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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode3『高総戦・前編 邂逅』
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episode3 sect9 “誰よりも強く、誰よりも華やかに、そして勝利を私に捧ぐ”

 試合が午後からなので、今は暇を持て余す迅雷はなんとなく校庭に来ていた。一次アップとして軽く体を動かすのも良いだろう、と考えていたのもある。

 しばらく歩きながら適当にあたりを見渡すと、迅雷は朝礼台に腰掛けて退屈そうにしているクラスメートに気が付いた。なにをぼんやりしているのか気になった彼は、とりあえず話しかけてみようと思って近寄ることにした。


 「ようネビア。どうしたんだよ、そんなポヤーっとして。確か第1試合だろ?アップはもう良いのか?」


 「あぁ、迅雷。うーん、私は別にアップとかしなくても良いのよ、カシラ。慣れないものはしないものなのよ、カシラ」


 そう言いながら、しかしネビアは軽く爪を噛んだ。

 とはいえ、別になにか悔しそうにしているわけでもないので、いつも通りのただの癖による行動だろう。


 「そういえば、ネビアの初戦の相手って誰だっけ?さっき確認しなかったから分かんないんだよね」


 「ん?えっと、確か・・・せいごいん?って人だった気がするわ、カシラ」


 「せいごいん?」


 なんだかどこかで聞いたことのあるような、ないような、でもやっぱり聞いたことのありそうな名前である。

 どうしてもストンと落ちてこない感覚にやりきれなさを感じた迅雷は、頭の中で「せいごいん」を反芻してなんとかしっくりこさせようとする。


 「・・・せいごいんせいごいんせいごいん・・・せいごいん、せい、ごいん、せい、ごいん・・・・・・あっ!聖護院!」



 「なんですの!?」



 「うおっ!?」

 

 意外な方向から少女の驚く声が飛んできた。ひらめきと不意打ちのダブルアタックで一瞬ビクッとした迅雷は、緊張に上がりきった肩を落ち着かせて後ろを振り返る。


 「お、おう、矢生か。急に大きな声出すなよな。ビックリしちまっただろ?」


 「それはこちらの台詞ですわよ。ネビアさんを探していましたら偶然あなたを見つけて、そこで声をかけようと思ったところで、逆にそれより早くいきなり名前を呼ばれて。しかも私の方を見ることもなくですわよ?私の方が驚きましたわ、まったく・・・」


 「そんなどっちの方がビックリしたかなんて、競われても困るって」


 からかい口調の言い出しっぺに向けて矢生がすかさず弓を構えたので、迅雷はとりあえず両手を上に挙げて降伏の意志を示した。ここで練習用の的にされるのはまっぴらである。


 「おお、せいごいんやおいって聖護院さんのことだったのね、カシラ」


 あっけらかんと笑って、自分に軽くげんこつをしつつ舌を出すネビア。

 

 「なんだかその読み間違いは無性に頭に来ましたわ!今後はお気をつけくださいまし!・・・それはそうと、初戦の相手があなただと見たので、こうして挨拶に参りましたのよ」


 「へぇ、また律儀なもんね、カシラ。うん、いいね。お互い全力を尽くして頑張りましょう?カシラ」


 相変わらず言い終わってから爪を噛むネビア。今は右手を差し出して握手を求めているので、左手の親指の爪を噛んでいる。

 そんなネビアの奇妙な態度に一瞬戸惑いを見せる矢生だったが、すぐに調子を取り戻して彼女の手を取った。ネビアの自信ありげな笑顔を見れば、他のことなど瑣末な問題だった。矢生は力強く手を握り返し、ネビアに負けないくらい、ここ一番の自信ありげな笑顔を作る。


 「ええ、もちろんですわ。言われなくとも、私の持てるすべてをもってあなたに勝ってみせます」


 ・・・と、そんな熱い女子2人の会話に埋もれて消えた迅雷は、遂に話が終わるまで存在を忘れ去られ、握手を終えて立ち去る矢生には結局なにも声を掛けてもらえなかった。


 「・・・実は俺って影薄いのかな?」


          ●


 鋭く反響する、極めて理性的な暴力の音。肉体1つからしなやかに繰り出される蹴りは、見るに鮮やか、聴くに爽やか、受けるに強か。


 「今日はいつにも増して一段とキレが良いじゃないか」


 「ったり前だよ。なんたって初戦を飾ろうってんだからな。気合いも入ってる」


 蹴りを受け止めているのは色黒で屈強そうな肉体を誇る、マンティオ学園2年生の焔煌熾(ほむらこうし)だ。そして、蹴りを繰り出しているのは煌熾のクラスメートである寺前舟詠(てらさきしゅうえい)だ。

 煌熾も当然、この学内戦には選手として出場するのだが、彼の出番は明日からである。なので、今はクラスメートであり、第1アリーナ―――――Aブロックの1回戦を戦う舟詠のスパーリングの相手をしているところだ。


