ハロウィン特別編
どうも。お茶があったら濁したい、今日この頃でございます。
ep.10のプロットが全然終わらない・・・でも月イチ投稿はしたい・・・ということでハロウィン回。
ep.10からはまた迅雷の視点に物語が戻りますので、ここまでついてきてくださった皆さまにおかれましては、いま一度本作の主人公が誰だったのかを思い出していただければ―――え?としくん、1年半くらいまともに登場してなかったって、マジ?
ぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷに・・・。
「うぎゅむッ・・・」
10月31日。
今日は一段と冷え込む。10月と言いつつ、もうほとんど11月みたいなものだし、この地域で11月というのは半分以上冬みたいなものだ。
しかし、千影のぽかぽか体温をギュッと抱き締めていれば、この程度の寒気など屁の河童である。日課の寝起きほっぺぷにぷにを通常の3倍増しで堪能したら、さすがに千影が呻き声を上げた。気のせいか揉む前よりほっぺたが大きくなっているかもしれない。
○
「とっしー、今日はおやつ抜きね」
「・・・はあ。・・・え?なんで?」
2人で寝ぼけ眼をこすりながら、顔を洗いに1階へ降りる。
適当に寝癖を直して、リビングへ。トーストの焼ける甘い匂いと、塩コショウの粗い香りが鼻腔で混ざり合って腹が始業のベルを鳴らす。テレビをつけると、朝のニュースでは、渋谷のスクランブル交差点の映像が流れていた。
「あー、ハロウィン。クリスマスとかバレンタインと違って、正直、東京とかでも住んでなきゃそんなに意識しないよなぁ。ちっちゃい頃とかならともかく、お菓子くれなきゃイタズラするぞ~なんて」
「そのちっちゃい子に逆にイタズラをしておきながら冷めたコト言いますな」
「ほっぺたは日課だし」
「ボクはもっとえっちなイタズラでも良かったんだけど」
朝からお盛んな幼女に擦り寄られ、耳元で甘えた囁きを受けた迅雷の箸を持つ手が止まる。いけない、朝のおかずは皿の上のベーコンエッグで事足りるハズだ。
「良くない、です!!」
「しないよそんなこと俺はナオ一筋なんだから♡」
後から降りてきた直華が、朝からベタベタしている(毎日一緒のベッドで寝ているのだからあまりにもいまさらだが)2人を発見し、ヤキモチで迅雷と千影の間に割って入った・・・のだが、「です」を言い終わる頃には迅雷に抱き締められて頬ずりをされていた。恐ろしく早い変わり身、千影でなきゃ見逃しちゃうね。
「せっかくちょっと頑張ってパウンドケーキ準備したのになー。残念だなー」
「”ちょっと”ではなかったわねー」
わざとらしく溜息をついて見せたのは、キッチンで真名と朝食の準備をしてくれていた慈音だった。『ブレインイーター』の一件も丸く解決して、心のゆとりが出来たからか、週末の慈音の気合いの入りようは見ていて分かるくらいだった。製菓材料なんてそこらのスーパ―でも買えるだろうに、クラスのみんなにも配るんだと言ってわざわざ父親にせがんで車を出してもらい、隣町のコトスコまで行って大量に買い込んできたほどである。
冷蔵庫には、自分たち用にひときわ手を掛けたチョコレートソースがけの特大パウンドケーキが眠っているのだが、迅雷、本日二度目のイタズラにつき、夕食後のデザートも没収の刑に処されるのであった。
「いや待ってよ、俺しーちゃんにはなんもしてないじゃん!というか別に千影ともなにもしてないし!」
「でもなおちゃんのは現行犯逮捕だよね?」
「可愛すぎる直華がいけないんです。情状酌量の余地があると思います。だからデザートは残しておいてくださいお願いします」
「あはは、冗談だよ。ちゃんととっとくから安心してね、としくん」
「最近いよいよしーちゃんの前でもシスコンムーブ一切はばからなくなってきたよね、とっしー・・・」
もとより家族同然の付き合いがあったことに加え、お盆明けからは東雲家が崩壊(物理)した関係で同居中。お互い頭のどこに寝癖が付きやすいかも知った間柄とあっては、もはや隠し立てすることもなし。迅雷の慈音に対する遠慮のなさは下限を突く勢いである。
ただ、千影をして狂気と言わしめる迅雷のシスコンぶりを笑顔で流してしまう慈音も慈音なのだ。幼少期から迅雷のシスコンだけでなく疾風の親馬鹿ぶりも目の当たりにしてきた慈音にとって、直華はメチャクチャに可愛がられているのがデフォルトの存在なのである。子供時代の刷り込みというのは恐ろしい。ちなみに、本当は直毛の直華が敢えてくっしゃりめにヘアセットしているのも、撫でられまくった後のボサボサになってしまった髪型をさらに愛でられてきた幼少期の経験が、深層心理のブラックボックス内で可愛く見られたいという思春期少女の普遍的な願望と融合した結果・・・なのかもしれない。
「そういえば、千影ちゃん、今日は雪姫ちゃんのお見舞いに行くんだっけ?」
「うん、行くよ」
「じゃあさ、これ、雪姫ちゃんにもお裾分けしてあげて!」
学校が終わってから病院に行くのでは面会時間を過ぎてしまう可能性があるので、慈音はパウンドケーキの包みをひとつ、千影に手渡した。ご丁寧にメッセージカード付きである。
果たしてあのつれない少女が他人の善意を素直に受け取ってくれるか分からないが、まぁ、ダメならコッソリ千影が頂いてしまえば良いのだ。気軽に返事をして、千影は包みを受け取った。
●
人類史上最もフローラルな女性といえば誰でしょう?
