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LINKED HORIZON ~異世界とか外国より身近なんですが~  作者: タイロン
第三章 episode8 『Andromedas' elegies』
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episode8 sect1 ”ブレインイーター”

一輪の花が 咲いていた


むかし わたしがまいた たね


風がふくたび ゆれるのに


みんな あなたに気付かない


きっと大きく咲きすぎて


ほかのなにかに見えるのね


ああ ごめんなさい


あなたのたねは重すぎて


わたしじゃ はこびかたも わからない


 「102番で鉱山襲撃!謎の人喰いモンスターの被害者数は早くも100人に迫る勢いであるが、IAMOは未だ怪物の影も形も掴めず―――ね」


 IAMOの制服に身を包み、共用スペースのソファにどっかり座っている、くすんだ金髪の青年は、ジョンだ。彼は、読んでいた魔法士向け週刊誌「MAGIC」の最新号を下らなそうに放り投げた。だが、雑誌は床に落ちる前に、1人の若い女性にキャッチされた。自分のと比べると幾分か上品な風合いの金髪ショートを見て、ジョンは「ゲェ」と顔をしかめる。


 「エミリアか・・・」


 「本は投げるものじゃないわよ、まったく。これ、今日発売のやつ?・・・ふーん。例の怪物の記事ね」


 「ウソっぱちだぜ、そんな記事は。ガイシャはとっくに100人突破して記念イベント開催中だっての。詫び石もんのミスだ」


 「現実が予測値すら上回ってるのか。世界最大手の週刊誌の情報収集力でも追いつかないスピードで事態は悪化してるってことね。参っちゃうわ」


 人間界はもう9月の下旬だ。ダンジョンというダンジョンに突如現れては人間を襲って、頭部だけを喰らって忽然と姿を消す謎の怪物は、今や人間界全土で知らぬ者を探す方が難しい。初めて事例が確認されてからまだ半月しか経っていないというのに、ヤツの被害は留まるところを知らない。

発見報告のあるダンジョンが現時点で9つ。怪物は複数体存在していて、その全てのダンジョンにそれぞれ棲み着いてしまったのか、あるいは単一の個体が複数のダンジョンを渡り歩いているのか。後者のようなケースは前代未聞だが、食物連鎖の頂点級の生物が突如数多のダンジョンで同時に大量発生する確率だって同じくらい低いのだから、両方を疑わざるを得ない。

 ただでさえ魔界との戦争状態は継続しているというのに。まさに泣き面に蜂という状況だ。IAMOの魔法士たちは一体どっちを向いていれば良いのやら。


 「さ、ジョン。こんなところで油を売ってる場合じゃないわ。そろそろ時間よ」


 「分かってるよ。いちいち指示するな。俺はお前の部下じゃない」


 エミリアは、ジョンにとって目の上のコブというか、最大のコンプレックスというのがより近い。世界に3人しかいないランク7、中でもその最強格とされる神代疾風がIAMOの依頼で仕事をする際にしばしばお供に選ばれるのはこの2人なのだが、これまでジョンはエミリアに仕事の成績で勝ったことがない。疾風と組めるだけで実力の評価が高いことは自明なのだが、なればこそ「勝てない」という悔しさというのは一層プライドに堪えるのだろう。


 今日、そんな実力派の2人がロンドンのIAMO本部に召集された理由は、他でもない。


 「件のヒトミソグルメ、どっちが先に見つけて情報を持ち帰るかレースをしようぜ」


 「ハァ。男ってホントくだらない。いちいち付き合ってられないわ。これは仕事よ?既にIAMOからも犠牲者が出てる。そんな気構えじゃ、先に死ぬのがどっちかのレースになるのがオチじゃなくて?」


 「口数が増えてるぜ」


 こういう反応をするときは、大概エミリアも対抗心を燃やしていることが多い。付き合いだけは長いので、ジョンにはその辺が分かるようになってきた。男がどうのなんて言っちゃいるが、魔法士としてもエミリアはジョン顔負けの負けず嫌いだ。この職業は世界で一番ジェンダーフリーなのである。

