episode3 sect18 ”mISinG”
選手誘導係の少女は、自分の後ろを薄気味悪いくらい上機嫌に鼻歌交じりでついてくるネビアを少し鬱陶しく感じつつも、一方では少し格好良いな、とも感じていた。
所詮こんな端っこの係の仕事しか出来ず、あの無機的な晴れ舞台になんて決して踏み込めない身の上であるので、彼女はそんな自分とは正反対の世界にいるネビアが羨ましかったのだ。それを言えば選手の誰もが少女の正反対のようにも思えるかもしれないが、そうではなく、ネビアの正反対性はどこか端役の匂いを残した他のどの選手よりもずっとずっと強く感じられたのである。そういう感覚から、少女はネビアから特に強い印象を感じ取っていた。
誰しも自分の持たないものを備える人物には、羨望と嫉妬くらい持つものである。
「その鼻唄、なんの曲ですか?聞いたことないメロディーですけど」
「うん?あぁ、調子乗ってるように見えちゃった?カシラ。失敬失敬。今のは・・・まぁ、社歌みたいなもんよ、カシラ」
「シャカ?・・・シャカって、えっとー、会社の歌?」
「そうそう、その社歌よ、カシラ」
「ぷ、ぷふふ、社歌って、バイトかなにかでもしてらしたんですか?」
うら若き女子高校生がふとしたときに社歌をハミングしながら上機嫌に歩いていたのかと思うと、あまりのシュールさに笑いが込み上げてきた。それは知らない旋律だったわけだ。
「バイト?カシラ。あー・・・、うん。あれよ、親の会社の、カシラ」
一瞬の間を置いて、ネビアはケラケラ笑いながら答えた。
言い終えて、ネビアは少し強く爪を噛んだ。
それを見て、急に馴れ馴れしくしすぎたと気付いた少女はバッと前を向き直り、ネビアに謝った。
「あ・・・ご、ごめんなさい!急にその、馴れ馴れしかった、ですよね・・・?」
「ううん、いーよいーよ、カシラ。というかそれを言ったら私なんて初めからタメ口で冗談かましてるし、カシラ」
怒らせてしまったかと思ったが、それも杞憂に終わって、気さくに笑いかけてくるネビアに少女も安心した。
「それにしても、機嫌が良さげでしたけど、やっぱり自信があるんですか?どう見ても緊張しているようには」
「まぁ、ぶっちゃけね、カシラ。私、自分が負ける姿が想像出来ないのよね、カシラ」
「・・・っ」
ネビアが少女の腹の奥を見透かすような視線を向けて、すぐにそれを宙に放り投げて天井を撫でた。
疚しい感情に気付かれて、少女は恥ずかしくなって視線を足下に落とした。だが、ネビアはまた小さく笑って、少し前で歩く少女の横に並んで肩に手を置いた。
「いーのよ、カシラ。誰だってないものねだりくらいするわよ、カシラ。私だってそうなのよ?カシラ」
柄にもなくご高説を垂れようとする自分に内心苦笑いのネビアは、それはそれとして、なんとなく自分の本音が見えた気がして面白い気分にもなっていた。もっとも、ネビアがねだる「ないもの」は恐らく少し特殊なのだが。
「・・・でも、最近はその『ないもの』が少しだけ満たされてきて、だからちょっと機嫌が良いのよ、カシラ」
「ネビアさんでも、ないものねだり・・・?満たされた・・・」
「そう。でもね、それは私が1人で勝手に満たしたわけじゃない。多分、あなたも、カシラ。ねぇ―――――友達って、良いもんよね、カシラ」
なぜだか後引く寂寥感を漂わせる淡い笑みと共に、ネビアは誘導係である少女を追い抜いてゲートの前に立った。
壁1枚向こうからは第2回戦の開幕と、今回の最有力選手の一角である少女の登場を心待ちにする有象無象の大歓声が轟いてくる。
大地がネビアの選手紹介をして、開くゲートの隙間から細く光が廊下に差してきた。
フィールドにでる直前、ネビアは少女を振り返った。
「だから、頑張ろうかなって・・・思っちゃうんだ、カシラ」
ネビアがなにを思ってそう言ったのかは少女には分からなかったが、しかしその一言に彼女は小さな擦れ違いを感じていた。
