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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode8 『Andromedas' elegies』
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episode8 sect32 ” Bite the Hand Modestly ”

 時計は17時10分を指し、実習1日目のルートを踏破した生徒たちが野営予定地点に設定されていた大部屋に続々と到着していた。

 マンティオ学園のダンジョンには無数の大部屋が存在しているが、野営地になるこの場所には壁や天井のあちこちから湧水があり、とりわけ水の豊富なエリアだった。水質はどうかと問えば、これまた加熱殺菌さえしておけば十分飲用可能という調査結果が出ているため、一晩休む場所としてはいろいろとおあつらえ向きなのである。

 

 まだグループAは野営地に到着していないようだが、予定の時刻は過ぎていたのでいまいる生徒たちだけで寝床のテント設営や火起こし、水の確保等の作業が開始された。

 ダンジョン内の気温は外の光が届かない洞窟の奥深くにしては温暖で、もちろん降雨もないため焚火を囲めばテントなどなくともさほど不便しないのだが、天井に張り付いたトカゲが糞を落としてくることもあるし、大型生物に寝込みを襲われる危険もないではないので、獣害対策のために結局テントは必要なのだ。それから、こちらはオマケのような理由だが、光る結晶が眩しくて眠れない人のための遮光幕という意味もある。


 さて、生徒たちの作業とは別に、学園の教師や保護・監督役の魔法士たちも自分たちが作業したり休んだりするためのテントを設営していたのだが。


 「ねぇ、ボクもとっしーと同じテントがいいんだけど。・・・ダメ?なんなら2人っきりでもいっかなー、なんて」


 「あなた自分の仕事忘れてない?」


 水辺でくつろぐトカゲたちの、ぎぃ、こここ、という鳴き声は止む様子がない。それに紛れて聞き間違えだと思いたいが、どうやら千影は本気で言っているらしい。改めて、なんでこんなことを言わなくてはならないのか、と、真波は眉間を押さえた。だってそうだろう。生徒たちよりもさらに小さな子供相手になにを言っているのだか、実に奇妙な気分になる。

 もっとも、千影の能力が真波たち学園の教師たちの期待に十分適うものであることは分かっていた。千影固有の高速移動能力の汎用性や圧倒的な身体能力からくる実力もそうだが、平時の態度とは裏腹に判断力も決して大人に劣るものではないからだ。むしろ期待以上だ。神代疾風の心眼は嘘を吐かないようだ。

 

 「ところで千影ちゃん。神代君と仲が良いのはよーく分かったんだけど、出発前のやり取りも、アレ本当なの?」


 「へ?」


 「将来を誓い合ったって」


 「・・・あ、え、えっとぉ。えへへ、ヒミツ・・・」


 あ、これマジなやつだ。一丁前に頬を赤らめる千影からメスの臭いを感じて、真波はまた眉間を押さえた。真波が担任する1年3組は優秀な子たちが多くて大変喜ばしい限りなのだが、その、どうして、こう・・・優秀な生徒ほどクセが強いのだろう。能力の高さと個性の強さが正の相関関係にありそうなことは、真波も大学時代に薄々感じていたことではあったのだが、それでも自分が責任を持って受け持つ子供となると悩ましい。


 「なんだろう・・・千影ちゃんの歳が歳だからアレに思えるだけで所詮5つか6つしか離れてないわけだし・・・最近の学校の先生ってダイバーシティ的なアレを尊重しないといけないからとやかく言うべきじゃないのかもしれないんだけど・・・なんか2人のこと素直に応援しようって気が起きないこの感じ」


 「むっ。ま、まさかまなみんまでとっしーのこと狙って・・・!?」


 「まさか、違うわよ。教師って立場的にね。教え子の交遊の節度が気になるの」


 「マジメだなぁ。教師と教え子の禁断のカンケイもボク的には燃えるシチュだと思うんだけど」


 真波の根っこは東大卒のインテリだ。振る舞いは陽気でも、世間一般と比べればかなり真面目な思考をする部類であることは言うまでもない。ある意味、真波が千影に抱いた印象と近い性質を彼女自身も持っているようなものだ。

 真面目な真波はその後も迅雷と同じテントで寝たがる千影を根気強く説得して自分と同じ女性職員用のテントに押し込めるのだった。


 

