episode8 sect13 ”迅雷vs雪姫”
「ぐ―――や"じぃ"ぃ"ぃ"ぃ"でずわ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!!!!!」
チーム戦の決勝が行われているアリーナで、聖護院矢生の嗚咽混じりの心の叫びが轟いた。すぐ隣で大絶叫を浴びたクラスメートの五味涼はキーンとする耳を労りながら、矢生の背を撫でた。
「まぁまぁ、ホント惜しかったって」
「惜しかろうがなんだろうが結果は結果!!うー・・・こんな・・・こんなハズではありませんのぉ~!!なぜです!?なんっで、いつもいつもいつもいつも、私はいつも天田さんに挑戦することが出来ないんですの!?神様が私を嘲笑う声が聞こえるようですわぁぁぁぁぁんッ!!」
「運命レベル・・・!?」
涼の、傷心の矢生を慰める役回りもそろそろ板に付いてきた・・・かもしれない。
「そもそも、涼さんはコース内の試合で天田さんと戦っているではありませんか!」
「あれを”戦い”と言っても良いなら、まあ一応、そうですケド・・・。とにかく、次は勝てば良いんだよ!ここはひとつ、迅雷君の傾向と対策からさ。一歩下がったら二歩進めば良いんだから」
「あうっ、うぇぇ・・・!涼さんっ、あなたという方は・・・!ええ、本当にその通りでしたわ!この悔しさも私が真の最強の座を得るために必要な経験に違いありませんわ!!」
「よっ、その意気だ矢生師匠!」
片や、先ほど言ったようにフィールドではチーム戦の決勝が行われている。出場チームは、阿本真牙率いる剣術魔法コースと、紫宮愛貴率いる弓術魔法コースだ。これが決着すると、個人の決勝が始まる。
涼に慰めてもらっていつもの調子を取り戻した矢生は、姿勢を正して座席に座り直した。
(今日の結果は大ッ変無念でしたが、負けてしまった以上は仕方ありません。あとはじっくり最後まで勉強させていただきますわ。だから迅雷君。この私を打ち破った者として、つまらない試合をしたら絶対に許しませんわよ。いまは貴方の剣に期待していますわ―――)
●
定められた標線に爪先を揃え、相手と正面から向かい合う。
でも、向き合うのはポーズだけ。
天田雪姫のやることは変わらない。
見ない。聞かない。話さない。
ただ、勝つ。
欠片ほどの慈悲さえ持たず、刹那の油断も見せず、視界に入った者たち全てを完膚なきまでに否定し、独り先へ進む。
日本中の人々が注目する高総戦だろうと学校の授業の一環だろうと、雪姫にとって立っている舞台は重要ではない。強いて言えば、それら全て引っくるめた人生そのものが、雪姫の生きる戦場なのである。
守るべき者も排するべき邪魔者も平等に拒み、遠ざけ、永遠の冬の中に果てるその瞬間まで雪姫のやることは変わらない。
例えその相手が神代迅雷だとしても。
当然、なにも変わらない。
心の歯車は脱して。
(コイツを超えて、あたしはもっと先へ行く)
○
迅雷は、雪姫と改めて向かい合って、噂に聞いていた怖さを実感した。
目が怖いのだ、あの少女は。
単に目付きが鋭いというだけではない。
呼吸を忘れて魅入られるほど鮮やかな青なのに、ぐつぐつと滾るような眼光は迅雷の瞳より、人ひとり分背後に焦点が合っているかのように不気味だからだ。
だけど、迅雷が雪姫のその目と”怖い”と感じた理由はそれだけではない。
なにかを悟ったかのように静かな目。
なにかを諦めた人間の目。
冷静沈着な自暴自棄が宿る目。
迅雷はその目を知っている。
何度も何度も、朝起きて顔を洗った回数だけ見たことがある。
ただ、雪姫の目は迅雷が知るそれとなにかが違う。
心が折れて立ち止まり剣を捨てようとしたかつての迅雷にはなかったその”なにか”が雪姫をここまで連れて来たのだろう。
夏姫は”なにか”を責任だと言った。
迅雷にとっての”なにか”は千影だ。
だから、怖くなる。
そして同時に―――。
審判を務める教師が構えるよう促す声が、異様なほど静まりかえったアリーナに木霊した。
海の底のような緊張の圧力に抗って、迅雷は二振りの剣を抜き放つ。
○
開始の合図とほとんど重なる早さで、2人が同時に動いた。
迅雷は最速で『駆雷』を。
雪姫は腕を薙いで『スノウ』を。
刃の形に圧縮した雷撃は、白い壁に阻まれて爆散した。
スピード重視で多少威力を犠牲にしていたとはいえ、それでも大型モンスターを一撃に真っ二つにするほどの破壊力はあったはずだ。しかも、重視したはずのスピードにすら雪姫は防御を合わせてきた。
