episode1 sect6 ”一振りの刀と二振りの剣”
「そうか、君らは新入生か。どうだ、学園生活は?少しは慣れたか?まぁまだ2日目だけどな、ははは」
煌熾がおおらかに笑って話を切り出した。見た目のいかつさとは裏腹に、いい人だと分かった。昨日の試合では負けはしたものの、あの怒濤の火炎攻撃はそこらの魔法士なんかとはレベルが違ったので、あの強さからしても、彼の朗らかに笑っている顔は迅雷たちからするとなんとなく意外な感じだった。もう少し荒ぶっている人を想像していた。
「まだそんなに慣れてはいないですけど、まぁ昨日もドタバタでまだ2日目って気もしないんですよね」
迅雷がそう返す。迅雷に至っては昨日は実際にモンスターと戦う羽目になったのでなおさらであった。
「あぁ、昨日のモンスターの大量発生か。・・・・・・あんなことは外で思いっきり暴れたってまず起きないはずなんだがなぁ」
煌熾も迅雷と同じことを思っていたようだ。もしもそんなに簡単に位相が歪むようなら、モンスター退治の反動でまた別のところでモンスターが出てきて自転車操業もいいところになってしまう。しかし昨日はそうはならなかったので、そういうわけではないのかもしれない。真牙と慈音も頷いて、
「そういやアイツら最近出る頻度高くなったッスよね」
「確かにねー。半年くらい前からかなー。お墨付きのひとたちいっつも大変そうにしてたもんね」
「でもモンスターが現れる頻度が上がったらいろんな人の戦いが見られるチャンスが増えるから・・・・・・」
なんか物騒な願望をぼそりとこぼすバトルマニア(視聴者)がいたが、さっきついつい返事をしてしまい可哀想キャラを辞めた向日葵がチョップで制裁した。
そのあとも迅雷たちは煌熾の傲らない武勇伝を聞いてから、食堂を出て学年集会に向かった。
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「はいじゃあ今から専攻科目選択の説明プリントを渡します」
午後の時間が始まった。本日のメインイベントである、専攻科目選択である。マンティオ学園が世界に誇る魔法教育だが、中でも特にこの各自の適性を生かすこの選択科目が根底にあるのはまず間違いない。ここで選ぶコースというのは、魔法実技の授業コースである。
「はい、渡りましたね?じゃあ説明を始めます。まず選べるコースですが、プリントにある通りです。武器などを持たず普通に魔法を扱う通常魔法コース、そして、剣技魔法コース、槍術魔法コース、槌術魔法コース、弓術魔法コース、銃魔法コースです。中学である程度まではやった人が大部分だと思いますが、自分の一番得意な、または身に付けたいと思うコースを自由に選んでください。教員は十分にいるので、定員もそこまで気にしなくて大丈夫です。ここに在るもの以外のものを学びたいという人はこのあとここに集まってください。ひとりひとりの要望を聞いて編成します。次に各コースの内容についてですが・・・」
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まぁ、15分くらいは経ったのだろうか、妥当な説明時間だった。
「・・・説明は以上です。質問は?・・・ありませんね。それでは各自選んだコースのオリエンテーションに移動してください」
数百人の生徒がガヤガヤと各々の場所へと移動していく。
「よーし、じゃあ迅雷、向日葵ちゃん、行こーぜ」
真牙がさっそく剣技魔法コースの会場である校庭に、同じコースを取る2人を誘って出発する。
「あいよ。じゃあしーちゃん、沢野さん、またあとで」
通常魔法コースを取る慈音と友香と分かれて校庭に出る。剣技魔法が校庭でやるのは、その中のジャンルが多く、人気も高いために人が多くなるので広い外にしてあるからとのことだ。実際校庭を見渡してみると、
「ひゃー、すごい人数だねー!見てよ、短剣コースだけであんなにいるわよ」
向日葵が感嘆の声を漏らす。
「ホントだな。正直俺こんなにとは思ってなかったわ。どんだけ人気なんだよ」
「そりゃお前、魔法剣士とか超クールじゃんかよ」
