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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode9 『詰草小奏鳴曲』
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episode9 sect25 ”戦争か、虐殺か”

虐殺です。

 前線部隊からの通信は半ばで途切れたが、”アイナカティナ・ハーボルド”という名前は届いていた。

 IAMOの魔法士だからといって誰しもが、その名を聞いてピンとくるわけではない。学校のみんながみんな、海外の有名人に詳しくはないのと同じことだ。

 だが、彼女が戦場に姿を現した以上、知りませんでした、では済まされない。前線部隊の連絡途絶から10分後、緊急対策会議が招集された。各部隊の指揮官クラス魔法士たちだ。現場で集められる限り最も高い権限を持つ会議である。


 グレッグが口火を切った。


 「ヤツが操る黒い炎は、なんでも燃やし尽くす特殊な炎だそうだ。原理は分からんが、水でも岩でも燃え移る、と」


 「とはいえ遮蔽物さえあれば一応は凌げるんだろ?」


 「しかし、一瞬で燃やし尽くされたらほとんど意味がないんじゃないでしょうか・・・?」


 「じゃあ一気に接近して叩けば良い。特異魔術(インジェナム)の性質上、そいつは十中八九遠距離特化型だ。ツーマンセルで、攻防それぞれに専念させれば―――」


 「オイ、相手はあの皇国七十二帝騎のひとりだぞ。さすがにそんな分かりやすい隙があるとは思えねぇな」


 「その警戒も一理あると思うわ。けれど、その魔術が情報通りの威力を持つなら、そんな分かりやすい隙を補って余りある最強の武器と言える。私が彼女だったら、弱点を隠すためにバランス良く鍛えて器用で優秀な人材になるくらいなら、天賦の一芸を突き詰めて規格外の超人を目指すわね」


 会議は踊る、されど進まず・・・そんな予感がしていた。行動こそ迅速だったが、根底にあるのは焦燥だった。発言はテーブルの縁をぐるりと一周し、悩ましい沈黙が生まれる。

 故郷に帰ればヒーロー扱いされるような高ランク魔法士たちが額を突き合わせて頭を悩ませても、絶対に勝てると思わせてくれるような作戦は浮かばなかった。

 結論を出すためには、少なくともひとつ、明確な指針が必要だった。科学の実験を行ううえで、仮定を立てることが最も重要であるように。ただアイナカティナをどうにかしたい、という漠然とした目標だけではなく、それを達するために自分たちがどんな手段を取るのかを先に決めてしまわなければ、議論はただの雑談と変わらない。


 会議の進行役でもあるグレッグが、2周目の発言で、その指針を定めた。


 「部隊単位で命を捨てる」


 「・・・・・・結局、まぁ、それが最適かもしれないな」


 命が軽い。―――そんなことはない。グレッグの声は低かった。他の全員が押し黙って、重たい賛同を示していた。

 IAMOは、自分たちは軍隊ではないと標榜している。ホームページの見やすいところにも書いている。人間なら誰でも知っている前提だ。そして確かに、そうだろう。IAMOは世界規模の基金によって運営される、異世界にまつわる政治組織にしてインフラ事業者だ。それでも、現場の真実はこの通り、軍と大して変わらない。戦争も政治的交渉手段のひとつとして蔑ろには出来ないという話だ。やるなら徹底的に。武器を取った以上、敵にも味方にも甘えは許されない。

 こと、この戦場に来て、彼らはそれをいやというほど実感させられていた。かの『血涙の十月』ほど劇的ではないが、しかし『血涙の十月』よりも高い熱量が煮え滾って、この足下の、地面の薄皮一枚下まで迫り上がってきているような危機感があった。5年前の悲劇をも超える悲惨な戦禍の予感が、リーダーたちの思考に残酷な数値管理を強要し始めていた。


 「アイナカティナ・ハーボルドの被害に巻き込まれないよう、騎士団はあまり出張ってこない。これは、今日まで戦ってきた相手のことだから確信がある。ここの重要度に対して命を投げ打つ勢いで攻め込んでくることはないと見て良い」


