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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第二章 episode3『高総戦・前編 邂逅』
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episode3 sect3 ” Eeriness of Oddity ”

 放課後だというのに、1年3組の教室は騒々しかった。今日一日で広まったネビアの噂話をどこかで拾って興味を抱いた生徒たちが、彼女を一目見ようとして放課のチャイムが鳴るなり一気に集まってきたのだ。

 時期外れな転校生、容姿端麗、絶えない変わった噂、友好的、かなりの実力者。これだけの特徴があれば、こうして多くの人が集まってきたのも頷ける話だろう。

 迅雷はそんな光景を廊下側の端から2番目の列にある自分の席に座ったまま、なんとなく眺めていた。


 「あいつ、初めて会ったときに俺がここの生徒だって知ってたのかな。でなきゃ『またね』なんて言うわけないしな・・・」


 ふと頭の中に浮かんだその疑問が、再び千影の言葉を思い出させた。

 『初対面の人に気を許しすぎている』『ネビアには気を付けた方が良い』―――――


 今日だけで溢れかえっているネビアの噂の中にあった、「雪姫と張り合った」とか「大洪水レベルの水魔法が使える」とか、そういう類いの話はすべて慈音や友香から昼休みに聞いて事実を確認している。これらを鑑みると、次第に迅雷も千影の警戒の意図が理解できるような気がしてきた。


 「・・・つっても、まだ分かんねぇな」


 「む、としくんなんか難しい顔してる。どうかしたの?そんなにネビアちゃんのこと見つめちゃって」


 いつの間にか慈音が迅雷の前の席にお行儀悪く前後逆で腰掛けて、迅雷の机に突っ伏すようにして迅雷の顔を下から覗き込んできていた。パッツリと切りそろえられた前髪が少し目にかかったのを指でかき分ける仕草に迅雷は少しドキッとしてしまう。


 「し、しーちゃんか。いきなり近くから声かけられてびっくりしたわ」


 「ふーん、こんな近くに来ても気付かないなんて。これは相当マジメなことを考えてたってことなのかな?分からないって言ってたけど、どうかしたの?」


 微笑と共に小首を傾げている慈音は、どうにも以前に増して可愛らしく見えた。ほんのりと赤い頬と綺麗に潤んだ瞳が急に年頃の少女らしくて、うっすら感じるシャンプーの匂いと息遣いはこんなに目の前にあって良いのだろうかとさえ思ってしまう。いつの間にか、幼い頃からなにも変わらないようでいて、すっかり大きくなってしまった幼馴染みは、今もこうして迅雷をほんのり優婉な瞳で見つめているのだ。

 仲の良い幼馴染みでいよう、という話をした後になってから、迅雷はちらほらと慈音の仕草に目がいくようになってしまった気がする。どうも話の決着とは別で、慈音に向けられた意識の方が平常運転に戻りきれないのだ。

 こうなるのなら真牙がプンスカしながら言っていた通りにちゃんと付き合っちゃえば良かったのだろうか、などと思ってしまう迅雷だったが、やっぱりそれはなにかが違うような気がして自分に対して首を横に振ってしまう。まるで、どこまでも真っ白な壁を背景にして慈音を見つめているような気分だった。

 ひとまず、迅雷は今の戸惑いが顔の血色に出ていないかと心配になったので、さりげなく頬を掻くことで誤魔化すことにした。


 「いや、なんでもない・・・というわけでもないのかしれないけど」


 「そっか、なんでもないというわけでもないのかもしれないのかー。・・・ん?あれ、結局どっち?」


 目を点にして口をぽっかり開ける慈音には、いつも通りのゆるさを感じて迅雷は少し安心する。頭上にハテナマークをたくさん並べて頭をひねる慈音が少し可笑しくなって、迅雷は彼女に軽くデコピンをしてやった。なにも慈音までこんな小難しいことを考える必要はないのだ。

 彼女にはずっと、誰も疑わずに、みんなに平等な東雲慈音であって欲しいから。だからきっと、迅雷は彼女にはこのことを伝えることはないだろう。


 「知恵熱出るからやめとけって。それに本当のところはそんな大事な話じゃないからさ」


 「本当かなぁ?また溜め込んで急に駄々をこねてきても、次はしのも知らないんだからね?」


 「そら俺も勘弁願いたいよ。本気で困ったらそのときはちゃんとしーちゃんにも手伝ってもらうからさ、今は気にしなくて大丈夫だよ」


 きっと迅雷がこう言って元気に笑っても、慈音はいつだって、いつまでだって、どこでだって、迅雷を支えてくれるのだろう。迅雷がもしこれを泣き言になるまで膨らませたとしても、それでも慈音はそんな惨めな迅雷の声を最後まで一言も漏らさずに聞いてくれるのだろう。


 「・・・甘えてんなぁ、俺」


 甘えて良いんだと言われたとはいえ、そんな彼女の優しさにどっぷり浸かりきって独り立ち出来ない自分がつくづく格好悪く感じる迅雷だった。どんなに弱くても情けなくても、きっと最後は迅雷は自分の足だけで力強く立って、慈音のこともみんなのことも『守れ』るようにならなければいけないというのに、甘んじずにはいられない。

