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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode3『高総戦・前編 邂逅』
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episode3 sect13 ”魔法科学の力ってスゲー!”

『さぁやって参りました、1日目第7試合!ここでもまたライセンス持ちの選手が登場です!!いやぁ、楽しみですね、志田先生!』


 午後3時、第7試合。つまり、迅雷の出番である。

 実況者である大地が努めて盛り上がる声を出したが、しかしライセンス持ちの登場だというのに会場には微妙な空気が漂い始めた。

 これもただの根の浅い偏見でしかないのだが、2つ前に試合をした同じライセンサーである藤沼界斗の悪印象が強すぎたらしい。

 だからだろう、大地ももう一度初めの活気を取り戻すために必死に実況を頑張っていた。


 『えぇ、楽しみね。今日の神代君は何刀流でやるんでしょうか。話では中学校では剣道で二刀流をやったことがあるって聞いたけど』


 『いや、それなんですけど確か彼は魔力不足かなんかのせいでまともな魔法戦では二刀流出来ないらしいですよ?』


 『それな』


 マイクの声の掛け合いを聞きながら、迅雷は入場ゲートの内側の薄暗い通路で苦い顔をした。会場の笑い声まで聞こえてくる。なんだかそこはかとなく恥ずかしい。思い出すのは入学してほんの2日で晒したあの醜態。本気で埋まりたかったあの日。

 ちなみに、あのときよりは確実に迅雷の魔力量は大きくなったが、それでもまだ二刀流を披露するには『制限(リミテーション)』が効いている間は全然足りていない。無理ではないが、難ありといったところか。実験的に千影と手合わせしたが、5分半ほどで魔力切れの症状が出たのだ。


 そんなわけで一刀流で出場する迅雷だが、別にだからといって迅雷が大きく弱体化するわけでもない。というより、一刀流なら普段通りだ。


 控え室で予め呼び出しておいた『雷神』。鞘から抜いてその刃の煌めきを見る。


 透き通る白銀の最奥に微かに揺れる黄金色。手の中に存在するだけで勝利を約束するような鋒を鞘に納め、迅雷は鞘に取り付けたベルトを肩から斜め掛けして『雷神』を背負った。

 その重みに俄然強まる緊張と、自然高揚する心。


 入場コールが聞こえ、ゲートがゆっくりと開き、差し込む光が眩しい。


 「・・・よし、いくか」


 外に、一歩出る。歓声。


 中央へ。大勢が自分を見ている。

 矢生ではないけれど、不思議と口元がにやついてしまう。


 界斗のせいでまだ足りない歓声。


 剣を抜いて、迅雷は鋒で地面を撫で払う。

 その軌跡を辿って円形に噴き上がる紫電でサービスをすると、やっと歓声は爆発した。

 

 これで少しはやりやすくなったかな、などと思いながら迅雷は実況席に目配せをしてやった。


 『おお、イカしたアピールですね!見事なまでの中二病!』


 「うるせー!格好良く終わらせろよ!」


 もはや恒例となったCブロックの選手イジリはちょっと気を遣ってみた迅雷にも牙を剥いた。歓声がまたも笑声に変わったので、迅雷は顔を真っ赤にして遙か頭上の実況席に向かって叫ぶのだった。大地とは中学校も一緒でちょっとは知った仲なので、彼のしたり顔が見えるようである。

 そして実際にニヤニヤしながらマイクを握る大地は、ささやかながら迅雷の計らいに感謝しつつも、彼の叫びはスルーしてもう一方の選手を呼ぶ。


 『はい、そして対するは!天才?秀才?いやいや奇才!!入学以来放課後は実験棟に籠もって早1ヶ月!実験室の主、佐々木栄二孫(エジソン)選手ゥ!』


 なんだか普通の苗字にとんでもなく頭の良さげな名前の奴が登場した。朝に対戦表を見て相手の名前の読みが分からなくて首を傾げた迅雷だったが、なるほど読めないわけだ。とりあえず本当に「えいじまご」でなかっただけ迅雷はほっと息を吐いた。


 迅雷が出てきた方とは逆のゲートが開いてやってきたのは、なんだか派手なカラーリングの人間だった。あまりにも派手すぎて目がチカチカするので直視することも出来ない。よって性別不明。

 虹色の白(?)衣をジャージの上から羽織るその生徒の髪も虹色。もっと言うと肌も虹色。頭のてっぺんから足の先までとにかく虹色のマーブル模様だった。


 「な、なんなんだアレは・・・直視できない!?まさかネタ枠が参加していただなんて!?」


 「ネタ枠ではない!失礼ダヨ君!」


 虹色が叫んだ。なんだかしゃべり方も相まってネタ枠以外のなんなのか分からない。


 『そう、ネタじゃない!あまりに派手なその姿は一周回って光学迷彩!・・・なんでしょうかね?』


 『そんなの私に聞かないで』


 その虹色人間は声からして男性だと判明したのだが、依然として謎が深い。さすがはエジソン、発想が凡人には分からないようだ。

 大地の疑問と真波の逃避を受けて、エジソンはくつくつと笑い始めた。


 「クックック、ハーッハッハッハ!!まさしくこれは相手の視覚認識能力に対し高い妨害効果を発揮するのダヨ!」


 会場からは「おー」と感心の声。効果はテキメンのようである。ただ、眩しいので誰もエジソンのことは見ていない。

 

 『ほう、それではやはり―――』


 「・・・と、いうのは後付けなんだガネ。実は先週新しい魔法炸薬を作っていたら失敗してこんなことに・・・」


 ―――どんなことに?