 ロンドン本部特有の18世紀に建てられた頃からほとんど変わっていないシックな廊下をしばらく歩くと、既に騒々しい大会議室が見えてきた。ジョンとエミリアは、並んで座るような仲ではないので、互いに適当な空席を探して陣取った。適当と言いつつ、空きがちな最前列に当然のように座るあたり、やはり気は合っていそうなものだが。


 会議の予定時刻となって、IAMO実働部の総司令であるギルバート・グリーンがやってきた。今日もシワひとつないスーツとキマッた金髪が素敵だ。想像するのも恐いくらい忙しいだろうに、不思議なほど疲れた様子が見受けられない。


 「Good Morning, everyone. 今回の作戦は私が預かることになった。よろしく頼むよ」


 この期に及んで仰々しい挨拶は必要ない。事前の配付資料を通じてギルバートが全体の指揮を執ることは周知が済んでいた。ギルバートが矢面に立ったと言うことはつまり、IAMOもいよいよこの事件に本腰を入れ始めたということだ。

 ギルバートは、さっそく会議室の照明を落としてスクリーンにスライドを投影した。


 「今日、IAMOが誇る精鋭である君たちに集まってもらった理由は他でもない。正体不明の人喰いモンスターを、討伐する!」


 ギルバートが語気を強めると、参加している魔法士たちの間を、分かっていたことのはずなのに、並々ならぬ緊張の風が吹き抜けた。


 「今朝の時点で推定犠牲者数が100名を超えた。その中には家族とキャンプに行っていただけの小さな子供まで含まれている。さらには先日の捜索任務でIAMOからも犠牲者が出ている。一昨日づけでこのモンスターはレートSS、『特定指定危険種』に認定された。魔族の牽制に相当数の人員を割いている今、事態は一刻の猶予もないと思ってほしい」


 スライドは切り替わり、3人組のシンガポールの魔法士が例のモンスターに襲撃された際にたまたま撮影していた動画が再生された。ただし、動画と言っても電灯のひとつすらない、霧が掛かった夜の森の中での撮影であり、使用していたスマートフォンもだいぶ昔のモデルだったため、映像からは大したことは分からない。だが、撮影者とその仲間たちの会話は明瞭に残されていた。


 木をへし折るような音がした直後、短い悲鳴があって、カメラは悲鳴を上げた仲間を探すように大きく動く。撮影者は仲間の名を呼ぶが、返事がない。撮影者と、まだ無事な仲間がライトで周囲を照らしているので、この時点では森の様子が見えるが、映っているのは半ばで折れた木だけだ。

 直後、今度は撮影者の絶叫がして、遠ざかった。同時にカメラが激しく動いて、照明もどこかへ消えた。撮影者がなにかに捕まって道具を取り落としたということだろう。当時、地面が酷くぬかるんでいたようで、スマートフォンが落ちた拍子に地面に横向きに刺さったおかげで、無明の森の様子は映り続けていた。

 残された最後の1人が、まだ存命の撮影者を離せと叫びながら魔法で攻撃を試みる様子が音で分かるが、数秒後、悲鳴と共にカメラの画角内にドサリとなにかが落ちてきた。レンズの至近だったため分かりにくいが、首がなくなった撮影者の遺体だ。その断面もカメラに映り込んでいた。ブピュ、と血を噴いた後、彼の遺体は黒い粒子となって消滅してしまう。

 一度は戦おうとした最後の1人が、言葉にならないSOSを叫び、逃げ出す音声も記録されていたが、現時点で彼がダンジョンから帰還したという情報はない。動画はここで止められた。


