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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode3『高総戦・前編 邂逅』
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episode3 sect24 ”シッタカブリ”

 当然ながら、界斗の試合は時間いっぱいに続いた。界斗の嫌がらせも試合数を重ねるごとに形を変え、数試合が過ぎてなお誰にも対策を練ることを許さない彼は、今のところ目立った不利を晒すこともなく相手をいたぶるだけ。恐らく彼の言葉も過信はあれど、真の成分は多いのだ。現に相手にパターンを学習させないだけの手の内と実力はある。


 迅雷は試合の直前に界斗と擦れ違い、互いに視線だけを交わした。

 ネビアから「さっき喧嘩売っといた」という話は聞いていたので、もう迅雷は口を出すつもりもなかった。ただ、フン、とだけ小さく鼻を鳴らす。


          ●


 『試合開始!』


 3回戦ともなると恒例になりつつある(?)実況席からの選手イジリの洗礼を受けつつ、迅雷はその一言と共に駆け出した。


 対戦相手は三つ叉の槍使いなのだが、なんと珍しく盾まで携えてガードは固そうである。トライデントもバックラーもちょっとイカツイデザインなので、どこか中世の騎士がグレたような装備だ。


 「ま、知ったこっちゃねぇけどな!」

 

 『雷神』に魔力を込め、魔法を乗せて『雷切(らいきり)』を発動させる。閃光と雷電を纏った剣を両手で握り、迅雷は走りながら体を回転させて遠心力を生む。

 

 それを見た槍使いの男子生徒は、ここぞとばかりに自慢の盾を構えた。ここで斬撃を弾いて槍を突き出せば、いくら反応の早い迅雷でも槍の先端を掠らせることは可能だと踏んだ。


 しかし、槍使いの彼も相手が―――――いや、正確には相手の得物が悪かった。


 もう少し高級なものを購入しておけば良かったものを、学生がショップで買えるような盾なんかで世に二つとない業物の一振りである『雷神』の刃を受けきるなど、それこそ相当量の魔力で強化してやらない限り不可能だ。もっとも、それだけの魔力を通したら盾の耐久限界が先に来て結果は変わらないのだが。


 「おらァァッ!!」


 盾に触れた鋒に軽い感触。それと共に、刃が重厚な金属板に入り込んだ。


 次の瞬間には、今の今まで盾だったものの破片が宙を舞った。


 唖然として固まった相手に、迅雷は容赦なく畳み掛けた。


 袈裟斬りからの突きは半分残った盾で受けられつつも力任せに弾き飛ばし、ジャンプからの斬り下ろし。


 先分かれしたトライデントの又で剣を搦め捕られ、攻撃を止められる。

 しかし、迅雷は即座に剣を右手から左手に持ち替えて、右手が空くと同時に掌に魔法陣を組んだ。


 「『スパーク』!」


 吹き荒れた電撃が相手選手の体を再度弾き、彼の体と一緒に吹っ飛んだ槍から左手の剣が解放される。

 両利きの迅雷は剣を持ち替える必要などないので、今度は左手に剣を握ったまま突撃。刀身に術式を乗せる。


 「これで決める!『一閃』!」


 剣を前に突き出し、紫電を帯びさせた状態で一直線に飛び出すだけ。


 その速度は、あらゆる反応を終えて標的の喉元に到達した。


 『は、速い!!試合終了!神代選手、遂に本領を発揮し始めたか!?わずか20秒の電撃戦闘でした!』


 左手でも鮮やかに剣技魔法を決めた迅雷に感心するような声が上がっている。両利きを披露すれば、まぁ、ざっとこんなものだ。別に隠していたわけではないが、迅雷が思っていた以上にウケが良いらしい。

 少し調子が良くなった迅雷は、真牙のパフォーマンスに負けまいとしてちょっと洒落た剣のしまい方をしてから、この前大地に中二病とからかわれたのを思い出して実況席をチラ見した。幸い、今回はそういうイジリはなくてホッとする。華麗な勝利を収めた今の彼をそう言ってからかうような観客もあまりいないことだろう。


