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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode9 『詰草小奏鳴曲』
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episode9 sect28

 ―――何千発の『天壌鏖く還(ビッグバン)し轉す黮焱(・マァブリ)』を放ったか。『レメゲトン』によって補充したはずの莫大な魔力までをも全て使い果たした。


 ここまで念入りに焼き尽くしたのは生まれて初めてだ。しばらくは構えたまま、肩で息をしながら浮遊していたアイナカティナだったが、頭上に浮かぶ黒いハイロウが砕け散ると、途端にフラリと力を失い落下を始めた。これまでは見ているしか出来なかった騎士たちが、慌てて彼女の直下に集まって受け止めようとした・・・のだが、いざとなった瞬間、誰がキャッチするのかと全員が全員を牽制し始めた。ああ、そういえば聞いたことがある。世の中には倒れた女性にAEDを使用して、助けられた当人から訴えられた男性がいるとか、いないとか。

 アイナカティナの不興を買った場合、彼女はいちいち司法に頼って報復するなんて回りくどいことをするとは思えない。そして、彼女に報復されるとは即ち死を意味するように思える。いくらモデル顔負けの美人にボディタッチ出来ますと言われても、さすがに自分の命とは釣り合わない。


 「た、隊長、どうぞ」

 「いやいや力仕事は若いヤツが・・・」

 「え!?俺ですか!?や、いやいやいや!?」


 ドゴシャア!!


 と、わちゃわちゃしているうちに騎士たちの輪の真ん中にアイナカティナが墜落した。

 くだらない保身のために完全に判断を誤ってしまった臆病者たちは、恐る恐るアイナカティナの様子を窺う。


 「だ、大丈夫ですか・・・?」


 「いや、誰もキャッチしないんかい」


 意外と元気そうだ。なんでだ。普通に首から落ちたように見えたぞ。

 キレている様子もない。というより、魔力切れで怒る気力もないのだろう。いつもの挑発的な表情はどこへやら、すっかりだらしなく、いまにも眠りこけてしまいそうですらある。荒い吐息に無防備な色香を溶かして漂わせながら、アイナカティナは騎士たちに命令を出す。


 「最大の障害は取り除いたんだから、あとは任せるよ。撤退してた魔法士が戻ってくるまでそう時間はないだろーから、速やかに部隊を再配置すること。こっから押し返されたりしたらアンタたち全員タネなしブドウにするから」


 『っ、了解!!』


 「・・・あと、ふあぁ・・・眠くて力入んにゃいから誰か拠点までおんぶして」


 性懲りもなく日本人顔負けの譲り合いの精神を発揮する騎士たち。どなたかここに女性の方はおりませんか。いませんか。そうですか。


 「オイコラ喜べよ男子。アタイをおんぶ出来る幸せなんて今後一生ないでしょ。・・・オーケー分かった指名してあげよっか?・・・1人も名前分からん。・・・あー、よしそこの野暮ったいメガネ。どうせ童貞なんでしょ。こっちきてしゃがみたまえ」


 間違ってもモテなさそうに見えて実は既婚者で2児の父である騎士は、帰るべき場所に思いを馳せながら、恐る恐るアイナカティナを背負って戦場を離脱していった。



 さて、おっかない上司はいなくなったが、一方で彼女の言っていたことは正しい。この戦いの目的はIAMOが守っている鉱山拠点を占領することだ。『ヒュドラ』はその障害となるから排除したに過ぎない。


 「アイナカティナさんの魔術で森は見渡す限りの更地になっている。いまさら地の利も原生生物の脅威もない。よって小難しい戦略もない。いまのうちに一気に押し切るぞ。だが、シンプルだからといって逸るなよ。抵抗は必ず受ける。焦らず、速やかに、着実に囲んで潰せ」


 隊長からみなに掛けられる言葉も、これくらいのものだ。

 それに、部隊を再配置しろというのも、言葉にする分には簡単だが、現状、容易でない。理由は、この1辺15kmの巨大結界だ。『ヒュドラ』を倒すために必要だったとはいえ、あまりに大規模過ぎて、いまから鉱山拠点に向けて進行するにも、結界の反対側で結界形成作業をしていた部隊と足並みを揃えている猶予があるか怪しい。勿論移動には車両を使用するので精々20分もあれば合流出来なくはないが、本当に1分、1秒が惜しいのだ。そのロスでなにがどう転ぶか分からない。この好機、少なくともIAMOに冷静になる暇だけは与えたくない。


