episode3 sect23 ” Stay Away ”
大地の合図と同時に、ネビアは高速で魔法陣を組み上げた。
「目からビーム!カシラ!」
「やっぱりやるんだ!?」
直前のネビアとのやりとりで、なんだかんだ恒例になっていた彼女の先制攻撃が今回も来るのか、それとも来ないのか疑心暗鬼になっていた光は、なんとか反応を間に合わせた。
とはいえ、反応が遅れたのはカバーしきれず水流に脇腹を掠められ、その威力だけで多少よろけつつも光は一旦後退することで体勢を立て直した。
「そりゃあやるわよ、カシラ。なんたってこれやんないと始まんないらしいからね、カシラ。・・・それじゃ、本番といきましょうか!!カシラ!」
凶暴さを臭わせる笑顔を見せたネビアは、自身の体の周りに4個ほど、サッカーボール大の水の球を漂わせた。ふわりふわりと水球を遊ばせながら、ネビアは光に向かって駆け出した。
光は、ネビアの操るその水球に警戒を強めた。矢生との試合では非常に濃い霧を生み出していた魔法である。風で吹き散らすことは可能かもしれないが、光の実力では能動的にその威力を出そうとすると普通より2,3秒は大きな隙を晒すこととなる。
やはり、対処するには霧の発生より早く魔法を潰してやる他にない。
それならどうするか。
「気は進まないけど、多分これが正解のはず・・・!」
攻撃を待っていては手遅れになるので、光はネビアが接近するこの時間に隙を割り当てて、先に数少ない攻撃用の風魔法を練り始めた。本当なら『複合詠唱』をしておきたかったが、残念ながら光はまだそれが出来ない。
手数が少ないため、この一撃で4つの水球全てを叩き落とさなくてはならないのだが、そうなるとさらに狙いを定めるのが難しい。
しかし、ここで当ててこそ、である。光だって勝ち残りたい。
光は口から小さく息を吸って、呼吸を止める。集中には集中を重ね、光は敢えて自らの視界を最低限にまで狭めていく。
「―――――見えたっ!」
意識が確実の波に乗った瞬間、光はネビアに向かって走り出した。
相対的に加速したネビアと1秒で邂逅し、光は掌の魔法陣に念を送った。
踊るように手を振った彼女の手には単に圧縮された空気の塊が握られていた。
「『アウス・デーヌンク』!!」
急激に膨張する空気の力を借りて威力を激増させた光の裏拳がネビアの水球を捉えた。
膨らむ空気が全て掌から零れ出てしまうその前に、不自然な曲線を描かせて全ての水球を狙った拳でなぞる。
1つ、2つ、3つ。放った風圧の拳が水の塊を弾けさせ、飛沫が舞う。
しかし。
「やるじゃん、カシラ」
さすがに4つ目の水球はネビアが操作して回避されてしまう。
努力はしたが、結果として水球が1つ残ってしまった。
水のボールを破壊しきれないままネビアに接近してしまった光は、急いで後退しようとしたが、それより先にネビアの腕が飛んできた。少女の細い腕から繰り出されたとは思えないような威力の原始的な打撃が光の体を軽々と吹き飛ばした。
「ほい、行ってこい!カシラ!」
ネビアが腕を振った後、それに従って生き残った水球が光を目がけて飛びだした。
受け取ってはいけないボールのパス。螺旋を描いて飛来する水の球を防御するか回避するか、光はほんの一瞬決めかねた。
「ええい、もう!『ヴィント・シルト』!」
悩んでもいられないので、光は発動の早い風の盾を発動させて飛んでくる水球を迎え撃つことにした。攻撃のスピードに合わせるために下がりながら位置とタイミングを調節していく。
しかし、光が攻撃を受けきる姿勢に入った途端、ネビアが腕を振るい、水球が大きさもそのままに2つに分裂した。反射的に光はバックステップに派生して攻撃を振り切ることにしたが、逃げ切れる気がしない。
「な・・・!?」
「ふふん、甘かったわね、カシラ。こちとら練度が違うのよ、普通に防御されても困るのよん、カシラ」
