Connection ; ep.2 to ep.3
今回で本当にepisode2も終了です!次回は金曜日、引き続き絆編episode3をよろしくお願いします!
5月2日、午前0時頃。時刻だけに閑散とした夜の闇は無性に心の波を際立たせてきて、焦れる必要もないのに、なにかと喉の奥が焼けるように心がはやる。
マンティオ学園の教頭である三田園松吉は、今回の学生合宿の顧問として生徒たちと共に行動していた真波と由良、そしてインストラクターとして最も近くから新しくライセンスを取得した生徒たちを見てきた萌生や煌熾らから合宿の報告を受け取った。
なかなか上々の成果であったし、さらに言えば、一部の生徒に関してはさすがというかやはりというか、松吉の想像以上に成果を出してくれていたようだった。
10分くらい前に報告を聞き終えて、途中で思わぬ客人が割り込んできたところで、彼はタブレット端末の画面の端のデジタル時計の数字を見て話を切り上げることにした。
それから一度は切ったビデオ通話の回線を、今度はまた起動した。この電話の相手は真波らではない。もう合宿中の教員や生徒との話は済んでいるし、今から必要な情報は大体受け取ることが出来た。
「実に良い傾向だったんじゃないかなぁ、うん。まぁ、最後のアレは都合が悪くなって逃げたんじゃないかと思われていることだろうねぇ」
確か割り込んで怒鳴り散らしていた男子生徒は阿本真牙、だったと記憶している。例にも漏れず彼も優秀な生徒だが、なるほど、友人関係についても正義感の強い少年のようだった。
澄まし顔をしていた松吉ではあったが、内心焦りがあったのは事実だった。よもや本人に聞かれて、しかも本人ではなくその友人に怒鳴られるとは、それなりに濃いキャリアを生きてきたのに、なかなかなにが起こるか分からない世の中である。
疲れた気持ちを、窓の外の既に真っ暗な庭に目を向けてほぐす。松吉が手間暇掛けて作ってきた、小さいけれど自慢の日本庭園だ。植木を育てるために良かれと、そしてあえて悪かれといろいろやってきたし、砂利も池の鯉もなんだってそうやってこの日まで持ってきた。
「やってることはなにも変わらないようで、やっぱり違うものだねぇ。いやはや、済まなかったねぇ、神代君。別に悪気はなかったんだよ?これは本当だ。それに、君のお父さんがお父さんなものだからね。私はむしろ、今年の新入生の中では君に一番期待しているくらいなんだよ?」
ついつい、ちょっとした罪悪感に押されて誰にともなく呟きを漏らしてしまう松吉だった。
かといって、あのタイミングで謝罪をせずに通話を切ったのは正解だったと自負していた。ああやって自分がベタな悪役を買って出ておいたことで、多少なりは、あまりに消極的な方法ではあるが、彼らのモチベーション向上に発破をかけることが出来たのではないだろうか。
物事というのは、ときに本心をありのままに伝えない方が結果が良くなるようなときもある。これに関しては、彼は人一倍自信を持って言い張れる。
思いに耽る松吉は、ビデオ通話の回線が繋がって画面に相手の顔が映し出されたところで現実に帰ってきた。
画面に現れたのは、清田宗次朗、マンティオ学園の学園長だ。
「こんばんは、学園長。私です」
『あぁ。そろそろかと思っていたよ。実はとりあえず電話がかかってくる前にある程度仕事を片付けてしまおうと思って、いろいろやっていたんだがね、(中略)・・・というわけで、いろいろ大変だったんだよ。それで、どんな感じだったんだい、合宿の報告は?私もそろそろ眠いから手短に頼むよ。これでも就寝時間と起床時間には気を遣っているものでね』
現在時刻は午前1時半。手短に頼みたいのなら、まず自分が手短に話してみたらどうなんだ・・・とは言えない。主に上下関係の問題で。
理解できないほど長かった宗次朗の話の切り出しにゲッソリやつれた松吉は、あちらには溜息に見えないように細心の注意を払って溜息をつく。
「ハァ・・・。では、報告します」
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『ふむ、なるほど。そうか、私も良い傾向だと思うよ。いやぁ、それにしてもやっぱり(中略)。まさか「アリルプロピルジスルフェイド」が出るとはね。いよいよあちらさんも焦ってきたのかもしれんな』
