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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode8 『Andromedas' elegies』
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episode8 sect5 ”中学のダンスの授業ってけっこうドキドキしたよね”

 疾風との修行、1日目。迅雷と千影が連れてこられたのは、やはり凶暴なモンスターが蔓延る恐ろしいダンジョン―――ではなかった。


 「着いたぞ、ここがお前たちにとっての地獄の一丁目だ!」


 「地ご・・・」

 「・・・く?」


 神代家から自転車で約30分の距離に位置する地獄の一丁目は、利用料金が1時間あたり100円だった。疾風に強引に連れ込まれた伏魔殿の最奥に構える大広間からは、まだ小さな子供たちの「うわー」、「きゃー」という悲鳴が響いてくる。それも、2人や3人どころの話ではない。10人以上は間違いないだろう。一体どんな阿鼻叫喚が待っているというのか。

 そしていよいよ地獄の釜の中へ一歩踏み込んだ迅雷のこめかみを、洗礼の礫が撃ち抜いた。


 「いてっ」


 「あっ、ごめんなさーい!」


 「いいよいいよ、次からは気を付けてね」


 「はーい!」


 迅雷は足下に落ちた洗礼の礫、もといバドミントンのシャトルを拾って、遊んでいた子供たちに返してやった。


 「・・・いや、市民運動場じゃんここ」


 「否!市民運動場というのは仮の姿、ここは今まさにその恐ろしい真の姿を・・・」


 「まだそのノリ続けんの・・・?」


 「良いだろお!?こんな、超・久・々にプライベートで息子と遊びに来てんだよ!!ちったぁ父さんのウキウキを理解して付き合ってくれよ!お前だってこういうノリ好きだったじゃん!!」


 「今サラッと”遊びに来た”っつったな!?こちとら昨日からどんな試練を課されるのかと思って2人で眠れぬ夜を過ごしてたんですけど!?」


 「お熱いことで」


 「それほどでもぉ♡」


 モジつく千影。嗚呼、ツッコミ側の戦力が足りない。なるほど、確かにこれは地獄だ。


 「ま、迅雷がどんな特訓を想像していたのかはさておき・・・今日から2人にやってもらうのは、コレだ」


 そう言って、疾風はスマホの音楽プレーヤーを立ち上げた。流れてきた音楽に千影は首を傾げたが、迅雷には聞き覚えがあった。確か、中学校の体育の時間で聴いた曲だ。


 「えっと―――オクラホマ・ミキサー?」


 「正解だ。千影は知らんだろうけど、まぁザックリ言えばダンス用の曲だ。2人にはこの曲に合わせて踊りの練習をしてもらう」


 「はいはい!ボク知ってる!いや、曲は知らないけど!アレだよね、2人の呼吸を合わせる特訓!マンガで見た!やる!頑張る!でも、もうボクととっしーは息ピッタリかも!」


 千影が俄然やる気を出したが、千影の場合は単に迅雷とダンスがしてみたいだけだ。

 そして確かに、この特訓の目的は千影の想像通りではあった。しかし、彼女はまだ知らない。この特訓が、いかに困難であるのかを。


 疾風は振り付けを知らない千影のためにオクラホマ・ミキサーの動画を見せてやった。迅雷は中学校で習った通りにすれば良いので、千影さえ踊り方を憶えてしまえばさっそくチャレンジだ。


 「それじゃ、準備は良いな?観客もいるからステキなダンスを頼むぞ」


 「一言余計なんスけど・・・」


 観客とは、後ろでバドミントンをやっている子供たちのことだろうか。見られていると思うと迅雷は少し恥ずかしくなってきた。いや、子供たちがそんな必死に自分らを見ているなどと本気で信じているわけではないが。

 さて、特訓の内容自体は簡単だと思っていたが、踊る前から意外な難点がひとつあった。身長差が結構あって、互いに少し姿勢がしんどいのだ。中学の授業でも基本的に、迅雷より相手の女子の方が身長が低かったが、当然千影ほどではない。ましてあの頃から迅雷自身の身長も伸びている。