「ネビアさんには、なにがなかったの・・・?」
とっくに駆け出して遠くまで行ってしまった背中に、少女は問いかけを投げた。
もちろん返事なんて返ってこない問いかけは、ネビアという誰からも好かれそうな少女をこの世界からトリミングしていた。
なにもかも正反対と感じていた、その「なにもかも」とは、どこからどこまでを言う「なにもかも」だったのだろうか。
試合が始まろうとして、ゲートは再び閉じられた。
●
「目からビーム!カシラ!」
「どわぁぁぁぁぁぁッ!?」
『あぁっと!ネビア選手の「目からビーム」が炸裂!そして直撃!石本選手、大ピーンチ!』
開幕1秒、恒例のネビアの胡散臭い先制攻撃が撃たれ、遂に犠牲者1号が誕生した。
信じられない勢いで吹っ飛んだ相手選手は、壁に激突してなお高圧水流の画鋲で壁に刺し留められて、地面に足を着けることも出来ずにもがき苦しんでいる。
そしてそのまま3秒ほどして、腹部の圧力に耐えかねて胃の中身をぶちまけながら気絶してしまった。
『し、試合終了ォ!さすがネビア選手!えげつない破壊力でした!』
大会3日目にして遂に決まったネビアの「目からビーム」である。その冗談っぽさとは相容れない殺傷能力は「えげつない」という表現が現代では一番しっくりくる表現だった。
「ふぅ、スッキリしたー、カシラ。正直これが当てらんなくて消化不良だったのよね、カシラ」
そもそもが空中を数十メートルに渡って地面と平行に直進できるほどの水圧と速度の不意打ち攻撃である。今まで誰にも当たらなかったことの方がよっぽど異常だった。
いつの世も天才や秀才というのは碌な連中ではないということか。
「さて、お掃除お掃除、カシラ」
ネビアは大きめの水球を気絶した相手の上に生み出し、それを容赦なく落として、吐瀉物で汚れた少年と床を洗い流してやる。ちょっと水の量が多くてイジメっぽく見えるが、別にブラックジョークでお掃除なんて言ったわけではなく、ちゃんとした意味で綺麗にしてあげようというネビアなりの気遣いである。
壁と床の境目に申し訳程度に付いていた小さい排水溝に汚れた水が流れていったのを確認し、ネビアは大きく伸びをした。
『と、いうわけで!2回戦最初の勝者はネビア選手だァ!天田選手に次ぐこの試合時間の短さ、さすがとしか言いようがない!誰か彼女の快進撃を止められる猛者はいるのでしょうか!?』
●
AブロックとBブロックでも2回戦の初戦が行われ、全体のペースが揃った頃にその結果がアリーナの実況席上や観客席の天井のモニター、外壁のモニター、そして校内掲示板などに表示された。
「お、やっぱ会長勝ったんだな」
「そりゃあ当たり前だろ。なんたって萌生先輩だぜ?」
「いつのまにか豊園先輩のこと名前呼びだな」
観客席モニターに大きく表示された「WINNER」の下に連なった名前を見てそんな談義をしているのは迅雷と真牙だ。
萌生を「萌生先輩」に呼び方を改めた真牙を見て、迅雷も今度から名前で呼んでみようかな、などと考える。
勝者として名前が表示されたのは、Aブロックが清水蓮太朗、Bブロックが豊園萌生、そしてCブロックがネビア・アネガメントだった。いずれもK.O.勝ちであり、その実力の高さをしっかり示している。
「でもあの副会長の清水先輩って、雪姫ちゃんにフルボッコにされたんだろ?」
「だっていう話はオレも知ってるよ」
「あ、それあたしたち見てたよ!」
もそもそと噂話をする2人の顔を、向日葵が1段上の席から覗き込んできた。あたし「たち」というのは、彼女と友香という意味だろう。
実際どれくらいフルボッコにされていたのか気になってきた迅雷は向日葵に尋ね返すのだが。
「へぇ、どんなだっ―――――」
「はい!もうそれはそれはすごくて、どんくらいすごかったかというと超すごかったんだよ!で、なにがあったかというとまずは―――――」
「・・・友香は一旦深呼吸しような?あと長くなりそうだからネビア迎えに行きつつ話してくれな?な?さぁ、立って歩こうな?」