大きさを変えずに2つに分かれるその仕組みは謎だが、とにかくその水球の兄弟は加速して左右から光を追尾する。
そして直撃の寸前で水球は膨張し。
「くっ、霧がくる・・・!」
「とでも思った?カシラ!」
ネビアが愉快そうな声を出し、ニヤリと笑った。似たような魔法ばかりを使うように見えて、実際のネビアは単細胞でワンパターンな魔法士ではないのだ。
膨張した水球はやがて形をくねらせ、捻らせ、よじらせ、歪ませ、固く絞られたタオルのようになる。そしてその直後、爆発した。
一度に解放された大量の水が、人間1人程度軽々と呑み込める、大きな渦を生み出した。それも、当然ながら2つ、だ。
眼前で生まれた2つの螺旋水流の突撃も躱しきれず、光は風盾を正面に構えたが、しかしその大質量に叩かれて勢いを受けきれず、吹き飛んだ。
「く、ああぁぁッ!?」
壁まで飛んだ渦巻く水の塊はやっと自分より強健なものに当たって砕け散った。
防御も虚しく背中から壁に叩きつけられた光は、溢れた水に溺れて碌に呻き声も上げられず、苦しげに喘いで床に落ちた。
濡れた音と共に床に這いつくばった光の上に、砕けた螺旋水流の残骸が滝の如く降り注ぐ。
「えほっ、えほっ!!かっ・・・、はぁ、はぁ・・・」
咳き込みながらも、光は立ち上がった。
このままでは、この程度では、こんなところでは、終わりたくない。
「まだまだ・・・!」
足りない酸素は強引に肺に吸い込んで、光は駆け出した。
守っているだけではとても勝てそうにない。しかし、それでも守って勝つのが光なのだ。より強力な風の盾を生み出して、ネビアに迫る。
魔法に対しての防御は封じられたも同然だが、まだ彼女には取り得る選択肢は残っている。走るのは遅いけれど、接近戦において光には圧倒的なアドバンテージのあるネビアが光から逃げるとは思えない。
肉弾戦に持ち込んで強引に近接攻撃を風の盾で受けて迎撃してやれば、まだ光にも反撃のチャンスがあるはずだ。それこそが光のネビアに対して持ち得るアドバンテージであり、逆に言うなら唯一のアドバンテージなのだ。
あまり慣れない戦術にはなるが、とにかく勝機はそこに見出した。なんとか肉薄し、一度でもカウンターを決められれば、恐らくそのまま接近し続けられる。
「『シュテルメン・アップヴェーア』!」
両手に盾を構え、直後にはネビアに迫る。しかし、これだけではまだ足りない。最初に1歩が最も重要なのだ。接近に失敗すれば瞬間光は打つ手を無くす。
「『ガルディーネ』!」
光の周りに緑色に淡く輝く魔力のカーテンが浮かんだ。ゆらゆらと妖しくはためく魔力の薄膜を見てネビアは、目を丸くした。
「なんじゃこれ、カシラ」
緑を透過して目に映る景色が歪んで見えた。面白い術式である。恐らく魔力によって生んだエネルギー層を空中で複雑な形で浮かばせることで透過する光を屈折・乱反射させ、幻惑させる魔法だろう。
しかし、これでは光もネビアの位置を正確に捉えることは出来ないはずだ。
ならばどう出るのか。ネビアは封じられた視覚の代わりに聴覚と嗅覚を働かせた。
「そこね、カシラ!」
光が一瞬止まった瞬間を察知して、ネビアはカーテンを突き破るように腕を突き出した。
すると、魔力の薄膜はネビアの腕が貫通すると同時に掻き消えてしまったので、それならさっさと触っておけば楽だったな、と思わされた。
消えたカーテンの向こうにはやはり光がいた。ネビアはそのまま掌を叩きつける。
五指を鋭く開いたネビアの掌底が唸りを上げて迫るのを見て、準備万端の光は腰を落とした。カーテンによる妨害で接近には成功した。盾も最上級のものを用意した。わざと足を止めてネビアを誘い出すのにも成功した。あとは集中するだけ。
「・・・・・・ッ!!」
ネビアの指先が『シュテルメン・アップヴェーア』に触れた。爪が刺さるその感覚と同時に迎撃魔法が発動する。
