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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode8 『Andromedas' elegies』
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episode8 sect24 ”急げど回れど”


 次の時間割はホームルームだ。内容は来週に予定されている泊まりがけのダンジョン実習についての説明があって、その後クラスごとに自由に出来る部分についていろいろと話し合いをすることになる。

 ダンジョン実習自体は始まってから既に1ヶ月ほどが経過したが、泊まりがけの実習は初めてだ。一央市ギルドで『ブレインイーター』の被害が増えていることもあって保護者たちがダンジョン実習の継続を不安がる声もちらほらと聞こえ始めた頃だが、反面、生徒たちの間にはさながら野外活動に行くような雰囲気が漂っていた。最初はダンジョン実習を恐がっていた生徒たちも多くが慣れてきて楽しむ余裕が生まれてきたこともあるのだろう。次の実習ではあんなことをやってみたい、こんなことも出来るかも、なんて話は廊下を歩けばどの教室からもちらほら聞こえてくる。いかにも魔法士の卵を養成する”魔法科専門高校”らしい空気感だ。

 さて、ホームルームの話に戻るが、先にも言ったように来週の実習は泊まりがけだ。基本的にはクラス単位で活動を行うようだが、実際の活動はさらに数人の班に分かれて行うはずだ。ということで迅雷は、今日も懲りずに雪姫に誘いを掛けてみることにした。


 「天田さん、来週のダンジョン実習なんだけど―――」


 「・・・・・・」


 「あ、天田さーん?」


 「・・・・・・、・・・なに?」


 雪姫は一瞬、不機嫌そうな半目を開いてから、またジト目に戻って迅雷の方を向いた。


 「またいつものスルーかと思ったけど・・・ひょっとして素でウトウトしてた?」


 「用は?ないならほっといてくれる?」


 用があっても話し掛けないで、というオーラだが。

 

 「次の時間、多分来週の実習の班決めするじゃん?だからいまのうちに声掛けとこうと思って」

 

 「は、なんで?」


 「な、なんで?・・・なんで・・・えぇ・・・?えーと、あ、そうだ。天田さん料理上手だからキャンプの食事を華やかにしてくれそうと思って」


 「なんでアンタと組まなきゃなんないんだっつってんの。理由とか知らないし。いちいちキモい」


 いちげきひっさつ!!

 迅雷は泣きそうになりながら交渉を続けたが、もはや取り付く島もない。他のクラスメートの誘いだったら早い者順で適当に受け付けるのに、迅雷にだけ警戒が強すぎる。

 席に戻っても唇を強く噛み締めプルプルと堪える迅雷の背中を、慈音がそっと撫でて励ましてくれた。でも、そのせいで耐えきれなくなって涙が出た。その様子を見たクラスの男子連中がカメラモードのスマホ片手に集まってくる。


 「お、今日の迅雷のバブバブタイムか?」

 「としくんはあまえんぼさんでちゅねー」

 「もう何日目だしw」


 「う、うるせぇ見るな!!撮るな!!あ、ちょ、待て真牙アップロードすな!!お願いマジで待ってあ"あ"あ"あ"あ"あ"ッ!?」


 もはやイジメである。動画をツブヤイタッターに上げようとした真牙と迅雷が取っ組み合いの大喧嘩をしていると、授業のチャイムで教室に来た真波にぶっ飛ばされて仲裁された。自分より身長の高い男子高校生2人をいとも容易く黙らせられるあたり、さすがはマンティオ学園の教師だ。頭上に星をちらつかせる迅雷と真牙を席に戻した真波は、事情も聞かずにさっさとホームルームを開始した。


 「ほい。じゃあ来週のダンジョン実習について説明するけど、終わったら班決めとか、自由時間になにするかとか、いろいろ決めることあるからね。特に1日目の晩ごはん!ガンガン決めていきましょー」


          ○


 今回のダンジョン実習は、特別魔法科の1年生から3年生まで全学年が1日ずつ出発をずらして参加する。より平均の実力が高い上級生から順番にダンジョンを探索することで厄介な障害物や凶暴なモンスターなどが攻略され、直後に同じルートを辿る後輩たちの探索の危険度が自然と下がっていくという寸法らしい。

