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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode3『高総戦・前編 邂逅』
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episode3 sect8 ”学内戦開幕”

 月曜日になった。土曜日にギルドから特訓を終えて帰った後に宣言した通りに日曜日はたっぷりとぐうたらしたから、迅雷の調子はすこぶる良かった。一日中ベッドに寝転がってマンガを読み漁ってアニメを見漁るのも悪くないもので、案外癖になりそうだった。

 

 今日は、というより今週は、学校ではジャージでの登校が認められている。というのも、学内戦期間に入るからだ。

 校内に入れば、そこかしこに白を基調として水色のラインが入っているジャージが溢れていた。唯一様々なのが、左腕の二の腕周りにある赤、緑、黄のラインだ。うまいバランスでジャージのデザインに馴染まされていて、合わない色を使っているようで意外と気にならないのが面白いところだ。

 ちなみに、色分けのパターンは、赤が3年生、緑が2年生、黄色が1年生となっている。


 教室に着いた迅雷は、まず人を探した。いつも遅刻寸前で来る少女なので、今探したところでまだ来ていないだろうとは思っていたのだが、そんな彼の予想に反して彼女はもう教室に来ていた。

 意外なことが起きて迅雷は目を瞬かせたのだが、いたならいたで早くて助かるというものだ。目を擦って疑うように確かめるようなことではない。さっそく迅雷は、荷物を席に置いてから人混みの中心にいるその少女に声をかけた。


 「よっす、ネビア」


 「あら、迅雷じゃない、カシラ。おはよう。どう?今日は気合いを入れて早く来てみたんだぜ?カシラ」


 「いつもならなお良しなんだけどな」


 「にゃっははー。そりゃ無理ね、カシラ」


 ネビアはケラケラと笑いながら、今まで一緒に喋っていた数人の女子の輪から抜けて、迅雷に近寄ってきた。

 近寄って・・・というかかなり近い。胸同士が当たりそうなくらいの距離までネビアは歩み寄ってきて、自分の目線より少し上にある迅雷の目を、ねっとりと上目遣いで見つめ始める。


 「でぇ?なにか言いたげに見えたわよ?カシラ。あ、もしかして愛の告白?カシラ」


 吐息がかかる距離までネビアの整った顔が迫り、迅雷は息を呑む。彼女の前髪の下から覗く鈍色の双眸が、悪戯な笑みを湛えている。冗談だと分かっているのに、クラッとせずにはいられない魔性。

 途端に教室のあちこちから敵意の視線が迅雷を貫いた。ネビアの色仕掛けによって防御力が下がったところに、ヘビーなオールレンジ攻撃。これは強烈なコンボである。1撃目から既にタジタジの迅雷は、慌てて取り繕った。


 「や、やめろネビア!こんなところでクラス内に不和を生んではダメだ!」


 「おお、予想外の切り返し、カシラ。さすが迅雷と褒めたやりたいところだ!カシラ!」


 お前はどこの伝説のスーパーサイヤ人だ―――――というツッコミをしたい気持ちを迅雷はぐっと抑えた。言ったらそのノリで黒盤されそうだったし。

 それにしても、どこか慣れた言い合いだ。ネビアとした愛云々の話は家でもしているような変なやりとりだったことに迅雷は唸る。千影がネビアを好かないのは、所謂同族嫌悪的なものが本能的に働いていたということなのだろうか。


 「なんかネビアって千影と似てるな・・・。本当に色気がある分かなり悪質だけど。・・・って、どんどん本題から離れてんじゃねぇか!」


 「うぉう」


 ぶつぶつとなにか呟いていたかと思ったら急に大声を出して顔を上げた迅雷に、ネビアも驚きの声を上げた。


 「それで、本題とはなに?カシラ」


 「いやさ、金曜にナオ・・・あぁ、俺の妹のことな。それで、妹がモンスターに襲われて、そのときに青い髪で語尾に『カシラ』って付けてる人に助けてもらったって言っててさ。マンティオ学園の制服着てたみたいだし、これってネビアのことだろ?それで、お礼言わないとなって思ってさ。ありがとうな、本当に」


 照れ臭くはあったが、なにより大事な妹の命の恩人だ。迅雷はネビアの目を真っ直ぐ見て、心からお礼を言った。

 本題の内容が意外なものだったので、ネビアは目を丸くして、口をぽっかり開けたままになる。金曜日・・・、と思い出すと、確かに夕方にモンスターの出現を感じて駆けつけた憶えがあった。そのとき、そういえば確かに何人かいた一般人の中に、どこか迅雷と似た雰囲気のある女子中学生がいたような気がしてきた。

