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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode8 『Andromedas' elegies』
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episode8 sect27 ”行間③上”


 およそ2年が過ぎた。


 新しい父親によって放り捨てられ、初めてここにやって来た日からだ。

 見知らぬ土地に、独りぼっちの生活だった。アラヤーは最初こそかなり苦労したが、いまではすっかり自然の中での生活にも慣れてきた。どこかの国には住めば都なんて諺があるようだが、それは文明の欠片さえ存在しない原始林でも当てはまるらしい。

 考えてもみれば、ここに来る前のアラヤーは1年以上もの間、碌に親に世話を焼いてもらっていなかった―――どころか、むしろ両親の衣、食、それから家賃も含めれば住の一部まで世話をしていたくらいだ。たかだか1年と少しといえど、子供のアラヤーからすれば人生の6分の1と少しくらいの期間だ。屋根のない場所での暮らしにも慣れている。意外とひとりになってもなんとか生活出来ていた。薬物中毒の母とことある毎に暴力で訴えてくる新しい父親がいない分、むしろ以前より自由で余裕のある生活でさえあった。

 それでも初めの頃は、特に母を想って寂しくなることはあった。しかし、次第にその気持ちは薄れ、捨てられてせいせいしたような感情の割合が勝るようになるにつれて、記憶の中の母の顔は輪郭からほどけていった。新しい父親の顔など、もはや嗤った口の形しか思い出せない。


 さて、改めてになるが、アラヤーがここで暮らし始めて2年ほどが経った。その間、アラヤーは一所に留まることはせず、毎日移動を続けていた。それなりの距離を歩いてきたが、未だ人の住む土地は見つけられていない。だから、日々の食料は自分で手に入れなくてはならない。


 「ほっ、よっ、うーんっ・・・!」


 どこまで進んでも、ここでは植生や住まう動物たちの顔触れはあまり変化しない。おかげで、2年も過ごせば食べて良いものと悪いものの区別くらいは付くようになった。ただ、美味しい果実なんかは大抵背の高い木に成っていて、小さなアラヤーでは手が届かないこともしばしばあった。だがしかし、子供が目の前の木の実にありつけぬまま無惨に餓死していく様を生々しく実況されるのかとビビっているそこのあなたには安心して欲しい。

 アラヤーは拾った枝を振っても届かない木の実に向けて、指で鉄砲を作った。


 「えい!」


 慣れきって気の抜けた掛け声で、アラヤーの指先の空間に青く光る紋様が浮かび上がった。魔法陣である。そこから射出された水の弾丸は見事に木の実に命中し、枝から撃ち落とした。同じ調子で2つ、3つと木の実を落としたアラヤーはそれらを拾い集めると、魔法で出した水を使って土を落としてからペロリと平らげた。


 「ん~、ほいひい・・・」


 8歳になったアラヤーは、この通り、すっかり魔法の達人だ。本人は気付いていないようだが、所謂『詠唱破棄(トラッシング・スペル)』という高等技術も自然と体得していた。もっとも、アラヤーのケースでは、初めから魔法に名前を与えてイメージを固着させる一般的な魔法教育を受けずに魔法を使い続けてきたのだから当たり前のことだったのかもしれないが。

 体の成長と共に魔力量が増大し、少し威力のある魔法も使えるようになったことで、最近では遂に自分で小型の獣を狩って肉を得ることすら可能になった。ラッキーなことに、弾くと火を噴く不思議な木の実を見つけていたので肉を焼くのにも困らなかった。

 肉は良い。木の実よりずっと腹が膨れるし、味も好みだ。おまけに、定期的に肉を食べるようになってから、アラヤーはなんとなくだが体が丈夫になったように感じていた。小さな擦り傷や切り傷程度なら寝ている間に綺麗に治るし、食中毒の程度もマシになった。まぁ、単純に体が食中毒に慣れてきただけの可能性もあるが。


 「・・・あ、おにくだ!」


 なんて言っているうちに、今日も手頃なタンパク源を発見したアラヤーは茂みに身を潜めた。ここから先は慣れた手順だ。




          ○




 「っ!?!?!?」


 気が付いたら、落ちていた。

 落下している最中だった。


 上の方が眩しい。思わず目を瞑ってしまいそうになったが、誰かがいるのが見えた。

 アラヤーは、光の方へ手を伸ばして助けを求めた。


 「がぼっ、ぼごごっ!?」


 いつの間にか、水の中だった。口を開いた瞬間に口内を水が満たし、声が声にならない。

 藻掻く間にもアラヤーはどんどん深くへと沈んでいく。

 泳ぐのは得意だったはずなのに、どんなに必死に水を掻いてもちっとも浮き上がれない。それどころか、沈む速さも変わらなかった。


 光が遠ざかっていく。


 (このまましずんだら、わたしどうなっちゃうの・・・?)