 「現状、我々がこのモンスターについて知り得る明確な情報はこれだけだ。情けないことに、半月経って未だ全身像のひとつさえ手に入れていない」


 ギルバートは次のスライドに、モンスターと遭遇して生還したという人たちから集めたモンスターの特徴データを示した。


 ① デカい。最低でも全高5mはある。

 ② 黒い。夜に現れるので姿が見えにくい。

 ③ 触手がある。非常にパワーがある。数は不明だが、最低でも4本以上。

 ④ 人型をしている。手で体格の良い成人男性を鷲掴みにして軽々と振り回すほど強靱な模様。

 ⑤ 痛みは感じるのか、攻撃すると不気味な声を出す事がある。魔法士の攻撃は通用する。

 ⑥ 必ず捕らえた者の頭部を捕食し、残った首から下の体には興味を示さず放棄する。


 「ひとまず名前を付けないことにはやりにくいので、特徴⑥からこのモンスターを『ブレインイーター』と仮称することにする。この通り、『ブレインイーター』についての情報は限りなく少ない。よって、本作戦の最終目標は討伐だが、確実に成功させるためにもまずは情報を持ち帰ることを最優先とする。姿、攻撃方法、弱点、あるいは痕跡だけでも構わない。急がば回れだ」


 「総司令、質問よろしいですか?」


 「ジョンか。良いさ、言ってみてくれ」


 「徹底した調査を行う重要性は承知しているつもりですが、それを第1目標とするなら、この人数ではまだ足りないのでは?いくら魔族と睨み合っている最中とはいえ、さすがにこれしか割ける人員がいないわけではないでしょう?」


 ジョンの考えはもっともだ。この会議室に集められたのは、世辞抜きにエース級の高ランカーが200名以上と、錚々たる顔触れだ。しかし、200名が多いか少ないかは目的によって違ってくる。何百と存在するダンジョンのどこに、いつ現れるかも分からない『ブレインイーター』を見つけて情報を持ち帰りたいのなら、最低でもこの5倍の魔法士は動かしたいところだ。

 しかし、ジョンの質問に茶々を入れたのは、エミリアだった。


 「バカね、話を聞いていなかったの?この前やられたウチの魔法士はランク6のベテランよ。下手に数だけ揃えて捜索を行っても、いざ『ブレインイーター』と鉢合わせたら全員食べられて、なにも持ち帰れないどころか大損害を出して終わり―――なんてことにもなりかねないわ。総司令の判断は的確よ」


 「ああ。概ね、いまエミリアが言ってくれた通りだ。それと、こう言ってはなんだが、そんな魔法士を何人も連れていては、なにかあったときに君たちの足手纏いになるだろう?遭遇すれば戦闘に発展するリスクはかなり高い。仕方のない措置さ」


 「・・・理解しました」


 返事はギルバートに向けつつ、ジョンはエミリアを見て渋い顔をした。


 (絶ッッッ対負けないからな、このアマ!!)


 その後、ギルバートから具体的な捜索スケジュールや使用する機材、今回の作戦のための臨時編成に関する詳細が伝えられた。ジョンもエミリアも、事前の連絡で知らされた通り、臨時パーティーのリーダーを任されることになった。

 会議終了後、ジョンはさっそくパーティーメンバーを集めた。全員何度か顔を合わせたことのある連中だったが、だからといって互いの情報共有を怠るわけにはいかない。大人だって日々成長する。何年も一緒に仕事をしていなかったりすると、前回にはなかった手札のひとつ、ふたつは増えているものだ。各々の出来ることは必ず把握しておくべきである。

 そしてなにより、この作戦はチームの成績ニアリーイコール、ジョンの成績だ。臨時パーティーだから息が合わなかった、なんて言い訳はしたくない。


 「よぉし!俺たちが真っ先に『ブレインイーター』をとっちめるぞ!!」


 『おー!!』




          ●




 (―――なんて、みんな息巻いていたけど。ま、そうやすやすと目的は達せられないわね)


 テントの外では、鳥の不気味な鳴き声が一定の間隔で続いている。捜索は今日で3日目だが、『ブレインイーター』のBの字も見つからない。エミリアの班が担当するダンジョンは多少危険度の高い生物が生息しているが、精鋭である彼女たちの敵ではない。まるで大掛かりなピクニックだ。