真牙が模範解答を答える。魔法がなかったらいわばただの中二病な魔法剣士も、実現できるならそれは間違いなくかっこいい。迅雷が剣を取ったのも、元々は父親へのあこがれと同時に、魔法剣士にかっこよさを見出したことも一つの理由である。
「じゃ、あたしあっち行ってくるから2人ともまたあとでねー!」
「「おう、またあとでなー」」
向日葵が短剣コースの方に迅雷たちに手を振りながら走っていく。その後ろ姿を見送ってから真牙が先を促す。
「さてと、そろそろオレらも行こーぜ」
そう言って2人して片手剣・刀コースの集まりに入ると、なんだか一部の人が迅雷と真牙を見てザワザワしている。
「「・・・・・・?」」
妙な視線に2人は顔を見合わせて首を傾げる。そこに男子生徒が一人近づいてきて、話しかけてきた。
「あ、あのさ、もしかして君らって一中の阿本君と神代君?」
「ん?そうだけど?」
迅雷がよく分からないといった風に返すと、その男子生徒が急に凄いものを見ているかのような顔になって、嬉しそうな声を出した。
「うわっ!本物だ!入学したって聞いてたけど・・・・・・マジか、すげぇ!」
それに従ってざわめきもいっそう大きくなった。事を察した真牙がその男子生徒に少しニヤニヤしながら質問する。
「なぁ、もしかしてオレって有名人?」
「もちろんだよ!剣道やってた連中なら君らを知らないヤツなんていないって!阿本流の《神童》阿本真牙に、我流二刀流の神代迅雷。これはすごいのが見れそうだなぁ!」
中学生でも全国トップレベルとなると知っている人は知っていてくれるものらしい。迅雷はなんとなくむずがゆくてはにかんでしまう。真牙も同じ感じだ。
少し遅れて担当の先生がやってきた。
「おーし、遅れてすまんな。ま、アイスブレークは済んだろ?俺が主に片手剣・刀系の剣技魔法の授業を担当する桐﨑剣だ。どうだ、名前からしてぴったりだろう?ま、概要はさっき集会で言った通りだから。さて、じゃあとりあえずアンケート。魔剣持ったことないヤツ手を挙げろー」
半分くらいの人が手を挙げていた。魔剣とたいそうな名前ではあるが、要は魔力を通しやすい素材を組み込んだ剣だ。まぁ市販されているがマジックウェポン自体が若干高価なので高校で初めて触るのも珍しくはない。
「ふむ。まぁこんなもんだろうな。まぁ見たことはあると思うが・・・」
桐﨑は言いながらおもむろに召喚魔法で、恐らく私有物の魔剣を取り出して説明を続ける。
「これが魔剣だな。魔力を込めなくても普通の剣として十分使えるが、こう、魔力を通すとだな・・・。フンッ!」
みんなが桐﨑の剣を見つめる。彼が魔力を込め始めると刀身が淡く輝き始めた。『エレメント・エンファサイズ』という基本の剣技魔法である。それを一振りすると、ブワッと豪快な音を立てて切っ先が空を斬り裂き、土が巻き上げられる。さっき魔剣を持ったことがないと手を挙げていた生徒たちは、おー、とわくわくしたような声を上げる。
「とまぁこんな感じなんだが、んー、そうだなぁ。実演でもしようか。俺と試合したいヤツいるか?いたら手を挙げろ-。手加減はするから初心者でもいいぞー」
「ハイッ!オレ、オレやりますッ!」
真牙が0.2秒で返事をした。
「んーと、名前は?」
「阿本真牙ッス!ヨロシクお願いしますッス!」
前に出ながら真牙が馴れ馴れしいくらいの自己紹介をする。すると名前を聞いた桐﨑の顔色が露骨に変わる。彼とて多少なりとも剣道の情報は持っているもので、この場合それがなかなかに危うい状況に立たされてしまった事を教えてくれていた。
「あ、阿本・・・。お前とはちょっと・・・、主に俺の面子が・・・いやでも断るのもそれはそれで・・・。あー!分かったよ、バッチこーい!」
「お、OKってことッスよね?」
授業開始から10分もしないうちからヤケクソ気味な教師に真牙も動揺する。周りの生徒もまたザワザワし始めた。真牙のことについて知らない人は知っている人から話を聞いているらしい。
「・・・おい真牙、あんま調子乗ったことすんなよな?」
そわそわしながら練習用の刀を呼び出す真牙に迅雷は釘を刺す。