 実習内容は、クエストでダンジョンに長期滞在するシチュエーションを想定した探索を行い、使えそうな素材を持ち帰る、というものだ。マンティオ学園が保有するダンジョンでは様々な鉱物や独特の植生が見られ、かつ採取にそれほど危険の伴わないものしかないため、採集クエストのシミュレーションにはうってつけである。一連の探索を通してダンジョンで見つけることの出来る素材への理解を深め、すぐそこに危険が潜むダンジョンで野営する経験を積むなど、プロ魔法士にはなにかと問われることの多い非日常環境での活動技能を学ぶことになる。


 とはいえ、もちろんせっかくの合宿なのだから粛々と洞窟を歩いて黙々と素材集めに励むだけでは勿体ない。マンティオ学園のダンジョンは水場が豊富なので、自由時間に水遊びをするのも良いだろう。一日目の夕食はバーベキューで盛り上がるのも良い思い出になる。もちろん素材集めが楽しければ打ち込んだって構わない。某ハンティングアクションゲームの採集ツアーも初めてやるときはワクワクするものだ。


 

          ●



 ちなみに、水遊びとかバーベキューというのは迅雷たち1年3組の予定だ。

 そうしてやってきた週末の日曜日の午前。迅雷がとりあえず体を動かそうと思って庭で剣の素振りをしていると、さっき起きたばかりの慈音がバタバタと外出の準備をしていた。


 「あれ、しーちゃんどっか出掛けんの?」


 「えっと、来週のために水着買いに行こーって向日葵ちゃんと友香ちゃんと約束してたの!でも遅れそう!!」


 「そういや夏休みにプール行ったときも急だから水着レンタルだったんだっけ。・・・ふむ、俺も選ぶの手伝おうか?」


 「ふぇっ!?い、いいよ見せるほどのものもありませんのでっ!!」


 「ちぇ~」


 なぜか真っ平らな胸を押さえて本気で恥じらいながらダッシュで出掛けていく慈音をニッコリ笑って見送ると、迅雷は素振りをやめて縁側に腰掛けた。庭の草木もすっかり秋模様。夏休みが終わっても女子の水着が見たくて見たくて堪らず、ホームルームでうまく話題を誘導して水遊びをねじ込んだ真牙のことは素直に尊敬出来る。本気を出した真牙のトークスキルには脱帽だ。おかげで良いものが見られそうだ。

 千影も最近は疾風と一緒に一央市ギルドで『ブレインイーター』の捜索活動にかかり切りで夕方まで帰ってこない日が多いので、迅雷は正直ものすごく寂しいのだ。本当は土日だけでも捜索に同行させて欲しかったのだが、学校とギルドの双方から厳しく止められてしまう。

 疾風が一緒なので千影の身に滅多なことは起こらないだろうから、その点については心配していない。ただ、千影と一緒に『ブレインイーター』を助けようと決めた手前、こうしてジッとしているしかない状況が酷くもどかしかった。


 「はぁ・・・やるせない」


 直華も部活。お兄ちゃんに構ってくれないなんて最近は冷たいものだ。まだ体を動かし足りない迅雷は、とりあえずランニングで汗をかくことにした。

 なんとなくランニングコースを選んでいくうちにいつも走っている小山の斜面の住宅地に入り込んだ迅雷は、淡い期待を胸に住宅地の中にある小さな公園を目指していた。


 「―――いやいや、まさかね」


 ついつい公園の前で走るペースをちょっと落として様子を覗きつつ、迅雷はそんな自分に自分でツッコミを入れた。いくらなんでもアホな期待すぎる。


 ・・・と思ったのだが。

 

 「いたわ」


 公園のベンチに、いつか見たような格好でちんまり座る水色の影。誘蛾灯に誘われた羽虫の如く、迅雷はゆらりと静かにベンチの裏側へと回り込み、そして。


 「な・つ・き・ちゃぁーん!!」


 「んゃあああああッ!?」 


          ○


 「良かったですね、通報されなくて。次はないですよ」


 「肩に触っただけなんだけどなぁ・・・」

 