「予測されてたな―――!」
雪姫が生み出し操る莫大な量の粉雪は、彼女の戦いにおいて最も汎用的な防御手段であると同時に、最も自由度の高い攻撃手段でもある。
『駆雷』を受け止めた『スノウ』は、その防御行動と平行して既に迅雷にその矛を向けていた。轟々と音を立てながらうねり狂い、あっという間に球形を成してフィールド中央を呑み込んでいくその光景は、まさに意志を得た雪崩、あるいは白い巨人の両腕。迅雷に逃げ道を与えない包囲攻撃だ。
しかし、迅雷はまだ焦らない。
雪姫の『スノウ』を攻略する方法は2つ。一点集中の火力ゴリ押しで穴を空けるか、高密度の吹雪の流れに僅かに生じる隙を狙って攻撃を滑り込ませて切り崩すか。
「俺は前者一択だけどな!!」
この際、火力バカ上等だ。パワーで無理矢理突破出来るなら、針の穴を通せるタイミングを選ばなくてはならない後者より遙かに有効だ。
左手の『風神』に渾身の魔力を込め、広がりきった『スノウ』の一点に向けて打ち付ける。剣の腹を使った、斬ではなく打による一撃に、もはや大型爆弾の衝撃波と互角と言っても過言ではない風圧を付与する。狙い通り、攻撃に転じた分やや薄まった『スノウ』の一部に、迅雷が体を丸めれば転がり出られるだけの穴が出来る。
しかし、なんとか最初の難関を突破した迅雷には、まだ息を吸い直す暇すら与えられない。
まるで待っていたかのように足元で水色の光が生じ、迅雷は慌ててその光の範囲から跳ね退く。
直後、迅雷のいた空間は透き通る氷塊に喰われた。
しかも、これが一撃で終わらない・・・どころか、フェイントまで織り交ぜて正確無比に迅雷を追い詰めてくる。
まだ迅雷が『スノウ』の包囲攻撃をすり抜けてから3秒程度しか経っていない。
依然荒れ狂う白い津波の余波は、迅雷の視界を完全に遮っている。当然、雪姫の姿など見えようはずもない。だが、それは裏を返せば雪姫の方からも迅雷の姿が見えていないということを意味するはずなのだ。
だというのに、これほどまでに正確な照準を繰り返してくる。
正確すぎるのだ。
下手をすれば迅雷が目測で魔法を撃つよりも、段違いに高精度なのだ。
地面から絶え間なく突き生える氷撃に、迅雷は取り合っていられず上へ逃げた。
跳躍に風魔法を合わせることでアリーナの天井ギリギリの高さまで浮き上がった迅雷には、さすがの雪姫も追撃をしてはこないようだ。出来ないのか、しないだけなのかは分からないが。
滞空中の短い時間で迅雷は一度状況を整理する。
(あっちは俺のこと見えて無くても問答無用の神エイム。真牙が言っていた通りだな)
この試合に臨むにあたって、迅雷は事前に『DiS』の仲間たちと作戦会議をしていた。とりわけ参考にしているのは、学内戦の決勝で雪姫を接近戦まで持ち込むことに成功した真牙の推測と、入学式当日に雪姫から喧嘩を吹っ掛けられて見事に氷漬けにされた煌熾の体験談だ。どちらも極めて貴重な攻略のヒントである。
まず、いま確かめた、見えていなくても問題なく狙いを合わせてくるという点。
真牙はこれを、なんらかの手段で視覚に頼らず相手の位置を割り出しているのだろうと推測していた。その手段とやらはまだ確証が持てないでいるが、位置を割り出される条件に関しては推測が立ててある。地面に足を着けていること、だ。これは真牙が雪姫との試合でたまたま気付いたことらしい。
この考えは概ね正しそうだ。可能な限り床から離れて戦うのがベストとなるだろう。新移動技の『多重雷撃』を応用して空中機動に特化してみるか、あるいは雪姫の操る雪や氷の上を渡るのも手段としてはアリだろう。千影のように自由に空を飛べるわけではない迅雷にとって、床の代わりとなる足場の選択肢は多いほど嬉しい。
まずはこの案で接近を狙う。
方針を固めた迅雷は、空中で魔法陣を展開した。そして、発動と同時に陣を蹴ってフィールドの壁に一旦着地をし―――。
「い"ッ!?」
足を着けようとした場所に、当然のように氷魔法の陣が浮かび上がった。
煌熾が言っていた。雪姫は体から離れた場所にも難なく魔法陣を展開してくる、と。
一般的に、人間は魔法を自分の体から離れた場所に発生させられない。
人によって厳密な限界距離はまちまちだが、伸ばした手から1m先に魔法陣が作れたらまずビックリされる。それが2m、3mともなってくるともはや達人業かそれ以上のなにかだ。
それがなんと、雪姫の場合は5mをも上回ってくるという話だ。信じがたいことだが、現に迅雷の足元には雪姫の魔法陣がある。
ひょっとして人間やめてる?