「ハイハイ分かってますよーって。それよりなんだ?迅雷も目立ちたいのか?だがやめておけ、お前はオレには勝てないのだッ!ふはっははははー」
なにを考えているのか分からないので一回気絶させたい。
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「んじゃお願いしますッス」
「おう・・・。あ、そうだ」
そう言って桐﨑は近くにいた生徒に開始の合図を任せる。
そして、合図として高く挙げられた手が振り下ろされる。同時、真牙と桐﨑が動いた。
「「うおおおおおぉぉ!」」
金属のぶつかる音が響く。
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決着は早かった。ものの30秒で真牙が桐﨑の剣を弾き飛ばしてしまった。魔法ありだったならば勝敗は分からなかったかもしれないものを、オリエンテーションだからと剣に魔力を込めることしかしなかったばっかりに。恐らくだが真牙に純粋な技術だけの一刀流で勝てる者は、広い目で見てもそういないだろう。30秒も持ったとすればむしろなかなかの腕前だ。
「ま、参った!あー!やっぱ断っときゃ良かった!」
「おっしゃー、次!オレとやりたいヤツいるかぁ!」
久々に人と剣を交えた真牙が気分が良くなってきたのか意味の分からないことを言い始めた。仕方ないので保護者(仮)の迅雷は止めることにした。
「調子乗るなッつったばかりだろうが!しばくぞ!」
「おぶふぅっ!?も、もうしばかれてる・・・」
本当に気絶させておけば良かったのかもしれない。
迅雷と真牙が取っ組み合っていると、はじめに彼らに話しかけてきた男子生徒が声をかけてきた。
「ねぇ、もし良かったらなんだけど、2人の試合を見てみたいんだけど。お願いできる?」
恐らくさっきの真牙の「次は誰がかかってくるんだ」発言を真に受けてこんなことを言ってきたのだろう。しかし肝心の迅雷と真牙は、
「「え?それはちょっとなぁ・・・・・・」」
「え!?」
2人して心底嫌そうに顔をしかめたので男子生徒は想定外の反応に困惑している。2人とも、試合自体はやぶさかでもなかったのだが、実力的に互角なのでもしかしたら負けるかもしれない。こんなしょうもない機会に人前でこいつに負けるのだけは御免だ、と思った結果この反応をしたのだが、要は今は試合をしたくないのと変わらない。どうせやるならもっと大きな舞台でやりたいのだ。
群衆からはガッカリ感満載の溜息が聞こえる。一体なにをどれだけ自分たちに期待していたのだろうか。しかし迅雷は、
「溜息したってムダだからな!知ってるか、溜息には深呼吸と同じ効果があるらしいぞ。だから好きなだけ溜息をつくといい!」
必死にまくし立てる迅雷。ただ、その台詞はなんだかかませ犬系の悪役がよくやるような口調でなんか恥ずかしい。
と、観衆の中から押し出されるようにしてクリーム色のショートボブの、背の低い気の弱そうなかわいらしい少女が前に出てきた。後ろの背の高い黒髪セミロングの女子生徒に「いけいけ」と小声で突っつかれてもじもじしながら、その小動物少女は迅雷たちに話しかける。
「あぅ。え、えーと、ふ、ふふ2人の試合が見てみたい・・・です・・・。見たいかなー?・・・・・・なんて・・・」
話すのが苦手なのかやや挙動不審気味ながらも上目遣いに真っ直ぐ目を見てお願いをする小動物少女を見た迅雷と真牙はきょとんとした顔で見つめ返す。視線が合う時間が数秒続いて小動物少女の視線が泳ぎ始め、次第にぐるぐる渦巻き始めた。謎の沈黙に耐えかねた小動物少女は薄い胸の前に両手をキュッと寄せてしきりに指を動かし、あたふたしながら声を出す。
「あ、あは、嫌ですよねー、やっぱり・・・!?」
「「いえ、やります」」
「ひぃっ!?」
即答だった。実にチョロい。
突如としてやる気になってズイッと寄ってきた2人に逆に小動物少女が怯んでしまったので真牙が慌てて取り繕っている。
●
「なぁ真牙、俺たちが手合わせすんのっていつ振りだっけ?」
