episode9 sect12 ”おでん探偵団、始動!”
インターホンも鳴らさないで、こいつは今日も16時40分きっかりに現れた。
「こんちはー。伝楽いるー?」
「ああ、いるよ」
銀髪碧眼、和装の美少女探偵の華奢な腕が、ソファの肘掛けの下から生えて、気怠げにゆらゆら揺れた。
伝楽は来客用の上等なソファから体を起こして、顧客ならざる来客を確かめた。最近新しくなったらしい日本風の学生服と、なんの儀式に使う用なのやら謎のドクロペンダント、そして極めつけの無意味な包帯。実は割と伝楽の好みなファッションセンスのアイタタ系JK、エルネスタ・エルスターだ。それから、彼女の弟分にして至極マトモで素直な小学生、サイラス・チョウも一緒である。マトモと言えども、エルネスタあるところにサイラスあり。伝楽に言わせれば常識を捨てる一歩手前の大事な時期を迎えた、難儀な少年である。
「あのなー、エルネスタ。お前、部活とかサークルとか、なにかやっとらんのか?毎日こんなところに出入りしてたら青春なんてあっという間に過ぎてしまうぞ」
「毎日じゃないですゥ~。土日込みで週4くらいですゥ~。それに私、こう見えて学外での活動には精を出してるんだよ」
「へぇ?ボランティアかなにかか?」
「まぁ、そんなところ。詳しくは乙女のヒ・ミ・ツ、だけど♪」
「心配するな、別に興味なんてないのら」
相変わらずの舌足らずな毒舌に、エルネスタは唇を尖らせた。そんな風にあしらわれたら、ついつい「詳しく聞けやオラァ」って言ってしまいそうになる。いや、さすがに本当に言ったりはしないが。
「そう言う探偵のお姉ちゃんは、今日はなにかしてるの?」
サイラスは、まぁ、子供らしいといえばそれまでなのだが、言葉のチョイスに悪意がなくとも棘がある。伝楽の余裕の笑顔が若干ひくついたのを目敏く見つけたエルネスタ、サイラスの背後で笑いを堪えながら「いいぞもっとやれ」とほざいていた。
「ふん。依頼がなければなにもしていないと思われるのは心外なのら。こうやって新聞で時事を押さえたり、本を読んで知識を深めるのも探偵として大切な仕事のひとつであって―――」
「そっか、確かにそうだよね」
「・・・なんか素直に受け止められると逆に情けない気分になるからやめろ」
そもそも机の上に放るための紙束ひとつも最初から手元にない伝楽は、その遊んだ両手であくびを隠した。サイラスは素直で純真な男の子だ。是非ともこのままの彼で大きくなって欲しいものである。
エルネスタは、当然のように冷蔵庫からお茶を、そして冷凍庫からアイスクリームを取り出すと、まだ応接用のソファに腰掛けている伝楽の正面に陣取った。スプーンでアイスをひとすくいしてから、エルネスタはスプーンを伝楽に突き付ける。
「要するに暇なんでしょ?それなら私、面白そうな案件を見つけてきたんだけどさ!」
「なんじゃ」
「まずはコレ見てよ」
エルネスタはSNSに投稿されていた動画を伝楽に見せた。時刻は夜半。突如として空にひとつの光点が発生し、1分ほど明滅して、再び突如としてどこかへ消え去ってしまった。所謂、UFOの目撃動画だ。
「飛行機はこんな紫色の光なんて発さないし、見た感じ光が動いた様子もない!しかも翌日、光の発生点付近の地面に小さなクレーターが発見されている!ただし隕石ではない模様!なんという不自然!!いや、超自然!!これは本物のUFOで間違いないっ!!」
「そりゃ位相歪曲なのら。高空での位相歪曲発生件数は『血涙の十月』以降、世界各地で年間300件程度観測されている。穴の向こうが日中の場合、漏れた光が見えるのは不思議じゃない。地上のクレーターは大型生物が落下死して、死体らけが消滅した痕跡」
「す、すげー。さすが探偵のお姉ちゃん」
サイラスに納得されてしまったら、3人しかいないこの空間でエルネスタは確定的マイノリティである。
「そっ、それでも私はUFO実在論を推し続ける・・・っ!!」
「エルネスタ、勘違いして欲しくないから言っておくが、わちきとてUFO実在論を否定するつもりはないのら。これは悪魔の証明になるし、なによりあるならあった方が面白い。今回は単に説明可能な現象らったらけなのら」
