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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode9 『詰草小奏鳴曲』
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クリスマス特別編☆

 いいや夏姫は悪くない。

 悪いのはクリスマス商戦だ。

 雪も降ってこんな視界の悪い時期にマリアカート新作を発売するNantsunda(ナンツンダー)が悪いのだ。


 「いくら愛しのお兄ちゃんとクリスマスデートしたいからってこんなところで2時間もブランコこいでたらさすがの夏姫ちゃんでも風邪引いちゃうよ?」


 「愛しくないです!お兄ちゃんのいちいちそうやって余計なこと言うところが気に入らないです!!」


 「プリプリしてる夏姫ちゃんもプリティーで可愛い♡」


 ゴス、と迅雷の鼻っ柱に雪玉がぶち込まれた。音がおかしいのは、中に小さな氷塊が詰められていたからだ。迅雷だから鼻血を出すだけで済んだが、小学校のお友達にはやっちゃダメだよ。


          ○


 迅雷は新作ゲームを抱えて落ち着きのない様子の夏姫を天田家の玄関まで送り届けると、心底ホッとしたような顔の雪姫が出迎えてくれた。雪姫に招かれて暖房の効いた家の中に上がった迅雷は、どんなひと工夫があるのか、インスタントの割に香り高いホットコーヒーでもてなしてもらっていた。


 「ふひ~・・・生き返るぅ。マイナス2度だってよ。山間部じゃないんだからさぁ」


 「なんかごめん。今日は天気も悪くて心配だったから」


 「良いって良いって。それよりも、そろそろ夏姫ちゃんのお出掛けにはエスコート役で最初から俺を呼んでくれても良いんだぜ」


 「結構です」


 そもそも、迅雷がこんな大雪の中でわざわざ自宅から離れた公園に現れたのも、珍しく早起きしたかと思えばGENO(ゲノ)に行くと言って朝食もなあなあに家を飛び出してしまったきり音信不通となっていた夏姫の捜索依頼に(二つ返事で)協力を申し出たからである。ちなみに、あの公園を真っ先に疑ったのは、なにかと言えば夏姫が迷い込む場所がまさにあそこだったからである。迅雷と夏姫の逢瀬なんて、10回に8回はあの場所なくらいだ。迅雷が、実は夏姫が自分と会う口実を作るために道に迷ったフリをして、敢えてそこで待っているのではないかと疑うのも無理はない。そして、あながちその疑念も外れてはいない。

 でも、夏姫の本音はやっぱりマリアカートの方である。雪姫に釘を刺されなければ手洗いうがいだってしなかっただろう。飢えた獣が久々の獲物にかぶりつくかの如き勢いでゲームを開封した夏姫は、早速ソフトを本体に差し込んで、テレビの電源をオンにする。映し出された画面では、聞き慣れた甲高いオッサンの声が、耳に新しいタイトルコールを歌い上げている。


 「うわ、なにこれズル!つかスター返せこのハゲ!!」


 滅茶苦茶文句言いながら勝負師の笑顔で上半身ごとカーブを曲がっていく夏姫は微笑ましい限りだが、画面の方は、なんというか、まぁ、カオスだ。ゲームがゲームだからしょうがない部分もあるのだろうが、一応新発売のゲームなのに当然のように思いも寄らない場所からショートカットを成功させて尋常じゃない好タイムを出しまくっているのを見ていると、あまりにも大人げない。子供だけど。迅雷がコーヒーを飲み終わる頃には、オンライン対戦でしっかり全レース1位を達成していた。


 「ふはははは!!どんだけ強力なアイテムに恵まれようが所詮こんなものか愚民どもー!!悔しかったらタイムアタックであたしのタイム抜いてから出直してくるんだな!!」


 「ゲーマー特有のゲームの時だけめっちゃ口悪くなる生態バッチリ出ちゃってる夏姫ちゃんも可愛いね」


 「ワケ分からないこと言ってると遊ばせてあげませんよ!」


 「そんなこと言って~。ホントは俺と一緒に遊びたいくせに~」


 「ちがっ・・・ちが・・・~~~っ!!」


 やたらテンパる夏姫の真横に遠慮なく座って、迅雷は夏姫からコントローラーを受け取った。最近はDiSの運営も順調で資金面の余裕が出てきたからか、天田家のリビングには2台目のコントローラーが導入されている。むしろ最近のゲームハードのコントローラー自体が高すぎることの方が問題な気もするが、まぁいろいろと多機能にしたせいで中身がとんでもなく豪華なことにでもなっているのだろう。そのうち本当に手汗でプレイヤーの緊張状態を計測し始めたりしないよな。・・・まぁそれは置いといて、さすがに迅雷の手の大きさではジョイコンの片割れで遊べと言われると相当しんどいので、2台目のコントローラーを貸してもらえるのはありがたい限りだ。


 「よぅし、ここはいっちょ、かつて数多の友情を破壊してきた雷光のクレイジードライバーの実力を披露するとしようか!!」


           ○


 「絶対許さない」


 「だからすみませんでしたって・・・かつてないほどにキレてますね・・・」


 向こうはあらゆる攻撃を当然のようにヒットさせてくるのに、こちらからはサンダー以外に妨害する方法がないのだ。対話拒否も甚だしい。これで一緒にゲームをしていると言えるのだろうか。もう一人でタイムアタックにでものめり込んでいれば良いさ。

 過去最高にむくれる迅雷に夏姫がオロオロしている。

 だが、ちょうどその頃、キッチンの方から良い匂いが漂ってきた。すんすんと鼻を動かして、迅雷も夏姫もそちらを見ると、雪姫が呆れた様子でフライ返しを肩に担いでいた。


 「盛り上がってるとこ悪いけど、もうお昼なんですけど?」


 「「オムライス!!」」


 卵の焼ける優しい香りと、これはベシャメルソースだろうか。嗅いだだけでも濃厚で、なんとも罪深い。雪姫のおかげで、最近の迅雷は舌も鼻も肥えてきたかもしれない。そもそもベシャメルソースなんて単語自体、1年前まで迅雷の辞書には載っていなかったような気がする。


 「なんで迅雷まで食べてくノリなの。まぁ構わないけど」


 「ありがとうございます!!」


 「別に・・・むしろクリスマスの準備で忙しいから簡単なのしか作れないけど、悪く思わないでね」

 

 「いいや悪いね!!とっしーは午後からボクとおうちデートする予定なんだから返してもらうよ!!この泥棒猫!!」


 「千影はどっから湧いたのよ」


 「そっから」


 「分かってる中に雪入るから閉めろっつってんだ」


 刑法適用対象外の不法侵入者・千影たんは家主の凄味に屈して速やかにリビングの窓を閉めた。目が据わっている。雪姫は冗談でも人に殺すなどと言わない人間だが、決して博愛主義者などではなく、むしろ怒らせたときなんて言葉の端々から、生きたまま氷漬けにされて死にたいと懇願しても殺してもらえない地獄のような拷問を行いそうな鋭い雰囲気すら感じる。いまでこそ本気でそんなことはしないだろうと分かりつつ、かつては本気で殺意を向けられたこともあることを思い出すと背筋が凍る思いがする。出会った頃ならともかく、いまの雪姫は千影の俊足でも油断したら逃げ切れない可能性がある。主婦力の権化である雪姫の目の前でフローリングをびしょ濡れにしたら後が恐い。

 弁明をすると、雪姫から迷子の捜索を頼まれたと言って嬉々として飛び出していったきり、今度は迅雷が帰ってくる気配がないので徒歩1分で様子を見に来た千影だったのだが、窓から覗いてみれば案の定自分を差し置いて美人姉妹と遊び呆けている迅雷見つけてしまい、凶行に及んだのだ。だから千影は悪くない。悪いのは妹キャラにめっぽう弱い迅雷なのだ。


 「言いたいことはそれだけ?」


 「まだあるわい。というかこっちが本題なんですケド?とっしーとランチするのはボクなんだからね!?勝手にとっしーの分までお昼ご飯作ろうとしないでくれる?どうしてもというならまずはボクにもオムライスを作ってもらおうか??めっちゃ美味しそうなにおいしてるんですけど???」