(つか・・・これもう10m以上離れてんだろ!?!?)
やっぱり人間やめてる?
迅雷はやむなく『多重雷撃』を駆使して着地予定ポイント到達直前で緊急離脱し、床に着地した。『スノウ』による追撃は免れないので、即座に移動を開始する。
よく考えれば、床から生える氷だって雪姫からは明らかに5m以上離れている。あまりの事態に混乱して「人間やめてる」なんて言ってしまったが、実際そんなことがあるはずがない。言ってしまえば、こんなのはインチキだ。タネも仕掛けも必ずある。でなければまず実現しないデタラメだ。
接近することより、さらに優先すべきことが出来た。まずは雪姫の手の内を暴かない限り、迅雷に勝機はない。本当のところは全方位から休みなく降り注ぐ『スノウ』に対処するだけで迅雷の思考はいっぱいいっぱいなのだが、ここが頭の使いどころだ。幸い氷魔法のおかげでフィールドの気温は真冬並みなので、知恵熱で倒れる心配をする必要はないだろうし。
○
迅雷と雪姫の試合で観客席から俯瞰する真牙は、手で隠した下で歯噛みをした。
「雪姫ちゃんの攻撃・・・精度も速度もオレが戦ったときからさらに上がってやがる・・・」
学内戦ではおろか、その後の高総戦でオラーニア学園の3年生、千尋達彦などとの試合ですら見せなかった技を、雪姫は惜しみなく使っている。もはや床から離れようが彼女の索敵から逃れることは出来ないらしく、『多重雷撃』による高速・鋭角な空中機動を試みた迅雷は、あっさりと撃墜されていた。真牙が目で見ていても反応出来なかったあの技を、雪姫は見もせず一方的に叩き伏せていた。
「真牙くん。としくん大丈夫なのかな・・・?」
「―――分かんねぇ。ちくしょう。なんつーか、相手の次元が違い過ぎる」
迅雷のパワーがあれば強引に距離を詰めるチャンスがあるのではないかと考え、いろいろと作戦を練っていたが、初撃の『駆雷』をああも易々と防がれた時点で全部白紙に戻された。
「多分だけど、雪姫ちゃんの魔力量も常人とはかけ離れてるんだ。じゃなきゃ、あんなアッサリと迅雷の攻撃を受け止め続けられるはずがねぇ。完ッ全に計算外だ。あんなのゴリ押しで勝てるワケねぇよ・・・」
真牙はだんだん自分まで惨めな気持ちになってきた。噛んだ唇が鉄の味を滲ませている。
雪姫は、これが全力かは不明だが、明らかに真牙のときより本気で、迅雷を叩き潰そうとしている。それだけはハッキリと分かる。真牙に対して向けられていた魔法は、どこか乱雑だったのに。
―――オレとあいつで一体なにが違う?
