episode8 sect37 ” Install : EINAKATINA HARBOLD”
「――――――っぎぁぁあああああああッッッッ!?!?!?ああっ・・・あ~・・・あぇ?」
アイナカティナ・ハーボルドは、皇都サントルムの自宅の、なんならお姫様の愛用品にも負けないほどお金を掛けてこだわり抜いたふかふかベッドで跳ね起きた。ふんわりと揺れるマットレスと思考の浮遊感が融け合う。あまりにも穏やかな朝陽と小鳥たちのさえずりに促されるように、無意識に右腕で涎を拭ってから、アイナカティナは思い出したように混乱した。慌てて右手で左半身を探れば、氷漬けにされて砕け散ったはずの左腕はちゃんとあった。そのまま、存在を確かめた右手と左手で胸から始めて上下すべて、全身くまなく触れて、自分の肉体がどこまで正常に空間を占めているかを確かめていく。
「ある・・・ある、ある、ある・・・ある。手も、足も、翼も、アタイの体、ちゃんと・・・」
夢。
だったのか。
あまりにも鮮明で俄には夢と思えないが、夢でなかったのなら、全身をあの忌々しい生まれ損ないの触手に貪り尽くされた記憶と現状とで整合が取れない。
「くそ、なんちゅうヤな夢・・・。お姫ちゃんには悪いけど、今日見掛けたら殺しとこうかな。ああもう!!思い出すだけで全身痛いんですケドぉ」
無限の引力を醸すベッドからなんとか起き出て、のんびりと仕事の支度をする。もっとも今日の仕事は、昨日までの任務の完了報告のために皇城へ行くだけだが。
「うん。今日も美人だぞ、アタイ」
ふさっと、赤熱するように鮮やかなインナーカラーを入れた灰白色の髪を手で踊らせ、鏡に映るおめかしした自分の姿に頷いて―――アイナカティナは少しだけ首を傾げた。
城に着くと、城門には既に多くの使用人たちが待ち構えていた。
「お待ちしておりました、アイナカティナ・ハーボルド様」
「ん~?なぁにそれ、アタイがアンタら待ち惚けさせたみたいな言い方するねぇ。10分前なのに」
使用人たちを代表して挨拶をした女に、アイナカティナは掌の上でピンポン球程度の黒炎を弄びながら顔をずいっと近づける。キスでも出来そうな近さに迫った、どんなモデルや女優にも決して負けないくらい整っているのに直視に堪えない顔に、使用人の女の全身からスポンジを握り潰したみたいに汗が噴き出した。いや、直接悪意を向けられた女だけではない。彼女を中心に並ぶ全ての使用人が、距離など関係なく全く同質の恐怖を共有していた。
「め、滅相もございません!!」
「いひひ。冗談よ。相変わらず良い顔でビビるわね、あなたたち」
荷物を使用人たちへ預け、アイナカティナは謁見の間へ向かう。
もはや形式的な儀式の一種のようなものだ。あるいは、皇室に忠誠を誓う七十二帝騎として、国へ帰れば真っ先に顔を見せることが重要ということだろうか。エーマイモン皇帝への任務終了報告を滞りなく終えたアイナカティナは、まだしばらく帰宅する気が起きずに皇城の資料室へ足を運んだ。なんとなく、そこへ行けばアスモに会えるような気がしたからだ。
(・・・ん~?)