 話をしている最中も舟詠は脚を休ませることなく煌熾に蹴りを叩き込み続け、それを煌熾が防御する度に肌と肌とが打ち合う小気味良い音が木霊する。


 「それにしてもさすがだな。単純な肉弾戦になったら俺もお手上げだ・・・っ!」


 準備運動としてのスパーリングの時点で既に常人なら反応しきれなさそうな変幻自在の格闘技を繰り出す舟詠には、さすがの煌熾も反撃のチャンスを見出せずに防戦一方となってしまう。いつ見ても感心する友人の技量に、煌熾は正直な感想を述べた。


 「ハッ、よく言うぜ!まぁでも、そうだな。俺も魔法の技術が凡庸すぎってだけで、技の方は負けてやるつもりはないから・・・なっ!」


 一際強烈な蹴り上げを両手を交差して受け止めようとした煌熾だったが、舟詠の剛脚はどっしり構える彼の体を軽々と宙に浮かせて見せた。

 『マジックブースト』なしでこの攻撃力。小難しい魔法をあまり得意としないためにライセンスも先日辛うじて取得したばかりの舟詠だが、彼の言い分には相違なく、その実対人戦における彼の実力はより高ランクの魔法士と比べても遜色ない。

 魔法による中・遠距離からの攻撃をされてしまうと結局不利に立たされてしまうのがオチだが、今日の彼は気合いが違う。


 かなり一方的な打ち合いを終えて水分補給をしつつ、煌熾は舟詠に試合前最後の喝入れをするから背中を向けろと言った。

 言われたとおりに背中を向けた舟詠に、煌熾は思い切り平手を打ち付ける。痛快な高い音を立てて、舟詠の背中には炎のように赤々とした大きな手形がついた。


 「初戦が今日の大一番だ。観客をあっと言わせてやれよ、舟詠」


 「あぁ、任せとけ。副会長のスカし野郎くらい、この拳でK.O.してやるぜ!」


 舟詠の初戦の相手は、生徒会副会長にして舟詠や煌熾と同じ2年生の清水蓮太朗だ。ランクは3と、煌熾の並ぶ実力者であり、実際学園内の実力ランキングにおいても煌熾を抜かしたことはないが、そのすぐ下にピッタリと張り付いて常に上位に居座っているレベルだ。

 

          ●


 第1アリーナで行われるAブロックトーナメント、第2アリーナで行われるBブロックトーナメント、第3アリーナで行われる1年生のCブロックトーナメント。

 

 初戦は全ブロック共通して、期待度の高い生徒を、うまく生徒たちの意識が高揚されるように配置している。

 生徒会のツートップと新鋭実力派をぶつけてみたり、新入生ナンバー2と実力未知数の転校生とを当ててみたり。

 実にあざとい組み合わせに、燃える展開は必至。選手たちの士気は初日のさらにその初めから良い刺激を受けることとなる。


 ―――――いよいよ11時、第1試合、開始。



          ●



 『さぁ始まりました!第68回マンティオ学園学内選抜大会!Aブロックの実況は私、放送部3年の大谷由依(おおたにゆい)が、そして解説は教頭の三田園松吉先生がお送りします!』


 『えぇ、解説の三田園です、よろしくねぇ?あぁ、でも私も用事が入って時々消えるかもしれないので、そこはすみませんねぇ。先に謝っておきますよ』


 放送部部長と実質学園のトップみたいなものである教頭という豪華キャストで実況が始まったのはAブロック、つまり第1アリーナだ。


 『さてさて、第1回戦の組み合わせですが、いやー、いきなり熱いですねぇ!東は我らが学園の生徒会副会長、清水蓮太朗君!アーティスティックな水魔法使いですね!』


 『そして西はチャレンジャーの寺前舟詠君。彼の接近戦のスキルは見物だからねぇ。これは期待できるんじゃないかなぁ』


           ○


 「へっ。俺はチャレンジャー扱いかよ」


 困ったように頭をポリポリと掻いている舟詠だが、その顔は滲み出るような自信と共に不敵な笑みを浮かべていた。

 対する蓮太朗は依然として余裕を崩さない。教頭が舟詠をチャレンジャーと称したのは、まさしく蓮太朗の実力故である。煌熾とも良い勝負の出来る彼への評価は、当然ながら高いのである。


 「フッ、当然だ。君はこの大イベントをさらに盛り上げるための糧として選ばれた、ぼくへの、そう、チャレンジャーなのだからね!」


 ・・・まぁ、中身はアレなのだが。


 真面目に仕事もこなせて、学業スポーツ魔法エトセトラ。どれを取っても優秀な彼ではあるが、その実性格はやや高慢で気障ったらしいところがあり、会長である萌生と比べると人気はそこそこ止まりだったりする。