 もっとも、その迅雷の妹だという少女や他の一般人を助けたというのは事の結果でしかなかったので、ネビア本人はそんなことはまったく気にしていなかったし、どうでも良いと感じていた。モンスターを襲ったのだって、たまのチャンスを逃さないためにとった私利のための行動だったのだから、なおさらである。

 

 ただ、それ故にこうして迅雷に感謝されると不思議な気持ちになった。

 なんとも形容し難い心のむず痒さというか、妙に恥ずかしくなるというか。心地の良い居心地の悪さ、などと言ってしまうといよいよわけが分からないが、そういう感じであった。顔が赤くなってしまっていないかちょっとだけ心配になったネビアは、迅雷から目を逸らしてブンブンと両手で顔を隠した。


 「や、やだなぁ!?カシラ!?私はモンスターを美味しくいただいていっただけなのよ、カシラ」


 今度は迅雷が意外そうな顔をする番だった。千影みたいにお礼を言われたらふんぞり返ったりするのかと思っていたのだが、こうして照れて慌てているネビアも新鮮で、面白い。


 「なんだよ、そんなに照れなくたって良いだろ。むしろ自慢げに胸張ってくるかと思ったぜ?」


 「そ、そりゃ照れるわよ、カシラ・・・。だって、こんな・・・」


 ―――――こんな風に誰かに感謝されたのなんて、初めてなんだから。


 意図もしないでお礼を言われたことなんてなかった。今まで述べられた感謝の数なんて、きっと両手の指で足りる。それだって全部、依頼をこなしたときに、その依頼主であったふくよかな中年男がたまに気まぐれで言っただけのものばかり。

 そんな、結果的に守ったことになっただけの人のことなんかで、純粋に感謝なんてされて良いのだろうか?

 恥じらって視線を泳がせるネビアは台詞の最後で声をしぼませてしまったので、聞き取れなかった迅雷は首を傾げた。


 「・・・?どうかしたか?」


 「・・・っ!う、うるさい!カシラ!バカ!」


 「えぇ!?」


 理不尽すぎやしないでしょうか。お礼を言ったはずが、なぜか罵倒されて迅雷は軽くショックを受けた。

 そして、周囲からの視線の攻撃力がますます強くなったので、今度こそ迅雷は四面楚歌の大ピンチになる。


 「お、俺は今なにか変なこと言ったのか!?怒られるようなことした!?」


 今度こそ、そんなラブコメの主人公のテンプレみたいなことを言った迅雷だったが、実際迅雷にはなんの非もない。だが、そんなことはこの際関係ない。真っ赤になったまま俯くネビアの背景で、教室中の男子がゆらりと攻撃の姿勢に入った。


 このままでは学内戦が始まる前に1年3組は内紛を起こして試合終了してしまう!!・・・と迅雷が悲鳴を上げた矢先のことだった。乱雑に教室の扉が開けられて、迅雷を睨み付けていたはずのみんなが、登校してきたばかりのクラスメートの有様を見るなり唖然としてしまった。

 

 「・・・嘘だろ?」


 敢えてもう一度順序を正すが、ビックリして教室の入り口を見たのではなく、教室の入り口を見て驚いたのである。


          ○

 

 勢いよく開け放たれた教室のドアから、軽やかなステップを刻んで教卓に向かう真波。

 その額には炎のように真っ赤なハチマキを巻いて、なぜか必要もないのにジャージ姿で気合い十分。手にはなにか、巨大なポスターを丸めたらしい紙の筒を持っていた。


 「いぇい、みんな!今日から校内選抜戦よ!気合いは入ってるかー!」


 多分、今日この学校で真波ほど気合い十二分な人はいないのではないだろうか。というか、その選手たち全員にその気合いを分けてあげればちょうど良さそうである。仮に「絶対に負けたくないアイツ」みたいな相手がいても、ここまで熱くなれそうにない。


 しかし、それ以前に1年3組の教室の空気は沈み気味だった。

 