 所変わって水源豊かな大部屋の一際大きな池の畔では、野営の準備を概ね済ませた生徒たちから順番に、思い思いの自由時間に突入していた。


 「お、おまたせー」


 女子用テントのひとつの前で正座していた迅雷と真牙は、テントから慈音が出てくるなりさぞ高尚な思惟にでも耽るかのように顎をさすって、ややあってから満足そうに頷いた。

 テントから現れた慈音の格好は、先ほどまでの学校ジャージとは打って変わって、季節外れな水着姿だった。それも、学校の授業中にも関わらずスク水は着用せず、そこそこセクシーなセパレートだった。ええ、ビキニだ。燦々と照り輝く太陽がないのが実に悔やまれる。若い肌を露わにした慈音は、野郎ふたりが鼻の下を伸ばすので反射的に腕で胸のあたりを隠して身を逸らした。おやおや、なにかお胸にコンプレックスでもおありかね?むふふ。

 ちょっとの間口元をモジモジとさせて地面とにらめっこしていた慈音だったが、とはいえ、人に見せるつもりで自ら購入したものなので、ついチラッと相手の方に視線を戻して月並みな質問をしてしまった。


 「えっと・・・どう、かな?」


 「9点」

 「10点」


 「なんで点数なんですか!?というか、としくんはなんで1点引いたの!?やっぱりこんな、はっ、肌色多めの水着はしのには似合わなかったのかなぁ・・・」


 「定期テストはいつも赤点なのに9点で落ち込むとは贅沢なお嬢さんですこと。似合ってるじゃん、意外と」


 迅雷はツッコみつつ、普段の100倍露出の増えた幼馴染みに自分の羽織っていたパーカーを着せた。


 「しーちゃんがまさかこんな挑戦的な格好をしてくるとは思わなかった。」


 「意外ってそういう意味だったの。まぁ、えと、その・・・今回はちょっとがんばってみたんだよ?」


 「そ、そっか。いや、本当に可愛いとは思う。みんなもいるから水辺に着くまではあんまり、な?」


 「あうっ。そうだね、えへへ」


 迅雷はふいと視線を逸らして誤魔化し、慈音は周囲をキョロキョロ見てから借りたパーカーを意識した。ファスナーを締めていないパーカーの前を交差した両手でキュッと閉じながらも褒められて少し誇らしげにはにかむ慈音からは、そこはかとないエロスがあった。生地が伸びないよう遠慮がちに引き寄せられたファスナーの隙間から見える白い肌と積極的なデザインの水着のギャップが実に背徳的な魅力を醸している。思春期の少年に刺さらないはずがない。それに、普段はあまり結わない髪を後ろでまとめているのも新鮮だ。


 「うなじだけで3日は寿命が延びた」


 「真牙くんはなんなの、もう~!水遊びだからまとめただけなんだからぁっ」


 「待て真牙、それよりしーちゃんの良いところは鎖骨だろ。なにがとは言わないけど、ちっちゃい分、鎖骨あたりの起伏が強調されていて!これは第二のおっぱいだ!」


 「結局言ってるし!!理由がうれしくないよっ!!」


 もはや克服する見込みのない無乳の劣等感で慈音が半泣きになっていると、そこに煌熾がやって来た。


 「お、こんなところにいたのか・・・って、うおっ!・・・お前ら、いくら自由時間でもセクハラはダメだぞ?」


 「なんも見てないのにセクハラって決めるけんのは良くねぇッスよ、焔パイセン」


 「論拠を上げた方が良かったか?」


 「まぁセクハラと言えばそうなんですがね」


 「ほらな」


 「つっても、焔パイセン。このセクスィーな水着は慈音ちゃんが自分で選んだらしいッスよ?」


 「え、そうなの?・・・え?」


 煌熾は目を丸くして慈音の方を見て、ふい、とそのまま迅雷の方まで首を回した。


 「水遊びする予定だったんだな」


 「元々は俺らのクラスの予定だったんですけどね。結局こんな状況で、3組の参加者が俺たち3人と天田さんだけになっちゃったけど、しーちゃんがせっかく水着新調してたから」