 サラサラとしていて彼の性格を表わしたような黒髪を掻き上げて、蓮太朗は鼻で笑い、舟詠はチャレンジャーとして蓮太朗に竦まず真っ直ぐ見つめ返す。


 「あぁ、言ってろよ。今に会場を盛り上げてやるぜ」


 舟詠が拳の骨を鳴らすのを合図に、アリーナにはマイクの音で立体的になった鼻から息を大きく吸い込む音が響いた。


 『試合、開始いいぃ!!』


          ●


 『おおっと!?今なにが起きたんでしょうか!?か、解説の由良ちゃん先生、見えましたか?』


 『い、いえ、ちょっと分かんなかったですね。はわぁ、さすが豊園さんですねー』


 Bブロック会場では、試合開始からわずか1分で濛々と高く砂埃が立ち上っていた。

 その中央に君臨しているのは、3年、生徒会長の豊園萌生だ。

 ひさしぶりの活躍の舞台である。試合に臨む萌生の意気込みも十分であった。


 「ふふ、この頃は格好のつかないことが多かったからね。ちょっと頑張っちゃうわよ?」


 対戦相手のランク2である槍使いが開幕直後から仕掛けてきた突進を、萌生は自分の魔法に必要な土を固めたアタッシュケースほどの大きさのブロックを5個『召喚(サモン)』して飛ばし、迎撃した。

 全面見るからにのっぺりと平らなタイルで覆われているこのフィールドで立ち上る土煙は、そのブロックを飛ばした結果である。


 しかし、その程度の迎撃で魔槍の突進を止められるはずもない。煙の中から黒い影が猛烈な勢いを保ったまま、萌生に突き進んでくるのが見えた。


 「なめるなよォォ!」


 相手の雄叫び。


 だが、もとよりこの程度で足を止められるなどとは、萌生だって考えていない。こんなものはただの布石に過ぎないのだ。

 萌生はポケットからゴボウの種を6粒取り出して、砂煙の中に投げ込んだ。


 「さぁ、お願いね!」


 投げたゴボウの種に魔力を通し、萌生は念を送って命令を与えていく。

 直後、あり得ない速度で発芽したゴボウは、さらに目にも止まらぬ速度で過剰成長した。そのまるで蔓のような長さに成長した茎がうねり、突進する男子生徒の体を捕縛する。

 砂埃が晴れ、実況席からも萌生らの様子が見えるようになってきた。

 

 『お、おォーっと!これはいつの間に!?いつの間にか相模選手の両手両足に蔓が巻き付いているゥ!なんという早業でしょうか!』


 『なるほど、土を相手の攻撃を使って広域に拡散させるという作戦ですか。面白い発想ですね。それにしても、あれ、ゴボウですかね・・・?』


 『えーっと、そうみたいですね。あの根は間違いなくゴボウですね』


 『あれだけ大きかったらしばらくはお野菜に困らない・・・ではなく!ていうか、なんで明らかに棒状のゴボウがあんなに床に張り付いていられるんですかね、中島さん?』


 太く長く成長したゴボウを見ながら、解説であるはずの由良が萌生の放った根菜であるゴボウの根の異様な踏ん張りように疑問符を浮かべている。

 だが、そんなことを聞かれて分かるような実況者ではないので、適当な返答をするのだった。


 『そ、それはよく分かりませんね。きっとアレですよ!会長クオリティ!』


 『なんですかそれ!?』


 実況と解説が揃って漫才をしているが、試合中の2人は真剣だ。

 既に会場の観客たちは急展開に沸き立っているが、これはデモンストレーションなどではない。トーナメント表を組んだ教師陣はそれを狙っていたとしても、その思惑は試合に出る本人たちとは関係ない、まったく別の話だ。

 ゴボウの茎に縛られている男子生徒―――――相模は、なんとか束縛から脱出しようともがくが、しかしもがけばもがくほど手足を縛る力は強くなっていくばかり。


 「くそっ、なんだよこれ!本当に植物かよ、くそっ!」


 「そうよ?知ってた?植物って意外と頑丈なのよ?」


 そう言いながら、隙を見せない萌生。彼女の言う通り植物は思っているより頑丈なのだろうけれど、彼女が操るそれは魔法による過剰成長と魔力の循環による強化のおかげで、人間の腕ほどの太さの茎ですらまるで大樹の幹のような強度になっている。縛られた手足を動かしたところで、引き千切ることなど出来るはずがないのだ。

 そして、萌生はなにかに合図をするように手を叩いた。その様子はまるで、幼い子供を誘導する母親のようでもある。


 「・・・ッ!今度はなにを!?」


 警戒を強める相模は、視界の端の4カ所に変化を確認した。それは、両手と両足のすぐそば。


 「花・・・?」


 絡みついている茎の先端に、大輪の―――――文字通り以上の意味で―――――バスの車輪くらいはありそうな大きさを誇るゴボウの花が開いた。その花はしなやかな白と赤紫色の花弁を空に向けて無数に突き立てて艶めく。

 ただ花が咲いただけ、とは言い難いその光景。相模は言い知れぬ悪寒を感じてさらに手足を動かそうとし、そのために拳に力を込めようとしたところで、指がうまく動いてくれないことに気が付いた。

