episode8 sect42 ”爾後紛乱”
事実。
実際問題、ネビア・アネガメントは失敗した。
神代迅雷を殺すことも捕らえることもせず、標的と異なる人間に襲い掛かり、返り討ちに遭った。
結局、化物退治の手柄が何者のものであろうと関係ないのだ。『ブレインイーター』が倒されたことで、あれを討伐するという目的を帯びてこのダンジョンに侵入したロビルバの部隊はこれ以上の活動理由を失ってしまった。
そもそもが、ネビアに学生集団を襲わせ、そこに先述の”大義名分”を持って介入し、どさくさ紛れにジャルダ・バオース侯爵の死の報復を果たす手筈だった。強烈だがなにかと大規模な破壊を撒き散らす神代迅雷は、学友という人質を周囲に置くことで弱体化する。ネビアが命令通りに行動していたなら、ロビルバは今日、自分の片腕を奪った神代迅雷を殺すことが出来ていたはずだったのに。・・・要するに、なにもかも最初から破綻していた。
しかし、まだロビルバには作戦の軌道修正が可能だ。全てを取り戻すことは出来ないが、このまま名目上の目的に引っ張られてすごすごと引き下がって堪るものか。
繰り返しになるが、ロビルバはマルコスほど強くアスモへの忠誠を誓ってはいない。無論それなりの敬意は持つようにしているが、それは幼く世間知らずなプリンセスの戯れになんの損得勘定もなく付き合うほどのものではない。故に、ロビルバは自分の願望によってのみ行動していた。
すなわち。
2人の少女を救い出し、油断のただなかにいる神代迅雷の側頭部に向けて、ロビルバは容赦なく引き金を引いた。
空気抵抗をほぼ受けないために埒外の射程を誇る『黒閃』と、『レメゲトン』状態で得られる洞窟中に蔓延る微生物たちからの情報に基づく、もはや対象を視界に入れる必要のない照準補正の合わせ技だ。加えて、この狙撃銃から放たれる『黒閃』の弾速はマッハ3以上に達する。それが、一切減速せずに直進するのだ。標的には、ロビルバの気配にも銃声にも気付くことなど出来はしない。
本当はもっと嬲り苦しめてから殺したかったが、ロビルバがあらゆる過程を妥協して本気で”殺す”ことにだけ全力を注いでしまえば、こんなものだ。
「つまらないよな。本当に、つまらないよ。・・・けど、お前を殺さないで帰るわけにはいかないんだよ、神代迅雷―――!!」
脆弱な人間の頭部など着弾と同時にいとも呆気なく吹き飛んだ。
ただし。
神代迅雷ではなく、ネビア・アネガメントの頭部が、だった。
「な・・・、バカな、なぜ気付いた!?いや、そうか・・・!!あいつ、アイナカティナを喰ったな―――!?」
残った魔力の全てを込めて受け止めたのか、ロビルバの『黒閃』はギリギリでネビアの頭部を貫通せず、彼女に庇われた神代迅雷には傷ひとつないようだ。残念だが2発目は無謀だ。どんなに弾速を高めても金髪のオドノイドの警戒をすり抜けられるビジョンが浮かばない。
「・・・くそったれが!!だからって、こんなくらいで諦められるかよォォォ!!」
脅威は所詮千影ひとり。ビスディア特区での戦いでも、一対一ならロビルバは勝てていた。恐るるに足りないのだ、ゴキブリにしぶとくすばしっこいだけの小娘など。
あれからロビルバも新しい戦術は組み立てた。翼に蓄えた『黒閃』を羽毛のように細分化して放射し、その反動を推進力に転換することで、ロビルバは自身の放つ『黒閃』と同等の速度で飛び立った。これでも千影と鬼ごっこするには到底及ばないが、元々勝てる相手の数少ないアドバンテージを減少させるのだ。むしろ十分過ぎるオーバーキル戦術と言える。
「このまま強襲して一気に仕留め―――、うッ!?」
頭痛。