なんとなく・・・なんとなく?理由はあったような気がするが。
資料室を覗き込んでみると、アテが外れたのか、アスモどころか調査員の姿すらまばらな、いつも通りの静謐な空間が待っていた。ただ、足も踏み入れずにそっと扉を閉めて帰るのも悔しくて、アイナカティナは少し読み物でもしようと思い、適当な古書を一冊もって机に向かってみた。
「あれ?この本・・・前にもどっかで・・・?」
そんなはずはない。本の内容よりよっぽど悩ましい状況にアイナカティナが首を傾げて唸っていると、不意に資料室の扉が開かれ、アイナカティナは少しの期待を覚え立ち上がった。しかし。
「ああ、いたいた。ようやく見つけたぞ、アイナカティナ」
「・・・なんだ、ロビン先輩すかぁ・・・ハァ」
「なんだとはなんだ」
まだその無様な隻腕姿を見慣れない、騎士学院時代からの先輩だ。アイナカティナは席に座り直して頬杖を突いた。すると、ロビルバはしばらくポカンとアイナカティナの顔を見つめてから急に額に手を当ててきた。
「うっわ、モテないからって後輩にセクハラすか?右手も消し飛ばしますよ?」
「熱はないな・・・。いや、いやいや・・・。え?どうしたんだアイナカティナ?君が片腕なくした僕なんて見たら、100%、絶対、なにがなんでも、目が合って1秒以内にバカ笑いして僕を煽ってくると思っていたのに」
「そりゃまあ、初めて見たときはそうでしたけど」
「・・・?」
「・・・?」
アイナカティナとロビルバは互いに不思議そうな顔をしたが、とりあえずその下りはなかったことにして、ロビルバは改めてアイナカティナの向かいの席に腰掛けた。自分の発言がよほど変態っぽく思えてきたのか、まだ重ねて仕切り直すつもりのロビルバはひとつ咳払いまでして真面目な顔になった。
「アイナカティナ。君、今日からしばらく任務の予定はなかっただろ。少し付き合ってほしいんだ」
「ほう、ロビン先輩がアタイに頼み事ねぇ」
「手空きの七十二帝騎がいまは君くらいしかいなかったからな。・・・・・・ん?どうした、アイナカティナ?」
「・・・いーえ」
そうか―――と、心の中で呟き、悟る。
急に儚げな笑みを浮かべて視線を机面に落としたアイナカティナを心配するロビルバ。だが、この先輩も、もはや。
「頼み事の内容、当てても良いですか?ロビン先輩」
「え?あ、ああ。良いけど・・・?」
件のオドノイドの性能試験の最中に、ロビルバの左腕を奪った少年、神代迅雷が発見されたこと。その後の試験で、さらにその神代迅雷が所属する学校の動向に関する情報が手に入ったこと。生徒たちが滞在する未知のダンジョンがアスモの尽力によって特定出来たこと。ジャルダ・バオース侯爵殺害に対する報復として、学生たちのダンジョン滞在期間を狙い神代迅雷を殺害または拉致する任務がロビルバに与えられたこと。その任務の際に、彼女を学生たちにけしかけ場を乱し、かつ彼女の討伐任務という形式を取ることで皇国の状況介入を正当化する予定であること。そして、神代迅雷の危険性を認識するロビルバが、自身の復讐を確実に達成したいがために七十二帝騎クラスの協力者を2人ほど探していること。
アイナカティナの予想は、ロビルバが新たな特異魔術が発現したのかと疑うほど詳細で、かつ全てがロビルバの言わんとしていた内容と合致していた。しかし、実際は複数の特異魔術を獲得した史上初の事例なんて大袈裟な展開なんて存在しない。むしろ、なんということもない話だ。単に、アイナカティナがその話を、他でもないロビルバ自身から一度聞かされて知っていたからに過ぎない。
最悪の気分だ。
今日のコーデに既視感があったのも。
使用人たちの怯える表情に”相変わらず”と言ったことも。
なぜエーマイモンにまた同じ報告をしているのかと不思議に思ったことも。