興奮する獣のような荒い息を吐きながらまくし立て始めた友香を宥め、迅雷は席を立って彼女の行動も促した。ちなみに宥めたと言っても、友香の熱はそう簡単には冷ませないので、ほぼスルーしているだけだ。
大体、試合中の時点から既にこのテンションなのだから、もう手の着けようがない。
代わりの説明、というより当初考えていた通り向日葵から詳しい話を聞くべく、迅雷は観客席からアリーナの外に出る階段を降りながら向日葵の方を向き直った。
「うん、まあ具体的に説明すると、焔先輩に勝ったっていう天田さん相手だったから清水先輩もなめてかかりはしなかったんだけど―――――」
結局のところ、向日葵の説明によれば水魔法が雪姫の氷魔法に勝てるはずもなかったとか。ネビアとの試合でもそうだったが、蓮太朗の放つ魔法の悉くが凍らされて全て雪姫の支配下に落ち、無数の氷塊で体中をタコ殴りにされて試合終了ということだったそうだ。
「とはいえ、バッタバッタとトップクラスの先輩たちをやっつけてるんだから、天田さんもとんでもない大物よね」
語る向日葵もどこか楽しげだ。それもそうだろう、と迅雷は考える。
「こりゃ雪姫ちゃんいるだけでも本当に全国優勝いけるかもな」
今の会話はクラス全体に波及していたのか、あちこちで迅雷の発言に頷いている生徒がいた。雪姫が大物なのは今に始まった話でなくとも、戦闘能力に関して言えば彼女にかかる期待は鮮度が落ちないものである。
「さてと?だからって迅雷も気を抜いて良いってわけじゃねえだろ?」
「あぁ。むしろモチベーションが上がるってもんだよ!」
2時間後には迅雷も試合だ。
雪姫に続けるぐらいに、と意気込んで、迅雷はウォーミングアップのためにネビアを迎えに行くクラスメートたちの列から離れて校庭に向かった。
●
ネビアの活躍あってか、その後のCブロックは大盛況で、「今年の1年生はすごいらしい」という噂につられて上級生もそれなりに様子を見に来ているようであった。
ネビアの次の試合では、大会1日目で堅実な戦術による大逆転を決めて一躍有名となった細谷光が引き続き強力な過剰防衛で勝利を収めた。
さらにその2つ後の試合では、光とは逆に悪い意味で有名となった藤沼界斗が、これまた残虐なやり口で勝利を収めていた。
初戦からさらに増した試合後の会場全体からのブーイングすら心地良さそうに退場してく界斗は、ある意味誰にも止められない存在なのかもしれない。
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「あの野郎・・・」
試合の様子を控え室内のテレビモニターで見ながら、迅雷は静かに苛立っていた。集中が乱されるので、リモコンが置いてあればすぐにでも電源を消したかった。
藤沼界斗。相も変わらず人の精神を逆撫でする男だ。彼が戻ってきたら一発ぶん殴ってやろうかとも思った迅雷だったが、いかんせん界斗は対戦相手を制限時間いっぱいにいたぶっていたため、そんな時間は残っていなかった。
界斗が戻ってくるより先に、迅雷を呼びに選手誘導係の少女がやってきた。
「神代迅雷選手、移動の時間になりました。使用するマジックアイテム等のチェックは済ませましたか?」
「あ、はい。大丈夫です」
迅雷は脇に置いていた『雷神』を肩にかけて、ベンチから立ち上がった。
軽く腕を回したりしてストレッチをし、迅雷は控え室を出よう―――――としたところで、早足に歩いてきた誰かに肩で思い切りぶつかられた。
急なことだったので、思わず転びそうになるくらいよろけた迅雷に、その「誰か」が嘲るような声を浴びせてきた。
「なんだ、まだこんなところで突っ立っていたのか。名前の割に随分とノロマじゃあないか」
その感情をゾワリと刺激する声に、迅雷はすぐに気が付いた。