 目の前の虹色人間に、迅雷はもうなにをどこからどうやってツッコんでいけば良いのか分からず、しかしジト目をしても目をエジソンに向けることすら敵わない。試合開始前から強力な精神攻撃を受けて迅雷は頭を抱えた。

 しかし、先週。そんな人が校内にいたらすぐに話題になると思うのだが、などと考えていて迅雷は1つ頭の中で引っかかるものがあった。


 「ん?虹色・・・、先週?」


 なんだかどこかで見かけたような気がしてきた。先週なにをしていたか思い出して時間を遡る迅雷は、ネビアに学校の施設を紹介して回っていたときの事を思い出し、そして叫んだ。


 「―――あ!あのときのやつか!?」


 「む、なんダネ急に叫んで?」


 「思い出したぞ虹色人間!こないだ実験棟見学しに行ったときに爆発してなにかと思って見に行ったら、その変な煙の中から出てきた人だろ!」


 迅雷は記憶の奥底に眠るエジソンとのかなり浅い因縁を思い出し、彼の顔を指で指した。いきなり指差されてムッとした顔をするエジソンも、言われてぼんやりと迅雷の事を思い出した。いや、思い出すほどの思い出なんて彼の側にはないのだけれど、ここは彼の記憶力が高いのだろう。

 

 「む・・・?あ!君はあのとき魔法科学の力を分かっていない女子を2人も連れ歩いていた男か!」


 今度は友人を馬鹿にされたような気分になった迅雷がムッとする。

 うまいこと両者の間に戦う理由が出来たところで、大地がカットを入れる。


 『へ、へー!顔見知りだったんですねー!では時間も迫っておりますので!両者、アーユーレディー?』


 足を肩幅に開き、迅雷は見づらい相手を気合いで見据える。目がチカついて視点が一所に定まらないが、その姿を捉える。ひょろ長い痩身の少年のようだ。

 

 迅雷は剣を軽く構えて、エジソンは不敵に笑って直立したまま、両選手は準備を終えた。


 『それでは第7試合、スタート!!』


          ○


 試合開始。まず様子見のためにも『サンダーアロー』あたりの軽い魔法で牽制射撃を―――。


 「するわけないよな!」


 恐らく今の迅雷に最も期待されているのは、名前に違わぬまさに疾風迅雷の如き速攻と完封勝利だ。

 モヤシっぽいエジソンには悪いが、この勝負は一気に超至近距離の白兵戦に持ち込んで、暴力的なスピードでカタを付けさせてもらう。


 そう意気込んで一直線にエジソンに突撃する迅雷。姿勢は上半身を低く落とし、腕を後ろに流して一気に加速する。


 初動にブレる視界の端。一歩進む度に逓減していく空気抵抗と肌を撫でる空気の温度。

 

 爆発的な加速は「斬」の一文字だけを頭の中に残して、余分な他の全てを置き去りにしていく。


 今の迅雷の目に映るのはエジソンだけ。彼の立ち位置、彼の表情、彼の挙動。それだけが今の迅雷の全て。もうそれ以外の情報は要らない。彼だけがそこにあれば良い。


 わずか3.5秒で50mを詰めるという大加速をした迅雷は、勢いを一切殺すことなく魔力を通した『雷神』を振るう。それは薄金色の残像。


 エジソンの焦る顔が見えた。しかし、反応は意外に良いらしい。迅雷の剣が通るであろう軌跡から辛うじて飛び出た。

 

 わずか1cmの誤差で宙を斬ろうとする刃。


 「甘い!!」


 だが。後方に飛び退くエジソンの体を追ってはためく虹色になった白衣を『雷神』の鋒が掠めるその直前、一気に魔力を通す。

 溢れた魔力は刃の延長となり、攻撃を強引に届かせる。


 「ッらァ!!」


 振り抜いた刃から飛び散る魔力は、その一撃がまともに受ければ必殺であることをまざまざと見せつけていた。

 

 「わぁぁ!」


 エジソンはジャージを貫通して高電圧のエネルギー体が刃を為して腹の表面を掠めたのを感じ、ひっくり返る。

 身体能力があからさまに違いすぎた。もとより運動に関しては貧弱なエジソンでも、この差はそれだけが原因ではないのがすぐに分かった。10秒も距離を保てれば安心して攻撃に移れたであろうに、それすらも許さない高速の先制攻撃。