「な、るほど!カシラ!」
一撃が軽すぎた。噴き上がる暴風に押し負けてネビアの体が浮いた。
しかし、ネビアは敢えて吹き飛ばされる瞬間に高圧水流を発生させて、光を後ろに弾くと同時に反動を加えて大きく後ろに飛ばされるようにした。
後方の壁まで吹っ飛んだネビアは身を翻して着壁し、壁面に水の張力と踏ん張りだけでへばりついた。
「あっぶねー!カシラ!キャッハハハハ!」
ちょっとハイになって笑うネビアに、光は歯軋りをした。判断が早い上に正確だ。カウンターしたはずが、さらにカウンターを返されて、また吹っ飛ばされてしまった。まさか予想されていたわけではなさそうだったことを思うと、ネビアの状況判断能力は光よりもはるかに実戦慣れしている。
悔しいが、やはり光とネビアとでは経験差がありすぎるようだった。なぜこの時点でライセンスを持っていないネビアがあそこまで高い戦闘能力を誇るのかは分からないが、素人以上アマチュア以下の少女が思いつける程度の作戦なんかでネビアを追い詰められるわけがなかった。
「いやー、今の魔法が爆発系か炸裂魔法だったらさすがに危なかったわね、カシラ」
壁に張り付いたまま、ネビアは舌舐めずりをした。
当然、爆発する魔法なんかをあの至近距離で撃たれたら威力によっては肘から先がなくなっていたことだろうけれど、仮に光がそんな高殺傷性の魔法を使うことが出来たとして、あくまでこの場でそれをするはずがない。彼女は人の腕を平気で吹き飛ばせるような狂ったメンタルのある人物ではないし、それをすれば反則で試合終了である。
もっとも殺し合いだったとしてもわざわざ殴らせて自爆させるような搦め手を使うのは珍しいが、状況的には学内戦というイベントに救われた。
「まぁどっちでも構わなかったけど、カシラ」
突風で五本の指全てが捻挫してしまっているが問題はない。ネビアは再び水球を3つほど生み出し、光を舐めるような目で見た。
「んー?まだやる気のある目だね、カシラ。結構結構」
―――なかなか、虐め甲斐がありそうじゃない、カシラ。
高揚心がくすぐられる。別に藤沼界斗のようなブラックな意味の虐めというわけではなく、これは単にネビアのモチベーションの話だ。若干常識のズレたネビアだが、それでも決して陰湿な人物ではない。
尋常ではない瞬発力で壁を蹴ったネビアが砲弾のように光に一直線に飛んだ。
わざわざ来てくれるのであれば願ったり叶ったりだ。光は再び風の盾を生んで、がっちりとガードを固めた。ただ、それだけでは威力が足りなかったらしいので、ついでに空いた手の中に空気爆弾を仕込む。
「らァッ!カシラ!」
「くっ・・・・・・あ、うっ!?」
なんと、ネビアの掌が盾を貫通した。ゼロ距離で当たれば乗用車でも横転するような風圧を受けたにも関わらず、だ。ネビアの爪が掌に刺さり、鋭い痛みに光は顔をしかめた。
「フヒヒ!もういっちょ、カシラ!!」
ネビアは掌に超高圧縮した水を作り出し、ゼロ距離で一気に爆発させた。
今度こそ意識を揺すぶられて光は受け身も取れずに床をバウンドしながら転がったが、しかし、ネビアはそんな光に3つの水球を飛ばした。あれはまだ動くと分かるからだ。
実際、光が跳ね起きてネビアを見据え直したのはネビアが水球を投げたのと同時だった。
「『アウス・デーヌンク』!」
左手に仕込んでいた空気爆弾を発動させて、光は飛んでくる水球を狙う。だが、それを見たネビアは水球を光の左右と床面スレスレの3ルートに分けた。
視界に全て収めていても、その全ての動きを同時に計算するのは困難である。腕一本で3方向からの攻撃を全て捌くのは不可能だ。
「それでも!」
右から来る水球を風を纏う裏拳で叩き、振り抜いて左から来た水球も破壊。
既に回避不可能な距離に接近した床スレスレを飛ぶ水球を見て歯噛みをする。空気爆弾も盾も発動が間に合わない。