 「つまり、私たちの現存戦力はほぼフリーで、アイナカティナに対応出来るってことね」


 無論、最低限の被害で最大限の成果を狙いたい。この理論は成立していても、それで全軍突撃という極論は導かれない。

 アイナカティナにぶつけた魔法士は、九割九分九厘、帰って来られない。

 どこに、どういう順番で、いくつの弾丸(いのち)をぶち込めば、最短最速でアイナカティナ・ハーボルドを殺せるのか。これは、そういうパズルだ。


 「まずは情報が欲しい。いまのままじゃ全然足りてねぇ。これじゃいくら練っても分からん殺しされかねないぞ」


 「そうだな。結局ヤツはなにを、どれくらい燃やせて、なになら燃やせないのか・・・燃やせる条件とか。正確に把握するには、かなりの手数を試さないとならない」


 「なら、死なすのが惜しい面子で当たるとしましょう」


 既に死んだように蒼白な笑顔で、ポールが手を挙げた。彼は、この会議では一番の若手だが、自らが102番ダンジョンに駐留する魔法士の中で最も”やれる”と確信していた。年齢は若くとも、埒外の怪物と戦った経験に関していえば、ポールがこの中で一番ある。それに、若いからこそ、体も無茶をよく聞いてくれる。


 「グレッグさん。僕はドラゴン討伐作戦に2度参加しています。少なくとも、理不尽には耐性があるつもりです」


 「・・・分かった。頼むよ」


 「じゃあ、おつかいのメモは書いてやらねぇとだな」


 ポールの覚悟に水を差す者はいない。使い潰す命は、別に部下たちの命だけとは限らないだろう?身銭も切れない上司に部下は惚れちゃくれないのだ。

 ポールが直接率いるのは、選抜された5人のみの小隊となった。その6つの命で得るべき情報は、6つだ。①燃やせる対象の制限、②燃焼速度、③黒炎の射程、④黒炎の発生速度、⑤一度に生み出せる黒炎の量や規模、⑥アイナカティナ本人の戦い方のクセや好み。

 これらが分かれば、必ずそのどこかに付け入る隙は存在する。そして分かり次第、確実に勝つための弱点特効作戦を立てる。だが、その作戦を立てる時間を稼ぐためにも戦力を割く必要がある。得た情報を即興で戦術に組み込みつつ、あくまでアイナカティナに本命の作戦を悟らせないよう弱点を狙いすぎないよう立ち回り、かつ長時間粘れる人間が適任だ。


 「メチャクチャね。なら、私がやるわ。今回こそ器用貧乏なんて言わせないんだから―――」


 「ハッ。5年前ならともかく、いまも本気でそう思ってるのはアンタ自身くらいだろうな。・・・よし、俺もサポートに付こう」


 「待て、エレナとオグロの両方というのは・・・」


 「いいえグレッグ、これぐらいで丁度良いはずよ。1時間は稼いでみせるから、グレッグはそれを最大限活用して」


 どこが正念場というのも厳密にはないように思われるが、エレナの言うことにも一理ある。結局、一番大切なのは万全の策を万端の準備から繰り出せることだ。それを実現するための時間稼ぎにかけるコストは過剰に見積もるくらいで丁度良い。


 大まかな方針は決まった。

 時間が惜しい。

 ポールがゆっくりと席を立った。

 彼に、これ以上の話し合いに参加する意味はないのだから。


 「では、あとの詰めは任せましたよ、皆さん」



          ●



 ここまで空しい抵抗を続けられると、いっそ健気にさえ思えてくるものだ。家族の待つ故郷を背にしているのならばまだ理解出来るが、彼らが命懸けに守ろうとしているのは、ただのちょっと便利な石が採れるだけの岩山だ。豊かな生活を守るため、経済活動への被害を抑えるため、この戦いに勝つための兵器に使う資源を確保するため・・・。理由を想像することは易しいが、さて、それが果たして己の命を投げ捨てるに値するほどの崇高な任務なのだろうか。


