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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode8 『Andromedas' elegies』
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episode8 sect2 ”ダンジョン演習”


 教室に着いて荷物を下ろした迅雷は、一番に大きなあくびをした。それから、慈音まで。その様子を見ていたクラスメートの向日葵が訝しげな目をする。


 「なになに、2人揃って大あくびしちゃってぇ。・・・あ。夕べはイロイロたっぷりとお楽しみでしたかな、ううん?」


 先日、慈音が朝の校門前で迅雷に公開告白同然のことをしていたのは、目撃談多数で1年生の間では割と知られてしまっていた。だが、別に迅雷と慈音はそういう理由で寝不足なわけではなかった。


 「いや、実は昨日、父さんが帰って来てさあ―――」


 そう切り出しておいて、迅雷は「ん?」と首を捻った。そういえば、迅雷は向日葵には父のことについて詳しい話をしていなかった。これって、果たして言ったものなのだろうか。無論、ただ出張が多くて家に帰ってこられない父親という紹介でも良いのだろうが―――。迅雷はちょっと考えて、別に学校の先生たちはみんな知っているのだから、疾風もそこまで神経質に隠して欲しいわけでもないのだろうと勝手に結論づけた。


          ○


 9月初旬に魔界の経済大国、ビスディア民主連合で開催された、人間と獣人たちの交流式典。異世界の種族同士が相互理解出来ることを世に示そうという目的の下で行われ、史上初めて異世界間の移動制限緩和に関する条約まで締結された、いずれ教科書に載るであろう出来事だった。だが、その試みは魔界の最大国家である皇国の介入によって泡と消えた。民間人からも数え切れないほどの死傷者を出し、式典に参加していた人間からも多数の犠牲者を出した地獄のような戦闘が、平和を願い未来を祝う式典の最後の記憶となった。

 その戦闘以来、魔界で行方不明になっていた疾風が人間界に生きて帰ってきたという連絡があったのは、2日前の9月21日の深夜のことだった。そこから疾風は病院で検査を受けたり、組織への報告(職場である警視庁や、IAMOなどなど)をしたりと忙しかったはずなのだが―――。


 いや、細かいことは抜きにして、とりあえず結論を言っておこう。


 昨日、9月22日は、神代直華の13歳の誕生日だった。だから、疾風は飛んで帰ってきたのである。以上。


 ただ、それでは終わらないのが神代家である。直華の兄である迅雷が極度のシスコンであるならば、父親の疾風も直華に対する溺愛度合いで言えば負けず劣らずの親馬鹿だ。

 娘の誕生日を直接祝いたいがために疾風は、その名に恥じぬ速さで諸々の雑事を片付けて、息子に付けた名の如き速さで日本に帰ってきたわけだ。ひょっとしたら、直華がいなければ民連での戦闘で生き残っていなかったのではないだろうか。

 そんなこんなで、昨日は疾風の無事と直華の誕生日で神代家はダブルのお祝いムード・・・と思いきや。


 真名が直華へのプレゼントにと用意していたコスメグッズに興味を示す千影を迅雷がからかったところ、衝撃の告白があった。


 「おいおい、まだ10歳のガキンチョには必要ないだろ?」


 「おっと、残念だったね、とっしー。ボクもう11歳だもんね!!」


 「な、んだと・・・!?え、いつの間に!?なんで教えてくれなかったんだよ・・・」


 「いやー、なんかそういうフインキじゃなくて・・・」


 聞けば、千影の誕生日は9月14日らしい。確かに、そのとき迅雷は絶賛落ち込み中だった。自分のときは千影にも祝ってもらっただけに可哀想なことをした、と迅雷がションボリしていると、プレゼントは週末のデートで手打ちにしてやると千影からの提案があった。


 で。


 そんなこんなにあんなも加わって、トリプルお祝いムードはいよいよボルテージMAXで夜を駆け抜けた。父親と兄から死ぬほど可愛がられて疲れ果てた直華が寝てしまった後も構わずバカ2人は直華の好きなところで大いに盛り上がるわ、やきもちを焼いた千影が迅雷に噛みついてプロレスごっこがますますヒートアップするわ、調子に乗った疾風が飲み過ぎでぶっ倒れるわで、いろいろと大変だったのだ。

