episode8 sect6 ”吹雪の奥へ”
疾風は初特訓の日のあと、コンビネーションを改善する目的のダンスとは別に迅雷と千影、それぞれの個人スキルをアップさせるためにスパーリング相手を買って出てくれた。彼は練習だからといって変に手加減などしなくて良いなどと言っていたが、迅雷はまだ怪我の治りきらない父親に遠慮しないわけにもいかず魔力使用を抑えつつ挑んだ。いくら疾風とはいえ、片腕では迅雷の攻撃力を防ぎきれないだろうと思ったのだ。
・・・が、すぐに迅雷は疾風の言葉が自信過剰ではないことを思い知った。迅雷は魔力量が増えたり、幾度かの死闘を乗り越えたことで思い上がっていたのだ。結局、魔力全開・全速力で何十分と攻め込んでも小手先の技術だけであしらわれた。
千影も、まぁ似たような結果に終わったらしい。らしい、というのは疾風が単に迅雷が学校に行っている時間に千影の相手をしていたからだ。悔しくなって何時間も果敢に疾風に挑み続けた千影がグッタリとソファで死んでいたときは、迅雷もギョッとしたものだ。
と、まぁそんなこんなで迅雷と千影は、疾風からの個人課題も出題された。
ただ、世界最高峰の魔法士から直々に特訓を付けてもらえるなんて役得すぎて非常にありがたいものの、学校に通いながらともなれば大変だ。疾風にも頼んで、毎日ミッチリだけは勘弁してもらうことになった。疾風自身も少し焦っていたようだと自省していた。
「千影なんてまだこのザマなもんなぁ」
「あぶべぁぁあ・・・」
1日経ってもまだ疲れが取れない様子の千影は、迅雷が学校から帰ってきたら座敷の畳の上で干物になっていた。迅雷は千影のほっぺたをつつきながらたしなめた。
「女子力トレーニングはどうしたんだ」
「明日からまた頑張る」
「・・・。ちょっくら散歩がてらコンビニでおやつでも買ってこようかなって思うんだけど―――」
「じゃあボクぽてりこで」
(あ、一緒に行くって言わないんだ・・・さいですか。お疲れですもんねー)
「としくんとしくん。しのにもエクレア買ってきてー。お金あとで返すからー」
「あ、ハイよろこんで」
慈音はまだ仕事中の真名や自分の両親に代わって夕飯の準備をしてくれていた。エプロン姿の慈音を見ているとなんだかちょっぴり幸せな気分になる。迅雷もせめてパシられて飯の恩に報いなければ。
「ちくしょう。せめてナオが部活から帰って来てれば・・・」
もうじき部活の新人戦があるらしく、近頃の直華の帰宅時間は少し遅い。誰にも構ってもらえない迅雷は独り寂しく、トボトボと家を出た。
しかし、すぐに迅雷はこうも思い直した。
せっかくの1人きりの時間なのだから、それはそれで満喫しようじゃないか、と。夕焼けが綺麗だ。のんびり考え事をしながら、気の向くままに歩いてみても良いだろう。
「『駆雷』もほとんど感覚で撃てるようになってきたし、そろそろ新技でも考えてみようかな」
この前、同じクラスの佐々木果津穂に感心してもらったときに思ったことだが、オリジナル技を褒めてもらえると超嬉しい。他の誰にも使えない技というのは、それ自体が実戦でも大きなアドバンテージとして働くものだ。疾風が言っていたから間違いない。
「つっても、新技なんてそうポンと思いつくもんでもないしなぁ」
元はと言えば『駆雷』だってマンガに出てくる剣士キャラたちが必殺技として使う”飛ぶ斬撃”に憧れて真似したものだ。所詮、迅雷個人の想像力には限界がある。だが、それは大した問題ではないだろう。
大切なのは、身近な発見や驚きを自分のものに転換することだ。すなわち、興味や関心、インスピレーション、それから理解力。―――というのはいつか、魔法士向け雑誌「MAGIC」で読んだベテラン魔法士のインタビュー記事の内容だ。年に数度の魔剣名鑑特集を目当てに購入しただけだったが、せっかく買ったのだからと目を通していたら偶然その号に掲載されていた。