 今のを躱せていなかったら、今頃内臓の1つでも溢していたのではないかとさえ感じる。今の回避は運が良かった。


 「無茶だ無茶だ!こんなの僕に勝てるわけがないだろう!僕は脳筋じゃないんダゾ!」


 「誰が脳筋だコラ!」


 意外にも初撃を回避されたため、一旦剣を構え直す迅雷。脳筋扱いされたことは頭にきたが、インテリから見れば特別魔法学科の生徒なぞみな脳筋に見えるのだろう。


 「それにしても、まさか普通に回避されちまうとはな。正直なめてたぜ、悪かったな」


 迅雷は不機嫌そうな顔のまま鼻を鳴らすのだが、一応高を括っていたことを謝罪した。

 しかし、一方のエジソンは首を振る。


 「いやいや、躱せていないんダガ!?見ろ、これを!血!ちょっと血が出ているではないか!」


 床に尻餅をついたまま自分の腹を指差して喚くエジソンは、既に血の気が引いて青い顔をしている。まったくもって気にするまでもない傷の程度ではあったのだが、自分の血を見ると貧血になるタイプの人物なのだろう、と迅雷は適当に想像した。

 なら、これ以上余計な切り傷を付ける前に一気に勝負を決めてしまおう、と迅雷は剣を振り上げた。


          ●

 

 「速さが足りてないよね!」


 観客席で迅雷の試合を見ながらプリプリしているのは、黒髪茶髪ばかりいる中で一際目立つ金髪のアホ毛を揺らす千影だった。

 せっかくの先制攻撃のチャンスをみすみす逃がすなど、スピード一辺倒な戦術評論家・千影さんには非常に許し難い失敗である。


 「だいたい、なんなんだよあのスピードは!あれなら子供でも躱せるよ!」


 「いやいや、あれを躱せる子供なんて千影ちゃんくらいじゃないかと思うんだけど」


 可愛らしく怒る千影を宥めながら慈音が苦笑する。迅雷のあの突進を躱せる子供なんていたら、それはつまり安全確認もせず角を飛び出して、その瞬間に車が突っ込んできても躱せる子供ということになる。いなくもなさそうだが、やっぱりほとんどいなさそうである。

 ちなみに友香は既にスイッチが入っており、鼻の穴には予め向日葵が鼻血用に両方の穴に丸めたティッシュを詰めさせていた。隣でゴソゴソされて千影が窮屈そうにしている。

 慈音のツッコミを受けて千影が口を尖らせるが、それもそうなのかな、と不承不承納得した彼女はそれでも納得がいかないところに文句を垂れる。


 「んー、そうかなぁ。まあそうとしてさ、でも50mとかなら、ボクは2秒は切って欲しいんだけど・・・」


 「レベル高っ!?千影ちゃん、それはもう人じゃないよ!」


 恐らく『マジックブースト』有りでも人間がそのスピードに到達するのは非常に困難である。というか、発想がおかしい。平均して秒速25mということは、時速換算で90キロメートル毎時である。速い。

 しかし、目を白黒させる慈音に千影は容赦なくきっぱりと事実を叩きつける。


 「なにを驚いてるのさ?ボクならその気になれば今すぐ100mを1秒で移動できるんだけど。というか、IAMOの実力派の人も前衛職の魔法士はだいたい50mは遅くても1.8秒くらいだし」


 「わーい、世界が違うよぉ・・・。というか千影ちゃん速っ!?」


 常識が通じない。驚きの新事実だが、そんなプロの中のプロである方々と、ライセンスを持っているとはいえ一高校生でしかない迅雷を比較するのは根本的に間違っている。むしろその基準と1.5秒程度しか差のない彼をもっと褒めてやるべきなのではないだろうか。

 そして、なにより千影の持ちタイムが群を抜いておかしなことになっている。1秒で100mともなればそこらの新幹線より速いではないか。


 「なんたってボクのセールスポイントだからね」


 思った以上に驚かれたのが嬉しかったのか、フフンと鼻を鳴らして誇らしげになる千影。《神速》は伊達ではないのだ。

 ちなみに彼女の本気の本気なら―――まぁ見せる機会もない方が平和で良いのだけれど、超音速はもちろんのこと、条件を整えれば短距離の瞬間移動の真似事も可能だったりする。


 「千影たん速い可愛い。抱き締めたいなぁ」


 褒められた子供らしく鼻を高くする千影をニマニマしながら見つめて、真牙が鼻息を荒くしている。

 ドン引く千影に「冗談冗談」と冗談っ気もなく誤魔化しつつ、真牙はフィールドを指差してみせた。しゃべっている間に、試合は面白い展開を迎えていた。

 それを見て、千影も思わず口をポカンと開いた。


 「うわお」


 「うっははは、なにアレ楽しそう!カシラ!」

 