 班長のエミリアはともかく、班員たちの緊張が緩んでいないか心配だ。仮眠を取らなくてはならないのに、エミリアの心は落ち着かない。


 (ダメね。誰かの影響かしら・・・仕事は仕事。勝負事とは違うってば)


 深い溜息をひとつ。明日の朝には定期報告のために一度本部に帰還する。早く魔法ではないちゃんとしたお湯のシャワーを浴びてサッパリしたい。


 エミリアは枕元に置いていた握り拳ふたつ分ほどの大きさのデバイスを手に取った。これは、非常に高精度な魔力感知デバイスだ。動作中、半径50mほどの範囲内に存在する魔力反応をほぼ完璧に感知し、記録することが出来る。このデバイスを使って『ブレインイーター』の魔力特性を記録することは、この作戦の第1段階における最重要目標のひとつである。

 だが、高性能な分、デメリットもある。センサの駆動から莫大な情報量の高速書き込みまで多くの機能を、ハンディサイズのデバイスで実現している以上、消費電力が半端ない。バッテリーなんてすぐ尽きるし、仮に雷魔法を応用して充電しても、今度はメモリ容量が不足する。既存のデータに有益な情報が混ざっている可能性もあるから上書きなんてもっての外。だからといって大型化すればダンジョンへの持ち込み、運搬に不都合を生じるのは明らかだ。というか、元々デカすぎて使い物にならなかったものを、技術進歩でこのサイズまで縮めたのが時系列的に正しい。

 加えて言えば、組織の備品故に『召喚(サモン)』のマーキングも許可されない。聞くところによれば、お値段1台当たり数万ドルだとか。受け取る際には、ギルバートにも壊すなと念を押された。


 なにが起こるか予測もつかない任務で、壊れたら非常に困る道具を預けられているのは、参加している魔法士たちへの信頼と言えるだろう。

 エミリアは、デバイスのメモリの空きを確認した。残りは2GB(ギガバイト)ちょっとだ。明日で一度帰還するなら十分そうに思えるが、実際は、この程度ではあと1分も記録出来ないだろう。キャンプ設営直前にモンスターと遭遇したときに使いすぎてしまった。スマホやデジカメなら、市販の適当なメモリを買って交換してしまえば良いところだが、魔力感知デバイスに関してはそうもいかない。このデバイスに用いられているのは、IAMOの専門機関でしか中身を閲覧出来ない高度なセキュリティが施された専用メモリだ。魔力特性には、例えば人間のものであればその人の思考や性格まで赤裸々に現れるという研究結果が出ているため、プライバシー保護の観点からこのように厳重な管理がなされているのである。結果としてメモリの単価が上がり、大量に持ち込んで次から次へとメモリを交換するような使い方が出来なくなってしまっているのだ。


 「これ使ってるとだんだんデータ量の単位感覚おかしくなってくるのよねぇ・・・」


 先ほどはデメリットとしてメモリの容量不足を挙げたが、もちろんなにも手を打っていないわけではない。大量に持ち込めないだけで、メモリの予備はいくつか支給されている。エミリアは今のうちにデバイスのメモリを新しいものに付け替えておくことにした。


 だが、彼女が実際にその作業を実行に移すことはなかった。


 なぜなら。



 「うぁああああああああッ!?」



 テントの外で悲鳴があって、エミリアは跳ね起きた。やむを得ず、容量不足のメモリのままデバイスをベルトに装着し、エミリアはテントから出た。


 「どうしたッ!!」


 班のリーダーはエミリアだが、他のメンバーだって全員エミリアに劣らぬ実力者たちだ。そんな仲間があのような情けない悲鳴を上げるほどの事態であれば、エミリアの警戒は俄然跳ね上がった。自然と状況報告を求める声も粗暴になってしまった。


