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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode9 『詰草小奏鳴曲』
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episode9 sect30 ”来やがれ!我が家の晩ごはん”

 ―――たらひとつらけ確かなのは、オドノイドの力は危険極まりないってことらな。どうせ正しく管理出来ないならモンスターと同列に扱い葬り去ってしまうのも、人間に出来るひとつのケジメのつけ方かもしれない、とは思うよ。


 「ハオレンさん。伝楽をウチに誘ってみるのって、どうですか?」


 「ごほっ」


 夜半、サイラスも眠ったあと、なにやら改まった雰囲気でテーブルに向かい合って座ったエルネスタは、突拍子もなくそんなことを言い出した。思いがけない提案に、浩然は酒を気管に入らせ、むせ返る。この歳になると、ちょっとむせただけでも本当にしんどいのだ。肺炎になるかと思うほど咳き込んで、ようやく落ち着いてきた浩然は、眼鏡の位置を直しつつ掠れた声で聞き返した。


 「伝楽って、例の探偵さんだろう・・・?」




          ●




 何度か遠慮しようとしたものの、サイラスがしつこくせがむので、伝楽は仕方なく、今日は早めに事務所を閉めた。(チョウ)家にお邪魔することになったからだ。ちなみに今回に関しては、サイラスのわがままではなく、ちゃんと家長の周浩然からの招待である。サイラスとエルネスタにはなんだかんだ探偵稼業を手伝ってもらっているため、その保護者からの誘いともなれば無下にするわけにはいかない。

 サイラスに連れられ30分ほど。到着したのは、シンプルながら立派な2階建て住宅だった。


 「そういえばマジックアイテムメーカーの社長の息子って設定らったな」


 「設定じゃないよリアルだよ!・・・まぁそんなのいいから、上がって上がって!」


 玄関を開けると、様々な料理の良い匂いを背景にして1人の男性が伝楽を出迎えた。自然に整えられ清潔感のある黒髪に、縁の細いプラチナゴールドの眼鏡を掛けた、いかにもビジネスマンらしい人物だ。しかし、よく見れば目の形や顔の輪郭なんてサイラスとそっくりだ。ハーフといいつつ父親の血の方が濃いらしい。



 「ただいま、お父さん!この人が探偵のお姉ちゃんの伝楽だよ!」


 「お初にお目に掛かる。探偵をやっている、伝楽というのら。今日はお招きに与り感謝するのら」


 「こちらこそ、急な誘いでしたのにお越し頂いてありがとうございます。いつも2人がお世話になっています。私は塞勒斯の父の、周浩然です」


 伝楽のやたら尊大な態度に、浩然はちょっと眉をひそめそうになった。年の頃は塞勒斯とそう変わらないとはいえ、探偵として稼いでいる以上は社会人。エルネスタからの事前情報が無ければ飯だけ食ったらとっとと帰らせるところだった。しかも、なんだこの和服の着こなしは。まるで遊女のように肩も胸元も大胆に露出させて、だらしない。これならまだほとんど下着のような丈のホットパンツを恥じらいもなく来ている最近の女の子の方がよほど常識的に見える。というか


 「わちきの顔になにかついてるか?」


 「いやついてるでしょ狐のお面―――あっ。いえ、失敬」


 「これはわちきのチャームポイントなので、着けたままで失礼するのら」


 くふふと笑う伝楽は、ひょっとすると浩然の内心の不快感を見透かした上でからかったのかもしれない。浩然は事業を成長させるために奔走する中で、自然なスマイルもポーカーフェイスもかなり得意になったはずだったが、なるほど冗談めいた格好とは裏腹に洞察力は優れているらしい。もっとも、顔に出すか否かをさておけば、誰しも伝楽を見たときに似たようなことは思いそうなものだが。

 


 玄関で長話をするものでもない。浩然に案内され、伝楽は客間に通された。さすがは上場企業の社長宅だ。よく来客があるのだろう。どこかの国に土産物らしき置物や絵画の飾られた洋間が用意されていた。

 部屋の中央のテーブルには、中洋折衷、色とりどりの豪華なご馳走が、大皿で並べられていた。しかし、はて、皿の並べ方が悪いのか少々物足りない見栄えだ―――などと思いきや、客間の外からさらなる芳しい脂の香りが漂ってきた。