微生物たちがざわめいた。感情と呼べるほどの知性を持たないはずの彼らから伝わってきた緊張にあてられて、ロビルバは反射的に立ち止まってしまった。
ダンジョン内に、新たに2人の人間の反応が出現した。普通ならたかが2人、しかもこれだけ離れているのだからロビルバが警戒するほどの変化ではないはずだった。
だが、こればかりはそうもいかない。問題なのは、2りぽっちの増援の、片方だ。
「みしろ、はやせ・・・?」
本当に微生物たちの感じたストレスだけだっただろうか。また別の、なにか、実体を伴わないプレッシャーが、ロビルバの喉元に幻覚の刃を突き付けていた。
「むっ、無理だ。万が一にも遭遇したら勝ち目なんてひとつもない・・・!!」
ネビア・アネガメントの能力を活用した神代迅雷の捜索および殺害・捕獲計画には、必然的に神代疾風が立ちはだかるリスクが想定された。そのため、副次的に得られた周辺情報を駆使して神代疾風の行動を徹底的に予測して避けてきた。神代疾風の最も有効な対策は、出会わないこと。これに尽きる。七十二帝騎といえどもあの男を戦えるほど隔絶した戦闘力を持つ者は僅かだ。その意味では保険の役割を兼ねていたアイナカティナもいない。
もしも、千影の抵抗が予想外に激しかったり、神代迅雷が実はまだ余力を残していたとして、まぁそれでも殺せる自信はあるが、それでも想定より数分手間取ってしまったとしたら?確証はないが、それが神代疾風に追い付かれるか否かの致命的なタイムロスになるような気がした。
例え神代迅雷を殺して宿怨を晴らせたとしても、その直後に死んでしまってはなんの意味もない。そもそも、ロビルバの復讐は神代迅雷を殺して得た金で失った右腕を治療し、高笑いすることで完遂されるのだから。
ギリギリと歯軋りをする。なんて悔しいのだ、すぐそこに奴はいるというのに。
「・・・マルコス、撤収します。神代疾風が現れた。僕らだけでは分が悪い。お互い、死んだら元も子もないでしょう」
『むぅ・・・!!悩む時間すら惜しむべきとは!!不承不承、承知した。合流地点は予定通りで良いかね、ロビルバ君?』
「ええ。それでは。20分以内に来なければ僕一人でも離脱しますよ」
あらん限りの悪感情を濃縮した舌打ちをひとつ残して、ロビルバは再び『黒閃』の羽を展開した。殺すためではなく、逃げるために。
●
「 え?」
眼前で起きたことが、迅雷には10秒経ってもさっぱり理解出来なかった。
雪姫の悲鳴が聞こえる気もするが、ぐわんぐわんと耳に水が詰まったように現実感がない。
顔の表面を、いくつかのなにか柔らかくて生温かいものが、ねっとりと伝って落ちた。
全く、見て確かめたいとは思わなかった。恐る恐る見下ろすと―――”恐る恐る”という表現が似合うぎこちない動きだったことは、迅雷も頭のどこかまだ正常な認知機能が生きている部分では既にその物体の正体に気付いていたのだろうが―――地面にポトポトと散らかっていたのはピンク色の破片だった。だが、肉とは質感が異なって見える。
そっと顔を上げる。
飽きて床にうち捨てられた人形のような格好で転がるネビア・アネガメントには、頭の右半分が無かった。
「 ――――――・・・ひっ」
弾け飛んだ頭の断面からはみ出すそれと、同じ色の破片を見比べて、迅雷は雪姫の悲鳴を正しく聞き取れた。
迅雷が胸ぐらを掴む力を緩めた途端、雪姫が飛び出して、迅雷が浴びたネビアの脳の破片を拾い集め始めた。意味などないはずのその行為に、なぜか迅雷も引っ張られた。残った脳が全てこぼれてしまう前に迅雷はネビアを横向きに寝かせ直し、しかし、それ以上どうしたら良いのかも分からず口をパクパクと動かして、辛うじて千影の名前を呼んだ。
「ち、ちかっ、ちかげ」