あんなこと良いな、出来たら良いな。今日こんなことがあったけど、自由にそれを起こせたら便利そうだ。きっとこうすれば再現出来るんじゃないか。オリジナリティは、こういうところから生じるものだ。全米を感動させる有名な映画監督も、新作を発表するたびメディア展開まで持っていく売れっ子漫画家も、決して自分の頭だけでみんながあっと驚くようなアイデアを生み出しているわけではない。彼らの本当に凄いところは、知識の引き出しの多さと、鋭くもユーモラスな洞察力である。彼らは銃だ。彼らにとってあらゆる偶然は弾丸だ。彼らは、自分の中にありったけ詰め込んだ偶然という名の弾丸で我々に大きな衝撃を与えてくる。
そして、それは魔法も同じだ。オリジナルの魔法は、感動に再現性を与えることで作り出せる。
そういう話だった。ここでいう感動とは全米が涙する方ではなく、シンプルに”感じたこと”の意味だ。
その線で、最近迅雷が体験した感動・・・それも戦いに応用出来そうなものといえば・・・。
「いえば、はぁ・・・。結局、父さんの課題通りなのかもしれないな」
迅雷が疾風に課された個人課題は、ズバリ”魔力使用の最適化”だ。これはある意味魔法士としての神代迅雷の、原点回帰だ。
この春までの迅雷は、魔力過剰症による莫大な魔力量を『抑制』という心臓に直接刻み込む特殊な魔法を使って徹底的に抑え込んでいた。その当時の魔力量たるや、小学生レベルである。魔力量は年齢と共に増加するものだが、一般的な基準で見ると、小学生の魔力量は成人の20~30%程度と言われている。成人の4倍以上の魔力量を解禁された現在とはえらい差だ。
それ故に、魔法士を目指し、マンティオ学園への入学を志望していた迅雷は、当時の僅かな魔力で、標準と同等かそれ以上の魔力量で自在に魔法を使えるライバルたちを凌駕しなくてはならなかった。
車通りも少ない道でぼーっと雲を見上げて歩きながら、迅雷は軽く右手を握ったり開いたりを繰り返し、親指と中指の間で放電を起こした。その電流を、直流から、1キロヘルツくらいまで周波数を変化させる。他にも、電圧や電流の大きさの制御は、こうして散歩しながらでもほとんど意識せずに出来る。スパークを起こす右手を空にかざし、飛んでいた羽虫に向けて指鉄砲を作る。
「『サンダーアロー』」
虫がこんがり焼ける程度の電力。相手に合わせた必要最低限の魔力消費で、求める結果を得る。
「これが俺の初心なんだよな」
魔力が潤沢に使えるようになって、忘れかけていた。魔力がなかった期間の方がずっと長かったはずなのに、不思議なものだ。
「今の魔力量に甘えてたら、これより先には進めないってことか」
そうと分かれば、やっぱり次に出来るようにする技は、アレで決まりだ。
新しい目標を設定して、迅雷がウキウキしながらそこまでの段取りを考えていたときだ。気分で、よくランニングでも通る小山の斜面の閑静な住宅地にある公園を通りかかった迅雷は、そこでふと足を止めた。
公園の中に、夕焼けの中で一際目を引く鮮やかな水色の髪の少女を見つけたからだ。
(雪姫ちゃ・・・天田さん?)
前に千影にキモいと言われたことを思い出し、迅雷は苗字で言い直した。心の中なのに。
それはそれとして、こんな時間に彼女はこんな場所で一人ベンチで膝を抱えて、なにをしているのだろうか。気になった迅雷は試しに少し近付いてみて、おや?と再び足を止めた。
(なんか小さくね?服装も子供っぽいし・・・いやでもあの髪色は・・・。それになんか見覚えあるような、ないような・・・・・・・・・あっ」
思い出した。そういえば前に何度かスーパーで雪姫とあったときに、ちょうどあれくらいの妹を連れていたはずだ。
だが、そうだとして、その妹ちゃんがたった一人で夕暮れの公園にいるのもそれはそれで妙だ。それに、彼女はベンチで膝を抱えていることから見ても、なにかで困っているのかもしれない。なにもないならそれでも構わないが、放ってはおけない。
「どうしたの!?大丈夫!?」
「わひゃあああああッ!?だ、なっ、なれですか!?!?!?」
なれってなんだ?あ、分かった。”誰”と”何”が混ざったのね。・・・と迅雷が難しい顔で考察していると、目の前で妹ちゃんが防犯ブザーを居合い抜ピンした。子育て真っ最中の百舌鳥の巣に拡声器でもくっつけたみたいにけたたましい音が鳴り響く。
だが、侮るなかれ。この半年間、ことあるごとに千影に振り回され周囲の目に肝を冷やしてきた迅雷は、なんの下心も抱いていない女子小学生に防犯ブザーを鳴らされたくらいで慌てたりはしないのだ!!