 「あ、伝楽!ようこそ我が城へ!」


 城でもなければお前のモノでもないだろう。

 ノリノリで現れたのは、包帯や謎のアクセサリーといったいつも通りの中二病ファッションの上からクリーム色の可愛らしいエプロンを着けた、若奥様スタイルのエルネスタだった。そんな彼女が両手で運ぶひときわ巨大な皿に盛られたそれを見て、伝楽はツッコミを忘れて目を輝かせた。


 「ま、まさかそれはかの有名な・・・!!」


 「そうよ、その”まさか”よ!!」


 「北京ダックキターーー☆」


 涎を垂らして釘付けになった伝楽の眼前を悠々と通り過ぎ、北京ダックは寂しく見えたテーブルの中央に堂々鎮座した。これ一品で途端に高級レストランに来た感が爆上がりだ。


 「まさかこれ全部エルネスタが作ったのか?」


 「やー、さすがの私でもこの量は1人じゃムリだからハオレンさんにも手伝ってもらったし、出来合いのお惣菜だってあるよ」


 「そうは言いつつも7割くらいはエルネスタがやってくれたじゃないか」


 「えー、でも味の保証まではしかねますし~」


 「いやいや、探偵のお姉ちゃん安心して!エルエルの作るごはん、いつも美味しいから!」


 「うへ。ちょ、サイサイまでやめてよ、うへへ」


 学園のイケメンには目もくれずUMAやら宇宙人の尻ばかり追いかけている残念少女が急に家庭的な一面を見せてくると、悔しいくらいギャップ萌えがある。ズルだ。不良と捨て猫反応だ。


          ○


 これほど楽しい食事会は久々だった。伝楽が手土産に持ってきた花酒(未成年の彼女がこんな銘酒をどこから持ってきたのかちょっと気がかりだが)にほんのり酔いつつ、浩然はそんな感慨に耽っていた。第一印象は、ハッキリ言って胡散臭いに尽きた。だが、この伝楽という少女―――探偵は、敬意を払うに値する聡明な人物だった。ほんの1、2時間の談笑で、浩然の抱く伝楽へのイメージはすっかり好転させられてしまった。なにより伝楽は話が上手かったのだ。・・・これでエルネスタの同類(中二病患者)じゃなかったら文句なしだったのだが。

 さて、しかし惜しいがもう21時だ。一旦お開きにして、サイラスを風呂に入らせ寝かせてやらないといけない。


 「では、伝楽さん。私は片付けをしてきますから、どうぞごゆっくり」


 「え、ハオレンさん私も手伝いますって」


 「エルネスタも今日くらいはゆっくりしていて構わないよ。せっかくお友達が遊びに来てくれているんだから」


 エルネスタは、人懐っこい性格なので留学生ながらに学校の友人はそこそこ多いが、一方で趣味が極端なので深く付き合えるような相手はおらず、浩然の目には時折寂しそうにしているように見えていた。伝楽との関係が一般的な”友達”と言えるのかは分からないが、なにはともあれエルネスタの個人的な知り合いがお泊まり会に来たのはこれが初めてだった。それが浩然には妙に嬉しい。彼女の両親には悪い気もするが、これは親心というやつだ。


 「・・・運ぶだけなら手伝ってもらえば良かったな」


 流しと客間を2往復して食器を運んだ浩然は、自分で言い出しておいて情けないことに、普段の倍以上ある脂汚れの山を前にして洗い物が億劫になってきた。やれやれ。まったく、慣れないことはするものではない。