 「それ以前にいきなり後ろから大声で名前呼ぶのやめてもらっていいですか!?」


 危うく居合わせた余所の奥様に通報されかけた。公園で女子小学生に背後からドッキリを仕掛けただけで不審者扱いされるなんて世知辛い世の中だ。日曜日の昼前から孤独に膝を抱える少女の虚無の時間に新鮮なドキドキを添えてあげようという迅雷の粋な心遣いが分からないのだろうか。


 「それにしても、なんというか、まさか本当にいるとは。実は夏姫ちゃんって迷子になったフリしてここで俺のこと待ってんじゃないの?」


 「どんだけ自意識過剰なんですか。迷子に決まってるじゃないですか」


 「もう完全開き直っててかわいい」


 かわいいと言ってやるとしっかり恥ずかしがってくれるのがまた、堪らない。

 その後も迅雷の気が済むまで散々イジリ倒され、その悉くに迅雷大満足のリアクションをしてしまった夏姫はゼェゼェと肩を激しく上下させつつ、ベンチから立ち上がった。


 「ところで、迅雷くんは今日もランニングですか?」


 「まぁね。家にいても仕方ないし」


 「ふーん。カノジョとデートとかしないんですか?」


 「う、なんかハズいからやめてってば」


 「迅雷くんがかわいいって言うのやめたら考えてあげなくもないです」


 「じゃあやめなくていいよ」


 「えっ」


 10月も半ばを過ぎて、それなりに肌寒い季節だ。数分立ち話をしただけでも汗が冷えてしまった迅雷は、身震いしてさぶいぼの立った腕をさすった。このまま公園にいるのは辛いので、2人はぼちぼち公園を出て歩いた。


 「夏姫ちゃんはその服装寒くないの?」


 夏姫の格好は特に厚手とも見えないシャツにキャミワンピだけだ。せめてタイツでも穿いておいてくれたらマシなのに、雪のように真っ白な生足を見ると迅雷の方が下痢になりそうだ。