「あ?ぶつかってきといて大層な口の利きようじゃねえかよ。お前こそ突っ立ってる俺にぶつかるとか反射神経鈍ってんじゃないのかよ?藤沼」
「おー恐い恐い。これだから中二病の脳筋野郎は手に負えない」
「・・・ッ!」
割と本当に奥歯が削れそうなくらい強く歯軋りをして界斗を睨んだ迅雷だったが、選手誘導の少女が迅雷の手を引いてその場から彼を連れ出した。
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「くそ、胸糞悪い・・・」
ゲートの前に立ちながら、迅雷は髪を掻き毟りたい気分であった。一応彼も脳筋馬鹿ではないので、誘導係の女子生徒を恐がらせたくなかったから踏み留まったが。
この先の試合でも勝ち抜く度にあの不快な薄ら笑いと擦れ違い続けるのかと思うと、どうにも怒りが収まらなかった。
「あのー、そろそろ試合ですけど、大丈夫ですか・・・?」
「あ、あぁ・・・。うん、ごめん。大丈夫大丈夫」
「・・・笑顔の割にこめかみがヒクついてますけど」
努めて平静を装うとするも、迅雷の苛立ちは普通に見えるところまで出てきてしまっていた。
しまったな、とも思いながら迅雷は溜息をついた。隠せないものは隠せないらしい。思えば界斗への嫌悪感情は大体の生徒が共有していることなので、いっそ話したらスッキリするのではないかとも思い付いた迅雷は、試合までの短い時間ではあるが、思い切って少女に話を振ってみることにした。
「はは・・・。ハァ。藤沼界斗がさ、虫が好かないんだよな、俺。一発ぶち込んでやりたい気分だったよ」
「まあ、分かりますけど。でも、ああいう人はもうとにかく相手にしないのが一番だと思いますね。見られていると付け上がるんですから、無視ですよ、無視」
第一印象と違って意外にハッキリと意見を出してきた少女に迅雷は虚を突かれて一瞬固まったが、すぐにそれに同意した。
「確かに・・・そうかもなぁ。嫌がられることすら好んでるってなると、もう本当に好きも嫌いもなくスルーした方がかえって良いんだろうな」
よく「好きの反対は?」という質問の答えが「嫌い」ではなく「興味がない」だという話を耳にするが、界斗に関しても、そのスタンスで当たれということなのだろう。そうすれば、もしかすると誰の目も引けなくなった彼は大人しくなるのかもしれない。
ただ、そう思っていても、迅雷が界斗に抱く嫌悪感だって相当に強いので、そう簡単にはスルー出来る気もしていなかった。ある意味、うまい具合に嫌われてくれたものだとも思えてくる。
●
『さぁ、怒濤のライセンサーラッシュも本日はここでラスト!第1回戦で謎のうちに勝利を収めていた神代選手は、今度こそその実力を見せてくれるのしょうか!?』
この試合でCブロックでは3日目のライセンス持ち選手の出番も最後となる。
大地の実況には、今期の実力派一年生の活躍を楽しみに集まる人も多くなってきて、会場は沸き立っていた。
時刻ももう夕方の5時で、しかも試合展開も1回戦よりは激しくなってくる2回戦ということもあり、一般客の姿も昨日や一昨日よりは多いように見えた。もちろんこれからさらに増えるのだろうが、やはりなかなかの盛況である。
『さぁ、大会3日目第19試合!選手紹介です!まずは1年1組からの出場、第1回戦では魔槌を軽々と振り回すパワフルな試合で我々を魅せてくれました!五十嵐岬選手!』
『彼の試合はパワフルさもそうだけど、その影に見え隠れする精密な遠心力の制御に私は「おっ」ってなったわね』
解説の真波も、迅雷の対戦相手となる岬の戦闘スタイルには一定の評価を出しているようである。
『そうですね。・・・そして、対するは1年3組、金色の魔剣を携える雷使いの魔法剣士、神代迅雷選手!その剣の腕は確か。今度こそカッコいいところを見せてくれ!』
大地がしゃべり終えて、観客は沸く。
そして、ゲートが開いて2人の選手が姿を現した。
迅雷の登場で、彼の応援に集まった3組の生徒と千影は席から立ち上がった。
