え室を経由しつつ、アリーナの外に出た。

 楽勝などと大口を叩いて試合に臨んだ迅雷だったのだが、思っていた以上に相手の遠距離攻撃が巧妙だったために接近戦を仕掛けることが出来ず、攻めあぐねてしまった。初めは迅雷も射撃用の魔法を使って応戦していたのだが、不利と感じたところで魔法陣を盾にして強行突破するという作戦を取ったので、試合前の意気込みに反して3分もかかってしまった。しかも、そんな風に強引に接近戦を仕掛けたのだから反撃もそこそこに受けており、腕や足など、盾にした魔法陣からはみ出た箇所には魔力弾が掠めて出来た傷がいくつかあった。

 迅雷は、真牙くらい丁寧に戦えればな、などとも思ったのだが、それはそれで自分らしくないとも思えてくる。せめて傷を笑われなければ別にそれで良いのだ。


 控え室で軽く手当しておいた傷をさすりながらアリーナを出た迅雷に空っ風が吹いて、寂しく去って行った。


 「・・・・・・なぁ千影さんや」


 「・・・なんだい、とっしーさん?」


 「・・・・・・みんなは?」


 迅雷の祝勝で迎えに出てきたのは、千影と、あとはクラスメート6人ほどだけだった。笑われるとかそんな話をする前に笑う人すらいない。なぜこんなことになっているのだろうか。


 「集団食中毒?みんなデッカい方に並んでるの、これ?」


 「いや、そうじゃないんだけどね」


 泥水でも啜ったような渋い顔をする迅雷に、千影も半分は同情、半分は呆れの目を向けた。


 「実はさ、とっしーの試合始まる前にみんなでネビアのことを迎えに行ったんだけどさ」


 「まぁ、そうだろうな。そんで?そういや、応援も心なしか少なかったような気がすんだけど」


 「うん、それがさ?ネビアがまだ戻ってきてないんだよね。それでみんなあたふたと」


 千影の発言に、迅雷は一瞬理解しかねて困り顔で固まった。それは想像しがたいことである。だって、彼女は試合終了後にもあんなにピンピンしていたではないか―――。


 「それってどういう意味だよ?え、だってあいつめっちゃ元気そうだったじゃ・・・いや、待て・・・?」


 そうではない。実は気丈に振る舞っていただけの可能性だってある。そうだ、そもそもいくらペイント弾とはいえ、あれだけ撃たれれば全身くまなく腫れ上がるほど痛めつけられたに違いないのだ。

 それに、弾に刻まれた痛覚魔法もその数だけ受けているのだ。とてもではないが、常人なら笑ってやり過ごせたものではない。


 「ネビアのやつ・・・!やせ我慢してやがったな!?くそ、どっかに隠れてのたうち回ってたりしねえだろうな・・・!」


 思い至った時点で途端に居ても立ってもいられなくなって、迅雷は意味もないだろうに、その場で辺りを見渡した。


 「くそ、どっかにって、なんか手がかりはないのかよ!」


 アリーナの裏の植木林か、それとも校舎の屋上か、またはトイレの個室か・・・。ネビアなら1人になりたいときはどこに隠れようとするのだろうか。

 初めて迅雷はネビアとの付き合いの短さを実感した。あれだけ普通に友人であったはずなのに、本当は彼女のことをなにも知らなかったのだ。奇妙なほど身近に感じていて、分かろうとする心すら微々たるものでしかなかったと思い知る。ネビアが雪姫に蹴られたときだってそうだった。これはもはや怠慢だ。

 いちクラスメートとして、友人として、迅雷は最低限の心がけをしていなかったと気付く。


 どこかで「ネビアならあれくらい大丈夫」、「別にどうってことないんだろうな」などと思って、あんな無茶苦茶な試合を暢気に見ていた自分にゾッとした。

 でも、だからこそ、もう遅いけれど、遅すぎるのかもしれないけれど、迅雷は今どこかで1人痛みに耐えて丸くなっているネビアの姿を思い、見つけて助けて、『守っ』てやらないといけないと、そう思うのだ。


 ポケットのスマホのバイブレーションがクラスメートたちが学校中を走り回って報告していたものだったと分かると、焦りは募るばかり。 


 「でも、どうやって探す・・・?みんなが探しに出て、まだ誰も見つけてない線が強いし。なにか―――なにかないか?」

 