 きつく固く縛られ続けて血流が止まったせいで、手足の末端が麻痺したのだ。


 「くそっ、そんな・・・嘘だろ!?」


 嘘でも気のせいでもない。


 そして、ゴボウの花の先端、まるでウニの棘のように鋭く尖った花弁に光が蓄積され始めた。


 「これでフィニッシュよ!『愛花津鬼(アカツキ)』!」


 詠唱と共に、ゴボウの湛える光が臨界点に到達した。

 しなやかだったはずの花弁の全てが、敵を貫く弾丸となって一斉に発射された。

 圧倒的な数の暴力が、たった1人の人間の体に殺到する。


 もはや絶叫も聞こえなくなるほどの轟音の痕に残ったのは、再びの濃い砂煙だけだった。


 『う、うおーっ!これは凄いぃ!これは見るの初めての魔法ですね。まるでショットガン!エコロジーな重火器!これは相模選手ピーンチ!果たして・・・?』


 『果たしてっていうかアレ大丈夫なんですか!?ケガとか大丈夫なんですか!?』


 『そのときは由良ちゃん先生の出番ですよ!』


 『ひえぇ!聞いていた以上にデンジャラスだった!』


 もう実況も実況というか実叫である。観衆の声援も追い越して響き渡る実況席の声。


 全員が砂埃の中の様子に集中する。


 そして。


 「へぇ、手応えはあったのに。さすがね」


 まだ立っていた。相模はふらつきながらも、槍を床に突き立てて体を支えていた。


 「当然。そんな簡単にやれると思うなよ・・・?こちとら3年目の正直なんだ。いくら会長が相手でも簡単にはくたばってやれないな」


 「・・・そうね!さぁ、次。行くわよ!」


 手段を変えて槍を構え直した相模。それを迎え撃つ萌生。


 そして、勝敗は―――――。


          ●


 『さて、Cブロックも1回戦ですね!』


 『えぇ、もうワクワクしてきたわね!』


 午前11時。A、Bブロックの第1試合開始と同時刻、第3アリーナのCブロックも開幕していた。


 『第1試合は、1年生内の実力ランキングで堂々の2位を飾る聖護院矢生選手と、そして謎多き美少女転校生、ネビア・アネガメント選手!この熱い熱い開幕戦を実況させていただくのは不肖この私、小野大地(おのだいち)と!』


 『そして解説するのは私、志田真波でーす!』


 イケボで有名な放送部1年生の大地の声と、試合前からテンションアゲアゲな真波の声がアリーナに木霊した。

 ただ、2,3年生組の試合実況は超アニメ声で人気の3年、大谷由依と、聞いているだけで自然と元気が出てくる不思議なパワーを持った声でなにかと引っ張りだこな、同じく放送部2年生の中島五月(なかじまさつき)が担当しているのに対して、1年生のCブロックを担当しているのは男子である大地であるため、女子の盛り上がりがそこそこ良い一方で男子勢のガッカリ感が隠しきれていなかったりする。


 「やれやれ、実況が誰かなんて別に気にすることでもないでしょうに」


 矢生はまだ火が点ききらずに燻っている段階の観客席を一望しながら溜息をついた。試合前にちょっと追いかけ回されたりして大変だったこともあって若干機嫌が斜めなのも、溜息の理由かもしれない。

 本当にくだらないことを気にして。どうあれ、これから試合が始まれば否が応にも盛り上がることになる。だから、今は別に少しざわめくくらいで良いのだ。


 「そう、今に・・・今に沸かせてみせますわ!そして私はもっともっと目立つのです・・・!ほほほほほ!」


 『おーっと?なにやら聖護院選手が自信ありげに高笑いをしていますよ。まだネビア選手ともなにかしゃべった様子もないのに、どうしたんでしょうか!?朝に変なキノコでも食べたのでしょうか?志田先生、いかに?』


 『アレはあの子の性格ね』


 「余計なお世話ですのっ!!それより早く試合を始めましょう!」


 顔を真っ赤にして怒鳴る矢生と、笑いで沸き立つ会場。全然意図していなかったところで変に観衆を沸かせてしまった彼女は、少し機嫌を損ねてしまったようだ。

 プンプンされながら試合開始を求められ、それもそうだと思って大地はマイクを握り直した。


 『そうですね!それでは両選手、アーユーレディー?』


 大地が司会席からフィールドを見下ろせば、2人がこちらを見て勝ち気な良い笑顔をしている。いつでも来い、と。目がそう語っている。


 『オーケー!それでは・・・試合開始ィ!!』


          ○

 

