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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode8 『Andromedas' elegies』
478/526

episode8 sect40

 迅雷と千影が駆けつけたときには、『ブレインイーター』が雪姫を跡形もなく叩き潰す、寸前だった。先行する千影と『トラスト』により位置交換した迅雷は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 「お"ォあ!!」


 溢れんばかりの黄金と翡翠の閃光が鋭く翻る。

 狙うのは『ブレインイーター』の左腕。

 ここに至る前に千影がなにかを感じ取り危機感を露わにしていたが、それで予め()()を発動させておいたのは正解だった。

 鋼のような筋肉で膨れ上がって大社の御神木じみた太さの豪腕が、吹き抜ける爆音に連れ去られ宙を舞う。遅れて到来した余波は『ブレインイーター』に尻餅をつかせ、切断された左手に掴まれていた天田雪姫の体を解放する。


 「千影、頼んだ!!」


 「あいさー!」


 さて、だ。


 念願叶って再び相まみえた『ブレインイーター』と、迅雷は改めて向かい合う。


 「ちょっと見ねぇ間にまたブットんだ進化しやがって。腕ももう治んのかよ」


 『おっ、お"お"お"お"ゥ"ゥ"ウ"ウ"ッ!!』


 「こいつは骨が折れそう―――だッ!!」


 激昂する『ブレインイーター』。もはや人間にどうこう出来る次元にはないとさえ思えるような、あまりにも速く、重く、不規則な触手が荒れ狂う。

 だが、迅雷が身体を低くしたかと思えば、次の瞬間、彼の姿が消える。


 違う。


 なにかが上空へ跳ね上げられている。


 『ぎぇッ・・・?』


 動く物体を反射的に追った『ブレインイーター』の目に映ったのは、触手だった。振るったはずの触手が、何本もまとめて、この一瞬のうちに刎ね飛ばされたのだ。触手の先端を裂いて現れた口たちが次々に、なにが起きたのか理解出来ないで呆けた断末魔を上げる。

 迅雷が『ブレインイーター』の懐に入り込むのに、一歩すら必要ない。まさに雷光の如き超速の踏み込みは、半歩の時点で剣を振りかぶった迅雷をその位置に運んでいる。『ブレインイーター』の脇をすり抜けるように、最も速度が乗った位置での一太刀を解放する。


 「がああッ!!」


 獣のような咆哮。

 圧縮された雷光。

 洞窟の岩壁が斜めに裂けた。

 電熱によって赤熱する溶岩は、まるで斬られた洞窟が血飛沫を上げるかのようで。

 攻撃の目標点から数十メートルは離れた上で、この破壊力。


 しかし。


 「くそっ・・・」


 『ブレインイーター』は吹っ飛ばされこそしたが、迅雷の一撃をやり過ごしている。腕の再生も大概なものだが、()()()触手の再生速度は常軌を逸している。まるで流水に手を潜らせ堰き止めたところで、手を離した直後には再び水が上から下まで途切れることなく繋がっているように、一瞬で元通りだ。いまの一撃も魔力吸収能力が高く、使い捨てにしても平気な触手をクッションにして耐えたらしい。暴走していても自分の力の使い方は頭から飛んだりしないということか。


 『お"ぉ"グウ"ウ"ウ"ウ"ぅぅぅッい"ぃぃい"い"い"い"ィィ!!』


 ビュルリ、と一斉に触手が攻撃へ転じる。それぞれが本体の意思と併せて独立した感情を有する『ブレインイーター』の触手は、雪姫との戦いにおいては協調性を欠き正確な攻撃を実現しなかった。しかし、今度は違う。強敵の出現を察知したのか、それとも迅雷という存在そのものに反応したのかは不明だが、今度こそ十本の触手たちが統一された目的の下に一糸乱れぬ集団行動を開始する。


 だが、統率された十連撃は迅雷によってあっさりと叩き落とされた。


 『お・・・』


 「・・・不思議か?これだけ魔力吸ってんのにコイツなんで鈍らないんだって。いいや。お前だって知らないわけじゃないんだろ」


 この前の()無効試合だ。

 お互い、全力。

 迅雷は牙を見せて笑う。


 彼の周囲で、黒い風が轟々と渦を巻いていた。



          ○



 なんだ、アレは?