「んと、秋頃に運動不足解消で打ち合ったとき以来かね。む、まさか迅の字、負けるのが怖いのか?あのときもオレの勝ちだったもんなぁ」
実に半年近く開いているのか。あのときも、と言っているが勝率的には五分である。真牙の挑発にむっとしながらも迅雷は気を落ち着かせる。
「今日は負けねーし。見てろお前、今にぎゃふんと言わせてやんよ」
そう言って迅雷も『召喚』で剣を取り出す。昨日イカれてしまった剣とは違うやつだ。
元々迅雷は何本か安めの魔剣をストックしている。昨日も振ったのであまり心配はないが念のため剣を素振りしてから迅雷は構えをとる。と、集中に水を差して質問が飛んできた。
「あれ?二刀流じゃないの?」
ぎくりと迅雷の肩が揺れる。真牙の方を見ると彼は肩をすくめてにやつく。
「じ、実は二刀流は魔力が足りなくてな・・・?」
言い訳ではなく正直なところなのだが誰も信用してくれていない感じだ。それはそうだ。剣道をやっていた人たちからすれば二刀流は迅雷の代名詞のようなものであり、そんな彼らから話を聞かされた人もそう感じるほかないのだから。今更二刀流は出来ませんなんて言ったところで誰が信じてくれるのだろうか。
しかし諦めない迅雷がさらに色々事情説明しようと試みていると、先ほどの小動物少女がまたぐいぐい押されて迅雷の目の前に来た。
「み、見てみたいです・・・なんて?」
後ろで親指を立てたり、口笛を吹いて彼女を賞賛する連中が見える。上目遣いで頼まれても、これは・・・でもさすがに・・・魔力使用ありで二刀流はさすがにもたないし・・・だってさぁ。
「やります」
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「なぁ、迅雷、ホントにいけんのか?『マジックブースト』と『エレメンタル・エンファサイズ』はありだぞ?オレとしてはこっちの方がやりがいあるけどさ」
持ち合わせが足りないので学校の備品の剣を受け取る迅雷に、真牙がまだにやにやしながら尋ねてくる。ただ、もとより迅雷が今更引き下がることをしないのを知っている真牙としては、この場合のにやにやは恐らく二刀流の迅雷とやり合えることに対する武者震い的なニュアンスもある。
「あ、でも迅雷二刀流したら5分も保たないんじゃなかったっけ」
「ウッ・・・。お、お前なんか5分もあれば十分・・・じゃないや。とにかく頑張ります。あれだよ、ここでやらなきゃ漢じゃない」
しかしながら、勢いでやるなんて言ってしまったが実のところ魔法ありでガチ二刀流なんかやったら小学生並みの魔力しかない迅雷は5分以内にぶっ倒れるのがオチである。しかし真牙の予想通り、退くにも退けず、迅雷はチラチラとさっきの少女を見るが、おどおどしていたあの小動物も今は興味津々な様子で試合開始を待っている。やはりもうやるしかないらしい・・・。
「迅雷のかこつけも大概だな。オレに人のこと言えないんじゃねーの?・・・ま、じゃあやるか。センセー、審判を願いしまーす。あ、みんなもうちょい下がってて?」
今度こそ構えに入る迅雷と真牙。先ほどまでのグダグダは消え去り、緊張感が周囲へ伝播する。風が地面を撫でる音すら聞こえるほどの静けさが今の2人にはむしろ心地よかった。桐﨑が手を振り上げ、それに合わせて腰を落とす。
「はじめっ!」
迅雷は一歩目で横合いに跳び、足を着く勢いをバネにしてサイドから斬りかかる。直進した真牙は迅雷の予想外の動きに驚いた様子を見せたが、しっかりと反応して迅雷の初撃を弾く。
だが、迅雷は弾かれたまま半回転してもう一方の剣で逆袈裟斬りを仕掛ける。弾かれた勢いも吸って猛烈な回転力がかかっている。
刀で受ければそのまま弾き飛ばされると判断した真牙は、バク転の要領で後ろに回避して距離を取る。迅雷は下になった方の手に持った剣を地面に突き立て、その反動で横に跳ぶ。瞬間、真牙の渾身の一突きが迅雷のいた空間を貫いた。
普通であればこんなにも大袈裟な動きを入れれば、躱されたときの隙は致命的なものだ。当然、迅雷はなんの躊躇いもなく剣を横に薙いだ。
