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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode9 『詰草小奏鳴曲』
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episode9 sect29 ”考える葦、考えた竹”

 「へくちっ」


 静かな探偵事務所に可愛いくしゃみが響いた。


 「どうしたの、探偵のお姉ちゃん?風邪?」


 「ずびーっ」


 昨日からはもう10月だというのに、事務所に看板を兼ねる文字入りのすべり出し窓は、夏の頃と同じ調子で開けっぱなしだ。サイラスは仕方なさそうに伝楽の安楽椅子の後ろへ回って、背伸びでノブを掴んで窓を閉めた。それから、背伸びついでに、鼻をかむ伝楽の無防備な和服の隙間を盗み見る。


 「そんなはだけた格好ばかりしてるから」


 「うるさいな、風邪なぞ引くものか。大方”とある組織”の幹部がわちきのことを警戒でもしとるんらろうよ。まったく、モテる女はツラいな」


 「”とある組織”・・・!?戦いの予感ッ!!」


 耳敏く反応して立ち上がるエルネスタをよそに、伝楽はいつも着けている狐のお面をアイマスク代わりにして昼寝を始めてしまった。


 「えぇっ、ウソ!?こんだけニオわせといて放置ってどうなの伝楽ぁ!?ここまで一緒にやってきといて私たちへの信頼はその程度なの!?ね、ね、誰にも言わないから!!」


 「んなぁ~!!揺らすなバカネスタ!!格好つけて適当こいたらけなのらぁ!!」


 「いーやウソだね分かりますゥ。この約1ヶ月間あなたの仕事ぶりを観察してましたがずぇ~ったい只者じゃないしそりゃ”とある組織”のひとつやふたつは知ってるハズなのです!!」


 「まぁ初中生の歳で探偵やってる時点で只者ではないしね」


 おっと、今日の議論(?)のマイノリティは伝楽らしい。


 「フリーメイソンとCERN」


 言わずと知れているようで実はよく知らない世界的な秘密結社と某アドベンチャーゲームで黒幕に大抜擢された研究機関を使ってひとつやふたつを適当にはぐらかし、伝楽は暴れ狂う安楽椅子の刑から解放された。ことあるごとに約束事の如く揺すられるせいで、伝楽のデスク周りだけ床のワックスの剥げが早いのだ。それで手入れはサッパリ手伝わないんだから、本当に勘弁して欲しい。


 「たまの休みなんらから昼寝くらいしたって良いじゃろが」


 「いーや、たまの休みだからこそ原点に立ち戻って世界の謎を追いかけるべきでしょ」


 「なにその原点わちき知らない・・・」


 日中から言い訳をして惰眠を貪っていた探偵の姿はウソのように綺麗さっぱり消えていた。エルネスタの指差す卓上カレンダーには、ほんの数週間前の閑散とした有り様からは想像もつかないほど、予定がミッチリ書き込まれていた。軽い調査程度なら1日に複数件を平行して進めることもあるくらいだ。これなら助手2人にバイト代を出してもお釣りがくる。

 こうなったきっかけは、何汐(ファ・シー)の依頼―――愛犬の不可解な死の謎を解き明かして欲しいという若い女性の涙ぐましい依頼を見事に解決したことだった。それも、警察の公式見解を覆し、市中に潜む危険な定着型外来生物(エイリアン)の捕獲をも達成するという、食玩の”玩”の部分ばりに特大のオマケつきで。()()()()()なので地方紙でも一面記事に載るほどのことはなかったが、様々なメディアに取り上げられたので、結構大きな話題にはなったのだ。


 もっとも、話題のなり方がアレだったせいで、入ってくる依頼の半分以上は一般的な調査会社ではまず門前払いされそうな珍事件・怪事件だった。だった、というのは、珍事件・怪事件っぽいなーと思って調査してみたら珍事件・怪事件だったからだ。

 解決してきた学校の七不思議も十を超えた。七不思議とは。世の中にはみんなが思うよりずっとたくさん、不思議な出来事が溢れているらしい。あるいは、これも人口の多い中国ならではの環境なのだろうか。

 そんなこんなで、伝楽たちは3人で知恵を出し合い、いろんなところへ足を運んで、変わった依頼をこなしてきて、今日は週に1度のお休みなのだ。貴重な休日を潰してアテもないフィールドワークに出るなど冗談じゃない。


 「じゃあさじゃあさ、これ見てよ」


 どうしても外出したがらない安楽椅子探偵に、ここぞとばかりにサイラスが自由帳を持ってきた。サイラスに言われるまま伝楽がページをめくっていくと、途中から最近受けた依頼に関する推理らしき書き付けが始まった。


 (顧客情報の守秘義務も営業上の秘密もないな・・・あとで釘を刺しとかんと・・・)