 やっぱり、文明とは可笑しな代物だ。


 「分かるけど、分かんないねぇ。アタイの命はアンタらほど安くないからさぁ」


 アイナカティナは現在、最初に焼滅させた前線部隊の応援に駆けつけた100人規模の部隊と交戦中だ。ただし、既に敵戦力は当初の10分の1程度まで削ったあとである。後発隊がなんらかの対策を練ってきた可能性を考慮し、様子見のつもりでケツに火を着けた原生動物たちの群れを突撃させたら秒で壊滅だった。決着などとうに着いている。もはや、この敗残兵どもにまともな策などない。


 散弾のように撒き散らされる石礫を黒炎でまとめて消し飛ばし、そのまま一気に距離を詰めて躱せない距離から黒炎を吹き付ける。


 背後から斬りかかってくるのを、飛行を伴う立体的な動きで回避しつつ、頭上から黒炎の雨を降らせて着火する。 


 少し前に躱したマジックブーメランが帰って来ると、そこに黒炎を乗せて戻り先の投擲者を燃やし尽くす。


 がむしゃらな魔法攻撃を、アイナカティナは情け容赦なく掻い潜って、ひとり、またひとりと確実に焼き殺していく。


 「あああ、ちくしょおおおおお!!」


 「おおう、ナイスヤケクソ!なにソレ、要塞でも攻めるんでちゅか~?」


 これほど大型の魔力銃・・・大砲?を『召喚(サモン)』出来るとすれば、魔力量も相応だろう。すなわち砲撃の威力も相応ということだ。砲の性能次第だが、射程はともかく瞬間破壊力は騎士団が運用していた『テッラ・コムドゥティス』に匹敵するやもしれない。無論、当たればアイナカティナとてただでは済むまい。というか、恐らくアッサリ死ねる。

 まぁ、当たれば―――というか、撃てれば、の話だが。


 「BANG☆」


 アイナカティナが右手で作ったピストルから小粒の黒炎が射出されて、魔力砲の砲口に飛び込み一気に炎上した。


 「科学も魔術も魔法も発展した現代戦じゃあ、当たれば必殺なんて攻撃手段にする最低条件なのよね。つまり、論ずべきはそれをどうやって安定的に当てられるようにするかってことで





 アイナカティナの言葉が不自然に途切れ、なにかに弾かれたように彼女の体が横に傾いだ。


 遅れて、銃声が森に木霊する。


 「やったか?・・・いや」


 しかし、倒れる彼女の口元にはさぞ愉快げで、獰猛極まりない笑みが浮かんでいた。


 「勘で避けたってか、山猿め・・・!」


 「まぁ、あるよねぇ!!次の一手や二手三手!!」



 放たれた弾丸は、アイナカティナのこめかみに触れる直前で黒炎に阻まれていたらしい。

 狙撃手のヤンがそのことに気付くより、ひょっとすると早かっただろうか。

 アイナカティナの姿がブレてスコープの中から消失する。

 『マジックブースト』は行っているだろうが、逆に言えばそれ以外の小細工は一切ナシの純粋に圧倒的な身体能力だ。

 ヤンが危険を感じて立ち上がる頃には既に、美しいはずなのに少しも心惹かれない女の笑顔が目前に迫っている。


 「ッ、エイル!!」


 「『アクアヴェール』」


 アイナカティナの指先が薄い水の膜に押し返される。

 

 アイナカティナは追撃は行わず、一旦立ち止まって、背後の森を見渡す。

 姿は見えないが、確かに若い女の声がした。

 スナイパーが呼んでいた、エイルとかいう魔法士だろう。

 魔法の発生は速く、そしてなにより冷静な反応だった。

 連携にも迷いがない。

 先ほどまで蹂躙してきた連中とは明らかに質が違う。

 精鋭中の精鋭だ。


 「んは、いいじゃん♡時間稼ぎはおしまいってコト?それとも―――」


 一切の予兆なく黒炎が波のように熱帯林を押し流す。炎は青や緑に色を変えながら木々を焼き尽くし、森に身を潜めていた者たちの姿を白日の下に晒した。

 数は5人、それぞれなんらかの手段で黒炎から身を守ったようだ。品定めでもするような舐めずる目付きで、アイナカティナはぐるりと周囲を瞥した。


 「エイルってのはアンタね?」


 気紛れな魔女の致命的な興味に火が着いた。

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