だが、真牙に隙はなく、開いた脇を強引に閉め直し、横合いからの水平斬りを受け止める。鍔迫り合いに入った。
互いに同じ戦法は通じないし、手の内も大方ばれている。ましてや少しでも怪我をさせないだろうかなどと遠慮をすれば即勝負が付くだろう。相手が弾くなり躱すなりするのを信じて2人は全力で剣を振るっている。
甲高い金属音を立てて再び迅雷と真牙は距離を取る。振り出しに戻った。今度は正面から衝突する。
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小動物少女こと西野真白は2人の試合を見て思わず感嘆の声を漏らしていた。
「す、すごい・・・!動きが予測できないです。特に神代くんの方は。」
すると、さっき真白をぐいぐい押していた方の背が高い少女、井澤楓が意見を返す。
「それをいなしてる阿本君もすごいと思うんだけど。ちょっと尊敬するかも」
「じゃあ今度から二人に教えてもらいましょうよ」
「え?でも真白、ちゃんと話せるの?」
いつも楓にくっついてきた真白だったが、そのせいか若干対人恐怖症気味なところがあって楓以外の人と30秒以上は会話できない。逆に言うと30秒以内ならそこそこ普通に会話できるが。
「そのときは楓ちゃんにお願いしますです」
と、そのとき誰かが異変に気がついた。「なんか変だぞ」と言う声が聞こえる。直後、迅雷が斬りかかったかと思ったらそのまま前につんのめって豪快にズザーっとスライディング転倒して、真白の足下まで滑り来てようやく止まった。真白が驚いて声を上げる。地味に迅雷のその格好は端から見れば変態のするそれみたいなものだったのだが、状況が状況で誰も、本人すら真白の股下まで滑り込んだことにリアクションを示さない。
「きゃっ!?だ、大丈夫・・・ですか?」
「も、もう無理っす、電池切れっす。あの、謝るんで今の試合なかったことにしてください」
地面に俯せのまま迅雷は終了のお知らせをする。周りの沈黙が痛い。もう帰りたい。
真牙が刀を鞘に収めてこちらにやってくる。
「だーから言わんこっちゃない。3分しか保たなかったぞ今。楽しかったけども。ま、迅雷のくせに見栄張るからだな!ふはははは!」
「こ、こいつ・・・・・・!」
ぶん殴りたいが魔力切れで思うように体が動かない。言ってみれば魔力は体力とかスタミナみたいなものなのだから枯渇すれば当然こうなる。そこに真白がしゃがみ込んで良心100%の止めを刺した。
「だ、大丈夫ですって、すごかった・・・ですよ?今こんなんですけど・・・かっこよかったですって」
曇りない笑顔でフォローされると、逆にいたたまれなくなるアレだ。耐えきれなくなった迅雷は悲痛な声を絞り出した。
「やめて・・・・・・泣いちゃうから・・・!」
●
「ふーん?あの二人けっこうやるねー」
この時間は説明会が終わってやることがなく、暇を持て余していた真波はなんとなく職員室の窓から校庭の方を眺めていた。校庭で、桐﨑の担当するグループで模擬試合のようなことをやっていたのを見つけ、その試合が自分のクラスの生徒だったので興味もあり観戦していた次第である。隣で一緒に試合を見ていた先生も少し感心したように頷いている。
「しかし志田先生、あの二刀流やってた子は魔力が少ないようですけど」
「確かにそうですねぇ。でも彼、あの神代疾風さんのところの息子さんだそうですし、期待できると思いますけど?」
昨日も迅雷はモンスターが現れた際に戦闘に参加していたと聞いていたので、真波には迅雷に対しては内心かなり期待している節がある。ただ、真牙に対しても同様の評価を下しているが、教師陣としてはこの2人のうちでは真牙の方が即戦力とみられている。
まぁ、迅雷の魔力の少なさを鑑みれば当然と言えるし、資料に目を通していない教師は迅雷があの”剣聖”とさえ言われるほどのランク7魔法士の息子と知らないということもある。
「しかし今年は去年にも増して優秀な新入生が多いようだねぇ」
後ろから声をかけてきたやせ気味な男は、抱えきれないほどの紙の山を必死にキープしている。
「あ、教頭先生、少し持ちましょうか?」