返事がない。
それだけで迅雷は一瞬、心臓が止まるかと思った。静かなだけで千影までネビアと同じ状態になっているのではないかと想像してしまった。
しかし、必死に探して目の前に見つけた千影はしっかりと2本の足で地を踏んで、長く続く洞窟の闇の奥を睨んでいた。
「・・・・・・」
「ちかげ、ねびあが」
「・・・大丈夫。ここはダンジョンだよ、死んでたら体も消えてる。それに、いまのネビアはきっとその程度じゃ死なないと思う」
見れば、慌てて動かしたことでかぶせていた雪姫の上着が落ち、露わになったネビアの腹にも背にも迅雷が剣を突き立てた傷痕はほとんど残っていなかった。だから頭部を半分消し飛ばされても大丈夫という理屈にはならない気がしたが、同じオドノイドの千影が言うので迅雷はひとまず信じることにした。
ただ、そうもいかないのは雪姫の方だ。拾った脳の破片をネビアの頭蓋の内側に戻そうとしていた。いまさら抱く感想ではないが、正気ではない。見たことないほど青ざめた雪姫の顔に恐怖を感じた迅雷は、彼女の手を掴んで止めた。震える雪姫の細腕は、その印象に反して凄まじい力で迅雷の制止に抗ってきた。
「なんで。治るんでしょ・・・?だったら元に、戻さないと」
「砂とか骨の破片とか一緒に入れてどうすんだよ。むしろ失ったところは空白にしといた方が再生しやすそうだ」
「ああ・・・・・・うん」
と、そこで千影が一際とんでもないことを口走る。
「ああそれ、口にでも突っ込んでおくと良いよ。食べて魔力に変換した方が効率良いから」
直前まで狂気に陥りかけていた雪姫も、さすがに正気に戻った。要するにドン引きした。しかも、当の千影本人にはこれっぽっちの悪気も見受けられない。悪趣味と断じる以前に、千影にとってはそれが自然で合理的な考え方のようだった。もっとも、ネビアにネビア自身の体を食わせるのでなければ千影もこんな提案はしなかったが、そこまで雪姫の考えが及ぶことはなかっただろう。
しばし顔を引き攣らせて雪姫は悩み、それから観念したように手の中のものをネビアのいろんな意味で半開きの口の中に慎重に流し込んだ。
「これで少しでも助かる確率が上がるならやるしかない。・・・なんなの、本当に、やっぱりあんたたちは正真正銘のバケモノだよね」
まだ意識が残っているのか、ただの反応に過ぎないのかは不明だが、注がれたものをネビアは少しずつ飲み下してくれた。それを見てから、迅雷は改めて警戒を強めた。
「ところで千影、いま撃ってきたのって」
「うん。絶対ロビルバだよ」
ロビルバはもう一人の騎士とまとめて空奈と瞑矢が食い止めてくれていたはずだが、まさか突破されたというのか。迅雷は血の気が引く思いがした。彼らの戦いにおいて、突破する・されるの指す意味は想像に難くない。千影も嫌な汗を浮かべていた。あくまで冷静さを保とうとしているが、呼吸も浅く落ち着きは足りない。
「おかしい。なんで追撃してこないの?」
ここまで追いかけてくるくらいしつこいのに、どうして狙撃を一発防がれただけでパタリと攻撃の手を止めるのだろうか。第一目標は迅雷の殺害でも、それだけではないだろう。可能ならば、ロビルバはネビアも回収したいはずだ。
いっそ千影から仕掛けてこのモヤモヤを解消したい焦燥感に駆られるが、この衝動には従えない。迅雷に、ネビアに、それから雪姫も守らなくてはならないし、それ以前に千影ひとりではロビルバに勝てない。千影は疾風に多少鍛えてもらったが、ロビルバだって対策はしてきたはずだ。きっとまだ彼我の実力差は覆っていない。
(というか、クーさんたちが負けたんだとしたら、もう一人のオッサン剣士も一緒の可能性だってあるんじゃあ・・・?)