真牙が「せーの」と合図を出す。
『迅雷ガンバー!!』
同時に1組の方からも同じようなエールがあったようだが、3組の方が声が大きかったために、応援が応援を食っていた。
迅雷がこちらを向いて手を振ってきたので、3組のみなは立ったまま手を振り返した。
「としくーん!頑張ってねー!」
「とっしー、相手はザコだよ!やっちまえー!」
慈音の応援にはガッツポーズで応えていた迅雷だったが、千影にはなにか怒鳴り返しているようだった。しかし、周囲の声も大きくて迅雷の声はあまりハッキリとは届かず、千影は首を傾げた。ちなみに、迅雷は「そういうことは言うなよな!」と叫んだだけだ。幸い千影の声も岬には届いていなかったようなので、よく分からないことを叫ぶ迅雷を見て変な目をしていただけ。迅雷も胸を撫で下ろしたのだった。
『さあ、両選手がフィールドに揃い、応援合戦も火花を散らしております!それにしてもさすがは神代選手ですね。黄色い声援が目立ちます!負ければ良いのに!!』
「テメェ今実況者としてあるまじきことを言―――――!」
『それでは両選手、アーユーレディー?』
迅雷がなにか喚いているようだったが、「聞けよ」なんて言われても大地は聞いてやらず、試合開始の確認を取った。
渋々ラインに立った迅雷と、今のやりとりに呆れ顔の岬を見やって、大地はマイクを握り直した。
『それでは、試合開始ィ!』
○
合図と共に迅雷が一気に駆け出した。
さすがに近接戦闘が得意なライセンサーが相手ということで1回戦のように突撃することを危ぶんだのか、岬は直進してくる迅雷を躱すかの如く横合いに走った。
しかし、迅雷は床を強く蹴ってほぼ直角に進行方向を曲げ、そのまま回転斬りのモーションに入りながら岬に追い縋る。体への負担を度外視したかのような強引な運動に、岬は驚いている時間すら持っていない。一撃を躱しても、視線を迅雷に戻す頃には次の一撃が振りかぶられているのだ。
「おー、さすがとしくん。ガンガンいくねー」
徹底的に攻めのスタンスを取る迅雷を見て、慈音が楽しそうな声を出した。小さい頃から迅雷の努力を横で見てきたからこそ、迅雷が迅雷らしく活躍していると嬉しくなるのだろう。それに、1回戦のエジソン戦では全然良いところを見られずじまいだったし。
迅雷と共に宙を縦横無尽に疾走する『雷神』は刀身に稲妻を宿し、黄金の残影を焼き付けていく。岬に反撃の隙を与えない迅雷の猛攻は、その光の尾を伴って華麗ですらある。
岬は防御のためにハンマーを両手で縦に構えるのだが、迅雷は剣先を器用にたぐって即席の盾を内側から捲り上げてしまう。
防御を崩して確実なチャンスを作った迅雷は、そのまま刺突の姿勢に入った。
「む、なんか・・・。あれ?とっしーの戦い方ってあんなに器用だったっけ?」
豪快に見えて地味に光るテクニックを見て、千影が意外そうな顔をした。彼女が見てきた迅雷の戦い方は、基本的に力尽くの一撃をさらに力尽くで隙を潰して叩き込み続けるという圧倒的な攻撃と手数によって構成されたものだったから、気になったのも当然かもしれない。
そんな千影を見て、真牙が千影の肩を叩いてから、クイ、とフィールドを指差した。
「あれはな、多分相手がハンマー使いだからだと思うぞ」
「・・・?それととっしーの器用さになんの関係があるの?実はとっしーはハンマーキラーだったの?」
ハンマーキラーってなんだ、と自分にツッコみながらも、千影は怪訝な目で真牙の方を見た。しかし、真牙は「チッチッチッ」と軽やかに指を振った。
「千影たんはまだ見たことないかもしれないけど、実は直華ちゃんが魔槌使ってるから、迅雷のやつハンマー相手となると慣れた動きするんだよな」
「し、知らなんだ!?あのナオがハンマー振り回すとかまったく想像できないんだけど!?」
