episode9 sect26 ”命のバトン”
ぐるりと一周、大地の輪郭が見える。
森を焼き払ったさっきの黒炎で、総崩れするかと思った。
必殺の威力にばかり目がいくが、アイナカティナの特異魔術は発生速度も燃焼速度も規模も、無慈悲過ぎる。予備動作すらない。だが、さっきはエイルの水魔法で黒炎を防ぐことは出来た。水でさえ燃やすという話の真偽は定かではないが、少なくとも、水が燃やされない条件が存在するということだけは確かだ。
そして、エイル以外の全員も燃えていない以上は、水以外の物質についても同様ということだ。やはり、理不尽に見えてなにか、からくりは間違いなく存在している。それを詳らかにしなくてはならない。次の、仲間たちのために。
「エイルってのはアンタね?」
「『ディープ・ジェイル!!』」
深海に匹敵する超高水圧の巨大な水塊を遠隔地点に突如発生させる、凶悪な初見殺し魔法だ。飲まれれば確実に臓腑を破壊され死に至る。当然、水塊の発生点はアイナカティナのいる空間だ。
しかし、生み出された直後に水塊は青く炎上する。
「これが”水が燃える”って状況ね・・・」
タンカーが座礁して流出した石油が海面上で燃えている映像はニュースで見たことがある。あるいは、水中にナトリウムを放り込んだ場合の爆発動画などもMeTubeで見たことがある。だが、この光景はそのいずれとも根本的に異なる現象だ。水面の油や水素などが燃えることで水が燃えているように見えるのではなく、水そのものが可燃物であるかのように轟々と燃えている。しかも、青く、青々と。
燃える水中から傷一つない美しい女の手が伸び出る。
エイルに差し向けられる漆黒の炎―――。
「おっと、次は火力勝負といこうぜ・・・!?」
放たれる直前。
アフダルが、アイナカティナとエイルを結ぶ必殺の射線上に割り込み、同時に、エイルの水魔法が一気に水蒸気爆発を起こすほどの灼熱を解き放つ。
アイナカティナは、爆風に逆らわずに翼を広げ、濛々と沸き立つ蒸気の上方へ飛び出す。
「アタイとアンタで勝負になるとでも?」
「いいから、構えな」
アフダルは、さっきのアイナカティナの攻撃を真似るように右手でピストルを作った。その指先に、彼の生み出す火炎がどんどん凝縮されていく。
(ホムラ先生仕込みの火力極限特化魔法だ。テメエの魔術も炎までは燃やせないだろう?)
やがて灼熱は豆電球の如く小さな光点にまで束ねられた。
アイナカティナは肩をすくめつつも、アフダルの挑発に乗ってやることにした。
アフダルの煌々と滾る火球と、アイナカティナの無明の黒炎が対をなす。
「「BANG」」
両者の炎が解き放たれた。
込められた熱量の全てを1ジュールの漏れも許さずアイナカティナへ叩き付ける、白熱する熱戦が空間を斬り裂き駆け抜ける。
瞬きののち、白と黒、ふたつの炎が衝突する。
そして。
見える全てが紅蓮に染まる。
赤。
それは炎。
燃ゆる紅、赫々。
アフダルが勝った。
みながそう確信した。
それほどの美しく鮮やかな赤。
は、
「えっ」
アイナカティナの生み出した赤である。
誰が、アイナカティナの特異魔術では炎を燃やせないなどと言った?そもそもの前提が大間違いなのだ。
辞世の句はおろか断末魔すらもなく、アフダルは白く、赤く、燃えて、燃え尽きる。
一騎打ちを汚すヤンの狙撃も、エイルの水魔法も、ジンの雷魔法も。
何者も、悠々と舞い降りる魔女を止めることなど能わない。
―――それとも、アンタらもまた時間稼ぎ?