 それだけ慈音が用意してくれる優しさは暖かくて居心地が良かったのだ。なかなか抜けられないのは幸せの証拠なのかもしれない。


 「ん?」


 「いや、なんでも。いつもありがとな、しーちゃん」


 「ふぇ!?き、急にどうしちゃったの!?」


 突然迅雷にとてもいい顔でお礼を言われて慈音は真っ赤になってあたふたし始めた。残念なことに、彼女の今の心中は迅雷には分からなかっただろう。

 とまぁ、そんなお熱い2人の会話も意に介さず続いていた教室の賑わいが急に鳴りを潜めた。なぜかと言えば、ネビアが荷物を持って席を立ったからだった。

 しかし、そのまま帰るのかと思いきや、ネビアは迅雷の方を見て微笑み、手を振って彼の席に近寄った。


 「お熱いところ悪いんだけど、迅雷。ちょっとお願いがあるの、カシラ。良かったら付き合って、カシラ」


 下の名前で、しかも呼び捨てで、そして仕上げには「お願い」「付き合って」。名前を呼ばれただけの無実の迅雷は、周囲から大量の嫉妬の視線が刺さったのを感じた。


 「呼び捨て・・・?」

 「名前呼びだってよ」

 「付き合ってだってさ」

 「なんなんだよアイツ」

 「え、あのぱっつんの子彼女さんなんじゃないの?」

 「うわぁ・・・」

 「なんだよそれ、アイツ今日ネビアちゃんと話してたか?」

 「出来レースかよ」

 「慈音ちゃんという子がいながら・・・!」

 「またあいつか」

 「うらやましね!」


 「ヒソヒソうっせぇ!!文句あんならかかってこいや!ネビアとは前にちょっと顔を合わせたことがあるだけだからな!」


 「あ、あはは・・・」


 男子勢の女々しい陰湿なヒソヒソ声に怒鳴る迅雷と、それを見て苦笑する慈音。死ねとまで言われて憤慨した迅雷の剣幕にはさすがにあちらも怯んだらしく一時的に大人しくなった。きっとライセンス持ちという肩書きも効果を発揮したのだろう。

 

 大体、彼らも入学当初は雪姫ちゃん雪姫ちゃんと騒いでハッスルしていたくせに、ファンにしては乗り換えが早過ぎるというものだ。迅雷は未だにきちんと雪姫のファンをやっているというのに、いかがなものか。

 所詮は高校デビューを狙っただけのにわか共め、と迅雷は心の中で毒づいた。


 「はぁ。んで、ネビアは俺になんか用なのか?困ってることがあるならなんでも言ってくれて良いけど」


 「おー、良い心がけだね、カシラ。うん。別にそんな大したことじゃないけど、迅雷には学校の中を案内して欲しいんだ、カシラ」


 なんだそんなことか、と迅雷は安堵した。ついつい、さっきまで舌の上を転がしていた考え事のせいで若干身構えてしまっていたので、そんな自分が少し恥ずかしかった。大体、よく考えればそうだ。いくら馴染んでいるように見えたとしても、ネビアにとってはここは転校初日の見知らぬ世界なのだから。

 確かに怪しさの残るネビアではあるけれど、それでも警戒のしすぎなというのは考えものだ。家に帰ったら千影にも、もう少しネビアに対する当たりを柔らかくしてやるように頼もうと迅雷は決めてから、普通に笑って快くネビアの頼みを聞くことにした。やはり迅雷はせっかく同じクラスになった彼女とは仲良くしていきたいと思う気持ちの方が強かった。


 「あぁ、お安い御用だよ。そんじゃ、もう回る感じで良いのか?」


 「うん、お願いしまーす、カシラ」


 「あ、しのもいっしょに行っていい?」


 既に荷物の支度を終えているネビアを見て、迅雷は出発の確認を取った。荷物は面倒なので置いていくことにしたところ、それを見たネビアもやっぱり荷物は置いていくと言い出したので結局全員手ぶらである。

 未だにヒソヒソネチネチとうるさい連中にもう一度言い返してから、迅雷はネビアと慈音を連れて教室を出た。


          ●



 急に壁の向こうから伝わってくる大騒ぎが聞こえなくなり、やっと帰ってきた静けさにほっと一息つけると思ったのだが、それが案外かえってつまらない気分にさせる。


 「なんか3組静かになったね」


 「そうですわね。最後になにか怒鳴り声のようなものも聞こえましたけれど。というか、あの声って迅雷君ですわよね」


 適当に向かい合った席に座って、隣である3組の教室のどんちゃん騒ぎを聞きつつ放課後を過ごしていたのは涼と矢生だった。

 今までなにをしていたのかというと、結局矢生から逃げ切ること敵わず捕まった涼が3時間目にあった雪姫とネビアの試合について喋らされていた次第である。しかし、どうあっても涼の話は傍観者の話でしかないので「やっぱり本人に話を聞いた方が良い」という結論に落ち着いたため、ここまで2組の教室でタイミングを待っていたところだった。


 「ようやくネビアさんと落ち着いて話せるチャンスだし、さっそく行ってみよっか」


 よくよく考えなくても無理矢理捕まえられて喋らされるだけ喋らされて、結局なんだかイマイチな内容だと言われて最後は本人に会って落ち着いて話せる機会が来るまで延々待たされただけだったことには、涼はそれなりにやるせない気分になっていた。これだけの徒労をさせられたのだから、せめてネビアと仲良くなって今後の学園生活をより華のあるものにしたいところだ。

 席を立った涼に言われて、矢生も意気込んで立ち上がる。


 「そうですわね!さーあ、根掘り葉掘りなにもかも洗いざらい話していただきますわ!!」


 「あれ、なんか違くない・・・?」


 尋問官かなにかのようなちょっとズレた気合いの入れ方をしている矢生だが、この程度のことでちょっとツッコんだくらいで勢いの変わるような彼女なら聖護院矢生とは言わない。


 こうして意気込み十分に3組に突入した2人だったのだが、そんな彼女たちを迎えたのはもう荷物を持って帰ろうとしている生徒が2,3人残っているだけの、がらんどうな教室だった。

 

 ―――――ネビアはいったいいずこへ?

