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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode8 『Andromedas' elegies』
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episode8 sect15 ”洗礼”

 さて、迅雷たち『DiS』が半ば泣き落としのような形で受注することとなったクエスト、『日帰り温泉は一日にして成らず』の依頼内容をおさらいしよう。


 依頼の分類は『探索系クエスト』、依頼主は日本温泉協会と某大手旅行会社。

 最終目標は、83番ダンジョンに豊富に存在する温泉資源の商業利用だ。

 依頼文に明示はされていないが、恐らくシンプルに入浴施設を開業したり、あるいは温泉水そのものを人間界まで持ち込むルートを開拓して商品化したり、泉質調査等の研究素材にしたりするのだろう。


 とはいえ、それは依頼主の目的だ。『DiS』が担う仕事はそこではない。

 

 現在、依頼主たちが商業化を検討している湯元は、半径5km以内の範囲に転移ステーションが存在しない。ダンジョン探索において目的地の近くに転移ステーションがないのはままあることだが、ライセンスを持たない一般の湯治客を呼ぶことを考えると、あまりダンジョンに入ってから長い距離を移動させるのは好ましくない。83番ダンジョンではいまのところ極端に凶暴な生物の生息は確認されていないが、それでも身を守る術のない人々にとっては危険になるケースもある。ちょうど野生のイノシシに襲われて怪我をするようなものだ。それに、仮にそのようなリスクがないとしても、利用客からすれば「でもダンジョンでしょ?なんとなく恐いし・・・」という理由で敬遠されてしまうかもしれない。いちいち護衛のつく温泉旅行なんて、提供する側も利用する側もやっていられないのだ。

 しかし、それを考慮しても「ダンジョンで湯治」という新鮮味のある体験は魅力的だ。手つかずの大自然の中でゆっくりと体を休める心地良さは一定のリピーター獲得も見込めるので、相応の投資をするだけの価値がある。


 そこで、クエストの第1段階では、湯元から直線距離で約3kmほどの地点に新たな転移ステーションの建設用地を確保することが目標に設定されている。大まかな希望地は温泉協会が提出しているので、それに従ってちょうど良い広さの平地を見つければ良いそうだ。

 転移ステーション建設用地の確保が済めば次の段階に移行する。第2段階ではステーションから実際の温泉開発予定地までのルート確保。そして、それが済めば第3段階、開発予定地そのものの確保となって、ここでクエストは完了となる。

 その後の施工等は専門の業者の仕事であるので、『DiS』はその作業予定地の安全性を事前に確保しておく部分を担うわけだ。


 任せられた作業は極めてシンプルだと思われるが、まず83番ダンジョンに出発してから転移ステーションの新設予定地までが長距離移動であり、加えて83番ダンジョンは起伏の多い地形をしているので地図で見るより移動に時間がかかるだろう。

 ちなみに、土地の確保手段については、それ専用の支給品をギルドが用意してくれているそうだ。詳細は受け取り時に教えてもらえる。


 10月5日、金曜日。放課後すぐに『DiS』の面々は学校から直接ギルドに向かいながら、ここまでの内容を再確認していた。幸い次の月曜日が祝日だったので、3連休を使えば一気に作業を進められる見込みだ。


 「ただまぁ・・・かなり遠出して延々と同じ作業を繰り返す感じにはなる。覚悟はしておけよ、みんな」


 そう釘を刺す煌熾も、既にちょっと面倒そうな顔をしている。真面目さが取り柄の煌熾だって単調作業に嫌気が差すことはあるのだろう。


 「甘菜さんにはお世話になりっぱなしなんで、これくらいのことは文句言わずにやりますよ」


 「迅雷だけご褒美モードなんズルくない?オレも甘菜さんの下僕になろっかなー」


 「誰が下僕だ!!」


 むしろ、ご褒美モードなのは後ろを歩く慈音の方だ。


 「おっんせん、おっんせん♪」

 

 「東雲はえらくご機嫌だな」


 「だって、天然温泉ですよ!天・然・温・泉!ちゃんとタオルと着替えもバッチリ用意してきたんですからっ!!」


 そう言って慈音はカバンの中から入浴セットを取り出して煌熾に自慢した。銭湯に行くのと勘違いでもしているのだろうか。浮かれて本当に必要な荷物を忘れてきていなければ良いのだが。ここまで楽しそうにしているところに水を差すのも気が引けて、煌熾は苦笑した。