 「むしろみんながこの時期に寒がる方が分かんないです。それで迅雷くん、これいまどこに向かってるんですか?」


 「ネカフェ?」


 「なんだろう、絶妙な犯罪臭がしますね」


 「あらやだおませさん」


 迅雷が奥様風に口元を手で隠すと、夏姫に魔法で冷風を掛けられた。


 「冗談だから許して!どうせ今日もGENOに行きたかったんでしょ?」


 「分かってるなら良いんです。今日は大人気ゲームの最新作の発売日なので」


 「ひょっとしてモンパン?」


 モンパンとは、さっきも言った某大人気ハンティングアクションである。迅雷はまだ遊んだことのないシリーズだが、千影が興味津々だったので話題だけは迅雷も知っていた。


 「新天地での冒険があたしを待ってるんです―――」


 「でもご予算は?」


 「ところがどっこい、なんとお姉ちゃんにおねだりしたらポンとおこづかいくれたんです!!」


 「へー、良かったじゃん」


 その後はしばらく未プレイの迅雷には理解不可能なハンティング講座を垂れ流した夏姫だったが、ふとしたタイミングで急に話題を切り上げた。


 「ねぇ、迅雷くん。この前の約束おぼえてますか?」


 「昼飯のこと?それなら今日はバッチリだぜ。こんなこともあろうかとピッグボーイでハンバーグランチにスープバーを付けられるくらいは持ってきたから」


 「そっちじゃないですよ!ていうかあたしがそんな約束忘れてましたよ。というかなんで会えるかも分からないあたしのために準備万端なんですか気持ちわるい」


 「え、誰も夏姫ちゃんのために用意したとまでは言ってませんけど~?あれぇ~?実は俺と遊べるのが嬉しくてつい裏返しの態度取っちゃうタイプなんだ~、このこの~」


 「・・・ッ、・・・ッ!!まぁおごってくれるなら遠慮なくごちそうになりますけど!!」


 そろそろ夏姫がイライラしているのが分かって、迅雷も自重することにした。ちょっと冗談がしつこかったようだ。夏姫に嫌われてしまったらショックである。


 「天田さんのことだろ?」


 「そうですよ。ちゃんと友達になってくれたんですか?」


 「一応、毎日話し掛けてはいるんだよ。だけど、全然相手にしてもらえないんだよね」


 「そうですか・・・。お姉ちゃんも頑固なところあるから」


 「今週も、次のダンジョン実習で一緒の班になろうって誘ったんだけどキモいで一蹴されたときは泣きそうになったなぁ・・・」


 「それはなんというかドンマイです。というか学校にダンジョンあるんでしたっけ?さすがマンティオ学園です。そういえば来週ってダンジョンでお泊まりってお姉ちゃんが言ってました」


 「そうなのよ。授業の一環だけど、バーベキューとか水遊びとかもするんだぜ。天田さんの水着とか見れたりして。楽しみだわ」


 「お姉ちゃんも暑がりですけど・・・うーん。はぁ、いいなあ。あたしもいつかゲームみたいにダンジョンで冒険してみたいです」


 「アウトドアにも興味あったんだ。市内の小学校なら5年生くらいでダンジョンに遠足行く行事があるはずだけど・・・いや待て。夏姫ちゃん迷って帰れなくなりそうだから心配になってきた。そのときは俺もついていっていい?」


 「だれ枠ですかそれ」


 迷って帰れなくなる点については否定するつもりはないらしい。2年後に夏姫のクラスを担任する先生は苦労しそうだ。

 つい話が脱線してしまったが、話題は雪姫についてだった。最近ではただでさえつっけんどんな雪姫が、迅雷に対してはますます冷たくなってきて、雪姫の口数の少なさを抜きにしてもまともな会話が成立しなくなっていた。

 オドノイドの是非を巡っての対立もあって迅雷自身が少し話し掛けづらく感じているのは事実だ。キモいと罵られたのも、そのことを思い出して緊張しながら話し掛けていたから笑顔がぎこちなかったせいなのだろうと想像している。ギルドで不意打ちを仕掛けてきたあのとき、なにかが少しでも違えば、雪姫は本当に千影のことを殺していたかもしれない。いまでも雪姫と仲良くなれれば良いとは思うが、そんなIFを想像すると迅雷は穏やかでいられないのだ。

 かといって、健気な夏姫を見ていれば彼女の願いをなんとか叶えてあげたいと思う気持ちも本当だ。なにか打ち解けるきっかけでもないものかと夏姫に頼っても、夏姫はもげそうなほど首を捻ってから絞り出すように「思いつきません」と答えるだけだった。


 「いっそ夏姫ちゃんにこれ以上心配かけるな、ってガツンと言ってやれば良いのかな」


 「そ、それはダメです!」


 「どうして」


 「だって・・・」


 夏姫はあまり家事の手伝いをしない。手伝ったところで姉と同じように出来ないから、むしろ姉に二度手間を取らせてしまう。買い物だってついていくだけだ。おつかいに行ったらきっと今日のように迷子になってしまう。学校で必要なものだって、学校のお便りを見せれば姉が率先して揃えてくれる。なんなら夏姫が忘れていても、姉が気付いて用意してくれる。姉だって学校やバイトなど自分のやることがあって、それら全てをそつなくこなしているというのに。夏姫はこれ以上、姉の心に負担をかけたくない。

 ・・・が、そんな思いの丈を夏姫はギリギリで喉に押し留めた。いくら子供の夏姫にでも、自分がどれほど都合の良いことを言っているのかは分かる。迅雷には自分がしようともしないことを頼んで悩ませておいて、それで迅雷が自分を引き合いに出して姉を困らせるようなことがあったら嫌だなんて。


 「・・・ごめんなさい。あたしワガママですよね。でも、やっぱりお姉ちゃんに、あたしが心配してるからとか、そういうことだけは言わないであげてください。お願いします・・・」


 「・・・まぁ、天田さんも夏姫ちゃんの気持ちはとっくに分かってるだろうし。俺から改めて言われても頭に来るだけかもしれないな。というより、初めからそういうことなんだろうな。最初から俺が夏姫ちゃんに頼まれたことには気付いてたから」


