episode9 sect19 ”エイリアン調査 2日目”
調査2日目。今日も、やることは昨日と変わらない。ただし、やり方は昨日とちょっと変えた。伝楽のアドバイスに素直に従ってみることにしたのだ。
「野良猫とかが狙い目だって話だったよねぇ」
「というより、もしかしたら野生生物全般が狙い目ってことで良いんじゃないの?」
今日のサイラスは勘が良かった。あるいは灯台下暗し、とでも言うべきか。昨日は”聞き込み調査”という表現に惑わされて、あくまで”動物と関わりのありそうな人間”に話を聞くことを念頭に置いて行動を計画してしまっていた。だが、当たり前の前提として今回の事件の被害者は動物なのだ。つまり、”人間の目にとまる場所にいる動物”にフォーカスを当てて誰に話を聞くべきか考えれば良い。
この2つの条件は似ているようで、まるで異なる。前者は人間目線で動物を探していたのに対し、後者は動物目線で偶然通りかかる人間、たまたま近くで生活している人間を探すのだ。
そして、集合場所に指定していたこの森林公園こそ、野鳥をはじめとして多くの野生動物たちが生息している、動物と人間の接点であった。ペットなんて飼っていなさそうな学生でも、ここを頻繁に散歩するなら動物の変死体を見たことくらいあるかもしれない。
森林公園に留まって少し聞き込みをすれば、早くも3人ほどの通行人からそれらしい情報を得ることが出来た。
その後も1時間ほど公園で粘ったあたりで、エルネスタがフィーバーモードで息巻くサイラスにストップをかけた。
「ぼちぼち移動しよっか。もう10件以上情報集まったし、時間は有限!次は公園近くの民家を当たりつつ、東に行ってみよう」
「東?」
「伝楽は公園より西側を調べてる。昨日の結果を鑑みるに、私たちが東側に進んで被害件数が減ったら、さらにエイリアンの活動範囲の予測を補強出来るでしょ?」
「な、なるほど・・・!たくさん情報が集まれば良いってワケでもないんだ!」
「そゆことー」
伝楽に言わせるなら”なにも無い”という情報がそこに有るのだ、となるだろうか。エルネスタもそういう表現は大好物だから、なんとなく想像しやすい。ともあれ、調査スキルがアップした助手たちは意気揚々と公園と後にした。
さて、一方で、この調査に求められる方針を捉え直すとタイムパフォーマンスという表現もしっくりくる。伝楽が言った通り、地図上に被害箇所の点を増やして、被害頻度の濃淡を表現することが至上目的なのだ。ひとつひとつの情報を得るための時間は短ければ短いほど良い。ひとりあたりの聴取時間、現場から次の現場への移動時間、情報を整理する時間。数分、数秒の削減も積み重なれば有意義な時間の割合を大幅に増やすことに繋がる。
「というわけで、次はここ!」
エルネスタが目を付けたのは、比較的、建ってから日の浅い高層マンションだ。
「ここペットOKなのよ。手分けして調べてみよう」
見れば想像に難くないが、居住者の多くは平均以上に裕福と考えて良いだろう。わざわざペット可を売り文句に加えている点を加味すれば、ペットを飼っている率も高いだろうし、外から見てバルコニーも立派なものだ。外に出したペットをエイリアンが襲う可能性は十分にある。伝楽が推奨した調査場所とは合致しないが、エルネスタのタイムパフォーマンスという着眼点も決して悪くない。数字集めと集合住宅の相性は言わずもがな、とりわけ高級マンションとなると隣人付き合いが浅くなる傾向があるため玄関先での長話を好むような住人も少ないはずだ。
○
「集まったよ?まぁ、数字は集まったよ。・・・でもさぁ、あんな嫌そうな顔しなくたって良いじゃん!?」
「やー、しょうがないよねー。ペット死んだ人に『おたくのペット死にました?』って質問は控えめに言ってデリカシー絶無でしょー」
「確信犯かよ!!それで悪びれないところだけはプロ感あるよね、エルエルって・・・」
「いやー、それほどでもォ~」
細い路地の店々を、車はあるけど庭に犬のいない一軒家を。調子の上がりっぱなしな2人は、ズンズンと町を東へ舐め尽くしていく。