 なぜかさっぱり返事が返ってこなかったことを不思議に思い、眉をひそめる真波。教室に入る前から、そういえば静かだったと思い返す。


 「みんな、なにかあったの?なんだか暗いわよ?今日に限って辛気くさいなんて、変よ?」


 とりあえず、真波は教卓の目の前の席の生徒に話しかけてみたところ、結局返ってきたのは「いえ、やる気はあるんですけど・・・」という煮え切らない返事だけ。


 「ふむぅ・・・?ホントになんなのかしら・・・」


 もう一度尋ねるような視線を教室の奥の方まで投げてみると、数人の視線が窓際の一席に集中した。

 そこに座って片肘を立てて頬杖をつき、ずっと外を眺めているその少女を見た真波はその異変―――――クラスの空気が淀んだ原因に気が付いて目を剥いた。


 「あ、天田さん!?その手、どうしたの!?っていうか、全身あちこち怪我だらけ・・・!?」


 雪姫が頬杖のために立てている右腕は、肘から指の先まで包帯でグルグル巻きだった。それだけではない。頬にもいくつかガーゼが当てられているし、右足首にもサポーターらしきものが巻かれていた。


 「・・・転んだだけです」


 忌々しげにそんなことを言う雪姫だったが、どう見たって転んで出来るような傷ではない。右腕なんて、明らかに重傷である。足も、恐らく軽く捻挫したのだろう。


 「いやいや、そんなわけないでしょ、それは!嘘は言わないで!あなた一体、その怪我はどうしたの!?」


 「だから放っといてください。別に大丈夫ですから。学内選抜だって、片手もあれば十分ですから」


 「・・・・・・っ!?そういう問題じゃ・・・!」


 話が通じない。いや、違う。拒まれたのだ。また、幾度となく繰り返してきたように、また、真波は拒まれた。雪姫の心に真波は触れられない。触れることを許してもらえない。生徒である彼女から、これっぽっちも信頼されていない。教師として、担任として、そして、一人の大人として、真波はそんな自分がつくづく情けなかった。


 ―――いいや、弱気はダメだ。出会って1ヶ月、諦めて嘆くにはまだ早い。

 

 「天田さん。話を聞かせてくれない?私はあなたが心配なのよ?」


 真剣に、真波は今一度雪姫のそっぽを向く横顔を見つめ直す。

 しかし、雪姫は短く歯軋りをして、嫌そうに目を細める。彼女とて真波が自分を心配しているということを疑うわけではない。だが、そんなことは雪姫にとってただの錘でしかない。


 「余計なお世話だって言ってんでしょうが」


 「・・・ッ、聞き分けのない・・・」


 PTA?教育委員会?上等だ。


 こんな、甘えた生徒を放っておいては教師の肩書きが廃る。

 こんなにも周りの人を、クラスメートたちを心配させて、きっとそれすら見ないフリをして。気の強さもプライドも、度が過ぎればただの独りよがりだ。傲慢だ。怠慢だ。


 気が付けば、真波は手を振り上げていた。


 その平手は、一切の制動もなく、未だに窓の外を眺め続ける雪姫の白い頬を狙った。


 だが、結局真波が雪姫をぶつことはなかった。

 それは真波が途中で思いとどまったからではない。

 雪姫は、最後まで真波のことを見ずに、その平手打ちを包帯で肌も見えない右手で掴み止めていた。

 

 窓に映る雪姫の表情は、すぐに彼女の吐息で曇りの向こうに消えた。


 「すみません。でも、放っておいてください」


 「・・・・・・大事には至らないのよね?」


 「はい」


 「そう、うん。分かったわ。・・・でもいつかあなたを振り向かせてあげるんだからねっ!」


 なにか吹っ切れたように、真波はテンションを元に戻した。

 彼女の急激なギアチェンジと、どこか百合を掻き立てるような発言で教室がざわついたが、真波はそんなことは気にせずに教卓に戻って、机を両手で強かに叩いた。木の板に伝えられた振動は下の鉄の骨組みで共振し、大きな音を立てて全員を黙らせた。


 「さぁ!みんな聞いたね?天田さんなら片手でも校内戦は楽勝よ!っていうか普通に右手の握力50キロくらいあったんじゃないの、あれ?ま、まぁともかく!まだなにか心配?」


 真波は力強い眼差しで教室中を舐め回した。爽やかに笑う彼女の熱は、その視線を伝わってみなに広がっていく。


 『目には強い意志を、口元には自信の微笑みを、その手には勝利と希望を』。黒板の上に掲げられた、1年3組の『高総戦』スローガンだ。実際は真波が勝手に考えて勝手に採用した彼女から生徒たちへの願いであるが、そんな担任の押しつけを生徒たちは快く受け入れていた。