 「図々しい客ばっかり」


 そう言いながら、雪姫はさっそく冷蔵庫から追加の卵を取り出している。そして、千影は誰よりも早く席についてソワソワしている。迅雷と夏姫も、既に料理の並べられた席につく。

 チキンライスは余分に作っていたのか、手早く追加オーダーのオムライスを作り終えた雪姫は自分の分も含めて2皿をテーブルへ運ぶと、素っ気なく「どうぞ」と言った。手だけでなく声まで合わせて「いただきます」と言う3人は、すっかり飼い慣らされて「待て」がお上手なワン公だ。


 「ところで迅雷、明日って本当にお願いして良いの?」


 「なんだよ、急に改まって。どうせこの雪じゃ出掛ける方が大変だし、むしろウェルカムだよ。な、千影?」


 「うん。クリスマスは賑やかな方が良いよねー。それにゆっきーもご馳走作って盛ってきてくれるんでしょ?」


 「まぁ一応ね」


 なんの話かと言うと、お泊まり会をしようという話だ。明日はクリスマスイブなのだが、クリスマス本番といえば様々な業種でもかき入れ時である。それは飲食店も例外ではなく、とりわけ人で賑わう繁華街周辺に店を構える雪姫のバイト先の洋食店にとっては死活問題と言っても過言ではない。今日は非番だが、さすがにこの時期に何日も休みをもらうほど雪姫も勝手ではない。だが、せっかくのクリスマスイブなのに夏姫を家でひとりぼっちにしておくのは可哀想なので神代家に預けても構わないかと相談をしてみたところ、なんだか話が飛躍して、そのままバイトが終わったら雪姫まで厄介になってお泊まり会と洒落込もうなんてことになったのだ。

 クリスマスにお泊まり会だなんて、何年ぶりだろうか―――雪姫は昔のことを思い出して小さく笑った。あのとき描いてもらった似顔絵は、いまはもう記憶の中にしかない。迅雷たちとも、あの頃に負けないくらい、いろいろあったけれど、まだこうして一緒にいられている。別に難しい意味はない。普通のことだ。ただ、この関係を大切にしていきたいと思っただけで、だから、大したことではない。

 そんなことより、明日に備えてしっかり下拵えをしておかないとだ。


          ●


 「『闇遁(あんとん)天術(てんじゅつ)風五月雨(かざさみだれ)』!!・・・からの『風遁(ふうとん)禁術(きんじゅつ)鎌居太刀(かまいたち)』!!」


 「くそ、このガキ・・・ッ!!調子に乗っt


 「『闇遁天術・夜叉ノ透刀(やしゃのすきがたな)』」


 「うぼあ・・・ぁが・・・」


 師走の庭園を彩るのは、季節外れの紅葉だった。ただし、その色は鮮やかな血色である。

 犯罪者に慈悲はない。天誅。一国の主の邸宅を襲撃したのは、たった2人の人間だった。いや、片方は人間と呼んで良いのだろうか。とにかく、金髪と銀髪、スーツと和服、碧眼だけが共通の、大人と子供だ。


 「いつになく暴力的じゃないか、オデン。あまりやりすぎるなよ」


 「目標さえ押さえられればあとはどうらって構わんのじゃろう?」


 「やれやれ・・・」


 ギルバート・グリーンは、らしくもなく前のめりに暴力を振るうおでんこと伝楽(つたら)に呆れて、額に手を当てた。殴り合いは得意じゃないという設定はどこへ行ったのやら。

 事情は分かっているのだ。単に、飛行機のチケットを押さえてしまっているからさっさと仕事を片付けて解放されたいだけである。問題は、利用する予定の飛行場から日本への直通便が少なくて時間を選べなかったこと―――だけでなく、この強制立ち入りについても今日いまこの時間にしか実行出来なかったことだ。むしろ、見えないところで手を回して自分の都合の良い時間まで飛行機が離陸出来ないよう妨害しないだけ、伝楽にしては良心的とさえ言えるかもしれない。


 「搭乗予定の便の機長はまら経験が浅いのら。あまりアクシデントを起こしてミスでもされたら敵わん。人ひとりの凡ミスまで事細かに予測は出来んからな。そら、警備は潰したぞ。お前もさっさと用事を済ませろ。相手が相手らから、しょ~~~がなく同行してやってることを忘れるなよ?」


 「分かっているよ。『青春がしたい』、だろう。私だってクリスマスを祝う準備くらいはしたいんだ」


 国家元首による麻薬密売の疑いが上がった。それだけなら、その国の警察なり治安維持組織で対応すればいい話だが、売買されている麻薬というのがどうも異世界から密輸されたものらしいので、こうしてIAMOまで関与することとなったわけだ。しかし、なるほど、国家元首とはいえ小さな途上国のトップにしては潤っていると思ったが世界の外側から財源を得ていたなら納得だ。

 IAMO非加盟国であるが故に好き放題。対談交渉すら難航し、それで今日。イングランドの敬虔なクリスチャンであるギルバートにとっても、クリスマスの忙しい時期に予定の前後が出来ない面倒事を入れられては機嫌も悪くなろうというもの。異世界との交易を適正に管理することを生業とするIAMOとして、貿易相手の世界も判然としない以上、主犯格を捕まえて確実に話を聞き出さなくてはならない。そして、情報の収集と精査に掛けては伝楽の右に出る者はいない。いつも通り正しく判断した結果だが、それでこの世界一やりにくいオドノイドと2人きりで仕事をしなくてはならないというのが、またストレスである。

 要するに、早く終わらせたいのは伝楽だけではないということだ。物腰は穏やかに、しかし物々しく、ギルバート・グリーンの靴底が割れた窓ガラスを踏み砕く。


          ●


 クリスマスイブ。今日も、まあまあの吹雪だ。とはいえ、ここらの表通りは屋根付きのアーケード街で、地下鉄もあるから、天候なんてあまり関係がない。道行く人々の99%くらいはキリスト教なんて信じていないし、聖書の内容だって碌に知らないというのに、世の中100%サンタさんのことが大好きなのだから、日本ではサンタ教を名乗った方が信者が集まりそうなものだ。たまたま見掛けて気になったマンガのキャラについて調べているうちに、作品そのものファンになっていた、みたいなノリで。

 下らないことを考えてしまうほどには、忙しい。これでも大雪のおかげで例年よりは多少マシなのだが、大繁盛だ。


 「・・・マシかなぁ・・・?」


 雪姫はふと首を傾げた。


 ―――最近のレビュー、バイトさんが可愛いって投稿ばっかりなんだよねぇ。まぁ実際可愛いんだけど。高総戦で顔バレもしてるしねぇ、そりゃあ会いに来るよねぇ。あっはははは。


 だいぶ前だが、店長が、店のエゴサをしながらそんなことを言っていた。実際、接客態度を改めてから忙しくなって、店の収支はかなり改善した。無理して愛想を振りまくとかそういうのではなく、自然に話して、自然に微笑むだけなので、別に看板娘として振る舞うこともイヤなわけではない。売り上げが伸びればバイト代も増えるので良いことの方が多い。・・・夏姫はヘンな虫がつくんじゃないかと心配していたが。実際つけられたこともあったが。

 罪な女は嘆息しながらフライパンの上でチキンライスを踊らせる。


 「へー、例の大統領捕まったんだって」

 「うっわヤバ。アレ全部麻薬?土嚢じゃん土嚢」

 「今回もオドノイド魔法士お手柄だって」

 「ふーん」

 「実はそれやったのわちきー」

 「時価総額1兆円・・・って何円?」

 「100億ドルな」

 「円だぞ」


 クリスマス関係ねーじゃん。速報ニュースなんてそんなものだが。

 それはそうと、オドノイドも「ふーん」な存在になったのか。殺すだの守るだの取り沙汰されるよりよっぽど境遇が改善しているように思える。もっとも、過激派のテロ活動は依然として散発的に発生しており、千影を通じてそういった話題はよく耳にすることもあって、ちょっと意外にも感じてしまう。単に日本の学生が世の中に無関心なだけかもしれない。


