episode3 sect16 ”才能という重荷”
『さてさて!学内戦も折り返しの3日目まで来たわけですが、うん、素晴らしい盛り上がりですね。ニュース、誰も見なかったんですかね?』
『見てもこうしてきっちり盛り上がっているのよ。みんなしっかりマンティオ学園の生徒ね!本当に素晴らしいことだわ!!』
『そうですね!ビバ、マンティオ学園!』
相変わらず朝から滾っている実況席の大地と真波。とりあえず、真波の中では、マンティオ学園の生徒はこと『高総戦』に関して言えば戦いが以外に目を向けないものだ。
もちろんそんなレベルの戦闘狂はさすがに(ほとんど)いないと思われるが、それでもこのように試合には他の事情を持ち込む様子がない。
『いやぁ、逞しいですね!さすがはプロの魔法士の卵たちです!さぁ、それではこれより第1試合の選手が入場しますよ、準備は良いですか?』
○
「・・・はぁ」
「どうしたの、矢生ちゃん?」
「いえ、その・・・」
珍しく憂鬱そうな溜息をついた矢生に、隣に座る涼が不思議そうな顔を向けた。初日の、それも1回戦で記念すべき病院送り第1号となった矢生は、昨日まで「念のためね」と医者に言われてベッドの上に寝かされていたからずっとウズウズしていたところだ。それが、やっと3日目にしてまともに学内戦に復帰出来た(観戦しか出来ないが)のだから、涼はもう少し矢生が楽しそうにするものだと思っていた。
「やっぱり負けちゃったのが悔しい感じ?」
「ぐっ・・・!それもありますけれど!大いにありまくりますけれども・・・。ですが、もうそれは仕方のないことですのよ。ネビアさんが私よりも強かったというだけのことです」
「うんうん、まぁ仕方ないよねぇ。・・・・・・うん?え、矢生ちゃん・・・?熱、あるの?」
素直に負けを認めた矢生にギョッとして、涼が自分の額を矢生の額とくっつけた。
が、矢生はそんな身に覚えのない体調不良を心配してくる涼の顔を手で押さえ付ける。
「余計な心配ですのよ!まったく・・・、負けたということはどっちが強いか、もうはっきりしているでしょう・・・」
あまり掘り返されていい気はしないものの、本気で戦って本気で負けたのだ。認めざるを得ない結果からそれでも目を逸らそうとするほど、矢生も子供ではない。負けは負け、ただそれだけのことである。
ただ、それはそうとしても、言い訳などではなくネビアとの試合の中で腑に落ちないところがいくつかあったのも確かではあった。
矢生だって今年の1年生の中ではトップレベルの実力者であり、当然その魔法の腕は高く、技術もある。
しかし、そんな彼女の攻撃が直撃してもネビアはまったくダメージを受ける素振りを見せなかったのだ。
初手に放った筋肉の痙攣を狙った矢も、間違いなく当たっていた。しかし、ネビアが動きを止めたのはほんの数秒の間だけ。
最後に披露した、地形も利用した矢生の最大火力の飽和攻撃も、直撃していたはずなのにネビアは何事もなかったかの如く軽やかに矢生に膝蹴りを叩き込んできた。しかも、一撃で彼女の意識を刈り取るほどの威力で、だ。
そして、最後の最後。既に鳩尾を潰された後の記憶も朦朧としていた頃でうまく思い出せないが、ネビアの様子が少しおかしかったような、そんな気がしていた。
ただの常人離れした頑丈さ、などという表現で片付けられるほど、あのときネビアが見せた得体の知れない違和感は並一通りのそれとは違った。それこそ、今の矢生の知識や語彙では到底表現しきれないところがある。