 物でもなんでも良いので、迅雷はとにかくネビアの行き先を指し示してくれそうなものを探した。

 

 と、そこで彼の脳裏にはなんの根拠もない、それでいて妙に確信の持てる考えが浮かんだ。だから迅雷は、千影の方を向き直った。


 「なぁ、千影」


 「うん?」


 なんとなく、これまで千影とネビアには互いに同族っぽい臭いを感じてきた。恐らくそれは根本的な性格が似ているような、そんな感じなのだろう、とも。だから、もしかすれば千影であれば、有力な予想が聞けるのではないかと、迅雷は思いついたのだ。


 しかし、千影は迅雷がなにも言わないうちから面倒臭そうな顔を・・・いや、もっと、そう、絶対にやりたくないとでも言うような顔をした。


 「もしかしてボクにも探すの手伝えって言うつもり?やだよ、そんなの。めんどくさい。見つけるだけ無駄だと思うんだけど」


 「・・・っ!」


 まるで冷え切った口調の千影に、迅雷は(はらわた)が急沸しそうになった。

 しかし、ここで怒鳴ったってどうにもならない。


 「・・・千影がネビアのことをあんまり良く思ってねえのも分かってるつもりだけどさ・・・。だけど!頼むよ、お前ならあいつの行きそうなところくらい分かるんじゃないのか?」


 「えー、それはボクのことを買いかぶりすぎじゃない?それに、理由は良いとして、あの子のことをそんなに心配してやる必要もないんだけど」


 「頼むよ!よく分かんないけど、多分今頼れんのはお前しかいないような、そんな気がするんだよ!」


 迅雷の言葉が琴線に触れたのかビクリと小さく反応した千影だったが、意地でもネビア捜索に協力したくないようで、唇を尖らせて腕を組み、後ろを向いてしまった。


 「や、やなもんはやだもん!」


 「くそ・・・、なんでだよ、千影。なんでそんなにネビアのことを嫌うんだよ?あいつ、確かに変わってるかもしんないけど、でもお前が言ってたみたいな危険な感じだってしないし・・・」


 すっかりほだされてしまっている迅雷に千影は同情する眼差しをした。彼女とて彼の言わんとすることは分かっているつもりだ。


 「ボクも別にまだそこまで嫌いじゃないけど、やなことはやなんだってば」


 「なら・・・!・・・いや、そうかよ、分かった。もう良いよ、俺だけで探してくるさ」


 どうせ千影も子供だ。子供が子供じみた理屈を立てて頑固になっていて、どうやって動かしてやれというのだ。怒ったように、迅雷も千影に背中を向けた。だけれども、まだまだ彼だって子供だ。去り際に、ついつい、つまらない言葉をこぼしてしまう。


 「・・・悲しいよ、信じてたのにさ」


 言いながら、そんなことを言ってしまう自分が一番悲しかったが、もう今更止まれなかった。

 人のことを言えないな、と思いながら、迅雷は走り出す。


 が、そのとき、彼の後ろで千影が大声を出した。


 「あーもう!そんなに探したいなら体育館裏の雑木林あたりに行ってみれば良いよ!でもボクは行かないからね!」


 「・・・!」


 振り返れば、千影はまだ拗ねた顔をしていた。


 「ありがとな、千影」


 迅雷は笑って、また千影に背を向けて走り去った。今度は行く当てがある。自然、迅雷の姿は先ほどと比べれば幾分軽やかに見えた。


 そんな迅雷を見送りながら、千影は溜息をついて肩をすくめた。

 

 「ホント、心配するだけ意味ないと思うんだけどなぁ・・・」


 彼女の後ろでは、迅雷の迎えで来ていた彼のクラスメートたちがどうするべきかとオロオロしていた。

 そんな連中と比べれば迅雷はずっとずっと良い方なのだろうけれど、いささか損な性格だ。


 「とっしーは人を信じすぎだよ、もう」


          ●


 「はぁ、はぁ・・・。この辺にネビアがいるのか・・・?」


 千影に言われたとおりに体育館裏の、使っているのか使っていないのかもよく分からないスペースまで走ってきて、迅雷は周囲を見渡した。

 1人でコソコソ隠れてなにかするとすれば、なるほど、確かにここはうってつけだ。なぜか誰もここを思い当たらないのも、きっとこの場所の印象がそれだけ薄いということの証拠だ。今も、ここにいるのは迅雷1人だけである。いや、ネビアもいるのだろうけれど。


