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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode9 『詰草小奏鳴曲』
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episode9 sect27

 震天動地。

 

 黒が夜を塗り潰す。

 

 「んははははは!!ナニコレすっげー!!こんなん映画でも見たことないよぉ!!」


 大自然の中に明らかに不自然に現れた広大な焦土に響くのは、甲高い狂笑と、雷鳴のような咆哮のみ。しかし、そのヒトならざる雄叫びもまた、歓喜の色を帯びていた。


 喜び。


 暴力の愉悦。


 互いが互いを支配せんがために。



          ●



 episode9 sect27 ”最悪の魔女と最強の魔獣”



          ●



 ヘオス・アイオーン。

 オドノイドコード、『THE HYDRA』。


 コードの示すまま、怪物(『ヒュドラ』)そのひとである。


          ○


 日が陰り、見上げれば9つの頭とヒトの手のような翼を3対持つ巨大生物がいた。仮称『ヒュドラ』は、いきなりアイナカティナの目の前に現れた―――次の瞬間。


 「やばぁ・・・」


 あの天然の城塞と呼ぶべき砦木を跡形もなく消し飛ばしたというブレスが放たれる。


 衝撃は10km先の皇国騎士団駐屯地にもビリビリと届いた。

 着弾点は、本当に隕石が落ちたみたいに巨大なクレーターと化していた。これで生きているヤツがいたらどうかしている。


 まぁ、どうかしているから、アイナカティナはちゃっかり無事なのだが。



 「『天壌鏖く還し轉す黮焱(ビッグバン・マァブリ)』!!」



 あいさつは

 されたらかえそう

 倍返し

         あいなかてぃな


 解き放たれた黒い火球が爆発的に膨張してなにもかも呑み込んだ。

 動物も、木々も草花も、アイナカティナ以外の生命全部全部燃え尽きてしまえ。


 「―――、効いてないね、思った以上に。やっぱネビア・アネガメントの上位互換かぁ。あんな出来損ないとは基礎スペックからして次元が違うよね~」


 挨拶代わりの一撃を交わし合って、お互い無傷で相対する。


 出現するときはなんだか昔遊んだヘビ花火を思い出すような感じで、もこもこと肥大化していたように見えたが、改めて見てみると結構しっかりとした体格だ。4本の強靱な脚に支えられた巨体は黒い甲殻に覆われ、見るからに毒々しい牙を見せつける蛇の首が9つと、おどろおどろしい4本指の翼が6枚。皇帝がドラゴンの可能性を考えるのも納得の圧倒的存在感に、アイナカティナはいつぶりかも分からない緊張を覚えた。


 「思ったよりカワイイ顔してるじゃないの。降参するならアタイのペットにしてあげてもいいゾ?お姫ちゃんに自慢出来そーだし」


 『ギュウアアアアアアアッ!!』


 交渉決裂。


 『ヒュドラ』の9つの口それぞれに黒色魔力が収束され、縦横無尽に解き放たれる。


 アイナカティナはその隙間を縫って空を翔け、ミニガンの勢いで『ヒュドラ』に黒炎を乱射する。

 首の付け根を集中的に攻撃し、10秒で首の1本を焼き切ることに成功する。


 だが、黒炎は『ヒュドラ』の体を燃え広がらない。

 理由は、アイナカティナ自身も理解はしている。オドノイドの奇形部位は周囲の魔力を吸収し、自身に還元する機能を有しているからだ。『ヒュドラ』がアイナカティナの予想通りオドノイドだとすれば妥当な結果だろう。そして、ネビア・アネガメントの事例から、完全にモンスター化したオドノイドの黒い肉体は、全て奇形部位であることが分かっている。

 とはいえ、全身どこを狙っても魔術による攻撃が通らないわけではない。全ての部位が同程度の魔力吸収能力を有しているわけではなく、それなりにムラがあることも分かっている。ネビアの場合は、触手以外の部位はさほど吸収能力に優れていなかった。

 これはアイナカティナの私見だが、ネビアがそうであるように、人型の姿からオドノイドの力を発揮するとき最も優先的に形成される部位が、より高い魔力吸収能力を持つのではないだろうか。であれば、もはや想像力の世界だが、人間の姿から怪物の姿へ変化するうえで”贅肉”な部分が弱いのだろう。