 「目からビーム!!カシラ!」


 さっそくネビアが行動を起こした。

 直立不動、予備動作なし。ネビアの十八番でもある、反則級の弾速を誇る先制攻撃が炸裂した。

 あの雪姫でさえ直撃寸前でなんとか反応するのがやっとだったレベルの奇襲攻撃だ。その凶悪さは特に、普通魔法コースの授業を受けている生徒たちがよく知っている。


 まず普通に構えていたら絶対に回避できない高圧水流のレーザー。もしも当たれば、威力を落としていても肋骨を軽々とへし折るだろう。

 魔の水流が、一切の容赦もなく、矢生の体に風穴を空けるべくして突撃する。


 誰もが、ある意味では信用とも言える予想を裏切って放たれたその一撃に、矢生が為す術もなく吹き飛ばされる光景を想像していた。

 そしてそれは、ネビア自身すら同様だった。


 ―――マンティオ学園だかオラーニア学園だか知らないが、たかだか高校1年生が反応できるような不意打ちではない。誰が本当にわざわざ全力で戦ってやるものか。

 

 しかし。


 「随分となめてくれますわね!」


 バスケットボールのピボットのようにして、矢生はその瞬速の破壊水流を回避してみせた。

 思わぬ反応にネビアは目を丸くする。まさか回避されるとは、夢にも思わなかったのだから。


 「おっ」


 「これでも私、あなたの戦闘パターンは結構勉強させていただきましたのよ?まぁ、情報自体は雀の涙ほどでしたけれど、それでも効果はアリでしたわね!来ると分かっていれば対処は難しくありませんわ!」


 正確には「分かっていた」ではなく、「予想していた」だ。

 矢生が言った通り、転校してきてわずか1週間のネビアが見せてきた情報量は非常に少ない。しかし、そんな情報不足でも、決してなにも糸口が掴めないわけではない。癖のようなパターンを推察したり、どういう攻撃方法を好むのかを理解することは出来る。

 現に矢生はネビアの行動を予測し、的確に反応してみせた。

 めまぐるしく更新されていく矢生の脳内戦略図。ネビアの挙動1つで、いくつもの新しい可能性と、その対処が矢生の頭の中に提示されていく。


 「勝てない試合なんかじゃ、ないんですのよ!」


          ○


 勝てない試合なんかではない。そう。なぜならば聖護院矢生は今期マンティオ学園1年生最強を自負する者なのだから。勝てない試合など、あるはずがない。


 見事に初撃を躱してみせて高らかに勝負を謳う矢生を見て、ネビアは少しの驚きと共に、同じぐらい少しの喜びをもって笑った。


 「言うねぇ、カシラ!なら、これは?」


 未だ放出し続ける水のレーザーを、ネビアは首の回転で水平面上を一気に振り切って、フィールドを薙ぎ払った。ネビアの視線の高さを境になにもかもを両断する、殺人水流。

 しかし、矢生はそれを身を低く構えることで回避する。直後、高圧水流が轟音を伴って空間を引き裂いたのを確認して、矢生は弓を構え直して、一息に弦を引き絞った。


 「『スタンアロー』!」


 これは威力よりも敵の動きを妨害するための効果を重視したタイプの矢だ。その弾速はライフル弾に匹敵し、そして掠めることさえ出来れば、そのまま大電圧のショックで相手の全身の筋肉を痙攣させることが可能だ。

 話では、ネビアはフィールドを立体的に使いこなし、飛んで跳ねて、すばしっこい上に変態機動までするということだった。


 「なら、動きを止めるまで、ですわ!」


 「なっ、はや!?カシラ・・・!」


 さすがのネビアでも、目の前で拳銃を撃たれたりしたならば反応しかねる。

 一瞬でカタをつけるつもりだったはずが、いつの間にかファーストアタックを食らいそうなことに、ネビアは少なからず動揺していた。

 

 躱すことの出来ない雷光が、ネビアの胴体に直撃する。


 「あぐっ!」


 ヒットと同時、耳をつんざくような炸裂音が響き、目を焼く閃光が放散された。


 『うおおー!目が、目があっ!?凄い閃光!とんでもない閃光だぁ!ま、まるでスタングレネード!実況しようにもしばらくは試合の様子が見えないぃ!?』


 大地の悲鳴にも似た叫び声。だが、実況席だけではない。今の閃光は観客席までまとめて呑み込み、誰もかもが目を眩ませていた。試合中の2人に近い席に座っていた生徒については、同時に耳までやられたためにその場で頭を押さえてうずくまる者も多数いた。


 そんな光と音の地獄の中、唯一人自由を保つ少女がいた。


 その少女は、勝利を紡ぐべくして声を高く張る。


 「さぁ、フィナーレですわ!油断して私と相対したことを後悔なさい!」


 今度こそ、破壊を目的とした紫電の矢をつがえる。

 弦を引き絞れば引き絞るほどに、矢は巨大化して、遂には馬上槍の如き長大なものとなった。


 その莫大なエネルギー量故に重くなり、矢の速度が上がらないという欠点を持つ代わりに、その威力は確実。この矢を放つということは、それすなわち勝利を示す。


 「『女神の審判ゴッデス・クロス・ジャベリン』!!」


 