 迅雷は最後に尻餅をついている元対戦相手には手を差し伸べて立ち上がらせ、握手をした。


          ○


 「やぁとっしー!調子でてきたんじゃないの?」


 迅雷を一番に出迎えたのはクラスメートの誰でもなく千影だった。

 思った以上に千影が好評価を出してくれたので、迅雷は少し照れ臭くなってはにかむ。

 

 「いや、まぁ、な?」


 などと言っても、先の勝利も『雷神』の斬れ味ありきなので、今まで使っていたような店売りの魔剣でやっていたらもう少し力を使っていたところだろう。全部が全部自分の実力ではないのだと、迅雷は自分に言い聞かせた。これ以上調子に乗っちゃいけない。


 「いやー!迅雷クンさっすがー!」


 「すごかったよさっきの連撃!」


 などと迅雷が自分を戒めていても、例のボキャ貧コンビが詰め寄ってきてまた照れさせられた。言われていることはなんだか聞いたような台詞だが気にしない。


 「そんな大したことじゃねーって、ほら、剣の性能のおかげっていうか!」


 「またまたー。謙遜しなさんなって迅雷クン!使いこなしたのは迅雷クンでしょ!」


 向日葵にビシバシと肩を叩かれて迅雷はほくそ笑んだ。使いこなすと言うにはまだ迅雷は『雷神』の能力の半分も使っていない。とっておきはまだまだこれからだ。

 他のクラスメートたちの顔を見ても、向日葵の意見と同じようである。なんだか本当にむず痒い気分になってしまうので、やめてくれと言って手を振る。


 「ささ、とっしーを胴上げだーい!」


 どうせ背が足りなくて胴上げに参加出来ない千影がなぜか先陣を切って、迅雷は薄暮の空に放り投げられた。


          ●


 午後8時半の、ちょっと手前頃。


「なんかすごく暑苦しい試合だったよ。物理的に」


 迅雷は、煌熾の試合見学から第3アリーナに戻ってきた慈音らと合流して、学内屈指の実力者とそのライバル(自称)の暑い試合の顛末を教えてもらっていた。上を目指すなら是非見ておくべき試合だったろうから本当は迅雷も煌熾の見に行きたかったのだが、自分の試合の後は夕食を食べてすぐに真牙のアップに付き合わされてしまい、観戦出来なかったのだ。

ちなみに「暑い」というのは「熱い」と間違えたわけではない。煌熾と対戦相手の熱血留学生がどちらも強力な炎魔法使いだったものだから冗談抜きで観客席までその熱が伝わってきたらしい。熱中症になりかけたらしい友香の迫真の回想を聞けば。迅雷にもそれがどれほどだったのかは想像出来た。試合の結果は、やはり煌熾の勝利だそうだ。

 

 「それで、千影さんや」


 「なんだい、とっしーさん?」


 「隣の席が空いているように見えますが」


 「ここはボクの特等席だぜ!」


 千影は相も変わらず、来たばかりの迅雷の膝の上に落ち着いていた。赤色魔力を持つおかげか煌熾の試合で浴びた熱などもう忘れたような様子で、迅雷に密着してくる。

 互いの意志を確認した直後、迅雷と千影が相撲を取り始めた。脇を抱えて引っ張り上げようとするとズボンを掴んで耐えられ、ならばと横っ腹を持って横に押し出してやろうとしても今度は腕を捕まえれて動かせず。


 「こんのガキ・・・!いい加減に―――」


 と、迅雷が目くじらを立てようとしたそのときだった。お手頃な空席を見つけた一般客のおばちゃんがスッと迅雷の隣に座った。


 「・・・・・・」


 3秒ほど固まって、改めて千影の顔を見る。

 ニヤニヤ。これが所謂したり顔というやつなのだろう。勝ち誇る表情が腹立たしい。


 迅雷が諦めて千影を膝に乗せたままボンヤリしていると、少ししてスピーカーから大地の声が流れ始めた。

 いよいよ真牙も第3回戦となるのだが、相手選手はまたも無名選手である。なんとなく思い始めたのが、このCブロックではあからさまにライセンスを持った生徒同士がぶつかるのが早くてもかなり後になるように試合表が組まれているのではないかということだ。いや、組む側としては当然その方が後で他校に対し有利になるのだからそれで然るべきなのだろうけれど。他のブロックも同じようなことになっているのだろう。