 ここで言う”贅肉”とは、増やさずとも怪物として成立する部位のことだ。つまり、触手や羽といった人間に元々なかった器官()()()()、むしろ手足や頭、胴体など、元の人間体のままでも有する器官のことだ。増やさなくたって十分怪物として認識されるに足る部位に付ける肉はムダな肉、”贅肉”という表現と思ってもらえば良い。


 さて、ヒトという生き物は贅肉と聞くと、とかく燃やさずにはいられないように幼い頃から厳しく教え込まれているわけで。


 アイナカティナは自ら立てた仮説に基づき『ヒュドラ』の脚に狙いを定めた。


 ・・・が。


 「どしよ。燃えねー。いや燃えてっけど」


 弱い部位でもそこそこの吸収能力があるのか、そうでもないが巨大過ぎて燃え広がる前に黒炎を吸い尽くされてしまうのか、正直、スケールがネビア・アネガメントと違い過ぎてハッキリとしない。だが、とにかく思うようにはいかない。しかも、しれっとさっき焼き落とした首の再生も始めているし。・・・アレの再生ってアイナカティナから吸った魔力で賄っているのでは?この子はアタイが育てました、的な?


 腹立つな。肥やしてやった分はせめて喰わせろや。


 「っ・・・!」


 雑念の隙を突くように、『ヒュドラ』が翼を大きく動かした。翼と言っても飛膜のない4本指の手のような器官である。蜘蛛の脚みたいに長大な4本の指を地面に突き立て、股金鋤のように土を掘り返しながらアイナカティナを巻き込もうとする。本当に畑でも耕すくらいの気軽さで地盤が捲り上げられ、重みに耐えかね崩壊する土石流の壁となってアイナカティナの逃げ道を塞いでしまう。見上げていると、公園の砂場で幼児の砂遊びに巻き込まれる蟻の気分を想像してしまう。生物としてのスケールがあまりにも違い過ぎる。


 だが、これくらいやってくれなきゃつまらない。


 アイナカティナは、両手で魔力を急速に圧縮する。

 確かに、普段の彼女は戦闘では専ら特異魔術(インジェナム)に頼り切りで他の魔術など全然使わないが、だからといって別に他の魔術が使えないわけではない。

 むしろ、これなんかはかなり得意な方だ。


 『黒閃』。


 土を燃やしてダンジョンごと滅ぼすリスクを避けつつ、土石流の壁にすり抜けられるだけの風穴をブチ空ける。

 撃った『黒閃』を追いかけるようにして再び崩れようとする穴をくぐって、飛翔しながら、アイナカティナは今度こそ黒炎弾を大量に生み出す。全弾、大量の魔力を込めた高火力の黒炎だ。

 まずは、あの《アグナロス》の熱線ブレスもかくやという極太火線の『黒閃』をバカスカ乱射する、うるさい首どもを黙らせる。ここで魔力をケチる必要はない。


 「おっとぉ!!」


 『ヒュドラ』の『黒閃』を自由落下でやり過ごすと、すかさず別の首が噛み付こうと飛んでくる。

 確かめる気も起きないが、なんとなく、あの牙はイヤな感じがする。触れたら即死、的な。

 曲線的な軌道の『黒閃』でアッパーカットを叩き込み、首を跳ね上げる。

 ぶっ飛ばした首が、上から襲い来る3本の首にぶつかり一石四鳥・・・なんて思ったのも束の間。

 巨人の手の如く掴み掛かってくる翼。

 指の隙間をギリギリですり抜けて、アイナカティナは一気に『ヒュドラ』の背面、首元へ張り付いた。


 「フルバぶっぱじゃオルァ!!」


 『ごああッ!?』


 全ての首をまとめて落とす勢いで黒炎が燃え盛り、さすがの『ヒュドラ』も思わず仰け反る。

 だが、『ヒュドラ』もやられるばかりではない。3対の翼が一斉にはためくと、信じ難いことに『ヒュドラ』の巨躯が浮かび上がる。


 「うっそ、そんな翼で空飛べんの!?」


 これは完全に想定外だった。

 足元の地面にいきなり突き上げられたようなものだ。それも、アイナカティナが肉を燃やせと命じた黒炎に覆われた地面に、だ。慌ててさらなる上昇を試みるも、この巨体を浮かすほどの勢いからは逃げ切れない。

