episode8 sect7 ”美人だけど性格悪いクラスメートの妹と急遽休日デートすることになった件について”
また迷ってた。
目が合ったら全力で駆け寄ってきた。
ポ○モントレーナーかよ。
「わあ、ちょうどいいところに!助けてください、迅雷くん!」
「ジョギング中なんスけど・・・」
誰が道に迷っていたのかって?夏姫に決まっている。しかも、この前会ったときと同じ公園のブランコで半ベソかいて、公園に遊びに来ていた年下の女の子に不思議そうな目で見られていた。
「夏姫ちゃん、地図はちゃんと見たの?」
「もちろんです。お姉ちゃんには地図の中にGENOまでのルートも描いてもらいました!」
「へぇ・・・」
「・・・なんですかその目は。あたしはちゃんと地図のルート通りに歩いたんですよ?」
「でも迷ったんだよね」
「・・・・・・」
「あ、それともここがGENO?」
「っ・・・、っ・・・!!」
言葉責めに遭って赤面し、ぷるぷる震える夏姫からGENOに行く用マップver.2を借りた迅雷は、その内容を確かめたが、雪姫が描いたというルートは極めて正確だ。夏姫の安全を慮って広い道路を示しつつも、ほぼ最短経路である。さすが雪姫、実に素晴らしい。・・・で、じゃあこの子は一体どこをどう辿ったのだ?不思議だ。
イジられても頼れる相手が迅雷しかいない夏姫は、迅雷のランニングウェアの裾を掴んで絶対に逃がさないつもりのようだ。
「お願い迅雷くん、見捨てないで・・・」
「あ~、も~しかたないな~」
迅雷の中の紳士が全身の穴から出血して尊死した。この上目遣いの破壊力はズルすぎる。ルックス・性格両面で評価して、こと”かわいい”という分野では迅雷の知る限り夏姫が最強かもしれない。
(おっ、おちっ、おちちおちつけ俺。ナオだ。ナオが最カワなんだ!!ナオが最カワ、ナオが最カワ、ナオが最カワ――――――ふぅ・・・)
迅雷は実妹の天使スマイルを想像して平常心を取り戻した。直華の笑顔は万病に効くのだ。(※ただし神代迅雷および神代疾風の場合に限る)
「もしもし?迅雷くん?目がイッちゃってますよ、大丈夫ですか?」
「夏姫たんがかわいすぎるからダメなんだぞ」
「か、かわ!?意味分からないんですけど!?」
「で、どうしようか?また家まで送れば良いのかな?」
「なに言ってるんですか、GENOまで連れてってください。なんならその後は家まで送ってください」
「それもうデートじゃん」
「デートじゃないです。保護者代行です。良いんですか?いま家まで連れ帰ったら、あたしまた迷子になりますよ?また1人で出掛けますからね!」
「なんの脅迫!?」
夏姫はなにがそんなに誇らしいのか、謎のドヤ顔だ。しかし、なんだろう、胸の奥から湧き上がり、頬の筋肉の支配権を奪うこの気持ちは・・・。くっそ厚かましいのに萌えるんだ。
ということで、迅雷は仕方なく喜んで夏姫の保護者代行としてGENOに行ってあげることにした。
「本当は俺だって午後から予定あったんだからね?特別だよ?」
「はいっ!ありがとうございます、迅雷くん♪」
あ、もう直華と同じレベルでいいや―――と迅雷は諦めた。このときめきに嘘はつけない。
「夏姫ちゃん、汗かいたから先に俺んち寄って着替えてからでも良い?」
「大丈夫ですよ。でも暑いならあたしが涼しくしてあげますけど」
「夏姫ちゃんも魔法出来るの?」
「お姉ちゃんほどではないですけどね」
そう言って、夏姫は『アイス』と唱えた。雪姫もよく使っている、氷の塊を作り出す小型魔法だ。小学生にしては手際が良いもので、保冷剤くらいのお手頃サイズの氷塊を瞬く間に作り出した夏姫は、それを迅雷にプレゼントしてくれた。迅雷はそれを持っていたタオルで包んでうなじの当たりに押し当てた。ひんやりして気持ち良い。
「こりゃいいや。ありがとう夏姫ちゃん」
「どういたしまして」