と、ここまでつらつらと矢生の自身の敗北への感想と考察を並べてきたのだが、そうこうと思うところがあるとはいえ、今し方矢生がついた溜息はそれに関するものでもないのだった。
「これならいっそ初っ端から雪姫さんとの試合にしてあげれば良かったのに」
まだ矢生が負けたことを軽く引きずっていると思っている涼は、そう言って苦笑した。どうせ教師陣もいきなりライセンサー同士をぶつけて自校の戦力を削るようなことはしないので、あり得ない話なのだろうけれど。
矢生も、涼に合わせて投げ遣りな相槌を打つ。
「そうですわね、はぁ・・・」
「あ、また溜息。幸せが逃げちゃうよ?」
涼にからかうように微笑まれて、矢生も仕方なさそうに疲れた笑顔を浮かべた。
「そうですわね。でも、幸せも自分で掴み取るものですわ。寄ってくる幸運は全て逃しませんわよ」
もはや矢生はあまり運というものに拘りがない。完全実力主義な彼女がここ最近で不運を呪ったことがあったとすれば、それは新規ライセンサー合宿講習会で変な男に遭遇したことと、せっかくのスーパーのタイムセールを交通事故の通行止めとモンスターとの戦闘が度重なったことで逃がしたことと、あとは痴漢に尻を触られたことくらいである。
「あはは、さすがは聖護院矢生様ですな。言うことがかっこいいねー。でも、それじゃあなんでまた、そんなふかーい溜息を?」
「あぁ、それならじきに分かりますわよ・・・はぁ・・・」
「え?」
言っている意味が分からず小首を傾げつつ、矢生が一方の選手入場口に視線をやったので、涼もそれに倣って同じところを見つめた。
そして、開くゲートと、飛び出してくる1人の少女。
髪の色は紫っぽくて、体格は女子の中で見ても比較的小柄なところか。全体的に幼げに見えるのは、長めのツインテールが可愛らしいからだろう。
そんな彼女が携えているのは、和風の魔弓だった。
「えっと・・・?あの人がどうかしたの?確かこの前私たちと一緒にライセンス取ってた紫宮愛貴さん、だったよね」
愛貴は子供っぽい仕草でフィールドに躍り出て、クリクリした目で会場、主に観客席をキョロキョロと見渡し始めた。フサフサと頭の動きでツインテールが揺れて、会場からは可愛らしい彼女にヒュウヒュウとエールが降り注いだ。
しかし、ここで涼はふと思った。以前愛貴を見たときは、彼女はアーチェリー用のサイズの弓を使っていて、髪も下ろしていたはずである。
その変化に気が付いて、涼は不思議に感じて唸る。
「うーん・・・?」
すると、隣で不審な挙動をする人物が一人。
「・・・なにしてんの、矢生ちゃん?」
「見て分かるでしょう!前の席の方の影に隠れているのですわ!」
「いや、分かるけど分かんないんですが・・・」
前の席のちょっと座高の高い男子生徒の背を盾にして、なぜか矢生は必死に姿を隠そうとしている。それは見た通りなので分からないわけがないのだが、涼が訝しんでいるのはそこではなく、彼女のその謎の行動の理由である。クラスメートの応援だというのに、あまつさえ姿を隠そうだなどと、あまりにも矢生らしくない。
だが、矢生も譲るつもりはないらしく、涼に反論する。
「い、今に分かりますわ!あぁ・・・どうしてよりにもよってあの子と当たってしまったんですの、春日君は・・・!?」
「だからさっきからなにを・・・」
もういい加減にまどろっこしくて焦れ始めた涼だったのだが、そんなとき、不意に声が響いた。
「あー!いた、いました!おーい、師匠ー!!」
―――――師匠?