 やむを得ず、アイナカティナは黒炎のみを燃やす別の黒炎を盾にして受け身の構えを取る。最低限、自分の特異魔術 (インジェナム)で自滅することさえ避けられれば、衝突の運動量は受け流せる自信があった。可能な限り相対速度を小さくした上で、両手両足でソフトに『ヒュドラ』の背中に着地しつつ、手足のバネが限界まで力を蓄えたタイミングで、つまり『ヒュドラ』の体との相対速度がゼロになったタイミングで一気に力を解放して跳躍すれば済むからだ。


 しかし、アイナカティナの想定はさらに外れた。


 一瞬、『ヒュドラ』の肉体が強力な引力を発しているのかと錯覚した。

 だが実態は、脱力感だ。

 なぜか?


 (魔力吸収・・・ッ!?なんちゅー勢いなのよ!?)


 極めてシビアだった受け身のタイミングが、完全にずらされた。筋肉のバネがひしゃげる。骨まで軋んでいまにも砕け散りそうだ。


 「ナメんなァァァ!!」


 論理0%。

 傷など負ってなるものか。

 剥き出しの闘争本能が不可能を可能にする。

 これからこの理不尽を征服すると思うとグツグツ滲み出す狂喜。

 ボルテージはさらに有頂天へ!!


 (おとがい)を解いた魔女は、月を背に天高く舞い上がる。


 「どーした。どぉ~したバケモノ!!アタイはまだ無傷だよ!!ンだよ恐るるに足らないなァ~、えぇ!?」



 しかし、有頂天。


 それは互いに同じこと。



 『強がりな女は好きだぜ。屈服させたらより従順なメス犬になるからさぁ!!』


 「あっは!!おしゃべり機能付きなの、ウケる☆」


 『ヒュドラ』の燃え残った顔たちも、アイナカティナと同じ表情を作っていた。




          ●




 10月11日、深夜。


 IAMO北京支部。


 102番ダンジョン鉱山拠点防衛戦線、本部にて待機中のアルヴィン・イーサンに、部下の一人が恐る恐る尋ねた。


 「・・・あの、イーサン六等。そろそろ我々も再突入した方が良いのではないでしょうか・・・?」


 「再突入?あの中にか?馬鹿なのか?」


 いまのご時世、パワハラで訴えられても文句の言えない言葉選びで、即答だった。しかし、アルヴィンは本当の本当に部下の冗談を疑っているかのような笑みを浮かべていた。


 23時間。


 『THE HYDRA』とアイナカティナ・ハーボルドが戦闘を開始してから経過した時間だ。そして、彼らが戦闘を続けている時間でもある。あの怪物どもは、ほぼ丸一日にわたって一切休むことなく、疲れや衰えの気配すら見せることなく、いまもなお元気に殺し合い続けている。

 もはや破壊の規模は留まるところを知らない。再突入っていうのは、つまりデカい方のバケモノに加勢しようって提案か?まったく、最近の若者の趣味も大概異常だ、自殺するにしたってもっとマシな方法を選ぶもんじゃあないのか。少なくとも、ただの人間でしかないアルヴィンたちがどんなに勇んで(とき)と共に飛び込んだところで、プチッと踏み潰されるだけだ。文字通り、足手纏いにすらなれない。


 「いみわからん・・・なんなんだよちくしょう。なにをみせられてんだ、おれたちは」


 虚ろな目で、なぜかまだ無事に機能している102番ダンジョン行きの『門』を見つめるリーダーに、今一度活力を与える一言をもたらす者はいなかった。




          ●




 森はもうない。

 見渡す限りの赤土の荒野に、無数の穿たれた痕があるばかりだ。

 つい昨日までここに存在した熱帯林を知らずに訪れた者なら、ここが火星の大地だと教えられてもうっかり信じてしまうかもしれない。

 だが、何者の生存も許さない熱砂の大地に、未だ燃え続ける命がたったふたつだけ存在した。


 「死んねぇぇ!!」

 『折れろ!!』


 このふたりぼっちの戦争は、遠巻きに眺めている者たちには止まない嵐に見えているかもしれない。しかし、疲労は着実に蓄積している。互いに嘲りや挑発の言葉を吟味する余裕がなくなっているのが証拠だ。それでもなお万全の状態と遜色ない動きを続けていられるだけで十分に異常過ぎるのだが。負けず嫌いもここまで極まれば天賦の才か。