「氷魔法ってさぁ、やっぱ便利だよね?」
「便利ですよ。いつでもどこでも飲み物冷やせますし、形を整えたらいろんなもの作れますし。お姉ちゃんもたまに物を買うのケチって魔法で道具作ったりしますもん」
「へ、へぇ、そうなんだ。すげえ意外。実は俺の母さんも風の強い日に物干し竿が吹っ飛ばされたとき、しばらく結界魔法で代用してたことあってさあ。主婦力・・・って言うのかな?」
一旦は迅雷の家に向かいつつ、2人は話を続けた。
「そういえば迅雷くんはどんな魔法使えるんですか?やっぱり魔剣が得意なんですか?」
「まあね。他にも、普通の雷魔法なら大体使えるよ、こんな風に・・・」
言いながら、迅雷は右手で夏姫の髪に軽く触れて、すぐに手を離した。すると、夏姫の水色の髪が迅雷の掌につられてふわりと持ち上がる。
「おお、静電気!もわもわしますね!でもあんまり髪で遊ばないでください・・・」
「あ、ごめん」
迅雷は応急的に夏姫の髪型を整えてやった。千影で慣れているので、なんとかなった。
「他にも、スマホとかの充電も自分で出来るんだぜ。しかも急速充電」
「マジですか!?え、じゃあゲーム機も!?」
「バッテリーの規格さえ分かれば余裕だね」
「す、すごい!!良いなあ、あたしも雷魔法使えたら良いのに!!」
「フッフッフ。すごいでしょ。でもこの技術は生半可な練習じゃ出来るようにはなれないぞ。俺もマスターするのに3年はかかったし」
「迅雷くん、その技術はものすごく価値のあるものです!実質、携帯ゲーム機のバッテリーが無限になるようなものですよ、すごく画期的な魔法です!」
「お、おう。なんかすごい熱意だね・・・?」
GENOに行くのにだって必死だったから、夏姫は実は根っからのゲームっ子なのかもしれない。迅雷がそんなことを考えていると、迅雷のスマートフォンからけたたましいアラートが鳴った。
「ん、モンスターか」
「え、ど、どうしましょう!?」
「そんな慌てなくて良いよ。そら、夏姫ちゃんは避難避難。そこのおうちに入れてもらって」
「でも迅雷くん以外に人いないかもしれませんよ・・・?」
「なんとかするって」
夏姫を安心させるように笑って、迅雷は夏姫を近くの家の人に預けた。
ほどなくして空にいくつかの穴が空いて、そこからワラワラと異世界の動物たちが落ちてくる。中でも一際巨大な影がひとつ。赤黒くてブヨブヨした体に、10本の触手。見覚えがある。4月に繁華街の方で遭遇した大型危険種だ。一央市ではそれほど珍しい種ではないが、この周辺に出てくることは滅多になかったはずだ。この変化もアグナロスが暴れ回った影響だろうか。
「こりゃあ・・・夏姫ちゃんに良いとこ見せるチャンスってことかな・・・?」
相手は大型危険種プラス雑魚モンスター数体。油断ならない状況だ―――が、迅雷は必要以上に身構えることはしなかった。
「『召喚』」
右手に『雷神』を呼んで、抜き放つ勢いのまま飛びついてきた小型モンスターたちを一太刀で斬り捨てる。まず、最優先で倒すべきはあのブヨブヨだ。パワーがあるので放置して周辺の住宅に被害が出てはいけない。それから、触手をあっという間に再生するので削りながら戦うのも得策ではない。
ブヨブヨの触手が迅雷を狙い、唸りを上げる。対して迅雷は細く長く息を吐く。
無駄は省き、かつ、一撃で仕留める。
『雷神』の刀身に魔力を込めつつ、迅雷は触手の嵐を掻い潜ってブヨブヨの懐に飛び込む。
「『駆雷』!!」
初めて戦ったときとは、迅雷の実力も魔力量も段違いだ。迅雷が斬り上げるように放った『駆雷』は、爽快にブヨブヨの体を消し飛ばした。
しかし、迅雷は不満そうな顔で剣を下ろした。本当は、派手に消し飛ばすのではなくキチンと剣で斬ったように真っ二つにするつもりだった。それに、ブヨブヨの向こう側の路面にも浅く斬撃痕を残してしまった。雑魚相手にこれだったら危うく賠償請求されていたところだ。