「――――――!!」
「ごめん!!ブザーうるさくて分かんない!!」
迅雷が両手を挙げて降参のポーズを取ると、妹ちゃんもブザーを止めてくれた。どうやら彼女も迅雷が不審者ではないことに気付いてくれたらしい。良かった良かった。・・・が、まだちょっと警戒されたままなのか、ジト目気味である。姉に似た造形ながらも、幼い分大変いじらしく、可愛らしい。将来が楽しみだ。・・・おっと、そうではなく。
「えっと・・・お姉ちゃんの学校のクラスの人・・・でしたよね?こないだテレビにも出てた」
「あ、憶えててくれたんだ。ありがとう。で、こんな時間に1人でどうしたの?」
「なんでそれわざわざ背後からいきなり大声で聞こうとしたんですか!?超ビックリして死ぬかと思ったんですけど!?」
迅雷は最初に妹ちゃんに声を掛けるとき、わざわざベンチの後ろまで回り込んで忍び寄り、急に話しかけたのだ。卑劣すぎる。
「ビックリするかなーと思って」
「だからしたって言ってんじゃないですか!!」
「そっかそっか、ごめんごめん。・・・えーと、俺は神代迅雷って言います。お名前聞いても?」
「・・・天田夏姫です。」
「そっか、夏姫ちゃんって言うんだ。お姉ちゃんとは対になってる感じで良い名前だね」
「あー・・・え、えへへ」
雪姫を引き合いに出すと、少し夏姫の表情が緩んだ。迅雷は改めてベンチの正面に回った。
「散歩してたらベンチでうずくまってる夏姫ちゃん見つけたから、もしかしてなにか困ってるのかなーって思ったんだけど」
「あう・・・」
どうやら困り事があるのは事実のようだ。
「良いよ、言ってごらん。俺に出来ることなら手伝ってあげるから」
「で、でも迅雷くんに迷惑掛けちゃいますし・・・」
「だいじょうぶ」
迅雷が目線を合わせて笑ってみせると、夏姫は少し恥ずかしそうにしつつ、手に持っていた紙を迅雷に見せてくれた。
「こ・・・ここに行きたかったんですけど、道に迷っちゃいまして・・・」
紙はパソコンで印刷したと思しき地図だった。目的地は赤丸で囲まれていたので、迅雷もぱっと見ですぐに分かった。
「ああ、この前移転したGENOね―――」
GENOとは、ゲームの中古品売買や映画・音楽等のレンタルをやっている大手メディアショップのことだ。二駅ほど離れた国道沿いにあった店舗が先日この地区に引っ越してきたのだ。ゲームショップなんて、子供なら確かに行ってみたいと思うものだろう。
「・・・・・・んん??」
そんな風に思いながら地図を眺めていた迅雷は、地図の中にもうひとつ黒い丸で囲まれた部分に気が付いた。勿体ぶらずに言ってしまえば、そこは夏姫の自宅だったのだが、問題はそこではなく。
「えっと、夏姫ちゃん?ひとつ良い?」
「どうぞ」
「ここ、夏姫ちゃんちから見てGENOと真逆じゃね?」
「え!?真逆なんですか!?」
「素で!?地図あんのにこんな迷い方すんの!?すごい!!ある意味すごすぎるよ夏姫ちゃん!!」
「そこまで言わなくて良くないですか!?」
さすがに大して話したこともない女の子をこれ以上イジるのも可哀想になったので、迅雷は夏姫の頭をポンと撫でてはぐらかし、地図を返してあげた。地図を受け取った夏姫はそれをきゅっと抱き込んで、小難しそうに唸りはじめた。てっきり怒らせてしまったかと思って謝ろうとした迅雷だったが、それより先に夏姫がベンチから立ち上がって再び迅雷に地図を押し付けてきた。
「迅雷くん、ひとつお願いがあるんです」
「お願い?良いよ、言ってごらん」
「あたしをGENOにつれてってください!」
「あ、まだ諦めてないのね」
これだけの根性があれば将来は大物になりそうだ。迅雷だったらまず家への帰り方を教えてもらおうとするところなのだが。
とはいえ、だ。迅雷は常識人なので、この夢に向かって一直線・・・いや、一曲線な少女の熱意に折れてやることも出来ない。
「ごめんねぇ、夏姫ちゃん。もう19時になっちゃうし、今日のところはおうちに帰ろ?GENOはまたお姉ちゃんにもっと詳しい地図を用意してもらってさ、ね?」
