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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode3『高総戦・前編 邂逅』
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episode3 sect12 ”魔法士を名乗る資格”

 「・・・で、千影さん」


 「なんだい、とっしーさん?」


 「腕組んでくるの恥ずかしいからやめてくださらない?」


 違法臭の強い年の差カップルに向けられる微笑ましげな視線に耐えかねて、迅雷は震え声で千影に頼み込む。人が多いからはぐれるなよと最初に言ったのは迅雷だったが、これはなんか違う。

 しかし、千影は素知らぬふりをして鼻唄を奏で、組んだ腕をほどく様子を見せない。


 「学校内とはいえ2人でランチだよ?2人きりで、だよ、とっしー。これをデートと呼ばずしてなんと言うんだい?」


 「わーい、金髪幼女とデートだー。・・・じゃねぇよ!恥ずかしいっつってんだろ!」


 確かにたまに食堂でもカップルが一緒にさぞかし仲良さそうに昼食を食べているのを見かけて真牙と一緒に爆発するよう念を送ることはあるのだが、爆発させられる側になるのがここまでの羞恥プレイだとは気付きもしなかった。迅雷はこれからはリア充たちに「爆発しろ」と念じるときには、十分に観察して爆発するに相応しいかどうかを確かめてからと念じようと心に決めたのだった。


 しかし、それ以前に迅雷や真牙もまた大勢の非リア充からは常日頃爆発すれば良いのにと願われているのだが、それについては2人とも努めて冷静に気付かないフリをしている。それもそのはずである。なにせ、いつも慈音や友香、向日葵らと一緒にいるのだから。ちゃんとした恋人はいなくても、普通に充実した生活をしているのだ。


 「でもやっぱり、せっかく手ぇ繋ぐんならロリより同年代がいい。こんなのただもお守りだもん。そして願わくば雪姫ちゃんがいい」


 ちょっと調子に乗って性格の冷え切った学園のアイドルの顔を思い浮かべる迅雷だったが、もしも本人が今の話を聞いていたらどうせまた無言で冷たい目をされるだけだと思ったので諦めた。 

 やっぱり今ある幸せを噛み締めるべきなのか、と思い直して、迅雷は千影の顔を見る。


 いや、確かに可愛いのだ。あどけない顔立ちやふわふわしたサイドテールなんかは特に―――。


 と、そこまで考えて。


 「・・・いかんな、これはヤバイ兆候だぞ」


 いつの間にか生じていた自身の内面の危険な変化を感じ、途端に迅雷は顔を青くした。恐くなった彼はとにかくクラスメートの女子の名前を脳内で高速再生し始めたのだが、振り払おうとするほどに逆に意識が変な方向へと傾いてしまう。


 「あれ・・・でもシスコンな俺の場合初めからその因子が・・・?い、いや、ダメだ!これ以上はアカンやつだ!」


 「ひえっ。急にどうしたのとっしー!?」


          ●


 ―――――退屈だ。どれくらい退屈かというと、マジ退屈。下校が許されるのもなぜか普段通りで午後4時以降である。

 

 雪姫はもう同学年の連中の低次元な試合などには興味などないので、今はBブロックの会場に来ていた。

 しかし、もしかしたら参考になるような戦い方をするような人がいるかもしれないと思ってこうして上級生の試合を見に来たわけだが、やはりというか結局というか、もしかしなかったので本当に退屈なのである。初戦は流れで見る羽目になったが、あれは例のネビアの試合だったのでマシではあったのだろう。その後はたまにアリーナ内の大型モニターでCブロックの試合結果を見るのだが、彼女はそれ以上の必要を感じていなかった。

 観客席スタンドの一番後ろで大きなあくびを1つする雪姫の周りでは、まさに今期最も注目を浴びているその人が現れたことでヒソヒソと話をする生徒がちらほらと見えるのだが、それを気にするような彼女でもない。


 (・・・あれもっと小さく動けないの?あっちもあっちで狙いブレすぎ。あぁー、もう無理。見ててイライラする・・・)