 およそ高校生が掲げるようなスローガンとは思えないような大真面目な字面だけれども、それだけ真剣に考えた、真波なりの格言のようなものだ。


 自信に満ちた顔で、口元には微笑を。


 「さぁ、みんな!・・・気合いは、入っていますか?」


 『はい!』


          ○


 「・・・と、いうわけでこれが今週のトーナメント表になります。今日試合があるのは・・・朝峯さんとネビアさん、あとは神代君ね!さぁ、初日からぶちかましていこう!」


 黒板に張り出された、校内選抜トーナメントのトーナメント表。1年生ブロックは特殊魔法科、一般魔法科、各8クラスから8人ずつの出場。計128人での大規模なトーナメント戦となり、最後まで残った上位8人が県大会へと駒を進める。

 校内だけの試合だからと甘く見てはならない。活躍の舞台を進めるためには、最低でも4連勝が必須となる。これはある意味、レベルの話も含めると県大会から全国へ行くよりも過酷な競争が発生することを意味しているとも言える。

 実際に、毎年何人かは病院送りにされるとかなんとか・・・。物騒この上ない話だ。


 出だしの空気からは一転してハイテンションに締めくくられたホームルーム。さっそくみなが黒板に貼られたトーナメント表に集まりだした。もちろん、今日試合のある迅雷と向日葵、ネビアの3人も見に行く。初戦の相手はやはり大事であるので、多少の緊張と大きな期待を持って、自分の名前を探し始めた。

 

 「さて、初戦の相手は・・・と」


 黒板に貼られたポスターを眺めてなんとなくそんな風に呟きつつ、迅雷はまず自分の名前を探す・・・のだが。


 改めて見ると、トーナメント表がデカすぎることに気が付いた。考えてもみれば、1年生トーナメントだけでも128人もの参加選手がいるわけで、よくある紙面の両サイドから中心に近づいていくトーナメント表の形式をとっていても片側64名。試合数も1回戦から決勝戦までで全7試合あり、その表記のためにかなりの幅があるため、縦にも横にもすごく長い。

 紙の大きさを抑えるためか文字のサイズは小さくはなくとも普通のプリント並みだったため(まったく功を奏してはいないが)見づらく、イライラしながら表に書かれた名前を指で指しながら一つ一つ確認していき、ようやっと「神代迅雷」の4文字を発見する。


 「あ、やっと見つけたぞコラ。んー、でもすぐに見失いそう・・・。あ、そうだ。佐々木さん」


 迅雷は後ろを振り向いて、ちょうど今の立ち位置の真後ろに座っていたクラスメートからマーカーペンを借りた。

 そして黒板を向き直ると、案の定自分の名前を見失って思わず舌打ちをしたくなる迅雷。だが、一度見つけているので2回目は早かった。とりあえずマーカーで自分の名前にピンク色で印を付けてから、自分の名前を見つけるまでに気付いたクラスメートの名前2つほどにも印を付けてやった。

 それを見ていた室井が、あとの日程の人の分は代わりにマーカーしておいてくれると言ったので、迅雷はマーカーペンを佐々木に返してから改めて自分の対戦相手を見た。


 「・・・佐々木栄二孫?え、えいじまご?」


 ―――――読めない。なんだこの名前は。つまりアレか?栄二さんの孫だから栄二孫?それとも所謂キラキラネームなるものなのだろうか。


 最近の名前事情はよく分からないが、多分「えいじまご」はさすがにないだろうな、と信じて迅雷は対戦相手の名前をひとまず自分の中では「えいじまご」と呼ぶことにした。キラキラネームと言うにはキラキラしていない感じの文字列だったこともあって、読みが本当に想像もつかない。

 ・・・などと考えている迅雷だが、彼は自分の名前も初見で読めるものではないということに自覚が薄いのだった。読みこそごく普通なのでそう感じているのだろうが、いきなり迅雷と書いて「としなり」と読めと言われたら誰だって変わった名前だと思うことだろう。


 「ま、まぁいいや。『えいじまご』のクラスは・・・10組ってことは、一般魔法科の方か。初戦から厄介なのに当たらなくて良かったぜ」


 なにやら佐々木栄二孫とやらを見くびったような発言だが、誤解のないよう言っておくと、ここで迅雷の言う「厄介なの」というのは、他のライセンス持ちの生徒のことである。以前の合宿で一緒の班だった連中に加えて、マンティオ学園の1年生にはあと2人のライセンサーがいる。一応、見た限り序盤から同じクラスの生徒同士で当たる試合はないようだったので、クラスメートである雪姫や真牙とは当面の間関わりはないだろう。