 「そうか」


 「そうだ、どうせなら焔先輩も一緒にどうですか?こないだプール行ったとき、来れなかったじゃないですか」


 「あ、それいいよ、としくん!煌熾先輩もいっしょに遊ぼうよ!」


 「へっ、あ、おう。・・・あ、いや、俺は水着とか用意ないから遠慮しておくよ!まだ風呂焚きとか頼まれ仕事が残っててさ、後で飯の時にでも合流しよう。じゃ!」


 なにやら慌てた様子で、煌熾は他にいた同学年のグループの方へ行ってしまった。迅雷が怪訝そうに首を傾げていると、真牙が肩を組んで耳元でおどけた声を出した。


 「おやおやおやおや?」


 「なんだ急に気持ち悪い」


 「別にぃ?それより早く行こーぜ、迅雷、慈音ちゃん!」



          ○



 いくら洞窟内が温暖だと行っても濡れねずみではさすがに冷えてかなわない。迅雷たち3人はキャッキャウフフと水遊びに興じていたはずが、いつの間にか魔法ありの仁義なき水の掛け合いに発展してしまったのだった。先ほど煌熾が風呂焚きを頼まれたと言っていたことを思い出した彼らは、冷えた体をタオルで包んで遊び場を後にした。海パンで歩き回ることに抵抗のない迅雷と真牙は直接風呂へ向かったが、慈音はさすがに恥ずかしいからと、着替えのためにテントへ戻っていった。

 ちなみに、お風呂というのはシンプルなドラム缶風呂だ。温泉でも湧いていたならもちろんそっちの方が風情があるが、ドラム缶だって悪いものじゃない。少し泥臭いレジャーの楽しみ方だ。ちょっと加減を間違えた熱めのお湯に酔いながら、非日常の景色を眺めれば思い出としては十分である。


 「ゲェ・・・なんか行列になってんじゃん」


 男湯ゾーンの人集りを見た真牙が鼻水をすすって口をへの字にした。


 「まぁ・・・ドラム缶は男女3つずつしか用意してなかったからなぁ。へっきし!!あ"ー、さむっ。こんなことなら俺たちも着替えてから来るんだったな」


 テントに戻るか悩んでそちらのある方を見た迅雷は、なにやら良い匂いがして鼻を動かした。


 「あれ?もう夕食の準備してんのかな。すげぇ美味そうな匂いする。誰が作ってんだろ」


          〇


 野営地の大部屋への到着が遅れていたグループAだったが、迅雷たちが水遊びに興じている頃にはちゃんと合流して野営の準備を整えていた。遅れていたからといってトラブルがあったわけではない。むしろ実習の目的である素材採集が捗り過ぎたのである。

 テントで水着を脱いでジャージに戻った慈音が野営地の中央から漂ってくる芳ばしい匂いに釣られて様子を見に行くと、雪姫がひとりで大鍋とフライパンの間をせわしなく行き来していた。彼女の傍らには様々な植物が山のように積まれた荷車もあった。もしかせずとも雪姫と萌生が張り切って集めた食べられる草の山である。まさか学園屈指の成績上位者である2人が集めた素材の8割が食材だなんて想像していた者はいなかっただろう。

 よく見ると、先生たちが用意していた米や肉なども雪姫のところに預けられている。大胆に鍋の火加減を調節したり、宝石のように輝くソースの味見をしたり、隙間時間で食材を見事に飾り切りにしたり。テキパキ働く雪姫は気のせいか少し機嫌が良さそうに見えた。これはチャンスだと確信した慈音は、炒め物に手を移した雪姫に声を掛けてみた。


 「すごいねー。これ全部ひとりでお料理してるの?しのもなにか手伝っていい?」


 「なんもしなくていいから」


 「大変じゃない?」


 「一人でやった方が間違いないって言ってんの」


 「あ、ハイ。おじゃましました」


 全然チャンスでもなんでもなかった。しょんぼりと立ち去ろうとした慈音は、ふと視界の端に萌生を見つけた気がしたが、いや、多分気のせいだろう。慈音が知る限り、みんなに頼られる生徒会長の豊園萌生先輩はテントの隅で膝を抱えて小石を積み重ねるような人物ではなかったはずだ。


 「いいじゃない、ちょっとくらい手伝わせてくれたってぇ・・・うっ、うぇぅ・・・」


 ・・・気のせいだ。はずだ。


 いたたまれないが掛ける言葉も見当たらず、慈音はなにも見なかったことにしてさっさと風呂場に向かった。しかし、今度はまた別のテントの陰からよく知る声が聞こえてきて、気になり立ち止まる。