 「ん?」


 雪姫はフライパンから顔を上げてホールの方を見た。

 なんかいた。なんか手を振ってくる。知らん。というかなんでいるんだ。


 「おい無視するな、注文」


 そんなことを言われても、雪姫はいまキッチンなのだから手が離せない。代わりに注文を取ってきた店長の奥さんは面白がった様子である。


 「また個性的なお友達ね」


 「”また”ってなんですか・・・。大体、あいつとは友達のつもりもないですし」


 「えー、なんで。可愛らしい子じゃない。あれってコスプレなの?」


 「迫真のファッションだと思いますよ」


 あれとは、つまりはだけた白い着物と狐のお面のことだろう。確かにソシャゲのキャラのコスプレと言われたら納得しそうだ。ほーら、だんだんなんかのゲームのCMで見た気がしてくーる。

 無心でオーダーを処理していた雪姫だが、個性的なお友達がうるさいので仕方なく、配膳ついでに店長の奥さんと交代してホールに出る。


 「コミケ会場はここじゃありませんよお客さん」


 「コミケは来週なのら」


 「ツッコむところそこかよ」


 「わちきはレイヤーじゃないのら!」


 「いまツッコむのかよ。―――で、なんでいんのアンタ」


 「レストランで客に対して『なにしに来た』はナンセンスらろう。まぁそういう意味じゃないのは分かってるが。なに、ひと仕事終えてのんびりクリスマスを過ごそうかと思ってな」


 「はぁ・・・」


 「なるほど」


 会話になっていないが、雪姫も伝楽もお互い大体のところは察した。今夜は賑やかになりそうだ。

 注文したカルボナーラを綺麗に平らげた伝楽は、会計をすると「じゃあお先に」と言って店から出て行った。・・・つくづく気に入らないヤツだ。

 しかし、伝楽のことばかり気にしてもいられない。ややあって、厳島率いる不良集団が遅いランチに現れた。


 『姐さん、メリークリスマス!!限定ランチプレートまだありますか!?』


 「今日の分はとっくに売り切れ」


 『じゃあいつもので』


 大体クリスマスは明日だろう、と心の中でツッコみつつ、雪姫は厨房に戻る。まだまだ今日は忙しそうだ。


          ○


 「ゆ・・・指つりそう・・・でもできたぁぁぁぁうぁぁぁぁ」

 

 慈音は用済みとなった編み棒を放り出して、ベッドに大の字になった。編み物なんて大してやったこともないくせに、クリスマスが近付いてから思いつきでマフラーを編んでみようなんて、考えが甘かった。でも仕方がないじゃないか。雪姫がご馳走持参でお泊まり会に来るなら、慈音だって少しは女子力アピールしなくては。だが、コツは掴んだので次からはもっと上手に出来るはずだ。来年はニット帽を編んで、再来年は手袋で、その次は―――。

 

 『すごいなしーちゃん、こんな器用だったなんて俺知らなかったよ。あったかいぜ、ありがとう(キリッ)』

 「うへへ・・・・・・じゅる、ハッ!?」


 昨日も納期に追い詰められてうっかり夜更かししてしまったので、寝転ぶとついウトウトしてしまう。ふと時計を見れば、もう15時を過ぎていた。寝たら死ぬ。約束の時間にはまだかなり早いが、早く行ったからといってなにがあるわけでもない。寝落ちする前に、迅雷の家にお邪魔するとしよう。寝るなら迅雷の家で寝れば良いのだ(名案)。

 プレゼント包装、ヨシ。着替え、ヨシ。鏡の前で1回転、ヨシ。


          ○


 一方、阿本家は寒稽古真っ最中であった。

 

 南無三。


















 「いや南無三じゃねーよ!いるわ!オレここにいるわ!!」


 「真ちゃんよくこんな雪の中ウチまで歩いてきたね。どんだけとっしーのこと好きなの。まぁボクには遠く及ばないけど」


 「「やめろ反吐が出る」あ、でも千影たんのことは大好きだよ!」


 「うーん人としては好・・・ごめん無理」


 2階から見下ろす千影にからかわれ、迅雷と真牙がハモった。授業中も休み時間もずっと一緒にいるくせに、いまさらなにを恥ずかしがっているのだ。お前たちは誰がなんと言おうと相思相愛だよ。

 冗談はさておき、真牙も当然のように神代家に遊びに来ていた。家は本当に寒稽古だが、道場は親の仕事であって真牙の青春を束縛して良い理由にはならないのだ。なんとか捕まえて手伝わせようとする父親を竹刀でどつき回して、雪隠れの術で逃げてきた次第である。なにが悲しくて迅雷が女の子に囲まれてウハウハしている横で汗臭い道場で野郎どもをしごく手伝いをしなくてはならないのか。

 真牙を振ると、千影はまたそそくさと迅雷の部屋に戻っていった。どうやら先客は上にいるらしい。コートについた雪を払って、真牙はリビングに行くと、真名に手土産を渡していた。どうやらシュトーレンを焼いてきたらしい。雪姫が料理メインで持ってくると踏んでのスイーツ持参というところが、なんとも真牙らしい。


 「こんにちはー。あれ、真牙くんももう来てるー」


 「その声は慈音ちゃん!!ようこそ~ぅ。まあまあこっちきてさあ座ってお茶どうぞ」


 「ありがとー」


 「客が客をもてなすなや」


 真牙は慈音にしれっとソファの、自分の隣のスペースを勧めて、慈音は特に細かいことは考えずお言葉に甘えてそこに座った。そしてそのまま勧められたお茶を飲みそうになり、迅雷がストップをかける。それは真牙の飲みかけだ。

 慈音が真牙にジト目を向けるが、真牙は迅雷をジト目で睨み付ける。


 「「むー・・・」」


 「来て5秒で間接キスを迫られたしーちゃんがむくれるのは良いとして、なんで真牙まで同じ顔してんだよ可愛いと思ってんのか気持ち悪いな」


 あーだこーだ言っているうちに、直華が気を利かせて慈音の分のお茶を淹れて持ってきてくれた。


 「粗茶ですが―――」

 

 「ありがとね、なおちゃん。・・・わっ、なにこれすごく良い匂いする!」


 「ナオのその最近マイブームの専門店で買ってきた美味しいお茶を敢えて粗茶って言って出しつつ反応を見てニヤニヤを隠せていないところが愛おしくて堪らないんだよなあ・・・」


 「ねぇなんでそういう余計なこと言っちゃうの!」


 直華も、ちょっと背伸びしたくなるお年頃だ。紅茶が好きです、茶葉も買ってます、なんて言ったらちょっぴり大人っぽく見えるのは迅雷もよく分かる。なんて可愛いのだろう。なでなでしたくて堪らないが、抱き付こうとしたら直華が押し返そうと突き出した手に持っていた熱々のティーポットが間違って頬を直撃して、迅雷は死んだ。南無三。


 「ナオに殺されるなら・・・ほ、本望・・・ぐふっ」


 「ああああっ、ごごごごめんねお兄ちゃんえーっとえーっと、そうだ、な、夏姫ちゃーんちょっと来てー!」


 直華が2階に呼びかけると、とてとてと体重の軽そうな足音が板を踏む音が2人分下りてきた。夏姫と、上で一緒に遊んでいた千影だ。どう見ても迅雷がひとりでふざけているだけの状況に夏姫は面倒臭そうな顔をしつつ、一人だけ迫真の直華に仕方なく状況を確認した。


 「か、かくかくしかじかで・・・魔法で冷やしてあげてくれない?」


 「なるほど。ざまあないですねお兄ちゃん。わざわざ魔法なんか使わなくても外に放り出しとけば良いんですよ」


 酷い言われようだが、夏姫に頬をつんつんされている迅雷の死に顔はなんだか安らかだ。死因からして幸せな最期だったのだから、このまま眠らせてあげた方が良いのかもしれない。


 「夏姫ちゃんに冷やしてもらわないと死んじゃう~」


 「とっしーの浮気者」


 千影が、冷やすどころか炎魔法で60度くらいに熱した掌を迅雷の頬に押し当てて、迅雷が跳ね起きた。


 「なにしやがる!!」


 「燃えるようなキッスでも良かったんだZE☆」


 千影の投げキッスが火を噴いた。本当に燃えてどうする。迅雷は仕返しで千影のほっぺたをもみくちゃにしてやった。嘘だ。マシュマロほっぺを触りたかっただけである。大体、千影もいちいち夏姫にヤキモチを焼くことなんてないのだ。迅雷はちょっと重度にシスコンなだけで、最初から千影ひと筋なのだから。