 自分の口元が若干にやつくのを自覚しながら、浩然はスポンジに洗剤を垂らした。


 しかし、浩然が無心で皿洗いをしていると、いきなり風呂場から塞勒斯の悲鳴が聞こえてきた。


 『うわぁぁぁぁ!?ななななななんで2人まで入ってくんだよちょっとマジでウソほんとにタオル巻いてたら良いって話じゃないって!!』

 『なぁにいっちょまえに恥ずかしがってんのサイサイ~、えっちぃんだ~』

 『わちきに背中を流してもらえるなんて大金積んでも叶わない役得らぞ、ありがたく思えよ』

 『いひぃぃ!!なんか、なんかくすぐったいんだけど///』


 「カレン、すまない。今夜は少し騒がしくなるよ」


 表情はそのままに嘆息して、浩然は妻の写真に呟いた。


          ○


 子供たちがシャワーから出たあとも、客間からはしばらくエルネスタと伝楽の愉しそうな声が聞こえていたが、23時を過ぎたあたりで徐々にトーンダウンし始めた。

 浩然が居間で、今日早上がりでやり残していた仕事の片付けをしていると、大あくびをしながらエルネスタが水を飲みに戻ってきた。


 「ずいぶん盛り上がっていたけれど、なにしていたんだ?」


 「うへへ、ちょっと私のコレクションを伝楽で試してまして。いやー、銀髪美少女って想像の100倍は貴重な素材ですね♡」


 エルネスタのコレクションとは、つまりあの、どこで売っているのか見当も付かないような痛ましい服やファッショングッズの数々のことだろうか。それで1時間以上も盛り上がれるとは、つくづく相性の良い2人だ。いままで自分の顔や体型でしか試せなかった趣味を別人に手伝ってもらいかつてない充足感を得たらしく、エルネスタの肌は風呂上がりよりツヤツヤして見える。


 「まったく・・・今日の趣旨を忘れたわけじゃあないだろうな」


 「分かってますって。というか、それを言うなら浩然さんだって割と素で楽しんでませんでした?」


 「・・・・・・ごほん。もう遅いし、それ飲んだら部屋に戻りなさい。伝楽さんもきっとお前のテンションに付き合わされてクタクタだろうし」


 「あー!誤魔化した!めっっちゃ早口だもん100%図星ですね!!」


 こんな中年男をイジって赤面させて微笑んで、一体エルネスタはなにが楽しいというのか。担いで部屋にぶち込もうか、と脅すと、お姫様抱っこなら喜んで、と返された。当然、妻の手前そんなことを浩然がするはずもなく。唇を尖らせようにもあくびに負けて不服すら表現出来ないエルネスタは、トボトボと自室に戻っていった。

 さて、塞勒斯もエルネスタも寝てしまったことだし、伝楽もそろそろ休むだろう。浩然はあとちょっとだけ一人晩酌をして、自分も今日は早めに布団に入ろうと考えた。

 しかし、そんな浩然の哀愁漂うリラックスタイムに、伝楽はひょっこり混ざってきた。格好は相変わらず和装だが、一応寝間着のつもりなのか、さっきまでとは違う柄のものを、ちゃんと肩も胸元もはだけないで着ていた。ただし、気になる仮面はそのままだ。さすがに寝るときくらいは外すのだろうが、どうなんだろう。


 「話し相手は欲しくないか?」


 「じゃあ、お願いしましょうか」


 「うむ!」


 実のところ、食事の席ではもっぱら子供たちが会話の中心だったので、この機会は浩然としても願ってもないものだ。


 「さっきはすっかり言いそびれしまいましたが、私は、伝楽さんに本当に感謝しているんです」


 「・・・?」


 「はは、そんなにキョトンとしなくても良いじゃないですか。あの子たちが初めてあなたに会った夜のことですよ。あのときは、2人を助けて頂いてありがとうございました。本来なら私がなにか起こる前に気付いて止めるべきだったのですが」


 「ああ、なるほど。あれはわちきもたまたま居合わせたらけで、大したことはしちゃあいないさ。それに、エルネスタの突飛な行動を毎回先回りして止めるなんてどだい無理なのら。浩然が気にすることはないよ」


 相変わらずタメ口はブレないが、不思議と気遣いの沁みる声音だ。

 それとない仕草で、伝楽は浩然の空いた杯に酒を酌んでくれる。


 「そういえば、わちきも礼を言うことがあるんらった。『アムニエルバ』の捕獲装置製作の件では世話になった。ありがとうなのら」


 「それこそ、気にしないで下さい。ウチの会社も、事業が軌道に乗ってきたのは喜ばしいのですが、安定した分、入ってくる仕事も似たようなものばかりになってしまって。久々に腕が鳴る楽しい仕事でした」