 派手な攻撃を好むネビアもその光景には目を輝かせている。


 というのも、迅雷がなにかから涙目で逃げ回っていたからだ。

 そのなにかというのは例の虹色少年ではなく、大きさや形はちょうどアルミ缶くらいの飛行物体である。


          ○


 「クッソ!なにそれ!もう魔法関係ないじゃねぇかよこれ!」


 「ふはははは!これが科学と魔法の力ダヨ!魔法科学の力ってすげー!ダヨ!」


 現在迅雷は非常に分かりやすい命の危機に瀕していた。

 

 迅雷があの後改めて喚くエジソンに斬りかかって、早いうちに試合終了にしてやろうとしたところだった。

 エジソンが咄嗟に『召喚(サモン)』で呼び出したのは、最近流行の大容量冷蔵庫くらいの大きさの、小さな開閉式の蓋がたくさんついた金属の箱だった。

 

 それを見てなんだか嫌な予感がした迅雷は足を止めたのだが、それと同時に金属の箱にある蓋が一斉に「プシュー」と炭酸飲料のキャップを少しずつ開けたような音と共に開いた。

 不敵な笑みを作り直したエジソンが「一斉砲撃!」と声を張ると、その金属の箱の蓋に塞がれていた穴々からは例のアルミ缶程度の大きさの金属塊が元気よく火を噴いて飛び出したのだった。


 とどのつまり。


 「ミサイルじゃん!これミサイルだよね!戦術兵器だよね!?死ぬ!これは死ぬやつ!」


 ―――魔道具検査係の先生仕事しろ!


 迅雷の涙声の絶叫は、地面に着弾して炸裂したアルミ缶ミサイルの爆音で掻き消された。一体何発のミサイルが発射されたのかも分からないが、とかく数が多い。迅雷がいくら必死に走り続けても、その真後ろを爆炎が猛然と追いかけてくる。

 まるでやたら爆発するハリウッドのアクション映画の世界にでも放り込まれたような感覚。スタントマンの偉大さを実感する。


 「・・・じゃねぇよ!マジで何発撃ったんだこの野郎!」


 「フッ。ざっと30発を2回分といったところカネ。精々頑張って逃げたまエヨ!」


 要するに初めの時点で60発のミサイルが迅雷を追いかけていたことになる。えげつなさ過ぎる過剰火力に、迅雷は涙と鼻水が止まらない。


 そして、大量のアルミ缶に追いかけ回されながらも健気に爆発を背に走り回る迅雷、という一周回ってギャグマンガチックでシュールな光景に会場は笑いが止まらない。


 『おおっと!すごい笑い声です!でもこれは、プ・・・確かに面白い戦術です!地力の差を克服できています!くふふ・・・、非常に効果的だ!』


 実況もどこか笑いを堪えているように苦しげである。追われている本人はまさしく一所懸命だというのに、失礼ではないのだろうか。

 降り注ぎ続けるアルミ缶ミサイル。いくら逃げてもキリがないと判断した迅雷は、試しにミサイルを迎撃してみることにした。

 ただし、剣で叩き落としたり真っ二つにしたりして至近で爆発されても困るので、ここは一定の距離を置いて魔法で対空防御をする手段を取る。

 

 脚に魔力を集中させて一瞬だけ強力な『マジックブースト』を使い、迅雷は一旦大きく前に跳びながら、振り向きざまに掌に魔法陣を構築する。


 「『スパーク』!!」


 魔法陣が黄色く輝く。

 直後、弾けた電撃が高速で拡散し、未だ迅雷を追尾し続ける30発ほどのミサイルの全てを呑み込んだ。


 「どうだ・・・!?」


 派手な爆発を起こしてミサイルは全滅、格好良く迎撃成功―――というシチュエーションを少なからず期待していた迅雷だったのだが、現実はそんな彼の期待を斜め上に吹っ飛んでいった。


 なぜか迅雷の『スパーク』を受けたアルミ缶ミサイルの群は爆発する様子がない。

 それどころか、どういう原理かは分からないが、ミサイルは動きを止めてその場に滞空したままである。


 「な、なんだ?」


 理解しにくい事態に迅雷はまたまた立ち止まって、訝しげに目を細めた。ミサイルはまるで時間が完全に停止したかのように空中に留まっているというのに、それがあまりにも不自然なため、まったくと言って良いほど安心を感じられない光景だった。

 

 少しして、ミサイルが青く発光し始めた。


 そしてエジソンが笑い出す。


 「ははは!引っかかったな!その弾頭には僕が中二のときに作った特殊な炸薬を利用しているのダヨ!」


 「・・・一応聞くけど、なにが特殊なんだ?」


 迅雷は度重なる嫌な予感にいい加減頬をひくつかせながら、念のためにエジソンに尋ねた。

 特殊な炸薬、と言った時点で既にかなり恐い。正直なところ、ここまでのエジソンのやり方を見る限りでは、これもまたなにかしら過剰出力兵器なのだとしか予想できず、迅雷は自分から尋ねておきながら耳を塞ぐ準備は万端である。 