 なお、迅雷の頬の火傷は結局、千影が治療魔法でささっと治してしまった。・・・呼ぶだけ呼ばれて千影に仕事を取られた夏姫が少々不服そうな顔をしている。


 「そういや夏姫たんと千影たんは上でなにしてたの?」


 「マリカーしてました」


 「お、もしや8GX?実はオレもこないだ買ってやってるんだよねー。下でみんなでやろうぜ」


 「いいですよ!受けて立ちます!」


 真牙の提案ですっかり機嫌を取り戻した夏姫は、ダッシュで2階の迅雷の部屋まで戻ってゲーム機を取ってくると、リビングの大画面テレビに繋いだ。


 「さぁ、誰からかかってきますか?」




          ○




 仕事を終えたその足で迅雷の家にやって来た雪姫を出迎えたのは、困り笑いの直華だった。


 「こ、こんばんは雪姫さん。ちょ~っと騒がしいかもしれませんけど、どうぞ」


 「ちょっとじゃなくない?」


 リビングからの熱気は、暖房とは関係なさそうだ。夏姫と千影、それと伝楽の3人がギャンギャン喧嘩しながら画面の中のキャラと一緒に体を傾けていた。それを後ろから見守っていた真牙が、雪姫に気付いて手を振った。しかし、真牙も、なんだかいつになく元気がないように見える。普段なら大きく開いた口の奥にハートが見えるハイテンションで声を掛けてきそうなところだ。


 「お、来たね雪姫ちゃん」


 「ん。・・・一応聞いとくと、なにかあった?」


 「まぁ、2時間かけてじっくり友情を破壊していた的な」


 キッチンを見ると、微妙にムスッとした表情の慈音が黙々と真名の手伝いをしている。あの”ほんわか”という概念そのものが服を着て歩いているような存在である慈音が不機嫌になるほどの骨肉の争いが繰り広げられていたらしい。千影と伝楽については、よくまだ挑み続けるものだと感心さえする。熱中するあたりは子供っぽいというか、単に負けず嫌いなだけなのか。


 「ところで、迅雷は?」


 「拗ねて部屋で寝てる」


 「あー・・・そう」


 聞くだけ損だった。せっかくご馳走を持ってきたので寝落ちされたら困るが、起こすのは千影なり直華なりがしてくれるだろうし、そっちの方が効果的だろう。雪姫は『召喚(サモン)』で家に買って置いていた手土産用のお菓子を取り寄せて、先に真名に挨拶をすることにした。


 「こんばんは、真名さん。今日は夏姫ともどもお世話になります。これ、つまらないものですけど」


 「あらまー、ご丁寧にどーもー。えー、良いの?ただでさえいろいろご飯作って持ってきてくれたんでしょー?」


 「料理は趣味ですから。それより、良かったら手伝いますよ」


 「ありがとー。でも、もう出来上がる頃だから大丈夫よ。お仕事終わったばっかりで疲れてるでしょ?ゆっくりしててー」


 「どうも―――」


 と言って後ろを見ても、リビングのソファは荒れ狂う子供たちに占拠されているので、どこでゆっくりすれば良いのやら。和室か?和室でゴロゴロしていれば良いのか?


 「あ、お風呂沸いてるから入ってきても良いわよー」


 「ガタッ」


 真名の一言で、なぜか(案の定)真牙からの期待の眼差しのような下卑た視線が雪姫の後頭部に突き刺さる。


 「オレのことは気にせずごゆっくり!!」


 「帰れ」


 字面以上に芯から凍えるような言葉の刃物に貫かれて、真牙はまた元気を失った。ドMも泣き出す雪姫の暴言は、仲良くなったあとも健在らしい。真牙がいかにあらゆる性癖を網羅するヘンタイ界の大谷翔平だったとしても、許容量は無限ではないのだ。

 さて、しかし手伝いもしないで良いとなると手持ち無沙汰だ。真牙や直華と世間話をするのもやぶさかではないが・・・。


 (・・・しょうがない。あいつの様子でも見てくるかな)


 どうせ、手を洗ったりするために洗面所を借りに廊下に出るのである。ついでだ。ついで。たかがゲームでボコボコにされたくらいで、仕方のないヤツだ。雪姫が見てきた期間だけでも、もっと悔しい経験をたくさんしてきているだろうに。笑いのタネに、どんな顔しているかくらいは拝んでやっても良いだろう。ああ、まったくしょうがない。

 洗面所に向かう雪姫に気付いて再び目をキラキラさせる真牙をもう一度絶望させてから、雪姫は2階へ上がる。


 「迅雷、起きてる?」


 ノックをしてみたが、返事はない。ノブを回してみると、鍵は開いていた。

 中を覗くと、迅雷がベッドの上で膝から崩れ落ちて突っ伏す格好になっていた。悔しがるにしても、どういう格好なのだか分からない。夏姫に負けすぎて相当頭がおかしくなっていたようだ。


 「迅雷?」


 「んぐ・・・」


 「しかも寝てるし。首寝違えそう・・・」


 雪姫が床にあぐらをかくと、ちょうど顔の高さが揃う格好になった。間抜けな表情がよく見える。

 真名もそろそろ料理が出来上がる頃だと言っていた。千影か直華にお願いするつもりでいたが、見つけてしまった以上は起こしてやるべきだろう。肩を掴んで揺すろうとして、雪姫はふと手を止め、そっと迅雷のちょっと女の子っぽい形の鼻の頭を指で押してみた。起きる様子はない。それもそうか、起こさない程度にイタズラしているのだから。


 「・・・なにしてんだろ、あたし」


 緩んだ口元をむにむにと揉んで元に戻す。いまので迅雷が起きていたら、雪姫が一番恥ずかしい思いをするところだった。

 雪姫は立ち上がって、迅雷の叩いてくださいと言わんばかりに突き出されたケツに一発蹴りをお見舞いしてやった。


          ○


 「それじゃあせーのっ」


 『メリークリスマ~ス!!』


 千影の合図で、みんなで一斉にクラッカーを鳴らした。

 食卓には、THE・クリスマスといった感のある七面鳥をはじめとして、色とりどりのご馳走が並んだ。なんなら、食卓に乗り切らない分がテレビの前のテーブルにまで広げられている。若干1名招かれてもいないのに当然のように紛れ込んでいる客がいるが、これだけの量があれば足りなくなるようなことはまずないだろう。


 「ちなみにお姉ちゃんの自信作は?」

 

 「んー?どうだろ。強いて挙げるならミートパイかな。ちょっとソースにこだわったのと一口サイズにどれだけ具材を詰めるか―――」


 「美味しい」

 「うわおいし」

 「んう~♡」

 「うまし」

 「うますぎ」

 「さいこ~」

 「結婚しよう」

 「もういっこ」


 「聞けよ」


 シェフの解説など半分も聞かずに、全員が一口ミートパイに殺到していた。まぁ、好評みたいなので良いのだが。雪姫の持ってきたオードブルに関しては、もはや誰もなにも疑っていない。お酒にも合うカルパッチョやらパテドカンパーニュやらから、子供たちに受けの良いフライドポテトやローストビーフまで、なんでもござれの満足セットである。

 しかし、真名が腕によりをかけたメニューも負けてはいない。元々、雪姫がクリスマスイブに泊まりにくると分かった時点で、家でクリスマスパーティーもやるであろうことは分かっていたのだ。そして、そうなれば雪姫も必ずそれなりのご馳走を用意してやって来るに決まっている。彼女の美味しい料理を食べられるのは幸せなことだが・・・だが。だがしかしだ。ホストである神代家が提供する料理が雪姫の料理に食われてしまっては真名の威厳に関わってくる。ただ、味だけの勝負では、悔しいが真名では雪姫には逆立ちしたって敵わない。美味しいものは作れるが、美味しいだけでは、より美味しいものに負けてしまう。

 そこで真名は考えた。迅雷も直華も巻き込んで作戦会議を開いた。第三者委員会として慈音まで召喚した。千影はソファでJagabooを食べていた。そしてひとつの突破口を導き出した。自宅でパーティーを開く場合、スープ系の料理を綺麗に盛り付けてテーブルに並べられるという利点があるのだ!!