この資料室にアスモが、というより彼女が連れ回すルシフェル・ウェネジアがいるかもと期待した理由が、マンティオ学園が訓練に使用するダンジョンを見つけるための調査中だと思ったせいだったことも。
そのアテが外れて気紛れに手に取った古書の中身を憶えていたのも。
全部、アイナカティナの記憶の再現だったからだ。人生で最も大きな後悔の記憶を、死の間際でフラッシュバックしたとでも言うのだろうか。
「ロビン先輩。あなたのその頼みを聞いたせいで、アタイは死ぬんですよ」
「な、なにを言ってる?」
「あーあ、ホントに。ロビン先輩が頼ってくるの珍しいし、同窓のよしみだー、とか思っちゃったアタイのバカ」
夢を夢と気付いてしまえば、あとは無情に醒めて終わるばかりだ。真っ白に消し飛んでいく最期の夢幻の中で、アイナカティナはわんわん泣いて、泣いて、泣き叫んだ。肉という肉を、骨という骨を、残らず喰い千切られる痛みが戻ってくる。
ああ、どうせ殺されるならせめて、憧れのあの人にこそ、この首を取ってほしかった。
○
洞窟を覆い尽くしていた色とりどりの炎が、フッと蝋燭の火でも吹いたように消えた。断末魔も慟哭も、もう聞こえない。壮絶な最期を見届けた雪姫は、口の中に溜まった血を吐き捨てながら薄ら笑いを浮かべた。
アイナカティナ・ハーボルドは、ハッキリ言って『ブレインイーター』が可愛く見えるほどの絶大な脅威だった。彼女が放った黒炎の爪痕は消えずに残っている。洞窟は地面も壁も天井も削られて大きく様変わりしたし、雪姫は右腕を失いかけた。『ブレインイーター』が助けてくれなければ、右腕どころか命すらいくらあっても足りなかったように思える。
だが、アイナカティナは死に、雪姫と『ブレインイーター』が生き残った。これ以上はない。
「あー、クソ。とんだ邪魔が入った」
右腕が上手く動かない。筋肉や腱だけではなく、神経まで損壊しているのだ。焼け崩れた腕を氷で覆い、傷を誤魔化したまま氷の外骨格で強引に動くようにする。操り人形の要領だ。
吐き気すら覚える激しい息切れも、無理矢理に呼吸のペースを維持して落ち着かせる。
魔力もかなり消耗したが、いまのこの高揚感さえ保っていれば少しは無理が利く気がした。
「さて―――随分とはしゃいじゃって」
雪姫の視線の先には、先端が裂けて口が生じた十本の触手の全てから爆笑とも号泣とも、あるいは怒声とも取れるような奇声を撒き散らして、興奮で巨躯を震わす『ブレインイーター』がいる。いつの間にかアイナカティナに焼き消されたはずの四肢も元通りになっていた。
あちらはすこぶる万全。
こちらは倒れる寸前。
「それじゃあ、仕切り直そうか。お望み通り、責任、取らせてあげるからさ」
少し惜しい気はするが、それでもやっぱり、嬉しいものは嬉しいんだ。
「だから、ちゃんと。あたしのことも、殺してね!!」
『ウァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッ!!!!』
何度も言ったはずだ。
あの日の続きを、と。
あの日に叶わなかった、もう叶うはずがなかった。
つまり、この戦いは。
つまり、その償いは。
つまり、雪姫の夢は。
『ブレインイーター』と刺し違えて死ぬことだ。
暴走して知性が吹き飛んだのか、『ブレインイーター』は咆哮と共に大量の霧を放出する。
雪姫はすかさず霧を凍らせるが、冷気が『ブレインイーター』に届くより先に触手が飛んでくる。
『にんにぃぃいいぃ』
触手が叫ぶ。いっそう凶悪で狂的な様相を呈する触手は、魔力吸収機能だけでなく伸びる長さやスピードに至るまで、なにもかもが格段に強化されていた。雪姫が望んだ全力をも遙かに突き放す、『ブレインイーター』の限界の先にある姿だ。
「ははっ」