「言うは易しだなぁ・・・。圧縮プロセスも洗練しないとだ」
ちょうど、迅雷がブヨブヨを処理し終えたあたりで近隣のライセンスを持つ住民が集まってきた。残った小型のモンスターの処理はあっという間に終わって、魔法士たちは互いに労い合いながら休日の我が家へと帰って行った。
夏姫も、匿ってもらっていた家から出て来た。
「お疲れ様です、迅雷くん。迅雷くんの剣技魔法ってやっぱりすごいんですね!」
「これでもランク2だしね」
「まあ、あたしのお姉ちゃんの方がもっともーっとすごいですけど。ランクも3だし」
「それはまぁ、そうだろうけど・・・」
なるほど、夏姫は雪姫を基準に人を測っているから迅雷と一緒にいても、モンスター出現で大慌てだったわけだ。雪姫と比べれば、それは市内のアマチュアライセンサー連中が頼りなく思えるのも頷ける。
「てかさ、前から思ってたんだけど、そもそも夏姫ちゃんのお姉ちゃんってなんであんな強いの?」
「よくぞ聞いてくれました!お姉ちゃんの実力のヒミツはもう涙なしに語れないので覚悟してくださいね!!」
「あ、長くなるなら後でも良い?そろそろ家に着くから」
「そんなあ!?」
3分ほど歩いて、迅雷は自宅に戻ってきた。
「着替える間だけど上がってって良いよ」
「いえ、大丈夫です。秒で着替えて戻って来てくれれば」
「えー、どんだけ急かすの。ゆっくり行こうよ」
「はいスタート!いーち、にー・・・」
子供の遊びに付き合うのもまた一興か。仕方なく迅雷は早着替えチャレンジのために一人で玄関をくぐった。
部屋に戻ると、千影がベッドでマンガ片手にゴロゴロしていた。
「あ、とっしーお帰り。起きたらいないから寂しかったんだよ」
「お前がねぼすけなんだよ。俺は起こしたぞ」
「とっしー、そんな慌てて着替えてどうしたの?」
「ちょっと野暮用。また迷子拾っちゃって」
説明もなあなあに済ませ、適当な格好に着替えた迅雷はすぐに靴を履き直した。
「あら、迅雷また出掛けるの?そろそろお昼準備するんだけど」
「あー、ごめん母さん。一応俺の分は置いといて!」
「いーけど、浮気?」
玄関を開けたら家の前で待っていた夏姫を見て、真名がそんなことを言った。
「ちげーよ!・・・じゃなくて、な、なにに対して浮気なんだよ」
「ハイハイ」
この頃、迅雷が千影と一緒にいるときに真名が向けてくる視線が妙に温かくて、ちょっと居心地が悪い。千影になにか心当たりがないか訊いてもはぐらかされたし、実に妙だ。ひょっとして千影とチューしたこととかバレているのではなかろうな。
※その通りです。
「このあと病院なんだからあんまり遅くならないよーにね」
「分かってる。じゃ、行ってきます」
○
「迅雷くん、病院ってなんですか?ケガしてるんですか?」
「まあちょっとね」
「なんか・・・すみません、無理言っちゃって。本当にいそがしかったんですね」
「信じてなかったんかい。別に夏姫ちゃんが気にすることでもないけどさ。それで、さっきの話の続きしようか」
雪姫の強さのヒミツの話だ。
「お姉ちゃんの強さのヒミツは、ズバリ!」
「ズバリ・・・?」
「努力です!!」
あまりにもザックリした答えに迅雷は大変ガッカリした。
なんか、商店街の福引きで4等が当たったときの気分と似ている。
でも、直後の夏姫の捕捉は納得出来るものだった。
「そういう反応しますけど、じゃあ迅雷くんは今までお姉ちゃんが努力してるところ見たことありますか?」
「ない・・・かも。こないだ夏姫ちゃんを送ったときにお礼を絞り出したとき以外では」
「一言余計な人ですね。まぁ、そういうことです。だからみんなお姉ちゃんのことを天才だの超新星だの好き放題言って羨ましがるんですよ。まるでお姉ちゃんが才能だけで強くなったみたいに。まぁお姉ちゃんが天才なのは事実ですけど」