観客席のある一点を見て嬉しそうに手を振る愛貴だが、しかしそんな彼女に手を振り返すような人物はいない。というより、その席には誰もいないようにも見える。
不思議ちゃん疑惑が浮上して、ヒソヒソと笑い声や話し声が広がっていく。
しかし、それを気にする様子もなく、愛貴は手で目に傘を作って、しばしその席を見つめ続け、どうにもなにも起こらないので、今度は顎に手を当てて考え込み始めた。
「うーむ・・・?」
それからもう一度、パァっと明るい笑顔で同じところに手を振った。
「おーい!師匠ー?しーしょー?あっれぇ、変だなぁ・・・」
フィールドのど真ん中で嬉々として大声を上げる変わった少女の視線を、自分のわずか30cm右隣に感じた涼は、軋んだ音を立てて首を回し、例の空席に座る人物の方を見た。
「ねぇ、矢生ちゃん・・・」
「つまり、こういうことですのよ・・・」
「聖護院矢生師匠ー!!」
●
軽い回想を挟むが、とりあえず先に事実の確認をしておこう。
紫宮愛貴、マンティオ学園1年生。魔力は白だが、最近は特に雷属性の魔力を好んで使用。髪型は涼の記憶通り、少し前まではストレートか、たまにポニーテールだったが、最近はツインテールに挑戦中。体型は見ての通りの子供体型であり、最近はバストを気にして胸にパッドを入れようとしたが、急に大きくなりすぎだと親に言われてこればかりは断念。
学園入学時に新しいことを始めようと思い立ち、アーチェリー系の魔弓を購入したところ、思わぬ才能を発揮してライセンスの取得にまで至る。よって、趣味も読書から弓の練習になった。しかし、最近は弓道で使うような形状の魔弓を好んで使用。
そんな愛貴は、実は今期1年生ナンバー2である聖護院矢生の弟子・・・・・・なわけがない。
もうとっくに察しているかもしれないが、つまり彼女はただの熱烈な矢生のファンである。
というのも、入学当初から同じ弓使いとして高い能力を発揮してきた矢生には兼ねてから少なからず興味を抱いていた愛貴だったのだが、ゴールデンウィークでの矢生の大活躍を目の当たりにし、惚れ込んだというところである。
以後、この短期間で矢生のことを追いかけ回すうちに愛貴は今の姿に至ったのだった。
初めは口調まで真似しようとしていたが、それは友人に口々に気持ち悪いと言われてパッド同様諦めたりしている。
ちなみに、矢生が1日目の試合で入場した時点で若干疲れの色を見せていたのは、直前で愛貴に応援だと言われて大量の差し入れを持って追いかけられ、それから逃げ回っていたからだったりもする。
●
今度こそ誰の耳にも明らかな声量で名指しされて、矢生は完全に逃げ場を失った。
短く悲鳴を上げて、なんとか隠れおおせようとうずくまるのだが、2組の生徒たちの視線はものの見事に矢生に集中してしまったので叶わなかった。穴を見つけても入ったそばから掘り起こされるような感覚だ。
「矢生、師匠・・・?プフ・・・、や、矢生ちゃんが、し、師匠って・・・これは秀逸・・・プフフ」
顔を伏せた涼にも隣で含み笑いされ、矢生は羞恥に顔を真っ赤にした。
それから、思い切ったように矢生は勢いよく立ち上がって、フィールドではしゃぎ続ける愛貴に叫び返した。真っ赤な顔と目尻の涙が彼女の決意の偉大さを教えてくれる。
「私はあなたを弟子にしたつもりもありませんし!そしてなにより、私もまだまだ未熟ですわ!!弟子を取れるほどの人間ではありませんのよ!」
後半の下りは全く思ってもないことでもないのだが、正直なところ矢生の思いつきの理屈の色が強い。
なんとしても状況を打開したい矢生が必死にあれこれ叫ぶのだが、なぜか弟子ではないとキッパリ言い捨てられたはずの愛貴は目を輝かせている。
「おぉー!!な、なんて謙虚な方なんでしょう!どこまでもついていきます、師匠!」
「なんでそうなりますの!?」
全く話の通じない弟子もどきの同輩に辟易してしまい、矢生は力なく座席に腰を下ろして頭を抱えた。ああ言えばこう言うのだから、追い払いようがない。