 熱い選手紹介が流れるのもどこかエネルギーの無駄遣いに思えてきて、迅雷は面倒臭そうに千影の頭に顎を乗せた。少し落ち着いて、疲れが感じられるところに来たのかもしれない。


 「なんかさー、さっきは勝ったテンションで応援も頑張る気満々だったけどさー、思えば真牙ならどうせ普通にこの試合勝つよなー。あー、だりぃ、帰りたい」


 「迅雷君テンション低いね、どうしたの?これから試合だってのに!」


 そういう友香はテンションが余っているようだ。熱中症気味だったのはどうしたのだろうか。彼女の隣では、それに気付いた向日葵がいつでも友香の鼻血に対応出来るようにティッシュを準備するのが見えた。甲斐甲斐しいことである。


 「あー、そうかなぁ。・・・まぁ、これは信頼ということで」


 本当はちょっと眠いだけなのだが、さすがにそれを言うと応援で盛り上がっているクラスメートたちにも失礼なので、迅雷は苦笑して誤魔化した。もうかれこれ半日以上学校にいるような日が3日や4日も続いていて、しかも試合にアップの手伝いにといろいろせわしなく動いていたので、ほどよく疲労感が眠気を誘うのも仕方はない。もっとも、それを言ったら今度は試合も本日2回目で迅雷のアップの手伝いもしてくれた真牙に失礼だ。親しき間にも礼儀あり、本人に聞こえないところで余計なことは言わないように、迅雷は口にチャックをした。

やっと真牙が入場してきて、迅雷は千影を膝から下ろし、立ち上がった。クラス全員で立って応援コールをすれば、真牙はこちらを向いて歯を見せて笑い、手を振り返す。隙のない余裕を見せる真牙を見て、迅雷は大きなあくびをした。


          ●


 真牙の試合の結果は、迅雷の予想通り、やはり彼の勝ちだった。相手もそれなりに奮戦し、一時は有利を取ってきたようにも見えたが、結局盤面は初めから真牙の思うがまま。有無を言わせない綺麗で汚い勝利である。


 「つーことでオレも4回戦確定でーす」


 恒例化してきた1勝ごとに大袈裟な胴上げも終えて、真牙が改めてVサインをした。


 「これで3組からは4回戦に4人確定でいいのかな、カシラ」


 「あ、もう雪姫ちゃんカウントしてるんだな」


 「そりゃあ、負けるとも思えないしね、カシラ」


 現在行われている試合が終われば次は4日目ラスト、雪姫の試合なので、真牙を迎えた後の3組はアリーナに戻って席を確保し直した。雪姫の勝利が確定しているなら応援に行くのも変な気がするのだが、クラスメートたちさえ雪姫の試合に関してはただの観戦客として集まっている色が強いので、細かいことを気にしてはいけない。


 ネビアのもっともな意見を生返事で流しながら、迅雷は彼女の隣に腰掛けた。なぜそうしたかというと、実はなんとなくではなかったりする。

 なぜか未だにネビアには必要以上に気を許そうとしない千影は、ネビアの隣には座りたがらずに迅雷を挟んでネビアの反対側の席に座った。


 「これで膝の自由は奪還だな」


 「むっ。最初っからそれが狙いだったのか・・・!」


 「なんか良いように使われたの、私?カシラ」


 ジト目をするネビアに迅雷が微かな謝意を込めて「メンゴメンゴ」とまったく誠意の感じられない謝罪をすると、ネビアは気疲れしたような溜息を吐いた。


 「はぁ―――、カシラ」

 