「努力、ねぇ。確かにそうだ。いつも澄ましてるからあんまり気付かないけど、天田さんの戦い方って技術が半端ないんだよ」
アルエル・メトゥやギルバート・グリーン、ジャルダ・バオース。それからアモンズや、あとは岩破とか。実力確かな強豪たちと対峙したことのある迅雷には、少しずつ雪姫の”そういう一面”を感じられるようになってきた。
ただ天才なだけでは終わらない。恐らくは並々ならぬ努力に裏打ちされた揺るがぬ戦闘テクニックの数々。あれらは、迅雷が刃を交えてきた歴戦の猛者らに通ずるものがある。
「お、分かるんですか?やりますね!」
「それで、努力って言っても例えばどんなことしてるの?真似出来ることならあやかりたいんだけど」
「それはですねぇ・・・・・・実はあたしもよく分かんないです」
「そっかぁ、分かんないかー」
「ぶっちゃけあたしが物心ついたときにはもうお姉ちゃんっていまの迅雷くん並みに強かったですからね」
「それは盛ってる」
あくまで姉を崇拝する夏姫の主観なので真偽は不明である。
「ただひとつ言えるとしたら、やっぱりダンジョンじゃないですか?」
「ダンジョン?」
「お姉ちゃん、中学生の頃からギルドに通って、1人でダンジョンに潜りまくっていろんなモンスターと戦ってるんです」
「中学から!?利用規約的にダメじゃね!?」
「なんか、特例的に?って言ってました」
言われてみれば、迅雷にも身に覚えのある話のような。ギルドのルール、ガバガバすぎるのではなかろうか。
「お姉ちゃんはあんまりダンジョンでどういう訓練してるのか、あたしには話してくれないんですけど、よくケガして帰って来て・・・。あたしはそれがずっと心配なんですけどね」
「それは・・・あんまり良くないよな」
「あ、ごめんなさい。ヘンな話でした!確かに心配ですけど、それでもお姉ちゃんは絶対にあたしのところに帰って来てくれるし、頑張ってるお姉ちゃんのことは本気で尊敬してるし、応援してるんです!」
「うん、夏姫ちゃんのお姉ちゃん愛はすげー分かる」
「でっへへー♡」
―――要するに、経験値か。
迅雷は嘆息を隠せない。継続は力なり、とは言うが・・・自傷行為紛いの狂気的な努力だ。
「お姉ちゃんほどの天才が何年も人の100倍ハードな努力を続けてるんです。ちょっとマンティオ学園に入れたくらいの人たちに負けるはずがないんです」
「言ってくれんねぇ。俺だってそれなりには頑張ってきたんだぞ。天田さんほどじゃないのはもう認めるけど」
「あたしは迅雷くんは頑張ってきた人だと思ってますよ。お察しの通りお姉ちゃんほどじゃないですけど」
迅雷が夏姫にこき下ろされているうちに、目的地の青と黄色の看板が見えてきた。
「お、夏姫ちゃん夏姫ちゃん。GENOだぞ」
「わぁ!・・・ハッ」
夏姫は自分で自分の頬を引っぱたいた。ヒリヒリと赤くなったほっぺたをさする夏姫の目には大粒の涙が。その涙は、痛み故かはたまた感極まった故のものか。
「本当だ・・・本物だ!!夢にまで見た桃源郷が、いま、あたしの目の前に確かに存在しているッ・・・!!」
「そんな感動されたらなんか俺まで謎にジーンとしちゃうんだけど。もう、かわいいなぁ」
天竺に辿着した三蔵法師一行、アメリカ大陸の土を踏んだコロンブス、近所に移転してきたGENOの自動ドアを潜る天田夏姫。映画の一本は作れそうだ。
夏姫は入店するや否や、ゲームソフトの売り場へと駆け出した。もうお姉ちゃんトークをしていたことさえ忘れているのかもしれない。新作ソフトの数々が並べられた棚の前で目を輝かせ、大きなディスプレイのデモ映像に歓声を上げている。
「夏姫ちゃんやっぱりゲーム好きなの?」
「ええ!はい!!それはそれはもう!!!」
あ、これまた語り出すやつだ―――と迅雷がニッコリしかけたところで、しかし夏姫はその予想を裏切って隣の棚へ移動した。