 「え、そうだったんですか!?そんなぁ・・・たまたま会って道案内してもらったりごはん食べさせてもらったりしたって話しかしてないのに・・・!」


 「いや、それよ。夏姫ちゃんはお姉ちゃんの察しの良さを分かってない」


 これ以上、普通のクラスメートと友達になるときのようなストレートなアプローチを続けていても埒が明かない。なにか切り口を変えなくてはいけない。


 「夏姫ちゃん、なにかお姉ちゃんが最近困ってることとかないの?」


 「お姉ちゃんはなんでも出来るから困ってることなんてないと思いますよ」


 「ですよねー」


 はい、この話題は終了・・・と思いかけたところで、夏姫が「あ」と顔を上げた。


 「困ってるっていうのはちょっと違うと思うんですけど、最近お姉ちゃんの様子がおかしいんです」


 「うん?」


 「お姉ちゃんって料理上手じゃないですか。なのにいまさら簡単レシピの本とか買ってきたんですよ。それで、ごはんとか掃除とか、あたしに手伝いをお願いしてくるようになったんです」


 「・・・ごめん、なにがおかしいのか分からないんだけど?」


 「いやいや、異常ですよ!あのお姉ちゃんが家のことあたしに手伝って欲しいなんて言い出すのは!」


 「だって夏姫ちゃんも小学3年生でしょ?2人暮らしならそろそろ家のこと手伝ってあげる時期じゃない?」


 「うっ・・・。そ、それだけじゃないんです!この前お姉ちゃんがおなべを吹きこぼしたんですよ!あと、お風呂にお湯入れるときに栓を閉め忘れたり!」


 「別にそれくらいたまにはうっかりするもんでしょ。俺だって鍋見ながら他のこともやったりしてると吹きこぼすことあるよ?」


 「いーえ!あたしがおかしいって言ったらおかしいんです!お姉ちゃんが迅雷くんとおんなじなんて思わないで欲しいですね!なんというか、最近のお姉ちゃんはずっと落ち着きがないっていうか、うっかりミスが増えたっていうか・・・だって、らしくないじゃないですか。前はなにをするときも絶対にミスとかしなかったのに。ホントですよ?だってずっとあたしお姉ちゃんと2人で暮らしてきたんですからね?」


 「らしくない、か。・・・そう言われてみれば確かに、そんな気もしてきたかもしれない。この前、俺が話し掛けたとき、いつもの無視じゃなくて、素でボーッとしてたみたいだったし。この頃は学校にいるときもずっとイライラしてる感じする」


 「ですよね、やっぱりヘンですよね?たしか、ちょっと前に『ブレインイーター』ってモンスターの写真が出回ったじゃないですか。あのへんから始まった気がします」


 「『ブレインイーター』・・・か」


 意外なところでこの名前が出て来たものだ。確かに、迅雷が『ブレインイーター』の写真を持ち帰ったタイミングと、雪姫の態度がいっそう粗暴になったタイミングは一致していると言えなくもない。元々冷たくされていたので盲点だった。

 ただ、そのタイミングは迅雷が雪姫とギルドで喧嘩をした直後でもあるので、雪姫がイライラしている原因はそちらかもしれない。しかし、そうだとしたら何年も付き添った恋人と喧嘩別れしたわけでもあるまいに、いささか引き摺りすぎているような気がする。雪姫はあの性格故に学校でもしばしば他人と衝突してきたが、いつだって自分の意志を曲げず、それが原因で相手を傷つけても気にする素振りを見せてこなかった。迅雷の存在が雪姫にとってそれほど大きいとは到底思えない。あるいは、迅雷ではなく千影のことだろうか。確かに、あのときは見逃したとはいえ雪姫は千影に対してまだ複雑な感情を抱いているのだろうが―――いずれにせよ、今回の喧嘩に限って引き摺っているのだとしたら雪姫らしくない。そう、らしくないのだ。


 「あたし、これって偶然じゃないと思うんです。だって、お姉ちゃんは聞いてもなんにも教えてくれないけど・・・この前珍しくソファで居眠りしてたから布団かけてあげようって思ったときなんですけど、お姉ちゃんのスマホ電源ついてて、『ブレインイーター』のこと調べてて、それで・・・寝言なんですけど」