 ちょっぴり頭を悩ませつつ最新のページまでめくったところで、サイラスがわざわざストップをかけた。これ以上進んでも白紙なのだから、言わずとも止まるだろうに、よほど自信のある推理でもしたのだろうか。

 推理・・・というよりは、考察の類いか。ネタはタイムリーなやつだ。


 「ははぁ、さっきまでそこでせっせと落書きしとったのはコレか」


 「落書きじゃないし!推理だし!・・・いやまぁ探偵のお姉ちゃんからしたらそう見えんのかもしれないけどさぁ、俺なりに結構頑張ったというかさ?」


 「分かってる分かってる。悪かったのら。それにしても、『ブレインイーター』の”正体”はなにか、ね」


 敢えてページ左上の考察のお題を声に出して読み上げ、伝楽はニヤリと笑った。

 どうやら興味を引けたらしい、とサイラスは小さくガッツポーズをする。なんだかエルネスタに勝ったような気分だ。

 で、内容はどうだ。サイラスは息巻いて感想を急かすが、伝楽はあっさり宥めすかして安楽椅子の肘掛けで頬杖をつき、ゆったり、前に後ろにゆら揺れる。


 サイラスのまだまだ拙い考察に時折クスッと笑いつつ、ひと通り目を通した伝楽は一旦お茶を啜る。

 いつの間にかサイラスと一緒にエルネスタまで目をキラキラさせて伝楽を待っていた。そうか、エルネスタはもうこの自由帳の中身を見たことがあるのか。


 「ハッ。まったくの論外」


 「「ひどっ」」


 「―――というわけでもないのら」


 「「マジで!?」」


 ホント仲良いなこの2人。


 「前提として、わちきも真実はなにも知らん。当たり前じゃな。で、それらから、あくまでわちきの勝手な評価ってことは理解して欲しいのら」


 「うんうん」

 「それでそれで?」


 「面白いのは2つある。1つめはここの”ドラゴン説”なのら。これ、どうやって思い付いた?」


 サイラスの書きまとめた内容は、言葉足らずで根拠がいまいち読み取れなかった。ただ、彼が改めて説明した内容をまとめると、こうだ。


 まず、『ブレインイーター』は恐ろしく強い。初めてニュースになった半月前は、強いと言ってもIAMOのプロ魔法士たちがなんとかするんでしょ、と世間は暢気に眺めていた。いまとなっては、よくも、だ。ランク6級が束になっても倒せるか分からないモンスターと言えば、やはりドラゴンが真っ先に思い付く。


 そして、『ブレインイーター』の神出鬼没性と被害発生頻度も妙なところがある。この半月の間に『ブレインイーター』が原因と思しき被害が報告されたダンジョンは両手両足の指では足りない。だというのに、出たと聞いて駆け付けた魔法士部隊がヤツを探し出したためしがない。そもそも、そんなに様々なダンジョンに生息しているのに、未だかつてそれらしい生物の目的情報がなかったことから不自然だ。

 だが、これは仮に『ブレインイーター』がごく最近になってこの世に誕生し、そして位相から位相へ渡り歩いて生活しているとしたら辻褄が合う。

 サイラスはそんなことを考えてから、いやそんな生き物いるかよ、と自分にツッコんだ。いた。すなわち、ドラゴン。


 「こいつはよく思い付いたな。エルネスタの入れ知恵か?」


 「ううん。いや、ドラゴンの定義について教えたのは私だけど、根本の部分はサイサイがひとりで考えたんだよ。やるでしょ~、私の助手も」


 「そうらな。エルネスタが背後から腕時計型麻酔銃を撃たれる日も遠くないな」


 「そうでしょそうでしょ。・・・ん?」


 「らけど、『ブレインイーター』の神出鬼没はもっと身近な方法で再現出来るぞ」


 伝楽はスマホのマップでササッと、とある場所を検索した。


 「ここなーんら」


 「上海人民政府?」


 サイラスが即答する。それもそうだ。自分の住んでいる市の役所くらい子供でも見た目か場所の最低片方は分かるだろう。


 「正解。ま、ここが特別どうって話じゃないんらけど。2人は市役所には行ったことあるか?上海じゃなくても良いし」


 サイラスもエルネスタも頷いた。


 「役所にはいろんな部署があったと思うが、2人が一番印象に残ってる施設はきっと同じなんじゃないか?」


 「転移門管理棟?」


 「正解なのら」


 今度はエルネスタが答えて、それから2秒ほどの間を置いて「む?」と首を傾げた。


 「要するに、客観的に見れば人間も様々な位相を行ったり来たりする生き物なのだ!!・・・ということ?」


 「お、理解が早いな。さすが、飛躍した思考はお手の物か」


 「へっへっへ☆」


 暗に妄想ばっかりしているヤツとイジられたことに気付かないエルスター女史。


 「捕捉するなら、人間というよりヒト全般がそうなのら。魔族や北神族のような。ヒトが『門』を利用して移動を助ければ、そこいらの野良犬だって日に複数のダンジョンを渡ることが出来るのら」