霧に冷気を伝わせても、まるで子供向けのアニメに出てくる吸引力が誇張された掃除機を彷彿とさせる勢いで魔力が吸われてしまう。
紙一重で触手を躱した雪姫は、やはり『ブレインイーター』に致命打を与えるには懐に飛び込まなくては成らないのだと理解し、猛威の原点に向けて地を蹴り跳ねる。
「『召喚』!」
走りながら、雪姫は酸素ボンベを呼び出して、間違っても『ブレインイーター』の急膨張する霧を吸わないようにマスクごと顔面に凍結した。
『かあちゃん』
『ハ、や、くぅぅ』
『ほわぁぁあい』
「ママじゃねーわボケ!!」
思わずツッコミを入れる。
目だけをぎょろぎょろ動かし触手を追う。
右から、肩の高さで薙ぎ払い。
真上から、大口を開けて。
正面から、弾丸のような刺突。
強く踏み込み、その震脚で正面に、必要最低限の大きさで可能な限り超高魔力密度の『フリーズ』を発動。そのまま跳躍しつつ、左手に『アイス』を発動。氷は射出しない。長大かつ鋭利に成形した氷塊に、さらにありったけの集中力で数万ヘルツの高周波振動を付与して、真上から迫る触手の首目掛け全力で振り回す。
正面の一撃を縫い止めた『フリーズ』に、空振りした横薙ぎの触手の中腹が引っ掛かる。2本の触手に触れた『フリーズ』が急激に吸われて崩れていく。雪姫は『フリーズ』が倒壊する前にその頂部へ一時着地し、氷の表面に別の『フリーズ』を展開して、突き出すその勢いを足で受けて自分の体を正面へ射出。内蔵が全部まとめて下半身に押し寄せるような慣性に逆らい、氷の外骨格で操り人形にした右腕を大きく構える。
『やぁぶらぃ』
『TIUCCIDERO!!』
もはや十本の触手全てが独立した意思で動く生き物に思える。互いが互いの進路を譲らず、衝突を繰り返し、絡まり合って大きく蛇行しながら、なおも雪姫の頭部に喰らい付いてくる。
だが、この攻撃さえ凌げば『ブレインイーター』に触れられる。別に、左半身くらいくれてやる。意地でも気のせいでもなんでも良いから、とりあえずその後数秒意識が繋がっていれば良い。それくらいのつもりで、雪姫は即死だけはしないように空中で半身を逸らし、それから右手の外骨格上に指の数だけ『グレイシャ』を発動する。
結果的に、干渉し合って軌道がブレた触手たちの牙は雪姫の顔の左側を引き裂くに留まった。飛び去った触手たちは、そのまま勢い余って天井の光る結晶を突き崩す。
神経の集中する顔面に負った深い裂傷。焼けるような痛みすら肉体をより機敏に駆動させるための有益な興奮剤へ変換する。雪姫の右腕は一気にそのシルエットを肥大化させる。氷河から丸ごと削り出した巨竜の爪撃。
「らあああああああッ!!」
酸素ボンベのマスクを引き剥がされ、叫べば呼吸に誘われた霧が口や鼻に入り込んで体積を取り戻す。
知ったことか。ここまできたら関係ない。やるだけだ。
向かってくる触手全てを、吸われながらブチブチ叩き潰し、爪を振り下ろす。
単発でも岩盤を捲り上げる『グレイシャ』を五指全てに纏っているのだ。その破壊力が壮絶を極めないはずがない。
しかし、直撃の寸前で『ブレインイーター』の姿が霧に消える。
「このッ!!」
『ガァァァァッ!!』
咆哮は頭上から。
『グレイシャ』の余波に煽られ巻き上げられた雪姫が再び重力の虜へ戻るよりも早い。
理解不能なレベルで凄まじい泳速だ。
「『スノ
ダメだ。足りない。間に合わない。
広がり迫るあの世の入り口。
雪姫は記念すべき何人目の通行者だ。
ただ人間の頭を生きたままミンチにして脳を吸うための悪意的なまでに雑然とした歯並びが、気色悪いほど白く鮮烈で。
雪姫は振り向き様に左手の氷の刃を薙ぐ。
だが、もはや初速の乗った巨体の落下は口を斬り裂いたくらいでは止められない。
「くひひっ」
ぐぽっ、と。
『ブレインイーター』はその円口を閉じた。
