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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode9 『詰草小奏鳴曲』
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episode9 sect36 ”触発と憧憬”

 伝楽を自宅に招いた日から、1週間ほどが経った。相変わらず、何汐(ファ・シー)の依頼を解決した実績を買われて、伝楽探偵事務所には様々な難事件・珍事件が舞い込み続けて大忙しだ。その忙しさは、開業以来(開業してから2ヵ月も経っていないが)最高潮に達していると言っても過言ではない。

 繁忙感の原因はいくつかあるが、一番大きな理由は分かりきっている。件のお泊まり会以来、エルネスタがちっとも事務所に顔を出さなくなってしまったからだ。

 つまるところ、人手不足。猫の手も借りたいとはこのことだ。トンチキな電波少女とはいえ、エルネスタのフットワークの軽さとコミュニケーション能力は大いに業務の役に立っていたようである。いなくなってから気付かされるとはよく言うが、まさか自分までもがその台詞を口にする日が来ようとは。客足の切れ間に屈辱的な表情でそんなことをぼやくのは、事業主の伝楽先生である。最初は誰の手も借りず一人で気ままにやるはずだったのに、なにがどこで狂ったのだか。

 今日の仕事もひと段落して、まだ生温かい来客用ソファに伝楽がごろんと寝転がる。無防備にさらけ出される白くて、さほど太くもない太ももに、ブラインドから差す斜陽がしましま模様のハイソックスを履かせたみたいだ。サイラスをまだ毛も生えないガキと侮っての誘惑か。けしからん。その通りだ。女の子の肌をガン見するほどの根性はまだないサイラスは、伝楽の安楽椅子に座ってゆらゆらしながら、それを言い訳に、見えそうで見えない伝楽の和服の裾の奥にチラチラと視線をやってみる。


 「はぁ・・・」


 「ぎくっ。ど、どうかした?伝楽・・・?」


 伝楽のクソデカ溜息に、自分の視線がバレたのかと思ったサイラスは慌てて椅子から立ち上がる。しかし、どうやらそれは杞憂だったようで、伝楽は気にせず晒した足を優雅に組み直した。


 「いや・・・わちきも知らず知らずのうちに、らいぶエルネスタに頼っていたんらなぁ、と思って」


 「そんな大変なら、エルエルに来てもらうよう、俺、言っとくけど」


 「ああいや、いい。それには及ばないのら」


 「けどさ―――」


 「そもそも未成年が働いている方がおかし・・・・・・ん?いや、まぁわちきは事業主らから良いとして。お前たちがここで働いている方がおかしいのら」


 サイラスは知らないことだが、地方紙で取り上げられて世間から認知された流れで、一度事務所に未成年労働の疑いで警察が来たことがあった。そこは伝楽のことなので舌先三寸で上手く丸め込み帰らせたが、舌だけならともかく手も足りないなんて理由でエルネスタを呼びつけるなど言語道断である。もっとも、それ以前の話なのだが。


 「エルエルもさぁ。『学校の方でちょっと忙しい』とかさぁ。あのエルエルがだぜ?」


 「いやいや。エルネスタも一応、受験生らぞ。学校が忙しくてなんの不思議がある?本番まであと半年ともなれば流石のあいつも多少は焦るらろうて。居候の身で受験浪人なんてしたら浩然に相当の負担を掛けることになるからな。エルネスタなりに思うところもあるんじゃあないか?」


 まだ小学生のサイラスにとっては受験生の大変さというのがいまいちピンとこないが、伝楽がそう言うならそうなのだろう。確かに、サイラスの学校にも中学受験のために塾へ通っている子は一定数いるが、ここ最近、そういった子たちが放課後に誰かと遊んでいるという話は聞かないような気がしてきた。

 高校を飛び越して大学受験ともなれば、勉強しないといけない量も比ではないのだろう。・・・いままでのエルネスタの自由っぷりを思い出して、サイラスは少し不安になった。ここから頑張ったところでもう手遅れなのでは?


 さて、今日の事務所も終わりの時刻だ。サイラスは帰り支度を始める。しかし、そんな彼を、伝楽が珍しく呼び止めた。


 「そういえば、サイラス。実はいま、秘密裡に追っている事件があってな・・・どうじゃ?この際、エルネスタが悔しがりそうな事件を、2人で解決してみないか?」


 「―――うん!!」



          ●



 デモンストレーションを見た当時、これが米軍の新装備の力か、と浩然は素直に感心したことを憶えている。魔動外骨格式強化鎧、もとい『External Skelton Suitable Powered Armor』、略して『ESS-PA(エスパー)』のことだ。

 そのサンプルを、浩然は複数の協力者を経由して入手することに成功した。厳密には、入手出来たのは一部の部材と設計データのみだったが、そこは、浩然自身の会社の技術力がある。コストは嵩んだが、リバースエンジニアリングを駆使してなんとか再現機5台の建造に成功した。

 これを見れば、米本国や隣のちっぽけな島国の、己の無知も棚に上げた野次馬どもが悪口言いたさに喜んで飛びつきそうなものだが、それがなんだ。「また中国のお家芸(デッドコピー)ですか」と笑いたければ笑えば良い。元々、売るつもりで作ったものではない。


 「本来は魔法の苦手な兵士の戦力強化や空軍の戦術拡張が目的だったようだが、これは、プロ魔法士に与えれば鬼に金棒というヤツだな」


 「それはIAMOも気付いているでしょうね。米軍もそう易々と自分たちのアドバンテージをIAMOに譲るとは考えられませんが。それで、浩然さん、新装備の方はどうでしたか?」