 ああ。そういえばエルネスタが持ってきた例の罠の設計図も、伝楽の協力を得て作ったものだったか。それを思い出した浩然は酔いもあってか、ふと伝楽を試してみたくなった。


 「あの原理、今後いろいろな分野で応用出来ると思うんですよ。電力も燃料も必要としない上に動作の確実性も高い。セキュリティ商品としてはこの上ありません。ただ」


 「住宅用や事業用に活用するためには、大型化がネックになりそう」


 「・・・いや、参ったな。すみません、試すような真似をして」


 「技術屋なら当然の興味なのら。と言っても、わちきは専門ではないから、きっと浩然の知識には及ばんよ。現に、あれの完成品はわちきの期待を優に超えていた」


 『アムニエルバ』の捕獲装置の動力源は、生き餌となる動物の体から漏出する微弱な魔力だけだ。魔力の波形によらず一様に機能するよう構成した魔力感応素材を使って外側の鳥籠の入り口を持ち上げ続けるギミックであるが、小さなエネルギーで駆動出来る機械の規模は知れている。今回の試作品にしたって、かなり繊細な寸法調整や綿密な魔力貯蓄器(コンデンサ)の配置でようやく実現している。伝楽はああ言うし、実際に浩然もまだまだ知識で負けるつもりはないが、きっと彼女も彼女なりに、その欠点についてなんらかの改良案を思い付いているはずだ。

 伝楽は、頭が良い。とにかく賢い。文系とか理系とか、あるいはテストで満点を取るとか、そういう尺度では測りかねるほどに洗練されている。確か今年で13歳になるらしいが、それも疑わしい。逆に浩然より一回りや二回り長生きしていると言われた方が疑わない。

 もし彼女が浩然と志を同じくしてくれるなら、エルネスタの言う通り、この上なく頼もしい参謀役になってくれることだろう。


 再び乾された杯に、伝楽がそっと酒を注ぐ。


 「なにか難しいことでも考えているんじゃないか?」


 「実は、ちょっと今後の事業の進め方で」


 「ふむ。わちきで力になれるならどんな相談でも乗るぞ?まぁ、相応の対価はもらうけどな」


 伝楽はそう言うと、わざとらしく歯を見せて、ニカッと笑った。なかなか、悪くない距離感。そうだな、少しばかり、この少女探偵の知恵を借りてみるのも、悪くないか。



 「IAMOが機能不全になったらどうなるか?」



 伝楽は、浩然の問いを繰り返した。まぁ、大の大人がいきなりこんなことを言い出せば困惑もするだろう。いささか抽象的なワードチョイスだったかもしれない。


 「仮に、ですよ。ただ、そうは言ってもあり得ない話でもなくなった。・・・オドノイドの存在が明るみに出たことによって」


 「それはそうらな。IAMOはたまたま都合良く現れたマスコットを上手く利用したらけで、オドノイドが本質的に危険な存在であることには変わりない。過去の行方不明事件の一部はオドノイドに襲われたことが原因と分かっているのら。・・・アレを受け容れがたいと反対し続けている人は少なくない。基金組織である以上、IAMOが世論を無視して好き放題し続けた末路は知れている。・・・わちきが気になったのはそこじゃなく、なぜ浩然がそのあとのことで頭を悩ませているのかってところなのら」


 「単純ですよ。メインの取引先の株が前代未聞の大暴落をし続けているんですから、万が一に備えて身の振り方は考えておかないといけません。それに、いち市民としてもIAMOがなくなってしまったら一体誰が人間界を守ってくれるのか不安になりませんか?」


 「なるほど」


 質問の意図は理解したのだろう。伝楽はまさしく想像力を働かせていますと言わんばかりに天井を仰いで顎に手を当てた。浩然は少女の眉間に寄った皺が消えるのを気長に待った。


 「まず魔界が本腰を入れて支配の手を伸ばしてくるのは確定的らな。で、人々はそれを良しとはせんからIAMOに代わる組織が必要になってくる。らけど、果たしてIAMOの代わりに諸異世界と交渉出来る組織があるのか」


 「敵は魔界だけではない、か」


 界際社会における人間の立場は、この300年で改善しつつあるが、依然として弱いことに変わりない。そうでなければ、人間の魔法士ばかりがせっせとダンジョンで大量発生したモンスターを討伐したり、危険な環境で採集活動をする道理がない。

 一方で、技術力や経済力が著しく成長した現代の人間界の魅力は300年前の比ではない。吸収出来れば、大きな恩恵が得られることが約束されている。

 人間界はまさしく、よく肥え太った食べ頃の豚である。IAMOというレンガの家が崩れれば、魔界だけと言わず様々な世界が涎を垂らして我先にと飛び掛かってくる可能性が高い。


 「国連なら・・・一時凌ぎくらいは出来ませんかね」


 「無理じゃろうな。組織規模や国家間のフェアネスを考えれば代役として適当に思えるかもしれんが、異世界との交渉役は発足以来IAMOが完全に専任してきた。国連には異世界と折衝するためのノウハウなんてないのら」