 「・・・ゴメンね、カシラ」




 聞こえるはずのない声が、聞こえた。

 うっすらと冷ややかに忍び寄ってきた声が、矢生の鼓膜を撫でた。


 ―――――そんなはずは、ないのに。


 「・・・・・・ッ!?」


 そんな馬鹿なことがあるはずがない。

 『スタンアロー』が直撃すれば、黄色魔力を持ち、電気に体が慣れている人間であっても10分ほどは口すら動かせなくなるレベルで行動不能になるはずだ。


 それなのに、そんなはずがない。あってはならない。まだほんの数秒しか経っていないというのに。

 

 だが、これは、今目の前で起きたことは、疑いようのない現実だった。


 絶対勝利の一撃だったはずの『女神の審判ゴッデス・クロス・ジャベリン』は受け止められ、自重と反作用で潰れて四散した。


 矢を受け止めたのは、手をかざしたネビアだった。

 そのかざされた手と矢の間には、巨大な水の塊が生まれて、矢生の最大火力を受け止めてしまっていた。


 「そんな顔しなさんな、カシラ。純水は不導体でしょう?カシラ」


 その程度のことは矢生だって分かっている。だが、それでもあの水塊が矢生の矢の直接的な威力まで簡単に吸収してしまったことには、納得がいかない。

 いや、違う。そうではない。そこが問題なのではない。そんなことは二の次だ。

 矢生が最も驚愕しているのは、自らの必殺攻撃が受け止められたことではない。


 「ネビアさん・・・あなた、一体なんなんですの・・・?本当に、人間ですの・・・?」


 対して、ネビアは暗い笑みを溢して、悠然と両腕を広げてみせた。ゆったりと矢生を抱き入れるかのような彼女には、既にどこも痺れている様子はなかった。


 「一応、生物学的には人間よ?カシラ」


 広げた両手の掌の上にサッカーボールほどの水球を3つずつ生み出したネビアは、矢生に向かって駆け出した。


 「生物学的にって・・・!意味の分からない言い回しを!」


 「さぁ、次いくよ!カシラ!溺れないように気を付けなよ!カシラ!」


 「ちぃっ!」


 とりあえず牽制で矢を3本ほど放ち、矢生は後退して腰に着けていたポーチに手を突っ込んだ。ここからは体勢を立て直す余裕が得られない可能性もあったため、打てる手は全ていつでも打てるようにしておかねばならなかった。


 ネビアが水球の1つを矢生に向かって投げ飛ばした。

 しかし、その水球は矢生に届く前に爆散して霧を生んだ。躱そうと身構えていた矢生は不意を突かれて、ほんの一瞬間ネビアから意識が逸れてしまった。

 そしてその刹那に、ネビアの姿は霧の中に溶け込んで消えてしまった。


 『こっちだよ』

 『でも実はこっち』

 『いつの間にか背後を』

 『なんちゃって』

 『実は上?』

 『カシラ』

 『キャハハハハッ』


 四方八方からネビアの声が聞こえてくる。その声はまるで矢生を嘲弄するかのように、愉しげだ。


 ――――なんなのだ、このやり口は。情報では、ネビアは大雑把な大火力戦を好むのではなかったか。


 「今はそんなこと・・・!まだ負けるわけにはいきませんわよ!・・・『スプレッド・アロー』!」


 仕入れた情報になかったネビアの戦い方に動揺を隠しきれない矢生だったが、それでもすぐに持ち前の精神力で雑念を振り払ってみせた。

 さらに深まり続ける濃霧の中から聞こえてくる声に集中し、矢生はネビアのいる方向を特定する。

 放たれた矢はすぐに細かい矢に分裂して、散弾のように飛ぶ。


 しかし。


 『おおう』

 『危ない危ない』

 『いい狙いだねぇ』

 『惜しいよ?』

 『カシラ』


 何発撃っても当たらない。

 

 ならば。

 