 結局、隊長は敵への牽制と戦力の再配置を平行して行うために、鉱山拠点に最も近い位置にいる部隊へ先行を許可した。逆に、隊長含め鉱山拠点から遠い位置にいる者たちは一旦、鉱山拠点側で合流だ。

 即断即決、移動開始―――の号令を出しつつ、隊長はいまや邪魔になった巨大結界を、厳密にはその内側でいまなお燃え続ける黒炎を眺めて嘆息した。コレさえなければ、結界を溶いて最短ルートで全員突撃する択も取れたのだ。


 「中はとっくに完全真空だろうに・・・一体これ以上、なにが燃えてるっていうんだ」




          ●




 「うん、今日も美人だぞ、アタイ」


 ふさっと、赤熱するように鮮やかなインナーカラーを入れた灰白色の髪を手で踊らせ、鏡でおめかしした自分の姿に頷く。


 102番ダンジョンの戦闘はまだ続いているが、正体不明の怪物『ヒュドラ』の討伐という目的を果たしたアイナカティナは、あとのことは本来の戦力に任せて本国に帰還していた。本当はもうひと暴れして鬱憤を晴らしたい気持ちもあったが、魔力を消耗しきった状態で前線に残っても無闇に危険を冒すだけなので諦めた。レメゲトンまで撃ちきった経験はないので確証はないが、気怠さの具合から逆算して、本調子に戻るのは早くとも3、4日後だろう。

 さて、それなら復調するまでゆっくり過ごしたいところだが、残念ながらそうもいかない。上品なドレスに着替えたのは、今回の任務の結果を皇帝エーマイモンに直接報告しに行く必要があるからだ。・・・要点をまとめた資料は届いているだろうに、形式を重んじる文化だけはこの国でも何故か廃れない。


 皇城に赴いたアイナカティナは、出迎えた城の使用人たちをからかいつつ、エーマイモンに謁見して己の見聞きしたことを、普段の彼女の喋り方からは考えにくいほど丁寧に整理して報告した。まぁ、七十二帝騎の地位にいる時点で、本当はちゃんとできる子なのは分かりきっていたことか。


 「―――ご報告は以上です」


 「そうか。ご苦労だったな、アイナカティナ」


 「それはもう」


 いや、さっきまでの礼儀正しさはどこへ行ったし。

 とはいえ、このアイナカティナ・ハーボルドが出発前に切った大見得を折って、安全優先で帰って来たのだから、その戦いの壮絶さは察するに余りある。エーマイモンも、彼女をこんなことでいちいち不敬に問うつもりはなかった。『ヒュドラ』は間違いなく、彼女でなければ対処出来ない問題だった。


 「ところで、ここからは推測で話してもらって構わんのだが。アイナカティナ、お前は『ヒュドラ』の正体をどう見た?」


 「アレはほぼ確実にオドノイドかと。性質は先ほど述べた通りですから」


 「やはり、そうか。結界はまだ残しているらしいが、これも、そういう意味だな?」


 「はい。・・・まぁ十中八九仕留められたと愚考しますが、念のためです」


 真空と化した結界内で未だ燃え盛る黒炎の燃料は、無色透明の結界をすり抜けられる光子や宇宙線といった素粒子だ。それら素粒子に着火した黒炎は、生物の肉体も燃焼対象に含む。仮に『ヒュドラ』がまだ生きており黒炎を吸収し続けていようと、新たな薪はそれこそ光の速さで供給され続けている。火が消えることは永劫ないだろう。


 「判断は間違いではないが、結界も永続するわけではないことは分かっているな?」


 「承知しております、陛下。火消しについては後日、私が責任を持って行いますので」


 万が一にも黒炎が結界外部へ漏洩すれば、102番ダンジョンには誰も立ち入れなくなるだろう。ヒルヴァー鉱石の主要な供給源が絶たれるのは皇国も望んでいない最悪の事態である。アイナカティナも、当然そこは理解していて、魔力が全快した頃に再度現地へ行くことは決めていた。


 七十二帝騎として、皇帝への報告義務を果たしたアイナカティナは謁見の間を後にすると、なんとなく城の資料室へ足を向けてみた。ただし、目当ては貴重な歴史的資料ではなく、人だ。