 「え、なにその意味もなく深い溜息。え、ひょっとして意味があったりするの?俺になにを期待してたの?」


 「いや、それはさすがに自意識過剰なんですケド、カシラ。別に『うわわわわ、迅雷が隣にぃ、どっどどど、どうしよー』とか思ってなんかいないんだからねっ、カシラ」


 「思わせぶりな表情で言わないでください」


 両者冗談ばかりのなんとも不毛な会話をしつつ、もののついでで迅雷は思っていたことをネビアに尋ねた。


 「それにしてもさぁ。さっき、雪姫ちゃんに蹴飛ばされてたの怒ってねぇの?さっきも普通に肩持ってたし」


 雪姫を迎えに行ってみたらなぜかネビアが彼女に蹴られる場面に出くわしたときは迅雷も驚き呆れたものだったが、当のネビアは依然として雪姫に対して友好的に見える。見た限りネビアに非はないようにしか思えなかったので、本当ならネビアはもう少し雪姫に対して腹を立てていても良いはずだ。迅雷らがいないところでなにか変なことを言ったのか、それともなにか思うところがあったのか。


 「おや、なぁに?カシラ。もしかして私の代わりに怒ってくれてんの?カシラ」


 「いや、そういうわけじゃない・・・けど。呆れたりはしたけど、俺が怒ったって意味ないだろ。ネビアが気にしてないなら俺も気にしないし。ただ少し気になっただけだって」


 「変なところでリアリストじみたこと言うわね、カシラ。まあでも、私も別に良いと思ってるんだ、カシラ。どっちかと言わずとも私が悪いんだし、カシラ」


 肩に掛かった青髪を指先で弄りながらネビアは困ったような顔をした。

 そう、元はといえばネビアが軽率だったのだ。良くなかったのは、決して雪姫ではない。


 読めない発言を受けて難しい顔をする迅雷を適当にからかってネビアが話を切ると、試合が始まるようだった。


 『はい、それではやって参りました、4日目最終戦。もう9時半なのにこの群衆!この勢い、この熱気、よろしい、今夜も夜更かしですね!素晴らしいことですね!』


 いっそ近所迷惑になって訴えられるのではないだろうか。時刻も知らずに騒ぎ立てる観衆を上から眺めながら、大地は本日最後の大仕事に対するモチベーションを滾らせていた。


 『1日を締めくくるにはこれ以上ないくらいの選手よね、彼女。後味スッキリで私も楽しみだわ。せめて解説の時間くらいは作って欲しいけど』


 真波も試合前の落ち着かない心境を吐露した。もっとも、前回雪姫の試合を解説できなかったのは真波が試合を見ていなかったからなので、仕事への責任も彼女にあるのだが。

 なんにせよ仕事への意気込みはバッチリの真波は、自分が出るわけでもない試合に緊張さえ感じているくらいである。


 あれだけ誰に対しても心を開かない雪姫の登場に、人はこんなに賑わっている。彼女も随分と人気者になったものだ。

 こんなところまで来てしまって、多分、もっと先へと行こうとしている。なんのために?折に触れて仄めかしては来たけれど、ネビアだって本当は雪姫のことなんてほとんど知らない。知っているのは、あの子の笑顔と泣き顔だけ。でも、それを考えながらフィールドを見下ろしているのは今この場所に自分だけなのだろうな―――とネビアは思った。誰もあの可哀想な子の腹の底に想像を馳せることはしないだろうし、本人もそれを求めることはしない。

 そんなネビアの思考を証明するように、大地の明るい実況は続く。


 『ではさっそく選手紹介といきましょう!まずはこの方、赤と紫の貴重な「二個持ち(デュアルスタイル)」、勝つべくして勝つ男、四川武仁(しかわたけひと)選手!ここでも勝つべくして勝つのか!?入場!』


 もはや大地の選手紹介も、もう一方の選手の登場に向けたお膳立てに過ぎないのだろう。ゲートが開いて出てくる長身の男子生徒は、いかなる才能と努力を持っていても行く末はただの生け贄である。


 2回戦も持ち前の炎属性、地属性の複合魔法で圧勝を飾った武仁だったが、出てきた彼の顔には一切の余裕も残っていない。しかしながら、試合を捨てている様子はないようなので、表情の奥には一応引き締まった覚悟も見え隠れしている。


 『そして、四川選手に対するは!お待ちかね、これまた貴重な氷魔法の使い手にして絶対強者、天田雪姫選手!!』


 透き通るような名前が呼ばれた途端に、天窓が呼気で曇りそうなほど蒸し暑い大歓声が響いた。

 もう3回目の登場ともなれば、容姿、実力、性格ともども一般客にも鮮烈に浸透し、雪姫の登場は非常に多くの人々が待ち望むものとなっていた。あれだけの強さがありながら格下の相手に一切の容赦なく力を振るい、いっそ鮮やかで華麗なほど冷酷に抗うことを許さない雪姫の戦いぶりには多くの人々が新鮮な感銘を受けていたのだ。