 神代迅雷なのか?本当に?


 『ブレインイーター』の手から放り出された雪姫は、彼と共に現れた千影に空中でキャッチされながら、千影の顔よりもその光景を凝視し、当惑していた。

 確かに神代迅雷は強い。雪姫をも超える莫大な魔力量と荒削りながらも優れた近接戦闘のセンスに支えられた強さは、それを正面から受け止めた雪姫も保証するところだ。だが、アレは知らない。アレは一体どうなっている?

 迅雷の体を包み込んでいるあのドス黒い嵐は、一体なんなのだ?


 「奥の手だよ。とっしーの」


 雪姫を抱えたまま、千影は翼を広げてふわりと着陸した。


 「体内の魔力全部をわざと半分暴走状態にして体の外に噴出させてるんだよ。既に魔力を全身に纏ってるから魔法の発動に思考のラグがなくなって、しかも一度に大量の魔力を使う分、威力も段違いになってる・・・んだってさ。いや、とっしーの説明だよ?ボクにもアレが本当に()()()()なのかは分かんないけど」


 「・・・・・・」


 「ん、なに?君が不思議そうにしてたから教えてあげただけだけど」


 「ほっといて・・・。ほっといてよ。あたしは・・・あたしは人殺しだ!クズでどうしようもない人間なんだから!!あの日キチンとあいつに殺されとかなきゃならなかったのに死に損ねて今日までグダグダ生きてきた責任を取んなくちゃいけないんだ!!あいつっ、あいつがあたしに今度こそっ、それを果たさせてくれるはずだったのにぃッ、邪魔すんなあああああ!!!!」


 「責任って、つまり君はここでアレに食い殺されるのが正解ってこと?それで君はなんの心残りもなく笑って終わるんだ?」


 「そう言ってんの!!」


 千影は、クソデカ溜息なんていうアホ臭さ丸出しの表現がこれ以上なくピッタリな嘆息をした。なにはともあれガス欠状態のボロ雑巾など、どれだけ元気に喚こうが千影の一存でどうとでも出来る。むしろ勝手にボロボロになってくれていて助かったとさえ千影は思っていた。この様子で素直に介入を許してくれたとは思えない。大人しくしてもらう手間が省けたわけだ。


 「君、後でとっしーに同じこと言ってみなよ。きっと一発で、こう論破されるから」


 千影は壁にもたれさせ座らせた雪姫の胸ぐらを掴み直し、その深紅の瞳で間近から雪姫の蒼眸を射貫き、言い捨てる。


 『夏姫ちゃんを独りぼっちにする気か?』


 と。


 千影は別に、雪姫の過去なんてこれっぽっちも知らない。ただ、天田夏姫という少女と出会い、言葉を交わす中でほんの少しだけ雪姫という人間の有りようにも触れた迅雷なら、いまの雪姫の発言をどう思うか。それだけ想像して、彼の真似をしたに過ぎなかった。

 だが、その簡潔な言葉はズグリと、杭のように雪姫の精神を穿った。


 夏姫。そう、夏姫。二人っきりの生活だっていうのに家事の手伝いなんてこれっぽっちもしない、ゲームが大好きで暇さえあればネット対戦にかまけてばかりで、一人で外出させれば迷子になって、ことあるごとにこんな姉を鼻に掛けて友達に苦笑いされて、作ってあげたごはんはなんでも喜んで食べてくれて、年頃の女の子なのに着るものも文句一つ言わず自分のお下がりで我慢してくれて、こんなバカで頑なな姉をいつも気遣って心配してくれる、優しくて甘えん坊な妹の、屈託ない笑顔が浮かんだ。