気が付けば15時になっていた。公園から一直線に東へ進んでいたので、歩いて戻るにはかなり時間のかかるところまで来てしまっていた。エルネスタがバスを調べ、2人は昨日と同じ待ち合わせの喫茶店へ戻る。
「おー、やっと来たな。こっちこっち」
伝楽は今日もサイラスたちより先に店に来て、昨日と同じ窓際の席で待っていた。
「今日は良い表情をしているな。首尾は?」
伝楽は、求めずとも求める問いをしてくれた。サイラスとエルネスタは、一旦顔を見合わせ、タイミングを揃えて伝楽に書き込みが倍増した地図を見せた。
「「じゃじゃーん!!」」
「ほう、上々じゃないか。飲み込みが早くて助かるよ、アシスタンツ」
優秀な伝楽に褒められると、悪い気はしない。サイラスはちょっと大人になった気がしてコーヒーを注文し、一口飲んでから砂糖とミルクを適量(サイラス基準)ぶち込んだ。
「よく2人ともブラック飲めるよね・・・」
「ブラックが一番、豆本来の風味を楽しめるからな」
「そ、そゆことー」
言えない。エルネスタも本当はミルクを入れたい派だけどブラックの方がカッコイイから我慢してブラック飲んでるだけのファッション・カフェラバーだなんて。言えない。
さて、サイラスとエルネスタが森林公園の東側を調べている間に、伝楽も北側から西側にかけてかなりの情報を集め終えていたようだ。その範囲には、森林公園と並んで仮称エイリアンが潜んでいる可能性が高かったポイントも含まれている。さすがにプロの彼女の方が手がける範囲は圧倒的に広かった。ともあれ、これで目星をつけていた場所のどれに点が集中するか、きっちり分かるはずだ。
それぞれが集めた仮称エイリアンの被害状況を、メインの情報マップ上にまとめていくと、いよいよ被害の分布に明らかな勾配が表れた。
「ヤツの棲み処は森林公園か傀儡湖のどちらからと踏んではいたが、ビンゴのようらな。この分布からして森林公園なのはほぼ間違いない」
「すっげー。これなら本当にあと1週間以内にエイリアンを見つけられそうだね!」
「ああ。けど、こっからが本番なのら。居場所が分かったとて、わちきたちは仮称エイリアンの姿も生態も、なにも分かっていないんらからな」
伝楽はわざとらしく肩をすくめる。シンキングタイムということだろう。
「公園にカメラを設置して、エイリアンが獲物を襲う瞬間を撮影出来ないかな?」
「うん、悪くない案なのら」
「いいや先生!エイリアンがカメラに映るかも分かりません!ここはもっと高性能なセンサーを導入すべきかと!!」
「そんな金はない」
実はそんな金もあるにはあるのだが、それはこの2人にはヒミツだ。なぜ黙っておく必要があるかって、野暮な質問は受け付けない。そして、具体的な方法についてしばしの質問攻めがあったあと、サイラスのプランが採用された。もっとも、明日からは平日でまた学校が始まるので、その具体的な方法を取れるのは伝楽だけになるのだが。
「明日・・・学校サボろうかな」
「ダメです」
唇を尖らせるサイラスに、エルネスタがピシャリと釘を刺した。
●
土日とも働きっぱなしで、サイラスは珍しく小学校の授業中に居眠りしてしまった。あまりに珍しいので、先生にも怒られるより先に体調を心配されたくらいだ。
「なんだよサイラス、昨日はあの電波姉ちゃんとイチャイチャしすぎたのかよーwww」
「ちっ、違わいっ!!」
もはやサイラスとエルネスタの仲の良さは学校の友達の間では周知の事実だ。あれだけ一緒に目立つ行動を繰り返していれば子供たちにとって格好のネタである。クラスの友達にイジられたサイラスは、言い訳のように探偵稼業手伝いの話をしてやった。
すると、こいつがなかなかウケが良く、探偵とかエイリアンとか、そういうの大好きで妥当なお年頃の小学生男子はすぐにその話題で盛り上がり始めた。どう考えても常識外れな体験談だが、こういうのをコロッと信じてしまうのも小学生らしい。彼らにとっては初中生の少女も十分に大人の存在だからか、はたまた日本の漫画に影響されているのか、少女探偵がいるという前提はすんなり受け入れられていた。