 口を不愉快そうにへの字にしながらも一応フィールドを見下ろす雪姫は、そこでふと後ろから自分に向かって近づいてくる人の気配に気が付いた。

 肩を叩かれるのを避けるように、彼女は座席の背もたれから体を起こして後ろを振り返った。

 そんな予想外の動きに驚いて、雪姫に話しかけようとしていたその人物は短く声を上げた。


 「わっ」


 「・・・なんの用ですか?」


 相も変わらず冷たい眼差しだ。心の底から鬱陶しそうな目で見てくる後輩に、萌生は苦笑した。

 後ろから肩を叩いてあわよくば振り向いた雪姫の頬をつついて驚かしてやろうなどとも企んでいたのだが、逆に驚かされる羽目になって彼女のペースも崩れてしまった。それなりに気配を殺して忍び寄ったはずなのに、とんでもない感知能力である。


 「あなた日常的にそんなに気を張ってて疲れないの?」


 「別に、慣れてるんで。で、用はそれだけですか?あたし今から昼なんですけど」


 外面で敬語を使っているだけで、その実まったく敬意を感じられない。別に尊敬して欲しいなどと傲慢なことを考えている萌生でもないのだが、苛立ちの色すら滲んだ雪姫の声にはさすがの彼女でも寂しくなってしまうのだった。


 「つれない後輩ちゃんね。もうちょっと可愛げのある話し方しないと、せっかくの美人さんなんだからもったいないわよ?」


 「チッ」


 「あ!?遂に舌打ちしたよね!?・・・って待って待って!待ってください!」


 いよいよ席を立とうとして腰を上げる雪姫を慌てて座り直させる萌生。彼女も一応、普段から生徒会長という立場もあってそこそこ良い扱いを受けていると自覚しているので、そこに慢心しているという事はなくても、こうも冷たくあしらわれるとかなり傷付くものがある。中には彼女のことをなにか偉大な人物のように崇拝すらしてくるちょっとアレな副会長もいるくらいなので、これでプラマイゼロだと萌生は自分を慰める。


 「ちょっとで良いからお話しましょ?」

 

 指で本当にちょっとだけ、という意図をジェスチャーすると、雪姫はそれでも嫌そうな顔をしたが渋々腰を下ろしてくれた。

 安心した萌生は胸を撫で下ろして、若干遠慮が残った様子で雪姫の左隣の席に座った。


 「今からお昼なら私も一緒にって思ったんだけど、ダメ・・・かな?」


 「はい」


 「少しは優しくして欲しい・・・」


 萌生はニッコリ笑顔のまま目尻に涙を浮かべる。本当にこんなに冷たくしてくる人なんて今までの彼女の人生の中で雪姫くらいのものだ。


 「で?話ってなんですか。手短にお願いします」


 もはや目すら合わせてくれない雪姫の格好は、見るからに彼女が不機嫌なことを教えてくれる。具体的にどんな格好をしているかというと、座席の座り方も足を開いて膝に肘をつき、まるでヤンキーである。普段からこうしているのかは分からないが、こんなにも誰もが羨むような整った容姿をしているというのに、もったいない限りである。


 ・・・と思いながら雪姫の横顔を見つめていた萌生だったのだが。


 「・・・っ!?や、やだ、見とれてた・・・」


 本当に可愛い子には、なにをさせても様になるらしい。

 鋭くて攻撃的な光を灯した目つきは、いつの間にか凜々しくて格好良い目つきに見えてしまうし、行儀の悪そうな座り方も、いつの間にかそれはそれでボーイッシュで魅力的に見えてきてしまう。

 前髪が長いせいで隠れて見えにくいが、睫毛も長くて淡青色の瞳はまるで宝石のよう。まさに雪のような白い肌。

 同じ女性である萌生ですらもついつい見惚れてしまう可憐さ。


 少しだけ羨ましいなどと思ってしまった自分が恥ずかしくなって視線を正面に逸らした萌生を不審がって、雪姫が少しだけ顔を彼女の方に向けた。

 一瞬目が合って照れ臭くなり、萌生はさらに目を泳がせたのだが、そんな彼女の視界の端に映った雪姫の顔に違和感のある白があった。さっきまでは雪姫の振り向いた方向や萌生の座った位置のせいでずっと反対側にあって気が付かなかったそれは、雪のように透き通る天然物な白の上に乗った明らかに歪な人工の白だった。


 「あら、それ・・・ガーゼ?も、もしかして怪我したの!?・・・それに手もじゃない!だ、大丈夫だったの!?」


 見たところ手なんかは重傷だったようにも見える。こんな芸術作品のような繊細な造形の少女に傷を付けた者がいたとしたら、それは許し難いことだ。萌生は義憤に駆られながら雪姫を心配するのだが、しかし。