 「そう!この炸薬は魔力を通すと!」


 「通すと・・・?」



 直後、大爆発が起きた。



          ○



 一面が真っ白だ。どうやら頭を強く打ったらしい。意識が朦朧とするが、辛うじて認識力は生きている。ふらつく足ではあったが、剣を杖代わりにすれば立てなくもない。腕に力を込めて、やっとの思いで立ち上がった。


 息を吸おうとして、むせた。咳がおぼろげな頭に響いて鈍痛を感じる。


 「くそ・・・なんだこれ・・・。すごい湿度だな・・・」


 緩慢に首を動かし、霧、という表現ではやや足りなさそうな現状を迅雷は確かめる。


 濃霧に覆われた視界と、立っているだけでも濡れるジャージ。顔を滴るのは汗でも血でもなく、無味無臭のただの水だ。

 そしてこの異常に高い湿度である。サウナの10倍は息が苦しいほどで、もはや水中にいるのか空気中にいるのかも判然としない。


 「なるほど、電撃対策と呼吸の妨害ってとこか。確かにこれだと雷魔法の減衰率も跳ね上がるんだろな」


 ようやく体が思うように動き始めたので、迅雷は周囲への警戒を最大限に引き上げつつ、エジソンを探して一寸先も見えない白い世界を歩き始めた。

 恐らくエジソンは初めからこの事態も想定して酸素ボンベなりなんなりの対策を練っていたに違いないので、バイタルの状態で見れば現在迅雷は非常に不利な状況に置かれているのだろう。迅雷は俄然緊張感が強まってくるのを感じていた。


 途中で何度か壁に顔からぶつかったりしながら、依然として晴れる様子のない濃霧の中を探索する。歩いているうちに何カ所かで特に濡れる位置があったのだが、つまりはその点から未だに水が発生し続けているということのようだ。


 「くそったれ、爆発して水になる炸薬ってなんなんだよ!」


 実用性があるのだかないのだか、とりあえず環境には優しそうだが、あの爆発の威力といいこの二次災害といい、非常に厄介なものを持ち出してきてくれたものである。

 全身虹色でやたら爆発物ばかり取り扱うくせに、一番強力な攻撃手段があまりにも嫌らしすぎる。エジソンの高笑いを思い出して、迅雷は忌々しそうに唇を噛む。


 「―――――うおっ!?」


 などと考えていると、なにかにつまずいた。壁に当たるのにはもう慣れたのだが、そんな矢先に足下に仕掛けられたため、全くの予想外に迅雷は受け身も間に合わずに転んだ。


 「ッつつ・・・、なんだ?」


 ミサイルの残骸ではない。あれなら小さいので爪先が当たったくらいで転ぶことはないからだ。かといって、爆発によって床のタイルが破損してつまずくほどの穴が出来ていたとも考えられない。何度も言うように、このアリーナに使用されているタイルは非常に頑丈である。もしそれが破損するような威力だったなら、迅雷が無事でいられるはずがなかった。


 「となると、あのミサイルコンテナあたりが妥当か?」


 念のために迅雷は手探りで床を伝い、自分がつまずいたものを探した。元々足下にあったので、すぐにそれは手に当たった。

 しかし、その感触は金属の硬さではなく、ちょうど人間の腹のような触り心地だった。ただ、そうは言っても特にやせっぽちで骨と皮ばかりのようで弾力はあまりない。


 「・・・まさか、エジソン?」


 ―――いやいや、そんなバカな。


 迅雷は今の感触は人間ではなかったと自分に言い聞かせ、肩をすくめて首を横に振る。まさか自分の撒いたミサイルの爆発に巻き込まれるほどエジソンも馬鹿ではあるまい。それに「引っかかったな」とも言っていたので、不慮の事故というのもありえない。まさか自爆テロではあるまいし、やはりこれはエジソンではない・・・と強引に思い込む迅雷。


 「信は力なり。コイツはエジソンではないコイツはエジソンではない・・・」


 対戦相手に自滅されても空しいので、迅雷はそう呟きつつ、もう一度それに触れてみる。

 しかし信じようが信じまいが、一度触って確かめたものが二度目で変わるはずもない。もしそうならシュレディンガーも涙目の世紀の大発見だ。


 いよいよ「エジソン説」が影を濃くしてきたのだが、諦めきれない迅雷は10cmほどの視界をフルに使ってその正体を目で確かめることにした。

 以前慈音に言われたはずだ。諦めてしまう迅雷なんて彼女が信じる迅雷ではないと。ネバーギブアップ、三度目の正直。三度目までは仏様も笑っていらっしゃるのだ。

 とにかく、まるで臭いを嗅ぐかのように物体に顔を近付ける。すると、なんというか、虹色のイメージが浮かぶ不思議な匂いがしてきた。そのままさらに顔を近付けて見えてきたのは虹色の白衣。少し位置をずらすと少年の顔に辿り着いた。顔も髪も虹色だったので気が付かなかったが、眼鏡もかけていたらしい。というかレンズも虹色なのだが、それで見えていたのだろうか。

 