もちろん戦術も魔法の好みも違うけれど、それでも今までずっと互角のライバルだったはずなのに。
いま見下ろすあの戦場に、真牙は迅雷に代わって立てる気がしなかった。
迅雷が魔力過剰症で、本来の魔力量が自分の何倍もあると知ったときから、こんな日が来るのではないかと心のどこか隅の方で怯えていた。迅雷が真牙を競い合うライバルとして見てくれなくなるんじゃないか。努力だけでは超えられない高い壁の向こうへ、迅雷が飛び去ってしまうんじゃないか。磨いてきたもの全てが否定されるような気がして、恐かった。
そして現実に、迅雷は覚醒したその力でIAMOや魔界の諸大国にまで浅からぬ爪痕を刻み込んだ。きっと迅雷は魔力が無くても同じことをしようとしただろうから、決して人の身に余る力が迅雷の性質を変えてしまったわけではない。・・・分かっている。でも、だけど、迅雷は叶えてきたのだ。真牙には絵空事のようにしか思えない無茶苦茶な望みを、天から授かったその冗談じみた力で。
恐いのを誤魔化すように真牙は技を磨くことに専念した。それで辿り着いたのが結局、迅雷と同等の破壊力を瞬間的に再現する技だったのだから皮肉なものだ。この苦悩からは決して逃れられず、そして真牙はさらなる切り札を得た迅雷に敗北した。
なぜだ。
なぜ、真牙は迅雷の背中を追うばかりになっている?
「くそ・・・なんでこんなことばっか考えてんだオレ・・・」
みんなで力を合わせて雪姫に一泡吹かせようって盛り上がっていたはずなのに。
いまは雪姫を打ち破るための方策を考えるべきなのに。
一度思い出すと、もう自分では元のレールには戻れない。
―――次第にフィールドに目を向けることすら出来なくなる真牙の肩が、後ろから叩かれた。
「見て、真牙君!!アレ!!」
真牙とは打って変わって大興奮の様子でフィールドを指差すのは、友香だった。
「アレってなにさ?」
「だから、アレ!あそこ!!見てみて!!!」
「ん~、語彙力ゥ~」
真牙は苦笑して軽口を漏らす。
友香は根っからの魔法戦ファンで、こういう激戦を見ると興奮のあまり知能が低下しがちだ。ただ、今は少し、友香のそんなポンコツなところに救われた・・・かもしれない。
真牙が改めてフィールドを見ると、恐ろしいことが起きていた。
ズグン、とアリーナを揺らしたのは、雪姫が撃ち出した巨大な氷柱だ。雪姫はその魔法を『アイシクル』と呼んでいるが、どう考えてもこれは氷柱なんてもんじゃない。ミサイルだ。巨大ドリルだ。直径にして3mはありそうな氷の杭が、絶大な運動量と壮絶な回転力でもって、本来なら魔力を拡散させて建物や観客への魔法による被害を防ぐためのフィールドの壁材をも爆砕していた。
そんな殺人的な攻撃力が、同時に何発も撃ち出され、その隙間を『スノウ』が駆け巡っていた。絶望的な光景だ。しかし、その極寒地獄の中で動く別の光があった。迅雷はまだ耐えていた。しかしその表情は厳しい。とっくに息も絶え絶えといった様子だ。
しかし、真牙は気付いた。見るべき部分を誤らなかった。
「そうか・・・・・・そうか!!分かった!!」
○
迅雷はだんだん分かってきた。
氷魔法の最も恐ろしい点は”冷たい”というところだ。
なにを今更、当たり前のことを・・・と思うかもしれない。返す言葉もない。全くその通りだ。当たり前だ。だが、迅雷は雪姫と対峙してようやくその当たり前の真実を心の底から、体の芯まで思い知らされた。
もう、吐く息が白くならない。
吐息が口腔内、あるいはそれ以前の時点で外気温と等温になっているからだ。
フィールド内に設置された気温計はマイナス31度を示していた。およそ軽装の人間が活動出来る環境ではない。フィールドに近い席で観戦していた生徒たちは、強化ガラスの壁を貫くあまりの寒気に、とっくに最後列の座席まで逃げ出していた。
従来の雪姫の試合はどれも一瞬で、彼女の魔法のシンプルな威力の高さやコントロールの優秀さばかりが着目されがちだった。だから、誰もが雪姫の魔法の最も基本的な個性を失念していた。忘れてはいないにしても、所詮は寒い程度だと高を括っていた。愚かな話だ。日本の秋の中頃に過ごしやすい服装で、どうして真冬のシベリアを走り回ろうと思ったのか。