 「あ。矢生ちゃんと、あれは―――」


 確か、書き慣れない漢字だったはずだが、慈音が名前を思い出す前に警視庁からの助っ人の男性魔法士は足早にどこかへ行ってしまった。


 「おーーーい。矢生ちゃーーーん!」


 「・・・あら、慈音さんではありませんの。少し顔色が優れないようですけれど、いかがなさいました?」


 「いやあ、水遊びしてたら冷えちゃったんだよねー。ね、それより矢生ちゃん。いまいっしょにいたのって、み、みゃ?みゅ―――」


 「瞑矢(みょうや)


 「そう、みょうやさん!って、もしかして矢生ちゃんのお兄ちゃんだったりするの?さっきから気になってたんだー」


 「ええ、兄ですわ。・・・・・・一応」


 「ほら、やっぱりそうだったんだ。聖護院なんて苗字の人あんまりいないし、弓が得意って言ってたから絶対そうだーって思ってたの!」


 ひとりで勝手に盛り上がる慈音を見ていて、矢生は少し楽になって微笑んだ。


 「もしかせずとも日本に聖護院姓は私の家系しかございませんのよ」


 「ウルトラSSレア苗字さんだ!!」


 そういう東雲姓もなかなか希少な苗字の気がするが、生まれたときから疑問もなく名乗り続けていれば珍しさなんて考えないものか。


 「その荷物、いまからお風呂に入るつもりだったのでしょう?せっかくですのでご一緒してもよろしいですか?」


 「もちろん、行こう行こう♪ドラム缶なんだよ、ドキドキするなぁ」




          ●

 

 


 一時は実施そのものが危ぶまれたことが噓のように、その夜は大いに盛り上がった。

 一日を締めくくるミーティングでは成果報告会のはずが各グループの集めた素材の自慢大会になったり、雪姫の振る舞うダンジョン飯の争奪戦が勃発したり、テントに入ってもみんな話に夢中で見回りに来た先生たちにどやされたり。


 一通り生徒たちのテントの巡回を終えて職員用のテントに帰って来た真波はあまり長く座る気の起きない、クッションの潰れたパイプ椅子に腰かけて「ふぅ」と軽い溜息を吐いた。


 「お疲れ様です、志田先生。コーヒーどうぞ」


 「あ、桐崎先生。ありがとうございます」


 コーヒーフレッシュは半分とちょっと。砂糖は入れる気分じゃない。夜はほんのり苦めなコーヒーが一番ホッとする。コーヒーには眠気を妨げる効果があるなんて言うが、あんなのはデタラメだ。真波が手であくびを隠していると、桐崎がもう休むように勧めてくれた。


 「自分らが疲れてボーっとしてたら意味ないですからね。明日も早いですよ」


 「あはは、それもそうですよね。それじゃあ、お言葉に甘えて先に休みますね。桐崎先生も適当なところで切り上げてください。子供たちもそろそろ寝る頃みたいでしたから」


 「ええ。それじゃあ、おやすみなさい」


 就寝用のテントへ戻る真波を見送った桐崎は、椅子に負けず劣らず無骨な机に頬杖を突いた。真波は生徒思いで真面目で、その上明るくて、若手の教師としては本当に理想的な人だ。先輩ながらに敬意を抱いてしまう。おまけに美人だし。


 「ただ放っとくと際限なく頑張っちゃうところあるんだよなぁ。はぁ、志田先生ちゃんと眠れるかね。今日はやたらとトカゲたちも鳴きっぱなしでうるさいし」




          ●




 前回までとは見える目盛りが違う。週を跨ぐ毎に投与量は増えていく。別にどうでも良いことだ。所詮、自分にとってはカレンダーの代わり以上の価値を持たない変化だ。


 もうなんにも考えたくない。


 だけど、もし。


 意識も心も、白霧の奥へと沈んでいく。




          ●




 朝、迅雷はとても気持ちのいい目覚めを迎えた。皮肉でもなんでもなく、純粋にすっきりした気分だ。昨晩は千影(抱き枕)が一緒ではないからテントの中で寝相も定まらずモゾモゾと空しい寝返りを繰り返していた気もするのだが、疲れのおかげで素直に眠れたのだろうか。