 だが、少し歩きながら見渡してもネビアの姿は見当たらず、今の迅雷はまさに独り雑木林の中を彷徨うようである。


 「おーい、ネビアー!いるかー!?ネビアー!」


 木々の中にポツリと佇む倉庫の周りを駆け回り、木の陰や苔の生えた体育館の壁を回り込んで、迅雷はひたすらネビアを呼び続けた。

 しかし、どこを見て回っても人っ子一人見つからず、迅雷の声だけが孤独に響くだけである。迅雷は途方に暮れていた。

 まさかあそこで千影が嘘をついたなどとは考えにくい。話や場の流れからして、彼女は渋々ながら協力してくれたのだろうから。それに、迅雷が千影のことを疑うようなことはそうそうない。


 でも、だとすればやはり、ネビアはこの近くにいてくれなければおかしい。


 「まだだ、まだ探さないと・・・」


 この辺りだ、と言われれば決して広くないスペースだ。探していないところをもう少し探してみれば、きっとすぐに見つけられる。


 表と同じ学校の敷地内だというのに、この場所はまるで別世界のようだ。手入れされているかも怪しいこの小さな雑木林は、初めこそ人が植えたものだったのだろうけれど、もはや自然すら感じさせるほど無作為な蒼さを湿った風に揺らしている。苔の独特な匂いが迅雷にまるで山の中にでもいるような錯覚すら覚えさせる。

 こちら側から眺めた体育館の壁は、怪談にでも出てきそうな廃校舎のそれに見えるし、木々はやけに高く広く生い茂っている。だから空もまばらにしか見えず、薄暗さばかりが辺りを覆っている。

 ガサガサ、と音がしてネビアかと思い振り向くと、ネズミに似ているがなにかが違う謎の生命体がこちらを見て走り去っていった。なんとなく、人が寄りつかない理由も想像がつく。癒やしのある自然とは対極にある陰気な自然だった。


          ○


 薄暗く、それでいて奇妙な生物が生息している校内の雑木林を延々と歩き回り、それでもネビアが見つけられず、迅雷は無駄に疲れた気持ちになって木にもたれかかった。

 もう随分と長い時間ネビアを探して歩き続けていたような感覚も起きてきたが、遠くからぼんやりと風に乗って聞こえてくる試合実況を聞いていると、まだ迅雷の次の試合も終わっていないようである。


 「つか、声聞こえなかったらここが学校だってことも忘れちまいそうだな・・・」


 などと漏らす迅雷の声は誰にも聞こえない。夜になればお化けでも出てきそうだ。肝試しをするにはちょっと狭いが。


 「・・・ネビアは、結局どこにいるんだよ、はぁ。くそったれ」


 疑うつもりではないけれど、いよいよ千影の助言の真偽も怪しくなってきた。木の幹を気晴らしで殴ると、毛虫が3、4匹まとめて落ちてくる。

 慌てて飛び退き、迅雷はホッと一息ついた。


 しかしすぐに、安心している場合ではないと思い出す。迅雷は一刻も早くネビアを見つけなければならないのだから。

 もしかしたら、千影が本当のことを言っていてくれていた場合でも、ネビアはとっくに移動してしまっていてすれ違った可能性もある。


 「もう少し範囲広げてみるか―――――」

 

 と、迅雷が幹から腰を離したそのときだった。


 『―――――』


 なにか、微かな物音が聞こえてきた。それは雑木林の奥―――――ちょうど倉庫がある辺りからだったように思われた。小さすぎる音なので、あくまで「思われた」だけだが、この際音がしただけでも大きな変化だ。迅雷はその音に吸い寄せられるように歩いた。