 雪姫が死んでいなくなったら、あの子はどうなる?料理はおろか掃除も洗濯も碌に出来ないあの子はどうなる?きっと雪姫の死亡保険が下りたとして、また叔母たちが夏姫に群がって好いように貪り尽くしてしまう。

 雪姫がいなくなったら、きっと夏姫は野垂れ死ぬ。


 いま雪姫がやろうとしていたことは、最後の、たったひとりだけの家族を、雪姫自身が殺そうとしていたようなものだ。


 「・・・ぁ、はっ・・・はぁっ・・・」


 凄まじい頭痛。胸が焼ける。息が出来ない。

 信じられなかった。夏姫の首に包丁を当てたあの日と、同じ過ちを犯そうとしていたことに、自分で自分が一番信じられなかった。


 本当に、一発だった。

 きっと、この言葉を口に出来るかどうかが、雪姫のずっと抱えていたモヤモヤの答えだったんだ。


 悔しそうに押し黙った雪姫を、千影はそっと仰向けに寝かせた。傷の具合を確認するために血と汗で重くなったジャージを脱がせ、千影は焦りの色を浮かべた。少し手荒な扱いをしておいていまさらだが、ぶっちゃけまだ生きているのが不思議なほどの重傷だ。どれだけの力で殴られたのか不安になるほど腫れ上がった顔も、奥歯まで砕けて血塗れの口も、そして腱も骨も、それどころかピンク色の中に恐らくは神経と思われる白っぽい筋が通っているところまで丸見えの右腕もだが、特に胴回りについた歯型が酷い。太い牙が何ヶ所も、皮膚どころか筋肉の層まで食い破ってかなりの深さまで傷が達している。もしかすると臓器にまで損傷が及んでいるかもしれない。最低限、一刻も早く止血しなくてはならない状況だ。


 「ジッとしててね。いまから応急処置するから」


 「あたし、アンタのことも殺そうとした」


 「でも殺さなかった。でしょ?いいから黙ってて。集中したいから」


 千影は長めの深呼吸をした。

 医療魔法による臓器損傷の修復は、千影にとってトラウマのひとつだ。千影のずさんな応急処置のせいで、迅雷は結局、肝臓の半分を切除する羽目に陥った。医者はそれでもその行為に意味はあったと励ましてくれたけれど、そもそも最初から千影が上手に迅雷を治せていれば、彼にあんな余計な苦しみまで与えることはなかった。

 だから、深呼吸をした。


 (大丈夫、あれからボクもちゃんと勉強した。落ち着いて、正しくイメージするだけ)


 なんなら自分の腹を自分で開いてまで、人間の内臓の正常な構造を記憶したのだ。もう二度とあんな思いをしないために努力した。こういう消極的な動機の努力は、絶対に自分を裏切らない。だから、出来る。大丈夫だ。

 手当ては無言で開始された。雪姫も、もうなにも言わずに、じんわりと腹の傷を包む温かい光を受け入れていた。

 しかし、その安寧も束の間。雪姫はすぐに思い出した。


 壮絶な轟音が洞窟を震わせた。


 (そうだ・・・そうだ、そうだ!?)


 音の原因など考えるまでもない。既に引き離されてしまったあの燃え残りの決戦場で、いまも戦い続けているのは誰と誰だったか。

 ダメだ、そんなの。あの2人が殺し合うなんて絶対にあってはいけない!!

 いまの『ブレインイーター(ネビア・アネガメント)』は過去最悪に狂乱し、恐らくは力も増している。当人の意志などお構いなしに雪姫を躊躇なく殺そうとしたくらいなのだ。このままでは迅雷が―――。


 「や、めて・・・」


 土煙が晴れると、雪姫が怖れたのとは似てやや異なる光景が現れた。

 崩落した岩盤に埋もれているのは、迅雷ではなくネビアの方だった。さらに、迅雷はネビアの脅威的な触手による反撃を真正面から突破し、猛然と追撃を仕掛ける。目を疑う力業の極致に、あの暴走怪獣を着実に削られていく。