画面越しに顎髭を弄る宗次朗は、どこか楽しげだ。あのデカブツの話のどこがそんなに愉快だったのかは、松吉には分かりかねた。『タマネギ』もどきと言えば昔松吉も遭遇したことがあったが、今思い出しても吐き気しかしない生き物だった。
そんな過去の回想は良いとして、松吉が分からないということは今の宗次朗の話は学校関連の話ではないということだろう。なにせ彼は、学園長より学校を切り盛りしている教頭なのだから。
「・・・となると、IAMO関連の話ですかねぇ・・・」
『まぁ、そんなところか』
「ところで、学園長」
一の時点から既に分からない話をしても仕方がない。松吉は咳払いを1つしてから、姿勢を正して話題を切り替えた。
別にあちらに松吉の全身が見えているわけではないにも関わらず姿勢を正したのは、彼の気分が彼にそうさせたからに他ならない。それだけこの話題は松吉にとっては重要だった。
「例の計画・・・本当に始めてしまうのですか?」
『例の?あっちとこっち、どっちかな?』
字面だけなら松吉をからかうような台詞だが、スピーカーを通して届く宗次朗の声は、ともすれば松吉よりもさらに真剣にすら聞こえた。
「えぇ、恐らくあなたの言う『あっち』の方かと。・・・私は、やはりそこまでの不平等には賛同しかねますね。あまりにバランスというものを度外視しています。考え直してはいただけないでしょうか?」
『・・・・・・すまないな。私だって心が痛まないわけではないのだが・・・これも『上』からの指令だからな。私の一存ではどうしようもないのだ。時代が悪かった。マンティオ学園がマンティオ学園である限りは、きっと逃れられない』
あるいは―――――いや、それを願うのはずるい話だ。宗次朗は、世間に一般とされる正義というものを疑うのだった。正しいはずの正しさは、常にエゴなのだと実感させられる。
苦しい選択を迫られる時代になってしまった。規模を広げれば下っ端に過ぎない宗次朗にはその全容は見えないけれど、それもこれも、例のあの男がまたなにか企んだからなのだろう。
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「ごめんなさい、カシラ。ちょっと面白い男の子を見つけちゃって。素直で疑うことを知らないくらい優しくて、強くて弱くて、恵まれているのに愚かな、不幸な男の子にね、カシラ」
「なんだそりゃ。散々な言われようじゃねぇか、その坊主」
部屋に入ってきた深青色の髪の少女とゴツくてにこやかな大男を仲の良い友人のように出迎えたのは、浴衣すらラフに着こなした理知的な雰囲気の男、研だった。
「それと、こっちもすまねぇな。ウチの連れが酔いつぶれて寝ちまってらぁ」
研が指差した布団では、紺が気持ちよさそうに腹を出していびきをかいていた。待ちぼうけを食うより早くから酒を飲んだくれて、案の定である。
「親父に用心棒として持ってけって言われたんだけどな。か弱い俺を残して夢の世界の旅たぁいい御身分だよなぁ」
ケラケラと笑う研からも多少は酒の臭いが漂ってきている。
―――――まったく、どいつもこいつも。本当に重要な商談をするつもりがあるのだろうか。
深く溜息をついたのはゴツい大男―――――一太だった。
それに、紺はそこにいるだけで相当の抑止力になるというものだ。それを知っていて研もこうして軽口を叩いているのだろうから、やはり相手はなめてかかれない大物なのだと実感する。
しかし、予想通りこちらの無礼にもお咎めはない。まだまだ緊張はあるが、向こうがそうならばこちらもリラックスするのみだ。これ以上気を張らなくて良いのは助かる。もしかすると、これもあちらの配慮なのかもしれないが、それならそれできちんと甘えるのが礼儀というものだ。
「いや、こちらこそ申し訳ない!研さんや紺さんみたいな有名人に来てもらっているのに、ウチは俺みたいな下っ端だからな!」
「またまた、ご冗談を。・・・今は日下一太、の方が良いんだっけか?随分ゴッツくなったもんだからおもしれぇや。ま、謙遜ごっこはダルいからいいとしようや」