 スープパスタや、ブイヤベースなんかは具材の彩りもあって華やかだ。背景事情を知らない真牙や、お姉ちゃん信者である夏姫の食いつきも良い。それを見た迅雷と直華、そして慈音の3人は感慨深そうに頷き合った。


 クリスマスだからといって、なにか特別な会話があるわけでもない。強いて言えば、初詣のこととか、新春恒例の一央市ギルド最強魔法士決定戦のことだったり、そんなものだ。迅雷のシスコンぶりだったり、雪姫の多才ぶりだったり、平日ニートな千影の実は多忙な冒険譚だったり、普段披露する場が少ない分フルバーストされる伝楽のうんちくだったり、いろいろと、他愛ない会話がとめどなく続いた。

 気が付けば、あれだけあった料理もほとんどなくなっていた。いつの間にか真名は空いた皿の片付けを始めている。クリスマス特番を見るためにテレビをつけながら、迅雷はふと部屋の中を見渡した。


 「お兄ちゃん?」


 「あれ?ナオ、そういや千影は?」


 いつでもポカポカの千影を膝に乗っけてぬくぬくとお笑いを見るはずだったのだが、どこへ行ったのやら。千影も楽しみにしていたような気がしたのだが。

 それと、千影だけではない。天田姉妹と伝楽の姿も見当たらない。


 「あー。千影ちゃんたちなら、多分―――」


 直華が言い終える前に、リビングのドアがバン!!と開かれた。壊れるからやめてくれ。


 「ふぉっふぉっふぉ、悪ぃ子はいねがぁ~」


 現れたのは、トナカイにまたがる、ミニスカサンタコスの千影だった。ミニスカなのになぜか顔の半分が隠れるくらいモッフモフな白髭を着けている。というかサンタって直接トナカイにまたがるものだったっけ。そしてよく見ると千影を乗っけたトナカイは伝楽だった。明らかに不本意そうな顔をしている。不本意なのだろう。だが、不本意は留まるところを知らない。サンタ&トナカイの後ろからさらに姿を現したのは、高さ2mを超える巨大なクリスマスツリー・・・ではなく、ツリーの着ぐるみを着せられた雪姫と、星形の着ぐるみを着せられて雪姫に肩車されている夏姫だった。どこで売っているのか分からないが、どうせ毎度ヘンな服ばかり見つけてくる千影の仕業だろう。


 「なんでわちきが・・・」

 「絶対あとで泣かす」

 「お姉ちゃんに肩車・・・ふ、ふへへ・・・」


 お星様が幸せそうなのでよしとする。 


 「聖夜の千影たんhshs!!」


 「悪ぃ子!!」


 「ぶッ」


 真っ先に飛びつこうとした真牙の顔面に、千影が黒い塊を投げ付けた。ごす、とギャグ成分少なめな結構痛い音がして、真牙が仰け反った。落っこちる塊を手でキャッチした真牙は、涙でうるうるする目でそれを見る。


 「・・・墨?」


 「欧米では、言うことを聞かない子供にはクリスマスにサンタが炭をプレゼントするケースがあるらしいな」


 「そのスミは燃料やろがい」


 炭ではなく墨。刻印は、真牙もどことなく見覚えのあるメーカーのものだ。書道家でもないのに見覚えのある墨なんて、どこで見たかは自ずと絞り込める。多分、直華の中学校の習字セットから抜き取って来たのだろう。勝手になにをしているんだと思わなくもないが、考えてみれば習字の授業も書き初めも、どうせ墨汁しか使わないのだ。落ちて割れていても、まぁ、誰も困らないだろう。

 だが、重要なのは、これが直華の私物ということだ。もらっちゃって良いのだろうか。少し香りを嗅いでみる。くんくん。墨の香り。真牙がその類い希なる妄想力によって深奥にわずかに潜む直華の温もりを吟味していると、迅雷に墨を取り上げられた。


 「こら、おで・・・トナカイがしゃべったらおかしいでしょ」


 「ぐgggg」


 千影の理不尽なツッコミに、伝楽がいびきみたいな声を出す。悔しくて呻いているのか、本当にトナカイはそんな風に鳴くのか、ちょっとこの場の誰にも分からな


 「うわ。トナカイの鳴き真似めっちゃリアルじゃん」


 なんで分かるんだ雪姫。本当に謎に知識の幅が広いな。


 「なあ、千影サンタや」


 「なんじゃい、とっしーさんや」


 「その格好は?」


 「えへへ、そんな熱烈な視線を向けられても今日ばっかりは千影サンタも君をひいきするわけにもいかないんだからねっ☆」


 「プレゼント交換ってことじゃないかな?」


 「ざっつ・らいと」


 慈音が正解を引いて、千影が両手で慈音を指した。千影がいちいち激しく動くので、トナカイは苦しげだ。というか、トナカイの着ぐるみは見かけより生地が薄いのか、四つん這いの伝楽が動くたびに、ビミョーに胸の揺れが分かるので、迅雷と真牙の視線は千影の足元付近に固定されてしまっていた。熱烈な視線の正体はそれである。

 千影はひいこら喘ぐトナカイを駆って和室まで移動すると、担いできた大きな布袋を畳の上に置いて、中から4つのプレゼントボックスを取り出した。仮装4人組の用意した分だろう。それを円形に並べると、挑発するように迅雷たちに向けて指をくいくい動かす。千影の中のサンタ像はどういうキャラ設定なのだろうか。

 慈音がまず率先してプレゼントの円に自分の持ってきた分を混ぜて、それから直華、真牙、迅雷と順々に置いていく。よくある、音楽が流れている間みんなでプレゼントの周りを歩いて、音楽止まったときに正面にあるプレゼントをもらうという遊びだろう。この場合、公平性を考えると参加していない真名が音楽を流す係になるのだろう・・・なんてみんなが適当に待っていると、千影が中央に立って手を叩いた。


 「ちなみにこの中にひとつハズレがあります」


 『オイ』


 「うそです」


 『オイ』


 「ルール説明をします」

 

 『ハイ』


 そう言うと、千影は懐からハチマキのような布を人数分取り出した。言葉で説明するより先に、千影はそれを全員の頭に巻いていく。目の高さで、だ。


 「というわけで、手探りでプレゼントを探してもらいまーす。会場はこの和室の中とします。せっかくのプレゼントを踏んだりしたらいけないので、全員四つん這いですり足で移動すること。ルールは以上、質問ある人~」


 「ハイ!!」


 「その声は真ちゃん」


 「間違って他の人に激突してしまった場合はどうなるんですか?」


 「両者合意の上でなら目隠しプレイに興じていただいて一向に構いません」


 「ッしゃあ!!」


 すべての意図を酌んだ上での完璧な回答に真牙がガッツポーズをするが、果たして事前にセクハラに関する確認を取るようなヤツに合意してくれる人がこの中にいるのだろうか。


 「ふざけた質疑は捨て置いて、千影。もし同時に2人以上が同じプレゼントにタッチした場合はどうするのら?」


 「幸せは分かち合うものです」


 「人は分かり合えないものなのら」


 「目隠ししてるからジャンケンもできないし、そのときはそのプレゼントを諦めて仕切り直しだね。プレゼントの位置は・・・適当に動かしてもらおうかな」


 他に質問はないようなので、千影が真名に頼んでプレゼントを部屋のいろんな場所に散らしてもらった。10畳の広い和室だが、こうして見ると8人が四つん這いになって動き回るには、少し手狭かもしれない。誰も見えてはいないのだが。

 真名が仕事を終えたようで、和室とリビングを区切るふすまを閉める音がした。これで外に出てしまうことはないということだろう。千影のおふざけ全開企画かと思いきや、意外に細部まで妥当な条件設定である。あるいは、雪姫や伝楽あたりの助言だろうか。


 「おっけー。じゃあみんな、怪我には気をつけてねー。よーい、スタート」


 合図の直後、いきなり和室の中が氷点下に冷え込んだ。突然の冷気にみんなが悲鳴を上げる。

 犯人は言わずもがな、雪姫だ。なぜそんなことをするのか、端的に言えばセクハラ防止である。雪姫はフィールド全体に雪を均一に散布し、そこに自らの魔力を通し続けることでシックスセンスによる感知領域を形成するという離れ業を持っている。原理としては、「氷ではない水」には魔力を通せない性質を逆手にとって、踏まれた雪が圧力で溶けたりすることで魔力を通せない場所を探知するというものである。これにより、雪姫はこの狭い部屋の中であっても、動き回る全ての人間を認識して回避することが可能となるのである!!