 だが、そもそも迅雷が優勢か劣勢かなんて、雪姫は気にしていない。雪姫が受け入れられないのは、見たくないのは。


 「やめてぇっ!!そいつをっ・・・ネビアを殺さないで!!」


 どちらにも死んで欲しくない。たったそれだけの、人として当たり前に優しい願いだった。

 這いつくばりながらも、空気の抜けそうな腹の底から叫び、懇願した。すぐに無理が祟って、雪姫は血の塊を吐き出して倒れ伏した。だがそれでも、雪姫は割れた奥歯を食い縛って土を掴み、這いずってでも2人の間に割って入って止めようとする。それが、自身の過ちに気付いてなおも雪姫の中で変わることのない、最後の一線だった。


 でも、泣きつく雪姫に、迅雷は笑い返した。



 「当然だろ。俺たちは、ネビアも天田さんも、2人とも助けて連れ帰るためにここまで来たんだ」



 牙を剥くような、獰猛な笑顔じゃない。泣きじゃくる迷子の頭にそっと手を乗せるように、あったかくて無条件に安心してしまうような、優しい笑顔。

 そのとき、雪姫は捨てようとしても捨てきれずにいた幻想(ヒーロー)を、その少年に見た気がした。



          ○


   episode8 sect40 ”前へ”


          ○



 「ッぐ・・・!」


 迅雷は激痛に顔をしかめる。『ブレインイーター』―――ネビアの攻撃は一度も直撃していないはずなのに、彼の手足はあちこちから血を噴いていた。

 迅雷はなんのリスクもなしに暴走したネビアを圧倒していたわけではない。普通に戦えば雪姫に手も足も出なかった迅雷が、その雪姫ですら命を捨ててなお倒せない化物にそのままで対抗出来るはずがないのだ。それ故の、奥の手。

 ジャルダ・バオースとの戦いでその可能性が提示された。迅雷の、普通に戦えば使っても使い切れない程に膨大な魔力量を短時間で強引に使い切る新戦術だ。目には目を、暴走には暴走を。

 だが、人体はそのような無茶を想定した構造はしていない。火事場の馬鹿力という言葉があるが、それは普段からそんな力を発揮していたら体が壊れるから本能がセーブを掛けているのであって、いつもそれが出来れば良いのになんて安易な願望を抱くものじゃあない。しかも、火事場の馬鹿力はあくまで魔力に頼らない肉体の限界だ。迅雷が意図的に引き起こした暴走は火事場以上の極限状態である。まして、戦う前から内側も外側も傷だらけの迅雷の肉体は、本来なら魔法士としての人生を諦めなくてはならないと医師に宣告されていた。そんな壊れかけの体を、こんな高負荷で強制駆動したらどうなるか。

 全身の筋肉は既に不気味な脈動を訴えている。血管も見ての通り、あちこちで弾けている。アキレス腱も最初の10秒くらいで右足側が断裂していた。肘や肩の人体も悲鳴を上げ始めている。


 (魔力は・・・あと、持って10分あるかないか・・・。これが解けたら、俺はもう一歩も動けねぇ。その前になんとしても、ネビアを救い出せ!!)


 全身を絶え間なく駆け巡る激痛に歯を食い縛り、迅雷はさらに前へ一歩、踏み出す。

 いまの迅雷のトップスピードは音速すら超えているが、恐ろしいことにネビアは辛うじてそこに反応を間に合わせてくる。ネビア本来の戦闘センスが、『ブレインイーター』の驚異的な筋肉を最適に制御しているのだろう。押してはいる。でも、押し切れない。ギリギリで決め手を外される。長期戦なんて論外だ。

 迫り来る触手を斬り飛ばし、『風神』を投げ付け二段目の攻撃も潰し、更なる三本目の触手は素手で頭を押さえて地面に叩き付ける。

 『サイクロン』・・・と念じるより早く、迅雷がその風を追い求めた直後には、彼の体は暴風で舞い上がっている。なにを求め、そのためにどんな魔法を使うか考え、それから魔力を体外に出力して必要な魔法陣を形成する。既に体外で乱雑に渦巻く迅雷の魔力(こころ)がそのラグを解消しているのだ。