 (相変わらず再生は止まらないけど、若干スピードは落ちている・・・・・・ような気がする。・・・かもしれない)


 時計を確かめる余裕などなかったので感覚だが、アイナカティナは、少なくとも一度日が昇って、また沈んだところまでは記憶している。102番ダンジョンの1日の長さは29時間程度だから、既に”1日”近くは戦い続けている。いくら魔力を吸収出来ると言っても、アイナカティナが疲れを感じている以上は『ヒュドラ』だって同様のはずだ。

 それに、破壊された部位を再生するために消費する黒色魔力は、恐らく、全身で吸収している魔力量と釣り合っていない。派手に『黒閃』を連射してこなくなったのが根拠だ。まぁもっとも、ブラフという可能性も捨て切れないが。『ヒュドラ』には少なくとも、それだけの知性が残っている。相手の残された手札を見誤って何度冷や汗をかかされたことか。ヤツの狡猾さを理解するには十分過ぎる時間を共に過ごした。モンスター化したネビア・アネガメントを嫐った経験があるだけに、つくづく規格外のバケモノだと思い知らされる。


 ・・・が、それはそれとして、やはり『ヒュドラ』はバケモノの域を出ない。つまり恐れるに値しない。アイナカティナの自信は揺らがない。いつだって勝利はアイナカティナのものなのだ。



 「『レメゲトン』」



 なにかがガキリと切り替わる。


 『かひゃっ』

 『??????』

 『ぁあ・・・???』


 アイナカティナの黒炎の火力が、最も恐ろしかった時点にまで巻き戻る。

 大樹のように太い『ヒュドラ』の首が一撃で焼き斬られ、飛んでいく。


 消耗戦における、最も基本的で、最も反則的な一手であった。

 すなわち、魔力の全回復。

 いや、それどころではない。いまのアイナカティナの体には彼女本来の最大値を超えた魔力量が巡っていた。


 『お前・・・いい加減しつこいぞッ』


 「ズルいとは言わせないよ」


 『ズルい?まさか!!ムダな足掻きに呆れただけだ!!』


 「焦ってンのが見え見えですけどォ!?」


 膨大な魔力量にものを言わせて、黒炎の嵐が轟々と吹き荒れる。吸収が追い付かずに焼き崩された『ヒュドラ』の肉片が、地表へ火山弾となって降り注ぐ。加えて、『レメゲトン』による強化を受けて燃焼対象をより限定して設定出来るようになった黒炎は、もうアイナカティナ自身へ返る諸刃の剣ですらない。一方的に敵だけを滅ぼす悪魔の炎だ。


 ここまで長かった。

 例え勅命であっても、こんな果てしない削り合いはもう二度と御免だ。

 だけど、最高のタイミングでジョーカーをぶちかましてやった。

 この愉悦だけは悪くない。

 

 大勢は決した。


 「んっはははははぁ!!!!!!そぉい―――」



 続けて黒炎を放とうとわずかに力んだ瞬間、アイナカティナの鼻から血が噴いた。



 「んぁ・・・???」



 視界が不自然にストロボを焚いて、コマ送りに迫る『ヒュドラ』の大口―――。


 大口!?


 躱す!!


 牙は躱した。しかし、猛烈な勢いで突進してくる『ヒュドラ』の頭が生み出す風圧に弄ばれるまま、アイナカティナは受け身を取り切れないで墜落する。

 グルグル自転を始めた平衡感覚に逆らってすぐさま体を起こしたアイナカティナは、左手で鼻を押さえた。堰を切ったように粘り気のない鼻血が溢れて止まらない。


 「あは。やっばぁ・・・」


 『ヒュドラ』は隙を見逃さない。

 巨大な翼爪を勢いよく大地に突き立てる。

 それでもアイナカティナはすんでのところで直撃を避け、全身を打つ衝撃波に乗って再び飛翔する。


 『ぁあんだよぉ!!大袈裟に変身しといて効果は数秒の余命延長だけかぁぁぁ!?!?!?』


 「うっせーバーカ!!チャンスと思って急に元気になってんの超カワイイんですケド~!?!?!?」


 ・・・本当はさっきからずっと警告は頭痛という形で鳴り続けていたのだ。いくら魔力が全快しようと、丸一日不眠不休で殺し合い続けた精神的な消耗まではリカバリー出来ない。あるかも定かではない『レメゲトン』の負担などは全く関係なく、単純にストレスで血管が弾けたのだ。