「あぁ、すまないね?それにしても特に優秀そうな生徒が志田先生のクラスにけっこう集まっちゃってるけど大丈夫かな?あぁいった子たちはいつも癖の強い子が多いからねぇ」
上半分ほどの荷物を取り、教頭のデスクに向かいながら真波は答える。
「いえ、むしろやりがいがあるってものですよ」
書類の山ができている教頭のデスクに新しい丘を作り、真波は大袈裟にガッツポーズをしてみせる。
「でも本当、去年は焔君が入学してきたときかなりの逸材かもしれないと言われてましたし、実際それだけのポテンシャルはあると思いましたけど今年は天田さんが特に規格外の実力でしたからね」
焔煌熾のように高校生の時点であれほどまでに戦える魔法士はいくらマンティオ学園といってもそうはいない。毎年1年生から年度終了までには10人ちょっとくらいのライセンサーが出るとはいっても、ではその全員が実戦で十分に活躍できるのか、と問われれば2,3人を除いて他はまだまだ難しいとしかいえない。
現生徒会長の豊園萌生や、焔煌熾などのように入学当初から頭角を現す者は少なく、毎年1人いるとさえ限らない。それが今年は天田雪姫をはじめとしてすでに実戦でも戦えそうな新入生が入試の時点で3人ほどピックアップされ、その予備軍に入る生徒も例年よりやや多めであった。来年度にもなれば今の2,3年生がそうだったときよりも多くのライセンサーが出ることが期待される。
教頭がデスクの椅子に腰を下ろして、一息ついてから真剣味を帯びた表情に切り替えて、声のトーンを落とす。
「・・・2,3年生はよく仕上がっている。そして1年生は天田雪姫に阿本真牙、聖護院矢生。他にも伸びしろの大きな生徒は多い。今回こそは計画もうまくいきそうだねぇ」
真波の雰囲気も教頭の変化に合わせて切り替わる。
「えぇ。今回こそはきっと成就するでしょう」
2人の会話に端を発して職員室全体に殺気立っているかのような、しかし「計画」の成功への期待が染み出したような緊張感と高揚感が充満する。
「さて、いよいよだ、時は近い。・・・・・・本当に、楽しみだねぇ?」
●
「・・・と、いうことで片手剣・刀コースの初回授業はここまでな。あと神代、お前今後授業で二刀流禁止な。誰も真似できないし、そもそも授業終了まで保たなかったら意味ないしな」
真牙との試合が終わってからまだ30分も残っていた授業時間をずっと木陰で体育座りをしていた迅雷は羞恥と魔力切れによる脱力感で目も当てられないような負のオーラを醸し出していた。あのあとは真牙の周りに人だかりができていたが、迅雷には気を遣っているのか引いているのか分からなかったが誰も寄ってこなかった。迅雷としてはまだ前者であることを望んでいるのだが。
授業も解散されて真牙が近寄ってきた。先ほどの小動物少女と背の高い女子生徒が彼についてやってくる。
「よう。元気か迅雷?」
「そう見えんのか?」
「見えないな」
迅雷は言われていっそう雨雲のようなずっしり真っ黒なオーラを強め始めた。怒りのオプション付きなので半ば瞳孔が開きかけている。いろいろな悪感情が渦巻くその中心になっている迅雷に話しかけられずにもじもじしている小動物に代わって背の高い方が声をかけてきた。
「そんな落ち込まないでって。あのさ、今度からペア練習のときに私たちと一緒にやって欲しいな、って思ったんだけど、いいよね?」
からかうでもなく慰めるでもなく話しかけられたことに荒んでいた迅雷は少し気持ちが落ち着いた。しかし唐突なお願いだったので聞き返す。そんなお願いならむしろこちらからお願いしたっていいと思った。
「え?俺でいいの?こんな俺でいいならぜひやらせてもらうけど」
「ありがとう!あ、私は井澤楓、名前で呼んでくれていいよ。ほら、真白も」
「わ、私は・・・西野真白・・・って言いますです。よろしく・・・お願いしますです」
迅雷はよろしくと返す。ただ、それ以上の会話がされることもなく、2人の女子生徒は校舎に戻っていった。予想外のお願いに迅雷は少し嬉しく感じていたが、どちらかというとまだ心の傷は癒えていないのでメンタル的にはマイナスに傾いている。真牙と一緒に2人を見送って、それから木にもたれかかる。