 しかし、ゲートが開いて出てきた雪姫の様子は、なんだかしんなりとしていて、若干だがいつもの凍てつく鋭さが弱まっているように見えた。


 『・・・おや、天田選手、どうしたんでしょうか?少し気怠げに見えますね・・・?』


          ○


 ショボつく目を指で擦って、小さなあくびを堪えきれずに1つする。


 「あー・・・ねむ・・・」


 雪姫は今、とんでもなく眠かった。なぜかというと、こんな感じだ。


 夕方には一度、雪姫は途中買い物もしつつ帰宅しており、風呂なり夕食なりも済ませてきた上で再度学校に来ていた。これだけでも十分眠たい理由なのだが、それに加えてなにより、妹の夏姫を寝かせてきたのが一番の眠気の理由だった。


 大地が余計なことを言っているので、雪姫は面倒臭そうに長々と溜息を吐いてから、いつも通りに目つきを鋭く尖らせて睨み返してやった。


 「気怠いのはそうだけど、それがなに。あんなやつ、寝てたって勝てるし」


 小さく呟いたつもりだったのだが、意外に耳が良かったのか、正面に立つ武仁には聞こえていたらしい。彼が少しムッとして眉をひそめるのが見えた。

 まぁ、だからなんだというものだが。別に本当のことをぼやいただけで罪悪感は感じないから、雪姫はしらを切るように目を閉じてスルーした。寝ていても、というのはさすがに言いすぎたかもしれないが、寝転んで目を閉じながらでも、なら十分、なんということもなく勝てるのだから。


 『睨まれてしまいましたね・・・。どうやら余計なお世話だったそうです。では、両者、アーユーレディー?―――――、試合開始!』


 いつも通り、雪姫は『アイス』を高速で構築、発動して氷の弾丸を撃ち出した。


 しかし。


 「おォあ!!」


 詠唱するための時間の余裕すらないので、武人は気合いで不慣れな『詠唱破棄(トラッシング・スペル)』を成功させて、火炎をまとった拳大の石礫を放った。

 そして、その豪と燃え盛る石礫は雪姫の放った氷の弾丸と正面から衝突し、共に粉々に砕け散る。


 『おおォ!遂に天田選手の攻撃を相殺したァ!さすがは四川選手の複色属性魔法、レベルが1つ違う!』


 たかが一度だけ防御に成功しただけだというのに、まるで武仁が自分と互角に張り合っているかのように騒ぎ立てる実況者に、雪姫は不愉快そうに口の端を歪めた。どうせこれも今まで一瞬で終わってしまっていた雪姫の試合を少しでも盛り上げるための演出として、大地がわざわざ大勢いる観客にけしかけているだけなのは想像がつくが、そんなのは所詮他人の都合だ。


 「初撃防いだくらいでこれか。先が思いやられるわね」


 そもそも、武仁までもが勝ち誇るような顔をしているのだ。たったこれだけのことで。滑稽も滑稽で、笑おうにも笑えない。

 これでまさか、あれだろうか。「何度も見て対応出来るように特訓したんだ」などと、嬉しげに言い出すのだろうか。もしそうだとしたら、一度学園を退学して入り直してでも来れば良いのだ。