そう問われれば、まず間違いなく彼女の名を答えるべきだろう。
オドノイドコード『THE WALKING GARDEN』、ロゼ・サルトル。動く庭園と渾名される彼女は、正真正銘の植物人間だ。彼女が力を解放すれば、その背からは美しくも妖しい黄色の花が咲く。
マンティオ学園に在籍する豊園萌生が扱う植物魔法と、ロゼの能力は性質からして根本的に異なる。
植物魔法は、紫色魔力の亜種にあたる特殊な魔力が引き起こすもので、土中のミネラル分に作用することで副次的に植物の異常成長を促す技術というのが、正確である。有り体に言えば超スゴい肥料を作る魔法であり、タネや苗を用意しなければそれ以上の現象は引き起こせない。
一方で、ロゼは自分自身の肉体が植物と化している。手から蔓を伸ばしたり、足から地中に根を張ることが出来るし、多少の飢えなら光合成で紛らわすことも出来る。
窓辺で緑色の長い髪を涼やかな秋風に揺らしながらフローラルティーを嗜む彼女の姿は、オドノイドと知らず見る者がいれば思わず息を呑んで見とれてしまうかもしれない。
もっとも、ここに彼女がオドノイドと知らない人間はいないのだが。
「ハロウィーン、ねぇ」
ここはロンドン。街はハロウィンの賑わいで華やかなオレンジに輝いている。
「どうしたんだい、溜息なんかついちゃって?」
「ベル、来てたのね」
「良い香りがしたから」
ベルモンド、愛称は「ベル」。ビスディア民主連合の一件で伝楽と共に行動し、迅雷の救出に関与していたことから、覚えている人もいるだろう。彼もまたオドノイドだ。『THE DOPPELGAGGERS』、分身能力の持ち主だ。
眼鏡をかけた温和な青年風だが、その実、ニート気質でちょっと嫌なことがある度にロゼに泣き付いて慰めてもらおうとするようなポンコツ野郎である。便利な能力を持っており、オドノイドにしては破格の教養もあるため、やれば出来る子なのは間違いないのだが・・・。
ただし、今日は別に嫌なことがあったわけではない。9人目のオドノイドを迎え入れることになり、顔合わせのために呼ばれただけだ。ロゼに会いに来たのも、シンプルに会いたかっただけである。市場で買ってきたハロウィン仕様のお茶菓子を手土産に、ベルはロゼの隣に腰掛けた。
「気が利くじゃない」
「紳士ですので」
「あははっ。なにそれ」
「そんな笑う!?」
普段はうふふと笑う女性が口を開けて笑うほどだ。よほど面白い冗談だったのだろう。
しょんぼりするベルに、ロゼはお茶を勧めた。ベルがロゼを探す頼りにもした、淡い紫色のフローラルティーだ。
「いいの?これロゼの体に咲いた花を使ってるんじゃないの?それってつまりロゼの煮出し―――」
「あんまり余計なことを考えるようならあげないわよ」
「なんにもかんがえてないです、あたまからっぽです」
「清々しいくらい極端ね」
「おいしい」
花のでどころはともかくとして、爽やかな香りのお茶は、ベルが買ってきたお茶請けにピッタリだった。多分、これを見越してのチョイスだったのだろう。
「ロゼは街に出ないのかい?別に外出禁止ってわけじゃないんだろ?楽しいと思うよ、いろんなイベントもやってるし」
「そうねぇ―――」
「あ、ひとりじゃ行きづらい?ならどう、このあと俺と。軽く仮装もしてみたりしてさ」
「仮装なんかしなくても最初から化物じゃない、私たち」
窓外を眺めるロゼの冷めた笑みから、ベルは、彼女の抱える憂鬱を概ね理解した。
ロゼは、パートナーとの相性が特に悪い。IAMOで魔法士として正式に登録されている8人のオドノイドの中でも最年長のロゼは、表面上は大人らしく優雅で余裕のある振る舞いを見せているが、身近な人間から常々バケモノ扱いを受け続けている彼女が抱える「自分が普通の人間ではない」ことに対するコンプレックスは他の誰よりも大きい。
オドノイドが人間社会に歓迎されている未来なんて、ロゼには想像出来ないのだ。理屈ではなく、体験による刷り込みであり、それ故にベルが安易な慰めの言葉を掛けたところでなんの解決にも繋がらない。