以前からエルネスタのおかげで学校でのサイラスは話の面白い人という扱いだったが、今回のネタはリアリティが段違いだ。なにしろテレビのミステリー番組と内容的にはそう変わらないエルネスタの行動成果とは打って変わって、少女探偵はどんどん真実に迫っている感触が話を聞いているだけでも伝わってくる。もしかして、もしかするかもしれないと思わせてくる。昼休みくらいには、遂に女子たちまで噂に混ざり始めて、クラスのみんながエイリアンの正体についてあれやこれやと拙い考察を飛び交わせていた。
だんだん面白くなってきたサイラスは、ここでもうひとつ爆弾を投下してみた。
「あと、探偵のお姉ちゃんはすげー可愛い」
「お前ら校門前に15時集合な!!特にサイラス、お前は遅れんなよ!!」
○
「却下」
「まだなんも言ってない!!」
「ウチは託児所でも児童館でもボクドナルドのプレイランドでもないのら。無論、職場体験の募集もしとらん」
チェーンをかけた玄関の扉の隙間から左目だけじっとり覗かせた伝楽は、背後になにやらうじゃうじゃと連れて来たサイラスを見て、あからさまに口の端を下げてシッシと手を振った。だが、子供たちは既に属性もりもり奇天烈和風美少女探偵の姿をドアから垣間見て、すっかり興味津々だ。帰れと言って素直に終わるとは思えない。例えいまは追い払えても、ここがバレた以上は今後バラバラにちょっかいをかけにくる可能性すらある。今日のうちに一定の満足感を与えてやった方がコントロールしやすいか。
「―――はぁぁぁぁぁ。しょうがないな、1時間なのら。1時間らけなら話し相手くらいはしてやる」
チェーンを外すなり、ガキどもは事務所の中へ雪崩れ込んできた。やんちゃとはいえ上海、都会育ちの躾けられた小学生ならそこまで悪さもしないだろう。・・・しないよね?
「あんまりいろいろ触るなよ―――って言ってる傍からッ!!」
恐るべき身のこなしで招かれざる客たちを来客用ソファに並べた伝楽は、仕方なしにお菓子とジュースで彼らをもてなした。
「で、わちきはなにを話せば良い?ちなみに現在調査中の案件に関する質問はNGな。よその調査会社と繋がりがあるとも知れんし」
「はい、はい!じゃあオレ調査してほしいことがあるんだけど!」
「なんじゃ、言うてみろ」
「探偵さんのすりーさいずが知りたいでーす!」
「身長151cm、年は数えで14歳、気の長さは56cm」
受け身では話にならないので、伝楽は手っ取り早く過去の体験談的なものを語ることにした。要はこの洟垂小僧どもの期待する通りの武勇伝を並べてやれば良いのだ。なに、噺は得意だ。夢物語で伝楽の右に出る者はいまい。
とある機関の非人道的研究を察知し被験者の子供を救い出した話。貨物船を標的にした爆破テロを未然に阻止した噺。事件解決のために異世界まで渡って命懸けで奔走した話。摩天楼の屋上を跳び回る怪盗を追いかけ回した噺。凶暴な蛇の怪物を手懐けた噺。それと、最近なら麻薬売買の温床となっていたビルを特定し、主犯格の男を確保して、彼に襲われていた少年少女を助けた話。
「あのときの探偵のお姉ちゃん、すっげー格好良かったんだよ!犯人をアイキドーって技で放り投げて、取り押さえたんだ!」
「マ、マジかよ!?だってオレよりちょっと背ぇ低いし、女子なのに?」
サイラスという証人がいたおかげで、子供たちの伝楽を見る目が少し尊敬の眼差しへと変化した。やっぱり男の子にはこういう話が一番効果的なようである。
「さて、約束の1時間なのら。わちきはもう仕事に戻るから、お前たちも好い加減家に帰れ。さもないと~???」
伝楽は脅かすようにニタニタと笑って、謎の武術っぽく腕をゆらりと構えた。子供たちはギャーギャー面白がって逃げていく。
帰り際、伝楽はサイラスだけ玄関で呼び止めた。
「ところで、今日はエルネスタは来ないのか?」
「うん、なんか宿題の期限が近いからって」
「なんじゃ、やることもやらんで事務所に来てたのか、あいつ。サイラスはちゃんと学校のことやってから遊ぶんらぞ」
「うん、分かってるよ!じゃあね、探偵のお姉ちゃん、また明日!」
「ああ、またな」