 ―――――ならば。


 矢生は、正直なところでは第1回戦からこの技を使うのは避けたかった。

 だが、そんなくだらない拘りなど勝利の前ではなんの価値もない。もはや、拘りですらない。

 だから、躊躇はしない。


 「なら!『プロリファレイト・レイン』!!」


 またも大技をつがえる。それも、一気に3本も。魔力がゴッソリと手元の矢に吸い上げられていくのを感じる。

 だが、迷わずつがえる。


 そしてついでに―――――。


 「飽和攻撃なら、フィールドにいる限りあなたも躱せないでしょう!」


 手を、放す。束縛から解放された3本の矢は、思い思いの方向に飛び出した。


 『飽和攻撃?たったの3本しかないわよ?カシラ』


 ネビアの拍子抜けしたような声が後ろから聞こえてくる。


 ―――――今に見ていれば良い。


 当然、そんな当てずっぽうに射た矢など、ネビアには当たらないまま霧を突き抜けて観客席とフィールドを隔てる透明の壁に突き刺さるだけ。

 しかし、矢生はどこにいるかも分からないネビアに向けて強気に笑ってみせた。


 「ええ、飽和攻撃ですわよ?私はそのようなつまらない嘘はつきませんのよ?」


 矢生は続くネビアの挑発的な言葉にも一切動じずに、もはや狙いすら定めることなくひたすらに『プロリファレイト・レイン』を乱射し始めた。

 しかし、やはり単発単発での弾幕がネビアに当たることはない。掠りすら、しない。


          ○


 矢生が矢の乱射を始めてからもう3分ほどが経ったか。

 狙いも危うげなまばらな矢の雨は、遂に止んでいた。


 『どうしたの?もっともっと撃たないと!カシラ!』


 いっそう愉しげな声を響かせて、ネビアの気配が敢えて場所を知らせて狙わせるかのように増長する。


 「・・・いえ、もう十分やりましたわ」


 しかし、霧の中のネビアに向けて、矢生は疲れて掠れた声でそう言った。


 そうだ。もう矢生は十分にやってみせた。十分に、十二分に頑張った。

 もう、疲れきって息も切れ切れである。

 これ以上手足を動かすのも億劫だし、弓の弦を引き絞るなど、もっての外だ。


 完全に動きを止めてしまった矢生を見て、ネビアはつまらなそうな声を出した。


 『ありゃりゃ、諦めちゃ・・・』


 

 「そろそろ!」



 『・・・?』


 「そろそろ・・・観客のみなさまの視界も戻ってくる頃ですわね」


 果たして矢生がなにを言おうとしているのか、それは誰にも分からなかった。

 

 ―――――実況者の大地と、解説の真波が復帰するまでは。


 『ん・・・ようやく目が戻ってきたわね・・・』


 『お、私も見えてきましたよ!さて、この空白の時間、両選手はどんな・・・・・・って、なんだなんだ、なァんだこれはァ!?』


 大地が目にしたのは、せっかく取り戻した視界をしつこく遮る深い霧。天井に張り付くネビア。


 そして、宙にところ狭しと並んだ無数の水の爆弾。それも、まったく流動していないことから1個1個が莫大な水を含み、それを強引にバランスボール程度の大きさまで―――それでも十分に巨大だが―――圧縮したのだろう。


 『し、聖護院選手、これはピーンチ!・・・っと、もはや聖護院選手、立ち尽くしております!これは!?諦めてしまったのか!?』


 大地のひっくり返ったような声を聞き流しながら、ネビアは勝ち誇る笑みを浮かべた。相手が勝負を諦めてしまおうが、そうでなかろうが、ネビアは確実に勝利を掴むべく力を振るう。


 「さぁ、こっちは遠慮しないわよ!カシラ!」

 

 これぞまさしく「水爆」。大量の水塊が、出だしも揃えず重力に従って自由落下を始めた。

 ともすれば雪姫と戦ったときよりもさらに圧倒的な暴力かもしれない、この超高圧縮された水の爆弾だ。まさか今後二度と人に向けてやらないだろうと思われていたネビアの殺人魔法の1つであり、そしてそれ以上でもある、着弾する前から悲鳴が上がる大災害。


 それにも関わらず、矢生は誰からも見えない、力強い笑みを浮かべていた。


 「ええ、すごく良いですわ」


 先ほどはネビアの人間離れした回復力に翻弄されただけだ。

 

 だが、これは知っている。威力はどうやら段違いのようだが、それはもはや問題ではない。


 迫る、迫る。美しく澄んだ命の源は、生命を脅かす暴力となって、頭上から迫ってくる。


 あぁ、まさに。



 ―――――最高のシチュエーションだ。



 「ネビアさん、あなたには感謝しますわ。これで私は、また1つ上のステージへ登りますわ!!」


 派手に!美しく!華麗に!

 

 そして歓喜は高らかに、清らかに!


 勝利を以て、ここに聖護院矢生を示す!


 「弾けなさい!」


 フィールドが青白いスペクトルで埋め尽くされた。

 矢だ。矢生が放ち、そして壁に床に天井に、一面にまんべんなく突き立てられた無数の矢が、放電を起こしながら魔法陣となって着弾点に染み込んでいく。


 自らの投下した水塊と共に天井から降下するネビアは、その光景に悪寒を覚えた。空中にいる彼女は今、身動きが取れない。


 「・・・っ!でっ、でもまだよ!カシラ!この水量を貫通出来るのかな、カシラ!?」


 天井からの攻撃に備えてネビアは自らの上にも水の壁を作り出し、叫ぶ。


 直後、矢生の不敵な笑みと共に、世界が雷光に霞んで消えた。



          ●

          ●

          ●



結論から言うと、その結末は、もう誰も期待していなかった華麗な大逆転だった。


 矢生の合図と共に床や壁、天井に染み込んだ矢から生まれた無数の魔法陣の一つ一つが、まるで高速連射するショットガンの如く紫電の矢を放散したのだった。

 そして、その矢のほとんど全てがネビアの撒いた巨大な水の塊を、勢いを殺すこともなく貫通した。


 さらに、放たれた矢の大群は一切の軌道のズレもなく全方向からネビアの体一点を目指して、殺到した。

 