こうして格好や決して安くはない魔弓まで似たものに揃えてきて、見つかる度に追いかけ回されて、既にストーカーと言っても問題ないほどの問題行動を平然としてくれる愛貴のことである。褒められたり尊敬されるのは悪い気はしないけれども、それにだって限度というものがある。どこまでもと言ったら、愛貴は本当にどこまででもついて来かねない。
「・・・ゾッとしますわね、それは」
今度は顔を青くして小刻みに震えだした矢生の肩に、涼は励ますように手を置いた。
「まぁ、とりあえず応援だからさ。元気だそう?ねっ、師匠?」
「あなたまでぇっ!もうイヤ、勘弁してくださいましぃ!うわーん!」
○
羞恥で顔を覆う矢生には構わず、試合は開始した。
結論から言うと、それから10分ほどで愛貴が2組の選手を気絶させて勝利した。
おふざけキャラ的な印象を前面に押し出していた愛貴ではあったが、元々魔弓使いとしての優れた才能があってライセンスを取得できた人物なのだ。
非常に堅実な立ち回りで魔法攻撃を悉く躱し、隙を見つけては正確な一射を加えていく彼女には、2組の選手も最初から最後まで翻弄されっぱなしだった。
「あー・・・、残念、負けちゃったか。紫宮さんってあれでもやっぱりライセンサーなんだね・・・」
登場時の印象のせいでもしかしたら勝てるのではないかなどと期待をかけていた涼だったが、やはり現実は甘くなかった。担架に乗せられて運び去られるクラスメートを見ながら、苦々しい吐息を吐く。
「伊達に天才をやっていませんわよ、彼女は。まだ私の方が上ですが、弓の腕となると・・・。本当に末恐ろしい方ですのよ」
涼はまたらしくないことを言い出す矢生に首を変なものを見たような顔をしたが、こうして矢生が焦りを覚えるのも当然である。まだ初めて弓を手にとって1ヶ月と少ししか経っていないにも関わらず、動きの基礎はもちろんのこと、柔軟に弓を使いこなせているのだから。
さらに言えば、愛貴が日本弓を使い始めたのはほんの10日前ほどの話である。矢生が弓の弦を引き絞り続けて指に数え切れないほどタコを作ってきたこれまでの時間と比べると、冗談のように短すぎる期間だ。
これが天賦の才であれ隠れてした努力の結果であれ、愛貴がこと弓に関して言えば、正真正銘の天才児だということには変わりないのだ。
「天才、ねぇ。雪姫さんともかぶるけど、こっちの天才さんは見てて清々しい天才さんなのかな。それに、実際は魔力が白だから雷属性以外の矢も自在に操れるって考えたら、その分すごく有利だったんだろうね」
同じく複数色の魔法を同時に扱うスタイルを得意とする涼の目線で見れば、愛貴の強みもより身近な例に当てはめて感じることが出来た。学内戦の後半になれば当たるかもしれない強敵の予感に、涼は身が引き締まる思いがした。
このあとは涼も試合なので、ちょうど良い喝入れになっただろう。彼女は両手で頬を強く張って席から立ち上がる。
「それじゃあ、アップ行ってくるね」
●
食堂は前日同様混雑していたが、程度で表すのなら座れなくもない、といったところだった。これもきっと、各ブロックで序盤から有力選手の試合が行われていたため、より大勢の生徒がアリーナに集められていたおかげだろう。
「よし、座れるな。ツイてら」
「やったねとっしー」
迅雷が早起きに耐えられなかったので、家で朝食を食べずに学食で済ませようとした彼と千影は、うまく2人分の席を見つけて荷物を置いて席を確保した。
価格が安めの朝食セットを2人分買って、2人は席に戻る。
「あむ・・・もぐもぐ・・・。おー、結構イケるね。ここのモーニングって値段の割においしいんだね。ボク通っちゃおっかなー」
「まずは学校に通うところから始めような」
しっかりとツッコミを返しつつスープを啜る迅雷。朝食セットはパンとソーセージとスクランブルエッグ、サラダが固定メニューで、これに加えて日替わりスープが付くというオーソドックスなメニューだが、確かに安くて美味しい。
「えー。まぁ、通うとしたらこの際中学校からってのがベストなんだろうね。それまでこっちにいるか分かんないけど」