そういえば、たまに直華の部屋で魔槌のカタログがあるのを見つけたことがあるような、と千影は後から思い出した。あのときは窓から入った風で雑誌のページがめくれて、たまたまそのページが開いていたのかと思ったが・・・まさか初めからそこを見ていたとは、人は見かけによらないものである。一体誰の影響だ。
ともかく、結論から言ってたまに直華が武器の使い方を練習するのに付き合っていた迅雷は、ある程度魔槌の使い方と対処法を知っているのだった。
千影と真牙が話している間にも、迅雷の一方的な攻勢はさらに勢いを増していく。
『神代君の剣は動きが独特ではあるけど、その一番根っこにはしっかりした基礎が見えるわね。今の突きから斬り下ろし、そして体の捻りを2段回し蹴りに再利用して着地時の回転で水平斬りへの繋ぎは、動きに反してかなりスムーズだったわ』
真波も迅雷の我流剣術には唸っていた。基本を一通りこなせるようになった上で、それを自分好みに変形させた結果のあの強引かつスムーズな連撃なのだろう。真似をしろと言われても、きっと難しいに違いない。
『それにしても、さっきから神代選手の攻撃には回転斬りが目立ちますね。目が回ったりしないんでしょうか?』
大地が迅雷の技の癖のようなものを見つけて、マイクに吹き込む。まぁ、その癖も見れば分かるようなものなので、岬へのヒントになるということもない。
大地は迅雷が目を回さないのかと言ったが、しかし、彼が目を回す様子はない。それもそのはずだ。確かに彼の剣術の基幹を為すのは回転行動であり、その回転エネルギーを攻撃力、跳躍力、果ては防御力にすら変えて、あの変幻自在な高速戦闘を可能としている。
だが、迅雷はその回転方向は可能な限り左右のバランスが均等になるよう調整しており、そしてそもそもの話だが、彼の三半規管だって長年この我流剣術に時間を費やした結果として激しい回転運動にも順応しているのだ。今更彼が自分の動きで目を回すことなどあり得ない。
またも防御の構えを内側から鋭く抉り込まれて崩された岬だったが、遂に思い切ってカウンターに出ることにしたようだ。
武器に頼っているだけでは攻撃が届かないと分かった。必ずしも武器による腕より長大なリーチが接近戦でアドバンテージになるとは限らなかったのだ。
斬り上げの姿勢に入り、低姿勢から急激に跳び上がろうとする迅雷の横顔に、岬の拳が刺さった。
さすがに重量級のマジックウェポンを片手でも扱えるだけはあって、不安定な姿勢から放たれたはずの岬の拳は、違和感を覚えるほど異様に鋭い音を立てて迅雷を弾き飛ばした。
クリーンヒットした岬の反撃に試合の流れが変わり、会場全体がどよめいた。
「あっ!?」
跳ね飛ばされて宙を舞う迅雷を見て、慈音が小さく声を上げた。今のはかなり痛そうである。
そして岬が、迅雷が床に落ちる前にハンマーを引きずりながら突進した。
「ちょっと、あれヤバいんじゃないの!?」
「ヤバイよヤバいよ!?」
やたらとヤバイヤバイと連呼する現代人は向日葵と友香だ。いや、実際は他のクラスメートたちも迅雷のピンチに口元を押さえたり座席から腰を浮かせたり、不安が目に見えるようだ。
今まで迅雷が圧倒的優勢だった状況が一撃で覆され、あまりに急激な変化のせいで3組の応援が騒然として途切れた一方で、岬の1組の応援が勢いを増す。
しかし、この状況を楽観視する者も、またいるのだった。
「いや、ありゃ大丈夫だろ」
「みたいだね」
真牙は信用で、千影は持ち前の動体視力で確認して、呟いた。
●
―――――ッてぇな、オイ。
あんな体勢から、あんな威力のパンチ。
殴られた左頬が灼熱するのを感じ、風がその熱っぽい頬を撫でていく。実際は、風がというより自分が飛んでいる、飛ばされているのだが。
前方からは岬が、後方からは床が迫り来る。
どちらが先に追いついてきても、手痛い追撃が加わるタイミングにほとんど差はあるまい。
それでも、迅雷は冷静だった。
痛いけれど、死ぬほど痛いよりは大したこともない。
「ふっ」