「悪魔の証明・・・ッ!うーん、やっぱ伝楽もこっち側の人間だよね、うん、良いセンスしてる。そうそう、ロマンが大事なのよ、ロマンが。ねー、サイラス?」
「俺はもうちょっと分かりやすい言葉でしゃべって欲しいし、2人ともオシャレとはなんか違うと思ってるけどね」
エルネスタが伝楽と通じ合っているのを見ると、なんだかちょっぴりモヤッとする。拗ねて意地悪な口調になるサイラスだが、しかし正直に言えばエルネスタが普通にお洒落をし始めたら、相当受け入れがたく感じるだろうと自覚していた。エルネスタはいまのエルネスタ以外でエルネスタ・エルスターたり得ないのだ。・・・が、伝楽については顔が良いのに格好がエロいので、普通にお洒落してくれた方がサイラス的には丁度良い。
エルネスタの今日のミステリートピックも無事解決してしまったため、探偵事務所には再び退屈が立ち込める。ここに来るようになって1週間やそこらだというのに、サイラスはすっかり慣れて、溜まり場気分でスマホゲームに熱中していた。エルネスタはエルネスタで、しばらくは伝楽をあっと言わせるようなミステリーニュースを探していたが、途中で諦めて、持ってきたパソコンを開いた。応接用のテーブルで流れるようにキーを叩くエルネスタを、伝楽は事務机の安楽椅子に深く腰掛け、のんびり眺める。
「慣れたもんらな。学校の宿題か?」
「そうそう。プログラミングの宿題」
「ほー。最近のJKはプログラミングもするのか」
「どやっ」
さすが欧米人、鼻が高い。物理的に。
またしばらく、エルネスタがソースコードを組み上げていく音だけの時間が続いて、やがて目が疲れたエルネスタが冷蔵庫までお茶を取りに行くと、伝楽とサイラスはすかさずおかわりを要求する。それからさらにしばらくして、またエルネスタがパソコンに向かう。
「案外、探偵って依頼がないんだね。ホームページ作るのでも手伝ってあげようか?」
「余計なお世話なのら。暇ならサイラスといつもの探偵ごっこにでも行ってくれば良い」
「ごっことはなにさ!?というか私の場合は探偵じゃなくてミステリーハンターと呼んで頂きたい!!」
謎の決めポーズと共に土曜日の夜9時にインスパイア・ザ・ネクストな企業の提供でお送りされる番組で世界中を飛び回りそうな肩書きを名乗るエルネスタに、サイラスが冷静にツッコむ。
「前はパラノーマルディスカバラー?とか言ってなかったっけ?」
「そうとも言うのよ」
エルネスタは謎ポーズのまま90度回って言葉の柔軟性を説くが、サイラスは全く相手にせず、あくびをしながらトイレに行ってしまった。
「むぅ。弟って姉に対してこんな冷たいもんなの?」
「さてな。そもそも姉と思ってるかどうか」
「ぬ"ぁ"っ!?こ・・・この私がここまで愛情を注いであげてるというのにそれは薄情すぎないでしょうか!?」
力無くソファに倒れ込んだエルネスタは、サイラスがまだトイレから出てこないのを確かめる。
「伝楽。私ね、やっぱりアンノウンシーカーをやめる気はないけど、もうサイサイまで連れ回す気はないよ」
「ミステリーハンターじゃないのか」
「そうとも言うのよ。・・・この前のことは、さすがに本気で反省した。私は私の中の好奇心を抑えられないけど、そこにあの子まで巻き込んでまたあんな目に遭わせるようなことは、もう二度とあってはいけないの」
「大事な、弟のような存在、らからか?」
「そゆことー」
水洗トイレの音に反応して、エルネスタはいつも通りの雰囲気に戻った。
「思ったより分別あるんらな、お前」
「えっへん。もっと褒めてもいいんだぜ?」
「え、褒めてるように聞こえたのか?」
「なんの話してたの?」
「エルネスタがお前のこと大好きすぎて少し大人の階段を登った話」
「な、ま、まじでなんの話だよ!?」
おや、意外におませさん。赤くなって闇雲に声を荒らげるサイラスを横目に、伝楽はニヤニヤする。からかわれて怒るサイラスをお姉さん2人で弄んでいると、
「あ、あのぅ・・・」
気付かなかった。事務所の玄関から、気弱そうな女性が首だけ入れて覗いているではないか。
「ここって・・・・・・探偵事務所ぉ・・・で、あってますか・・・?」