意識が朦朧としてきた。どんなに体を動かし続けても体温は奪われる一方で、次第に末端から動きを失っていく。もう足の裏に地を蹴る感触はほとんどなく、剣を振るう手の握力もなけなしだ。
(ちくしょう・・・やっぱ、スゲーな・・・。近付くことすら出来なかった―――)
これ以上、打てる手がない。あるのかもしれないが、冷凍された迅雷の頭ではもうその解を導き出すことなど不可能だった。
迅雷の頭では。
凍てつく床に倒れ伏す、その直前で。
「全力で風起こせェェッ!!」
寒さで思考が鈍っていた迅雷は、どこからともなく飛んできたその命令に反射的に従っていた。半分制御をし忘れ噴き出した暴風が、迅雷の周囲にある全てを薙ぎ払う。
遅れていまの声が真牙だと気付いた迅雷は、観客席に彼の姿を探すのではなく、ただしっかりと剣を構え直した。
「雪だ!!雪姫ちゃんは雪を伝って魔法を遠隔発動してる!!」
「へっ。そういう・・・」
それで「風起こせ」、か。
確かに、足元から氷の刃が生えてこなくなった。
それから少しして、再び氷の刃が襲ってくるようになる。足元に、目で見て分かるか怪しいほどにうっすらと雪が積もっていた。
つまり、雪姫は辺り一面に積もらせたり、または空中を漂う雪―――すなわち氷を媒介として自分の魔力を流すルートをフィールド全体に構築していたのだ。
これが10m以上離れている場所で魔法を発動出来るイカサマの正体だ。
表面に氷が張っている床や壁も同様なのだろう。
迅雷は『雷神』を床に突き立て、残る力を振り絞って咆哮した。寒さが和らぐ気配はなく、体は完全に冷え切っている。これがラストチャンスだ。肺を傷つけかねないほどに冷えた空気を大きく吸い込み、あと10秒動けるだけの熱を燃やす。
「『紫電』!!」
『雷神』を伝って床へ流れた大電流が地表を覆う氷を強引に伝導して砕き散らす。
力任せに『雷神』を床から引き抜く。
「おぉおああッ!!」
風。雪も氷も近付けさせないために、とにかく風を起こして一気に雪姫目掛けて走り出す。
雪姫の舌打ちと歯軋りが聞こえた気がした。
これで勝てるかは分からない。でも、雪姫に届くなにかがあった。だから、このまま全力でぶつかりたい。
迅雷を迎撃しようと、雪姫が『アイス』の弾幕を張る。だが、いままで躱してきた精密な魔法と比べればなんということはない。多少の被弾は痩せ我慢して強引に弾幕を突破する。
白銀の嵐を駆け抜けた先に。
「見えたぁぁぁぁぁ!!」
「アンタ一体―――」
試合開始以来、再び交差する2人の視線。
雪姫もまた、迅雷をちゃんと見ていた。
吹雪が唸る。
迅雷の視界を白く染めようとする。
逃がさない。
目を逸らさせやしない。
『風神』を振りかざし、刃が震える魔力を解き放つ。
まるで白いカーテンを開くように吹雪は引き裂かれ。
雪姫はそれでも開きゆくカーテンにしがみつくように横へ回避し。
迅雷は『雷神』を横薙ぎに大きく振りかぶり。
爆音は刃と床の間から。
本物の雷と遜色ないエネルギーを乗せた一撃。
今度こそ白雪のカーテンを跡形無く焼き尽くして、灼光一条、半弧を描いて迸る鋒。
「と、どけェェェェェェェェ――――――!!」
○
episode8 sect13 ”―――おれたちの作った翼で”
○
「アンタ一体、何様のつもり?」
ああ。
恐ろしく、冷淡な声だった。
露ほどの焦りもなく。
ただ僅かばかりの苛立ちだけが乗った声。
この一瞬のために燃やした情熱が、剣を振り始めて、終わるより速く、凍っていく。
融け落ちるカーテンの向こうで、雪姫もまた、迅雷に向けて右手を振り下ろしていた。
大きく広げた五本の指で虚空の幕を引き裂き異次元空間から引き摺り出すかのように、迅雷の頭に目掛けて巨大極まりない氷塊が形成されていく。
視線が合ったあの時点で、この瞬間のために雪姫は算段を立てていた。そう思わずにはいられぬほどに、雪姫の対応は迷いなく、そして速かった。
肉薄したつもりで、なお彼方だ。
技術、判断力。迅雷に足りないもの全てが雪姫には完璧な形で備わっていた。そして、それらを統率する精神の強固さでさえも。
完敗だ。
迅雷は為す術なく、人工的な氷河の崩落に呑み込まれた。
最後に、雪姫は氷漬けになって床と一体化した迅雷に向けて、唾でも吐くように呟きを残した。
「・・・・・・あたしの勝ちだね」