 浮上しながら、迅雷は『雷神』を背筋の許す限りに振り溜める。内から湧き出す雷光に渦巻く魔力の嵐が共鳴し、()り合わさって見る者全てが現実感を忘れるほどの白光を生む。


 「『駆雷(ハシリカヅチ)』」


 敢えて、魔力の質量化を甘くした。斬撃:電撃=2:8。故に、その斬撃は一切の反応を許さずネビアを貫く。斬れない刃では生温いだろうか。そんなことはない。天井から壁、地面にまで至る一筋の赤熱した溶断痕がその暴力性を証明している。魔力に抵抗のあるネビアの体といえども、吸収より速く体を巡る大電流には耐えられない。光から一瞬の間を置いて、左肩を中心にネビアの胸から上が爆散する。

 着地した迅雷の足元に『ブレインイーター』の首が転がるが、そこにネビアの本体らしきものは見られない。残った体の方にも―――。


 「ッ!?」


 余所見した隙に、触手たちが口の中に『黒閃』を溜めたまま噛み付いてきた。魔力暴走状態による極限的な身体強化がなければ、頭を消し炭にされていたところだった。すんでのところで首を振って躱し、『スパーク』で他の触手をまとめて爆破した迅雷は、そこで安心せず大きく距離を取ってから苦笑した。


 (本体が無事なら見かけの頭部なんて飾りってか)


 なんだか4月の『ゲゲイ・ゼラ・ロドス』戦を思い出す。実際、状況は似たようなものかもしれない。

 ここまでやっても『ブレインイーター』は止まらない。決定的な一打を与えられないまま、タイムリミットは迫り来る。じわり、じわりと焦りが心を蝕んでくる。


 (急所・・・ネビアの位置さえ分かれば・・・!!)


 迅雷の追撃を嫌って、ネビアが霧を撒き散らしてその中へ潜り込む。迅雷が不用意に突入すれば即座に溺れ沈む死の霧だ。もっとも、ネビアにとってこの霧はむしろ泳いで高速移動するためのレールだ。すなわち、第一に迅雷との戦力差の一因となっている速度差を解決し、かつ副次的に視界不良と溺水効果でアドバンテージを得る逆転の一手。迅雷がいくら風魔法で霧を吹き散らそうとも、ネビアの周囲だけは彼女の触手が風魔法を減衰させながら追加で濃霧を吐き散らすせいで、散らしきれない。

 泳ぎながら、ネビアは不規則に伸ばした触手それぞれから『黒閃』や高圧水流のカッターを乱れ撃ちしてくる。単射、拡散、連射に触手のスナップを乗せた曲げ撃ち。さらには薙ぎ払うような照射砲撃、逆に発射点がサテライト軌道で流れながら放たれるパターンまで。しかもその一撃一撃が確実に人体を粉砕する、多彩を極める致命的な弾幕。


 見える分なら、躱せる。しかし、視界を維持しながら、背後からの即死攻撃にも警戒して、そこからさらに反撃の大技まで繰り出す器用さは迅雷にはない。


 (あと5分・・・!!)


 無為に過ぎた300秒。


 ()()()()


 元より迅雷ひとりでネビアを助け出せるなんて思い上がっちゃいない。


 300秒。そろそろどうだ。

 追い込まれた迅雷の眼前に、霧の幕を突き破って高速回転する水弾が迫る。

 それでも、迅雷は一歩前へ、踏み込んだ。


 「千、影ェェェェェェェ!!」


 振り下ろした刃は、()()()()()()を完璧に捉えた。


 『おげっ!?!?!?』


 『トラスト』による位置交換。それはつまり。

 巨体が地面へ砲弾の如く叩き付けられる。

 しかし、体の前側半分を潰れたトマトにされながら、ネビアはすぐさま霧の中へと飛び込み―――。


 「魔力の吸収が自分の特権だと思ってもらっちゃ、困るんだZE☆」


 なぜか、死の霧の中で千影が平然と声を放っていた。いいや、千影の言う通り、ある意味当然だ。

 そもそも、魔力吸収機能とは全てのオドノイドが自身の生命維持に必要なエネルギーを外界から獲得するために発現する、()()()()()()()()()()なのだから。