 「それでも、異世界を牽制するに足る軍備はあるでしょう?」


 「戦車も艦も飛行機も、位相をまたいで運用出来ない武力は異世界との戦争では数に入れられん。102番ダンジョンの戦闘でヒルヴァー鉱石が高騰しているから頼みのESS-PAの増産も望めない。そうじゃないか?」


 「・・・正論ですね」


 「で、ここらで邪論をひとつ」


 ここまではただの前置きだ。この程度、ちょっと考えれば誰でも分かる話でしかない。前提を話し終えた伝楽はここぞとばかりに身を乗り出す。


 「悪魔に魂を売って、IAMOを乗っ取れば良い」


 「えーと、はぁ・・・?」


 「おや、社長―――組織の長ともあろう人間が、IAMOの総長は住む世界が違うなんて思っているのか?現総長なら喜んで言うぞ、『人はみな平等です』とな」


 それこそ、悪魔に魂を売るだのは、現総長が一番非難しそうな発言では?

 まぁ、分かると思うがあくまで比喩だ。つまるところ、IAMOがなければ人間界が立ち行かないのなら、IAMOが廃れていくのをただ見ているのではなく、誰かがその宙吊りになった人材資材を掠め取ってセンセーショナルな新政権を樹立すれば良い、という話だ。魔族に侵略される恐怖に怯えるくらいなら、初手から笑顔で魔族に尻尾を振ってしまうような、情けなくも斬新なIAMOを。ともすれば、中身があるならIAMOの看板だって捨ててしまってもいい。

 なんとなく絶対悪のように考えられがちな魔族だが、連中は自分たちの欲望に正直なだけだ。年寄り連中が悪魔なんて呼び方をしてきたから子供たちに偏見が遺伝してしまうのである。提示する条件次第では、魔族もきっと掌返しで仲良くしてくれるだろう。例えば、オドノイドの処遇を任せる、とか。


 「替えの利かないものに代わりを期待するらけ無駄。結論はシンプルに、手段は狡猾に。これまで通りに食わせてやれば下の人間らって自ずとついてくる。旧体制の埃を叩いて出し尽くせば世論も傾けられる。わちきがIAMOを潰すとしたら、そうするな」


 「潰すって、なんだか物騒な方向に話が逸れてますよ」


 「にひひ。すまない。えーと、最初は潰れちゃったらどうしようって話らったな。つい興が乗ってしまった。酒の香りで酔ったかな」


 浩然が苦笑交じりにたしなめると、伝楽は本当に酒が入ったみたいに緩んだ笑みを浮かべて嘯いた。それから、あくびをひとつ。


 「そんな感じの新体制が発足しないまま本当に機能不全になってしまったら、そのときはそのときらな。割り切って新しい取引先を探すしかあるまい。いっそ異世界への販路拡大のチャンスとでも考えてみるのはどうじゃ?」


 「なるほど、その通りだ。会社が大きくなって保守的になってしまっていたのかもしれませんね。そうか、チャンス。チャンスですね」


 「浩然には実績も人徳もある。もういっぺんくらい、大博打に出たって罰は当たらんさ。くぁ・・・。さて、わちきもそろそろ休ませてもらうのら」


 伝楽に褒められると悪い気がしない。つくづく、初対面の印象から絆されたものだ。伝楽が客間へ戻ったあと、浩然はソファにもたれて伝楽の邪論を吟味する。言ってしまえば汚れ役。しかし、彼女の論はすんなりと腑に落ちる。浩然の経営者としての視点に近しいものがあったからだろうか。あるいは。


 




 




         ●










 「えーっ!?結局誘わなかったんですかぁ!?だってハオレンさんも伝楽のすごさは分かったんでしょー!?」


 登校から下校まで毎日四六時中一緒にいて、なんなら休日も当然のように2人だけで遊びに行く高校生の男女がいたとしよう。で、そんな2人が実のところ、お互い全く恋愛感情とかありませんとのたまったとしよう。はい嘘松。寝言は寝て言ったらどうですか???・・・というくらいの衝撃を受けた顔をするエルネスタだが、物事はそうシンプルな話ばかりではないのだ。