 もっとも、これくらいの難点など大した問題にはならない。迅雷は千影の後ろに立って彼女の右手を取った。用意が済んで、疾風が音楽を再生する。


 「いくぞ、千影」


 「うん!」


 イントロが終わるあたりで、ステップを踏み始める。オクラホマ・ミキサーなんて、そんなに速いテンポの曲ではない。照れ臭いのを除けば、踊るのは簡単だった。

 踊るのは2人だけなので、踊るのは最初に相手を交換するところまでだ。落ち着いて振り付けを思い出しながら、一通り踊りきって、最後にペコリと互いに一礼を交わした。


 「OK、ブラボー。良いダンスだったぞ」


 「ふっふーん♪どう、はやチン?ボクととっしーは息ピッタリでしょ!」


 「父さん、こんなので良いのか?」


 迅雷が怪訝な顔をすると、疾風はニッコリしたまま拍手を止めた。


 「んなわきゃねーだろ。千影、これは幼稚園のお遊戯会じゃないんだからな?この程度でドヤってたら死ぬぞ」


 「死!?」


 脅された千影のアホ毛が、ショックを受けたからかしてドクロマークみたいな形になった。・・・いや、どうなってるんだコレ。


 「良いか2人とも。今のはまだ振り付けを確認する段階の一部に過ぎない。実際に踊れるようになってもらうのは、こっちの方だぞ」


 そう言って、疾風は別の音楽ファイルを再生した。・・・が、正直一瞬過ぎて、なんの曲だか迅雷にはサッパリ分からなかった。音も変だったので、ファイルが壊れていたのかと思ったのだが、千影の反応は違うものだった。


 「もしかして同じ曲?」


 「え!?今のが!?」


 「やっぱり千影は聞き取れるのか。さすがにスゲーな、どうなってんだお前の耳」


 いま疾風が流したのは、千影の言う通りオクラホマ・ミキサーである。ただし、その再生速度は通常の10倍である。試しにY○uTubeでオクラホマ・ミキサーの動画を検索して、2倍速再生してみると良い。この時点でなら音は聞き取れるだろうが、それなりの人数が踊れと言われたら体がついてこなさそうに感じるだろう。その、さらに5倍速だ。

 ちなみに、これを用意した疾風自身、オクラホマ・ミキサーだと分かっていてもそうは聞こえなかった。でも、息子にはこれを踊れと言う。なんつー無茶苦茶な。


 「よーし、じゃあ構えろ。ビシッと踊れよー」


 「え、え、えっ」


 「とっしー、手!」


 「あ、ハイ」


 なんかもう言われるがままに迅雷はスタンバイしたが、疾風が10倍速オクラホマ・ミキサーを再生した1秒後には床に倒れ込んでいた。


 「いででだだだだだだだァーーーッ!?」

 「ぎゃーッ!?ごめんとっしー!?」

 

 なぜか迅雷を刑事ドラマの犯人確保シーンみたいに押し倒す格好となっていた千影が慌てて迅雷から離れた。迅雷はプルプルと震えながらそっと腕を元の位置に戻し、体育館の床の上で寝返りを打った。


 「か、肩がっ、はず、外れるところだった・・・!!」


 「はっはっは。ま、そうなるよな!」


 「笑えねぇから!!クッソ痛ぇから!!父さんもやれば分かるから!!ムリだから!!」

 

 「やだ。やらん。絶対」


 折れた腕をひけらかして、疾風は迅雷の泣き言を一蹴した。


 「千影はちゃんと踊れそうだったか?」


 「すぐああなっちゃったから分かんないけど、曲はちゃんと聞こえてるから多分いけるかな」


 状況を整理すると、こうだ。


 10倍速オクラホマ・ミキサーを、迅雷は曲として認識することすら出来ない。そのため、踊ることも当然不可能。

 一方、千影は持ち前の高速移動能力の応用で、10倍速程度なら無理なく聞き取れるし、踊ることにも支障はない。

 その食い違いの結果、踊れる千影が、どう動いたら良いのかすら分からない迅雷を置き去りにして、思った通りのダンスをすることになる。そうすると、千影と手を繋いでいた迅雷は腕を捻られ、ステップが合わずに足を掛けられ、転ばされることになる。・・・それでさっきみたいなポーズになるのかと言われるとちょっと自信ないんですけどね。


 「迅雷、お前いま、こんなの無理だと言ったな?」


 「そもそも曲が分からないから踊りようもないじゃないか」


 「でも千影は踊れるって言ってるぞ。例えば曲ではなく千影に合わせてみたらどうだ?」


 「な、なるほど」


 疾風のアドバイスを受けて、迅雷は再挑戦してみた。ダメだった。今度はさっきと逆に迅雷が千影を押し倒して顔面から胸にダイブする結果に。


 「やん、とっしーったらダ・イ・タ・ン♡」


 「硬い。胸骨か・・・はぁ」


 「なぁッ!?ボクだってちょっとくらいは大きくなってきてますけ・・・いや待って。とっしーってこうは言うけど、どっちかというと小さい方が断然好き説」


 ツンデレとしくんの扱いを心得てきた千影はそっと迅雷の頭を抱いてよしよし。見回りに来た管理のおじさんに通報される前に迅雷は跳ね起きた。


 「千影のスピードに合わせるのも、これはこれで無茶な気がする・・・」


 「そうだろうな。父さんだってスピード勝負だけで言えば天地がひっくり返っても千影には勝てないだろうし。だから、少しは踊りをアレンジしても良いこととする。迅雷、千影。お前たちには俺が仕事に復帰するまでの間に、この10倍速オクラホマ・ミキサーをバッチリ踊れるようになってもらう」