 だが、テントを飛び出したエミリアに返事をする者はなく、代わりに待っていたのは、一歩先も見えないほどの濃霧だった。


 (くそ、これだから森の天気は―――がっ」


 テントに入る前の時点ではなかった霧に困惑した一瞬、エミリアは脇腹に強烈な衝撃を感じた。自分の呻き声に気付く頃には、天高く打ち上げられていて―――。


 「ぁ、ぐゥゥゥゥゥ―――!?」


 右の肋骨が何本かは折れた。予め『マジックブースト』を全身にかけておかなければ、今の不意打ちで意識も刈り取られていたかもしれない。少し肺にも傷が付いたのか、呼吸もキツい。

 眼下の濃霧の中から、なにかが飛び出してくる。明かりはない。空気の流れを読む。


 「『アクア・ヴェール』!!」


 圧縮した水の膜による防御魔法を必要最低限、局所的に展開。謎の攻撃を受け流す。水膜を叩いたのは、触手のようなものだった。それを見た瞬間、エミリアは確信した。


 (()()が現れた!!)


 空中で腰の魔力記録デバイスを起動し、エミリアは着地を成功させる。そして、即座に自分の水魔法で周囲の霧に干渉し、手元へと凝集させた。


 「姿を見せなさい、『ブレインイータ・・・・・・ぁ、あ・・・」



 居た。



 ヒトの頭部だけを喰らう怪物が、居た。



 まさに、その瞬間を目撃してしまった。

 腕の長さに対してやたらと大きな手で獲物を掴み離さず、ヤツメウナギのような円口類を思わせる、無数の歯がビッシリ並ぶ洞状の口をすぼめるようにして、その頭部を咥え込む。

 怪物の口内から悲鳴が聞こえてくる。

 身の毛もよだつ光景だった。頭を喰う敵だと分かっていても、なお、生理的な恐怖がエミリアの体を支配した。


 (た、助けないと・・・)


 助けないと。

 助けないなきゃ、いけない、のに―――。


 動けないエミリアと対照的に、喰われている仲間の男性魔法士は絶叫しながら激しく藻掻く。だが、動けば動くほど首に食い込んだ『ブレインイーター』の鋸歯が深く刺さって、血が流れ出す。ほどなくその牙は彼の喉を貫通し、赤い噴水を生んだ。失血のショックで釣り上げられた魚のように激しく痙攣する男性魔法士。ズジュチュチュチュチュチュ・・・と、なにかを吸うような粘ついた音。最後は、ブチャリ、とその鋸歯で首をねじ切られ、首なし死体が地面に転がり、すぐに魔力の粒子と化して消滅した。


 ただ死ぬだけのことを、これほどまでにおぞましく演出することがあるだろうか。

 腰の魔力記録デバイスの、メモリの空きがなくなったことを知らせる電子音で、エミリアは我に返った。音に反応した『ブレインイーター』と目が合う。次に脳髄を啜られるのは、自分か?・・・心臓が締め上げられるような恐怖を制し、エミリアは今度こそ動く。


 「私まで死ぬワケにはいかないのよッ!!」


 涎のように血液を垂らす口を広げ、『ブレインイーター』が飛びついてくる。エミリアは横へ跳んで躱す。逃がさないとでも言うように、『ブレインイーター』の腰のあたりから生えた多数の触手が襲い掛かってくる。速いだけじゃない。安全圏を完全に奪い去る徹底した範囲攻撃。

 エミリアは魔法で水圧カッターを作り、飛んだ方向を塞ぐ触手を斬り飛ばす・・・が。


 「なんっ!?」


 まるで予測していたかのように、空けた穴から別の触手が飛び込んできた。もう対応が間に合わない。肉体の限界ギリギリまで左腕を魔力で固め、重い一撃を受け止める。メリメリと音を立てて骨が折れるが、覚悟の上だ。

 弾かれて、触手の壁にぶつかると、体が吸着された。直後、ゾッ・・・と体から力が抜けていく。


 (魔力、吸われてる!?)