「ぐぬぬ・・・良いでしょう、分かりました。じゃあ家まで送ってくれますか?・・・実はここから帰る道も分かんなくて」
「良いよ。じゃあ行こうか」
○
迅雷は夏姫と一緒に日没の閑散とした道を歩きながら、スタート地点の公園からの道順を丁寧に示してあげた。英語の教科書のページじゃとても例文に収まりきらない細かすぎる道案内だ。
しばらくは真っ直ぐ進める道に入ったあたりで、夏姫が話し始めた。
「実は、あたし前から迅雷くんとはお話してみたかったんですよね。だから、今日は声かけてもらえたのはすっごい偶然かもです」
「そうなんだ。え、ひょっとしてモテ期?」
「いやそういう意味じゃなくてですね・・・。ていうか、実際に話してみてちょっとイメージ変わりましたよ」
「どういう風に思ってた?」
「少なくとも初対面の小学生をこんな全力でイジってくるような人だとは思ってなかったです」
「ごめんね、なんか、つい」
「謝る気ないですよね!?」
さすがに言えない。いつもつっけんどんな雪姫の代わりに、夏姫をイジっていろんな表情を見てみたかっただなんて、言えない。帰った夏姫の口から雪姫に漏れ伝わりでもしたら明日から学校でどんな顔して会えば良いのだ。
「・・・というか、今更だけど俺いま天田さんちに向かってんだな。なんかドキドキしてきた」
「お姉ちゃんのこと好きなんですか?」
「え、あ、いや・・・・・・あ、いやもちろん好きだけどね!?」
「ふぅん、好きなんですね~。まあ当然ですよね、美人だしなんでも出来るし~」
「う、うん。でもね夏姫ちゃん、その、好きっていってもそういう好きじゃなくて、フツーに。フツーに、ね?」
「フツーってなんですか?」
「だからその、恋愛的な意味じゃなく・・・って、夏姫ちゃん分かって言ってるな?」
迅雷がジト目を向けると、夏姫は舌を出した。ああもう、ちくしょう。可愛いから許すしかねぇ。GENOなんか行ってないでさっさとアイドルになったら良いのに。GENOに行けてすらないけど。
「知ってますよ。だって、迅雷くんが好きな子って、あのオドノイドの子なんですよね?あの子も可愛いですもんね。『幸せを勝ち取るためなら、俺は世界にだって立ち向かってやる』って。格好良かったです。あたしも一生に一度はそういうこと言われてみたいなあ・・・」
「待ってごめん、恥ずい。許して。てかなんで俺の台詞さらっと暗記してんの?ファンなの?好きなの?」
「別にフツーですけど、ファンですよ。すごい人だとは思ってます!」
意外にも素直な高評価だ。
だが、夏姫がそう感じていることにはちゃんと理由がある。夏姫は民連の交流式典中継を姉と一緒に見ていたから、迅雷が必死に自分に出来ることを尽くそうとする姿も生で見ていた。しかし、夏姫にとって迅雷にまつわる最も印象的な出来事は別にあった。
雪姫の口から、迅雷に関する話題が出たこと。
夏姫にはそのことがとても驚きで、同時に嬉しくもあった。決して穏やかな話ではなかったが、迅雷は何年も頑なに他者を拒絶してきた雪姫の心に働きかけるなにかを持っている―――の、かもしれないと思った。
多分、夏姫が突然そんなことを言い出したところで迅雷は身に覚えのない話に困惑するだろう。交流式典のときだって、そんなつもりでやっていたわけじゃないのだから。だから、直接言うほどの話では、きっとない。ただ迅雷に淡い期待をしていることさえ伝えられるなら。
「ところで迅雷くん。お姉ちゃんって学校ではどんな風に思われてるんですか?お姉ちゃんって全然自分の話してくれなくて」
「どんなって・・・うーん」
「あ、お姉ちゃんが一人になりたがってるのは知ってるから気にしなくて良いですよ」
「あ、そうなの。でも、周りの人がどうかは分かんないけど、俺は夏姫ちゃんのお姉ちゃんはすごい人だと―――そう、すごいって思ってんだな、俺は」
以前、ピンチのときになぜか疾風やギルバートと並んで雪姫のことを思い出した理由を迅雷は今になってあっさりと理解した。