 ()()()()()()


 寝ぼけて呟いた言葉にどれだけの意味があるのかは分からない。夏姫が偶然ではないと思っているだけで、蓋を開けてみれば全くの偶然かもしれない。だが、もし。もしもだ。仮に、夏姫の言う通り『ブレインイーター』が関連しているとしたら―――雪姫が『ブレインイーター』を知っているのだとしたら。


 そのときはもうきっと、迅雷にとっても他人事ではない。


 「ありがとう夏姫ちゃん。俺、天田さんと話せるようにもう少し頑張ってみるよ」


 「ホントですか!?」


 「もちろん」








          ○








 「これだけ・・・?」


 遂に『ブレインイーター』を発見したという報告を受けて駆け付けた千影たちが見たのは、血まみれの人間が、さらに重傷の者の名を叫びながら必死に蘇生を試み、中身の消えた衣服に縋って慟哭する地獄だった。

 ここまで案内してくれた捜索チームの魔法士に、千影はもう一度確認した。


 「応援、呼んでから戦ったんだよね・・・?」


 「ああ、ダンジョン内にいた4チーム、15人・・・みんなランク5以上だったんだ・・・」


 彼ひとりが他のダンジョンを捜索する千影たちを呼びに一時離脱しても問題ないはずだった。それくらい『ブレインイーター』を押さえ込めていたのだ。あの場の全員がそう判断していた。討伐も目前だった。彼はここに千影たちを連れてくる道中、嬉々としてそう語っていた。


 1、2、3・・・。何度数え直しても、生存者は4人しかいない。駆け付けた誰もが言葉を失った。


 風に吹かれてどこかへと飛ばされるボロボロのスポーツウェアを虚ろな目で追いかけ、彼は声にならない悲鳴を上げながら、膝から崩れ落ちた。


 「・・・西郷、先生・・・」


 西郷先生。西郷大志。マンティオ学園の教師だ。

 学園の教師陣の中でも特に実力のある魔法士だった。真面目で正義感のある性格から、仕事が休みの日はギルドの捜索活動にもこうして進んで協力してくれていた。

 千影にとっては学内戦を見に行こうとしたときに捕まえられて喧嘩した程度の間柄だったが、今回の件で会うようになって話してみれば、学園で新たに始まったダンジョン実習は彼が舵取りをしていたそうだ。『ブレインイーター』解決に少しでも貢献して、1日でも早くダンジョン実習に不安を抱える生徒や保護者たちを安心させたかったのだとか。建前を言っているようには見えなかった。とんだ良いヤツだ。


 千影は唇を噛んだ。その名を呼ばれて返事をする者はもういない。


 犠牲者、プラス11人。過去最悪級を更新したのは一央市ギルドだけで2度目である。何人がかりであれ正面から挑めば殺される。これ以上の犠牲が出るようなら民間の魔法士による捜索活動は打ち切られてしまうかもしれない。千影なら捜索を続けられるかもしれないが、どのみち手が足りない。

 千影は既にIAMOに『ブレインイーター』がオドノイドかもしれないという情報を提供したが、まだ明確な動きはない。『ブレインイーター』の対策本部はあのギルバート・グリーンが預かっているそうだが、情報は彼まで届いたのだろうか。届いたとして、最愛の家族を奪ったオドノイドを憎む彼が再びオドノイドを救う道を選んでくれるだろうか。・・・いまはいつだって正しい選択をする彼を信じるしかない。


 生存者を連れてギルドに帰った千影がその後も休憩スペースのベンチで俯いて考え込んでいると、隣からカップ自販機のホットココアを差し出された。受け取って顔を上げると、疾風がいた。まだ熱いココアにちびりちびり舌を触れてから、千影は呟いた。


 「・・・悔しいね」


 「ああ。・・・そうだな」

雪姫はああだし、『ブレインイーター』にも逃げられ、それどころか―――。「もどかしい」というニュアンスの諺をサブタイトルに使いたかったのですが、具合良い諺が分からずもどかしい気分です。ままならない。

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