 ギルドに着くと、自宅から一足先に到着していた千影が駆け寄ってきた。今日の千影は、大きなクーラーボックスを斜め掛けした上にリュックサックと大荷物だ。


 「おそーい!!授業は16時くらいに終わるって言ってたじゃん!!」


 「掃除とかホームルームとかあるんだつってんじゃん。いい加減憶えてくれよ」


 「学校生活の常識とか知らないもーん」


 ここ、泣くところです。


 と、もはや『DiS』が平日に活動するときには恒例となりつつある迅雷と千影のやり取りも済んだところで、一同はクエストカウンターへ。気付いた甘菜が嬉しそうに手を振ってきた。


 「来たね。それじゃさっそく準備しようか!」


 甘菜はまず、ダンジョン探索用のマップデバイスを机の上に並べた。これまでの探索で収集された83番ダンジョンの地理情報が見られる便利品だ。作業予定地の範囲も既に登録されているらしい。


 「基本はコレに従って、依頼通りのルートで作業をしてくれたら良いんだけど―――その前に、君たちは83番ダンジョンの気候については知ってる?」


 「一応、調べて情報の共有は済ませてあります」


 「さすが、焔君は真面目で助かるわね」


 83番ダンジョンには「五季」と呼ばれる季節の変化がある。それぞれの季節の特徴は地球に存在する四季に近いものの、並びがやや複雑かつ気候の変動幅が大きい関係でダンジョンへの立ち入り規制期間が存在する。


 83番ダンジョンの五季は、

 

 ①第一花季(かき)

 ②凍季(とうき)

 ③夏季(かき)

 ④第二花季

 ⑤枯季(こき)


 の順番で存在する。

 凍季は厳寒の冬、夏季は酷暑の夏とこの辺りは文字通りなので良いとして、花季というのは謂わば春のように温暖な期間だ。83番ダンジョンの特徴である起伏に富んだ、果てしなく続く山々が一斉に色とりどりの花に包まれることから花季と呼ばれている。一方の枯季は、そういった花々が今度は一斉に枯れ落ちる涼しい時期である。多くの草花が盛りを終える秋と少し似ているが、常緑樹のない83番ダンジョンの枯季は、まさに”枯”の一文字に尽きる生気の無い茶一色の世界と化す。

 これらの季節の移り変わりは地球の4、5ヶ月ほどのペースで繰り返されており、基本的には気温が上がっては下がってを繰り返すだけものだ。しかし、人間にとって厳しいのは凍季と夏季だ。暖かな春が突如として吹雪の止まぬ冬となり、さらには冬が終わってわずか数日で夏が始まる。季節の並びを見れば予想出来る通り、これらの期間における気温変動は恐ろしく急激だ。具体的には、第一花季に咲いた花々は枯れる間もなく凍季に突入してコールドスリープ状態となり、夏季になると今度は猛暑で急解凍されて緑へと変化する。夏季はその間にも猛暑と乾燥による森林火災が頻発する前半と長期間に渡って火事を鎮火する豪雨の後半が存在している。

 このようになかなか特殊な環境だが、2つの花季と枯季はむしろ非常に過ごしやすい気候であり、今回のクエストも夏季の終わり頃に合わせて依頼が出された次第だ。


 「でも、夏季が明けたのが先々週くらいだから多分相当蒸し暑くなっていると思うわ。熱中症には気を付けて、キチンと水分補給すること。あと、虫刺されにも注意してね」


 「スポドリならボクがバッチリ用意してきたよ!」


 そう言って、千影は持っていたクーラーボックスの中身を甘菜に自慢した。


 「ならオッケーね。それから、もうひとつ注意。というか、こっちの方が大事なんだけど、みんなは『ブレインイーター』のことは聞いてるわね?」


 甘菜の確認に、『DiS』の全員が頷いた。先日から話題になっている人間を襲っては頭部だけを喰う謎の新種モンスターに、IAMOが仮に付けた呼び名だ。


 「まだウチのギルドからは被害が出ていないけど、だからといって絶対に遭遇しないなんて保証はないからね。IAMOの討伐チームが返り討ちに遭ったほどの強敵だから、出会ったら、絶対に、すぐに、逃げること。良い?絶対よ?」