迅雷は、実力確かなあの天才少女に、同じ魔法士を目指す学生として強烈な憧れを抱いていたのだ。尊敬とも言える。
魔法の技能の高さはもちろんだが、それだけじゃない。冷静で隙の無い立ち振る舞いや視野の広さ、その心の内に秘めた人々を守る立場としての覚悟は、本物だ。雪姫は、いまの迅雷に必要な素養を全て持っているように思えた。
「最近じゃ積極的に関わろうとする人もめっきり減っちゃったけど、みんな夏姫ちゃんのお姉ちゃんのすごいところは認めてると思う。ダンジョン演習のときなんて引っ張りだこだし。けど、夏姫ちゃんからしたら、そりゃ心配だよね」
「えへへ。でもお姉ちゃんがすごいってことが分かってもらえてるなら、それは良かったです!」
「夏姫ちゃんはお姉ちゃんが大好きなんだ?」
「ええ!はい!!それはもう!!!」
なんとなく発した言葉のはずが、夏姫が尋常ではない食いつきを見せた。急なテンションすぎて迅雷はギョッとしたが、語り出した夏姫はもはや気付く様子すらない。やる気スイッチ、キミのはどこにあるんだろう。なんちゃって。
それから家に着くまで夏姫は際限なく、姉の良いところを迅雷に語り続けた。あまりにも怒濤の勢い過ぎて、迅雷は序盤の方の話までしか聞き取れなかったが。
でも、姉の自慢をする夏姫の目はとても輝いていた。瞳や舌がハート型になっちゃっている。まるで好きなアイドルについて熱弁を振るうオタクそのものというか、あのクールな雪姫の妹とは思えないというか。いっそ姉に恋でもしているのだろうか。
しかし、話を聞くに、意外と雪姫は夏姫のことを甘やかしているみたいでもあって。迅雷が夏姫にちょっとシンパシーを感じるのは、自分も重度のシスコンだからだろう。知られざる美人姉妹の関係は素敵なものに思えた。雪姫にも、家に帰れば夏姫が居て、家族と過ごすあたたかい時間があったのだ。
「で、そのときお姉ちゃんが―――あ、そろそろウチに着きますね!」
「危ないから走っちゃダメだよ」
「はーい。ねぇ迅雷くん、今日はいろいろ本当にありがとうございました!たくさんお姉ちゃんの話できて楽しかったです!」
「あは・・・。俺、これまで夏姫ちゃんがこんなキャラ強めな子だとは思わなかったよ」
「どーいう意味ですか」
「一緒にいて面白いって意味。俺もお姉ちゃんトーク出来て楽しかったよ。前よりちょっと天田さんが身近な人になったような気がする」
「今度会ったらまたいっぱい教えてあげますね!!」
「ネタが無尽蔵すぎて笑う」
話も一区切りついたところで、迅雷と夏姫は地図に記された黒い丸の中に到着した。半径50メートル未満の円の内側ならさすがの夏姫も迷わない。住み慣れた自宅の屋根を見つけた夏姫はホッと肩の力を抜いた。迅雷も無事に迷子を送り届けることが出来てひと安心―――と思ったのも束の間。
「・・・・・・むっ!?」
天田家の前に佇み、遠目でも睨まれていると分かる程に冷え切った視線を飛ばしてくるもう一人の淡い水色の影。その視線に射貫かれた瞬間の迅雷と夏姫の反応は対照的だった。
「お姉ちゃん!」
花が咲いたような笑顔で駆け出す夏姫とは裏腹に、冷や汗ダラダラで10メートルほど離れた位置に氷像みたく固まる迅雷。でも、夏姫が呼ぶので恐る恐る普通に会話が出来る距離へ。
「で?なにしてたワケ?」
近付いてみたら第一声がコレだよ。向こうから話し掛けてもらえただけで快挙だって?バカ言え、これただ警戒されただけだよ、距離が縮まるどころか不審者扱いだよ。目も声もシベリアの吹雪より冷たく鋭いぞ。ドMだってママに泣きつくピリピリ度だ。
大体「なに」ってなんだ?普通に夏姫と一緒になにをしていたのか答えれば良いのだろうか?それとも自分の家の近くでウロウロしてなにをしていたのかと訊かれているのか?言葉が足りなさすぎる!変な回答したらどんな目に遭うか分からないのに!どう答えるのが正解なんだ!?やっぱまだ雪姫の存在は遠い!!