研は手を叩いて話を切った。しかし、彼はすぐには本題に入らなかった。それより先に確かめておかなければならないことがある。
「そういやさ」
「なにかな!」
部屋に入ってきたところから思ってはいたが、相変わらず声のデカいオッサンである。しかし歳で言えば研もそろそろオッサンになろうかというところなので、向こうだけオッサン扱いするとかえって自虐的に感じたのだった。
「先月の半ばくらいだったか?1回さ、なんか3日くらい連絡取れなくなってたじゃない?」
「ん、あぁ!そういえば、そうだったな!」
悪びれないのか、と研は呟く。口の端を不機嫌そうに歪めてみると、しかし一太は表情を笑顔に保とうとしていたようだったが、ジワリと汗が滲むのが見えた。一応マズかったとは思っていたらしい。
それなら良いか、と研は苛立ちを収めた。無駄に怒るのは体力の無駄である。スマートではない。
「一応理由いいか?」
「あぁ!無論だ!むしろこっちからその話を切り出さなかったことが恥ずかしいな!でもそんな怪しい理由ではないんだ!ただこっちに来てからの手続きとかネビアの部屋のこととかで慌ただしくてな!」
「手続きねぇ。ま、それもそうか。分かった、オッケーだ。よし、本題入ろうか」
肩をすくめて研は面倒な問答を終わらせた。本当ならこの話は紺がやるべきだったというのに、用心棒どころかクソの役にも立たない、とんでもない呑兵衛を連れてきてしまったものだ。一太の方は寝ている紺をそれでも警戒しているようだが、きっと今暴れられても血の臭いが強くならないうちは紺は目を覚まさないだろう。
本題、と言われて青髪の少女―――――ネビアが話を切り出す。
「そんで、私はなにをしたら良いの?カシラ。ウチとしてはこの話、最初っからノリノリだし。話は簡単にいきましょう?カシラ」
リスクはあっても、これはネビアたちにとっては損のない話だった。特に大きいのは、成功すればあの男に多少有利に当たれるようになるところだ。
「うん?そりゃ金出した甲斐があったってもんだ。嬉しいぜ、ネビアちゃん。まぁ大方は先に伝わっている通りだよ」
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「まったく、なんでこう、ハァ・・・」
「どうしたんですか、疾風さん?」
「いや、日本はゴールデンウィークだっていうのにさ、俺らはこうして泥と汗にまみれて戦っているって。どう思うよ」
場所は、『ロウ・ラ・イーレ』。端的に言えば、異世界だ。一面が超硬質の水晶体で出来ているこの世界は、実に美しかった。
その情景は、今は血と肉塊で汚れきっている。広大な水晶の平原に残る壮絶な裂痕は、その場で振るわれた力がどれほどのものだったのかを如実に示していた。単純に強度としてダイヤモンドと大差ないとさえ言われていた地面も、案外呆気なく裂けてしまったものだ。まぁ、魔力を込めた斬撃ならばダイヤモンドも、ちょっと練習すれば意外と斬れてしまうものではあるのだが。
なんか急にちょっと大規模な攻撃を受けていて、そのインベーダーたちを鎮圧して欲しいとかいう訳の分からない仕事の依頼で、ギリシャでの仕事が終わってすぐにこの世界にやって来た疾風らだったのだが、その仕事もなんとか終わったところだ。
「あのですね、そんな涼しい顔で言われても同意しかねますよ?」
疾風の受け答えをしているのは、彼の部下の1人であるジョンだ。ぶー垂れる疾風の額には汗の一滴すらないのだから、彼の先の台詞は盛りに盛った真っ赤な大嘘でしかない。泥もこの世界ではまみれようがないし。
信じられないのは、返り血すら疾風の体にはついていないことだ。それも彼の部下をやっていれば今更の話だが、未だに驚きの一言に尽きる。
・・・などとジョンの内心を羅列したのだが、かくいうジョン自身もわりかし涼しい表情をしている。
「はぁ。ジョンなら分かってくれると思ったのに・・・。それにしても、最近連中もやる気がすごいなぁ。迅雷たちも大丈夫だと良いんだけどな」
これからは、荒れる。それは間違いない。なぜなら、あの男が再び動き出したからだ。
疾風は、家族やその周りの人たちの無事と平穏を祈るように、そう呟いた。
次回からは遂に(?)episode3に突入!いよいよ物語の世界も広がっていきます。