 つまるところ、もしかせずともエジソンだった。


「うそーん・・・」



 「うへぇ、迅雷ビッショビショね、カシラ」


 ようやっとアリーナの外に出てこられた迅雷の格好は、まるで川にでも落ちた後のようだった。

 最後に迅雷がつまずいたものの正体がエジソンだと分かった後も濃霧が晴れることはなく、試合時間終了までずっと迅雷と気絶したエジソンの2人は水でふやかされていた。

 途中から蒸し暑くなってジャージの上を脱いだので、今の迅雷の格好は学校指定の白い半袖Tシャツと裾をまくった長ズボンだったのだが、おかげさまで濡れ濡れのスケスケだった。もちろんTシャツの下は肌なので、出迎えに来てくれたクラスの女子たちが「きゃっ」と言って手で顔を覆っていた。ちなみに、その目を覆う指の隙間だけ大きく開いてチラチラと興味の視線が飛んでくることに対して迅雷がなにもリアクションをしないのは、ただ単に体にまとわりつく湿り気に強い不快感を感じていたからだろう。


 「にしても、迅雷クンって腕とか細いなーって思ってたのに割と普通くらいには筋肉あるんだねー」


 「あんまジロジロ見んなよ、恥ずかしい」


 1人だけ無遠慮に迅雷の体を舐めるような視線で見回す向日葵を、迅雷は手であしらう。


 「これでもちょっとはやってるんだよ。ちょっとこれ持ってみりゃ分かるさ」


 トートバッグのように肩にかけていた『雷神』を、迅雷はなんの気なしに向日葵に預けてやった。

 軽いノリで差し出されたそれに自然と片手を出して受け取った向日葵は、次の瞬間にバランスを崩して前のめりになった。


 「うわっとと!?」


 「おっと、大丈夫か?」


 なんとなく予想はしていたので、迅雷は向日葵が転ばないように体を支えてやった。


 「あ、ごめん、ありがと」


 「ごめんごめん、俺も急に渡して悪かったよ」


 慌てて迅雷から離れる向日葵。そして恒例の男子勢からの敵意の視線。


 「このマッチポンプ野郎!」 

 「負ければ良かったのに!」

 「えーと、えーと、あ、アホ!」


 「ラストの奴考えてからしゃべれ!」


 確かにマッチポンプなので迅雷はそれ以上言い返せずに歯噛みをする。決して故意にやったわけではないのだが、意図を持ってやったことではある。

 勝手に騒がれて苦笑いの向日葵から『雷神』を返してもらい、迅雷は今度は『召喚(サモン)』を使ってそれを元の場所に戻した。


 「いやー、勝手にあたしを使ってイイ思いをしようとしたのはいただけないけど。でも魔剣って思ったより重いんだね。短剣と全然違うんだもん、ビックリしたよ。そりゃ筋肉もいるんだろうね」


 「まぁそういうこと。つっても俺が使ってるのは材質とかオプションパーツの関係で標準よりは少し重いんだけどな」


 『雷神』の刀身に使われている素材は主に、軽量剛健な素材として知られる『オリハルコン』と、黄色魔力と親和性の高い『エ・ジウロ・アイオ鉱石』という2種類の異世界産金属だ。前者はその軽さからか千影の『牛鬼角(アボウラセツ)』にも使われているそうだが、後者は一般的な魔剣に使用される鉱石と比べてかなり重量のある素材だ。疾風からのプレゼントされた後日、ネットで調べたから間違いない。魔力貯蓄器も合わせると、結果として『雷神』の重量は迅雷がそれ以前に使用していたものの1.5倍くらいはある。


 前のめり気味に解説しているうちに、迅雷は試合に勝ったというのにクラスメートのみながやけに静かなことが気になり始めた。むしろあくびでもしそうなほど、退屈な時間を過ごしていた雰囲気が醸し出されている。


 「・・・あの、なんか祝勝ムード薄くね?」


 「だってずっと真っ白だったんだもん。なにも見えない上に相手は自滅で、しかもボクらはそれも分からずタイムアップって。なんも面白くないし」


 「あっ。ですよねー・・・」


 言われてみれば、である。エジソンの自滅に気付けた迅雷ですら退屈な時間を過ごすことを強要されたのだから、もはやそれすら分からずに真っ白な霧ばかり見させられた千影たちが退屈でなかったはずがない。

 今も尚第3アリーナのフィールドでは整備係の教師や用務員たちが換気と排水で慌ただしくしている。あのアルミ缶ミサイルの炸薬による水は、あくまでも魔力と化学的に反応して生まれた水であって魔法で作られたものではないので、使用者の心一つで出したり消したりすることは出来ないのだ。

 試合開始時には満席だった観客席スタンドも、試合終了時には迅雷とエジソンのクラスの生徒たち、それと退屈なうちに眠ってしまった生徒とごく少数の物好きな生徒だけが残って、あとはみなどこかへ行ってしまったらしい。実況の大地や解説の真波も途中で仕事を半ば放棄してしまったとかなんとか。