真牙が肩を貸そうか、と言ってきたが迅雷はまだ少し休んでいたかったのでそれを断った。それに真牙に肩を貸されるのは、ただの強がりではあるが、迅雷にとっては悔しいことだった。特にこんなことで世話になるのは。
中途半端に頑固なライバル心に任せて木陰に留まっていると向こうから誰かが寄ってくるのが見えた。人影が近づいてきてきょとんとした顔で尋ねてきた。
「あれー?神代クンどったの?熱中症?」
寄ってきたのは向日葵だった。どうやら短剣コースの方もオリエンテーションが終わったらしい。向日葵は少し動いたのか軽く汗をかいたようでタオルを首に掛けている。いかにもスポーティーな感じだ。
まさにバッドタイミング。弱ったところを見られた。寄ってくる時点で知り合いなのは間違いなかったので誰だったにしろ迅雷的にはバッドタイミングだったのだが、会って間もない女子にいきなり醜態をさらすのはなおさらキツいものがある。迅雷は思わず「げ」と声を漏らす。顔を逸らした迅雷に代わって真牙が(勝手に)向日葵の質問に答える。
「あー違う違う。向日葵ちゃん、こいつ魔力切れでフラフラしてやんの。笑ってあげて?」
「え、マジですか?プッ・・・・・・。あ!わ、笑ってないから!?・・・ぅく・・・ぷくく・・・」
せめて堂々と笑ってくれればいいものを、向日葵は無理に笑いを堪えようと必死になりながら迅雷の背中をさすり始めた。なんだか真牙よりたちが悪い気がする。
「無駄に優しくしないでくれぇ!」
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「・・・・・・ただいま・・・・・・」
「んあ?あ、おかえりとっしー・・・ってとっしー!?どうしたのそんなに干からびて!?」
千影は昼寝をしていたのだが、迅雷の帰ってきた音で目を覚ました。リビングからひょっこりと首だけ伸ばして玄関を見ると迅雷がなんとも言いがたい負のオーラを纏って突っ立っている。
学校から帰ってきた迅雷は折れた心をさらに踏んだり蹴ったりにされたせいで魂の抜けたような感じになっていた。あのあともさんざんからかわれたり気を遣われたりして本当に苦しかった。
「穴があったら入りたい。ていうか無くても作って入りたい」
「今日一日でいったいなにが!?と、とりあえず元気出して?ほら、穴ならボクのを貸してあげるから、ねっ?前と後ろ、どっちがいい?」
「ぶふっ!!」
千影に感謝を込めて渾身のチョップをお見舞いする。下ネタを挟んでくるタイミングがおかしい。本当にこの少女はどんな環境でどう育てられたのだろうか?それから迅雷は荷物を部屋に戻して一階に戻り、和室で畳の上に大の字に寝転がった。
「・・・なんで千影まで隣で寝転がるんだよ」
迅雷に合わせるようにごろんと千影が隣に寝転がっている。
「さっきまでぼっちで退屈だったんだよ?いいじゃんこのくらい。とっしーとお昼寝ー♪」
それは確かに。でも目の前じゃなくてもいいのではないだろうか。近い。超近い。今日の睡眠不足を補うための昼寝なのにこれでは結局夜と同じではないか。
「あのなぁ・・・」
「・・・・・・スヤァ」
なんでそんなにすぐに眠れるのだろうか。某「もしも」の世界では昼寝世界チャンピオンにもなった小学生にも引けを取らないのではないだろうか。人の悩みも知らずに一人で勝手に無防備に、心地よさげに千影は寝息を立てている。こうして見ていれば起きているときは憎たらしい千影だが、なかなかどうして愛らしく見える。
諦めた迅雷は千影に引っ付かれたままとりあえず目を閉じた。今なら疲れているのだし、この状態でも寝られる気がした。窓から入ってくる午後の日差しは柔らかに包み込まれるようで気持ちが良かった。
元話 episode1 sect14 ”選択科目は俄然やる気が出る” (2016/5/23)
episode1 sect15 ”一振りの刀と二振りの剣” (2016/5/25)
episode1 sect16 ”ほっといてくれ” (2016/5/26)