 慌てて魔法で触手を切断し、地面へ転げ落ちる。今のでゴッソリと魔力を奪われた。なんと厄介な能力だろうか。これ以上戦い続けるのは得策ではない。『ブレインイーター』の魔力特性は記録出来た。なんとしても、ここは逃げ切らねばならない。


 「・・・のに!!」


 今の応酬の間に、『ブレインイーター』は倒れていたもう1人のパーティーメンバーを拾い上げて喰らい付こうとしていた。


 「私は食事の邪魔するハエ扱いってワケ!?ナメないでよ、ね!!」


 これ以上の犠牲は許容しかねる。スコアに傷が付いてしまう。班長としての責任も重くなる。・・・いや、違うな。もう一度あんな恐ろしい食事シーンをみせられたら、きっとエミリアの心が耐えられない。

 逃げるために必要な魔力を考えて残し、使える分の魔力を駆使して『ブレインイーター』の腕を攻撃。仲間を回収する。

 そのまま、エミリアは足下に水流を発生させた。これでサーフボードを『召喚(サモン)』すれば地上で波乗りだ。小回りが利きにくいので森の中を逃げるには不向きだが、それでも人ひとり担いで走るよりは格段に速いし、スタミナも温存出来る。十分便利なテクニックだ。


 「一気に距離を離す!」


 衝突回避用に前方に『アクア・ヴェール』を展開し、グンと加速する。これだけで時速70~80キロは危険なく出せる。周辺の地形情報は記憶しているので、真っ直ぐ最寄りのステーションを目指した。


 だが。


 「あいつ・・・」


 森の木々を薙ぎ倒し、不気味な轟音が迫ってくる。もう人間を2人は喰ったくせに、まだ満たされないとでもいうつもりだろうか。人間しか喰わないというが、逆に、人間に対する異様な執拗さ―――俄にパニックホラーの食人モンスターというイメージが現実味を帯びてきた。

 それにしても、速い。このままではステーションに着く前に追いつかれる。これまでのケースの生還者たちは一体どうやって逃げ延びたのだ?まさかとは思うが、少し前の一央市で騒ぎになったみたいにサキュバス族が起源魔術(オライゴ)で成り代わって適当な証言をしていたのでした、なんてオチじゃないだろうな。・・・なんて、益体のない妄想をしている場合ではない。

 エミリアは、リスクを承知でさらに速度を上げた。木の枝が肌を掠めればズバッと肉が裂ける速さだ。魔法で守っていてもリスクは残るが、他に手はない。

 しかし、それでも『ブレインイーター』は追ってくる。むしろ、今も少しずつ距離が縮み続けているようだ。あるいは、手傷を与えたことで怒らせてしまったのだろうか。見逃してくれる気配がまるでない。


 「・・・リア」


 「っ、ダグザ、気が付いた!?」


 「エミリアうしろ!!」


 ようやく意識を取り戻した部下の警告を、エミリアが理解するのが先立ったのか、それとも。


 極太の火線を誇る『黒閃』が、深夜の森に一条の開けた並木道を作り出した。

episode8 『Andromedas' elegies』


主要登場人物


神代迅雷:魔法科専門高校・マンティオ学園に通う少年。ランク2の魔法士になったものの、度重なる怪我で後遺症を抱えている。千影に民連の交流式典から抱えていた苦しみを打ち明け、彼女の言葉に救われたことで、もう一度歩き出す覚悟を決めた。


千影:IAMOに所属する、オドノイドの少女。現在は神代家に居候中。超高速移動の特殊能力を持つランク4魔法士でもある。迅雷とは晴れて恋仲になった。


天田雪姫:迅雷のクラスメートであり、今夏、飛び級でランク3魔法士にもなった天才少女。非常にドライな振る舞いが目立つが、反面人が死ぬことを極度に嫌い、人を助けるために危険も顧みず戦うこともある。


天田夏姫:雪姫の妹。まだ小3だが、危なっかしい姉を心配している。


神代疾風:迅雷の父親にして、世界に3人しかいないランク7魔法士の1人。


川内兼平:IAMOに所属するランク5の魔法士。『二個持ち』の優秀な若手だが、まだまだ未熟。


???:詳細不明。

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