 「くぁ・・・あ」


 「とっしー、おはよ」


 「ん。おはよ・・・・・・あれ?」


 無意識に指でこねていたプニプニのほっぺたを迅雷は二度見した。


 「うわあああっ!!・・・あっ。(ちょ、千影!なんでお前ここにいるんだよ!?)」


 「いまさら小声になっても遅いよ、とっしー。もう半分くらいの人は知ってるもん」


 ぴろん、と迅雷の枕元でスマホが鳴った。真牙からチャットで動画が送られてきたのだ。お互いギューッと抱き合ってスヤスヤと、それはもう幸せそうに寝息を立てる迅雷と千影の。テントの入口に気配を感じた迅雷は弾かれたようにそちらを見た。すると、スーッと布の隙間を離れていく人影が1、2、3・・・。


 「朝食の前から胃痛がしてきたぞぅ」


 とか言いつつ、なんかもう少し吹っ切れた迅雷は、あと5分とぼやいて千影と戯れてからテントを起き出た。ぎぃ、こここ。今日も六本足トカゲたちは元気なようだ。テントの外では、昨晩に引き続き素敵な香りが鼻を喜ばせてくれた。賑わいの中心に行ってみると、大鍋に野菜スープが作り置きにされていて、鍋の前には先生たちまで混じって行列が出来ていた。


 「あら、おはよう。神代君、千影ちゃん。朝ごはんあるわよ」


 火の面倒を見ていたのは萌生だった。萌生がよそってくれたスープをよく見ると、野菜だと思っていたのは昨日グループAが採ってきた野草だった。だからといって抵抗のある見た目ではないので、迅雷も千影もさっそくいただくことにした。


 「ん~♡ほいひぃ」


 「はふはふ。胃に優しい味がする・・・。これ豊園先輩が作ってくれたんですか?」


 「そうなんです、えへん!・・・と言いたいところなのだけれど、違うのよね」


 「じゃあ、これも天田さん?」


 「正解。昨日初めて見た食材をここまで上手に使いこなすんだもの。なんだか憧れちゃうわ」


 「朝から天田さんの手料理を味わえるとかなんて贅沢なんだ・・・。ああ、やっぱ実習参加しといて良かったぜ」


 「むー。おいしいから張り合いづらい・・・なんかフクザツな気分」


 頑張れ千影。君はまだ若いんだ。いまから料理の特訓をすれば雪姫にも負けない料理上手になって迅雷の胃袋を掴み返せるかもしれないぞ!多分!

 ダンジョン実習2日目の内容だが、大まかな部分は1日目と変わらない。引き続きグループごとに別のルートでダンジョンを探索し、素材採集をしながら最初の「分岐路の広場」まで戻って人間界に帰る。ただし、2日目のルートは1日目よりやや険しい道が選ばれており、攻撃的な生物の生息数もやや増える予想だ。要するに1日目の経験を踏まえて、より一層仲間たちと協力して攻略することが課せられるわけだ。

 『DiS』の活動を通して一足早く経験を積んでいる迅雷たちにとっては大して難しいミッションではないかもしれないが、大半の生徒たちには案外それが難しかったりする。「俺が俺が」となんでも一人でやろうとしても無理が出るし、逆に「私なんかじゃ」と遠慮しているとそのグループの出来ることの幅が狭まりかねないからだ。特にマンティオ学園に入学出来た生徒には名門校で学んでいる自負からか若干主張の激しいきらいのある者は少なくないし、一方でその自信が成績上位者との能力差でマイナスに折れてしまうケースも散見される。以前に真波が1年3組の生徒たちを鼓舞するために言っていた台詞の繰り返しも含むが、一連のダンジョン実習のカリキュラムは、特にそういった生徒たちにとって重要な学びの場なのである。なにも出る杭を打とうというわけじゃあない。和を乱さず、各々がしっかりと自分の能力を発揮する意識を持つきっかけを得る舞台を用意しているのだ。


 朝食のあとは全体ミーティングで改めてそんな話がされ、各グループでルート確認が終わり次第、順次出発していった。



          〇



 乱暴に射出された巨氷の杭が数十メートルに渡って洞窟の天井を削り崩した。前日には多くの生徒をその頑丈さで悩ませた光る結晶すら、まるで薄いガラスでも割るように破砕され、大量の落石が降り注いだ。