 不安になって、ふと下を見て、ゾッとした。どこまでも続く果てしない闇。だが、なにかおかしい。うっすらと別の景色が見えた気がして、アラヤーは目を細めた。しかし、もうなにも見えず、やはりそこには底のない海があった。

 不気味な闇のわだかまりに戦慄したアラヤーは、さらに必死で手足をジタバタ動かした。

 それでも、どんなに頑張っても、光は遠退くばかり。そして、その光の中にいた人影がスッと動いて、どこかへ行ってしまった。


 (ま、まって!!たすけて!!どうしてきづいてくれないの!?たすけてよぉ!!!!!!)


 伸ばした手が目の前をよぎった瞬間、まるで自ら掌で拭い去ってしまったかのように光さえもが見えなくなった。


          ○


 「まって!!!!!!」


 跳ね起きたアラヤーは天井に額をぶつけて1分ほど悶絶した。傷はすぐに治るけれど、痛いものは痛いのだ。


 呼吸が正常に出来ることを確かめて、まずはほっとする。ちゃんと空気で満たされた水の外にいる。 

 

 「・・・また、このゆめだ」


 もう何度同じ夢を見たことだろう。ただ、最初は一瞬しか分からなかった闇と重なる別の景色が、最近は少しずつハッキリしてきた・・・・・・ような気もしていた。はっきり言って、見えたところでなにが見えているのかまったく分からないので、未だに半分気のせいだと思っていた。なにしろ、線が曲線だと思って焦点を合わせると、途端に直線に変わってしまう錯視のように、夢で見る謎の景色は曖昧なのだ。なにかあると思ったときにはただの深海の闇と化していて、今度は視界の端の別の場所になにかが現れているような、そんな感じだ。もちろん、そちらに視点を映せば同じ事が繰り返された。とにかく、到底アラヤーの知識で表現出来るイメージではなかった。


 「いたい・・・」


 アラヤーはそう呟いて、打ち付けた額―――ではなく、腰回りをさすった。怪我はすぐに治るのに、なぜか腰回りの皮膚に下に感じるズキズキとした痛みはなかなか引かなかった。だが、動けなくなるほどの激痛ではないので、アラヤーは特に気にしないでいた。

 空腹のアラヤーは、前日に狩った兎のような動物の肉の残りを食べてから、宿にしていた小さい横穴から這い出た。夜通し降っていた雨はすっかり止んでいて、澄み切った空気が肺を満たした。


 「よし、きょうはあっちにいってみよう!」


 木の実を拾って動物を追いかけ回すうちは、怖い夢のことを忘れていられた。そろそろもうちょっと広い寝床を見つけることを目標に、アラヤーはその日も草で作ったカバンにボロボロの服と保存食の木の実を詰めて森の中を歩き始めた。どうせ誰も見ていないので、こういう暖かい時期はずっとすっぽんぽんだ。

 途中で見つけた川で水浴びをして、河原でひなたぼっこしながら掴み獲りした魚を焼き、気の向くままに向こう岸の森の中へ。


 「あ、こんなところにも”いせき”」


 相変わらず人の気配はどこにもないが、一方でアラヤーはこの辺りの森に辿り着いてから何度か白くて四角い建物を見かけることがあった。どう考えても人工物としか思えないそれを、アラヤーは勝手に”いせき”と呼んでいた。

 ”いせき”の中に入れたならきっと広くて快適なのだろうが、残念なことにアラヤーは中に入れたことが一度もなかった。無機質な白い扉にはどこにも取っ手がないし、前に立っても自動ドアのように開きもしない。いろいろな呪文も試してはみたが、扉はやっぱりうんともすんとも言わなかった。ただ、なにかをかざすと反応しそうなパネルが扉の脇にあることはアラヤーも気付いていた。それも結局、アラヤーが触ったところで反応はしなかったが。きっと古代の超ハイテクデバイスを見つけない限りは中に入れないようになっているのだ。

 そう納得していたアラヤーは、いまさら”いせき”を見つけても拘ろうとはせず、一通りの手を試して入れないことを確かめると、あっさり諦めて先へ進んだ。


 「ふー、あついなぁ」


 1時間ほど歩いたアラヤーは、汗を手で拭って木陰に腰を下ろした。また暑い季節がやってくる。

 

 ここに来てから、3年の節目が近付いていた。




          ○




 耳を支配する風切り音に目を見開く。

 

 光が見えて、やはりその向こうでは顔が分からない誰かが落ちていくアラヤーを見ていた。やはり、見ているだけだった。


 「がばっ、ごぼぼぼっ・・・!」


 空気が水になっていて、言葉が出なくなる。何度も何度も何度も何度も沈み続けて、もう助けを求めて足掻いても無駄だと思い知ったはずなのに、どうしても光に手を伸ばしてしまう。

 影だけの誰かはゆらりと今日も去っていく。いつもと違うところがあったとするなら、それはアラヤーの心だった。


 (なんで―――)


 この夢の中で何度アラヤーは溺れ死んだことか。


 この夢の中で、何度アラヤーはあの人に見殺しにされたことか。


 息が出来ない苦しみが分かるか?