 

 想定外の事態に目をパチクリさせる矢生。


 「あのー、すみません。ネビアさんはどこにいらっしゃりますの?もしっ、もしかして、もうお帰りに・・・なら、れた・・・とか」


 「矢生ちゃん、最後めっちゃ頑張ってたね・・・」


 最悪の事態を想像して口の端を引きつらせながら、矢生は帰り支度を済ませた女子生徒を1人捕まえて質問をした。台詞の最後が上手く言えていないのは、単に矢生がその認めたくないパターンを無理矢理に言おうとした努力の結果である。ただ、あくまでも笑顔を保とうとしているせいで逆に眉間に不自然に皺が寄ってしまっている。健気なのか短気なだけなのか。

 一応本人は笑っているつもりのようだが、鬼気と焦りが滲み出している矢生に迫られて、女子生徒も顔を青くしながらもちゃんと答えてくれた。ただでさえ学年2番手の実力者として名高い矢生である。あまり彼女との接点がない女子生徒からしたら、お嬢様で実力者な矢生にここまで必死に迫られたら恐がるのも仕方がない。しかし、その女子生徒の返答の感じでは、なんとか最悪の事態だけは避けられたらしい。


 「ひっ、え、えーっと、さっき神代君と慈音ちゃんと一緒にどっかに行っちゃいましたけど・・・」


 「どこかってどこですの!?」


 「ふえぇ、そのっそのっ、あ、そう!なんか学校の中を案内するとかなんとかです!?」


 あまりに矢生が威圧的なものだから遂に女子生徒が目尻に若干涙を浮かべ始めたので、涼がさりげなく女子生徒を落ち着かせようとあれこれし始めたのだが、そんなのは眼中にない矢生はがっくりと肩を落としたて一応の相槌だけを打つ。


 「そ、そうですか・・・。(くぅぅっ、おのれネビア・アネガメント!ちょこまかと逃げ回りやがってですの!フ、フフフ・・・この私から逃げられると思わないことですわ!!)」


 涼の努力の甲斐あって平常心を取り戻した女子生徒が不気味に笑いを漏らす矢生に引きながら教室を出て行った。それを見送ってから、矢生は業務用スマイルを消した。


 「さぁ!涼さん、さっそくネビアさんを探しに行きますわよ!」

 

 「うっ、そんなに決意に満ちた顔で言われても・・・」


 温度差が大きすぎてまったくテンションについていけない涼が苦い顔をするが、もちろん矢生がそんなことに気を回してくれる人でもないことは知っている。

 もし真牙がネビアと一緒だったなら・・・とか考えて、急に顔が熱くなったので首をブンブン振って煩悩を吹き散らそうとする涼。

 とにかくこれ以上矢生に引きずり回されたら疲れ果てて、家に帰っても予習なり復習なり、これから頑張ろうかなと思っていたことがなにも手につかなくなるのが目に見えるので、そうなる前にもう帰りたいと心の中で叫ぶ涼。ついさっきまではネビアと友達になるチャンスだと自分を励ましてきた彼女だったが、もうどこにいるかも分からない人を探し回ろうとする矢生に付き合っていられるほど甲斐性ではない。


 「私、帰っても良いかな・・・?」


 「なにを言ってますの?ダメに決まっていますわ」

 

 なにを馬鹿なことを言い出すのだ、とでも言いたげな顔をする矢生。


 「私はまだネビアさんのお顔を見ていませんのよ?涼さんの記憶だけが頼りですの」


 「いやでも、迅雷くんも一緒にいるらしいし・・・」


 「もっ、もしかしたらはぐれちゃっているかもしれませんわよ!?さぁ、いらっしゃいな!」


 「普通に寂しいからって言ってよぉ!」


 実は寂しがり屋な矢生に引きずられるようにして連行された涼の弱々しい悲鳴は、放課後の校舎に虚しく木霊した。


          ●


 「そんでここは・・・って分かるか。今日使ったんだもんな」


 校舎内の主な場所は案内を終えて迅雷とネビアと慈音の3人は本校舎外の施設を巡っていた。今は実技授業などで使用されるアリーナを紹介していたところだ。

 そこまで巨大なアリーナではないのだが、マンティオ学園には中規模のアリーナが3つある。大きいのが使いたければ一央市ギルドの方にでも行けばいい、ということである。しかし実際はこの中規模型どころかギルドの小闘技場くらいの部屋の広さでも1対1の試合を行うには十分な広さがあるので、マンティオ学園の設備はやはりかなり充実しているということなのだろう。


 「こっち側はあとあるのって実験棟と食堂と、あとはちょっとデカいだけで普通の体育館くらいだよな」


 マンティオ学園の敷地内は、今迅雷たちがいる『ガーデン』側と、大講堂や体育館を含む校舎を挟んでの校庭側、外縁を囲む雑木林でほぼ終わりである。他にもちょっとした建物もあるにはあるのだが、それこそ使っていない物置の場所を教えるようなものなので紹介する必要性は薄い。


 「うん、なるほど、カシラ。じゃあさ、実験棟を見終わったらそこのカフェテリアでお茶でもしようじゃないか、カシラ」


 「おう、いいな。そうしようか」


 「さんせーい」

 

 実験棟、と聞くと理科実験のための建物に思えるかもしれないが、物理、化学、生物、地学、どの実験室も校舎の中に揃っている。ここで言う実験とは、魔法実験の方だ。

 とはいえ、いくら魔法科専門高校といえどもその手の大学レベルに魔法を研究するわけではないので、し施設自体はそこまで大きくはない。使用するのも大体は一般魔法専攻の生徒―――――つまり、迅雷ら戦闘用の危なっかしい魔法専攻とは違い、一般生活で役立つような魔法を勉強しているような生徒である。 

 放課後なので、今は実験棟では魔法研究部あたりが活動をしているようだった。


 「しのも魔研の活動見るの初めてだけど・・・んー?なんかよく分かんないけどすごいねー」


 適当に誰もいないらしい部屋を見つけて入り、机上に置いてあった魔法研究部のものらしき紙を見て慈音が頭をクラクラさせていた。もはやなにを書いてあるのかも分からないが、とりあえずなにかを作る手順を書き記したものらしい。走り書きというわけでもなさそうだが、字が汚すぎて読めないそれを迅雷とネビアもすぐに解読を諦めて元あった場所に戻した。