だというのに、ハロウィンとなると「普通の人間」たちはバケモノの格好をして表通りを笑顔で練り歩くのだ。子供たちは目穴を空けたシーツを被って近所の家々を回ってはお菓子をねだり、大人たちは正体不明なイタズラっ子たちを嬉々として迎え入れる。
さて。
ご丁寧にドアベルを鳴らして玄関前で待つ幼い日のロゼに対して、微笑みと共にお菓子を与えてくれるような大人がいただろうか。
「ロゼ―――」
「・・・ふふ、分かってるわよ。お祭りはお祭り。仮装にもファッション以上の意味なんてないわ」
「あ、そうじゃなくて、お茶のおかわりを・・・」
「さすがに怒るわよ?」
怒ると言いながらついつい笑うロゼ。ベルもはにかむ。
良いだろう、どうせ『ブレインイーター』の正体とやらが来英するのも明日のことだ。オシャレは好きだ。オドノイドには難しい事務仕事なんて務まらないから今日は実質オフだし、誘ってくれるというなら街に繰り出すのも悪くないだろう。
「ベル、仮装するならどんなのが似合うと思う?」
「ミイラ女!もちろん素肌に包帯、かつ包帯ゆるめで!!」
「変態」
無難に、ロゼが吸血鬼で、ベルが狼男ということで落ち着いた。・・・人肉食でも黒色魔力を補給するオドノイドが人喰いの怪物に扮するのは、割と冗談にならないような気もするが、気にしてはいけない。
●
面会の予定はなかったはずだが(というか妹以外に見舞いに来るような人もいないはずだが)、何者かが病室のドアをノックした。怪訝に思いつつ、雪姫はとりあえず「どうぞ」とだけ返した。
「トリック・オア・トリート!!」
「・・・なにその格好」
「一昨日ポチった」
魔女のコスプレをした千影が、あざとくウインクした目元でピースサインをした。とんがり帽子に謎マント、そしてカボチャの意匠をあしらったふりふりのカボパンと同色のしましまニーソ。たしかにネットでよく売ってそうなデザインだが、そういうことが聞きたいんじゃなくて。
ツッコミ待ちみたいな雰囲気を醸し出す千影を数秒放置してみると、沈黙に耐えきれなくなったのか千影は大人しく病室に入ってドアを閉めた。そうそう、ここは病院だから静かにね。
「はいこれ、お土産」
「?」
「お菓子だよ、しーちゃんが作ったの」
「ふうん。どうも」
あれ、意外と好反応?
素っ気ないことに変わりはないが、まさか雪姫の口から「どうも」なんて言葉が聞けるとは予想していなかったので、千影は目をパチクリさせた。
さらに意外なことに、雪姫は見舞客用の椅子を出してきて、千影に勧めてくれた。
これは、もしかして、押せばいけるやつなのか?
「と、トリック・オア・トリート」
「調子乗んな」
「あう」
入院患者にお菓子は出来まい、と手をワキワキさせて近寄る千影だったが、敢えなく脳天チョップを食らって引き下がった。
「で、ゆっきーは調子どうなの?」
「アンタ、距離の詰め方バグってない?」
「え~、ダメ・・・?」
千影は上目遣いで訴えてくるが、女同士にあってはこのようなあざとい仕草なんて、ウザいだけである。そういう行為が許されるのは夏姫くらいなのだ。
「ハァ・・・まぁなんでも良いけど」
「言質取ったりぃ。帰ったらとっしーに自慢しよっと」
分かってはいたが、本当に、こうしていると普通の天真爛漫な女の子だ。
ネビア・アネガメントもそうだった。
彼女たちが普通と違うのは事実だ。
歩んできたであろう過去が彼女たちの笑顔の片隅に消えない陰を残している。
でも、普通と違うだけなら、多分、雪姫も似たようなものだ。
そして、それを普通と言うのだろう。
そう、普通なのだ。
雪姫も、千影も、ネビアも。
金子みすゞじゃあないけれど、つまり、そういうものなのだ。
そりゃあ殺せるはずがない。
「調子は良いよ、おかげさまで。明後日か、明明後日には退院出来そう」
「・・・そっか!傷痕は?」
「ほとんど残ってないよ」
「良かった、女の子は可愛くないとだからね!」
「そうだね」
会話は続かなかったが、不思議と千影が入ってきたばかりのときと比べて幾分気まずさはなくなっていた。千影はまだ帰るつもりがないのか、ぽけーっと窓から空を見上げていた。
「お、見える?ゆっきー。飛行機雲」