 『―――――』


 小さかった音は、次第に大きくなっていく。迅雷が音源に近付いている証拠である。音が大きくなるにつれて、彼の歩調もまた次第に速くなり、そして早歩きから小走りになる。


 さらに走ると、「音」は「声」に変わった。


 この声は、間違いない。


 「ネビア・・・!」


 声は聞こえるが、なにを言っているのかは分からない。いや、予想していたように痛みに呻いていたのだとすれば、声が言葉の体を為していなくとも不思議ではない。

 そう考えると、俄に迅雷の駆け足も疾走へと加速していった。


 鬱蒼とした木々の隙間から倉庫が見えてきた。先ほども四隅をくまなく探して周りを一周した、どこにでもあるようなある見た目の倉庫だ。


 再びその周囲を見渡すが、人影らしきものは見えない。しかし、確かに声はこちらの方から来ていたはずだった。

 そこまで考え、迅雷は単純な見落としに気が付いた。

 

 「あ・・・・・・中か!?」


 なんとも間抜けなことに倉庫の中は、見ていなかった。てっきり鍵がかかっているものと思い込んでいたのだろう。無意識に候補から除外してしまっていた。


 でも、これでやっと見つけた。


 必死に走って息も荒くなり、いつしかネビアの声も自分で掻き消してしまっていたが、もう居場所は分かったのだ。倉庫の扉の取っ手に指をかけ、迅雷は一息に開け放った。


 「ネビ―――」



 「みゃっ!?」



 「―――みゃ・・・?」


 いや、別に野良猫が倉庫の中で魚を食べていたわけではない。ちゃんとそこにはネビアがいた。いたのだけれども、だがしかし、いやしかし。


 そこには、なにを思ってそんなことになったのか、全裸のネビアがいた。


 急に現れた迅雷を見たまま、ネビアはワナワナと震えて突っ立っている。

 そして迅雷もまた、現実に頭の整理が追いつかずに(決して疚しい心があるわけではなく)ネビアを見たまま固まっていた。


 「・・・・・・・・・・・・そのー・・・」


 ―――おかしい。なにかがおかしい。どうしてこうなったんだ・・・?


 とりあえず迅雷は一旦状況を整理する。

 まず「ヤベぇよネビアいねぇってよ心配だ」、そして「よし探すぜ!体育館裏だろ?よっしゃ!」、さらに「いねぇよなんだよ・・・む、声がするぞ、よーし!」となって。

 以上の結果、この状況。


 さて、どうするか。直華や慈音なら笑って誤魔化して今までなんとかなってきたが、この状況はちょっと違う。なんと言っても、ネビアは迅雷にとって妹でもなければ昔はよく一緒にお風呂に入っていた幼馴染みでもないのだ。


 「・・・すみません、人違いでした」


 ガラガラ、と、何事もなかったように迅雷は倉庫の扉を静かに閉め・・・ようとしたところで、内側からガッツリとかなりの力で腕を掴まれた。


 「そりゃないなぁ!カシラ!」


 「や、やめて!なんか手首の骨が軋んでるから!?」


 早く扉を閉めないと、せっかくの冷静を保つ迅雷の努力も水泡に帰すことになってしまう。ネビアの滑らかながらも艶やかな肢体が、そして平均的な大きさながらも形の整った胸や女性らしくくびれた腰が丸見えである。


 これは、こればっかりは。普段から居候や妹といった年下とか万年AAカップの幼馴染みばかりで女性らしい女性のエロスには触れる機会のなかった迅雷には刺激が強すぎる。 

 迅雷は耳まで炙られるかのように熱を帯びていくのを感じた。


 「アカン!!これは俺には刺激が強すぎる!理性が悲鳴を上げてるから放してください!」


 「フーン?じゃあこうしてやろっか、カシラ」


 急に艶めかしい笑みを浮かべたネビアは、掴んだ迅雷の腕をたぐり寄せて胸に抱き、そのまま迅雷の耳元まで口を近付けた。


 「これは、責任、取ってもらわないとなぁ、カシラ」


 小さな小さな、それでいて妙に潤った声が迅雷の鼓膜を撫でた。


 「―――ヒッ!?」


 ネビアの吐息が耳に当たり、生の柔らかな感触に腕が埋もれ、頭が真っ白になる。こいつぁ神代迅雷、今世紀最大のピンチかもしれん。「なんだこれは、明日死ぬのか?」と、初体験な緊張でガッチガチに固まった迅雷の耳たぶを、柔らかいなにかが挟んだ。


 「はむ」


 「あっぴゃー!?なにしてんですかネビアさんんん!?」


 これはもはや殺人だ。殺人的だ。心臓の音が聞こえる。もう今にも破裂してしまいそうなほど、大きく激しく脈打っている。

 