 『はい』


 「よろしい。・・・まぁぶっちゃけ、私はそうそう出遭うもんじゃないとは思ってるけどね。どうやら1頭の『ブレインイーター』が日ごとにダンジョンを渡り歩いているらしいってIAMOから見解が出てるし。だからあんまりビビらずにダンジョン探索を楽しんできてね。それじゃ、支給品があるから、支給品カウンターの方で受け取っておくようにお願いします!行ってらっしゃい!」


 甘菜に出発の手続きをしてもらった『DiS』は、支給品カウンターがある転移門棟に移動しようとして―――。


 「へ?」


 間抜けな声を上げたのは、迅雷だった。


 遅れて、散弾銃のような冷気が肌を打った。


 冷気。

 

 弾けるように振り返れば、いつの間にか千影が翼を出して、迅雷たちを守るように立っていた。


 守るとは、なにから?


 「・・・こんなたくさん人がいるところで、なんのつもり?」


 ギルドの至るところで、千影の臨戦を知らせる警報が鳴っていた。

 その千影の右腕は、肩まで凍り付いていた。

 こんなことが出来る人間などこの街に一人しかいない。迅雷は一歩横へ、千影の隣に立つ。

 千影が睨み付けるその先に立っていたのは、やはり彼女だった。


 「天田、さん・・・」


 あまりの早業に、迅雷以外はそもそも声を上げることさえ間に合っていなかった。

 次の瞬間、危険を理解したギルド利用者たちはざわめきと共に雪姫と、そしてその姿を晒したオドノイドから距離を取り始めた。

 

 騒然としたギルドロビーに吹雪が舞い込む。

 千影が足の置き方を変えた。本気で戦う時のそれだ。千影は本気で雪姫の次の動きを警戒していた。迅雷もそれに気付いて身構えた。

 今にも全身凍り付いて動けなくなりそうな緊張感の源は、雪姫の目だ。この前、迅雷が彼女と戦ったときとは全く異質な―――殺意の滲んだ眼光。


 数秒の沈黙を経て、ようやく雪姫が口を開いた。


 「そこのバケモノ以外はどいてて。じゃないと死ぬよ」

 

 「待てよ、天田さん!?なんなんだってば!?」


 「分かんない?アンタの隣にいる()()()()()()()ぶっ殺すの」


 雪姫は、自身の言葉に被せて、迅雷と千影の周囲に大量の中型魔法陣を展開した。2人がほんの一瞬、怒りで反応を鈍らせる隙を狙うような攻撃だった。

 しかし、生み出された氷の剣山が2人の体を串刺しにすることはなかった。

 雪姫自身が、振り下ろす拳を寸前で止めていた。


 「・・・どうした、殺るんじゃねぇのかよ・・・?」


 「どいて」


 「絶対嫌だね」


 迅雷は千影を抱き締め、包み隠していた。

 オドノイドである千影を殺せるほどの攻撃をすれば、間違いなく巻き込まれた迅雷も死ぬ。


 「これ以上2人にひどいことするなら、さすがのしのも怒るよ」


 慈音が結界魔法で迅雷と千影を包み込んだ。煌熾と真牙も、慈音に続いて身構える。

 雪姫にとって、慈音の結界を砕くことなど造作もないことだ。他の2人を蹴散らすことも。だが、雪姫はただ結界の奥から真っ直ぐ見てくる迅雷の目を睨み返して、忌々しげに口の端を下げた。


 「何様のつもり・・・」

 

 悪者扱い、上等だ。元より善人ぶるつもりなどない。学校で迅雷たちがクエストの話をするのを聞いた。あのオドノイドも来るかもしれない。千載一遇のチャンスだ。あの日、甘えて殺し損ねた戦争の火元を、ここで逃がさず吹き消そうと思った。


 ・・・分かっている。こんなのは腹いせだ。いまさら千影を殺したところで人間と魔族の関係は回復しない。分かっている。


 「ゆ―――天田雪姫さん。魔法を止めなさい。ここをどこだと思ってるの?」


 最後に、甘菜までもが迅雷たちの前に体を盾にして立った。足の震えは滑稽なほどだったが。

 雪姫は舌打ちをして、吹雪を消し去った。


 「ちょっとからかっただけです」


 雪姫が矛を収めたことで場に一応の穏やかさが取り戻され、慈音は結界魔法を解いた。未だ油断ならない剣呑な雪姫の視線を牽制しつつ、迅雷も千影から離れた。


 「千影、腕は大丈夫か?」


 「うん、大したことないよ」


 千影が魔法で起こした熱で、右腕を固めていた氷は完全に溶け去った。しかし、前腕部に空いた氷の杭が貫通した痕は痛々しく、決して”からかっただけ”で済まされない威力だったことが見て取れた。