はて、突然やって来て、あの気弱そうなお姉さんはなんと言ったか。思考停止。頭を整理する時間。探偵と助手(自称)と助手の助手は半開きの玄関を、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で凝視する。・・・・・・あ、そうだよ。いまの伝楽は探偵だった。整理終了、業務再開。
「ご、ごめんねお取り込み中に!!じゃ、失礼しましたぁ!!」
「ま、待て待て待ってくれ!!合ってる探偵事務所で合ってるから失礼すな!!」
驚異の瞬発力で玄関のドアの隙間に手を突っ込み、伝楽は満面の営業スマイルで扉をこじ開けた。次はいつ来るかも分からない依頼人だ、例えここで指がドアに挟まれ千切れようとも逃がすわけにはいかない。
「わちきはここの代表の伝楽じゃ。迷子のペット探しから密室殺人事件の犯人捜しまでなんでも請け負うぞ!!」
「サ、サイサイ!一番良いお茶用意して早くっ」
「う、うん!・・・って、どれが良いお茶かなんて分かんないよ!?」
「えっ、えっ。えー!?」
女性のへなちょこな悲鳴は、敢えなく扉の奥へと引き摺り込まれるのであった。
○
「粗茶ですが―――」
「あ、はい。ありがとう―――」
いや、さっき一番良いお茶を用意しろとか言っていたような気がするのだが。金髪碧眼のどこからどう見ても西洋人な少女から出されたお茶を啜り、女性は思ったより熱くて舌を出した。案内された部屋の中は、いま座っている応接用のソファやたくさんの資料がしまわれたキャビネット、これ見よがしな安楽椅子と事務机のセットなど、確かに探偵事務所らしい空間だった。
「ようこそ、伝楽探偵事務所へ。今日はどのような御用件で?」
「えとぉ・・・最近うちの近所で動物の変死が多発してる原因を調べて欲しかったんだけど・・・探偵さんは?」
「ん」
伝楽が自分の顔を指差しても、女性は目をパチクリさせて苦笑い。
「わ、わぁ、そーなんだー。で、お父さんかお母さんは?いまはお出掛け中?」
「最初からそんなのおらんわ!!おいワトソン君、わちきの机の引出に名刺があるから取ってきてくれ」
ワトソンと呼ばれ、サイラスとエルネスタが机まで競走した。
「ちょ、エルエル!!”君”なんだから俺でしょ!?」
「助手は私!!サイサイは助手の助手!!お客さまの前なんだから出しゃばらないの!!よっしゃーっ、名刺獲ったどー!!」
「小学生相手にムキになんなよな!!」
若干鼻息を荒くして戻ってきたエルネスタから名刺入れを受け取った伝楽は、顔に「もう帰って良いですか」と書いてある女性に愛想笑いを向けつつ、改めて自己紹介した。
「わちきが、伝楽探偵事務所代表の伝楽なのら。そして後ろの2人は・・・2人はー、あー・・・、まぁ厚意でわちきの仕事を手伝ってくれているエルネスタとサイラス」
「え、でもみんな子供・・・」
「大丈夫、営業許可証もちゃんとあるのら。ほら、そこの壁に掛けてあるじゃろ」
確かに、ちゃんと見える場所に営業許可証があった。女性も、ここまで言うのであれば仕方ないので、ひとまずこの少年少女たちが探偵をしていることまでは信じてみることにした。
「事実は小説よりも奇なり、とも言うしね。・・・それに、もう相手にしてくれるところもここくらいだろうし・・・よし」
女性は居佇まいを直すと、トートバッグから1冊のA4ノートを取り出した。彼女が開いたページには、新聞の切り抜きがいくつも貼り付けられていた。
「私、何汐っていいます。今日は探偵さんに、この記事の事件について調べて欲しくて来たんです」
「ふむ・・・動物たちが次々と変死体で見つかっている、と。よくこんな小さな記事を、これだけの数集めたな」
「ジュリアスも・・・私の飼っていた犬も巻き込まれたから・・・うっ、ぐすっ・・・。なんとしても原因をハッキリさせたくて・・・!!」
「なるほど。それは御愁傷様らったな。少し、ノートを見せてもらっても?」
「ぐす。どうぞ・・・。必要なら差し上げます。だから、なんとか原因を突き止めてください!」
「必ず、とは約束しかねるが、やれるらけのことはやろう。その様子じゃあ、どこに頼んでも相手にされなかったんじゃろ?」
「・・・っ!!」