 いや、これは迅雷の心臓だけではない。


 腕からはネビアの心臓の鼓動が伝わってくる。それも、迅雷と同じかそれ以上の勢いの鼓動が。


 甘噛みする唇が耳たぶを離れて、迅雷は明滅するような視界と思考のまま、その場にへたり込んだ。

 もうどこの時点でどっちが悪かったのかは分からないが、とりあえず迅雷を骨抜きにした張本人であるネビアが勝手なことを言う。 


 「あー、ドキドキした、カシラ」


 「じゃあなんでこんなことしたの!?」


 「そんなの、決まってるじゃない、カシラ」


 迅雷をからかうように、ネビアは口元に手を当てて笑い、倉庫の扉を閉めてしまった。


          ○

 

 ネビアが倉庫の中に閉じこもってから5分ほどが経過した。

 見つけておいて今更放ってもおけないので、迅雷はなんだかいろいろ恥ずかしい気分なのに倉庫の前から離れることも出来ずにいた。ただとにかく、変な気を起こさないよう自制する今の彼に出来ることと言えば、遠くで聞こえるアナウンスをうまく聞き取れずに額に皺を寄せるか、雑草を毟るか、倉庫の中から聞こえてくるネビアの鼻唄を聴くかの3択だ。ただ、その鼻唄もなんだか校歌やそこらの類いのメロディーを奏でており、全く面白くない。


 「あー、やべぇ、脳みそ腐ってとろけそう」


 休日に家でボンヤリするあの退屈とは違って、今の退屈はとことん意味もなく退屈だ。

 大体、ネビアが全身に激痛を残して一人苦しんでいるのでは、などと心配していざ駆けつけてみれば、なんだ。まっさらすべすべの至って健康な全裸でお出迎えである。意味が分からない。


 「本当に心配する必要なかったんだな・・・。千影の言う通りかよ」


 千影は一体なにを根拠にこんな状況を言い当てていたのか、非常に気になるところだ。モンスターの出現を予知したりなんだり、実は千影には未来予知能力があるのだろうか・・・と考えて馬鹿馬鹿しいことだと迅雷は首を振った。この世界に魔法はあっても超能力はないのだ。


 と、迅雷が物思いに耽りながら知らず知らずのうちにウトウトしてきた頃だった。倉庫の中からずっと聴こえていたネビアの鼻唄が止んだ。

 むしろ音が減って目が覚めた迅雷は、まだ眠い目を軽く擦った。なんとも平坦なネビアのハミングでも、それはそれで意外と子守歌の役割を果たしていたらしい。


 『さぁ、迅雷、カシラ』

 

 「ん、どうした?」


 急に中から話しかけられ、迅雷は眉を上げた。


 『あなたが倉庫にブチ込んだのは、この金のネビアちゃんですか?それとも、この銀のネビアちゃんですか?カシラ』


 「・・・は?」


 なにを言い出すのかと思えば、なんだかよく知っていそうで、でも微妙に違うというか俗っぽいお話が始まった。

 というか金とか銀のネビアっていったいなんなのだ?カオスな光景しか思い浮かばないので、迅雷は小さく「うわぁ・・・」と声を漏らした。

 しかし、この場合はなんと応えれば良いのだろうか。やはり正直に答えるべきだろうか。もし嘘を言って全部没収となると、今度はネビアを引っ張り出すために迅雷は倉庫(天岩戸)の前でお祭り騒ぎでもさせられかねない。


 「えぇっと、いいえ、どちらも違います。俺がブチ込んだのは全裸のネビアちゃんです」


 『あなたは正直者ですね、カシラ。そんなあなたには褒美としてキレイなネビアちゃんをあげましょう、カシラ』


 倉庫の扉を開ける音がした。迅雷はスライドしてくる扉の角で頭を殴られないために、背もたれにしていた倉庫の壁から1歩離れ、そしてある嫌な予感に襲われた。


 「・・・キレイな?あ!?ちょっと待て待て!!」


 また裸で登場する気ではあるまいな、と懸念した迅雷が扉を押さえようとしたのだが、一瞬遅く、彼の手が間に合うより先に倉庫は再び開け放たれた。

 