「まぁそうなるよな。小学校の途中からもアレだし。あー、スープうま・・・っブッ!?え、お、お前どっか行っちゃうの!?」
思い切り口に含んだスープを噴き出して、ひっくり返った声を出す迅雷。真正面から牛乳たっぷりのコーンポタージュをスプレーされた千影の笑顔が引きつった。吹きかけたコーンポタージュの色も割と白かったので、背徳感満載の非常によろしくないことをしでかしたように見える。
「とっしーさんや」
「あ、はい・・・。なんでございましょうか、千影さん?」
「これはダメだよ」
「これは素直に謝る。ゴメン」
頬を膨らませながらパーカーを脱いで椅子に掛け、ホットパンツのポケットからハンカチを取り出す千影を見て、迅雷はまず彼女がティッシュやハンカチを持ち歩くタイプの人間だったことに愕然としていた。普段からあんなにガサツな千影なので、急に女子力アピールがあると逆に胡散臭くて思わず笑いそうになるのだが、ここは反省を示すために迅雷は笑いを堪えた。
と、顔を一通り拭き終えたハンカチを、なぜか千影はしまわずに眺め始めた。
「・・・ねぇ、とっしー」
「ん?」
「このハンカチ舐めたら、これってとっしーとの間接キスになるんじゃない?」
「知らんがな」
唇を尖らせた千影だったが、間接キスというあのラブコメの代名詞とも言える四字熟語(?)の一角を提示したのに迅雷が全く動揺を見せなかったため、諦めてハンカチを朝食セットのトレイの脇に畳んで置いた。
「それでさ」
迅雷が改めて口火を切った。
「お前、どっか行くのか?」
千影の何気なく発した台詞が、迅雷の心に地味に刺さっていた。彼は精一杯平静を装っているようだったが、このことには動揺しきっていることぐらい、千影でなくとも見て分かる。
そんな迅雷を見て、千影は嬉しそうにニマニマする。
「お?お?寂しい?ボクがいないと寂しくなっちゃうの?」
「そりゃも・・・じゃなく、別にそんな寂しくないだろうけどな!?むしろやかましいのがいなくなってベッドも広々だし、一石二鳥だよな!うん!」
「えっへへー。そっかー、うんうん、そんなに寂しいのかー」
そりゃもちろん、と言いかけた迅雷は慌てて言い直したのだが、それがなおさらツンデレ感があって千影的には高ポイントだった。
ツンデレお兄さんにしばし萌えてニヤついてから、千影は居佇まいを直した。ここまでは冗談として、迅雷をからかうのもこれくらいにしておいてあげないと可哀想である。
「まぁ、今のところそんな予定はないんだけどね。でもホラ、ボクって超強いし、いつお仕事がきてもおかしくないからさ」
「な、なんだ・・・。ハァ、驚かすなよな・・・ったく」
今度は目に見えて安堵する迅雷。ああだこうだと言いながら、彼も割と千影とは離れ難くなっているらしい。しかし、迅雷もなかなか意外に素直ではなかったりする。男の子のくせに、なんだか可愛らしい性格なものだ。
なんとか取り繕おうとあくせくする迅雷を楽しげに眺め、千影は朝食を再開する。
「ほれはほうと、ほっひー。しゃっきのふひふはひほは、はわっへはへ」
バターロールを頬張りながら、千影は話題を切り替えた。
しかし、全くなにを言っているのか分からない。
「千影さん、飲み込んでからしゃべろうか」
「んっ。それはそうと、とっしー。さっきの弓使いの子、変わってたよね」
「千影とどっこいどっこいだろ」
「いやぁ、それほどでも」
千影にとって変わっていると言われるのは褒め言葉だったのだろうか。
・・・と、思った迅雷だったが、千影も直後に「あれ?」と言って首を傾げているので違うのかもしれない。
「でも実力は確かだったよな。矢生を師匠と言うだけのことはあるっていうかさ」
試合前の気の抜けるような無邪気さから一転して、弓を構えてフィールドを駆け回る愛貴の姿は立派な魔法弓術士だった。トーナメント表の並びからして迅雷が彼女と当たる可能性は低いものの、もし当たれば苦戦は必至だろう。
「うーん、まぁ一応そう?なのかな。ボクにそういう話を振ったら、みんな『とろい』て評価になっちゃうからアテにしないでね」