 同居中の慈音もその騒ぎに混ざっていて、迅雷ともども気絶するように眠りこけ、気が付いたら朝日が昇っていたのである。多分、疾風あたりはまだ気を失って床に転がっていることだろう。


          ○


 神代疾風の名前が出るわ、一瞬でランク7の威厳が爆散するわ、神代家の直華に対する愛情の重さやら。怒濤の情報量に向日葵が目を回していると、慈音がオマケにもう一個付け足した。


 「でも、やっぱり昨日一番衝撃的だったのって、としくんがなおちゃんにあげてたプレゼントだよねぇ・・・」


 「え、そんなことないだろ。実用的だし」


 遠い目をする慈音と、不服そうに唇を尖らせる迅雷。ああ、もう既にいっぱいいっぱいだが、これは詳しく聞かないと区切りが付かないパターンだろう。コミュニケーションの出来る女、向日葵は覚悟を決めた。


 「えっと、ちなみにそのプレゼントってなんだったの?」


 「下着だけど」


 「恋人か!!」


 「ぶぐぉ」


 向日葵渾身のツッコミが胸に直撃し、迅雷は床にうずくまった。いま、そこはマジで弱いのだ。アカンのだ。しかし、会心のチョイスだったと自負する迅雷は苦痛にプルプル震えながら、なおも机を頼りに立ち上がって反論した。


 「だ、だってナオも中学生だし、ちょっとはオトナめな下着があっても良いと思って・・・。周りの友達もきっとそろそろそういうの着け始める頃だろうから、ナオだけ恥ずかしい思いしたら可哀想だろ」


 「言ってることはもっともらしいけど兄貴のすることじゃないでしょ・・・。ちょっと引くわぁ・・・引くよね、しのっち?」


 「うん、正直ドン引きでした」


 「なーんーでー!?いぃーじゃんべつに、そんなエロいの買ったワケじゃないじゃん!なんなら今朝さっそく着けてくれてましたけどぉ!?」


 本当に謎なのだが、迅雷は自分のファッションに関してはてんで無頓着で私服選びのセンスもビミョーなのに、なぜか直華へのプレゼントに限っては良く似合っているものを買っていた。まだ成長途中の女子中学生が背伸びするのに丁度良いくらいの、ほどよく色っぽいデザインで、色も中学の夏服で透けにくそうなオレンジ系のパステルカラー。加えて、本当に謎だが、測ってもいないはずなのにサイズもピッタリと至れり尽くせりだった。トドメに可愛いキャミソールまで用意していれば、さすがの慈音もそのガチ度にドン引きするのも頷ける。数少ない、慈音が理解しきれない迅雷の闇である。

 というか、なんで迅雷は今朝の妹の下着をバッチリ当たり前のように把握してんの?それに、直華も直華で・・・。


 「ごめん、これ以上は熱が出るわ。今日のツッコミはこれくらいで勘弁しといたげる」


 身近な異世界に頭から高圧蒸気を噴出させた向日葵は、迅雷を追い払って、慈音と一緒に友香の方へ逃げていった。ちゃんと全部ツッコんでもらえなかった迅雷は、結局なにが変だったのか理解しきれず、首を傾げながら自席に戻った。


          ●


 マンティオ学園は、昨今の情勢を鑑みて、特別魔法科全学年のカリキュラムに、ダンジョンを使った実地訓練を導入した。いつ、どこでなにが起こるか分からないような世の中であり、生徒らにはより様々な状況を経験させて、柔軟な思考力やタフな精神力を身に付けてもらわなくてはならなくなったのだ。

 だが、そうは言っても生徒たちはまだまだ子供だ。いくら日本有数の魔法科専門高校とはいえ、IAMOや警察の魔法士が課されるようなレベルの試練を生徒にまで与えはしない。むしろ、学びは楽しくあるべきだと考える教師の方が圧倒的に多い。