 「確か、ジャルダ侯を殺したっていう男の子の行動予定が分かったのに、肝心の行き先のダンジョンが何番だか分からないとかってハナシだったよねぇ」


 昨日、魔界に帰って来てから風の噂で聞いた話だが、アスモ姫もダンジョン特定のための調査に協力しているとか、していたとか。となれば、ひょっとしたら摂政のルシフェル・ウェネジアも一緒かもしれない。この国でただ一人、アイナカティナが勝てる自信のない最強の存在だ。そして、アイナカティナの憧れの存在でもある。彼に今回の任務の頑張りを褒めてもらえたら冗談抜きに鼻血を噴くかもしれない。

 乙女心に淡い期待を抱きつつ資料室の扉を開いてみるも、思い描いていたような賑わいはなかった。いつも通りの、静謐な資料室である。アスモの影も、ルシフェルの形も、もちろんない。


 (アタイがいない間に目的は果たしましたって感じか。つまんなぁ・・・)


 多分、昨晩から今日の早朝まではやっていたのだ。まばらに居残った調査員たちが、机の上に積まれた資料の整理を続けている。そのまま扉を閉めてかえるのもちょっと悔しいな、と考えたアイナカティナは調査員への意地悪も兼ねて、彼らの目の前で棚に戻したばかりの古書の一冊を手に取り、机に向かった。

 表紙を見る。表題は一部が掠れて読めないが、著者名は古魔界語で”タイアマァト”と記されている。なるほど、これが御伽噺と思いきや史実だったという『タイアマァト冒険記』の原典か。

 文字を読み、ひとつひとつの単語の意味を頭の中で現代語訳することは出来る。しかし、根本的な問題として、内容があまりにも抽象的過ぎる。長らく学術書であると認識されず、童話として噛み砕かれるばかりだったのも頷ける。しばらく読んで、ようやくいま読んでいる内容が幼少期に母が買い与えてくれた『落ちる世界編』に該当する部分だと気付いた頃、丁寧な音を立てて資料室の扉が開かれた。

 なんとも乙女くさいことに、わずかばかりの期待を蘇らせて本から顔を上げたアイナカティナは、堪らず噴き出し笑いをした。


 「ぶっは☆いや聞いてたスけど!!だっさ!!ロビン先輩だっさぁ!!」




          ●


 episode9 sect28 ”ヒュブリスの燭火(ともしび)


          ●




 クソ、という一言も出ない。ヘオスは敗れたのだ。あの忌々しい魔族の女に、負けたのだ。これほどの屈辱は、IAMOに保護(ホカク)された日以来である。

 ただ、彼は死んでなどいない。かの有名なデカルトの『方法序説』の一説がふと浮かぶ。憤っていると、同時に生きていることにも実感が湧いてくる。


 真空中でも絶えず燃え続けた黒炎は消えていた。そして、ヘオスを閉じ込めていた謎の結界も。ヘオスが消した。

 死にかけで、途切れ途切れの意識の中ではあったが、それだけに必死だったからか、なにをしたかはうっすらと憶えてはいた。

 端的に言えば、ヘオスの”毒牙”が黒炎にも有効だったのだ。

 アイナカティナは直感的に危険を察知して、徹頭徹尾、徹底的に『ヒュドラ』の牙だけは回避に専念していたようだが、彼女の勘は正しかった。

 ヘオスの噛んだものは、グズグズに溶けて崩壊する。噛み付くのは、本体である人間の体でも、奇形部位として形成される蛇の口でも構わない。噛み付いた物体を破壊する毒牙。彼がオドノイドとなって得たのは、そういう能力だった。

 しかしまさか、黒炎でさえ能力の対象に出来るとは、能力の持ち主であるヘオス本人すらいままで考えもしなかった。もっと早く気付いていればこの結果も完全に違っていただろうに。それがいっそう悔しい。


 全ての済んだ102番ダンジョンの戦場跡で、数万フィートと窪んだ大地の底から空を見上げ、ヘオスは熱を帯びる目をギュッと細めた。

 炎は全て消えたのに、胸の奥を灼く焦熱だけが無くならない。


 「次・・・・・・次こそ真正面からブッ殺してやる・・・っ」

episode9『詰草小奏鳴曲』

第三楽章 『the Fire』 Fin

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