 もう少し実験の様子を部屋の外からでも見てみようかと思って部屋を出たところで、廊下の奥からは爆発音と悲鳴が聞こえてきた。何事かと思ってそちらを見ると、虹色の煙が濛々と立ち込めている。その中から煙にむせながら飛び出してくる生徒が羽織っているのも、もはや白衣ではなく虹衣だった。


 「なにをしたらあんなことになるんだ・・・?」


 「奇跡体験をした気がするわ・・・カシラ。でも、なんか使ってる魔法がみみっちくて私あんまり面白くないかも、カシラ」


 退屈そうに溜息をつくネビア。今の爆発はそこそこ派手だったようにも見えたのだが、彼女としてはあれでもまだショボいらしい。まんま破壊力重視な脳筋少女にはこういうアカデミックで頭の良い人たちの世界には興味が沸かなかったらしい。

 だが、それを聞いたインテリ系少年少女がバッと視線を向けてきた。


 「ネ、ネビアちゃん、そういうことはここを出てから言おうね!?ううん、本当はいわない方が良いと思うけども!ほら、なんかあの人たちすっごい目が恐いよぉ!?」


 そういう慈音もなかなかの言いっぷりなのだが、必死な彼女はそれに気付いていないらしい。とにかく慈音はぐいぐいとネビアの背中を押して実験棟から逃げるように出た。

 後ろからは恐い視線というよりかは、憐憫の眼差しが突き刺さっていた。「この楽しさを理解できないなんて、なんて可哀想な人たちなんだろう」とでも思われたのかもしれない。だが分からないものは分からないネビアは、そんな視線にもなにも感じない。


 「えー、魔法ってもっとこう、ブワァッってなってグワッってなってチュドーンドカーン!ってイメージなんだけどなぁ、カシラ」


 「うーん、分からなくはないけど・・・」


 今のネビアの説明に同意を示した慈音はいったい何者なのだろうか。日本語でオーケーというツッコミを完封された迅雷は、もしかして自分の理解力が乏しいだけなのかと心配になって顔を青くした。実は千影や真牙、向日葵あたりなら今のネビアの説明でもなにか具体的なイメージが浮かんでくるのかもしれない。


 「いやしかしだがしかし・・・」

 

 ―――――ブワァでグワァでチュドーンドカーンって、要はどうなっているんだ。爆弾でも落ちたのか?


 ・・・という迅雷の想像は意外に合っている。実際ネビアが今日使っていた魔法は水の爆弾がブワァしてグワァしてチュドーンドカーンしていたのだから。


 まだまだその想像力は柔軟だったことにも気付かず1人頭を抱えてうずくまってしまった迅雷を見て、慈音が思い出したように話し出した。


 「あ、でもでも。そんなこと言っちゃうと、としくんの苦労が報われないよぅ」


 迅雷の苦労。なんだかピンとこない一言だったが、この流れ的に思い当たる節が1つしかなかった迅雷は嫌な予感で顔を上げた。


 「あ、ちょ!しーちゃん、その話はナシだから!」


 「え、なんで?」


 「ぅ・・・そんな無垢な顔でなんでと言われても」

 

 その話は色々恥ずかしいというか、思い出したくないというか、半ば病んでいるというか、とにかく迅雷の持つ一種の黒歴史のようなものであった。今でこそ実生活から例のブワァ(以下略)まで幅広く通ずるだけの能力を身に付けられたから良いのだが、その過程が非常に悲しい。

 本気で不思議そうにしている慈音の純粋な瞳で見つめられて迅雷は押し黙ってしまい、ここぞとばかりにネビアが慈音に詰め寄る。


 「教えて教えて!カシラ!なんか気になるんだけど!カシラ!」


 「えっとね、としくん小学校5,6年生のとき、いっつも指先から電気出して電流とか電圧とか計って遊んでたんだけどね?」


 「うんうん」


 「そしたら、なにも見なくてもとしくん、自分で魔法使って電気出すときに電流とか電圧の大きさがピッタリ調節出来るようになったんだよ!すごいよねー!」

 

 「それは確かにスゴいわね・・・カシラ。なにがあったらそんなにのめり込めるのっていうか、心の闇を覗いた気がしたっていうか・・・カシラ」


 「ぐふっ」


 ネビアの感想で血を吐く迅雷。まさにあれは心の闇そのものだった気がする。半ばトラウマ化した昔話に迅雷は両手で顔を覆って再びうずくまった。羞恥で顔が上げられない。唯一の救いがあったとすれば、慈音の説明では「いっつも」だけしか言わなかったことくらいか。本当は「いっつも独りぼっち(・・・・・)で」だったのだから。あの頃は相当病んでいたと思う。


 「ふぇぇぇん、本当にやめてくれよぉぉ!!」


 「えー、今なんてケータイの充電とかで役に立ってるのに。あれすごく便利だと思うんだけどなー」


 「いやそうだけどさぁ!」


 実は最近直流と交流が自由自在になりましたとか、コンセントから生身で電気引っ張ってこれるようになりましたとか、さらにそこから自分がACアダプタの代わりをするだけでなく電流・電圧まで操作できるようになりました―――――というのはもう絶対に言うまい。これも実は高校入試から合格発表までの憂鬱な時間に自室の隅でコソコソとやっていたらなんか出来るようになってしまったのだが、これまた不安でグロッキーになっていた時期の話なのでこれ以上黒歴史を拡散させるわけにはいかない。そして、これ以上ネビアに可哀想な人を見る目で見られたくもない。


 「はぁぁぁ・・・。もういい、もういいから。とりあえずカフェテリア行こうか・・・」

 

          ●



 「結局全然・・・ぜんっぜん見つかりませんわ!いったいどういうことなんですのよ、まったく・・・!」


 大声にびっくりした生徒やパートのおばちゃんたちが、その声の主である矢生にギョッとした視線を向けてきた。さすがにちょっとやりすぎたことに気付いて、彼女は赤くなって縮こまった。