「あとほんの少しで良いから素人の目線にも馴染んでくれると嬉しいです」
今よりももっと幼い頃から、ずっと第一線で戦えるような猛者ばかり見てきた上に、自分自身もその一員である千影は、今更ランクが1や2の魔法士を見ても評価を付けるのには慣れていないらしい。ちょうど深窓のお嬢様が一般庶民の生活レベルを俄には理解しかねるのと同じ現象なのだろう。
当然と言えば当然の結果なのだが、まぁ、それでもまずは脱素人を目指す迅雷からすれば願ってもない高ランクアドバイザーでもある千影には、もう少しレベルを落とした目線でものを見られるようになって欲しいのだった。
迅雷にそう言われてから千影は改めて愛貴の戦いぶりを思い返して、なんとかまともな感想を捻りだそうと額に手を当てて唸り始めた。
「うーん・・・。あ、そうそう。あの子、あれだよ」
「どれどれ?」
「なんていうか、才能でやってますって感じ」
「才能?」
興味深い意見に、迅雷は一旦食事をする手を止めた。
「そう、才能。ボクと同じでやらなくても出来ちゃう系の人だと思うよ」
「さりげなく自称天才乙」
なんだか急に鼻が高くなっている千影に迅雷はジト目で視線を返してやった。
「む・・・。なんだか腑に落ちないなぁ。まぁそうだね。ボクは天才というよりか、単純に素の身体能力が高いだけだし」
空虚な溜息をついて、千影はスクランブルエッグを口に突っ込み、それからケチャップが欲しいとか言い出して、カウンターの方まで行ってしまった。
「つっても、10歳でランク4なら、とんでもない天才児だよな・・・」
千影の背中を見送りながら迅雷は呟いた。
千影が天才かそうでないかと言われれば、間違いなく天才なのだろう。それは迅雷も分かっている。世間一般の小学生なんてケンカじゃ負け知らずのガキ大将でも雑魚モンスターと出遭えば尻尾を巻いて家まで逃げ帰るというのに、千影はどうかと言ったら、危険種やそれ以上のモンスターを前にしても怯むことすらしないのだから。
しかし、それは褒められたことなのかと考えると、迅雷は素直に賛成できない。彼女の実力が圧倒的であることも知っているが、やはり彼としては千影が普通の少女として生活してくれている方があるべき姿であると思わずにはいられなかった。
元よりライセンスは16歳以上の人が対象、そして実質的に特に危険なモンスターを相手取るのはランク4以上という制度なのだ。そしてランク4以上ともなれば、多くが既に成人した大学生や社会人、そしてこのマンティオ学園のような魔法科専門学校のごくごく限られた一部の生徒である。
そんな中、あの幼さでランク4を与えられた千影の存在は光と影の両面で矛盾を抱えている。
天才というのは今の時代、重いステータスなのだろう。
迅雷が考えに耽っていると、千影がケチャップの小さいパックを2個ほど持って帰ってきた。
「はいこれ、とっしーも良かったら使ってね」
「おっ、気が利くじゃん。せっかくだから使わせてもらおうかな」
もう学内戦も3日目、なんだかんだで仲睦まじい2人を見る周囲の目は様々である。外見は似ていない迅雷と千影だが、もしかすれば意外と兄妹のようにも見えるのかもしれない。
「それでさ、とっしー。さっきの話の続きだけど」
「紫宮さんの?」
「そそ。あの子、多分全国大会とかで急成長すると思うから、見といたら面白いと思うよ」
「へぇ」
ストイックな面の見える愛貴なら、後々追いつかれて埋もれていくただの才能で終わらないということだろう。真面目な天才肌の人物がレベルの近い相手との対戦を重ねれば、着実かつ快速に成長するものである。
「ま、ボクなら高総戦で優勝なんてお茶の子さいさいだけどね」
「そいつは高校生になってから好きにしてくれな?」
元話 episode3 sect43 “マンティオ学園と一般人の寒暖差”(2016/12/10)
episode3 sect44 “師匠?”(2016/12/11)
episode3 sect45 “いつ曇るかも分からないあの笑顔”(2016/12/13)