 「うーん・・・しのもお尻にバリアはっとこうかなぁ」

 「わちきも壁作っとこ」

 「あたしも氷でガードしよ」


 「「ちくしょう、魔法なんて考えたヤツ誰だよ、余計なもんばっかり作りやがって!!」」


 ※3世紀前の偉い人です。本当にありがとうございます。


 「いや待て、直華ちゃんと千影たんはノーガードでは・・・!?」

 「させるかよクソ外道が!!」


 見えないが、乱闘の様子が目に浮かぶ。男2人がくんずほずれつしている間に、騒がしい音源を避けて、女子組はぼちぼちプレゼントを探し始めた―――のだが。


 「星、めちゃんこ動きづらいんですけど」


 ぼやいているのは夏姫だ。それもそうだ。星の着ぐるみのせいで、夏姫はいま肩と脇とお尻の区別がつかないスタフィー状態である。


 「いたっ!壁か・・・」

 「なんか柔らかいものが唇に当たった気がする」

 「それボクのほっぺかも」

 「おいコラ抱き付くなモフるな揉みしらくな!」

 「あ、これプレゼント?もこもこしてる~」

 「違いますあたしです・・・」


 案外、簡単にはプレゼントがゲット出来ないもので、全員がひとつプレゼントを確保するまで5分以上かかった。

 

 「俺のは・・・魔具カップか」

 「あー、それあたしのだ」


 「ボクのは、なにこれ?」

 「そこのゼンマイ回してみて」

 「あ、ジングルベル」

 「オレがこないだ作ってみたオルゴール」

 「無駄にすごい」


 「しののやつ誰の?」

 「俺だね」

 「わーい」

 「中身見ないの!?」


 「あたしのは文具セット―――夏姫が持ってきたやつだね」

 「お姉ちゃんのために用意したから、あたしだと思って大事にしてね」

 「はいはい」


 「オレのは~・・・うおぁぁぁあ爆弾!?あと3秒しかないんだけど!?どうす


 カッ――――――!!

 ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ!!


 「それ、わちきが用意した目覚まし時計なのら。5色のケーブルを毎回ランダムで2本切り離すまで鳴り止まないぞ」

 「めちゃめちゃ目醒めるゥ」


 「わー、可愛いトートバッグ」

 「なおちゃんのやつ、しのが持ってきたのだね」

 「ありがとう、しのさん!」


 「イヤフォン!しかもボイス収録限定モデル!!豪華!!!!」

 「なっつんの、ボクだ」


 「じゃあ、わちきのは直華のか」

 「無難だけど、カードケースにしてみました」

 「いや、良いと思うぞ。ありがたく使わせてもらおう」


 「それと、しのからみんなに別のプレゼントがありまーす!」

 『お~』

 

 慈音は、それぞれの名前が書かれたプレゼント包装を全員に配った。実は伝楽の分だけは想定していなかったので本当は用意していなかったのだが、夕方のうちに一度自宅に戻ってこっそり自分用の習作を包み直していた。ちょっといい加減かもしれないが、他のみんなの分とクオリティにそれほど差はないし、未使用品なのでプレゼントの質としては十分平等だ。伝楽も察して、素直に受け取っていた。

 今宵の目玉イベントが終わり積もる話題も増えたところで、真名が、真牙の持ってきたシュトーレンを切り分けてテーブルに並べていた。



          ●



 22時。ご近所の慈音も、さすがに帰ってしまった。残ったのは、天田姉妹と、急に押し掛けて宿も取っていないという図々しい伝楽だけ。毎度感じることだが、急に静かになるとさっきまでの賑わいが夢の中の出来事のようである。

 和室では、雪姫が自分と夏姫の分の布団を借りて、敷いていた。テキパキと、しかし埃を立てないようにか丁寧に布団を敷く姿は、どことなく旅館の仲居さんを思わせる。迅雷はソファでスマホを弄りながら、その様子をチラッと見て感慨深そうに呟いた。


 「雪姫と同じ屋根の下か・・・」


 「ヘンなこと言うな」


 「夏姫ちゃんとも同じ屋根の下か・・・」


 「・・・」


 「黙らないでよ恐いよ」 


 夏姫は、千影や伝楽と一緒にお風呂タイムだ。声はくぐもってよく聞こえないが、賑やかなのは恐らくさっきまで見ていた漫才のネタで盛り上がっているからだろう。オドノイドだ、お墨付きの魔法士だ、と肩書きはいろいろあるけれど、こうしていると、彼女らは普通に年の近い友達でしかない。一応、千影の方が夏姫よりふたつお姉さんだが、小学生の2歳差なんて迅雷たちからすれば大した差ではない。千影も大概ガキなのでたまに夏姫の方がしっかりしているんじゃないかと思うことさえある。・・・伝楽は知らん。あれは精神年齢が人類の寿命限界を超えている。

 楽しそうな笑い声を聞く限り、まだしばらくは風呂から出てこないだろう。布団を敷き終えた雪姫を、迅雷は自分の隣に誘った。ヒミツの作戦会議だ。



          ○



 深夜2時。神代家2階、冷えッ冷えの廊下にて。

 集まったのは迅雷と雪姫の2人だ。

 生粋の良い子である直華は早々に伝楽を抱きかかえて自室に戻ったのだが、想定外だったのは、夏姫が0時近くまで夜更かしをしたことだった。不健全JS(小学校に通ってもいないが)の千影はともかく、健全な小学生そのものの夏姫なんて風呂であれだけ盛り上がっていたのだから、てっきり電池が切れたみたいにすぐ寝てしまうものだと思っていた。あるいは、迅雷が、寝る前のおしっこを覗いてしまったのが悪かったのだろうか。かなり取り乱していたし。


 「・・・」


 (悪かったって!!断じてわざとじゃないから!!)


 普段お泊まりなんてしない夏姫は、家のトイレで鍵を閉める癖なんて当然ない。ちなみにお姉ちゃんに覗かれる分にはノープロブレムである。

 さて、それはそれとして、どうして2人がこんな夜中に寒い廊下に集合したのかと言えば、簡単な話である。今宵はクリスマス・イブ。すなわち、得体の知れない聖人から物流業務の委託を受けた全国津々浦々の親御さんたちがこぞって無賃の深夜作業に勤しむ、労働基準監督署が白目を剥いて卒倒するような聖夜である。実質夏姫の親代わりな雪姫は当然として、迅雷は、下請け(真名)の下請けである。千影の欲しいものを把握しやすいのは迅雷なので、適当なところではある。


 (それにしても・・・ノリノリっすね、雪姫さん)


 迅雷は普通にパジャマ姿だが、なんとビックリ、雪姫は気合いの入ったサンタコスである。千影のようなミニスカートのパチモンスタイルではなく、少しぶかぶかで体型も違って見えるような、凝ったデザインだ。ズボンのポケットからは付けひげと思しき白いもふもふがはみ出ている。


 (いや・・・これは・・・その・・・アレよ。万が一?起こしちゃっても・・・ギリギリ?誤魔化せるようにっていう、フェイルセーフ的な?)


 (途中で恥ずかしくなってヒゲは着けなかったやつだ)


 (そんなんじゃないし。・・・そんなんじゃないからね!?)


 文武両道・才色兼備、そらの彼方の完璧星からやってきた完璧星人かと思っていたが、可愛いところもあるものだ。いや、むしろこの可愛げが雪姫の完璧度合いをさらに磨いていると言えなくもない。

 言い訳をしても迅雷はニヤニヤするだけなので、雪姫は諦めて気持ちを切り替える。雪姫は良いが、深夜の廊下の寒さは迅雷にはさぞ堪えることだろう。仕事は速やかに、完璧に済ませてさっさと休むに限る。それに、いつも迅雷に抱き枕にされている千影が、迅雷のいない違和感で目を覚まさないとも限らない。


 (それじゃあ、作戦通りで?)