 そろそろいくつかの部活も終わり始めて、それなりな数の人が集まってきて各々静かにくつろいでいる。校内のどこも静寂だけが漂って、そこに校庭の運動部員たちの掛け声だけが遠くくぐもって聞こえてくる。そんな、居心地の良いマンティオ学園のカフェテリアのいつもの風景。昼食のときとは違って人の影もほどよい夕方のカフェテリアはほのかなコーヒーの香りや洋菓子の甘い匂いがして、まるで本当の喫茶店のような雰囲気がある。

 宿題をするにも読書をするにも、あるいはふとした考え事に耽りに来たり、夕陽に微睡みに来たりするにもちょうど良い。喧噪から一歩離れた空間を、誰もが楽しんでいた。


 「くぅぅ、私としたことが・・・」


 「あ、あはは。まあ元気出してよ。確かに今日はネビアちゃんには会えなかったけど明日もあるんだし、ね?」


 机に突っ伏して真っ赤になった顔を覆い隠す矢生に涼が励ましの言葉をかける。涼もネビアに会えなかったことは残念に思っているので、矢生のように叫びはしないけれど悔しい気持ちは分かるつもりである。


 「涼さん・・・!そうですわね、明日もありますもの!これしきでへこたれる聖護院矢生ではありませんわよね」


 なんとなく背景に「じーん」と言う3文字が浮かんで見える矢生だったのだが、そんな彼女を見ながら涼はあることに気が付いた。励ますことが出来たのは良いのだが、このままいくと、


 「・・・あれ?明日もまた私連れ回される羽目になるんじゃ・・・?」


 3組の教室を飛び出してから転校生を探してあてどもなく歩き回った1時間を思い出して、どっと疲れが溢れ出してきた。明日の疲労すら前借りしてきたようなだるさに涼は思わず「うわぁ・・・」と露骨に嫌そうな声を漏らしてしまったのだが、機嫌を良くして上品に苺のショートケーキを頬張る矢生はそんな涼の苦々しい顔には気付いていないようだった。


 「あぁ、ひさしぶりのケーキ・・・感無量、ですわ・・・」


 あわやケーキに涙を流すのではないかと思うほど大事そうにケーキを口に運ぶ矢生を見て、涼はさっきの溜息が彼女に聞こえていなかったことが分かって安心した。

 それにしても矢生がケーキに尋常ではない感動っぷりを見せるので、彼女の上品な食べ方と合わせて、本当は大して高くもないはずのショートケーキがなにか超高級店の看板商品かのように見えてきてしまい、涼も無性にケーキを買いたくなってきた。だが残念なことにこのショートケーキは、やっぱり大した値段もしない安くて味もごくごく普通なただのショートケーキである。

 そういえば、ケーキを買うときに矢生は「今日はもうヤケですわ!」とか言っていた気がする。


 「私前から思ってたんだけどさ、矢生ちゃんって本当にお嬢様なの・・・?」


 何度矢生の行動が庶民より庶民くさいと感じられたことだろうか。合宿ではアイスクリームすらも感動しながら食べていたし、授業中に教科書の裏に隠して特売のチラシを見ていたのも記憶に新しい。

 普段の彼女の言葉遣いや立ち振る舞いが基本的に優美で堂々としているものだからずっとお嬢様なのだと思ってきたが、ここに来て相当きな臭い感じがしてきた。しかし、だからといってこの話し方が一般的な人生を送ってきてここまで馴染むようなことはあるまいし、キャラ作りだったとしたらそれはそれですごすぎる。


 「あら、なにをおっしゃって?そんなこと―――――」


 矢生が、胡散臭いものを見るような目をする涼になにかを言いかけたそのときだった。


 

 「私はチョコレートケーキとブレンドコーヒーかなー、カシラ」


 「マジでか?ここのチョコケーキ、ちょっとばかり濃厚すぎてなぁ・・・」


 「しのはクッキーもいいかなー、と思いまーす」



 カフェテリアの入り口のドアが開いて優しくベルの音が鳴り、仲の良さげな3人の男女の声が入ってきて、そして矢生は思わず立ち上がっていた。

 あの独特の口調、噂通りの青髪と小麦色の肌、そして一緒にいると聞いていた友人の姿。間違いなかった。


 「あぁ!?ああぁ!やっと見つけましたわよ、ネビア・アネガメント!」


          ○


 「・・・で、矢生はずっとネビアを探して学校中を涼と一緒に徘徊していた、と」


 思いも寄らぬ熱烈な歓迎を受けることとなった迅雷は、ひとまず荒ぶる矢生を鎮めてから彼女と涼が座っていたテーブルの隣に席を取って事情を聞き、頬杖と溜息でリアクションをした。

 せっかく注文したアイスコーヒーだったが、おかげさまで妙に苦く感じる。


 「も、申し訳ないですわ・・・。はしたなかったです」


 「いや、もう今更だよね・・・」


 さっきからいた生徒たちが矢生を見る目は「またあの子か」と語っている。矢生に関しては諦めたような目をしている涼だったが、片や自分もそんな矢生と同じように見られていないだろうかと思うと汗が止まらないのだった。いや、きっとこれはホットココアを飲んでいるせいだ、そうに違いない。

 チラと隣のテーブルを見ると、迅雷と一緒にいたネビアではない方の女の子が何事もなかったかのように紅茶とクッキーを楽しんでいる。確か実技魔法学の授業では同じ普通魔法コースを取っていた子だったと記憶しているが、そんな彼女を見て自分もあれくらい図太くなれればなぁ、とも思ってしまう涼だったが、当の本人―――――慈音は別に図太いメンタルの持ち主というわけではなく、特に引け目を感じることがなかったから今は周囲からの視線に鈍感になっているだけだった。


 「それで?私にはなんの用だったの?カシラ。えぇっと、しょーごいんさん?」


 ネビアは宣言通り、生徒たちには「アレさすがに濃すぎるよねー」と絶賛大不評のチョコレートケーキを注文して、実に美味しそうに頬張っている。気のせいかもしれないが、レジの奥の厨房からはおばちゃんたちの理解者を得たかのような感激の視線が飛んできている感じがする。