 しばらく耳を塞ぎたくなる轟音が反響し続け、ようやく視界を遮る土煙も晴れてきた。現れたのは、落石に叩き潰された無残な動物たちの死骸と血の海だ。


 自ら作り出した惨状に飽き飽きした様子で、雪姫は深く溜息を吐いた。


 「つまんない」


 なにが攻撃性の高い生物の密集したエリアだからみんなで協力して切り抜けましょう、だ。環境を利用すればこの程度の労力で一掃してしまえるというのに。多少の衝撃では天井が崩落しないことも調べてあったはずだ。

 幅が広い川があるから協力して向こう岸に渡りましょう?そういうのは雪姫のいない班でやれば良いだろう。小学校の魔法発表会じゃないのだ。誰でも思いつくようなシナリオを組み込んで誰がなにを学べるのやら。

 このままでは野草について勉強しに来ただけになってしまう。こんなはずじゃないのに。こんなことをしている場合じゃないのに。

 雪姫が道を塞ぐ邪魔な死体を蹴ってどかしていると、後ろから肩を掴まれた。いや、実際には触れられる寸前で身を躱していたので、掴まれてはいないが。無視すべきか否かを一瞬だけ考えて、仕方なく雪姫は足を止め振り返る。聖護院瞑矢だ。


 「なんですか」


 「いまはみんなで協力して行動する時間だと先生方も言っていたはずですよ。それに、やりすぎだ。危険生物とはいえ命は命です」


 「・・・ハッ」


 雪姫がなにも見ていないと思ったら大間違いだ。肉親も愛せない人間が命の価値を語って心に響く道理はない。

 雪姫の無言が嘲りと悟った瞑矢は目元の筋肉を一度だけ痙攣させたが、さすがに大人ではあった。次はこういう乱暴な手段を避けるように、と釘を刺して他の生徒の様子を見に行った。


 静かだ。静かになった。邪魔なモンスターを蹴散らすついでに天井に張り付いていた六本足トカゲどもも全て追い払ってしまったからだ。雪姫は比較的原型を留めているモンスターの死骸を瓦礫の下から掘り起こし、地面に寝かせ直した。これまでのダンジョン実習では出会うことの稀だった、毛皮のない熊のような生物だ。筋肉が剥き出しになったような厳めしい外見をしている。大きさで言えばヒグマにやや劣る程度が平均か。パッと見では、このダンジョンで頻繁に見かける巨大なヒトデ風の浮遊生物の方が脅威度が高そうだが―――恐らく群れで狩りを行うために教師たちはこの熊の危険性をより高く評価していたとか、そんなところだろう。

 雪姫は成績に関しては意識するタイプだ。たかが学校の成績ごときで誰かに負けるわけにはいかないためだ。


 「素材になりそうな部位・・・」


 臭いからして肉食主体の雑食性だろうから肉はあまり食用に向かないだろう。それに筋肉ダルマの見た目通りの硬さだ。食えないことはないはずだが、このダンジョンでたんぱく源を得るならトカゲやヒトデで十分だろう。

 牙は鋭いが特別美しい形をしているわけではないし、小さいので道具への加工にも使い辛そうだ。大した価値は付かないだろう。


 「爪は独特の形してるな。風化して滑らかになった結晶の上でスパイクになるってことか・・・これは売れる素材、と」


 雪姫は熊の足から形の綺麗な爪だけを選んで丁寧に剥ぎ取り、水で血を流してからウエストポーチにしまった。牙はついでだ。

 また別の素材を探しに行こうと立ち上がって。


 「・・・・・・」


 雪姫はすぐにその違和感に気が付いた。


 景色がうっすらと白くぼやけている。


 微弱だが、かなりの質量を感じさせる振動が地面を伝って届いた。剝ぎ取った爪や牙の血を濯ぎ淀んだ水面にも波紋が立った。


 気のせいではない。


 振動はその後もほぼ一定の間隔で続き、わずかに音も聞こえた。

 