 「あー!」


 反射的に両手で顔を覆い、迅雷はネビアに背を向けた。しかし、彼も立派な男子高校生である。男の性には逆らえず、ゆっくりゆっくりと後ろを振り返り、恐る恐る顔を覆う手指の隙間を広げていく。


 「・・・って、あれ?」


 「おや、なにを期待してたのかな?カシラ。キャー、エッチ、スケベ、ヘンターイ、カシラ」


 「んな!?こんの・・・く、ぐぅ・・・」


 そこに立っていたのは、キレイなジャージを着た、ネビアだった。見事に男心を弄ばれた迅雷は、辛うじてぐうの音だけを出してから、がっくりと項垂れた。完全敗北だった。


 「フフン、どう?キレイでしょ、カシラ」


 「そっすね、ジャージも白い歯もお肌もキレイでござんすね」


 と、ジャージがキレイになっていることに気付いて、迅雷は首を傾げた。本来なら真っピンクになっていなければおかしいはずだ。


 「あ!まさかネビアが1人でコソコソしてたり裸だったりしたのってジャージを洗濯してたからだったのか!?」


 「・・・?そうだけど?カシラ。そういやそうよ、迅雷こそなんで私のことを探しに来たの?カシラ」


 「そっ」


 「そ?」


 「それならそうと一言・・・・・・はぁ・・・。あのなぁ、俺だけじゃなくってみんなだぞ?ネビアがさっきあんだけ撃たれてたから、実は全身メチャクチャ痛いってのを隠そうとしてどっかに行ったんじゃないかって」


 「ん?あー・・・、そっかそっか、うん。それは悪いことしちゃったかな、カシラ。ひとこと言っときゃ良かったわね、カシラ。ゴメンね?カシラ」


 本当に申し訳なさそうに頭を掻いて、ネビアは苦笑した。見た感じでは、やはりどこか痛がっている様子もない。


 「まぁ、ネビアがなんともないならそれが一番だから良いけどさ。・・・で、本当になんともないんだよな?」


 「さらっと定番の口説き文句ねぇ、カシラ」


 「んな!?さっきからお前ってやつは・・・!」


 照れ臭そうにモジモジするネビアだったが、迅雷の反応を見るなり悪戯に成功したときの顔になる。相変わらず真摯さが足りない返答をされるので迅雷が青筋を浮かべると、さすがのネビアも両手も使って「どうどう」と言う。


 「冗談冗談、カシラ。えぇ、どこもなんともないわよ、カシラ」


 その場で軽やかに宙返りしてみせて、ネビアは心配の必要がないことを見せた。

 これはこれで元気すぎて恐いのだが、とにかくこれでひと安心であった。


 「それじゃ、戻ろう。みんなが待ってる」


 「うん」


 このときのネビアの笑顔は、いつになく自然だったような、迅雷にはそんな風に見えた。


          ●


 SNSのクラスグループに迅雷から「ネビア発見」との一報が入り、彼女の無事も一緒に知らされたので、先にネビアを探しに散っていた3組の他の生徒たちは第3アリーナの入り口前に集まっていた。

 もうじき真牙の試合も始まろうかというところだったので、ギリギリではあるが都合も良かった。これなら彼の応援にも全員が間に合える。


 「それにしてもとしくんすごいねー。みんなでワーって探しに行っても全然見つけられなかったのに、1人で見つけちゃったんだもん」


 「ね。迅雷クンの意外な才能発掘しちゃったんじゃないの?なんちって」


 慈音や向日葵が、心配事も一挙に解決したので普段通りのテンションで談笑している。一部を除いて迅雷が千影の助言を受けていたことは誰も知らないのだが、知っていたとして結局探し当てたのは迅雷自身なので、褒められるのが1人から2人に増えるくらいだろう。

 少しして、何人かが遠くを指差して声を出した。


 「あ!2人が戻ってきたぞ!」


 そちらの方角からは、迅雷とネビアが並んで歩いて来ていた。遠目ではあるが、確かにネビアの様子も特に変わった感じはない。


 ・・・ように見えたが、なにかがおかしい。いや、足を引きずったり肩を押さえたりと痛々しい方でおかしいわけではなく、より具体的に言えば、迅雷とネビアの距離感がおかしい。