両手足で荒々しく着地した『ブレインイーター』は、のそりと二足で立ち上がり、唇にくっつけた米粒でも気にするように口元に手で触れた。ただし、『ブレインイーター』が気にしたのは口から飛び出した、真っ白な肌に赤い滝を流す人間の両足だった。
『ブレインイーター』はモゾモゾと口を蠢かせて、少女の華奢な体を咀嚼する。これで雪姫の体は目も当てられない醜い挽肉の山になる、はずだった。
『おおお。・・・お、ご・・・?』
だが、声があった。
直前の笑みとは打って変わって、怯えたように、憤るように。
「・・・るさい」
『ブレインイーター』の口の隙間から白く輝く空気が漏れ出し、次の瞬間、頭が内側から爆散した。
「しゃべんなああああぁぁぁぁッッッ!?!?!?」
雪姫は、笑っていた。
雪姫は、泣いていた。
雪姫はそこで理解したくないなにかを感じてしまった。
起きてはならない、あってはいけない、おぞましい”それ”を振り払うように、再び右手に巨氷を纏う。
「うぅ、あ"ああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!!!!」
激昂と共に放たれた一撃は。
頭部を失った『ブレインイーター』の、さらに半身を削り取って、そこら中へ粉々に撒き散らした。
受け身すら取れずに、ドチャリと落ちる雪姫。数秒間、土を眺めてフリーズしていた。
ただただ、ひたすら、余計な情報を封じていく。
なにも聞いていない。なにも聞こえなかった。なにも気付かなかった。
やがて。
自然と口元が緩むようになってきた。
「・・・ふ。ふへ。ふへへへへへっ、えへへへ。やった・・・?あたし―――」
腹についた無数の歯型からドロドロと、体の力が抜けていく。
だが。
『マ・・・だ、よ』
「なっ!?」
削り飛ばされずに残っていた『ブレインイーター』の右腕と、二本の触手が動いた。
『ブレインイーター』は、まだ、生きている。
その事実が雪姫に今一度立ち上がる力を取り戻させた。
雪姫は跳ね起きて、もう一度殺し直すために『ブレインイーター』の体の断面に飛び乗った。
ただ、振り上げたその右手を叩き付けることは出来なかった。
なぜなら。
なぜならば。
だって。
「・・・・・・・・・・・・は・・・・・・?」
そこにいた、少女を、見てしまったから。
血や脂で汚れてはいるが、そんなことで見間違えるはずがない。
じゃあ、一体、どういうことだ?
雪姫はいままで、一体、なにと戦っていた?
臓腑の代わりに『ブレインイーター』の腹腔に収まっていたのは、
「ネビア・・・アネガメント?」
困惑で手を止めている間にも、『ブレインイーター』―――いや、ネビア・アネガメントなのか?―――の黒い肉は妖しく脈動を続けている。頭部も、体の半分も失って、まだ平然と再生を続けているのだ。なぜなら、恐らく、コレが核だったから。
「・・・ッ」
いま殺さなかったら、今度こそ手に負えないことになる。このまま雪姫に独りだけで逝けというのか?冗談じゃない。冗談じゃない!!ここに来て不可解なことが起こってしまったが、もう悩んでいる時間はないのだ。『ブレインイーター』を殺して、雪姫も死ぬ。それで良いはずだっただろ。
固まっていた右手をわななかせ、再び冷気を纏わせる。
『それで良いのよ、カシラ』
「・・・・・・」
止めを刺そうとする雪姫をただなにもせずに眺めていた触手たちが、再び言葉を発した。今度こそ、ハッキリと、雪姫が考えなくても理解出来るくらいに。
『本当は、全部・・・ぜーんぶ話して、ちゃんと謝りたかった』
『でも、時間・・・ないや』
『ごめんね、カシラ』
『雪姫ちゃん』
『私も、お願い』
『死なないで』
『殺して』
『償わせて』
「ぅぅぅぁぁあああ、ああああああああああああああッッッ―――!!」
雪姫は。
episode8 sect37 ”ヒササギのエレジー”