 理解は出来ても、やはり寂しいものは寂しくて、迅雷は肩を落とした。迅雷だって試合もあんな終わり方で、勝ってもあまり祝ってもらえず、初戦からやりきれない気分なのだから。



          ●

 


 その後もいろいろ変わった人物が多々登場したりはしたが、学内戦1日目は滞りなく進み、いつしか日も暮れ、夜も深くなろうとしていた。


 「もう7時か。なんか腹減ってきたな」


 なんとなくこんな時間まで残って、未だに行われ続ける試合を見ていた迅雷は、腹が減ってそんなことを呟いた。今の腹の鳴りは少しばかり音が大きかったので、迅雷は周りに聞こえたのではないかと恥ずかしくなって、咳払いをしてみた。

 既に初日のスケジュールのうち1年3組から出場する選手の試合は全て終わっていたのだが、せっかくの一大イベントなのでもう少し見てから帰ろうと考えた結果、迅雷はこうしてこの時間まで残っていた次第である。それにしても、この時間になってからは意外にも学外から来たらしき観客が多い。

 

 「なんだか大人の人が増えてきたね、としくん」


 「みたいだね」


 迅雷の左隣に腰掛けているのは慈音だった。その反対の左隣には真牙が座っている。そして、さらにその横にはネビアだ。友香と向日葵は、さすがに夜になってから帰るのは嫌だということで、5時過ぎくらいには帰って行った。

 慈音の言う通り大人の観客が増えているのは、この時間になれば仕事が終わる会社も多いだろうから、そんな人たちが子供の活躍を見に来たり、それでなくても単に今年のマンティオ学園の戦力はどんなものなのか興味を持って見に来ているだけだったりするのだろう。チラと見る分にはOB、OGの人も多いようである。

 それにしても、この学内戦は5日間の全日程で夜の10時まで試合があるのだが、応援がないにも関わらず最後まで残る人も、この調子だと多そうである。


 そして。

 

 「なぁ、千影さんや」


 「なんだい、とっしーさんや?」


 「なんで当たり前のように俺の膝の上に座ってらっしゃるんでしょうか?」


 さっき、まだ迅雷と一緒に観戦に残った人物を紹介した中に千影の名前がなかったが、その千影と言えば迅雷の膝の上に座って、彼の体を背もたれ代わりにしてくつろいでいた。頭頂部から飛び出したアホ毛が鼻に当たってこそばゆいために、迅雷はさっきからずっと小さく顎を上げて鼻に毛が当たらないようにしていた。かれこれ2時間ほど半端な格好をし続けているので、そろそろ首の筋肉が疲れてきた迅雷は苦しそうに声を出す。


 「今はここがボクの定位置ってことで。後ろからぎゅーってしてくれてもいいんだよ?」


 「ぎゅー・・・!!」


 「あ、ちょ、それは違います痛い痛い!」


 迅雷はお言葉に甘えて膝の上の幼女の体を力一杯に締め上げてやったのだが、どうやら違ったらしい。

 腕をタップされてやむなく千影を放した迅雷は、ふむ・・・、と首を傾げて唸る。


 「ん?じゃあこうか?ぎゅー」


 「イデデデデデデデデ!?ぎぶぎぶ!」


 今度はぎゅーっとヘッドロックをかけてやったのだが、どうやらこれも違うらしい。ものの3秒ほどでまた腕をタップされたので、迅雷は仕方なく解放してやる。

 千影が顔を上げて、彼女のちょっとウルウルした赤くて大きいまん丸の目と迅雷の目が合う。不機嫌そうに口をへの字に曲げたり頬を膨らませたりして拗ねていることを表現しているらしいのだが、そんな顔をしたって迅雷がもっといじめたくなる・・・じゃなくて、可愛いらしいだけだ。


 「おう、どうした」


 「とっしーはぎゅーの意味も分かんないの!?普通優しく抱き締めるところでしょ!?」


 「ごめんな、わざとだ」


 この前の特訓で全然歯が立たなかったことの八つ当たりも、ちょっぴりある。迅雷がニッコリ笑って煽った直後に千影の後頭部が迅雷の顎を跳ね上げた。骨同士がぶつかる鈍い音がして、千影は頭を、迅雷は顎を押さえて、揃って悶え苦しむ。


 「んぎぎ・・・ま、まったく。これだからとっしーは彼女の1人や2人もできないんだよ!というかもうボクの座る席もないんだからいいじゃん!」


 「ぐぬぬ・・・!」


 痛いところを突かれて迅雷は悔しそうに黙り込む。伊達にバレンタインにチョコはもらえても告白されることはない男はやっていない。いや、というか、彼女が2人出来たらそれはそれで問題になりそうなのだが。

 

 「ふあぁ・・・。もう千影たんと付き合えば解決なんじゃね?」


 あくび交じりに真牙がそんなことを言って、暢気に伸びをした。ここのところあまり盛り上がる試合もないので、観戦にも飽きてきたのだろう。いやに退屈そうで、からかう口調もいつもと比べるとしなびている。