・・・などと頭の中で勝手にこんがらがって、勝手に半泣きになって、一言も発する前に迅雷は夏姫に救いを求める視線を送った。そして、それがかえって雪姫の目つきを険しくさせた。
「聞いてんの?」
「ひゃい!すみません!!」
「・・・・・・夏姫、コイツになんかされたの?」
「公園にいたら急に後ろから大声で話し掛けられた」
「・・・は?」
はい、ガチ低トーンの「は?」頂きました!
「待って、そうだけどそうじゃないんです!」
「否定すんなら根拠言えし」
「お姉ちゃんお姉ちゃん、ホントだよ!あたしが迷子になってたら、たまたま会っただけなの。むしろここまで送ってくれたんだよ?」
「・・・・・・・・・・・・」
また雪姫に見られて、迅雷は必死に頷いた。
すると、雪姫は苛立った様子で髪をいじって、それから。
「あー・・・・・・・・・・・・。アンタがキョドるから怪しいんじゃん・・・」
「ごめんなさい。怒ってるように見えたんで」
「あ?あたしのことなんだと思ってんの?」
「ちょっと~、お姉ちゃん、違うでしょ?」
夏姫に小突かれ、雪姫は露骨に嫌そうな顔をした。結局、あくまで視線はよそへやったまま、雪姫はボソッと一言を絞り出した。
「夏姫が迷惑掛けたね。・・・ごめん」
その一言を聞いたとき、迅雷は一瞬思考停止してしまった。
(・・・え?なにいまの?)
上手に言えた(?)姉を褒める夏姫と、元はと言えば夏姫が1人でフラフラ出歩いたせいだろうと不服をこぼす雪姫を眺めながら、迅雷の意識は一時的に宇宙の真理へと到達し―――再び雪姫と目が合ったことで地球へと帰ってきた。
「・・・なに?」
「天田さんにお礼言われるとかすっげぇアガるなぁって・・・」
お礼と言うにはぶっきらぼうだったが、それでもこの胸を満たす新鮮な衝撃と感動。むしろこの、不器用な子が照れ臭さとかもろもろを我慢して、精一杯普段のクールさを保とうと言葉を選びました感が超アツい。古典的な萌えだと言われればそれまでかもしれないが、もはやこれはひとつの王道だ、誰がなんと言
「チッ」
「調子こきました、ごめんなさい!もう帰るんで!」
口の端を下げた雪姫の色素の薄い唇の隙間から鋭い光を返す犬歯が覗いて、迅雷は慌てて両手を合わせた。次に怒らせたら土下座確定だ。そうなる前に迅雷は退散することにした。
最後に、迅雷は夏姫に預かっていた地図を返しつつ、屈んで視線の高さを合わせた。
「じゃあね、夏姫ちゃん。次は迷わないようにな」
「はい!ありがとうございました!」
こっちは素直で良い子だ。夏姫とは手を振り交わしつつ、迅雷はすっかり日も落ちてしまった夜道を揚々とした足取りで歩き出した。今更コンビニに行き直すのも面倒なので、おやつを楽しみにしていた千影と慈音の文句は甘んじて受けることとしよう。その分、今日の迅雷は善行を積んだのだ。夏姫も今日の失敗は反省していたことだし、きっと次はもう迷ったりしないだろう。
「・・・いや、やっぱ買って帰ろう。エプロンには報いないと男が廃る」
●
「わぁ、ちょうどいいところに!助けてください迅雷くん!」
「ジョギング中なんスけど・・・」
と思ったけど、また迷ってました。続く。