 ネビアに名前を呼ばれ、矢生が姿勢を正す。


 「あぁ、そうですわね。失礼しました。・・・というかそのチョコケーキ、胸焼けしませんの?」


 「あらぁ?すっごく美味しいと思うけど?カシラ」


 「甘党という噂も本当でしたのね・・・」


 信じられないものでも見たかのような矢生ではあったが、対するネビアがそこに不満を見せることはなかった。むしろそんな矢生の反応を見て楽しそうに笑っているところを見る分には、非常に愛想の良い少女に思える。


 「ふふ、糖分は力の源だもの。大事なのよ、カシラ。で、さぁさぁ、もっとお話しましょ、カシラ」


 ここでもやはり、人懐っこいというか、友好的な態度のネビアだった。周りのことなど意に介さず、それどころか先ほどの騒ぎで向けられるようになったジト目にも笑顔で返してしまう。元々笑顔が悪戯っ気があって、そこにほどよく邪気っぽさも溶けているのがウケるのかして、次第に矢生たちを横目で警戒する人が減ってきた。


 「今日一日だけであなたのお噂は何回もお聞きして参りましたわ、ネビアさん。もうかねがねと言いたくなるくらいですもの。ちょっと妬けてしまいますわ」


 「たはは、まあねぇ。でもしょーごいんさんも結構な気がするけどねぇ、カシラ」


 噂の飛び交うネビアに目立ちたがりな矢生は嫉妬の意を軽めに示したのだが、ネビアの言う通り矢生もちょくちょく話題になる人だったし、ライセンスを取る前でそれだったので、取得後にも第2波があったものだ。そのことはネビアは知らないが、それでも彼女がそう言ったということは今日だって矢生の話題は所々で聞こえてくるものだったということだろう。

 実際、巨乳ツインテお嬢様ともなればそれだけでキャラの濃さは一般人を凌駕しているのだし、今だってしばしば話題になる人物であることに違いない。

 

 「あぁ、話題になると言ったら、カシラ。天田雪姫ちゃん。1年生に限らず学校中で有名よね、カシラ」


 まるで矢生の頭の中を透かし見たように、ネビアはそう切り出した。ニヤリと少しばかり得意げな表情である。


 「・・・っ!」


 「そんな驚かないでよ、カシラ。あなたの話だってあちこちで聞こえてきたのよ?カシラ。あの子と張り合おうとしているって」


 「うぐっ」


 棘のある言い方に矢生がのけぞった。ネビアの言っていること自体にはなんの間違いもないのだが、逆になんの間違いもなさ過ぎて、明らかに矢生が雪姫に追いつけていないということを遠慮なく暗示してしまっている。

 しかし、芯の強さが売りの矢生である。これしきのことはなんとか耐えてみせる。


 「ほ、ほほ。ま、まぁそうですわね・・・」


 「おー、矢生が引き下がった」


 「珍しいこともあるのね」


 「2人とも私をどんな人間だと思ってますの!?」


 迅雷と涼が失礼極まりない感想を述べて矢生がキレたのだが、実際そういう人物に見えていたのだからどうしようもない。強気で負けず嫌いな彼女のことだから、てっきり「張り合おうとしている、ではなく張り合っている、ですわよ。というか私の方がきっと・・・!」とか言うと思っていた。合宿講習会でなにか考えるなり学ぶなりしたのだろうか。


 「それで、ネビアさん。今日はその天田さんとお手合わせをなさったとお聞きしましたの」


 「うん、したね、カシラ」


 「率直に、本当に素直な感想をお聞きしたいのですけれど、よろしいでしょうか?」


 「ありゃ、そんなこと?カシラ。うん、まぁ良いけど、カシラ」


 話を聞く限りでは、ある意味一番の《雪姫(ゆきひめ)》ファンとも言えるほどに雪姫のことを追いかけている矢生だったので、ネビアはもう少し踏み込んだ話を聞きたがるものだと思っていた。

 それこそ、率直に戦術的な雪姫の弱点とか。まぁさすがのネビアでも、矢生がもっと卑劣な弱点漁りをしてくるとは思っていなかったので、こちらの予想外の方が健康的で良かった。

 いや、本当はネビアの発想が根本的に違っていたのかもしれない。ただ、1つだけネビアが感じたのは、これだった。


 「あなた、ホントにあの子についてなんにも知らないのね、カシラ」


 矢生だけではないのだろう。慈音も涼も、あの教室にいて廊下にたむろして校庭を走り回ってカフェテリアで一息つく少年少女の誰もかもが、そして迅雷も、誰も誰も、あの少女のことをまったく知らないのだ。

 ただ、知らないならそれはそれで別に構わないことだ。それはつまり本人がそれを望んでいないということだろうし、学校側も生徒のプライバシーに関わる情報は開示しないようにしているのだろう。ネビアが気にすることでは、きっと、ない。


          ○


 雪姫についてなにも知らない。確かにその通りである。矢生は彼女について少しは知っているようで、なにも知らない。結局のところ、雪姫の実力の100パーセントとは言わずとも、恐らく7割出しているであろうところすら見たことがないだろう。まったくと言って良いほど、矢生は雪姫に勝つための情報を持っていないのだ。


 「悔しいですが、つまりそういうことですのよ。だからネビアさん、あなたのお話が聞きたいんですの。天田さんには以前に試合を申し込んでも蹴られてしまいましたので」


 唇を噛む矢生。こうして強がりを通してあくまでも自分の方が上の可能性もあると主張している彼女も、本当はもう分かっているのだろう。試合を断られたのも、そういう理由だったのだ。そもそも、雪姫が入学してから個人的な理由で試合を申し込んだり受領したりした試合は、今日までたったの3回きりだ。

 1回は焔煌熾と。1回は生徒会の副会長である清水蓮太朗(しみずれんたろう)と。そしてもう1回が今日。転校生であるネビアを除けば、煌熾も蓮太朗も学園の実力序列では常にトップ5のどこかには入っている実力派生徒の代表格だった。そして、勝敗はお察しの通り。