本来、こういう案件は保健所や警察に任せる仕事だ。というのも、飲み水に毒素が混入していたり、何者かの悪戯だったりするオチが常だから。そして実際、この件についても警察が公式に見解を出してしまっている。記事を読めば、人間の悪戯という方向で片付けたようだ。要するにもう結論の出た案件なのだ。これ以上のことが知りたいなら警察に問い合わせる方が良いに決まっている。
調査会社だって暇ではない。大手ならもっと優先すべき案件なんて山ほどある。
汐は、いくつもの業者を訪ねてはそっと追い返され続けて、こんな怪しい探偵事務所にまで流れ着いたのだろう。
「伝楽、私にも記事見せて」
「ああ」
「俺も俺も」
地域に流れる川や用水路の水質調査は真っ先に行われ、結果は異常なし。動物たちの死体には外傷が見られないため、他の動物に襲われたとも考えにくい。
「探偵のお姉ちゃん。これ、普通に病気とかじゃないの?」
「ありえなくもないが、可能性は低いな。陸上の生物らけでなく、魚も鳥も被害を受けているとなると、それこそ細菌兵器の類なのら。それに熊や鹿まで死んでいて、人間らけが無事なのはなぜ?」
「な、なるほど・・・」
「私も、病気なんかじゃないと思います。だってジュリアス、死ぬ前日まですごく元気でしたから・・・」
汐は、スマホを出して、ペットの写真や動画を見せてくれた。公園で元気にフリスビーをキャッチして走り回る大型犬の姿は、確かに病に冒されているようには見えない。別の写真では食欲旺盛な様子が撮られていた。
これら全てが、死の前日に撮られたものだという。
「それから、これが―――」
また汐は言葉を詰まらせたが、それはそれで意味は察せられる。次の写真は、犬小屋で大人しく眠るジュリアスの姿だった。しかし、その撮影日はさっきの動画の翌日だ。つまり、汐の愛犬はこうも奇妙なほど穏やかに、突然に息を引き取ったのである。
「痩せている感じもないし、確かに病気とは考えにくいですねぇ。ちなみに汐さん。ジュリアス君は人懐っこいタイプの子でしたか?」
「いえ、むしろ見慣れない人にはすぐ吠える子でした。元々、実家で飼ってた番犬の子供なんです。それで、私が家を出るときに一緒に」
「フムフム。すると、誰かの悪戯で亡くなったというのはちょ~っと納得いかないですよね」
「そう、そうなんです!だからこうして、私、調査をお願いしようと思ったんです!!」
核心を突いた質問だったようだ。いかにも賢しげに顎を撫でるエルネスタが不覚にも探偵っぽく見えて、サイラスは無意識に彼女と同じポーズで頷いていた。しかし、現実的な話をするエルネスタはここまでだった。
「毒でも怪我でも病気でもない。人の仕業なんてもってのほか。ではなぜジュリアス君はこのような非業の死を遂げたのか―――?それはズバリ”アレ”ですよ」
「「”アレ”・・・・・・!?」」
サイラスと汐が一緒にゴクリと生唾を呑む。
伝楽はまったりとお茶を飲む。
「そう、生命力だけを吸い取る地球外生命体がジュリアス君の寝込みを襲ったのです!!」
サイラスはワクワクしたままだが、大人の汐はすっかり唖然としてしまった。当然だ。どんな三流の推理作品の主人公の当て馬役だって、もっとマシな推理をするものだろう。汐は、失望を通り越して悔しくなった。愛犬の死を弄ばれたようにさえ感じた。
「っ・・・、もう、いいです・・・。そもそも子供だけの探偵事務所なんて期待すべきじゃなかったのに・・・。ごめんなさい、帰ります」
「まぁ待て。エルネスタの妄想も、案外的を射ていると思うぞ?」
「伝楽さんまで・・・ふざけてるんですか!?」
「疑う気持ちは分かる。らから、こうしよう。10日以内にわちきたちがこの変死事件の原因を特定出来なければ報酬は払ってくれなくて良い。それから、マルチリクエストしてくれても構わない。どうかな、何汐?」
狐の面で右の片目を隠した少女の、全てを見通したような眼差しに、汐の猜疑心が狂う。エイリアン?生命力を吸い取る?ありえない。常識的に考えてみろ。こんなの詐欺師の口八丁と変わらない。10日後に理不尽な結論を押しつけられて金を毟られるのが目に見えている。・・・のに、信じたくない自分を信じ切れなくさせる魔性。
「そこまで言うなら・・・調べてみれば良いんじゃないですか?エイリアン・・・」