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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode8 『Andromedas' elegies』
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episode8 sect43 ” See the #1e50a2 Sky and You Again ”

 10月29日。


 一ヶ月半以上に及んで人間だけを襲い貪った化物への恐怖は、徐々にではあるが、薄れ始めていた。『ブレインイーター』の捕縛に成功したという報道をもって、事件は終息を迎えたのだ。それと共に世界中の人々を驚嘆させたのは、『ブレインイーター』を無力化したのがIAMOでも軍でも警察でもなく、たった3人の少年少女だったことだ。しかも、ひとりはいままさに渦中の存在であるオドノイドであり、ひとりはそんな彼女を救うためにIAMO(世界の総意)に挑んだ勇気ある少年であり、ひとりは日本の一大イベントである高総戦で伝説的な活躍を見せた最強の女子高校生である。

 現実には今後も続くであろう事態の複雑さを鑑みて、生徒たちに過剰な注目が集中しないようマンティオ学園はじめ関係各所はあくまでの実習に指導のため同行していた警視庁魔対課の魔法士と千影による成果であるという主張を繰り返していたが、人の口に戸は立てられない。もうここまで広まった噂を完全に塗り潰すことは出来ないようだった。


 そんなわけで。


 「・・・これは新手のイジメかなにかで?」


 「うおあ~、としくんなんだか遠い世界の人になっちゃったね~」


 週明けの月曜日、迅雷は一緒に登校してきた慈音の一緒に、自分の机の上にうずたかく積み上げられた()()に唖然とした。日本国内のみならず、チラホラと海外からも届き始めた、感謝の手紙とファンレターの山だ。迅雷がこうならば、と雪姫の席にも目をやれば、あっちもあっちでなかなか立派なものが出来上がっていた。


 「おいすー、スーパ―スター。せっかく見舞いの花を用意してたってのにオレが来たときにゃ既にこの有様だったんでさ。だからいま渡すぜ」


 「おいコラなんだその花瓶に挿した一輪の白くて可愛いお花さんは」


 「ベンジョグサ」


 「怪我人に殴り合いの喧嘩を強いるんですかそうですか。お花さんの尊い犠牲を無駄にしないためにもいまから真牙をぶっ殺して飾ってあげないとですね」


 迅雷と真牙が額を付き合わせていると、クラスの男子連中がここぞとばかりに煽りを入れ始めた。どうやら迅雷の机の山から金髪美人さんの写真付きファンレターやら人気アイドルからの直筆応援メッセージやらを発掘してしまったらしい。真牙の持ってきたベンジョグサの花瓶はそんなクラスの総意と取るべきだ。つまり、迅雷の味方は一人もいないのであった。


 「ふっ・・・」


 やれやれ、全く、下らん奴らめ。こんなファンレターも応援メッセージも欲しけりゃくれてやる。迅雷にはもう心に決めた女性がいるのだ!例え世界的スーパーモデルからの熱烈なラブレターが届いたって動じるのことなどあり得ないのだ!!


 「おい、ロリコンがお前らのこと憐れむような目をしてんぞ!!」


 『性犯罪者に屈するなァァァ!!』


 「言ったなテメェらッ!!良いぜ、まとめてかかってこいやゴルルァ!!」


 あんな事件があったばかりなのが嘘のように始業前からドッタンバッタンと血気盛んな担任クラスの教室前で、志田真波はこめかみを押さえた。


 「ホント、しょうがない子たちなんだから」


 でも、悪いことじゃあない。少なくとも数日前までの、あの息苦しい日々よりはずっと。彼らの笑顔を見れば、亡くなった西郷先生も少しは浮かばれるだろう。


 「こらー。あんまり騒ぐならぶっ飛ばして椅子に縛り付けるわよ!」



          ○



 昼休みになってもまだ痛みの引かない頬をさすって、迅雷は嘆息した。


 「まさかマジでぶっ飛ばされるとは」

 「思わぬご褒美だったな」


 全く同じ形の手形が付いているのに迅雷と真牙の反応は正反対だ。これが変態(ロリコン)と正常者の違いということか。(違う)

 ちなみに、争いの火種であった迅雷宛ての無数のファンレターは、雪姫のものと合わせて現在は職員室に戻されていた。・・・戻されたということは、元々はそこに届いたものが一度はわざわざ迅雷の座席まで運ばれていたということなのだが。あの手紙の山は迅雷の自宅に送る手段のなかった人々が、それならばと彼の在籍するマンティオ学園目掛けて送りつけてきたものだったようで、勝手に処分するわけにもいかずに真波が教室まで持ってきたらしい。決して職員室に保管していても邪魔だから押しつけたわけじゃないのよ、と真波はめちゃくちゃ早口で言っていた。あれ?本当の争いの原因は巡り巡って他でもない真波だったのでは?