 迅雷たち1年3組の担任である志田真波も、そう考える教師の1人だ。今日もブルーライトカット用の伊達気味メガネを額に乗っけて、真波は教卓をバンと叩いた。


 「さあ!午後はついに、みんなが楽しみにしてたダンジョン実習よ!!心の準備は良い!?」


 『お、おー!』


 なんとも、生徒たちの反応はマチマチだ。真波が一番ノリノリなのは疑いようもないが。


 「・・・ま、仕方ないわよね。いろいろあったもの、不安に思う子がいるのも当たり前か」


 民連の一件もそうだが、それ以上に生徒たちの心に深い傷を刻み込んだのは『一央市迎撃戦』の記憶だろう。高校生の夏休みを謳歌していただけだったある日、突如、魔族が変な言いがかりを付けて自分たちの街に攻め込んできて、無数の凶暴なモンスターで蹂躙しようとしてきたのだ。そして、街の空を覆い尽くすほど巨大な火竜アグナロスの放った熱線は街どころか日本の地形をも変える凄まじい被害を出した。マンティオ学園にも、あの瞬間に巻き込まれた生徒がいる。恐怖を拭い去るにはまだ時間が足りず、自らの足で敢えて危険に挑む意義に承服出来ない者は少なくない。


 「でも、安心してちょうだい。今日はほんのレクリエーションだし、私や他の先生たちもちゃんとついてるから、なにかあっても必ずなんとかするわ」


 不安を顕にしているのは、特にまだライセンスを持っておらず、かつ前期の実技魔法学の成績にコンプレックスを感じている生徒が多い。あくまで”コンプレックス”と表現するのは、必ずしも彼らの成績が他より劣っているわけではないからだ。本来なら家族や友人に自慢出来るスコアを持っていても、3組には天田雪姫がいる。

 まだ魔法士として駆け出しも良いところな子供たちには優劣を判断する絶対的な基準がないために、繊細な子の中には雪姫との差がそのまま自分のレベルの低さであるかのように感じてしまうケースも現れるのだ。


 だが、この授業はそういうタイプの生徒たちにこそ必要なものだ、と真波は思っている。


 「そろそろ移動だけど、その前に、みんなには私が魔法士として大事だと思っていることを、ふたつ、伝えておくわね」


 真波は、黒板にチョークを走らせ、大きく書いた言葉を口に出して繰り返した。


 「ひとつ、魔法は楽しむもの!特別魔法科の授業じゃ魔法がまるでモンスターと戦うための武器みたいに扱ってるけど、本来、魔法は戦い以外にもいろいろ便利で、なにより使っていて楽しいものよ。ウチに入学出来た君たちなら分かってるはず。そしてふたつ、そのときそこにいるのは自分!そうは言っても魔法士は責任のある立場よ。誰かと比べてどうとか言ってられない状況もいつか必ず経験すると思う。魔法士は自分に出来ることをちゃんと知って、どんなピンチでもそれだけは絶対出来るようにするのが一番大事ってコト」


 ナンバーワンを目指すのは良い心掛けだが、ナンバーワンじゃなくちゃいけないことなんて世の中そうそうあり得ない。だって、そんな制限がある業界なんて成立するわけがないのだから。

 世界は広くて、自分に出来ることくらい全部そつなくこなせて、もっとすごいこともたくさん出来る完全上位互換のような魔法士は必ずどこかにいる。でも、その魔法士がどこにいるかなんて分からない。目の前の命を助けられるのは、その場にいる自分しかいないという心構えが魔法士には重要だ。

 真波の言いたいことは伝わったのか、不安がっていた生徒たちの表情も少しは引き締まった。無理強いをする立場であることを再確認した真波も、改めて安心させるための笑顔を意識した。


 「話は以上!さ、まずはやるだけやってみましょう。動け動けーい」


          ○


 特別魔法科1年生のダンジョン演習初回の今日は、1~6組全クラスが一斉参加する。教師らに先導されて、200名を超える生徒たちが集まったのは、マンティオ学園の体育館裏に広がっている雑木林だった。普段、全く気にも掛けないような場所に誘い込まれた生徒たちは、半分なにか騙されているのではないかと疑るような雰囲気を醸していた。

 しかし、そんな中でひとり、違う感慨を抱く少年がいた。迅雷だ。


 「学校の敷地内にダンジョンの『門』があるとか言ってたけど、よりにもよってこことはなぁ」


 かつて―――と言っても数ヶ月前の話だが、学内戦の途中でフラリと姿を消したクラスメートを探しに来て、ちょうど発見した場所に、怪しげな階段が出現していた。いや、階段は初めからここにあったのだ。上に蓋と重石代わりの倉庫があっただけで。