 「挑み挑まれる度に上がいなくなる天田さんがネビアさんの試合を受けた。正直、これは大事ですわ」


 「んな大袈裟な、カシラ。まぁでもそうね。なかなか強かったよ、天田さんは、カシラ」


 唇に指を当てて、爪を舐めながらネビアはそう言った。思い出すのは、莫大な量の雪を従えて、常人離れした察知能力でこちらの攻撃をすべて予知するかの如く対処する少女の姿。ネビアが想像していた以上に彼女はずっと強かったので、かなり驚かされたのは言うまでもなかった。はっきり言って、哀れにさえ見えるほどの強さだった。


 「正直言って、異常なんじゃないの?カシラ。15歳の女の子の強さじゃないわよ、アレは、カシラ」


 白旗みたいに手をヒラヒラさせながら、ネビアはあまりにスッパリした評価を下した。その言い分に口を尖らせたのは慈音だった。自分のことでもないのに拗ねているのは、優しい慈音ならではなのかもしれない。


 「異常って、いくら雪姫ちゃんが強くても、ちょっとひどいよ」


 「酷くなんてないよ、慈音、カシラ。それに、あくまで私の感想をご要望通りに正直に言っただけ、カシラ。あんなに実戦慣れした子が高校に入りたてだなんて、不気味としか言いようがないわ、カシラ」


 どうしても発言を撤回しないネビア。慈音も初めて真顔でものを言った彼女を見て遂に閉口してしまった。なにせその表現の適不適を不問としてしまえば、異常や不気味というのはあまりに現実に合致した表現だったから。

 いかんともしがたい空気が場を占めてしまい、会話が止まってしまった。気まずくなった矢生は小さく咳払いをして再びネビアに話しかけた。


 「それで、もう少し詳しいお話をしていただけませんか?もっと細かい感想をお願いしたいのですが」


 「どうしても勝ちたいの?カシラ」


 目を細めるネビアの問いかけに、矢生は無言で首肯した。


 迅雷はそんな2人の会話を横目に見ながら、半分無関心にアイスコーヒーをストローで吸うばかりだった。無関心というのは、つまり彼には分かっていたからだ。例え1年生でナンバー2の戦闘能力がある矢生でも、ナンバー1に君臨する雪姫に勝つことなど今の彼女の成長速度では到底不可能だと。1位と2位の間の壁は大きすぎるし、より現実的な話をするなら、矢生の強さというのは迅雷や真牙あたりが少し努力すれば下克上可能なレベルにあると迅雷は考えている。決して慢心なんかではなく、合宿で見た矢生の能力の高さを見てから考えた結果である。

 それに比べて、雪姫のそれはどうか。もはや学年という枠すら越えて、たった1ヶ月でマンティオ学園の頂点に手をかけようとすらしている。明らかに次元が違う。


 ただ、それでもあの少女を攻略したいと思うのであれば、取るべき戦法は。


 「あの防御力をさらに上回る圧倒的破壊力で雪の壁ごと叩き潰すか、それとも渦巻く雪の隙間に攻撃を通すか、カシラ」


 ネビアは迅雷とまったく同じ結論を出した。雪姫に魔法戦で勝ちたいのであれば、あちらの攻撃を防御、あるいは回避するのは当然として、あの粉雪の壁を突破せねばならない。

 口で言うのは簡単だが、実行するとしたら本当に馬鹿みたいな話だ。なにせあの粉雪の壁は、材質を疑うほどの堅牢さを誇っているのだから。『ゲゲイ・ゼラ』のものはさすがに凌ぎきれなかったが、『タマネギ』の放った『黒閃』くらいなら普通に受け止めてしまうほどの強度。そして隙間を突くなんて、1本の糸を同時に数十本の針の穴に通すようなものだ。

 現実的に考えて、いち学生の持てる力で突破できるものでは、あるいはそこらのランク3や4でプロをやっている魔法士ですら突破できないであろう条件である。 


 「それが出来ないのなら、諦めるのをオススメするわ、カシラ。それでも、というなら精神攻撃(・・・・)しかないよねー、カシラ。まぁ逆上するかもだけど、カシラ」


 「な・・・!?馬鹿なことを言わないでくださいまし!精神攻撃なんていう外道、絶対に許容できませんわ!そんなことをするくらいならば、私は素直に負けを選びますわ!」


 ネビアの放った耳を疑うような作戦に矢生が激昂した。その気持ちに関しては迅雷も慈音も涼も、みなが一緒だった。


 「お前、よくそんな手段思い付いたな」


 「おや、迅雷クン。もしや私に失望しちゃったかな?カシラ。私が言ったのはあくまで手段。気にするほどのことじゃない、カシラ。それよりも、私はみんながちゃんと健全な青少年をやっていてほっとしているのよ?カシラ」


 「・・・ぬけぬけと」


 今初めて、迅雷は目の前の妖しく微笑む少女を、本当に警戒した。非人道的な手段を何食わぬ顔でサラリと提案し、あまつさえ責められても一切悪びれる様子も見せず言い訳にもならない言葉をつらつらと並べ立てる。雪姫が異常だ不気味だと言う前に、ネビアの方がよっぽどそうだった。


 「私もあの人はあんまり得意じゃないけどさ、やっぱりそういうのはやだな。良くないと思うよ」


 涼が初めて会話にまともに入ってきた。その顔にはガッカリの色が滲んでいた。目は鋭く、少しばかりの敵意のようなものさえネビアに向けていた。

 友人になれれば、と思ってこうして会えた彼女だったが、その実態は平気な顔で冗談でもなく道徳に欠けた発言をする、得体の知れない不快を生む少女だったのだ。落胆もするだろう。


 「おぉう、恐い恐い、カシラ。そんなにカッカしないでよ、カシラ。私だってそんな汚い真似は極力したくない人なのよ?カシラ。ま、命が懸かっていたらやるとは思うんだけど、カシラ」