 助けを求める声すら出ない辛さが分かるのか?


 ふつふつと湧いてきた感情は、やがて影が完全に見えなくなったとき、遂に抑え込めなくなった。



 (なんでいつもわたしをたすけてくれないのッッッ!?!?!?!?)



 肺に残る最後の空気を激情に任せて吐き出したとき、遠くなった光の世界を睨むアラヤーの視界に奇妙なものが映った。

 黒くて、果てしなく長くて、ウネウネしたなにかがとんでもない速さで水の中を光の方へ向かって突き進んでいった。アラヤーの背後から伸びたウネウネの先端は瞬きの間に見えなくなり、アラヤーはきっと光の先まで辿り着いたであろうウネウネに願った。


 (あのひと、つれてきて!!)


 すると、願いが届いたのか、再びウネウネが蠢いて、水の中へと戻ってきた。そして、ウネウネの先端にアラヤーは見た。ウネウネは、永遠に届くことなどないと思っていた光の向こう側の影を力尽くで水の中へと引き摺り込んでくれたのだ。


 なんという奇跡、素晴らしきウネウネ。


 ウネウネに掴まれた影は激しく声の泡を吐きながら腕で水を掻いていた。だが、この水底で泳げる者などいないことをアラヤーはよく知っている。アラヤーは大きく両手を広げて、影が自分と同じ深さまで沈んでくるのを待ち構えた。


 (やっときてくれた!!ずっと・・・ずぅーっとまってたんだからね!!)


 この夢の中で、アラヤーは初めて歓喜の笑いを上げた。体の中を重い水が満たしていく苦しみさえ忘れてひたすら眩しい笑顔と共に影を迎え、


 (はやくわたしをたすけてよ!!)


 影の首を両手で鷲掴みにした。


 影の顔は、目の前に来てもまだノイズがかかったように曖昧だった。だが、なぜだか見覚えのある男の顔がチラチラと見えるような気がして、無性に悲しくなったり、憎くなったりする。

 影は助けを求めているだけのアラヤーに酷く怯えた目を向けてくる。なにかを喚きながら暴れて、アラヤーを引き剥がそうと殴ったり蹴ったりしてくる。だが、アラヤーには影の言っていることが分からないので関係ない。

 アラヤーはギリギリと指に込める力を強めていく。


 (ねぇ、なんでいつもたすけてくれないの?どうしてもいつもわたしをみすてるの?わたしずっと、すごいくるしかったんだよ!?もうたすけてよ!!なんでいっつもこんなにひどいことばっかりするの!!)


 ごり、という重い手応えと共に、影は急に大人しくなった。

 力なく裏返って紅い涙を水に溶かす影から手を離す。

 影はゆっくり回転しながら、より深くへと沈んでいく。


 (ねぇ、おしえてよ。どうしてわたしのことあいしてくれなかったの?わたしがわるいこだったから?わたしがつかえないダメなこだったから?わたしがわたしじゃなかったらちがったの?)



 「そうだよ」



 アラヤーは影に腕を掴まれた。


 いつの間にか影の顔が変わっていた。それに気付いて、アラヤーは小さな悲鳴を上げた。

 影の目玉がもう少しで爆発しそうなほど大きく膨らんで、メリメリと頭の骨を割る音がした。次第に影の顔面は人間らしい形を失っていき、でろんと崩れた口が、開いたりすぼんだりして妙にハッキリとしゃべり出した。


 「お前()が悪い。お前()が愛されないのはお前()が悪い。お前()が愛されないのはお前()が悪い。お前()が愛されないのはお前()が悪い」


 知らぬ間にアラヤーは影に首を絞められていた。でも、思ったより苦しくなかった。黒い血を目や口から垂れ流す影が、アラヤーを諭すかのように語る。


 「お前()が不幸なのはお前()が不幸な人間だからだ。不幸だから不幸な目に遭い続ける。お前()は生まれ間違えたのよ。お前()お前()である限り誰にも愛されない」


 影と共に深く深く、光無き夢の果てへ沈んでいく。浴びせかけられた血で真っ黒になったアラヤーは、無数の景色が移ろう闇の中へと溶け込んでいく。

 そして、アラヤーは初めてこの海の底に背中をつけた。あまりにも暗く、あまりにも重苦しい世界で、ただなぜか自分にのしかかる血塗れの影の姿だけがハッキリと見えていた。


 (じゃあ、わたしどうすればいいの?)


 「簡単なことよ。お前()お前()でいるのを辞めてしまえば良い。こうやって―――」




 ね。




          ○




 アラヤーの夢は、そこで首と一緒にぶつんと切れて終わった。



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