 そんななにかがおかしい2人の帰還に、3組の生徒全員がフリーズしていた。


 「・・・えーっと、みなさん。ただいまネビアを連れて戻りました」


 「たっだいまー、カシラ」


 『・・・・・・』


 迅雷とネビアが無音の集団に話しかけたが、無論返事はない。ただの屍のつもりだろうか。

 今のこの状況で話しかけてもだんまりを決め込まれてしまうと、迅雷はいよいよこの場に居辛くなってくる。いつもならこういうときにははしゃぎ立てる千影ですら、信じられないこの光景を見て目を見開き、愕然とした表情のまま固まっていた。


 そんな中、彼に最初に助け船を出したのはやはり慈音だった。いろいろキチンと分かってくれている彼女に迅雷は心の中で深く感謝する。


 「としくん、これはどういうことなのかな・・・?」


 「・・・俺が知りたいね」


 ―――いや、やはり感謝はすまい。

 

 慈音の言葉に端を発して、ネビアに腕を組まれている迅雷に敵意の視線が集まった。この頃ことあるごとにこんな目に遭っているような気がして迅雷はほとほと泣けてきた。なにが悲しくて自分の意志と関係なくいろいろでっち上げられなくてはならないのだろうか。


 そんな迅雷の考えなど知らぬ顔で、慈音の次に前に出てきたのは千影だった。彼女はバッと勢いよくネビアを指差してまくし立てる。


 「ちょっと!なに少し見ない間にボクのとっしーを横取りしとんじゃ、この女狐がっ!」


 「いやぁ、心外だなぁ、カシラ。さっきなんか迅雷に裸を見られるわ乱暴されるわで、もうメチャクチャだったのよ?カシラ。そしてもう後戻りは出来ない関係に―――――」


 「や・め・てぇぇぇ!?これ以上余計なことを言うんじゃない!!」


 「むぐっ、んんー!」


 もう重要な部分は全部飛び出してしまったのに、それでも迅雷は必死にネビアの口を押さえて黙らせた。これ以上しゃべらせたらあることないことが入り乱れてしまう。


 「としくん、裸ってなに?」


 「なにしてたの、迅雷クン・・・?」


 「違う!いや、半分は違わないけど!でも違う!あれは不慮の事故なんだ!!」


 まさかこんな台詞を本当に言う時が来るなどとは思ってもみなかった。人生の中で二度や三度もなさそうな非常に貴重な体験に、迅雷は涙を浮かべた。完全に信頼を失った慈音や向日葵、そして友香ら他のクラスの女子の視線が迅雷の体をあらゆる方向から串刺しにする。

 短く悲鳴を上げて後ずさる迅雷は、すぐに数名の男子に腕を掴まれ、ネビアから引き剥がされて(どちらかというとやんわりネビアを引き剥がして)物陰へと消えていった。


 「あああああああァァァァァァァァァ!!」


 絶叫が聞こえてきて、さすがにやりすぎではないかと感じたらしい慈音がアワアワと口元に手を当てて、迅雷が引きずり込まれた方角を見ている。エフェクトでもなんでもなく砂埃が立っているので恐くて見に行けないが。


 「ネ、ネビアちゃん、大丈夫だったの!?迅雷君になにされたの!?裸とか、乱暴とか、えっと、その、とにかくいったいなにが!?」


 本気で心配して迅雷に対して怒っているのか、それともとにかく「なに」を想像してそうなっているのか、顔を真っ赤にした友香に両腕を捕まえられて、揺すられるネビアは軽く笑い飛ばした。

 ネビアも心配してくれるのは本当に嬉しく思うのだが、ムッツリちゃんには残念、別に期待していたようなことはなにも起きていない。

 

 「にゃっははははは!いや、試合で汚れたジャージを倉庫の中で洗ってるところで心配して駆けつけてくれた迅雷に見つかっちゃっただけなんだけどねー、カシラ。乱暴も照れちゃった迅雷が扉閉めようとしただけよ、カシラ」


 まだ迅雷の悲痛な叫びが聞こえてくるが、それをむしろ面白可笑しく聞きながらネビアはネタばらしをした。実際のところ迅雷は特になにも悪くないし、どちらかと言うと、彼もまたネビアを案じて駆け回ってくれていたくらいだし。