「あー・・・いいって、いいって。やっぱアンタらも、アタイのこと分析しに来た死兵なんでしょ~?わぁかってますって最初からぁ。まったくもー、素直に言ってくれればもうちょい優しく教えたげたのに、いや~、バカだよねッ☆・・・さて」
アイナカティナは、緊張する魔法士たちとは正反対の気軽さで、彼らにピッと指を向ける。ただし、攻撃を恐れて身構えることはない。これはほんの、おしゃべりを華やげるためのあざといジェスチャーだ。
「アタイの特異魔術は『原初の智慧を悦ぶ者』。アタイが燃やそうと思ったものは炎だろうが水だろうが、目に見えようが見えまいが、例えアタイが知らない物質だったとしても、なんだって燃やせます。ただし!一度に設定できる対象は2つまでで、一度火が点いたらもうアタイにも自由には消せません。困っちゃうねー!で、最大射程は100mくらい。燃焼速度は魔力の込め方次第だけど、最大火力ならさっき炎使いのおぢをブッ殺したくらいの勢いでーす」
「なにを・・・?」
「知られたところで痛くも痒くもないって言ってんの」
そもそも。
そう、そもそもだ。
そもそも、魔界で『原初の智慧を悦ぶ者』の詳細な性能を知らない国家は存在しない。
アイナカティナ・ハーボルドを擁する皇国と、それ以外とで、持っている情報の質にも量にもほとんど差がないであろうほどに、その恐るべき魔術はタネも仕掛けも調べ尽くされている。それでもなお、アイナカティナ・ハーボルドという騎士は核兵器よりも軽いフットワークでやって来て、核兵器よりも容易く人類滅亡を実現させうる、史上最悪の大量破壊兵器として認知されている。
知っていれば勝てる程度なら、今日より以前にどこかの戦場で誰かの惜しみない努力により討たれていて然るべきだ。
前提が大間違い、というのは、つまりそういうことである。いまさら情報集めを始めるようじゃ、周回遅れも良いところだ。
「ハイ、これにて今日の講義はおしまい!分かったらお前ら全員アタイがヨボヨボになって死ぬまで部屋の隅っこで震えてな!!」
「っ、お断りだ!!」
「やなこった!!」
「フザけないでッ!!」
アイナカティナの両手から再び黒炎が噴出する。
ヤンとジン、そしてエイルの3人は、タイミングを合わせて魔法を放った。
アイナカティナは自ら情報を明かしたが、その行為は挑発であると同時に、恐らく本当に隠したい弱点から意識を逸らさせるためのブラフだ。語られなかった性能のどこかに、必ず致命的な隙がある。
例えば、燃やす対象設定の切り替えにかかる時間とか。
超音速の鉛弾、高水圧カッター、言わずもがな光速の電撃。3種類の攻撃が同時に着弾する・・・が、それらすべてがアイナカティナの両手から雑に撒かれた黒炎に消し飛ばされる。躱す素振りさえ見せない。
だが、まだ予測の範囲内だ。いまの攻撃は予め見せた属性によるものであり、さっきのおしゃべり中に両手それぞれに異なる設定の黒炎を順番に仕込んでいたと考えることは可能だ。
だから、これならどうか。
アイナカティナが黒炎を放出するのと同時、彼女の足元の地面が急速に変化し、剣山の如く岩の槍が突き出す。アイナカティナの表情に驚きが出る。遂に回避を選ばせた。彼女はジャンプして躱そうとするが、それで凌げる攻撃速度ではない。
だが、届かない。
跳躍することで生じた、岩の槍が足の裏を突き刺すまでのごくごくわずかな猶予期間で、アイナカティナは足先から岩を燃やす黒炎を撃ったからだ。
いまの岩魔法はアイナカティナにとって想定外だったはずなのに、黒炎の設定は間に合っていた。切り替え時間は弱点になり得ない。
では、例えばインファイトに持ち込めばどうだろうか。
人肉を燃やす炎が、アイナカティナ自身に牙を剥く可能性はないか?