 「余計なお世話。転んだだけですから」


 「転んだだけでそんなことにはならないでしょ!」


 「チッ」


 「あ!?」


 雪姫は朝にも真波に同じようなお節介を焼かれた事を思い出して、通常の2倍は忌々しそうに舌打ちをした。

 愛想の欠片もない後輩に容赦なく本日2回目の舌打ちをされて、情けない生徒会長はまたもやシュンとしてしまった。力なくうなだれて涙を堪えている萌生を見て、雪姫はいつまで経っても話が始まらないので本気で苛立ってきた。ただでさえお腹が空いていて苛立っているのに、下らない話で引き止め続けられて、もう我慢ならない。


 大体、どうしてどいつもこいつも、特に仲良くもなければ仲良くしようとすることすら受け付けない雪姫が少し手に包帯を巻いただけでこんなに心配するのだろうか。

 そんなくだらないことを考えてしまった自分が馬鹿らしくなり、雪姫は息を長く吐いて背もたれに体重を預け直した。


 「・・・ホント、くだんない話」


 「くだらなくなんてないわよ。あなたのその整った顔に傷が付くなんて大問題よ!・・・ってなにを言ってるの、私!?」


 「うるさいです。話があるんなら早く本題に入ってください」


 「くうぅ・・・。そうね、うん。そうよね・・・」


 萌生はちょっとくらい照れてくれないかな、などと淡い希望を持ってほんの軽い冗談を言ってみただけなのだが、もはやうるさいの一言で一蹴されるとは。スルーされなかっただけ良かったのだろうか。

 癖にはなりそうにない強烈な辛辣さに唇を噛みながら、萌生は気を取り直して本題に入ることにした。


 「私が話をしたかったのは『団体戦』のことよ。きっと天田さんも選ばれるだろうから、今のうちからよろしくって言っておこうかなーって思ったの。初めこっちにいたのを見つけたときは驚いたけど、ちょうど良い機会だったわ」

 

 実際のところ、今萌生が雪姫と話すことなどこれくらいのものだ。

 本当はクラスメートの試合の応援には行かないのか、とも聞こうと思った萌生だったが、今更野暮な質問だと思ってやめた。


 「そうですか。だとしても、まぁ多分あたし1人で十分だと思うので、気楽に構えといてくれればそれで良いですから」


 そう言って雪姫は今度こそ席を立った。


 「あら、まだ私は天田さんと力比べをしたこともないし、分からないわよ?この前はその・・・助けてもらっちゃったけど?だけど、もしかしたら私の方が強いかもよ?だからあんまり1人で1人でって気張らないで?」


 合宿の『タマネギ』奇襲作戦では窮地に陥っていたところを雪姫に助けられはしたが、だからといって萌生が雪姫に引けを取るとは限らない。視界もコンディションも万全なら、萌生だってれっきとしたランク4の魔法士なのだから多少は人に誇れるだけの実力は出せる。

 しかし、少し強気な顔で言ってやった萌生に向けられた雪姫の眼差しは、まるで嘲るかのようだった。


 「そうですか」


 結局それしか言わずに、雪姫は観客席スタンドから去ってしまった。

 萌生は、雪姫に本気で勝てると思っているかと聞かれたら半々としても、軽く挑発してやったつもりでもあったのだが、やはり冷静で食えない後輩だ。少しは舌打ち以外の感情表現も見たいのに、雪姫の心はいつまでも深い深い氷の下に閉じ籠もったままだ。

 

 もう見えなくなった彼女の姿を想像で追いつつ、萌生は小さく呟いた。


 「せっかくだから、一緒に頑張りたいだけなのになぁ」


          ●


 千影の昼食を面目上の話で奢ることになり、なぜか大人2人分の量を注文された迅雷は、財布の軽さに涙を流しながら食堂を出た。いくら学食と言っても、そんなビックリするほど安いわけじゃないのだ。

 本当なら迅雷より千影の方が使える金が遙かにたくさんあるというのに、子供ながらにあんなにも諭吉先生に愛されているというのに、年齢を重んじる日本人の文化が恨めしいと言ったらない。そこにつけ込まれると言い返しづらいのは、迅雷だけでもないだろう。