空中で弓反りになって、頭から床に落ちようとする迅雷は、敢えてさらに背を逸らして床を見た。もう十分に手が着く距離だ。
依然として岬はハンマーを構えて走り来る。
(勝ったな)
迅雷は床に左手を伸ばす。爪が擦れ、指の腹が地面を捉える。その瞬間、掌に全体重を預けて、無理矢理に体を押し上げる。片腕でのバク転だ。勢いも相俟って体重全てを受け止めきれず、しゃがんだ姿勢になったが、迅雷は素早く着地を成功させた。
殺しきれずに若干残った勢いで後ろに滑りながら、迅雷は無理矢理前に飛び出す。
そう、既に迅雷を叩き潰さんがためにワイン樽ほどはある金属の塊を振り上げている岬に向かって、だ。
いかに迅雷でも、斬りかかるにはタイミングが遅すぎる。彼が剣を振る頃には岬の槌がその腕をへし折っているだろう。
誰もが迅雷の無謀すぎる突撃に正気を疑った。
何度も食らった斬り上げのモーションに入る迅雷を見て、岬は最後の最後に判断を間違えた間抜けに歯を剥いて獰猛に嗤う。
しかし、転がり込んだ勝利は、そのまま掌を転がり落ちた。
迅雷の剣が、ハンマーの側面を鉋でも掛けるような角度で滑り抜け、ハンマーは斜め下へ、迅雷は斜め上へ、本来の軌道から逸れていく。
反響した甲高い金属音の次の瞬間、勝敗はもう決していた。
刹那のうちに首筋を撫で斬れるところにまで飛んできた白刃に、岬は身動き一つ取れず、ただただ固まっていた。
『お、おーっと・・・?おーっと!!一点二転!神代選手の剣が五十嵐選手のヘビー級の一撃を剣を当てて軽々と受け流したぁ!そしてそのまま反撃、これは勝負ありです!!』
瞬きをする間に済んでしまった逆転に、観客たちは大地の声からワンテンポ遅れて歓声を放った。
●
「とーしくーん!最後のあれ!すごくかっこよかったよー!」
まずは慈音とハイタッチ。掌が打ち鳴らされて乾いた音がする。
1回戦のときとは打って変わって、迅雷を迎えるクラスメートたちはすっかり祝勝ムードであった。なんというか、「見直したぞ」とでも言っているような感じではあるが、まぁ、迅雷もこの際そこは気にしないことにした。
「いやー、迅雷クンなら勝つって信じたよ、うん!」
向日葵が身長差を無視して無理に迅雷に肩を組んできた。おかげさまでちょっと頑張れば頬ずり出来そうなくらい近くに向日葵の顔があって、しかも背中には決して薄くはない柔らかい感触が。
多分テンションが上がっているだけで向日葵に他意はなかったのだろうけれど、彼女に大胆なスキンシップを仕掛けられて迅雷を奪い去られ、慈音がハイタッチした直後のポーズのままポカンと口を開けて固まった。
「いえーい!でも向日葵、嬉しいけどちょっと離れような!」
背中の感触やシャンプーの匂いを惜しみながら、迅雷は祝勝ムードが制裁ムードになる前に向日葵を引き剥がした。
「こら、ヒマ!もう、迅雷君困ってるじゃない。それに、ピンチのときに一番顔青くしてたのもヒマでしょう?」
「なんだとぅ!?つかトモこそ試合中勝っててもピンチでもずっと『ヤバイ』しか言ってなかったじゃん!」
「それはいつもだから!気にしないで!」
剥がされた向日葵と、彼女を受け取った友香が頭の悪そうな口げんかを始めたが、迅雷はもう放っておくことにした。
クラスメートの方も向き直ると、室井を初めとした男子たちが肩に手を回して背中を叩いて、迅雷に群がってきて、そのまま彼の体を持ち上げた。
「おあっ!?」
「よっしゃー、そんじゃ胴上げいくぞー!」
真牙が音頭を取って、真下がガヤガヤとうるさい。だが、嬉しい騒々しさだったので、迅雷は安心して奇妙な浮遊感に身を任せた。
「せーの!」
『わっしょーい!』
「うほほっ、高え!」
何気なく2、3mくらいは投げられて、思いの外高くまで投げられた迅雷はちょっと楽しそうに声を出しながらも、その高さにはヒヤッとして体を強張らせた。
そして重力に引き戻されて、迅雷は再びみなの腕の中へと―――――。
ではなく、ドシャッ!と地面に落ちた。