「迅雷くん!スカブラ遊べるようになってますよ!ちょうど良いのであたしのゲーム愛の一端を見せてあげます!」
場外乱闘スカッとブラザーズ、通称”スカブラ”。言わずと知れた某有名ゲーム会社の格ゲー代表タイトルの最新作の試遊機だ。迅雷はハードを持っていないのでやったことはないが、前作ならかなりやり込んだものだ。迅雷はクツクツと不敵な笑みを浮かべ、2P用のコントローラを手に取った。
「ククク、往年の”†Thor†”の実力を見せてやろう。子供だからって手加減しないぜぇ」
「ほう、腕に覚えがあるようですね。良いですよ、受けて立ちます」
迅雷は前作から使い慣れているちっちゃい方の電気ネズミ、ペチュウを選んだ。自傷行動のあるクセ強めのキャラ選択に夏姫は感心したように口を丸くした。そう言う夏姫は、氷繋がりのつもりか、アイスブラザーズを選択した。
そして、バトル開始から10秒後。
「な、あ、ちょっ、待っ」
いきなりバーストされ、迅雷は唖然とした。
「い、いやいやどうせ偶然上手くいどああああ!?」
復帰後の無敵が切れた瞬間に畳み掛けられ、起き攻めのラッシュでまた10秒バースト。
以下略。
迅雷は技を5回しか出せなかった。ゲーム開始直後に1発と、あとは復帰後の無敵中に2回ずつ。
「待って。違うんだって。やるのひさしぶりだったの。今のでちょっと思い出した」
「良いですよ。何回でもかかってきてください」
得意気な顔で夏姫は再戦願いを受けた。
結果は、まあお察しだ。
夏姫は、強いなんてもんじゃない。残機を1機削るどころか、1発も当てられそうにない。ガードすら使わせられなかった。
それでも迅雷が醜く食い下がり続け、飛車角落ちレベルのハンデをもらいながら嬲り殺されていると、次第に迅雷の悲鳴を聞いた来店客たちが見物に集まり始めた。
「すげー、JSがスカブラで高校生ボコってるw」
「いやどういう状況しwww」
「つか普通に女の子うますぎん?動画撮っとこ」
「天才美少女ゲーマー降臨w・・・つかあれ地毛なん?2.5次元じゃん」
「そういややられてる方ってこないだ交流式典でスピーチしてたマンティオ生に似てね?」
「オイオイなんでそんな人がこんなとこで小学生とゲームして泣かされてんだよwさすがに人違いっしょwww」
ヒソヒソ、ザワザワと面白半分にカメラを向けられ始め、遂に迅雷が音を上げた。
「ちくしょう、ちくしょう・・・」
「もう降参ですか?ま、今日はこれくらいで勘弁してあげましょう♪」
「ああでも勝ち誇る夏姫ちゃんかわいいよ・・・」
「あの・・・そのちょくちょくかわいいかわいい言うのやめてくれませんか・・・?」
無理な相談はスルーして、迅雷はコントローラを元の場所に戻した。
「それで、夏姫ちゃんはなに買いに来たの?」
「え?いえ、なにも買いませんよ?GENOがどんなとこか見に来たかっただけです」
「そのためだけに市内を何日も彷徨い続けてたのか・・・面白いな」
迅雷が話をぶり返したら、夏姫に氷の塊をぶつけられた。
それはそれとして、この頃のゲームなんて、グラフィックが向上したからだか知らないが新品のメーカー希望小売価格がアホみたいに高くて稼ぎがあっても手が出しにくいくらいである。まして小学生のお小遣いではゲームソフトなんて中古でも買えたものではないだろう。迷わず来られたとしても、欲しいものを手に入れるのは難しい。
「うーむ。遊ぶだけ遊んで帰るのも忍びないなぁ。マンガでも借りてってみる?」
「あたしが返しに来れると思ってるんですか?」
「え、なんで俺さっき氷ぶつけられたん?」
コンビニでもないのだから、そう気を遣って小銭を落として帰る必要もないのだろうか。
夏姫も見たかったものは見られたようなので、そろそろ帰り時だろう。そう考えた迅雷だったが、店を出て道を曲がろうとしたところで、夏姫にまた服の裾を掴んで引き留められた。
「迅雷くん、おなか空きました」