「耐えてみせる・・・!!」
さっき受けた渦の球の威力を想像して腕でガードする姿勢に入る光だったが、直後にその水球は床に当たった。
「―――え!?」
ミス、なのだろうか?いや、しかしネビアがここまで来てそんな素人じみたミスをするとは考えにくい。敵には敵なりの信用があるという話ではあるが、光もネビアの実力自体は十二分に認めた上で戦っているのだ。
水が床の上で跳ねる。時間が鈍る。透明な王冠の飛沫がここからどう動くのか、見逃さないように身を見張るのは現実時間のわずか1秒。本能的に見つけた時の空隙に光は『シュテルメン・アップヴェーア』を組んでいた。
「なにか裏が・・・」
あった。裏があった。
床に着弾した水球は元よりこうなる運命だったのだ。歪んだ水の塊は、しかし、崩れて四散することをせず、小さな激流となって床を猛烈な勢いで走り始め、光の足下を狙ってきた。
「こんなもの・・・!」
だが、その水流に対して光の防御魔法はまたしてもまるで役に立たなかった。威力が違いすぎる。
風の壁を削り取って、精々が膝より10cmほどの高さしかない激流が光を呑み込んだ。
途端。
「な・・・!?えっ・・・!?」
世界が回った。
違う。光が転んだのだ。
膝にも届かない水の流れだけで、あっさりと光の体は押し流された。抵抗は全て無駄。触れる直前まで水流のことを激流と表現したが、違った。これはさながらミニチュアの津波だ。
いかなる生物がいかなる抵抗をしようとも、大自然の暴力には敵うはずもない。ただ1人の人間に向けて一直線に放たれた津波。光はもはや為す術もなく流し飛ばされ、壁に頭から激突した。見えるもの全てが明滅する。
そして見える天井。
否。それは水のドーム。空いっぱいに浮かんだ美しく澄み渡る天球。
壮大かつ壮麗なる、死刑宣告―――。
「・・・だ、まだ!まだ負けてない!」
大量の水を飲んでなお、歯を食いしばって光は軋む体に鞭を打つ。
まだ負けられない、負けたくない。いつもの自分ならもう諦めていただろうと思うほど痛めつけられたが、せっかく掴んだ飛躍の舞台なのだ。ここを逃したくはない。
ただ、勝ちたい。
滅茶苦茶に魔力を練って、知っているのか知らないのかも分からない、とにかく巨大な魔法陣を願い、それがきっと打てる手なのだと信じて頭が焼け付くほどに吠えた。
「あ。ああアァァァァ――――――!!」
浮かんだ大型の魔法陣は落ちてくる水の天井に圧されて崩れ去った。
光の視界には、水の向こうでなにかを呟くネビアの口元が見えた。なにも聞こえないのに、なぜだか、彼女がなんと言ったのか分かったような気がした。
―――よく頑張ったわね、カシラ。
残ったのは、轟音までの空白だった。
●
アナウンスにも歓声にもそこそこにだけリアクションをして、あとは退場するだけ。
過剰火力ならぬ過剰水力を使ったが、水浸しになったフィールドも少し念じれば元通りになる。魔法って便利。
3回目の圧勝を収め、ネビアは悠々とゲートをくぐった。
一方の光はどうやら最後の一撃で気絶したらしく、目立った怪我があるわけではなかったが、大袈裟なことに担架で担ぎ出されていった。ネビアもラストの巨大水爆弾は万が一のことがないようにそれなりに加減してやったのだが、まぁ、結局はこんなものなのだろう。
「いやー、働いた働いたー、カシラ」
うんと背伸びをして、それから大きく息を吐く。
さっきも言葉を交わしたいつもの選手誘導係の女子生徒が、「お疲れ様でした」とネビアに労いの言葉をかけてきた。そんな風に言われても特に疲れていないので、いささか下る話だ。もっとも、そんな挨拶はただの形式であって、わざわざそんなひねくれたことを考えるほどのことでもないのだろう。朝の11時に起きた人に「おはよう」と言うようなものだ。だから、ネビアも女子生徒には適当なお礼をしつつ、控え室に戻った。