アイナカティナが放った黒炎は大地を紫色に炎上させる。それがダンジョン全土を燃え広がらぬよう、アイナカティナごと周囲の岩盤を打ち上げる。
岩魔法の術者、ザクスコットは、ずっと地中でこの瞬間のためだけに待っていた。
燃え尽きる岩の中から閃く一太刀。
オリハルコンを鍛えた至高の斬鉄剣。
振るうは背後から。狙うは細い首。
油断はない。音もない。
研ぎ澄まされた暗殺剣。
だが、アイナカティナは空中で器用に一回転し、斬撃を躱しながら、同時に踵で剣を蹴り上げ、撥ね飛ばした。
獣のような、いや、獣すら凌駕するほどの鋭敏な気配察知能力だ。さっきのヤンの評だが、なるほど、確かに。
「山猿・・・!!」
「うわ出た怪人セミ男☆」
でもまだ肉薄している。
アイナカティナの掌に黒炎が生まれるが、ザクスコットは彼女が距離を取ることを許さない。
腕を掴み、わざと手繰り寄せ、空いた拳を固く握り締める。
「俺を燃やすか?この密着した状態で・・・!!」
脅しは効いている。
アイナカティナは黒炎を放たない。
そして、アイナカティナのような術者は、殴り合いを苦手としている手合いが多い。
さらに、ザクスコットは102番ダンジョン戦線きってのフィジカルの持ち主だ。
加えて、アイナカティナが皇国騎士として一定の格闘術を身に着けていようとも、そもそも地面に足が着かない、つまり踏ん張りの利かない空中では、いかなる格闘術も前提からして用を為さない。
すなわち、いまこの瞬間、どちらがよりゴリラパワーを発揮するかで勝敗が決まる。
見てみろ、アイナカティナの華奢な女の子の腕を。見よ、ザクスコットのこの筋肉美を。
まさにザクスコットが狙った通りの必殺の好機だ。
だが。
それでも、またしても、どうやったとて、”だが”。
「やーん、セクハラぁ?モテないからって猿に欲情してんなよヘンタイ」
こちとら田舎出身、喧嘩じゃ負け知らず。自他共に認める顔と暴力だけが取り柄の山猿が殴り合いで弱いはずがない。
軽く腕を捻って、ザクスコットの手を振り払う。一見して、いろいろな場所で紹介されているような、よくある護身術。だが、恐るべきはそれを空中でヒラリとやってのけること。
どれほど立派な翼を有する生物であっても、大地を踏みしめる両足の如くその両翼で大気と掴んで踏ん張ることは出来ない。それは、アイナカティナでさえ例外ではない。さっきも言ったが、両足が地面から離れた状態の取っ組み合いで、技と呼べるほどの格闘術は本来なら繰り出せないのだ。
「ごぶッ!?」
ザクスコットが咄嗟に放った右フックを、アイナカティナは敢えて腕で受けつつも、器用に翼を使って受けた運動量全てを自らの体の回転力に転換し、空振りで隙を晒すザクスコットの側頭部に裏拳を叩き込む。なにかがヒビ割れる、聞こえてはいけない音が地上にまで届いた。
頭部への痛打に白目を剥きながら、それでもザクスコットは泡を吐き散らして咆哮し、アイナカティナに食い下がろうとする。しかし、アイナカティナはフワリを身を翻して彼の手を躱すと、そのまま懐へ潜り込んで胸倉を掴み上げる。
「まずっ―――ザック!?」
ジンが叫び、地上から雷撃でアイナカティナの背中を狙う。呼応してヤンとエイルも動こうとするが、アイナカティナは翼に黒炎を纏わせて大きくはためかせ、火の粉を地上に撒き散らす。
足から黒炎を放っていた以上は、翼からも黒炎を出す可能性だって、全く考えなかったわけではない。しかし、あまりにも付け入る隙のない怪物を前にして焦りが勝った。
黒炎の絨毯爆撃にモロに晒され悶える3人に見せつけるように、アイナカティナは悠々と拳を振り上げる。
「アタイ知ってるよ!セミって虫!!土から出てきたらジージー喚き散らしてすぐ死ぬんだってね!!こんな風に!!」
ザクスコットの顔面へ、拳が打ち付けられる。何度も、何度も、何度も何度も。その手が髄液に濡れるまで、何度も。
数多の極限状況を見てきたIAMOの高ランク魔法士たちでも、これほど字義通りの死体蹴りは見たことがない。アイナカティナは、頭部が陥没したザクスコットの死体が魔力の粒となって消えてしまう前に、怯えて見上げることしか出来ないエイルに向かって蹴り飛ばし、さらに追い打ちで死体に黒炎を撃ち込んだ。わざと、すぐに燃え尽きない程度の出力で。死体を受け止めればエイルも燃えて死ぬように。
反射的に仲間の体を受け止めそうになるエイルをヤンが制し、その間でザクスコットの死体はベチャリと地面でシミに変わり、そのまま黒い粒子となって霧散した。
木は大樹になるほど伐り倒すときの大きな音を立てるように、より心の強い者ほど折れたときの悲鳴はよく響く。
発狂するエイルを守り、ヤンが目を剥き絶叫する。
「こんの・・・悪魔がァァァァァァッ!!」
「んは・・・♡やっぱ堪んないね、健気な弱者をいたぶって支配するこの感じ」
ヤンはさっき黒炎の直撃を受けていたように思ったが、よく見れば左腕がない。彼は黒炎が燃え移った瞬間、自ら左腕を切り捨てたのだ。それが出来ずに焼け死んだジンと比べれば大した度胸だ。しかし、そんなことをしては得意の狙撃銃はもう碌に使えない。それでもなお殺意を解き放つべく、ヤンは拳銃型の魔銃をアイナカティナに向けた。もっともそれは、IAMOの魔法士なら全員に支給されている、チャチなピストルだ。
敢えなく、ヤンもエイルも黒炎を死ぬほど浴びせられて跡形もなく消え果てた。
失うには惜しい優秀な5人の魔法士たちが命を引き換えに仲間たちへ証明したのは、あらゆる努力も工夫も嬉々として否定するアイナカティナ・ハーボルドの絶望的な強大さだけだった。
―――本当にそうか?