破れる気配のない不気味な静寂の中で、千影が生唾を飲む音が際立つ。いざとなったら千影は迅雷の命を最優先に動く。その覚悟を決める、スイッチング音だった。
逃げるだけなら千影の独壇場である。負け犬だの薄情者だのと罵られても構わない。一番大切なものを見失うな。土壇場で新たな力に目覚めて全部解決出来るほど世の中は都合良く出来ちゃいない。仮に隠された力があったとして、それが目覚めた結果が迅雷の現代医療技術では治しきれないたくさんの障害と爆弾を抱えたボロボロの体だ。
最悪のケースでも初動で遅れだけは取るまいと、千影は洞窟の奥から目だけは離さず後ずさり、いつでも迅雷に触れられる位置に立った。
そのまま何分が経っただろうか。さすがにずっと強張ったままの筋肉が悲鳴を上げた頃、闇の奥から足音が聞こえた。
千影は恐怖のあまり反射的に迅雷の手を握る。
足音は2つあるようだ。どちらも駆け足。片方はただ走っているだけ。もう片方は―――焦っている?いや・・・どうなんだろう、そう思わせて、なんだか違うような感じもする。気配を消そうと思えばいつでも出来ますけど、いまは敢えて分かるようにしてあげるんですよ、みたいな。まるでスズメバチの羽音による警告だ。
「千影、来るぞ」
「ん。大丈夫。・・・大丈夫」
迅雷も、既にフラフラのくせに身構える。
雪姫も、ひりついた空気に切り替わっていた。
そして、最初に足音の主の正体を見たのは雪姫だった。
「待って、違う。魔族じゃない」
「「え?」」
雪姫の視力がマサイ族とかその辺と互角以上の次元にあるのか、迅雷も千影も半信半疑ながら臨戦態勢を緩めた。それでも緊張を緩めたのは、知らず知らずのうちにその程度には雪姫との間に信頼関係が出来ていたからだろうか。少なくとも雪姫は、その結果この2人が傷付き、最悪命を落としかねないような嘘を言う人格ではない。
だが、それならば一体、誰がやって来たというのか?空奈や瞑矢の可能性は高いが、彼らがロビルバを追ってきたのだとしたら、いま迅雷たちが耳にしている音は足音なんかではなく、もっと腹の底まで響くような激しい戦闘音になりそうだ。かと言って、ダンジョン外に退避していた先生たちが助けに来たようにも思えない。千影の見立てでは、これほど自在に気配をコントロール出来るような”殺しのプロ”は彼らの中にはいない、まして生徒たちでもありえない。
そこまで考えて、迅雷と千影はハッと気付いて顔を見合わせた。ロビルバが迅雷への追撃を諦めて撤退を選択するほどの脅威を感じ取り、かつ足音ひとつとってもその実力の高さを表現出来るほどの人間。そもそも、迅雷はダンジョンへ再突入する直前、慈音になにを頼んだのだったか。
答え合わせの時間ですとばかりに、迅雷たちの前にも足音の主たちは姿を現した。
「父さん」
「はやちん!」
最近は珍しいことが続くもので、駆けつけた疾風の顔には玉のような汗が浮いていた。彼も、冷静に敵対者への威嚇を行ってはいたが、なんだかんだで相当に焦っていたのも間違いではなかったのだ。
「無事かお前ら!?」
「ボクととっしーなら、なんとか。そっちの2人は無事判定の基準次第ってトコだけど」
腹周りの穴だけ塞いで中身はぐしゃぐしゃの雪姫と、見た目は死体そのものなネビアを、千影は顎で指した。
「ネビアっ!?」
それから、忘れちゃ可哀想なのがこの青年だ。川内兼平は、凄惨な有様の少女に駆け寄り、慌てて抱き上げようとした手をすんでのところで止めた。下手に起こせばそれが彼女へのトドメの一撃になりそうだった。
「千影、コイツはまだ助かるのか・・・?」
「大丈夫だってば。だからあとはお願いね、かねピー」
「だからそのナメた渾名はやめろって・・・」
毒づく兼平は、反面、泣き出しそうなほど緩んだ笑みを口元に浮かべていた。報われた人間の顔だ。
「ありがとう・・・」