 「いつか奢り返してもらうからな。覚悟してろよ、千影先輩」


 「都合良くボクを先輩扱いしないでよ、とっしー後輩。前に人生の先輩を優先って言ったのはとっしーだよ」


 「くそっ!くたばれ過去の俺!」


 言いながら、そういえばその発言の少し前に本当に死にそうになった事を思い出し、迅雷は顔を青くした。くたばらなくて良いので1回犬の糞でも踏めば良いのに、と思い直す。

 いつも通りに不毛な会話をしながら慈音らがいる第3アリーナに向かう迅雷と千影。

 時間も時間なので、やはり千影を連れて歩いていると不思議そうな目を向けられて少し狭苦しい。あと少しもすれば小学校の時間も終わるので、それまで辛抱すればこの窮屈な感じともおさらばである。


 ・・・というのも甘い考えで、そこらには学校の先生はもちろんのこと、自分の子供の応援に来ているらしい専業主婦の母親たちが闊歩しているわけで、接点のある先生や気さくなおばちゃんたちは迅雷に話しかけてくる。


 「あら、あらあら、可愛い妹さんねぇ。・・・あれ、でも学校は?」


 「うっ」


 「おう神代、そろそろ試合だろう。どうだ調子は?・・・って、その子はどうしたんだ?学校は?」


 「ギクッ」


 「あら神代君・・・あら、その子前に―――――」


 「うわっはー!」


 「あっちょっ、神代君!?」


 暢気に歩いていたらたかだか百数十メートルの移動すらままならない事に気付いた迅雷は、奇怪な叫びと共に千影を脇に抱えて走り出した。

 飛ぶように走り去っていった生徒と小学生(?)を呆然として見送る女性教師。


 アリーナに駆け込んで千影を下ろした迅雷は、膝に手をついて上がった息を整える。


「くっそぉ・・・なんでみんなこう、遠慮なくツッコんでくるんだ?人様のデリケートな問題にそんなズケズケ踏み込んでくるか普通?」


「別にボクはそんな気にしてないんだけど」


「学校行ってないって言ったら複雑なご家庭だって思われるから俺がやなのぉ!」


「やだなぁ、君んちが複雑な事情抱えてないワケないじゃーん。ほらほら、お父さんの名前を言ってみなよ」


「それとこれとはまた別問題ですから!」


 随分飛ばして走ったので、全身ポカポカだ。迅雷はジャージのファスナーを開けて、襟元をつまんで体を扇ぐ。熱いときによく無意識にやってしまうこの行動も、実はほとんど風が起こらないからまったく涼しくならないし、むしろ必死に扇ぐので熱くなるだけだ。空しくなった迅雷は涼むことを諦めて壁に寄りかかる。


「ぅぁー、あっつ・・・。もうアップこれでいいんじゃね?」


 「ていうか、とっしーの相手って別にライセンサーじゃないんでしょ?そんなアップなんて要るの?」


 「馬鹿野郎。もし準備運動もせずに剣を振り回して俺が肉離れでもしたらどうするんだ」


 「病院で治してもらう」


 なるほど、と言いかけて迅雷は首を振った。思い出すのは4月にギルドで大怪我をしたとき、要はさっきも思い出した死にかけたときだが、それの治療費だ。保険に入っていたというのに、それはもうとんでもない数字だった。普段からまったく真剣さを見せない真名ですら顔を真っ青にしていたほどだ。

 父である疾風(はやせ)の収入は命を張っているだけのことはあって(と言っても基本的にどんなに危険な仕事でも彼の前では危険の「き」の字もないのだが)悪くはないし、真名だって介護施設で働いているので、神代家の経済状態は割と良い感じなのだが、それでも、である。医療魔法のコストはどこからそんなに出てくるのかは分からないが、とにかく高いのだった。


 「便利なものは総じてお高いんだよ・・・。俺は母さんがあんな顔したところ今まで見たことないぞ」


 今度は千影が納得する番だった。思い浮かべるのは家で『フェイコネ』をやっていてキャラのステータスを強化できるアイテムがなかなか手に入らない、あの歯痒さである。確かに、便利なものは手に入りにくい。