 疾風の声は、もう遊んではいない。一見ふざけて見えるこの難題は、父親であるのと同時に、魔法士たちの頂点を極めた者としての確信めいた出題である。そのことは迅雷と千影にも伝わってきた。


 「今日はいきなり10倍速をやらせたが、当然俺だって初めっからそれでやれと言うつもりはない。2倍、3倍と段階を踏んで挑戦してみると良い。必要なアドバイスは惜しまない。10倍を最初にやってもらったのは、目標がどういう次元なのかを知ってもらうためだ」


 「・・・分かった。俺たち、やってみせるよ」

 「ボクたち、やってみせるよ」


 「―――ああ。それで良い。”たち”だ。それを忘れるなよ。俺は、お前”たち”がこれから起こるどんな困難であっても乗り越えられるようになって欲しいと本気で思ってる。2人揃えば無敵だって言えるようになれ。2人の力で俺を超えていけ」


 その日、市民運動場の体育館には、日が暮れる頃まで倍速のオクラホマ・ミキサーを試行錯誤し続ける迅雷と千影の姿があった。



          ○


 episode8 sect5.5 ”閑話:埋め合わせ”


          ○



 普段からよく体を動かしているつもりでも、使わない箇所の筋肉を使うと筋肉痛にはなるようで、今日の迅雷の動きは若干ぎこちない。


 「お兄ちゃん、ビミョーにロボットみたくなってるけど大丈夫?」


 「大丈夫。でもダンスでこんなことになるとは・・・」


 「オクラホマ・ミキサー?だっけ?」


 「ナオもきっと来年の体育でやるだろうけど、授業が終わったらちゃんと手を洗えよ」


 「え、なんで?」


 「そりゃナオが可愛すぎるから、クラスの男どもが絶対手に唾つけてナオにマーキングしようとか気持ち悪いことを企むからに決まってるだろ」


 「さも当然のようにそういうこと思いつくとしくんの方がマズくないかな・・・?」

 

 話を聞いていた慈音にツッコまれた。なんかキツい。だがしかし。


 「残念だけど実話に基づく忠告だからな。つか、しーちゃんも被害者だぞ」


 「えええっ!?ど、どういうことかな!?も、ももももしかしてとしくんあのときそんなこと・・・!?」


 「俺はしてない!ただ、一中の男子生徒の間にはダンスの授業で好きな子と踊る前に手に唾つけとくと付き合えるっていう謎の風習があるんだよ」


 「ひええ・・・しの今からでも手洗ってこようかな」


 恋のおまじないというと男子よりむしろ女子の間で流行りそうな響きだが、恐ろしくロマンチックさに欠ける手段なあたりが、女子の間で流行らない理由に違いない。

 実はむしろ、迅雷は当時、さりげなく授業終わりに慈音を手洗いに誘っていたくらいである。慈音は憶えていないようだが、それで良いだろう。

 3人がリビングで談笑していると、2階から千影が降りてきた。


 「とっしー!お待たせ!」


 「着替えに時間かけすぎだろ」


 「せっかくのデートだもん!!」


 と、いうことで。


 この日は、迅雷が誕生日を祝いそびれた千影にデートで埋め合わせをする約束をしていた日である。

 気合いが入っていることもあり、千影の服装もいつもとは少し違うようで・・・。


 「あれ?スカート?」


 「えへへ、どうかな。前にとっしーがボクはスカートはかない的なこと言ってたから、はいてみたの」


 「そんなこと言ったっけ?言いそうだけど」


 「で、どう?どーう?」


 「ま、まぁいんじゃない?ただ絶対その格好でいつもみたいに跳んだり走ったりすんなよ?」


 「分かってるよ~。もうホントとっしーったら、素直に『世界一可愛いぜ、さすが俺の千影だ』って言ってくれれば分かりやすいのに」


 「それは素直を通り越した別のなにかです」


 とか言いつつ内心じゃ割とそれくらい萌えていて、悶えそうなのを必死に我慢する迅雷なのであった。なんて難儀な子・・・。

 迅雷も迅雷で、服そのものは普段通りなのだが、地味にばっちりアイロンを当てて備えていた。同居しているので全部バレバレなのだが、そこはもう割り切っていた。


 「じゃ、行くか」


 「うん!」


 そんな2人を見送る慈音と直華の複雑そうな表情ときたら。このまま素直に負けヒロインに成り下がるつもりのない慈音も、兄妹の一線に思い悩む直華も、本当に難儀なものだ。


          ○

 