「ッだ、ヴァアアア!?」
『ハッ!ざまぁ見やがれ!』
これにて向日葵とのスキンシップを適当に流した件については制裁完了。背にかけた『雷神』の鞘が背骨にめり込んで、地面を醜くのたうち回る迅雷を全員で指を差して笑った。
「くそっ!これマジで痛い!さっき殴られたのより痛い!笑い事じゃねぇよ!ちょ、この、笑ってんな!お前ら人間じゃねえ!」
「はぁいはい、メンゴメンゴ。ほれ、立てよ迅雷」
真牙が迅雷に歩み寄り、地面に這いつくばる彼の高さに合わせるように少し屈んで手を差し伸べてきた。
最後にはちゃんと優しい(?)友人がいたことに感謝。迅雷はそのまま真牙の手を取ろうとして、しかしやっぱり、と思い直して指が触れる寸前でふと動きを止めた。そして真牙に疑念の目を向ける。
「・・・・・・」
「あーもう、悪かったって!な?」
あと少しの距離は真牙の方から手を伸ばして、迅雷の手を握った。
気の抜けた掛け声と共に引っ張られ、迅雷は軽くよろけつつも無事に立ち上がった。
「んじゃ、改めて。迅雷、まずは2勝目おめっとさん」
「―――――おう!」
拳を突き出してきた真牙を見て、迅雷は仕方なさそうに息を吐き、それから力強く笑ってみせて、拳を突き合わせた。
●
「ふわぁ・・・ぁ。はーい到着ー、カシラ」
辺りはもう夜で真っ暗。ポケットをまさぐってネビアは玄関のドアの鍵を取り出した。とはいえ、もうどうせおんぼろアパートなので、鍵などなくてもドアくらい無理にやれば開きそうで、鍵の防犯効果がいったいどれほどあるかも分からないが。
「ま、盗まれて困るものもそんなにはないし、良いんだけどねぇ、カシ―――――ラ?」
適当なことを嘯いてみたネビアだったが、実際に泥棒に入られたらさすがに気分を害する。
家の雰囲気が朝に出たときとは大分違う。
具体的にどこがどう違うのかというと、まず部屋の電気が点いている。あと、物音がする。あれだ。現行犯、現在進行形。
「・・・誰かにゃーん、私の家に不法侵入しちゃった可哀想な子羊ちゃんは、カシラ」
(借り家だが)家の主の声が廊下を通って隅々まで行き渡るのだが、どうも反応がない。
ここまできて誰もいないフリのつもりだろうか。なかなか肝の据わったコソ泥らしい。それとも事前にネビアが女だと知った上で忍び込んできたということで、もしなにかあっても力尽くで、などと高を括っているのだろうか。
事と次第によっては挽肉になるまで嬲ってから夕飯のハンバーグにでもしてやろうかな、などと考えながら少し攻撃的な笑みを浮かべ、ネビアは靴を脱ぎ、丁寧に揃えた。
それも、綺麗に脱ぎ揃えられたコソ泥の靴の隣に。
随分と丁寧な、それでいて堂々とした、恐らくは男のコソ泥の面を拝むために、ネビアは悠々と明かりの点いている広くもない洋室へと歩く。所詮は1DKの小さな部屋なので、5秒も歩けば部屋の様子が目に飛び込んできた。
その光景に顔をしかめ、ネビアはねっとりとした動きで首だけ回して物音がする洋服ダンスの方を見た。
「さーて、これはどういうことかなぁ?カシラ」
今宵の招かれざる来客の正体は。
「おう!ネビア!お帰り!まぁなんだ、夕飯のおかずでも用意してやろうかと思ってな!どうせ碌な飯も食ってないんだろう!ハハハ!」
「アンタが夜のオカズでも用意しに来たんじゃないの?カシラ。どうせ碌に女も食ってないんでしょう?カシラ」
「まさか!俺がお前みたいな小娘で抜くと思っているのか!ハハハ!」
「じゃあまずその頭に被っているパンツ早く脱げ!カシラ!」
洋服ダンスの一番下、ネビアが下着類をしまっている引き出しを堂々と漁っている日下一太、41歳だった。
元話 episode3 sect50 ”mISsinG”(2016/12/22)
episode3 sect51 “ハンマーキラー”(2016/12/24)
episode3 sect52 “回る回る”(2016/12/25)