 アイナカティナは、大抵のことはそつなくこなす天才だ。だから、やろうと思えばこの通り、丸一日ぶっ通しで戦う無茶苦茶さえもやってみせた。だが、そもそもアイナカティナには単一の敵に何時間もかかったような経験など皆無だった。どんな敵も、城も、砦も、アイナカティナにとっては数分、酷ければ数秒で燃やし尽くしてしまえる消費型コンテンツに過ぎないはずだった。それ故の、全く未知のストレスである。当然、免疫などあろうはずがない。


 だが時に、高熱に浮かされていると、かえって普段よりも体が軽く感じられることがある。まるで火を入れた気球が膨らみ浮かび上がるかのように、ふわふわと頭が軽くなることがある。


 まさに、そんな、感じ!!


 アイナカティナだけが極限だなんてはずがない。

 表面的な損傷を取り繕っているだけで、『ヒュドラ』もメンタルは既にガタガタだ。

 どれだけ強がったって無駄だ。

 戦いは強い方が勝つ。そういう風に出来ている。


 黒板を引っ掻くような狂笑。

 アイナカティナは腕で乱暴に鼻血を拭い捨て、牙を剥いて天を仰ぎ見る。

 照覧あれ。

 彼女の体を黒炎が包んでいく。


 アイナカティナの突撃を読んだ『ヒュドラ』が先んじて動く。

 全方位からの噛み付き。

 牙が柔肌を食い破るのが先か、牙が焼滅するのが先か。


 だが、直後にアイナカティナが纏う黒炎が霧散した。

 アイナカティナは閉じる寸前の牙の檻の隙間をすり抜け、冷静に『ヒュドラ』から距離を取る。

 再び『ヒュドラ』を見据える彼女の瞳には、直前まで大炎上していた狂気がまるでない。


 「あーあー。ホント、よく訓練された横槍ね」


 『・・・なにを言ってる?』


 「いまから全力出しますって話よ」


 言うなり、アイナカティナは突如、躊躇なく禁じ手に走った。

 地面に黒炎を撒き散らしたのだ。それは、惑星でさえも跡形もなく消し炭にする滅びの一手だ。

 大地が一瞬にして赤紫の炎に包まれる。ただ、『ヒュドラ』の足元を除いて。しかし、それとて長くは保たない。『ヒュドラ』の魔力吸収が及ばない地中の岩盤が焼失し、燃え残った地表は巨体を支えきれずに崩壊する。

 さっきの狂笑が可愛く見えるような狂気の沙汰には、さしもの『ヒュドラ』も多少は困惑したか。アレにそんな感性があることにアイナカティナも困惑しそうだ。だが、それで勝機を見逃すほど甘えてはいない。『ヒュドラ』はどうせ飛べるのだから、バランスを崩してまごついているいまがラストチャンスだ。


 なんのチャンスかなど、決まっている。

 アイナカティナは翼を大きくはためかせ、全速力で()()()()()()()を開始した。


 『な、えっ?待てこのクソ女!!』


 焦ったか、ヤケクソ火力の『黒閃』が弾幕を成して飛んでくる。だが、これが一番厄介なのだ。アイナカティナの卓抜した戦闘技能をもってしても、これだけは一撃でさえ相殺は出来そうにない。しかも、どこかで別の首同士の『黒閃』がぶつかると、それでも危険極まりない魔力の飛沫が飛び散るのだ。


 「まぁ丸一日も付き合ってれば慣れたけども・・・!!」


 『ヒュドラ』は3対の翼を動かして、早くも体勢を立て直していたが、飛行速度ならアイナカティナの方が上だ。『黒閃』の乱射も、ただでさえ消耗した魔力を無駄撃ちしてくれていると思えば、むしろ歓迎すべき愚行と言える。


 (見えた、()()