 足音―――だろうか。なにかがやって来る。


 まだ知らない、恐らく良くないなにか。


 誘われるように雪姫は足を向け。

 悲鳴と共に駆け出した。


          ●


 「なん・・・」


 真波が声をひっくり返す前に辛うじて堪えることが出来たのは、ただ単に自分の目の前でことが起きたわけではなかったからだった。生徒たちが少しでも冷静でいられるように、そしてなんとか連絡をくれた同僚を落ち着かせるように、真波は深呼吸をしてから話を続けた。

 今回の実習では、有事に備えて教員と保護・監督役の魔法士たちはダンジョン内での通信が可能な機材を1人1台ずつ支給されていた。これはとあるイギリスのアマチュア無線家が設計した特殊な無線機「HeyPhone」の発展機にあたるものだ。入り組んだ洞窟内部であっても()()()()()であればクリアに交信可能かつ、サイズも少し大型のスマートフォン並にダウンサイジングされている。

 各グループの引率者に届いた交信の内容は、この実習を行う上で考えうる限り最悪の事態を告げるものだった。


 「事実、なんですね?」


 真波の、ともすれば危機感に欠ける悠長な確認に返ってくるのは、グループAの教員が必死に事実であると繰り返す声だった。その背景では生徒たちの悲鳴のような避難の号令が続いていた。


 『間違いない、ヤツだ!!ニュースで見た通りの姿してるんだぞ!?「ブレインイーター」だよッ!!』


 真波はギリリ、と奥歯をきつく軋らせた。

 さて、思い出すべきは無線機の通信距離だ。直前に書いたのだから見つけるのは容易だろう。1km、正解だ。()()()()()()()()()()()。人間が2、3分走れば到着できるほどの位置に、優秀なプロ魔法士を含む100人以上を食い殺した怪物が迫っている。

 真波たちが為すべきことは明白だ。生徒たちの避難を誘導し、必要に応じた『ブレインイーター』の足止め。


 「そう、そうよ。こ、子供たちをなんとしても・・・守るのが。守るって―――」


 なんの音だ。自分の頭部の内側からカチカチと音がする。音の正体が分からない。分かるわけにはいかない。西郷先生を殺した敵。真波がどうにか出来るわけが。考えるな。為すべき、為すべき、


 「ことを・・・ッ」


 「まなみん」


 呼ばれ慣れないが、間違いなく真波を呼ぶためのニックネーム。呼吸が正常に戻り、真波は視覚に意識が揺り戻された。


 「千影・・・ちゃん・・・?」


 千影の手には真波と同じ無線機があった。今更ながら千影の役割がなんだったかを、真波は思い出した。


 「まずはみんなの避難だよ。急いで」


 ルビーの瞳は真波を射抜くようだった。決して完全な平静というわけではないが、驚くほどに覚悟の決まった目だった。死を厭わない、という意味ではなく、純粋に己の使命を積極的に遂行せんとする気概のようなものが満ちていた。


 「・・・まなみん?」


 千影が怪訝な顔をしたのは、真波が状況にそぐわない笑みを浮かべたからだ。だが、なんということはない。真波は触発された。確かに、いま自身を諭した少女は特殊な背景を持ち、強力な能力を持っているが、人間にとって一番強烈なものは目で見て心で直接感じたものだ。


 「負けてらんないわ―――」

 

 グループCの生徒たちは、『DiS』の面々を中心としてすぐにも逃げられるように集合を掛け合ってくれている。となれば、真波たち教員の取るべき行動は彼らをとりまとめ、通信機材を生かして他グループとの連携を取りつつ最適経路で「分岐路の広場」まで戻れるよう考えることだ。




          ●




 生徒のダンジョン外への退避が完了したのは、グループAからの遭遇報告から1時間後のことだった。


 負傷者なし。生徒、教員、および保護・監督役含む全員の退避が完了



 「ねぇ、あの人・・・いなくない・・・?」


 


          ●




 「あー、クソ。とんだ邪魔が入った」


 焼かれた腕には霜を降らせて誤魔化す。


 口の中に溜まった血を吐き捨て、無理矢理に呼吸を整える。


 さて。


 それじゃあ、仕切り直そうか。


 「責任、取らせてあげるから」


episode8 sect32 ”ささやかな反抗”






スピンオフ作品のスノープリンセスの更新のため、来週から2回ほどお休みさせてもらう予定です。

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