 「むぅ、なるほど・・・」


 「なにで納得したのかは知らんけど、分かったら早くみんなのところに行こうな」


 「いえっさー」


          ○


 「あ、としくん!こっちこっちー」


 とんでもない早さで迅雷を見つけた慈音が、手を振って場所を知らせてくれた。まるで試合も碌に見ずにずっと迅雷らが来ないか待っていたかのようである。

 迅雷と千影も手を振り返しつつ、彼女のところに向かう。見たところ、2人が座る分の席はしっかりと残っているようだ。


 「あれ、そういや真牙の姿が見えないけど。トイレか?」


 ふと慈音の周りに座っている顔触れを見渡して、迅雷は1人足りないことに気が付いた。


 しかし、首を傾げた迅雷になにもないはずの空間から声が飛んできた。


 「お、来たな2人とも!2人の席はオレが体温でほどよく温めといてやったぜ!」


 「とっしー、違う席探そっか」


 「そうだな」


 「待てい!」


 友香の右隣で通路に面した3席を後ろから覗き込むと、その声の主が優雅に寝そべっていた。

 かなりの衝撃展開にたまげる迅雷と千影の姿だけをこの時間の楽しみに、横を通り過ぎる人たちの白い目も我慢してきたというのに、当の2人はそんな彼を見るなり離れた空席を探してキョロキョロし始めたので浮かばれない。

 完全スルーされた真牙は2人を引き留めようとして体を起こしたのだが、その瞬間に折りたたみ式であった座席に座面が跳ね上がって、背もたれと共に真牙の顔をサンドイッチした。


 「あぷっ」


 いよいよこれと友人だとは思われたくないと感じた迅雷は全力で知らない人を装って辺りを見渡したのだが、残念なことに他に2人分の空席が見つからない。迅雷は焦燥感に駆られて強く唇を噛んだ。


 「くそ、ここに座るしかないのか・・・!?」


 「とっしー、諦めるにはまだ早いよ!もう少し、もう少しだけ頑張ろう!なんなら反対側まで見に行こう!」


 「ねぇオレはいつまでスルー!?ここに座るという選択肢はないのかよ!?」


 いい加減に憐れに思えてきたので、迅雷は真牙の顔を見てあげることにした。目が合っただけでなんだか嬉しそうにされたので、やっぱり思い直して目を逸らす。きっとあの真牙でも堪えるほどには冷たい目で見られたのだろうが、男同士で目が合って嬉しそうにされればさすがに気色が悪い。

 かといって他に行く当てもないようなので、真牙が必死にキープしてくれていたらしいこの2席を使うしかなさそうだった。


 「しゃーなし。千影、ここは真牙の名誉のためにもこの席に座ってやろう。なんの意味もなく3つ席を陣取って寝ていただけのヤツとこれからも友達をやっていくのにはちと無理がある」


 「・・・そうだね、うん」


 渋々といった様子で迅雷と千影は席に座る。本当に座面が真牙の体温で適温まで温められていたので、妙に快適な座り心地。

 フィールドを見れば、当然ではあるが試合が行われていた。

 そのうちの優勢な方の生徒を見て、迅雷は「あ」と小さく声を出した。


 「あれって確か1組の藤沼界斗(ふじぬまかいと)だよな。ライセンス取ってた」

 

 例の迅雷がまだ直接関わったことのない1年生の新ライセンサー2人のうちの1人、藤沼界斗。試合の様子を見る限り、実弾式の魔銃と普通魔法の両刀使いのようである。


 しかし、その魔銃が少々えげつない。


 「つか、あれショットガンじゃねぇか」


 模擬戦用のペイント弾は派手にばら撒かれ続けていたようで、フィールドのあちこちにピンク色のシミが付着していた。

 散弾を無遠慮に乱射されれば回避は困難である。自然、相手生徒は足を引きずるようにして奮戦しているが、全身が既にペイントまみれである。


 ここで一応この実弾魔銃用のペイント弾のルールについて説明すると、サバイバルゲームのように被弾したら即死亡扱いというわけではなく、その被弾数自体は判定に用いるポイント以外には関係しない。

 これだけ聞けば、当たっても本当に鉛弾を撃ち込まれるよりは大分痛みの少ないペイント弾などを使用してもほとんどアドバンテージが得られないように思うかもしれない。しかし、それについてはきっちりと工夫がされている。