 デートとなって、迅雷が千影を誘ったのは郊外の大型ショッピングモールだった。千影が求めてきたのは一日デート権のみだったが、迅雷としてはやはりなにか彼女へのプレゼントを用意してやりたい気持ちが残っていたので、買い物出来る場所を選んだのだ。


 「ここならいろんな店あるからプレゼント選び放題だろ」


 「え、ボクはナオみたいに下着で良いんだけど」


 「『ゲゲイ・ゼラ』とまた戦うよりキツい」


 「ボクが選ぶから」


 あなたが髪の色とか目の色とかどう見ても兄妹に見えない男子高校生と女子小学生が仲睦まじく女児下着コーナーで買い物をしているところを見てしまったとする。通報はしないにしてもだいぶ冷ややかな目で見てしまうこと請け合いだ。


 「ま、時間はたっぷりあるからじっくり見て回ろうぜ」


 2人はしっかりと手を繋いで、週末で賑わうショッピングモールを散策し始めた。


 そういえば千影はあまり普段使いするバッグを持っていないので、鞄の店を見て回ったり。

 千影に手を引かれてシーズン終わりかけの水着の店に連れ込まれ、冗談でしか聞いたことのない紐水着を発見したり。

 魔法士としての戦闘スタイルの関係で靴底がすぐ磨り減ってしまうことに悩んでいた千影に新しい靴を見繕ってやったり。


 「サンダルかぁ」


 「こういう出掛けるとき用に、どう?ちょっと試しに履いてみろよ」


 どうしても千影の足だと、良いデザインでサイズの合う商品が限られるが、そんな中では洒落た感じのものがあって良かった。やはり、大きい店に来れば品数も多くて助かる。

 迅雷に勧められるままヒールサンダルを履いてみた千影は、試しに歩いてみようとして、バランスがいつもと違うことに慌てた。


 「わ、た、たっ。あ、歩きにくい・・・」


 「ブふっ。どんだけ慣れてないんだよ」


 「笑うことないじゃん!誰だって最初は分かんないとこからスタートなんだからね!」


 「ごめんて」


 迅雷は、履き替え用の椅子から立って歩き心地を確かめたきり椅子まで戻ってこられるか怪しい千影を支えてやって、座らせた。


 「まぁ、仕方ないな。やめとく?」


 「・・・・・・ううん。確かに歩きにくかったけど、練習する。とっしーが選んでくれたんだもん。ボクはこれが欲しい」


 「そ・・・そっか。ふーん・・・そっか。じゃあ、買いにいくか」


 口の両端がニヤニヤと痙攣するのを堪えてレジに向かう迅雷の後に、千影はクスッと笑ってついて行った。


 サンダルの会計を済ませると、千影が今度は映画を見たいと言うので、2人はその足で映画館へ。と言っても、映画館はショッピングモール内に併設されているので、すぐだ。


 「で、千影は見たいのあんの?」


 「えっとねぇ・・・お。とっしー、実写版の―――」

 

 「やめておけ」


 「言ったみただけなのに。こんなのお金払ってまで見る気ないって」


 憐れ、制作陣。千影はこうしてゲテモノを見つけてきては冷やかしてほったらかす癖があるのだったか。

 千影はあまりラブロマンス系の映画に興味がなかったので、結局、いま一番人気のコメディ作品を見ることに決めた。コマーシャルも印象的だったので、まず間違いなしだ。


 「うへぇ、席もう全然空いてねーな」


 「うーん・・・あっ。お昼過ぎのならまだいけそう!」


 「ホントだ。じゃあここで良い?」


 「うん!」


 時間をずらしても良い席は取れなかったが、2人で並んで座れるだけで十分だ。

 チケットを買って、待つ間に昼食を摂ることにした。『DiS』の活動で定期的にクエストをこなしている迅雷は小遣いに多少の余裕があるので、2人は普段ならフードコートのジャンクフードで済ませるところを、レストラン街の方へ足を運んでみた。