 無数に放たれた矢の一本一本が、平時の矢生が放つ矢と同等の威力を誇るのだ。

 尋常ならざる電力が空中を駆け抜けたため、衝撃波が入り乱れて轟音が鳴り響いた。

 水塊を突き抜ける雷電は激しく水を分解し、生まれた酸素と水素は炎の如く過熱した大気に熱せられて再び水へと戻るべく、フィールド上空全域で連続的に大爆発を起こす。


 それは、ネビアが生んだ以上の地獄の光景だった。


 その跡には、一切の無事を、許さない。


 この水量を貫通出来るか―――もう爆発に呑まれて誰も覚えていないネビアの放った最後の叫びに、矢生は静かに答えた。

 

 「―――えぇ。だから対策を練らせていただきましたわ。もっとも、予備まで全て使い切ることになってしまいましたが」


 魔力切れの症状で脱力し、目も碌に開くことも出来ず、両手を膝についてやっとの思いで立っている状態。

 だが、その口元には紛う事なき勝者の笑みを湛え、矢生は歌うように言葉を紡いでいく。

 

 「さっきは使いませんでしたが、純水が電気を通さないことを利用してくる方と試合がある可能性は考慮していました。だから、ちょっとだけ化学を利用させていただきましたの」


 長く続いた轟音は遂に止み、分解されては生成されて吹き散らされた水が爆煙のように空中に残って、その破壊の凄絶さを白く漂わせ続けていた。


 水煙の中から頭を下にして落下してくるネビアに意識があるようにも見えないが、そんな彼女にも矢生は敬意を持って、勝ち誇るような笑顔でタネを明かす。


 「塩化カルシウム。道路の融雪剤などにも使われていて、水に良く溶ける、電解質としては便利な部類に入るものですわ。これを全ての矢に袋詰めにして、予め括り付けておきましたのよ」


 そして、『プロリファレイト・レイン』の術式が発動すれば、放たれる矢は凄まじい衝撃波を伴って塩化カルシウムを入れた袋を引き裂き、粉末を吹き上げる。

 そのまま矢に巻き込まれるようにして、共に高速で水塊に飛び込んだ塩化カルシウムの粉末は水に溶けて、確実に矢の貫通出来る可能性を高めたのだ。


 だが、そんなにも簡単に溶けるものなのか、と思うかもしれない。


 しかし、そもそも塩化カルシウムは矢生の言ったように融雪剤として使われるのだ。つまり、道路に撒いておけば簡単に水に溶けるほどの溶解度を持つ。

 また、紫電の矢が音速以上で走る際に生じるエネルギーの放散と、圧縮魔力の実体性による摩擦、衝撃波、そして塩化カルシウムの溶解熱等の複数の要因によって水温は少なからず上昇するため、それによってさらに塩化カルシウムの溶解度は大きくなり、より高効率かつ高確率に矢を貫通させることが出来たのだ。


 もっとも、この戦術を実現可能とするために必要な塩化カルシウムを買い集めるためには相当の金が必要だったため、これから1ヶ月の間、矢生の食事は朝昼晩お茶漬け確定というところだ。

 そんな体力的にも経済的にもまさに身を削る戦いだったが、矢生はその大勝負に見事勝ってみせた。


 会場が爆発したような歓声で溢れかえっている。

 これこそ、矢生が求める光景。勝利のために削れるもの全てを削ぎ落としきって、出し惜しむ技も惜しまずに披露しただけの見返りは、もう十分すぎるほどに得ていた。

 矢生にとって、今はとにかくこの心地よい騒々しさの中で、音に浸り、景色に浸かることこそ、極上で至福だった。


 いよいよ地上に帰ってくるまであと3、4mまで迫ったネビアに、聞こえているかは分からなくとも、矢生は感謝を伝えたかった。


 「・・・良い勝負でしたわ。ありがとうございました―――」



 「ばぁっ」



 「!?!?!?」


 視界が、激しく揺れた。


 ―――なにが起きた?


 まったく意識が追いつかない。意味が分からない。なにも分からない、謎の状況。


 今の今まで聞こえていた自分の大逆転への大歓声が、いつの間にか聞こえない。


 自分の姿勢が分からない。


 疲労でふらついてしまったのかと思った。


 だが、違った。



 「ゴメンね、カシラ。あなたに負けて良い立場じゃないのよ、私は、カシラ」



 負けたのだ。ネビア・アネガメントに。


元話 episode3 sect23 “宣誓”(2016/11/6)

   episode3 sect24 “侮りを裏切る力”(2016/11/7)

   episode3 sect25 “誰よりも強く、誰よりも華やかに、そして勝利を私に捧ぐ”(2016/11/9)

   episode3 sect26 “Ms. INCREDIBLE”(2016/11/11)


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