 (で)


 添い寝しながら、子供たちがぐっすり眠りこけたところで『召喚(サモン)』を使ってプレゼントを呼び出すという戦略もあったが、これは魔法陣の発光で起こしてしまうリスクがある。やはり、古き良きコッソリ忍び込んでヒッソリと設置する戦略こそが王道にして至高なのだ。決して、いっぺんやってみたは良いが簡単すぎて風情がないと気付いてしまったわけではない。

 プレゼントは、予め2階の物置の隅に隠しておいた。直華と、千影と、夏姫の分だ。


 (わちきのはないのか)


 「うぉ」

 (あるわけないでしょ)


 背後から不意に現れた伝楽に驚いて声を出しそうになった迅雷の口を押さえ、雪姫が冷静にツッコミを入れた。まぁ、迅雷の背後が見える位置にいた雪姫には、伝楽が忍び足で直華の部屋から出てくるところがバッチリ見えていたので驚くわけがないのだが。

 伝楽も、いつか見たようなミニスカサンタコスだ。どうせあるだろうイベントに備え、ちゃんと持ってきていたらしい。ただ、前回と同じものだからか、少しサイズが小さく見える。ハッキリ言って太ももが非常に際どい。でもこの状況だと単純に寒々しくて、目のやり場に困る。内股なのはあざとさではなく、本当に寒いからだろう。


 (防音ならわちきに任せてくれ。魔法で空気の振動を制御すればほぼ無音でドアを開け閉めしたり出来るからな)


 (思わぬ助っ人ね)


 (こんなこともあろうかと馳せ参じたと言っても過言ではないのら。兄貴分も出資してるんじゃろう?なら、わちきも千影の姉貴分なわけらし、出来ることはせんとな。ま、他はついでなのら)


 (そりゃどうも)


 千影の兄貴分と言えば、一人に決まっている。なにで稼いだ金かは気にしなくて良い。いまのあいつはIAMOの下っ端だ。俗に言う光堕ちである。すなわちきちんと働いて稼いだお金である。そしてその出所は加入国が拠出する基金である。要するに我々の血税である。お金って本当に回っているんだなあ。


 さあ、役者が揃ったので作戦開始だ。手始めに、伝楽が風魔法の応用で2階の床上に、1cmほどの空気の床を作り出した。いや、いま作ったのではなく迅雷たちに話し掛ける前から作ってあったのだろう。

空気の床の上を歩けば、板の軋む音も起こらないのでかなり気配を消す効果がある。背後から近付いても触れられる距離になるまで迅雷が気付けなかったのも納得だ。

 迅雷は、床全体に空気の床を被せたら物置の扉を開けなくなるのではという心配をしたが、迅雷でも気付く問題点を伝楽が見落とすはずもない。まるで間取り図のドアの可動域を描くように、扉の邪魔になる部分だけ空気の床がくり抜かれていた。


 (ここは普通の床らから高さが違うぞ。転ばないよう気を付けろよ)


 (さも当然のようにやってるけど、これ部屋中の気体分子を特定の範囲だけ選んで固定してるってことでしょ)


 (スゴいじゃろ)


 (よく分かんないけど雪姫が感心してるから相当スゴいんだろうな)


 ギルバート・グリーンにせよ、伝楽にせよ、空気の壁?とか、そういう高等テクを持つ人間ほど何食わぬ顔して惜しげもなく技を使うので、いまいちその凄さが伝わってこないのだ。もっと、こう、努力の成果ですって感じで大技を披露する中間ポジションの魔法士もいたって良いはずではないのか。まさにその中間ポジションで事あるごとに冷や汗かきまくりの迅雷は、異次元の才能に囲まれすぎてちょっぴり孤独だ。

 伝楽のサポートで悠々と隠していたプレゼントを回収し、3人は廊下に戻る。


 (伝楽も来てちょうど3人だし・・・手分けっていうか、もうこのままそれぞれの寝室に戻れば解決じゃない?)


 (さすがのわちきも見えないところまで床は作れないぞ)


 (あたしはどうとでもなるけど)


 『スノウ』を筋斗雲きんとうんよろしく浮かべて雪姫はふわふわ浮いてみせた。氷魔法と言いながら、実質なんでもアリである。

 隠密系の小技を持っていないのは迅雷だけのようだ。しかし、スパイやアサシンになりたいわけじゃないのだから、文句を言われる筋合いはない。


 (じゃあ役に立たない迅雷から先に戻してやって、あとはそれぞれとすれば良いな?)


 (やーだー!俺もナオと夏姫ちゃんの寝顔見たいのー!)


 (きも・・・)


 鋭利過ぎる言葉のナイフには物理的な攻撃力もあるのか、迅雷はくの字に折れ曲がった。しかし、ここで引き下がってしまったらシスコンの名折れだ。妹の無防備な寝姿を見て微笑むことの幸せは、効率とか、安定性とか、そういう合理的な尺度では語れないのだ。まさに愛そのものである。

 そして最後に愛は勝つ。雪姫と伝楽の理を理不尽で捻じ伏せた迅雷は、2人を従えてまずは階下へ下りた。和室で寝ている夏姫が最初のターゲットである。

 リビングから、閉じられた和室のふすまを眺めて迅雷が腕を組む。


 (気付かれるリスクを最小限にするためには、枕元で歩き回る距離を最小限にする必要があるな。雪姫、夏姫ちゃんはどの辺で寝てる?)


 (真ん中のふすま開けたあたりに枕があるよ)


 (よしきた)


 迅雷は張り切ってふすまを開くが、そもそも夏姫へのプレゼントを持っているのは雪姫だ。伝楽が防音のためにふすま周辺の空気を制御し、雪姫が速やかにプレゼントを設置する間、迅雷は夏姫の幸せそうな寝顔を観察してニコニコしながら頷いていた。なにがしたいのかはこの上なく明確なのだが、その上で、迅雷は一体なにがしたいのだろうか。


 「ぉ・・・ちゃん・・・ふへへ」


 去り際、夏姫がなにかしゃべったので雪姫と迅雷が揃ってビクリと跳ねたが、どうやら寝言のようだ。本当に起きてしまう前に、雪姫は素早くふすまを閉めた。


 (はぁ。危なかった・・・)


 (ところで、いまのって俺の夢見てたのかな)


 (は?んなわけないでしょ、あたしだから)


 (いやいやだってお兄ちゃんって)


 (言ってない。お姉ちゃんって言ってた)


 (いーやお兄ちゃん)


 (しつこい。お・ね・え・ちゃ・んって言ってました)


 (どっちでも良いから騒ぐなシスコンども)


 (良くない!)

 (死活問題でしょ)


 手に負えないので、伝楽は思わず舌打ちした。可愛いのは可愛いのだろうが、夏姫のなにが2人をここまで狂わせるのだろうか。家族の間で飼い猫が誰に一番懐いているか競っているような不毛さを感じる。

 続いて、3人はまた2階に戻って、まず手前の直華の部屋の前に立つ。


 (うーん、部屋の前だけど既に可愛いな)


 (あー・・・ふーん)


 迅雷が重症すぎて、雪姫も伝楽も、もはや気の利いたツッコミが思い付かない。寝顔なんて見たらサンタのことなど忘れて抱き付いたりするのではなかろうか。


 (そういえば直華ってわちきと同い年なんらよな)


 ドアを開ける前に魔法で細工をしながら、伝楽がそんな風に漏らす。身長は直華の方がひとまわりか、ふたまわりくらい高く、一方のおでんは童顔で舌足らずなので忘れがちな設定だが、確かに発育レベルは近いかもしれない。


 (おでんって大人っぽいもんな)


 (喧嘩売ってるのか)


 ほら、こんなに皮肉の通じるやつが直華と同じ中学生だなんて、あってたまるか。

 漫才をしている内に小細工を終えたようで、伝楽は目配せで2人に合図を送ると、そっとドアを開いた。まずは小さく開けて隙間から手鏡のようなものを差し込み、中の様子を窺うと、それからようやく人が通れるところまでドアを開いた。普段からそういう任務をこなしているからなのか、スパイ映画みたいな手口である。

 部屋に忍び込んだあたりで直華が寝返りを打ったので、全員一瞬固まったが、大丈夫そうだ。健やかな寝息だけが聞こえてくる。迅雷と雪姫が見守る中、伝楽はベッドの傍まで忍び寄って枕元のサイドテーブルにプレゼントボックスを置いた―――直後のことだった。


 (ふぅ。意外と緊張するな、サンタって)


 「もふー」


 「みぎゃ」


 伝楽が額の汗を拭った一瞬の隙を突いて、直華がベッドに引き摺り込んだ。しかし、直華の寝息は続いている。どうやら寝ぼけて伝楽を捕まえたようである。目にも留まらぬ早業だった。寝る前、部屋に戻るときから直華は伝楽を捕まえていたが、どうやら伝楽の柔らかい毛並み(毛並みって言うな)が相当お気に召したようだ。

 後頭部に顔を埋められた伝楽が、残された2人に別れを告げた。


 (すまんが、わちきはここまでのようなのら・・・あとは・・・頼んらぞ・・・)


 (くっ、おでん・・・・お前のことは忘れない!!)