 つまり、千影は翼からネビアの放つ霧を魔力に再分解して吸収することで、溺死不可避の霧の中に限定的な安全地帯を作り出したのだ。

 もっとも、そこまでしても実際には完全に防ぎきれるものではなかったが、千影の役割はネビアに肉薄し、足を止め、一瞬でも迅雷が霧を気にせず行動出来る条件を整えることにあった。だから、これで十分。

 ネビアの正面に躍り出た千影は、その手で自慢のオリハルコン製の小刀を翻す。込めるは火属性魔力。衝突の瞬間で、その巨体の下腹部に五つの刺し傷を刻み込む。

 剣技魔法の高等技術に、『即刻魔法クイック・グラフィティ』という魔力を込めた斬撃で敵の体に簡略化した魔法陣を刻み、零距離で確実に魔法を叩き込むものがある。なぜ高等技術なのかと思った人は、例えばサバンナを駆け回るライオンの体に正確な図形を描き上げることの難しさを想像してみれば良い。ハッキリ言って無理だ。精々、凄まじい剣の達人が狭いリングの上で一対一の対人戦をしたときに披露出来るかもしれないくらいの離れ業である。だが、千影だけは話が違う。アクセルを踏み込んだ彼女には、深夜の橋脚にコッソリ落書きするのと敵の体に綺麗な五芒星を刻む行為とが全く同じことなのだ。

 ネビアに刻んだ五つの点が赤く輝き始め、千影はそれが爆ぜる前にネビアの腹を蹴って危険域を離脱しながら。


 「『トラスト』!」


 再び、千影は迅雷と入れ替わる。

 そして、迅雷の目の前で千影の五芒星、『ファイブスターエクスプロージョン』が爆裂する。


 「うぉぉぁあ・・・ッぶねぇぇ!?千影バカ!!マジでバカ!!教えてくれよバカ!!」


 そんな時間はありませんでした。それは分かっているけれども・・・。一応は安全圏に出てからの『トラスト』だったが、迅雷は若干涙目になってツッコんだ。

 しかし、迅雷は直後に千影の無茶の真の意図を理解した。いまの爆発で穿たれた『ブレインイーター』の下腹部の内側に、人間の胴体のようなものが見えた。


 (そこか―――!!)


 千影は、迅雷が見つけられずにいたネビアの体の位置を教えようとしていたのだ。だが、本来なら千影にもネビアの体がどこにあるかなんて分からなかったはずだ。つまりきっと、その位置については雪姫が千影に教えたのだ。

 早くも爆破の傷は癒えて、ネビアの体は見えなくなる。

 だけど、もう逃がさない。

 千影と雪姫が作ってくれた千載一遇のチャンス。

 千影が、迅雷ならやれると信じてくれた。

 雪姫が、ネビアを救いたいと願ってくれた。

 信頼に、想いに、応えなくちゃ格好がつかないってもんだ!!


 今一度、その剣に眩い雷光を。



 「我慢しろよネビア。いまから力尽くでハッピーエンドに連れてってやる」



 高総戦のあの日、迅雷はネビアの気持ちに、迷いに気付けなかった。気付くきっかけは何度もあったはずなのに。気付いて、破滅しかない道を進むネビアを止めてあげられたはずなのに。

 だから、今日、ここで取り戻す。いまさらなんて言わせない。生きてりゃこれからなんとでもなる。どうにだって出来る。ネビアにはまだ、迅雷と千影と雪姫がいるんだから。


 

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