 ネビアは頭の後ろに手を回して、申し訳なく思っているのだかいないのだかも分からないような誤魔化し笑いをする。

 そんな彼女のカミングアウトの直後、さっきから続いていた絶叫がプッツリ止んだ。


 「やべー!気絶してるぞこいつ!?」


 「げっ」


 「いやでも当然の報いだろ」


 「そ、そうだな、死体撃ちだオラァ!」


 例の物陰から聞こえてくる不穏な男子たちのやり取りに、今の今まで嬉しそうに笑っていたネビアも少し顔を青くした。


 「にゃっはは・・・は・・・、ちょっとラッキーのお代が高かったかなー、カシラ・・・」

 

 「としくーん!?」


 「とっしー!?」


 その後は気絶した迅雷をなんとか起こそうとしてドタバタしていたところを巡回していた生徒指導の西郷大志が見つけ、迅雷が保健室に連れて行かれたり、男子の8割が説教されたりで大わらわ。結局真牙の試合に応援に行けたのはクラスの半分くらいだけで、もの淋しい声援の中真牙は勝利を収めたのだった。



          ●



 突如膝から下を全て氷漬けにされた少女が絶叫した。


 『こんな、こんなの!ありえない、イカサマよ!だってこんなに離れてるのに!なにもなしで魔法陣を作れるわけないじゃない!!そう、そうよ!イカサマに決まってる!入学式の日の焔先輩との試合だって、最後、おかしいって思ったもの!きっと初めから地面に仕掛けて―――』


 こんな負け方は嫌だ。今までの努力を、なにもかも、無かったことにされる。言葉は返ってこなかった。代わりに返ってきたのは、見下すような、情けないものを見るような、そんな目だった。

 瞬間、少女の中で閃いたのは、殺意だった。


 『もう・・・1歩だなんて言わないわ。磨り潰されて思い知れ!あんたに今まであしらわれて傷付いた人たちの痛みを思い知れェッ!』


 「思い知れ、か。・・・知ったことかっての、三下が」


 少女の口から飛び出す罵詈讒謗も、本気で放った『砂塵』も、彼女が憎んだ少女の生み出す巨大な氷塊にあっさりと防がれた。勝敗なんて初めから決まっていた。怒ろうが笑おうが殺すつもりであろうが、覆すことなど不可能なくらいに。


          ○


 「さぁ、フィニッシュです!」


 愛貴は同時に3本の紫電の矢を生成し、弓を水平に構えて解き放つ。矢は全て不思議なほど自然に男子生徒に直撃し、大きく吹き飛ばし―――。



          ●

 


 天田雪姫も紫宮愛貴も、普通なら試合を重ねるごとに苦戦を強いられるようになるはずのこのトーナメント戦で、前の試合よりも余裕を見せて勝利していた。


 彼女たちに続きたい。


『続いては第14試合、これで4回戦も最後の試合となりました!ここCブロックでは遂にこの試合で県大会出場選手8名が決定します!』


 大地の声が響くと、ある者は沸き立ち、ある者は息を飲み、またある者はニヤニヤと不敵に笑う。


 『さて、それでは選手の入場に参りましょう!まずはこちら!5色の魔法を適確に使い分けるテクニシャンなスポーツ少女、五味涼選手!』


 涼が入場すると、1年2組の生徒たちが中心となって彼女の名を呼ぶ応援コールが響いた。中心となって、というのは、彼女の応援が彼女のクラスだけによるものではないということだ。なにせ涼の4回戦の対戦相手はあの『エグゾー』だ。人間の底力を信じる、特殊魔法科の生徒たちが彼女の応援席に結集していた。


 「わぁ・・・緊張するなぁ」


矢生が脱落した時点から流れが一本化してかなり大きくなっていた涼への期待は、さらに多くの流れを取り込んだ今が最高潮だ。まさに1年2組の、そしてライセンサーの威信をかけた戦いということになる。


しかし、満を持して涼の前に現れた『エグゾー』は、聞くに凄まじい轟音を撒き散らす、涼の予習を完全に置き去りにした姿となっていた。


元話 episode3 sect67 ”体育館裏は別世界”(2017/1/21)

   episode3 sect68 “予想的中”(2017/1/22)

   episode3 sect69 “信喜一転”(2017/1/24)

   episode3 sect70 “苦痛の果て”(2017/26)

   episode3 sect71 “克己”(2017/1/28)


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PROLOGUE 『あの日、あの時、あの場所で』

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