 千影は要らないと言うが、煌熾が無理矢理に傷の手当てをしてやった。見ている煌熾たちの方がしんどいからだ。千影が渋い顔をして処置を受けていると、雪姫が歩み寄ってきた。警戒する迅雷と真牙を、千影が止めた。


 冷たい雪姫の目に怯まず、千影は小さく笑った。


 「前に戦ったときより数段速くなってたね。ボク対策?・・・試合だったら全然受けて立つのに」


 「試合?冗談。・・・あたしはオドノイド(あんたみたいな連中)がヘラヘラ生きてけるような世の中なんか認めないから」


 「ボクらが素直にIAMOに殺されておけば戦争なんて起こらなかったって言いたいの?」


 「・・・少なくとも、あの日、アンタが人の皮被ったバケモノだって知ってたらって、何度も後悔したよ」


 それだけ吐き捨てて、雪姫はまだささくれた足音を立ててクエストカウンターの方へ去ってしまった。

 雪姫の言葉はどれも悪意的で、いざダンジョンへ、という『DiS』の気勢も削がれてしまった。覚悟はしていたが、オドノイドに否定的な意見をこうも真正面から叩きつけられたのはビスディア民主連合での交流式典以来だった。それも、まさかよりによって天田雪姫だとは。

 煌熾に包帯を巻かれた千影は、ようやく動かせるようになった手を叩いて仲間たちを鼓舞した。


 「さっ!気を取り直して温泉だよ!!」


 「真っ向から殺意むけられたヤツが一番に笑ってんじゃねーよ、まったく・・・。はー、行こう行こう。こうなったら冷えた分は温泉入って帰んないと割に合わないぞ!」


 迅雷も千影の頭をクシャクシャ撫でて、ヤケクソに声を張った。


 「迅雷ならもっとキレるかと思ってヒヤヒヤしたぜ」


 「としくんが大人になっていく・・・」


 「なんで東雲はそこ残念がるんだ・・・?」


 パーティーの先頭を歩きながら、千影は改めて右腕の傷に触れた。雪姫の牙は、あの瞬間、千影の喉元にまで届いていた。千影は不意打ちを卑怯だなどと言うつもりはない。むしろ現実的な戦術だとさえ思っている。千影だって場合によっては迷わず取る手段だ。雪姫は旧セントラルビルで千影と戦った、1分にも満たないあの僅かな経験から、本気で千影を殺す方法を考えて、今日の再会で見事に実現してみせたのだ。センスも努力量も、本当に驚異的な少女だ。

 だが、だからこそ千影には分からない。雪姫は、本当に千影を殺すつもりだったのか?実は、ああ言いつつ本当はなにか迷っていたんじゃないか?あの不意打ちは完璧だった。やれたかもしれないのに、雪姫はなぜか千影の腕を覆う氷を起点にして魔法を使ってこなかった。


 「ねぇ、とっしー」


 「ん?」


 「あの子、やっぱり難しいよ」


 「・・・そうだな」

 人間と魔族で戦争中なのに温泉地開拓とか暢気なもんだな、と思われそうだから捕捉。


 異世界間の戦争は陸続きではないので、相手の国に攻め込むのも簡単じゃないのです。


 異世界と戦争になったら、真っ先に戦争相手の世界と繋がる『門』は停止させます。それだけで、相手はこちらに攻め込むための手段をひとつ失います。橋を落として行軍を止めるような感じです。でも、橋を落としてしまったので、こちらからも相手の世界に軍を向かわせることが出来ません。なので、いがみ合っている割には大規模な戦闘に発展しにくいのです。

 それでも相手の世界に攻め込む方法はいくつかあるのですが・・・それはまたいずれ。なんにしても七面倒な手段を取るほかありません。

 したがって、特に戦争と直接関わりのない民間人、民間企業等は戦時下でも割と平常運転だったりするんです。

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