 「ああ、間に合わせにしては上出来過ぎるくらいだ。良い仕事をしてくれた」


 「設計の半分以上は浩然さんの初期案通りですよ。我々は粗探ししかしてません」


 粗探しね、と浩然は苦笑した。だが自らに対してライバル心を出してくれる部下がいてくれるのは頼もしくもある。


 「今週中には頼んであったものも届くそうだ。渋谷から連絡があった」


 「いまさらですが、信用出来るんですかね」


 「心配ないさ。裏は取ってある」


 「そうですか。それと、そうそう、そういえばエルネスタちゃんの方は順調そうですか?」


 「ここのところかかりっきりだよ。深淵の底で黒く輝く禁忌の秘宝を手に入れた!!とか、なんとか」


 「相変わらずなに言ってるのか分かりませんが、調子は良さそうですね」


 「・・・うん。そだね」


 大体いつも真面目な浩然が繰り出した渾身のモノマネは、部下に苦笑いをさせただけだった。


          ○


 「ぐぁああッ!!し、静まれ!!我が、右手ェェ・・・ッ!?」


 ※腱鞘炎です。


 「どうしたのエルエル!?」


 ※腱鞘炎です。


 「サイサイ・・・ごめん、私はもう、ここまでみたい・・・」


 「ちょっ、え、どうしたんだよエルエル!?」


 ※軽度の腱鞘炎です!!


 エルネスタの演技を真に受けて救急車を呼ぼうとするとは、相変わらず純真で可愛らしい弟分である。あと何年、こういう茶番に付き合ってくれるだろうか。


 「は?ただの腱鞘炎?」


 「ちょっと勉強のしすぎでね~」


 「普段からちゃんとやってないからそうなるんだよ。こんな夜に大きな声出されたらビックリするに決まってるだろ!」


 「ごめんて」


 文句を言いながらも、サイラスは冷蔵庫から湿布を取ってきて、適当なサイズにカットしてからエルネスタの右手首に貼ってやった。浩然が腰痛用で常に大量にストックしている長年の愛用品で、ちょっと良いグレードの商品だ。これなら腱鞘炎にだって効き目があるだろう。

 ヒンヤリと癒やされる手首の具合を確かめてから、エルネスタはサイラスの頭をわしゃわしゃと撫でた。


 「でかしたぞ助手クン」


 「どういたしまして。・・・エルエル、やっぱり勉強、そんなに大変なの?」


 「ん~?ま~・・・・・・そうだね。大変かな。やっぱりさ、これから先の未来全部がいまの頑張りに懸かってるんだって思うとね」


 「じゃあ、まだ伝楽のとこには遊びに来れない?」


 「なぁにぃ?そんな寂しいの~?も~、可愛いやつめ!」


 「や、やめろよ違うしそんなんじゃないし!?」


 サイラスは、いま伝楽と2人で進めている新しい調査について特別にエルネスタにも教えてあげようかと思っていたのだが、ムカつくのでやっぱりやめた。守秘義務だ。次はない。

 サイラスを撫でくり回して押し退けられたエルネスタは、髪を手櫛で直しながら小さく笑う。


 「勉強もひと区切りついたけど、まだまだやること残ってるから、戻れないの。ごめんね。でも落ち着いたらすぐまた一緒に探偵やれるから!」


 「うん」


 「私が復帰した暁には『太湖のヌシ・タイッシー』も『武夷山脈に隠されしUFO発着場』も『西部学園都市跡のグール』もズバッと発見してやるんだから!」


 それは探偵の仕事ではないと思うが、もはやいまさらか。伝楽探偵事務所の口コミなんて、半分はゴーストバスターに対するソレみたいなものだ。だって仕方ない。舞い込んでくる依頼の半分がゴーストバスターに頼むべきオカルトチックな内容なのだから。でも良いのだ。サイラスもその方がワクワクする。


 「俺、将来はちゃんとした探偵になって、エルエルと、伝楽と、3人でもっと本格的な探偵事務所がやってみたい」


 「浩然さんの会社は継がないの?」


 「う。そ、そっちもやりたいけど・・・。探偵って”兼業”?って出来るんでしょ?」


 「おおう、また大きく出たね。じゃあ私よりも~っと勉強頑張らないとだ」


 「既にエルエルよりは頑張ってるし」


 「言ってくれるじゃねぇかこの野郎~」


 この先の未来全部がいまの頑張りに懸かってるんだ―――サイラスは、さっきのエルネスタの言葉を思い返していた。強がりを言ってしまったが、サイラスは腱鞘炎になるまで勉強に打ち込んだことなんてない。漫画やアニメでは珍しくもない、エルネスタが好きそうな格好付けた台詞だけれど、天井を、明後日の方向を見つめて語ったあの瞬間のエルネスタには、そういう浮ついた雰囲気が少しもなかった。エルネスタは、本当の本当に、頑張っているのだ。

 そして伝楽も、ヘラヘラしてはいるがあの歳でちゃんとした資格まで取って仕事をしているのだ。裏では相応の奮闘があったことだろう。

 もちろん、父親である浩然の苦労だって知っている。

 みんな、目標のためにやるべきことを頑張っている。だったら自らもそうありたいと、サイラスは思い始めていた。

 父親の会社で働くにしても、探偵になるにしても、そのためになにをすれば良いのかも全然分かっていないけれど、きっとなんとかしてみせる。

 ずっとこの楽しい日が続くように。

 もっと面白いことが出来るように。

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