 (なにこの茶番)


 伝楽を直華の部屋に残し、迅雷と雪姫だけが廊下に出た。


 (そしたら、次は雪姫にフォロー頼んでも良いよな)


 (あ、悪いけどあたしもこれで)


 (え?あっ、ねぇちょっと、雪姫さん!?)


 雪姫は千影の寝顔になど興味はない。元々こうするべきだったのだと言わんばかりに雪姫は大あくびをして1階に戻ってしまった。突如として一人残された迅雷は、しばし茫然自失として廊下に立ち尽くしていたが、思い直して自分の部屋の前に立った。

 思い出せ、なぜわざわざこんなアナログな方法で子供たちの枕元に夢を届けようと考えたのかを。ここまでが甘えだったのだ。伝楽や雪姫の小細工は、強力だが、ナンセンスだ。そう、サンタ業とは、親御さんたちがどれだけ子供たちと同じテンション、同じ目線でクリスマスを祝えるかをはかる試練の側面もあるのだ!!


 「―――よし。なにを躊躇するっていうんだ、ここは俺の部屋だぞ」


 迅雷は深呼吸をして、甘えきった態度を正す。千影のために一肌も脱げないようでは彼女のパートナーなど務まるものか。

 微かな音すら立てないようにドアノブを回し、塵ひとつ舞い上げないようゆっくりとドアを開ける。衣擦れひとつ聞こえないほど静かにすり足で部屋に入り、時間を巻き戻すかのように優しくドアを閉める。

 ベッドを見る。布団はゆっくりと、穏やかに上下している。ぐっすりと寝入っているようだ。そして、千影は窓の方を向いている。コンディションは最高である。ベッドの枕元には、巨大な靴下型の袋が吊られており、それがゴールだ。ただし、鈴付きのクリスマスリースで飾り付けられたその靴下は、モノを入れようとすれば当然音を立ててしまう。鈴なんて鳴らしてしまったら、サンタをその目で見たくてしょうがない千影なら間違いなく目を覚ます。最後の関門にして最大の鬼門だ。

 だが、覚悟を決めた迅雷にとって、もはやそれは足踏みをする理由にはならない。失敗したあとのことは失敗してから考えれば良い。これまでも迅雷は数々の苦難をそうやって乗り越えてきたはずだ。

 袋の端っこをつまんで固定し、広げた口に上から真っ直ぐプレゼントを差し込んで、袋の底に着くまで押し込んでいく。なんとか手首や腕が飾りに当たって音を立てないよう頑張ったのだが、やはり袋が大きすぎた。さすがに腰より高い位置にある袋の口に、肘まで真っ直ぐにして真上から手を入れることは出来ない。二の腕のあたりが袋の縁に触れてしまった。震動はこのまま確実にクリスマスリースに付けられた鈴まで到達する。


 (いいや、まだだ―――!!)


 迅雷は咄嗟に、リースの鈴に噛み付いた。鈴は、握っておけばほとんど音が響かなくなるからだ。両手が塞がっている迅雷は、それを口でやったのだ。さすがにカチカチと内側の玉が転がる音はしたが、恐る恐る千影の様子を伺えば、寝息のテンポに変化はない。寝たふりの線もなさそうだ。セーフ。

 だが、一度腕が袋に触れてしまった以上、離れるときも同じように袋を揺らしてしまう。迅雷は鈴に噛み付いたままの珍妙な格好でプレゼントを押し込むと、その姿勢のまま腕を引き抜いて、ようやく口を開いた。まったく、こんな格好を見られていたらいくらなんでも誤魔化す方法がなかった。迅雷に取り憑いた妖怪・鈴舐め男ですと自己紹介するのが精一杯だ。

 しかし、それも仕事が済んだいまとなってはどうでも良い心配だ。すうすうと素直な寝息を立てる千影の横顔を眺めて、迅雷は達成感に浸っていた。迅雷は今年も、少女の夢と笑顔を守ったのだ。どこの家庭でもやっている普遍的なイベントかもしれないが、それでも、このささやかな努力は誇るべきものに違いない。


 (メリークリスマス、千影)


 ところで、ここからどうやって布団に入れば良いんだろう。




          ●




 「お兄ちゃん、顔青いけど大丈夫?」


 「だいじょうぶ。ずびび。ちょっと、ベッドから落ちちゃってさ。ずびー」


 千影を起こしてしまうリスクを優先した結果、日が昇るまで部屋の床でクッションを抱き締めて震えていた迅雷は、本当に妖怪みたいになっていた。いやいや、安いものさ。これで千影が笑ってくれるなら。とりあえず、直華の入れてくれた温かい紅茶が全身に沁みる。事情を察した伝楽が、迅雷の肩をポンポンと叩いて励ましてくれた。

 直華と並んでカップに口を付けながら、迅雷はそれとなく直華に探りを入れてみた。


 「今年はなにもらったん?」


 「えー?んーとね、まあ、お財布だった」


 「へー。使えそう?」


 「ん、結構いける感じかも」


 「ふーん。良かったじゃん」


 そう、この中学生になった直華の、サンタからのプレゼントに大喜びしていると思われるのが恥ずかしいのか、大したことない風を装いながら話してくれるところが、もう堪らん。いやね、まずもう、いまもまだサンタを信じてくれている時点で迅雷の胸は尊みではち切れんばかりなのよ。その上で喜んでなんかくれちゃったら胸が爆散しちゃう。繁華街で革製品の店を半日掛けてはしごした苦労なんてサクッと報われて余りある至上の幸福感だ。

 鼻から尊汁が出る前に、迅雷は雪姫に話を振った。


 「夏姫ちゃんは?」


 「まだ寝てる」


 キッチンに立つ雪姫も、クールに振る舞っているがソワソワしているのが隠し切れていない。それもそうだろう。夏姫の第一希望とは違うが、今年はかなり奮発した内容なので、反応が気になって仕方ないのだ。配信機材じゃないと拗ねられたら、あの雪姫でもちょっと泣いちゃうかもしれない。

 7時のニュースのオープニングが流れ始める頃になって、2階からドタドタと元気な足音が降りてきて、ズバーン!!とリビングの扉が開かれた。だから壊れるからやめろって。


 「とっしー見てコレ!!」


 「バカな・・・この千影にあのサンタが来ただと!?」


 「どういう意味だい」


 大袈裟で白々しいリアクションに隠して、迅雷は心の中でガッツポーズをするのだった。



          ○



 「ナオ、なっつん、ちゃんとプレゼント持った?じゃあみんな並んで!」


 いまをときめく千影の提案だった。

 クリスマスの飾り付けを背景に、みんなで並ぶ。

 

 「それではみなさん。このカメラの名前は~?」

久々のクリスマス特別編でございます。

終始平和なだけ。

起承転結なんて知ったことか。

クリスマスなんだ。女の子たちがわいわいしているのを妄想出来れば十分だ!!


ところで、去年の今頃はルニアがお城に帰ってきたあたりだったってマジ???話の進み、遅すぎません???いや、時の流れが速すぎるのでは???


来年はなんとか月平均2回くらいは更新したいなぁ。

それではみなさん、メリー良いお年を。

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