行き交う自動車の音の中に紛れて、くぅ~、というかわいい音がした。
「かわいい」
「だからそれやめてくださいってば!」
「おうちでお昼ご飯ないの?」
「今日お姉ちゃんバイトでいないんです」
「あー・・・あー?え、それで?」
「せっかくなので一緒にランチでもいかがですか?」
「払うの俺じゃん」
つくづくあの雪姫の妹とは思えない人懐こい少女だ。しかし迅雷の既に毒された脳味噌では、この図々しさすら萌えに変換されてしまう。美形ってやっぱり最強にお得な天賦の才だ。
結局、夏姫の上目遣いに押し負けた迅雷は、ファミレスで奢れるほどの手持ちがないことを理由に、GENOの近くにあるボクドナルドで手打ちにしてもらうことにした。500円セットは正義である。
「・・・まぁ俺はさらに安価攻めするんだけど」
120円のチーズバーガー2個と、そして必殺奥義「あと水ください」の240円コンボ。そのトレイを前にした夏姫に、可哀想な人を見る目を向けられた。
「あの・・・あたしのポテト分けてあげますね」
「夏姫ちゃんがいつになく優しい」
2人でMサイズのポテトをシェアしながら、話はさきほどのGENOでの場面へと振り戻った。
「さっきのスカブラはマジで衝撃だったわ。なんも出来なかったもん。さては夏姫ちゃん、ただのゲーム好きじゃないな?」
「えっへへへ。もっとほめてくれても良いんですよ!」
天狗になった夏姫の鼻は今にも天を衝かんばかりだ。もっとおだてたい。
「ウチの居候もゲームメッチャ強いんだけど、多分それでも夏姫ちゃんの方が圧倒的に強かったなぁ。コツとかあるの、アレ?」
「そりゃありますよ。まずはキャラの行動全ての入力から出し切りまでの感覚をフレーム単位で把握するところからですかね。あと、一番注意すべきは画面上の映像と実際の判定の微妙なズレですよ」
「ストップTASさん。オジサンもう既についていけない」
「えー、まだステップ0ですよ?」
「誰向け講座よ。プロゲーマーのインタビュー記事見たってそんなこと言ってねぇって」
「ところで迅雷くんのイソーローさん?もゲーム上手って話ですけど」
「”居るで候”で居候ね。人の家に住まわせてもらってるってこと。名前じゃないよ。そいつ反応も操作も尋常じゃなく速いんだよ」
「ふぅん・・・。その人って普段はなんのゲームやってるんです?」
「『フェイトコネクト』ってゲームで、それは俺もときどきやってるんだけど―――」
「フェイコネ!!あたしもいま一番やってるやつ!!」
「へ、へぇ。ってことはやっぱすげぇ上手いの?」
「フフフ、よくぞ聞いてくれました。なにを隠そう国内PvPランキング第一位『サマプリ』とはあたしのことなのです!!」
「かっ・・・」
オープンワールド式のアドベンチャーゲームとしてリリース以来高い人気を保ち続けているフェイトコネクトには、その人気相応に有名なプレイヤーも数多くいる。開発元が公式に開催するイベントで活躍する上級者や、人気の実況配信者等々。
だが、数居る有名プレイヤーの中でも別格の扱いを受けるプレイヤーが1人存在する。
フェイコネにはプレイヤー同士で対戦する闘技場モード、所謂PvP機能がある。拘り抜いて育て上げたキャラ、厳選に厳選を重ねた装備品、磨き上げたプレイスキルで強さを競い合う闘技場モードの人気は非常に高く、日本サーバーでは半年に一度、有志による日本最強を決定する公認大会が開かれているほどだ。
そのプレイヤーは、一年半前、彗星の如く現れて混沌とした大会環境を吹き晴らすように頂点へと躍り出た。
対人戦績は三期連続、対戦形式問わず勝率100%。完全無欠の絶対強者。生ける無敗伝説。暴れ回った末には公認大会運営チームを大会史上初の殿堂入り措置に踏み切らせた驚異的―――否、狂的な強さを見せつけたそのプレイヤーこそ、『サマプリ』である・・・!!