 アイナカティナは、ある一点まで飛ぶと、今度はまた逃げるのをやめて、はるか遠くに置き去りにした『ヒュドラ』に右手を向けた。


 集中が高まる。黒炎が圧縮されていく。


 遭遇直後、挨拶代わりに披露したものとは別次元の出力で解き放たれる



 「『天壌鏖く還し轉す黮焱(ビッグバン・マァブリ)』!!」



 ―――を。


 秒間何発という単位で、フラストレーションの叫び求めるままに、際限なく撃ち続ける。

 いや、そこまでしてなにを燃やすのかって。

 愚問だ。

 答えはひとつ。


 全部だ。


 大地も。

 大気も。

 生けるものも。

 死せるものも。

 わずかに漂う水分も。

 真空を飛び交う宇宙線も。

 物理的虚空を満たす魔力さえも。


 全部、全部、全部。


 音を追い抜く黒炎の波が全てを呑み込み闇の彼方へ流し去る。

 名付けた通りに、世界の全てを破壊し原初の混沌へと還す終末論の具現。もしもこの世に創造主なる者がいたならば顔を真っ赤にして憤慨するであろう、考え得る限り最上級の冒涜行為。


 ただし、実際にこの102番ダンジョンが真なる虚無へと帰すことはない。他のあらゆるものより己を愛するアイナカティナが無策でこのような暴虐の限りを尽くすはずがないのだ。

 『ヒュドラ』には認識出来なかったようだが―――というより認識されないよう様々な工夫を行っているのだが―――アイナカティナが自身の精神的疲弊を自覚したのと概ね時を同じくして、彼女たちの戦場は世界から完全に隔離されていた。肉眼で捉えるのは困難だが、いま、アイナカティナの指先に触れる位置には透明な壁がある。

 この壁は、『ヒュドラ』を閉じ込める一辺15kmの巨大な立方体の一面だ。アイナカティナは、思い付く限り現世を構築するあらゆる要素に対して設定を施した黒炎を放ち続ける中で、たったひとつ、この壁だけは燃やさない。

 つまり、いま我々が目にしているのは一辺15kmの箱に詰め込まれた世界の終わりのミニチュアだ。

 この結界魔術は、アイナカティナを七十二帝騎に登用するにあたって、全く新しく開発された、アイナカティナのための魔術だ。彼女の危険極まりない特異魔術(インジェナム)をどうすれば安全かつ安定的に、最大効果で運用出来るのかを皇国が国を挙げて追求した結果、目に見えず、核爆発の衝撃にも耐え、地中にも展開出来、そしてなにより訓練を受けた皇国騎士なら誰でも使用可能という究極のお膳立て魔術が誕生したのである。この魔術を開発した研究チームは皇国栄誉賞を授与されたし、近いうちに教科書にも載るだろう。

 展開範囲が広がるにつれ準備時間は指数関数的に増える弱点はあるが、この結界魔術が騎士たちの間で普及したことで、アイナカティナはそれまで以上に手軽に、街でも国でも滅ぼせるようになった。


 さて、しかしだ。普段なら一通りの設定をした黒炎を放ちきった時点で、あとは放っておいても終わるのだが、魔力を吸収することで黒炎を鎮火出来る『ヒュドラ』が相手である以上はそうもいかない。だからこそ、アイナカティナは同じ燃焼対象の設定をした黒炎を何度も何度も執拗に放ち続ける。

 結界の展開という大仕事を終え、あとはアイナカティナがやってくれるのと見守るだけとなった騎士たちは、この筆舌に尽くし難い壮絶な光景にただただ圧倒されていた。壁の内側には音を伝える物質すら残らないため、見えている破壊と裏腹にあまりにも静かで、初めて立ち会った騎士たちの恐怖の悲鳴だけが生々しい。何度か見たことがある者でさえ、安全と分かっていても結界の傍には近付きたくなかった。


 「俺たち皇国民で良かったな。今日ほど自分の生まれに感謝した日はないよ」

 「まったくだ」


 「聞こえてんぞぅ、粗チンども~?ご立派な横槍入れてくれちゃってさぁ」


 『はっ!!申し訳ございません!!』


 騎士たちが揃って敬礼をする。

 横目で見やって、アイナカティナは嘆息する。


 「いーよ別に。アレはこうするだけの敵だったってことでしょ」


 とはいえ、奥の手を使った以上、魔力が尽きるまで燃やし続けてなお『ヒュドラ』が生き残っていたら手の打ちようがなくなってしまうのだが。アイナカティナは、負けるなどとは毛頭考えていないものの、次の手を考える余地がない状況は、本来好まない。


 (せめて後顧の憂いなく念入りに焼いとこう)

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