 伝楽は優秀だが、優秀過ぎる。仮に彼女を仲間に引き入れることが叶うとして、それはいまじゃない。飛び抜けて優れた人間は得てして、一朝一夕には組織に馴染まない。

 いまは最もデリケートな段階であり、彼女の存在は恐らく不要な混乱を生み出す。優秀な人材を見つけたそばから闇雲に勧誘するだけが組織の運営ではない。


 「いずれ落ち着いたら、また話す機会を作ろう。伝楽さんとは、もっとじっくり時間を掛けて付き合っていきたい」


          ●



 深夜、明かりは消して、バックライトで机上を照らす。


 BGMはやっぱりサイバー系で。


 今宵も準備は整った。まずはブラックのアイスコーヒーを一口。


 「にっが!!」


 よし、目もぱっちり。


 「クックック・・・今日も世界の闇を暴くとしようか」


 ダークウェブの徘徊は、エルネスタの日課のようなものだ。同級生たちが、夜、寝る前に Me Tube とかインスタキログラムとかを見てしまう感覚で、ダークウェブにアクセスしている。だって、エルネスタだし、ダークだし。

 アングラなウェブサイトへのアクセスはいまに始まったことではないので、マルウェア感染などの心配はしなくて良い。セキュリティは十全だ。というより、エルネスタがドイツから遙々中国までやって来たそもそものきっかけも、ダークウェブだったりする。エルネスタは根っからのダークウェブの住人だったのだ。


 「うっわ、なにこれ隕石落ちた?どこよコレ。へー・・・うほほ、またしても謎の巨大生物!今度こそドラゴン説を推すね私は☆」


 適当に掲示板を眺めているだけでも退屈しないが、でもどうせならもっと飛び込んで行けるようなミステリーが転がっていないものか。一度占めた味は忘れられないのが、人間の性というヤツだ。まったく参ってしまう。


 「・・・っと、おお?」


 ”最後の鍵”とだけ題された、見るからに胡散臭いスレッドに目が留まる。なんの鍵かも、なんで最後なのかも分からない。アクセスした瞬間にPCがクラッシュしそうな怪しさが全開だ。仮に危険でなかったとして、このアドレスの先に価値ある情報がある確証もない。むしろこういうのは大抵スカだ。


 「でも開けちゃうんだなぁ最後の扉」


 セキュリティ面ではかなり自信のあるエルネスタの辞書に躊躇の二文字はないのだ!!


 画面が変わり、長い文章だけが現れる。パッと文章に目を通し、2行も読まないうちに視点が前の文へ立ち戻る。うまく読めない。変だと思ったら、これ、不規則に異なる言語に切り替えて文章が書いてあるらしい。

 無駄に手の込んだイラズラか、本物の暗号文か。ハッキリ申し上げますと大好物です。エルネスタは舌舐めずりをして通学鞄のポケットから電子辞書を引っ張り出した。こんなこともあろうかと大枚はたいて購入した、少数言語でさえもいくつか収録している謎に高機能な一品だ。


 解読作業に取り掛かって約3時間が経過した。もはや寝る前にちょっとネットサーフィンという次元は天元突破してしまったが、暗号そのものは案外アナログかつ素直な構成で、まるで雑誌の懸賞のクロスワードパズルやナンプレみたいな気分で解くことが出来た。ようやく浮かび上がってきたのは、まさかの斜め読みしてみろという指示だった。

 しかし、斜め読みしたところでまるで意味が成立しない。2文字目から斜め読みするとか、左上から右下へ読むとか、そういうパターンでもない。というか、アルファベットのような表音文字は良いとして、漢字とか、雑多な文字が混ざった文章を斜めに読んで文章になるはずがない。あるいは発音記号に変換して読めば英文として成立するかと言えば、そんな風でもない。


 「・・・冷やかしかよぅ・・・・・・・・・・・・いや」


 ここまでやってなんの意味も見出せなかったらルナティックコンパイラーの名折れだ。試しに、斜め読みの文字列を直接検索してみることにした。ヤケクソではない。決して。


 驚くべきことに、ページはあった。


 「おぉう・・・ヘイヘイヘイヘイ、開いちゃったよ最後の扉!」


 意気揚々、ページを下へスクロールする。そこにあるのは果たして、未知との遭遇か、年表に載らない真実か。だが、実際に書かれていたものは、エルネスタの期待を外れ、想像を超えるものだった。


 「バイトゥオ、ウクェイ・・・これって、いや、まさか・・・・・・」


 

ついに本作でもインスタ(キロ)グラムの存在が明らかに・・・!そういえば、ツブヤイタッターはXになってしまったわけですが、作中時間は2016年だし細かいことは気にしない。もしそのときが来たら「十」にでもしようかな。

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