 しかし、2組の聖護院矢生あたりが強敵なのは言わずもがな。矢生と同じクラスの五味涼や6組の細谷光もナメてはかかれないし、名前しか知らない残り2人のライセンサーは手の内がサッパリ分からないため、未知の脅威となり得る。早めに彼らの試合を見てパターンの研究をしておくのが良いだろう。


 「ねぇ、迅雷クン。相手の人どうだった?」


 「ん、向日葵か。まぁ、多分いけると思うぜ。向日葵の方はどうだった?」


 「あたしは今から見るところ。あ、マーカー引いてくれたんだ。助かるー」


 さっそく印が役に立ってくれているようで、迅雷は少し嬉しくなる。そんなに大したことはしていないのだが、無性に得意げになる気持ちは分かる人も多いかもしれない。


 「えーっと、あたしの相手は・・・・・・ぁーぅ」


 ピシッと固まる向日葵。その表情は思い切り引きつっていた。

 そんな彼女を見て、訝しげに迅雷もその相手とやらを見てみて、納得した。


 「あー、なるほど。光が相手か。まぁそりゃビビるわな」


 例によってライセンスを取得しているうちの1人だ。確かに、この条件だけ見れば向日葵はなかなかキツい立場にあるようにも見える。

 しかし、本当に勝算は薄いのか?いや、そんなことはない。一切の攻略のしようがない人間などいないのだ。第一に、ライセンサーと言ったって所詮は取りたて。だから、迅雷は向日葵に自信ありげに笑ってみせた。


 「向日葵、ワンチャンやりようはあるぜ」


          ●


 午前9時。体育館には全校生徒が集まっていた。ステージの上には、大きく『高総戦学内代表選手選抜大会』と書かれた横断幕が吊されている。しかし、こうして仰々しく集まってはいても、ほぼほぼ形式だけの開会式だ。

 相変わらず不健康そうな痩身の教頭は、やる気満々血気盛んで俄に陽炎でも幻視しそうな生徒たちとは真逆の、落ち着いていて柔らかい口調で言葉を並べていく。そして当然、そんな教頭の話を真面目に聞いている者など、教師陣を含めても両手の指で足りそうな状況である。この日に至ると、先生たちもみな浮き足だって期待にウズウズし出すのだ。

 とはいえ、それも毎年のことだったのだろう。いつも通り不在の学園長の代わりにマイクを持って、いつも通り話も聞かずにざわつく生徒たちにもなにも言わず、教頭はさらりと話を終えてしまった。


 しかし、続いて壇上に上がってきた人物が話を始めると、今度は生徒全員の注目がその1人に集まって会場はさらに熱狂した。

 話を始めたのは、学園の生徒会長であり、そしてまた現在の学園での最強候補の一角でもある、豊園萌生(いづる)だ。

 いつもの可憐で大人っぽさも子供っぽさも兼ね備えた萌生とは違い、力強く熱弁を振るう今の彼女は間違いなく場の雰囲気を掴んでいた。彼女の発する一言が、燃えさかる生徒たちに更なる燃料を与えているかのようである。

 そうして萌生が壇を降りる頃には、いよいよ会場の熱気もピークであった。よもや過熱して熱中症患者ででも出てしまうのではないかとさえ思うほどの狂乱は、それだけこのマンティオ学園の生徒たちが高総戦、あるいは魔法戦そのものに対して真剣なのかを如実に示している。


 つづいて生徒指導担当の教師が期間中の諸注意や、試合のルール説明をするのだが、やはりまともに聞く者は少ない。

 ただ、諸注意などは別に普段通りの生活態度であれば問題ないし、常識的に考えられれば大丈夫だろうから良いとして、試合のルール説明だけはしておくとする。


          ●


 学内選抜戦、試合ルール


 ①:試合時間は入場・退場を含めて原則30分とし、実質的には入退場それぞれに2分半を考慮して25分ほどを試合時間に充てるものとする。ただし、途中で選手のどちらか一方が戦闘の継続が困難と判断された場合に限り、そこで試合を終了として戦闘継続が可能な選手の勝利とする。試合時間の延長に関しては、原則行うことはないが、第3者によるなんらかの妨害行為、または機材等のトラブルがあった場合にのみ限り適に行う場合もあるとする。