 このペイント弾にはとある特殊な術式用の小さな魔法陣が刻み込まれており、この弾に魔力を込めて発射することで魔法が発動するようになっている。

 その特殊な魔法というのが痛覚に作用する、というもので、これに被弾すれば実際には傷を受けなくとも、本来受けるはずだった痛みを錯覚させられるというものである。

 したがって、このペイント弾を使用することで非常にリアリティの高い試合展開を演出することが可能となっているのだ。しかも、この弾に使用されるインクは、衣服に付着しても比較的取りやすいために後処理も簡単で、人気が高い。


 ただ、1つだけ問題を挙げるとすれば、その魔法による痛覚情報はあくまで模擬戦用に出力調整をして放たれた純魔力式魔銃の弾が当たったときと同程度を想定されており、それと実際には怪我をしないという安心感から、大量に被弾してもやせ我慢で無茶をする人がいることだ。

 あまり痛みを押して動いたりすればさすがに体に障るし、これではやはり術式を組み込んだ意味が薄れてしまう。


 とはいえ、やはり当たればそれなりに痛いのは間違いないので、そんな無茶をする人は少ない。

 そして、逆にそういった無茶をする人を、


 『おおぉ!またも被弾!しかし武田選手、足を止めないぃ!なんという忍耐!類い稀なる「根性の人」です!』


 ―――というように、この特殊ペイント弾をやせ我慢して健気に勝利目指して頑張る方々を、人々は愛と称賛の意を込めてそう呼ぶのであった。

 元々なにかマイナーなマンガで登場した台詞がネットで拡散していつしか公式化された『根性の人』だが、その実態は基本ただのアホかドMであり、医者や専門家は「ちょっとだけ危険だから出来ればやめてね」と面白半分に注意喚起している。


 しかし、なんとなく迅雷の中での『根性の人』と武田という女子生徒の様子はイマイチ噛み合っていなかった。必死なのは間違いないのだが、なにか根本的なところが違うように見える。

 勝とうとしているのはそうなのだろうけれど、しかし、もう目を凝らして見ても何発のペイント弾を受けたのか数えるのも気が遠くなりそうな汚れよう。大事な大会、大事な試合なのは分かるが、それでも所詮は学校内の行事であるというのに、なにが彼女をそこまで駆り立てているのか。クラスのため、友達のため、入院している家族のため。違う。


 原因は彼女にはないように見えた。それは、心を擦るざらついた悪寒だった。


 「あれはとんでもない『根性の人』だな。普通あんな食らったらさすがに気絶するだろ」


 見ているうちにいろいろな考えが迅雷の頭の中に浮かんでくる。それは、たった今の発言にも矛盾してしまう違和感のようでもあった。


 「んー、というよりも藤沼君の戦い方のせいでそう見えるんじゃないのかな?」


 そう言ったのは友香だった。試合を見ているにも関わらずまったく興奮していない友香に、迅雷は逆に恐怖の視線を向けてしまう。


 「ば、馬鹿な!?友香が平然としているだと・・・!?」


 「失礼ですねこの人!まったく、私だってこういうときもあるからね?というより、なんか藤沼君の戦い方っていうのが面白くないというか、なんというか・・・」


 面白くないなんていうのはあくまでオブラートに包んだ表現であって、友香はいっそ気に入らないという顔をしてフィールドに目をやった。彼女に倣って迅雷も改めて界斗の戦い方とやらを見てみる。


 実況席からは武田とかいう女子生徒の被弾したことがいちいち流されてくるのだが、よく見るとどれも掠める程度の被弾で、致命傷となる部位にはまったくペイントの痕がない。しかし、それはどうやら武田の回避能力が優れているからではないらしい。


 ではなぜか。それが、違和感の正体だった。


 「はははは!逃げろ逃げろ!その分だけ楽しませてあげるよォ!」


 ―――――界斗の愉快そうな声。


 彼は自身の扱うショットガンの有効射程スレスレの位置に相手が来るように細かく立ち回り、弾を掠め続けて楽しませるのではなく楽しんでいるらしい。

 界斗の魔力色は赤で、時折放つ火球は相手が界斗の保っている絶妙な距離から離れようとしたところを妨害するために出しているようである。実際、足下に火球が着弾して小爆発を起こせば躱さなければならず、武田は足を止めてしまうのだった。