 「な、ぁ・・・ッ!!ここでまさかの陰謀論だとぅ!?その発想はなかった!!」


 「そしてさらに、ここでわちきが最初に言った興味深い考察のもうひとつ、”オドノイド説”を混ぜてみようじゃないか」


 エルネスタにつられて伝楽もちょっと調子の良い口調になってきた・・・が、ここでサイラスが若干申し訳なさそうに茶々を入れた。


 「え、いや、探偵のお姉ちゃん・・・そっちはさ、実は全然根拠とかなくてさ、適当に書いただけなんだけどさ・・・」


 「え、そうなの?・・・・・・。まぁいい、聞いとけ」


 『ブレインイーター』の被害者は人間ばかりであり、これを鑑みるに陰謀論のフーダニットは魔族であると推理出来る。なにしろ、いまはまだ表面上の平穏が続いているとはいえ魔界とは戦争状態にあるのだ。人間を殺す生物兵器を投入する明らかな動機がある。

 では、そこに『ブレインイーター』=オドノイド説がどう絡んでくるのだろうか。・・・ここについては、強力な根拠はない。ただ、9月初頭のビスディア民主連合の事件で、皇国はIAMOが解き放ったオドノイドたちにより決して少なくない被害を受けている。勝利はしても、七十二帝騎から死傷者が複数出るなど国家の威信に関わる大打撃だ。

 さて、羨ましいと思った次の日には欲したものを殺して奪い取ってでも手に入れてきたあの蛮族のことだから、戦力としてのオドノイドに興味を持った可能性は大いにある。

 それに、オドノイドなら言葉を理解出来る個体もいるため、ただの獣を躾けて働かせるよりよほど手軽に複雑な命令を実行させられるだろう。そんな背景事情など露程も知らない魔法士たちは普通のモンスターと戦うつもりで挑むのだから、『ブレインイーター』の狡猾さを見誤って殺されてしまう。


 「それに、人間の業が生み出した怪物を手懐け同族を殺させるなんて、最高に皮肉が効いてるとは思わないか?」


 「た、たしかに悪魔の所業感がある」


 理屈に程よくエグ味のフレーバーを添えて、伝楽はノートと一緒に話も畳んだ。


 「・・・ま、どれもこれもあくまで妄想の域を出ないのら。さ、もういい時間らし、帰り支度をしろよ」


 「「え~もうそんな時間~???」」


 楽しんでもらえたようでなによりだが、せっかく2人の保護者から得られ始めた信用に背くようなことはしたくない。伝楽は唇を尖らす2人のケツを爪先でせっついた。

 まだまだ話し足りなさそうにラップトップを鞄にしまうエルネスタが、ポツリと呟いた。


 「伝楽はさ、オドノイドってどう思ってるの?」


 さっきの話の続きかと思ったが、どうやら違いそうだ。口調がいやに平坦だからだ。

 ふとした折りに、親しい同級生に「もう進路決めた?」と訊くような、ある意味18歳の高校生っぽい、静かな期待と繊細な不安が入り交じった声。そのさりげなさは、直接言葉を向けられていないサイラスの興味を引くことは決してない。


 「どう・・・というと?」


 「伝楽はIAMOの方針に賛成派?反対派?オドノイドも元は人間なんだから守るべきって思う?それともオドノイドになった時点でバケモノなんだからいなくなった方がいいと思う?」


 「さぁな・・・難しいな。魔族が主張する通りの禁忌か、はたまた無垢で憐れな捨て子の成れ果てか、それを決めるにはわちきたちはあまりに無知なのら。実際に見て、会って、話して、それから考えることなんじゃあないかな。たらひとつらけ確かなのは、オドノイドの力は危険極まりないってことらな。どうせ正しく管理出来ないならモンスターと同列に扱い葬り去ってしまうのも、人間に出来るひとつのケジメのつけ方かもしれない、とは思うよ」


 「ふぅん、そっか。―――さすが、やっぱり伝楽はいろいろ考えてるね」


 「当たり障りない答えのつもりらったけどな」


 「どうだろうね?」


 知った風なしたり顔をして、エルネスタはPCを押し込んだスリーウェイバッグを背負った。


 「よぅし、帰って推理を練り直すぞ助手君!魔族の悪逆非道を暴くのは神でもIAMOでもなく我々だ!!」





          ○




 分かるとも。


 エルネスタだって、いろいろ考えているんだから。


 声とか表情で、そういうの、分かるんだ。

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