 「ちくしょう、俺怪我人なのに・・・」


 「ほへよほへ(それよそれ)。んっ。迅雷クンさぁ、普通に登校してるから忘れてたけど『ブレインイーター』と戦ったんでしょ?一昨日に。天田さんだって入院中なのに、本当に大丈夫なの?」


 食堂のハロウィン限定パンプキングラタンを頬張って涙目でハフハフ言いながら、向日葵がそんなことを言う。


 「病院の先生には『なんかもう君の体は治し慣れてきて機械のメンテナンスしてる気分だよ』って言われた」


 「としくん、この半年で何回入院したかもう数えてないでしょ」


 「少なくとも治療行為が手順踏むだけの作業になる程度には厄介になってるのね」


 友香にまで追い打ちを掛けられた。迅雷だって好きで大怪我してきたわけではないっていうのに、容赦のない友人たちだ。

 ただ、今回は入院を免れた。千影の応急処置があったおかげだ。あの脂ぎった医師も千影の手際には非常に感心していたほどだ。雪姫の傷を繕ったのも千影だと知ったときには、短期間でここまで上達するなんて、と賞賛すらしていた。ただし、それでも迅雷の体組織に蓄積された無茶の名残までは消えておらず、依然として本来なら魔法士としての活動を避けるべき状態にあるのは変わらないのだが。


 「そういえばさ」


 友香はスマホでネットニュースのとある記事を出して見せた。情報自体は『ブレインイーター』の捕獲成功の報道から半日もしないで発信されたものだったため、迅雷は「ああ」と適当な相槌を打った。しかし、それがいまの人間界にとって極めて重大なインシデントであることも確かだ。


 「これ、本当なの?『ブレインイーター』がオドノイドだったって」


 「―――本当だよ。だからIAMOだってあいつを殺すんじゃなく、保護するって決めたんだ」


 情報を開示したのは他ならぬIAMOだ。当然、これだけの人的被害を出した後になって『ブレインイーター』をただ「オドノイドだったから」の一言で千影たちと同列に加え保護しようとするIAMOの考え方は物議を醸している。実際、既にIAMO関連施設では情報開示以降ひっきりなしに抗議の電話やメールが殺到しており、中には放火未遂事件まであったとか。日本のワイドショーでも好意的に捉えている芸能人や専門家は多くないように見受けられた。それもそうだろう。猟奇殺人犯が精神鑑定の結果に守られることに被害者の遺族が納得出来ないのと全く変わらない話だ。

 だが、それでもIAMOは可能な限り速やかにこうする必要があった。皇国にこれ以上先手を取られないために。

 仮に皇国がIAMOに先んじて『ブレインイーター』はオドノイドが暴走して変化した存在だったと公表すれば、後からIAMOがなんと言おうとどこか後付けの言い訳のような気配が付与されてしまったことだろう。オドノイドにそんな可能性があることを知らなかった人々はみなこう思うのだ。IAMOはまだ私たちに隠し事をしていたのか、と。数ヶ月前までの公明正大なイメージのIAMOならいざ知らず、オドノイドに関する情報秘匿や強引な政策推進を行う現在のIAMOなら本当にそんなことが起こりかねない。

 だから『ブレインイーター』を生け捕りにするメリットはあった。皇国より先に『ブレインイーター』がオドノイドであると公表することに違和感を与えないために。ネビア・アネガメントから証言を得るために。IAMOがオドノイドが完全なモンスター化する可能性を知っていたことを知られないために。傷を浅く済ませるために。


 (・・・って、あいつは言ってたっけな)


 あの女狐がこの予言をどこまで善意で授けたのかは分からない。迅雷には現物が手元にないまま数本の映画の台本を読み上げられたようにちんぷんかんぷんだった。ただ、ネビアを助けた結果として、彼女の言っていた展開が現実のものになろうとしている気配はあった。


 「迅雷?どうした?」


 「・・・あ?」


 「まだなんか心残りでもあんのか?」


 どうやら迅雷はラーメンの丼に箸を突っ込んだまま固まっていたらしい。


 「いや・・・なんつーか」


 「あそ。で、そろそろ時間じゃなかったっけ」


 そう言って真牙が親指で指したのは、時計ではなくガラス張りの外に広がる晴れやかな秋空だった。そんな真牙に同調して慈音もポンと手を叩く。向日葵と友香は首を傾げたが、それは仕方がない。『ブレインイーター』がオドノイドだったことは周知の事実だが、そのオドノイドがネビア・アネガメントだったことを知っているのはあの日、迅雷たちの生還を信じて『門』の前で待っていたごく一部の人間だけだ。


 「良い天気だぜ。長い話なんか後でも良いじゃん?」


 「あ、としくん。飛行機雲!」


 醒めるような青空を迷い無く進んでいく一筋の白い線に、迅雷も力を抜いて笑う。その通りだ。迅雷はいま、満足している。


 「またな。ネビア」


          ○


 「お、見える?ゆっきー。飛行機雲」


 「アンタの頭で見えない」


 「オウ、シット」


 喧しい見舞客と共に病室の窓の外を眺める雪姫は、見る者があれば別人と疑うだろうほどに穏やかな目をしていた。

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