 「豚カツ!」


 「・・・良いけど、良いの?」


 「え、なんで?」


 ファミレス街道のど真ん中で言うことでもないが、なんかこう、デートって言ったらもう少し茶色くない・・・カラフルな感じのお店じゃないのか?まぁ、ただの迅雷が持っているイメージに過ぎないのだが。

 お昼はサクサクでガッツリと済ませ、満足した迅雷と千影は、まだしばらく後の上映時間まで暇を潰すためにゲーセンへ。迅雷も知らない間に繁華街のゲーセンでテクニックを磨いていたらしい千影が、クレーンゲームで大きな景品を取ってしまった。


 「どーすんのこんなデカいぬいぐるみ」


 「正直ボクこれいらないかも」


 「なぜ取ったし」


 「いや~、とっしーに良いところ見せたくて?」


 確かに取り出し口からぬいぐるみの頭が飛び出した瞬間は迅雷もビックリして大喜びしてしまったけれども。こんな、幼稚園児くらいの大きさの物を映画館に持ち込むわけにもいかず、2人が右往左往していると、擦れ違ったぬいぐるみと同じくらいの女の子が、物欲しそうな目を向けてきた。


 「とっしー、あの子にあげても良いかな?」


 「良いんじゃない?千影が取ったんだから、千影が良いと思うようにしなよ」


 大喜びの女の子とその親御さんに手を振って、2人はゲームセンターを後にした。もうじきシアターの入場開始時間だ。

 

 同じシアターの客の列に並んでいる最中、千影が不意に打ち明けた。


 「とっしー、実はね。ボク、映画館で映画見るの初めてなの」


 「え、そうだったの?それならもっとちゃんと見るやつ選んでおけば良かったな・・・」


 「別にそんな意味じゃないよ」


 「あー、そう?まぁそれもそうか。また来れば良いだけだもんな」



          ○



 映画が終わって、迅雷と千影は休憩がてらカフェに寄っていた。相変わらず千影のコーヒーは牛乳に砂糖を溶かした液体の色をしていて体に悪そうだ。オドノイドじゃなかったら糖尿病になること間違いない。


 「なんかドーンって音が全然違っててスゴかったね!!」


 「そうだな、登場シーンいきなり背後から爆音でビクったわ」


 「確かに。隣でビクってしてたよね!」


 初めて映画本来の大迫力を体験した千影は興奮冷めやらぬ様子だ。迅雷は、自分の小さい頃は映画を見た後しばらくこうだったけかな、と微笑ましくなった。もちろん、今日の映画も面白かった。大好評のコメディということもあって、上映中なのにシアターには終始観客たちの笑い声が絶えなかったくらいだ。上映終了と同時によじれた腹筋をほぐしてもらうために整体にダッシュするオジサンもいた。


 「迫力で言えば、でもやっぱアクション系だな。次はそういうのにしようぜ」


 「それだったらボク気になってるのあるよ」


 まだ製作開始が報告されたばかりの映画について随分と気の早い話をして、気付けば時刻の午後6時を過ぎていた。


 「千影、そろそろ帰ろうか」


 「もうこんな時間かあ・・・。ね、とっしー。またどっか行こうね!」


 「ああ、もちろん」


 行きは電車だったが、千影が帰りはバスが良いと言うので、そうすることにした。きっと少しでもゆっくり帰りたかったのだろうけれど―――それでスヤスヤと寝息を立てていては世話ない。今日は朝からずっとはしゃぎっぱなしだったから、疲れ切ってしまったのだろう。


 「ったく。誰が起こすと思ってんだ」


 肩にもたれかかった千影の頬をつついて小さく笑い、迅雷は自分まで寝落ちしないように反対側の肩だけで小さく伸びをした。


 みなさんは実写化映画の成功作ってなんだと思いますか?作者的には、「デスノート」とか、最近だと「るろ剣」とかなんでしょうかね。実写がどうのって意見は毎年絶えませんが、面白い作品はやっぱり面白いもんです。

 個人的な意見ですが、世界観がファンタジーだったりSFだったりすると肝心な場面で背景から人間が浮いてしまいがちで、成功させるのが一気に難しくなるイメージがあります。ぶっ飛んだCG技術がないと、どうにもこうにも。あとは、原作のキャラデザがデフォルメチックでメインキャラクターが10代の少年少女の作品というのも、成人した俳優たちが演じるとギャップが生まれがちなのかな、とか。マンガ原作の作品でも見に来る客層の平均年齢が上がっていることも、求められる演出の変化を引き起こしているのかもしれませんね。以上、超余談でした。

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