突如、アイナカティナが大きく首を横に振った。
なにかがキラキラと輝いて舞い散っている。
アイナカティナの灰色の髪だ。
魔女の余裕の笑みが凍り付く。
なにをされたのか、見えなかった。
直感で回避しただけだ。
「もうひとりいるな~?ヒッドいねぇ、お仲間全員見殺しにして隙作りとか!!犯罪者にでも育てられたんですかぁ!?」
(蟻を1匹ずつ丁寧に嬲り殺してキャッキャと笑ってるような情緒のガキに言われる筋合いはないですね)
冷静に。そう、冷静に。ザクスコット。ヤン。エイル。ジン。アフダル。みんなを見殺しにしたことは紛れもない事実だ。殺されると分かっていて彼らを選んだのだ。
ポール・ノイマンは、戦場の2000m上空に立っていた。
仲間たちはいろいろとアイナカティナの弱点を探りながら散っていったが、あの数分間には、ポールがこの場を整える時間を稼ぐ意味もあった。・・・本当は、あと90秒くらいは欲しかったが、もはや止む無し。
さて、様々に手を尽くしては無駄な努力だと突き返されてきたが、そろそろこちらもひとつ、反則の一手を打たせてもらうとしよう。
アイナカティナは、魔法による攻撃を黒炎によって消滅させることで防いでいる。それは水でも火でも、電気でさえも同様に。そして、一度火が点けば、同じモノにも燃え移っていく性質を持つ。この”延焼”は彼女の恐ろしさの根幹をなす性質と言って良いだろう。
しかし、それを逆手に取る方法は、初めからひとつだけ、明確に思い付いていた。
ひょっとすると、アイナカティナはさっきの首を狙った一撃で不可視の凶器の正体に気付いたかもしれない。だが、彼女はその凶器を自慢の黒炎で消し去ることなど出来はしない。
なにせ、ポールの繰り出す攻撃は。
わずかに肌を撫でる違和感、アイナカティナは確信する。
「風・・・空気による攻撃ねぇ」
「ギルバート・グリーンには遠く及びませんが、それでも時間さえあれば僕にだってこれくらいのことは出来る」
常人であれば絶対に気付かないであろう微弱な風圧にも敏感に反応して、攻撃範囲から離脱するアイナカティナ。さすがの山猿ぶりには舌を巻くが、しかし、彼女はあくまでも避ける以外の手を打たない。そうだろう?空気なんかを黒炎で燃やしてしまえば、アイナカティナだって命の保証はないのだから。そして、ひとつひとつの攻撃は躱すことが出来たとしても、既にアイナカティナに逃げ場などない。
「終わるよ」
ポールの欲した”あと90秒”が、たったいま完了した。
ポールは、ここまでの時間を使って安全圏から隠密に、自身の魔力を周囲の大気へと浸透させていた。それにより、2000mもの高空からでも地表付近にいるアイナカティナの至近距離にいきなり魔法を発生させるような芸当を可能としたのだ。
そしていま、ポールの支配領域は、彼の足元を頂点とする、アイナカティナの周囲半径500mほどの円柱状にまで広がっている。
さて。
ちょっと脱線するが、ひとつ、クエスチョン。
IAMOの魔法士、特に緑色魔力を有する風魔法使いたちなら、誰もが憧れる魔法がある。なんだと思う?―――答えは簡単。ギルバート・グリーンが汎用する、空気の壁だ。
だが、あの英国紳士が涼しい顔をして振りかざすその魔法を再現して見せた人間は、この世に未だ、たったの2人だけだ。
ひとりは、この世に知らぬ者のいないであろう現在最強のランク7、神代疾風。
そしてもうひとりが、このポール・ノイマンだ。
今度の違和感は、アイナカティナの全身を窒素分子一粒の隙間もなく、余すところなく包み込んだ。
「え?ちょま―――」
これこそ、弱冠二十歳にしてドラゴンスレイヤーとなり、その後も輝かしい功績を挙げ続けてきた天才魔法士の規格外魔法である。