 なぜだか妙に説得力のある声でネビアは弁解した。謝罪の言葉がなかったのにも関わらず、その態度には初めて反省の色が見えた。全員に変な目で見られてさすがに思い直したのだろうか。

 友好的なキャラから虐めを平気でしそうな嫌な人物、そして素直なキャラ。少し表現に齟齬があるかもしれないが、そんなネビアを見て拍子抜けしたようにキョトンとする涼。


 「あぁっと・・・?うん?なら良いんだけど・・・。それにしてもネビアちゃん」


 「なに?カシラ」


 唖然としかけたところを誤魔化すように涼は頬を人差し指で掻き、苦笑しながらネビアに質問をした。それに、気になることがあったのは誤魔化しではなく確かなことでもあった。


 「私的に雪姫さんにはそういうメンタル的な弱点とかないように見えるんだけど?ネビアちゃんは、なんか話し方的にそれ知っているみたいで恐いんだけど」


 「んん?ふふ、知ってるわよ?カシラ。あの子、本当はすごーく豆腐に見えたのは私だけ?カシラ」


 「し、知ってるの!?信じられない・・・!?」


 「なんたって私が原因だからね、カシラ」

 

 どこか申し訳なさそうな、困ったような、そんな顔をするネビア。まだ転校1日目なのでこの表現はおかしいような気もしたが、迅雷たちからしても彼女がこんな顔をするのは非常に珍しく感じられた。何気なく顔の前で手を握って開いて、それから手を机の上に戻す。

 ネビアが原因と聞いて、なにも思い当たる節がない迅雷たちが気になる顔をする。それを見たネビアは、1回爪を噛んでから仕方なさそうに溜息をつき、ニパッと笑顔を作り直した。


 「というのも、私が強すぎてあの子が焦っている、ということよ、カシラ!」


 しばしの沈黙。というか沈黙。誰もなにもネビアにツッコまない。それもそうだ。試合自体はネビアがフルボッコにされただけなのだから、もしネビアが本当に強すぎたとしても雪姫がそれで焦ることはないだろう。

 冗談だよ、と付け足してネビアは砂糖漬けになったコーヒーを啜った。色だけ見ても胸が悪くなりそうなコーヒーらしき飲み物がネビアの喉をするする通っていく様子を見て、彼女以外の4人は揃って思わず「うげぇ」と声を漏らしていた。

 カップから口を離して唇についた甘い液体を舐め取ったネビアは、理解放棄した迅雷たちの顔を見渡して、たははと笑う。


 「それに、知っての通り私と天田さんは今日で初対面だよ?カシラ。本当ならあなたたちの方が私なんかよりあの子について詳しいものだと思うんだけど、カシラ」


 ネビアは面白そうにそう言ってから、また爪を噛んだ。

 そこを見ていて、迅雷はなんとなくネビアに質問を投げかけてみることにした。


 「なぁネビア。お前たまに爪噛むけど、癖なのか?笑いながらやってっから誤魔化せてるけど、癖なら一応ちょっとは意識して我慢するようにした方が良いと思ったんだけど」


 「あ、今私爪噛んでた?カシラ。ゴメンね、不快だったかな、カシラ」


 「あぁ、いや。俺はそんなに気にしてないから良いけどさ」


 質問した時点で気にしていないというのは嘘っぱちなのだが、それはともかく迅雷はそこまで言うほどのことでもないとも思っていた。指摘されてちょっと焦った様子のネビアを見て、迅雷はむしろ罪悪感を感じた。人に自分の直せない癖を指摘されれば、誰だって羞恥するなり逆上するなり、なにかしら不快に感じることだろう。 

 ただ、そうして癖を他人が指摘して無理に直させようとすることが差し出がましいこととはいえ、中にはやはり彼女の爪噛み癖を露骨に嫌がる人だっているかもしれない。そう考えれば、そういう人物に出会って苦い顔をされる前にこうして気にしてやった方が良いのかもしれないとも思ったので、迅雷は話題に出したのだった。


 「うふふ、なにソレ、やっさしーい、カシラ。まぁこれは、癖・・・なのよねぇ、カシラ。なかなかやめられないのよ。なぜかって言うと、私の爪は美味しいからなのだ!カシラ!迅雷も一口いかが?」


 声高らかに意味不明なことを言って迅雷の口元に指先を突き付けてニンマリと笑うネビア。鼻の下に伸ばされてきた彼女の指からは確かに甘い匂いがしたのだが、それは恐らく先ほどコーヒーに入れるための大量の角砂糖を溶けやすくなるよう手で崩していたからだろう。本当に素で甘い味のする人間の爪なんて聞いたことがない。

 そしてなにより、

 

 「あ、アホか!?公然で女の子の指舐めるとかアカンやつ!」


 ―――――でも本人が差し出したなら問題なし?ちょっと気になるような・・・いや冷静になれ俺。


 目をグルグル泳がせる迅雷にネビアが楽しそうに笑う。


 「あはは、冗談冗談。健全だのぅ若者よ、カシラ」


 校舎の方から音楽が流れてきた。時刻は午後5時半。30分後には下校の音楽が再度流される。

 校舎が閉鎖されるのは6時でも、教員が利用することも考えてか一応食堂関係は7時半まで開いているのだが、それなりに喋った迅雷たちはもう帰ることにした。


 矢生は一応礼儀なのでネビアの助言への感謝を述べていたが、表情は晴れやかとは言えなかった。ネビアの話はあまりに腑に落ちないところが多かった上に結局対雪姫戦の攻略の糸口がなにも掴めなかった。まるで、いい加減にはぐらかされたようだった。

 


元話 episode3 sect5 ”温もりに包まれて”(2016/10/12)

   episode3 sect6 ”ブワァグワァチュドーンドカーン”(2016/10/14)

   episode3 sect7 ”ネビア発見!”(2016/10/15)

   episode3 sect8 ” Eeriness of Oddity ”(2016/10/16)


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