「ボクは―――荘楽組は、元々こうするつもりだったからね。それを果たしただけ。君にお礼を言われるようなことじゃないよ。むしろ協力してもらったのはボクの方だし」
「それでもだ」
高総戦という華々しい大舞台の裏側で人知れず巻き起こり、誰の記憶にも残らぬまま終結した紛争、抗争。そこで一度なにもかも失って、それでもそこからやり直そうと決めた兼平にとって、ネビアは己の明日を指し示す道標だった。オドノイドを管理するIAMO暗部の腐った連中のことだから、兼平に希望を与えるとか、そんなつもりは全くなかったのだろうけれど、それでもだ。
「俺はネビアの、パートナーだからな」
だから今度こそ守り切る。かつて実験台にして報酬に代えようとしたそこの少年たちに先を越されてしまったが、子供の彼に出来て大人の兼平に出来ないはずがない。人間とか、オドノイドとか、そんなものは一緒にいることになんの関係もないんだってことを示そう。自分が正しいと信じた世界を、まずは自分が体現するのだ。
千影は、そんな兼平を見て少し困ったように微笑んだ。この青年は、きっとIAMOで生きていくには少々力不足で、純粋過ぎるのかもしれない。
「それ聞いたらみんなネビアに嫉妬しそう」
さて、それはそれとして、いま一番困惑しているのは雪姫だ。なにせ、彼女にとって神代疾風と川内兼平はなんの前触れもなく現れた部外者だった。しかし、驚きを表出する手前で雪姫は事の全体像をなんとなく理解し始めた。大体、雪姫の視点ではいきなり駆け付けたのは迅雷と千影も同じだった。いきなりと言えば、IAMOの『ブレインイーター』に対する方針転換や、それに伴う一央市ギルドの捜索体制の変化もだったか。
自分から人を遠ざけておいてこんな風に感じるのは勝手が過ぎるかもしれないが、なんだか蚊帳の外な気分にさせられる。最初っから『ブレインイーター』は実はネビアだったんだと、と教えてくれていれば、雪姫だって―――。
「ちっ・・・」
「い、いまの舌打ちはなにに対する舌打ちなんでしょうか天田さん・・・?」
いっそ怨念めいた、と表現出来るほど忌々しげな雪姫の舌打ちで、気を失っているネビア以外の全員が緊張した。しかし、迅雷が代表してビクビクと様子を伺うと、雪姫は態度の割には穏やかな表情で顔を上げた。
「感動の再会も良いですけど、こんなとこでドラマごっこしてたら感動の別れまで一発撮りすることになりますよ」
「ごもっとも」
ネビアには兼平が来たから良いとして、あとは迅雷と雪姫をどう連れて行くか。衣服がボロボロの雪姫に疾風は自分のコートを貸したものの、まだ、なんというか、こんなオッサンがベタベタ触るのも気が引ける。疾風しかいない状況なら悩む必要のない些末事だが、せっかく千影が元気を持て余しているのだし。
「よし、俺は迅雷を担ぐから、千影は雪姫ちゃんを頼んだ」
「えぇ・・・?ボク前にこの子に殺されかけたんですケド?」
「・・・チッ。いい。一人で、歩ける」
言うまでもなく強がりだ。立ち上がることさえままならない雪姫に、千影は慌てて肩を貸した。思わず溜息が漏れる。
「じょ、冗談だよ真に受けちゃってマジメだなぁ。もうそんな心配してないってば」
また舌打ちがあった。茶化す勇気の起きない本気の舌打ちではあったが、雪姫は案外素直に千影におぶられてくれた。
『門』のある分岐路の広場に戻りながら、疾風は千影の背中でなにか考えている雪姫に話しかけた。
「無茶はするなって言ったのに」
「・・・・・・」
「あれから、なにか掴めたかい?」
「なにも。ただ、思い出しただけ。―――でも、それはあなたのおかげなんかじゃない」
そう言って、雪姫は父親の背中に安堵したのか半分眠りかけている迅雷を見て、
「だから、確かめたいんです」
episode8 sect42 ” Still Can't Feel Better ”