「『アンバライズ』」
円柱状の支配領域内に存在する全ての気体分子をまとめて固定し、アイナカティナを密封する。まさに、琥珀の中に閉じ込められた虫の如くに。
空気はアイナカティナの体表面に密着するその境界面まで完全に停止し動かない。故に、呼吸は不可能。身動きも不可能。このまま窒息死するまで、アイナカティナは瞬きひとつすら出来ない。
だが、なに。この程度の封印から抜け出すことなど彼女の力にかかれば容易かろう。さっさとその掌から黒炎を生んで命じれば良い。大気を燃やし尽くせ、と。
「やれるものなら、ね」
倒すための隙を探す戦い、という名目ではあったが、別にここでこの化物を仕留めてしまっても良いだろう。元よりポールはそのつもりでここに来た。それぐらいの心づもりでなければ戦いにすらならなかっただろうし、結果として、最小限の犠牲でIAMOはアイナカティナを撃滅したのだ。
ポールはやった。間違いなく、いまの彼らに出来うる全てをやりきって、考えうる最高の戦果を達成したのだ。
だというのに!!
「ウソだろう・・・!?」
あの女、やった。本当にやりやがった。
アイナカティナの右手に、黒炎が生じていた。
「本部!!緊急!!全部隊102番ダンジョンから撤退してください!!アイナカティナが大気に黒炎を"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁ”あ"ぁ"ッ!?!?!?」
高さ約2000mの奇怪な緑色の火柱が、焼けた森から夜を追い出した。
○
episode9 sect26 ” DNF ”
○
まさに、ひとつの世界の終焉を思い浮かべてしまうような壮景ではあった。だが、実際にはそんな結末は訪れない。
「皇国バンッザァァァァイ!!・・・ってぇ?アタイがそんな涙なしには語れないような自己犠牲精神発揮するワケないでしょーがwww」
いま初めて居場所を知った頭上の敵に向けて、アイナカティナはそいつが焼滅するまで心からの嘲笑を贈り続ける。
「遠隔で魔法を発動出来るってことはどうせアタイの周囲の空気全体に魔力を浸透させてたってことじゃん?つーことは、わざわざ死ぬ気で空気なんか燃やさなくたって、アンタの魔力だけ燃やせばこんな攻撃なんてどーにでもなるってwwwで、そっから炎がちょっと捌けたら、”アタイの炎と人体”を燃やす炎を後追いで乗っけてあげたら―――あー、燃え尽きちったかー。火力強すぎたかにゃーん」
ポール特別編成班、全滅。
成果、現実の非情さを思い知ったこと。・・・以上。
アイナカティナが燃やしたのは人体だけで、彼らが身に着けていたものは遺っていた。アイナカティナは、落ちてきたポールの通信端末をキャッチして、状態を確かめる。黒炎は普通の炎ではないにしろそれなりの熱は発するため、プラスチック製のガワは多少変形してしまっているが、歪んだスイッチを無理矢理押し込むと緑色のランプが弱々しく点灯した。機能はまだ生きているようだ。
「もしもしもしもしぃ?あれれ、もう逃げちゃいましたぁ?大丈夫だよ、世界は無事だ!だがしかし!!アタイという脅威がまだ残っている!!大変だ!!さぁ頑張れ!!ほら、どんどん掛かってこい!!君たちが世界を救うんだ!!」
煽るだけ煽り散らかして、アイナカティナは通信機を燃やし、再びたった一人の行軍を開始した。さぁ、果たしてIAMOは、6人のかけがえのない命を代償に得た情報をどう使うだろうか。打てる手など、数えるほどしかなかろうが。
「来なよ、『ヒュドラ』―――いや違うね、オドノイド。そりゃあ皇帝陛下の命令ってのもあるけどさ?それ以上に、アタイはアンタと殺り合いたくてこんなとこまで来てあげてんだから」