 だが、考えすぎかと思って舌打ちをした雪姫に向かって武仁から言葉が投げかけられた。

 それは奇しくも、雪姫の態度が初撃を防がれたことへの困惑や苛立ちと取ってしまい、せっかく引き締めた緊張の糸が緩まった彼の、愚か極まりない言葉だった。


 「何度も映像を見てスピードを合わせる練習をした甲斐があったな!一撃目、防いでみせたぜ!」


 瞬間、雪姫の中でこの試合への一切のやる気が失せた。急激に熱が冷めるのを感じながら、雪姫はむしろまだ冷めるだけのテンションが自分の中にあったことに驚いていた。


 「・・・もういいよ、アンタ。もう終わりで良いでしょ?んなに満足そうな面してんだし」


 雪姫はそれだけ言って武仁に背を向けた。


 碌に出来もしない技術を中途半端に成功させて、辛うじて身を守れたことにいちいち喜んでいられるようなカスに用なんてない。


 『お、おや?あ、天田選手!?なにしてるんですか、試合放棄ですか!?』


 いい加減に鬱陶しい大地の叫び声に舌打ちをし、雪姫はまた実況席の彼を睨み付けた。


 試合放棄?まさか。むしろ勝負を捨てているのは四川武仁の方ではないか。


 背後で「試合放棄」という言葉に安堵のような表情を浮かべている間抜け。


 「―――最後に良いもん見せてあげようか」


 ちらとだけ武仁を振り返り、雪姫は面倒臭そうに言葉を投げた。


 軽い挨拶でもするかのように雪姫が手を動かすと、直後に彼女の背後に薄青色に光り輝く小さな魔法陣が同時に20個は現れた。

 武仁は、なにが起きたのか頭が追いつかずに気の抜けた声を出した。


 「―――――は?」


 自身の力量では理解出来ない次元。歴然たる力の差に対する一種の自己防衛の退行だった。


 刹那、凍てつく暴力がたった1人の少年の体を徹底的に叩き潰した。

 それは、彼女の本気の1割にしか過ぎず。


          ●


 「まぁ、こうなるのは見えてましたよね。四川武仁、あえなく敗北ですよ」


 どこにでもいそうな微妙に萎えたスーツの会社員風の男が、携帯電話片手にたった今終了した試合の結果を、電話の向こうの人物に報告した。

 勝ってくれればかなり手間が省けたのだが、相手はあの天田雪姫だ。最初から不可能だということは分かっていた。そもそも急にあのようなムリクリ推し進めるような研究自体、どだい無茶なのだ。

 頭の良い連中が考えたのだから整然とした順序というものはあったのだろうけれど、きっとそれはこうして初めから無理を押し通していくものだったのだろう。かと言って男がブーブーと文句を垂れることに意味はない。


 「まぁ、貴重な『二個持ち』ですからね。どうにかしてくださいよ、えぇ。面倒をおかけしてすみません。でも一応、謳い文句は『人類の未来のため』ですからね。・・・まぁ、こんなの間に合うかどうか知りませんけど、お偉いさんに言われちゃどうにもなりませんし」


 良い返事はもらえたので、スーツの男は電話を切った。なんにせよ、男だってわけの分からないうちにわけの分からないことが起きて、気が付いたら死んでいた・・・なんてことにはなりたくないので、人間陣営の戦力が確実に増強される研究とやらには期待して、全力でサポートはして然るべきだと思っている。

 ・・・と言っても所詮、男だって下っ端だ。大したことは知らないし、大した資料も読ませてもらったことはない。というか資料室にまともに入れたことすらない。いろいろ上から偉そうに電話の向こうの相手に要求を飛ばしていたが、むしろあっちにいる彼の方こそこの世界の裏の裏の、そのまた裏まで、よく知っていることだろう。


 なんにせよ、今日のマンティオ学園の学内戦も終わった。なんだかんだで初日から入り浸って楽しませてもらっている身なので、男は今日もアリーナに一礼してから帰路に就く。もちろん家はこの辺りにあるわけではないので、普段なら絶対泊まらないようなホテルに帰るのだ。多少サービスが良すぎて快適さに疲れているのは否めないので、今となってはいつもの安いビジネスホテルが恋しい。

 明日で学内戦も終わると思えば寂しいもので、生徒でもないのにまるで卒業式前日のような気分で男は校門を出た。明日で学生同士の純粋で熱い勝負を見られる日々も、周りの席に女子高生がいっぱいいる日々も終わってしまう。溜息が止まらない。


「全ては『人類の未来のため』・・・ねぇ」


元話 episode3 sect61 “本領発揮”(2017/1/10)

   episode3 sect62 “ファイヤー×ファイヤー”(2017/1/12)

   episode3 sect63 “孤独を見下ろす”(2017/1/14)

   episode3 sect64 “学内戦4日目終了”(2017/1/15)


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