 ②:勝敗条件は、試合終了時の両者の得点を比べ、より高い得点を取った選手が勝利、である。また、同点の場合は試合開始後最初に得点を得た選手を優勢勝ちとする。ただし前述の通り、先に相手を戦闘不能にした場合もその選手の勝利とする、これに加え、一方の選手が棄権、または試合中にリタイアした場合、及びなんらかの行動で自ら戦闘続行が困難となった場合でも、もう一方の選手の勝利として試合を終了する。


 ③:得点については加算方式を取ることとし、評価するのは次の3点が主である。1つは魔法の有効な使用。攻撃、防御、妨害などに魔法を応用していく際に、その行動が効果的であれば点数を加算していく。次に、優勢劣勢による判断である。これは単純に試合において優勢を保ち続ける選手に点数を与え評価するというものである。これは最初に攻撃を相手に当てた時点でも点数が入ることとなる。最後が魔法技術や優勢劣勢を加味しない試合の立ち回りに関してである。攻撃、または防御、回避行動に関して、効率の良い動きが出来ている選手にも得点を与え、評価することとする。


 ④:致命傷を与えたり、明らかに高い殺傷性のある攻撃をすることを禁ずる。これらの行動を取った場合、その選手は即時退場、かつ敗北と処理をして、後々然るべき処分を下すものとする。ただし、あくまで実力を競い合う催しであるため致命傷を与えうる攻撃を直撃の寸前で確実に止められるのであれば、その攻撃を許可する。くれぐれも責任ある行動をすること。


 ⑤:マジックアイテム、及びマジックウェポンの使用を許可する。また、使用するそれらの道具の数、種類、重量、大きさ等に制限は設けない。ただし、使用する際には選手控え室に常駐する担当の教員に魔道具の検査を申請し、許可を得ることを必須とする。尚、不許可のものを使用した場合には反則として敗北の処置を行い退場とする。また、検査は個室で行うこととし、可能な限り他者の目には触れないようになっている。


 ⑥:本大会の趣旨上、基本的に魔法の使用には制限を設けることはしないが、大型、またはそれ以上に分類される魔法陣を伴う強力な魔法については、各自適に威力を調整して相手選手の安全には配慮すること。


 ⑦:以上のルールを守り、みんなで仲良く楽しく戦うこと。


         ●


 ―――――という感じに、要はほぼほぼなんでもありだ。


 持ち物検査も、明らかにヤバイ改造を施してあるようなものでなければまず引っかかることはない。そもそも、他の選手になにを使うのか見せないという時点でセーフティラインギリギリの代物を使う生徒がいるという証拠である。

 そして、ルール4に関しては一応言っているだけのようなものだ。そもそも、これが厳密に考慮された場合、魔法戦の醍醐味はあるべきうちの3割くらいにまで減ってしまうだろう。まず剣を振り回したり魔銃で弾をばらまき始めた途端に退場させられ、華麗にフィニッシュを決めようとして強力な魔法を振りかざした瞬間に反則負けとなってしまうのだから。したがって、「責任ある行動」をする限り、つまり相手をぶっ殺さない、ないし4分の3殺しにしない限りは反則にはならない。つまり半殺しでも大丈夫だったりする。

 ちなみに言っておくと、あまりに危険なので審判はフィールドに立たない。物騒だ。


 ルール説明が終わり、聞くまでもない諸連絡があって、遂に開会式は終了した。


 第1試合は午前11時からだ。というのも、第1試合に出る選手のウォーミングアップがある都合、すぐには試合を始められないのだ。

 1年生は第3アリーナのみを使用し、2,3年生は第1、第2アリーナの2つを使用して試合を進めていくことになる。2,3年生がアリーナを2つ使うのは、単に参加人数が1年生の倍いるからである。あちらは各学年128人、合計256人の参加である。


 試合のある生徒は各自ウォーミングアップへ。それ以外の生徒も敵情視察なり選手のサポートなり、各々自由に行動を開始した。


 ―――――いよいよ、学内戦も開幕だ。


元話 episode3 sect20 “休みは明ける”(2016/11/2)

   episode3 sect21 “ the Advance Dawn ; or… ”(2016/11/4)

   episode3 sect22 “学内戦開幕”(2016/11/5)


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