 学校が休みの間に急遽あつらえた感のある小屋で覆われた謎の階段を降りると、ギルドで見るものより古めかしいデザインの『門』の魔法陣が設置されていた。実際、かなり古い時代のものなのだろう。

 この『門』の先に広がっているのは、巨大な洞窟だという。まさにザ・ダンジョンといった趣だ。既に学園の教師たちが内部のマッピングをかなり奥まで完了させているため、迷って帰れなくなる心配もない。生徒ひとりひとりにも地図が配られた。ただし、教師用のマップと比べると若干情報量が足りない。ミスではなく、わざとだ。


 今日の実習の全体まとめ役の生徒指導主任、西郷大志が前に立った。


 「今日は、いま配ったマップに示したルートを3人1班になって探索してもらう。マップにはいくつかバツ印があると思うが、そこはチェックポイントだ。近くにスタンプが隠されているから、マップ裏のスタンプ欄に全部揃えてゴールすること。・・・ま、肝試しみたいなもんだ。初めてだから楽しくやってこう」


 肝試し、と言われて少なくない数の生徒たちの表情が固まった。西郷センセ、単語のチョイスをミスってますよ。

 コースは全部で12種類。クラスごとに2つのルートが配分されているそうだ。この人数の生徒たち全員に午後の授業時間内だけでダンジョン体験してもらおうとしたら、そうもなるだろう。

 授業内容の説明が済んだら、さっそく班決めタイムである。


 「としくん!しのと組も!」


 「うっし迅雷、オレと行こうぜー」


 「オッケー」


 仲良し3人組で即決定・・・かと思いきや、ピピーッと大志のホイッスル。


 「ライセンス持ってるやつ同士で固まるな。まだ持ってない人と組んでサポートしてやれ」


 「「「はーい・・・」」」


 仕方なく、迅雷たちは解散することに。慈音は、向日葵と友香のところに混ぜてもらうことにしたらしい。真牙も適当な男子グループに割り込んでいった。


 「さて、俺はどうすっかねー・・・」


 大志に散らされている間に、みんなもうグループを作ってしまっていた。しかし、探せば余っているヤツもいるもので。


 「モブオ、ひょっとしてボッチか?」


 室井(むろい)茂武夫(モブオ)、入学当初の席順で迅雷の後ろだった、地味系モッサリボーイだ。

 

 「ボッチじゃないわい!迅雷があぶれてたら可哀想だから待っててやったんだぜ☆」


 「うぇぽぽぽ」


 「吐くな」


 とりあえず、これで2人。あともう1人。女子たちの班決めで、ジャンケンに負けてはみ出てしまった子がいたので、もらっておくことにした。ちなみに、雪姫のことではない。頼りになる彼女は仲間を選ばなかったので、早い者勝ちのコバンザメを2人伴っている。


 「佐々木さん、良かったら一緒に行かない?」


 佐々木果津穂、生徒会に所属している茶髪のメガネっ娘だ。


 「良いの?じゃあよろし・・・く」


 「おい迅雷、いま佐々木さん俺のこと見て一瞬言葉止めかけなかったか?」


 「そのモッサリヘアーやめたら?」


 「うっさいわ!好きで天パしてねぇの!!」


 天パも見せようはあります。まずはもう少し散髪の頻度を増やしましょう。それだけでも多少なりはマシになります。

 茂武夫のあれこれは置いといて、学生パーティ『DiS』でも活動を行っている迅雷が一緒なら、素人同然の果津穂にとって非常に心強い。彼女が迅雷の誘いを断る理由はなかった。


 「ま、まぁよろしくね、2人とも!」


          ○


 ダンジョンは、言われていた通り、どこまでも続く洞窟になっていた。

 だが、ただ暗くてじめじめしているだけの陰気な場所でもなかった。

 謎の光る結晶が闇を照らし、洞窟の天井の高さを飛んでいるのは耳を翼にした小さな哺乳類。どこかからは水音も聞こえてくる。幻想的な風景に、迅雷は胸の高鳴りを感じた。


 「これぞダンジョンって感じだ―――!」

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