 「あいつ、ヤな感じなのよね、カシラ」


 「うーん・・・、しのもちょっとひどいんじゃないかなー、と思う」


 ネビアと慈音も界斗のやり口には顔色を悪くしていた。いや、彼女たちだけではない。今この場にいる誰もがそうだったに違いない。


 気付けば会場は追われる側の少女を心配するムードで一色であるが、追う側の界斗はそれすらも気にせずに、その歪んだ欲望のままに武田をいたぶるだけだ。

 悲劇に立ち向か続ける少女と、彼女を笑いながら虐げる少年。確固たる主人公を失った第3アリーナは盛り上がりを失って、今は健気に声を張り続ける実況と界斗の愉悦に浸る笑声だけが閑散と響いていた。


 迅雷と千影は、やっと分かった。

 真牙が碌に試合も見ずにあんな馬鹿らしいことをしていたのは、まさにこの試合を見ていられなかったからだった。

 友香が落ち着いていたのは、この試合が試合という体を為したただの界斗のお遊戯だったからだ。


 見ているだけで心を逆撫でられる、鑢のような光景だけがそこにはあった。

 

          ○


 結局、その試合は界斗の判定勝ち(・・・・)で終わった。

 

 つまり、武田という少女は約30分の間ずっと銃弾の雨で遊ばれ続けたということである。退場する少年は人々の嫌悪の目を楽しげに眺め、肩を貸されて運ばれる少女は泣いていた。あれだけのことをしても、界斗はなにも反則事項には触れていない。ルールの隙間を縫った、酷い虐めだった。

 武田は、これからも「可哀想な人」として本人が望む以上に哀れまれ続け、余計なまでに気にかけられ続けるのだろう。試合が終わっても藤沼界斗の行いは対戦相手に見えない攻撃をし続けるのだ。


 「気に食わねぇな、あの野郎」


 試合が終わっても沈んだまま低くどよめく会場で迅雷は吐き捨てるように呟いた。見ていて吐き気のする試合だった。


 「あいつだけは俺がぶった斬ってやる」


 なんならすれ違いざまにでも一発叩き込んでやりたい気分だった。そのくらいには、界斗の試合は迅雷の気分を逆撫でしていた。しかし、歯軋りでもし始めそうな迅雷にネビアが口を挟んだ。


 「残念だけどアレと迅雷が当たるのは早くても5回戦よ、カシラ」


 「じゃあそこでやっちまえばいいんだよ」


 「ううん、そうじゃなくてね、カシラ。その前に4回戦で私が先に当たるのよ、カシラ。だからさ、迅雷の代わりに私がボコッとくから、任せといて、カシラ」


 拳の骨を鳴らしながらネビアが迅雷に二カッと笑った。若干の獰猛さを感じるネビアの笑み。彼女もまた界斗には腹を立てているのだ。

 まさかネビアに負けろなどとは言わないので、迅雷も納得するしかなかった。悔しそうに口の端を下げたが、長く溜息をついて迅雷は立ち上がった。

 もうそろそろアップの時間である。席を立つ迅雷のモチベーションは不快感に後押しをされていたが、今はとにかく界斗をぶった斬ることは頭の隅に置いて自分のことに集中しなければならないことくらい、彼も分かっていた。


 「迅雷、アップか?」


 「あぁ」


 「あのなぁ、あんまイライラすんなよ?お前はオレがやっつけるんだからその前にしくられても困るんだよ」


 真牙の声にも少しばかり棘があったが、迅雷とどっちが落ち着いているかと言えば、やはり真牙だった。指摘されて少し反省しつつも、迅雷はやり場が1ヶ所しかない胸のもやつきを払いかねて低く唸る。髪を掻き毟ってもなんの足しにもならない。


 「あーくそ!分かってるよ!行ってくる」


 「お、分かった?オレに負けること分かってくれた?」


 「それは別!」


 アップを手伝ってくれると真牙が言い出したので、迅雷は彼と2人でアリーナを出た。千影もついてきたそうにしていたが、アップとはいえ剣を振るつもりの迅雷だったので、子供相手に大人げないヤツだと見られたくなかったのでやめた。それに、そうは見られなくても悪目立ちは必至だっただろうし。



          ●



 入場前に実況席の掛け合いを聞き流しながら、迅雷は『雷神』を背負った。


 「さて、と。一丁、派手にやるとしますか!」



元話 episode3 sect32 “いつか背を預けたい君へ”(2016/11/20)

   episode3 sect33 “『根性の人』”(2016/11/22)


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