本当なら特別なにか荷物を持ち込んだりしていなかった彼女は控え室に戻る必要もなかったのだが、それでもわざわざ訪れたのにはそれなりな目的があった。
3回戦でやっと試合の順番が繋がって、こうして直接顔を合わせるのは初めてだった。
「やっほう、藤沼界斗クン、カシラ。なんだ、結構早くから来てるのね、カシラ。意外に真面目なのかな?カシラ。勤勉勤勉♪」
「ん?なんだ、誰かと思えば例の水蜘蛛女じゃあないか、カシラ。はは、使って分かるけど、やっぱり変わった話し方だな」
きっちりとわざとらしい嘲笑を浮かべてネビアを見たのは、他でもない界斗だった。
ネビアの用というのは、つまりこの不快な少年に因縁をつける、といったところである。
「蜘蛛、ねぇ・・・。すこーし、足りないけど、カシラ」
界斗の薄ら笑いに応えてネビアも真似した薄ら笑いをし、きっと意味も伝わらないであろう返答をする。
「・・・?はっ、なにを言っていんだか理解出来ないね。噂通りに頭も悪いらしい。日本語も不自由か」
「えぇ、だって私イタリア人だし、カシラ」
ネビアがニッコリ笑いつつ爪を噛むと、それを悔しがったことによる行動だと思ったのか、界斗の顔には喜色が浮かんだ。
まったく、見ていて面白いくらい不愉快な少年である。ネビアもついつい楽しくなってしまいそうだ。特に気に入らないのは、たまにいる偽悪者気取りのイタい人ではなく、界斗が正真正銘にこう言った発言や相手の反応を楽しみ、快楽としていることだった。前者と違ってまるで可愛げがない。
「あー、ホント学生じゃなかったらぶっ殺してー、カシラ」
いろいろ過去の記憶と照らし合わせて、ネビアは満面の笑みのまま素直な心中を吐き出した。しかし、ただサクッと殺すのももったいないので、界斗の大好きな虐めで意趣返しをしつつ・・・なんていうのも良さそうだ。
「おいおい、殺すとはまた大きな口を叩くね。出来もしないことを」
ネビアの笑顔の温度にも気付かないほどで、依然として気味の悪い笑みを浮かべる少年。
あまりにも自分の実力を過大評価し、そして相手を遙か格下に見ている。それもネビアがライセンスを持っていないからか。それにしたって、これまでのネビアの試合を見ていてなおもそう思い続けているとは、大層なものだ。
いずれにせよ、その隙だらけの小生意気な少年にネビアが向けるのは、作り物の笑顔だけ。
「出来るわよ?カシラ。そうねぇ、今なら5秒もあれば十分かな、カシラ」
ネビアは右手の5本の指を立てて界斗に突き付けた。もちろんこの場で殺しをするつもりもないし、この先もこの学校の生徒として振る舞う限りはそんなことはしまい。
ネビアはただ、素直に界斗を叩き潰すのに必要な時間を考えていただけだ。つまらないことではあるが、その気になれば5秒で王手だ。
まだネビアの発言を強がりだと思っているのらしく、界斗は呆気にとられたような顔をした後、声を出して笑い転げた。
「はははは!5秒!?そうかいそうかい!ライセンスもない君が?このぼくを!ははは!傑作だ!はっははは!―――あぁ、笑える。ライセンス持ちを2人も倒したからって、調子に乗りすぎなんじゃないのかな?これ以上出しゃばると明日には泣くことになるんじゃ?ははは!」
「そう?カシラ。じゃ、それは明日のお楽しみね、カシラ。それじゃあ、私はもう行くから、次の試合、なるべく早めに終わらせんのよ?カシラ」
随分と可笑しそうに笑ってくれたものだ。むしろネビアの方が笑ってしまいそうだった。脅しの効かない愚かな少年に背を向けて、ネビアは軽快に鼻唄を伴ってその場を立ち去った。
元話 episode3 sect59 ”Stay Away”(2017/1/7)
episode3 sect60 “圧倒”(2017/1/8)
episode3 sect61 “本領発揮”(2017/1/10)