これから、ネビアはどうなるのだろう。IAMOに保護されるというのは知っているが、「保護」とはつまり、どのような扱いなのだろう。大量の人間を喰らった怪物として軟禁されるのだろうか。はたまた、千影のように都合の良い立場を与えられて矢面に立つことになるのだろうか。・・・また、会えるのだろうか。
千影なら、そのあたりのこと、知っているんだろうか。
「ねぇ―――」
●
「トリック・オア・トリート!!」
「と、とりーと・・・」
「誰だよナオに包帯ゆるゆるミイラコスさせたヤツ!!」
「ボクだよ!!」
「でかした!!」
「でかしてないよ、しでかしてるよっ!!」
迅雷と慈音が帰宅すると、できの悪いミイラ2人に出迎えられた。迅雷に抱き付かれそうになった直華が、走って自室まで逃げてしまった。残念そうに立ち尽くす迅雷の目の前でどや顔の千影が両手を広げて待っているが、さすがにそれには応えられない。裸同然の妹に抱き付くのと裸同然の千影に抱き付くのとでは話が違うのだ。
「へくしょいッ。さぶっ!!」
「そりゃそうだ・・・。しーちゃん、早く玄関閉めて・・・しーちゃん?」
「・・・・・・」
「しーちゃん、慈音さーん。おーい」
ダメだ、目の前で手を振っても耳元で名前を呼んでも反応しない。
代わりというわけではないだろうが、耳を澄ませば譫言のようになにかを呟いている。
(・・・いやね分かってはいたんだよなおちゃんのおっきくなってきたなーっていうのはねこないだもいっしょにお風呂入ったし知らないわけじゃなかったんだけどなんかあれおかしいなこないだよりさらにおっきくなってるような気がするいやコスのせいだよねさすがにそうだよそうにきまってるよ・・・)
「大丈夫大丈夫、まだナオも膝枕してもらったときに顔が見えるレベルで収まってるからしーちゃんとそんなに変わらないぞー」
「そっかー!!そうだよね!!だいじょぶ、だいじょーぶ!!あっはっはっは!!」
膝枕してもらったときに顔が見えないだろうレベルの人なんて、迅雷の人生ではそれこそ2組の聖護院矢生とか、猫のお姫様のルニアとか、それくらいしか思い付かないが。・・・思い付くだけでも贅沢か。
迅雷のフォローで抑から躁にモードチェンジした慈音がグルグル目になって歓声を上げている。なにも解決してないのに・・・誰か1センチくらいバスト分けてあげてよ。
さすがに冷えたのか、迅雷が部屋に学校の荷物を置いている間に、千影はパンプキン魔女のコスに着替えていた。普段着と同じように背中にスリットを入れたらしく、翼と尻尾を生やして小悪魔テイストだ。奇形部位を形成しても以前のようにIAMOアプリの警報が鳴らないのは、『匿異政策』の副産物か。
和室から出てきて、くるりとその場で一回転して決めポーズを取る千影に、迅雷は反応を隠せない。
「どう?健全に可愛いでしょ」
「うんうん」
「抱き締めたい?」
「うんうん」
「吸いたい?」
「うんうん」
吸いたいってなんだ。髪の毛に顔を埋めてスーハーすれば良いのか?わざわざ聞いたら上下逆様なことを言われそうだから、迅雷はスルーした。千影の冗談は直華の教育に悪い。
温かいコーヒーを淹れた迅雷はソファに腰掛けテレビをつけて、ひと息つく。千影が膝の上に座ってくるが、とんがり帽子が絶望的に邪魔だ。特に見たい番組があるわけではないが、画面の二つに分ける三角形に目の前をチラチラされると妙にイラッとする。
「なあ千影さんや」
「なんだいとっしーさんや」
「帽子邪魔」
「トリック・オア・トリート」
「購買で売ってたパンプキンクッキーで良ければ」
「ぷりーず」
千影が取った帽子の中には、お菓子がぎっしり詰まっていた。クリスマスの時期とかにスーパ―の季節商品の売り場に置いているアレみたいだ。よくあごひももなしにかぶれていたものである。
「まさか戦利品?」
「いやー、さすがのボクでも人んちに凸ったりはしないって」
「ほっ・・・」
「商店街でつかみ取りやってたんだよね」
「絶対ズルした量じゃん」
夕飯のあと、慈音のパウンドケーキと一緒にテーブルに広げて、みんなでお菓子パーティーにしましたとさ。
ep.10のプロットね。8月くらいからずっとやってるんですよ。
来月はちゃんと本編入りたいっす。では、また。