その強さたるや、家で暇な時間はゲームに興じまくり、遂には迅雷では手も足も出ないほどに上達したあの千影ですら未だに一度も黒星をつけられずにいるほどだ。もはや迅雷には挑戦権すらないと言って良い。
そしていま、迅雷の目の前で雪のように白い肌にケチャップをつけたままふんぞり返っている女子小学生がその伝説的プレイヤーを自称した。
普通なら冗談も甚だしいところだと鼻で笑い飛ばすところだが、迅雷は既に体験している。この少女の恐るべきゲームセンスを・・・。
故に、出る言葉はひとつ。
「かわいい!!」
「なんでそうなるんですか!!」
とりあえず夏姫の口元を拭いてやって、迅雷は「ふむ」と一考する。
「なんで、ねぇ。なんで夏姫ちゃんがかわいいかについてだ。いや、俺が思うにだよ」
「なんか始まりましたね」
「夏姫ちゃんって素で割とポンコツじゃん」
「一発目から聞き捨てならないんですけど」
「でもゲームだけは超々一流・・・もはや零流と言えるわけだ」
「零流ってなんですか、ムダにカッチョイイけど意味不明ですよ。ムダにカッチョイイですけど」
「あと超シスコン」
「そこは認めましょう」
「要するにだ」
「ハイ」
「夏姫ちゃんはナチュラルに良いキャラしてる。自然体でこれは素晴らしい」
「それ褒めてんですか?」
「そしてなにより見た目がかわいい。故に夏姫ちゃんはかわいい。証明終了」
「ここまでの説明過程なんか意味あったんですか!?」
いい加減に可愛いと言われすぎた夏姫の目がぐるぐるし始めた。だが、迅雷の言い分はもっともだ。イジリ甲斐のあるポンコツ美少女は見ていてとても癒やされるのだ。まあまあ、ポテトでもお食べよ。はいあーん。
「むぐむぐ・・・。はー。まあ今日は道案内とご飯の借りがあるのでポンコツ呼ばわりしたことは許してあげます」
「チョロイン。かわいい。もっと餌付けして良い?」
「チーズバーガー凍らせますよ!」
迅雷は夏姫イジリを止められる自信がなかったので、夏姫が凶行に走る前に残ったバーガーを急いで食べきった。
「てかさぁ、夏姫ちゃん。さっきも言おうかと思ったんだけど」
「なんですか。かわいいはナシですよ」
「いや、そうじゃなくてマジメな話。俺もこれはこれで楽しいから全然良いんだけどさ、どうせ道に迷うの分かってんならわざわざ一人で出掛けないでさ、おうちの人について来てもらった方が良かったんじゃないの?」
「それはそうですけど、お姉ちゃん今日はバイトだって言ったじゃないですか」
「いやだから、お姉ちゃんいなくてもお父さんお母さんとか」
「・・・?お父さんもお母さんもいませんよ?」
episode8 sect7 ”シスター・コンプレックス”