 真牙の冗談(?)を真に受けた千影が「それだよ!」などと言って迅雷の顔をキラキラした目で見つめる。迅雷も千影の瞳を真っ直ぐに見つめ返してから。


 「・・・ハッ」


 「あ!?鼻で笑った!今鼻で笑ったよこの人!やっぱり乙女心というものをまるで分かっていないよこの男!」


 「聞いたか、千影が乙女だってよプークスクス」


 「キィーッ!」


 肩を不穏にいからせ始めた千影の頭を乱暴に撫でてやって黙らせる。髪を乱された千影は不機嫌そうではあるが、盛り上がりも並みな試合の行われているフィールドに視線を落とした。


 やるせなさそうというか、つまらなそうというか。なんだか煮え切らない様子の彼女を見て迅雷もそこはかとなく罪悪感のようなものを感じてきた。別に彼とてそこまでして千影をいじめたいわけではないのだ。言うなれば愛あるイジリである。 

 なので、そのすぐ後に迅雷は千影の体を両腕でそっと抱き締めてみた。ついでに顎は彼女の頭の上に乗っけてみる。


 「ぎゅー」


 「うわ、と、とっしー!?」


 お手頃サイズな千影の小さな体は、湯たんぽみたいにポカポカと温かくて、クッションのようにふわふわと柔らかい。

 

 「どうだよ、これで満足か?」


 迅雷の声の振動が、頭に乗せられた彼の顎から直接伝わってきてくすぐったい。

 新鮮な感覚と、珍しい迅雷からのスキンシップに、千影は思わず照れ臭くなって俯いた。


 「うぅ、まさかとっしーにこんな駆け引きのスキルがあったなんて・・・」


 しおらしくなった千影を見て、迅雷はしたり顔をする。

 それにしても千影の体は本当に抱き心地が良い。いや、もちろん深い意味ではなく、抱き枕的な意味で。体温といい肌の柔らかさといい、一度抱き締めたら放しづらい癖になる感触に、迅雷は満足げに鼻から長く息を吐いた。いつもは憎たらしいだけの千影だが、抱き枕としての価値は一級品らしい。顎で千影の柔らかな金髪のもふもふした触り心地も堪能する。


 「これはなかなか・・・」


 「おー、迅雷も遂にロリに目覚めたか!」


 「ち、ちがわい!」


 肩を組んできた真牙を振り払って迅雷は吠える。


 「はぁ・・・。なんかもうグダグダだし、帰るか?」


 顔を押し退けた流れで迅雷は真牙に尋ねた。迅雷も今日は試合だってあったからそろそろ疲れてきたところだったので、腹も空いてきた今が帰るにもちょうど良い頃合いなのだろう。


 「ん?そうだな。明日はオレも試合あるし、早めに帰って寝たいもんな。帰るか」


 「しーちゃんも千影も、良いよな?」


 2人が頷いたのを確認して、最後に迅雷は真牙の隣のネビアにも帰るかどうかを尋ねると、彼女も頷いて腰を上げた。

 ネビアもそろそろ素人のちんけな作戦合戦やへたくそな剣の鍔迫り合いには飽きてきていた。元より素人離れしたなにかを有象無象に期待していたわけでもなかったのだが。


 「さ、帰ろ、カシラ」


          ●


 学校の駐車場からはバスが2台ほど走り去っていくのが見えた。きっと少し離れたところにある学生寮に向かうバスだろう。車内にはそこそこの数の生徒が乗っていて、ぼんやりと窓の外の景色を眺めたり、スマホをいじったりしてるのが覗える。

 学内戦期間中だけの臨時送迎バスがあるという話は、朝の教室で言っていたような、言っていなかったような。とっくに夕飯時だというのに今から帰りの生徒は多いのだから、今日という1日、加え今週1週間というのは、マンティオ学園にとってやはり大きなイベントだったのだろう。


 校門を出たらすぐにネビアは手を振って、迅雷たちとは別の方向へ行ってしまった。


          ●


 腹からは色気のない音が鳴って、自分の空腹を知らせてくる。あんまり喚き散らされても嫌なので、ネビアは歩く足を速めた。

 うろ覚えな人気曲のメロディーをハミングしたり、ポケットに入れた小銭を指で弄んだりして、軽い飢えを誤魔化す。


 「さて、と。今日はちょっとばかし使っちゃったし、念のために狩りでもしとこうかな、カシラ」


 ネビアは夜風に当たりながら愉しげに嘯く。


 陽気な鼻唄は、やがて夜闇に紛れて消えていく。


 捕食者は、漂う肉の匂いにつられるように闇の中を彷徨うだけ。

 


元話 episode3 sect34 “逆撫の鑢”(2016/11/24)

   episode3 sect35 “一斉発射”(2016/11/26)

   episode3 sect36 “特殊炸薬”(2016/11/27)

   episode3 sect37 “もふもふ”(2016/11/29)


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